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第二百五十二話

(´・ω・`)お餅とかもう何年も食べてないなぁ

 身綺麗な衣服。そして身に纏っているであろう、容姿を偽る魔導具の反応。

 彼女自身が内に秘めている膨大な魔力と、隠しきれない、強者のいでたち。

 なによりも――容姿を偽っていようが、顔の造形はそのままなのだろうと確信出来てしまう程に『面影を残している』顔立ち。

 アラリエル君は……思えば『お義父様』の面影を宿していた。

 しかしこの相手は……『あの子』の面影を色濃く受け継いでいた。

 私と同じ人を義父として持つあの子に。


「こちらをお買い上げですね? 少々お値段が張る上に効能が強いお薬ですので、しっかりと説明を聞いてもらうことになりますが、大丈夫でしょうか?」


 恐らく、件の女帝カノプスであろう人物に、通常の客にするのと同じ対応をする。


「いいわ。聞かせて」

「では。こちらは疲労と魔力を強く回復する効能があるのですが、同時に強い睡魔と倦怠感を呼び寄せます。ですので、摂取する際は眠る直前、かつ最低でも五時間は睡眠を取れる状況で摂取してください」

「ふむ。……それだけか?」

「はい、それだけです」

「先日、こちらの最下級グレードの品を試させてもらった。それですら破格の効能だった。この最上級グレードではどうなるのか楽しみである半面、少々恐ろしくもある」

「人体に有害な成分は含まれていませんよ。なにせ……材料は全てこの街で仕入れましたから」


 私は彼女にとどめを刺す。暗に『貴重な物を使わずに量産出来る』という情報を与え。


「……見たところ店主は貴女のようだが、これの製作者は?」

「私です。本来、私の一族に伝わる門外不出の製法の薬ですが、私の理念に反しますので、こうして一般の人間にも広がるよう、まずはグランディア最北端のこの大陸から、徐々に広めていこうと思ったわけです」

「エルフの薬師……か。思い当たる氏族がいくつかあるな。貴重な話を聞かせてもらい感謝する。また来よう」


 そう言うと、女性は颯爽と立ち去って行った。

 こういう時、エルフは便利ですね。枝分かれしたたくさんの氏族が存在しますから。

 門外不出の術を持つ氏族なんてザラにいますからね。


「……販売再開からすぐに行動となると、恐らく今夜あたりでしょうね。シュヴァインリッターにユウへの伝言を頼みますか」


 私はあらかじめ決めていた符号を紛れ込ませた伝言をシュヴァインリッターに伝え、その時を待つ事にした。




 本日の販売を終え宿に戻り、この後の展開について予想を立てる。

 ここまで早く展開、そして今日になって恐らく本人が私と接触した。

 なら次に考えられるのは――


「私を確認した以上、すぐにでもこちらを呼び出す、でしょうね」


 ここのシュヴァインリッター支部は城の内部状況、それどころかクーデターが起きたことすら知らない。

 リョウカさん曰く、本来シュヴァインリッターは絶対中立の組織だ。

 それは前身であるである『冒険者ギルド』時代から何も変わらない。

 尤も、それが国の一大事、何も知らない一般人、国民にまで被害が及ぶような危機であればその限りではない。

 従って、今回のクーデターは『表面上、国民に被害は出ていない。あくまで一国家内での勢力争い』でしかない。

 ならば、干渉はしない。だからここの支部も動かないし、そもそも情報を得られていない。

 知っているのは、アラリエル君とそれを支持する、シュヴァインリッターの支部長でありながら国の、特定の貴族に忠誠を誓っているアートルム支部長とその配下だけだ。


「心情的に、この反抗勢力に協力するのは当然なんですけどね」


 なにせ、私は生前『悪しき為政者を討つための勢力』を組織した事のある人間です。

 いくら偉人だと後世に伝えられたとