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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十九章

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第二百五十三話

(´・ω・`)イクシアさんメイン

『お久しぶりです、イクスさん』


 遠い日の夢を見た。


『珍しいですね、貴女が私を訪ねるとは。ギルドの使いでしょうか?』

『……いいえ、極めて個人的な要件です』


 私達は、互いに相手の事が苦手だったのだと思う。

 お互いに『自分は相手によく思われていない』と思っていたはずだ。

 そう考えてしまうだけの下地が、理由が、私達にはあったのだから。


『……この度、私は正式に……魔王カイヴォン様の養子になる事が決まりました』

『そうですか。レイスお母様も賛同しているのでしょうし、リュエ様も反対していないのでしょう? おめでたい話ではないですか』

『本当によろしいのですか。イクスさんも……カイヴォン様の義理の娘です。言うなれば、私が貴女の妹に……なってしまうのですよ』


 どんな気持ちで私を訪ねてきたのだろう。

 いや、今ならわかる。きっと彼女は誰かに否定してもらいたかったのだ。

 少しだけでも、その幸せな未来に陰りを宿し、それを贖罪の糧にしたかったのだろう。

 きっと、あの時一番彼女を憎む可能性があった私を訪ねてきたのは、そういう意思があったからだ。


『妹だと思うことはないでしょうが、私は貴女に思うところは正直あまりないのですよ。確かに、貴女の父親の事は憎んでいます。殺そうとも考えていました。ですが、貴女に罪はない』

『ですが……』

『それに……憎い相手に小さい頃から指導なんてしませんよ。最初は思うところがありましたが……何年私が貴女に教えてきたと思っているのですか』


 この時だ。この時私は気が付いたのだ。

 立場は違えど、既に私はこの子を幼いころから指導、成長を見届けていたではないかと。

 私はなぜ、こんなにもこの子を苦手としていたのだろう、と。

 ただの嫉妬だ。素直に義父に甘えるこの子の純粋さに、ただ嫉妬しただけなのだ。

『私だって娘なのに』と。けれども同時に『義父との出会い方が特殊過ぎて娘として甘えるのは絶対に無理だ』と。

 ああ……懐かしい。そうだ、私はこの子のおかげで、自分をあの人の娘だと胸を張って言えるようになれたのだ……。

 懐かしい夢。本当に懐かしい夢だ。

 きっと……あの子にそっくりな姿を見たから……こんな……夢を……。






「……やはり、広い部屋、広いベッドは慣れませんね」


 カノプスに用意された、私の研究室。そこに併設された自室にて目を覚ます。

 私は、自分でも変だとは自覚しているが、狭い場所が大好きだ。

 階段下の物置、あそこなんてもう最高の環境と言える。

 階段の段に併せて少しずつ低くなっている天井。

 布団を敷くだけで完全に床が隠れてしまう幅と奥行。

 それでいて照明もコンセントも設置してあるという充実した設備。

 近くにムセンワイワイ? という物があるおかげで、スマート端末も便利に扱える。

 なによりも、ユウキの部屋の隣です。

 あんな理想的な部屋、まるで私のためだけに生み出されたような最高の空間です。


 私は身支度を整え、今現在提供出来る全ての薬を作り上げていく。

 尤も、カノプスに提出する為に私が数ある薬の中からチョイスした物ではあるが。


『魔力と体力が大幅に回復する代わりに倦怠感と睡魔が襲ってくる薬』

『筋力を増大させる代わりに、痛みに鈍感になってしまう薬』

『思考能力が下がる代わりに、魔力の上限を一時的に超える薬』

『傷の治癒速度を大幅に上げる代わりに、依存性が高い薬』


 リスクが高く、処方する事なんてほぼない薬達。

 そして――


『魂が肉体からはがれやすくなる薬』


 私が、人を契約で縛る為に重用していた禁薬。

 そう、私はかつて、人を騙し、契約でしばりつけ、奴隷のように扱う悪しき人間の片腕として働いていた。

 それを今再び……初めて自らの意思で行う。

 その悪しき人間の血をも、微かに引いている人間に向かって。


「……そう、彼女を養子に迎え、そして実子と婚姻を結ばせた以上……あの男の血も取り込むことになる。それを……許したのですね、お義父様もお母様も」


 複雑な気持ちではあった。だが同時に血に罪はない事を私は知っている。

 だが、今回は違う。血を引いた人間が罪を、大罪をこれから侵そうとしているのだから。

 私は一日中部屋にこもり、薬を仕上げていく。

 やがて、窓に差し込む光が朱に染まる頃、私の仕事が終わる。


「……ふぅ、完成しましたか」


 禁薬達を木箱に詰め、それをお披露目する為にカノプスとの謁見を申し込む。

 やがて、私は再び謁見の間に通された。




「イクス、昨日今日でもう薬のサンプルが出来たのか?」

「はい。とはいえ、あくまでサンプルですので一回分だけです。効能をご説明します」


 私は作った薬の効能を、嘘偽りなく彼女に説明する。

 ……最後の薬を除いて。


「最後になりますが、これは疲労回復の薬になります。劇的な効果ではありませんが、量産がし易く、即効性もあります。どうやら、城に努めている方達の疲労の色が濃いようにお見受けしました。市販薬よりも多少効く程度でしかありませんが、こちらをお城の方に提供してあげてください」

「……そうか。一応、全て城の人間で……いや、イクス。お前自ら試してみせよ」


 そう来ると思っていた。大丈夫、私はこの程度の薬品に負けるような体ではない。

 それに副作用を抑える薬もすでに飲んできている。


「分かりました。しかし依存性が高い薬だけは、今後の業務に触るかと」

「……そうだな。だが、一口程度なら問題ないのだろう?」


 ダメか。いいでしょう、全て飲み干して見せましょう。

 肉体と魂が乖離しやすくなるこの薬だけは……少々危険ですが。

 なにせ、私の魂と肉体は、元々別な存在なのだから。


「……」


 一本、また一本と薬を飲み干していく。

 力がみなぎる。魔力が滾る。

 強烈な睡魔に、足取りが少しだけふらつく……演技をする。


「この薬は傷の治癒に関わる物です。依存性もありますが、そもそも私は今無傷です」

「そうだな、ではこうすればいい」


 その瞬間、黒い塊が猛烈な速度で飛来する。

 右腿を貫き、床に崩れ落ちる自分の身体。

 ……く、そう来ますか。


「っ! なにを」

「早く飲んだ方が良い。出血が多くなるように傷を与えた」

「……分かりました」


 私の身体に傷をつけるほどの魔法。これは危険だ。

 魔導師である私が発動を察知出来ずに、こうもやすやすと傷を負ってしまうなんて。

 ……少々過小評価していたようですね。

 薬を飲み干すと、みるみるうちに出血が収まり、傷口が小さくなっていく。


「っ……半分程傷口が塞がりました。一晩眠れば問題ないでしょう」

「そうか。一応、治癒術師を待機させていたのだがな」

「……ご配慮、痛み入ります」


 ああ、そうか。きっと先祖返りだ。

 彼女にここまで似ているのだ。その彼女の実父の気質までも強く出ているのだろう。

 それとも……原初の魔王であるお義父様の、秘めたる残虐性……とでもいうのでしょうか。


「……ふむ。一つ訪ねたい。衰弱した人間を回復させる、身体への負担の少ない薬はないのか? 市中で売っていた薬、等級の低いものよりももう少し効能が高いものが望ましい」

「と、言いますと?」

「魔力の枯渇、体力の衰え、心身ともに摩耗している患者がいる。劇薬ではダメだ。そうだな、延命させる事に特化したような薬が望ましい」

「それは一体……まさかシリウス様の為でしょうか?」


 来た。必ずこういう展開になるだろうと思っていた。

 既に前魔王、自分の父を手にかけている事は知っている。

 なら、恐らくこの薬が必要なのは――


「いいや、違う。私の親戚だ。今は城の静かな場所で療養中だ」

「なるほど……身体だけでなく精神まで、となると、私自ら往診する必要が出てきますが、恐らく可能でしょう。ただ心は他人がどうこうするのが難しい分野です。正常に戻すのと、元気を出させるのは似て非なる物。私が可能なのは、悪い方向に向かう気持ちを前向きにさせる程度です」

「そうか、直接見る必要があるか。……いいだろう」


 アンジェさんだろう。これで、彼女と接触する事が出来る。


「ただし、事情が複雑でな。往診には城の者を同席させる。少々錯乱している」

「それは……了解致しました。すぐにその方のもとへ案内してください」

「眠気は良いのか?」

「はい、今のお話を聞いて気合が入りました。苦しんでいる人がここにいるのなら、全力を尽くすまでです」


 一度自室に戻り、準備を済ませる。

 思っていたよりも早く機会がやってきた。

 まずはジュリアさんの身の安全を私が保証しなければ。

 それに……なんらかの契約魔術の痕跡が残されているのなら、それも解呪してしまわないと。


「この時間に出歩けるのもうれしい誤算でしたね、都合が良い」


 私は大きな籠を手に、アンジェさんの幽閉されているであろう場所へと案内される。




「すみません、案内の兵士さんですか?」

「はい。私が案内、診療に同席します」

「そうなんですね。あの、恐らく夜間の警備担当だと存じますが、もし機会があれば夜の勤務中の方達にこの薬を差し入れしてください」


 案内を担当してくれたのは、背の高い女性の兵士でした。

 アンジェさんも女性なのだし、そういった配慮なのだろう。


「これは?」

「はい。先ほどカノプス様にお見せした薬品の一つです。そこまで強い効果はありませんが、常用出来る疲労回復薬になります。夜間の警備、昼夜の逆転は体調が崩れやすいですからね。睡眠で疲労を回復できても、必ず負担は蓄積します。肌や髪の質も下がってしまいますからね」

「なるほど……感謝致します、イクス殿」

「どういたしまして。確かに治療が必要な方の診察も大事ですが、こうして国民のために働いている方達も今、薬品不足で大変だと聞いていましたから」

「イクス殿……あの、今一本頂いてしまっても?」

「是非。飲みやすくしてありますが、何かご意見があれば忌憚なく仰ってください」


 毒ではない。しっかりと効能もある。

 ただ少し、身体と魂が引きはがれやすくなるだけ。

 つまり『簡単に魂を縛り、契約しやすい状態』にするだけですから。


「おいしい……とても飲みやすいです。まるで子供に飲ませるジュースのようです」

「ふふ、確かにそうかもしれませんね」

「ええ。ふふ、なんだか娘に悪い気すらします」


 っ! 会話なんてするものじゃありませんね。

 ……兵士の中には、当然子供を持つ人だっているのですから。




「こちらになります。では、私も同行しますが、こちらで療養中の方は少々正気を失いかけています。おかしな事を口にする事もあります、暴れられる事もありますが――」

「問題ありません、貴女は中に入らないのですから。『ここで待っていなさい』」


 魂を契約で縛り、行動を操る。


「……かしこまりました。では、お気をつけて」


 良心の呵責は、ない。私は目的の為に全力を尽くすだけ。


「失礼します、アンジェさん」

『だれ!? 入ってこないで!』

「いえ、入ります」


 扉を開けると、すぐに目の前に枕が勢いよく投げつけられてきた。

 それを受け止め、すぐ後に迫るアンジェさんのハイキックを回避する。

 ……鋭く良い蹴りです。護身術でも修めているのでしょう。


「お久しぶりです、アンジェさん。ササハラユウキの母親の、ササハライクシアです」

「な!? なぜこんな場所に!? し、失礼しました」

「いえいえ。どうやら、正気を失っている、錯乱しているというのは嘘だったようですね」

「一体なにが……」


 私は、自分が現在薬師として城に仕えている……ふりをして潜入中だという事、そして今、この城を取り巻く環境、反抗勢力がカノプスの打倒、アンジェさんの奪還を目標に集結している事を伝えた。


「そんな……アラリエル……! あの子ではカノプスを抑えられません。あの子は、見た目以外はそこまで上位魔族としての力は引き継いでいない……!」

「ですが、彼は積み上げた力で今の地位を勝ち取りました。かつて、私の息子であるユウキも言っていましたよ。『実践で戦う事になったら、一番厄介なのはアラリエルだ』と。彼は強いです。それに他の子達も……」

「それでも……カノプスは王家の秘伝を完全に引き継いでいます。最初に私を含むカノプスに反旗を翻した人間達がなぜ負けたのか……ひとえにカノプス一人の実力が突出しすぎていたからです。私達の攻撃は、彼女に届きません」


 脳裏に『あの男』の影がちらつく。

 かつて、圧制で人々を苦しめ、多くを奪い多くを殺し、当時のリョウカさんですら手出しできないほどの力を持っていた……あの男を。

 お義父様が討たなければ、間違いなく今のグランディアは……もっと悲惨な世界になっていた。

 それほどまでに強く、手の付けようがなかったのだ。

 彼女もまた、それに匹敵、一軍を歯牙にもかけない力の持ち主なのだろうか。


「彼女は代々伝わる『魔装術』と呼ばれる技を駆使します。強靭な肉体、卓越した魔力操作、生まれ持っての魔力量、魔法資質、全てが備わって初めて使える秘術です。私も……少しだけ使えますが、それでも殆ど攻撃が通りません。アラリエルの攻撃も言わずもがな」


 そう言って、アンジェさんは目の前で自分の腕に、青い炎のオーラを纏って見せた。


「同質の攻撃でないとこの魔力の膜は突破不可能です。私がここに幽閉されたのは、なにも人質だから、という理由だけではありません。私が……この術を使えるからです。万が一にも、カノプスを討つ可能性があるのは私だけなんです」


 なんだ、そんな理由でしたか。


「……安心してください。私が断言します。カノプスは……敗北します。必ず、貴女達親子を救って見せます。どうか、信じて待っていてください」


 私は、何の副作用もない、心身ともに回復する、安眠効果もある薬を彼女に渡し、部屋を後にしたのであった。

(´・ω・`)はえ~……複雑な家庭環境だったんやねぇ……(他人事

(´・ω・`)十九章はこれにて終わりになりますが、次章はできるだけ早く開始したいと思います

(毎日投稿ではないと思いますが

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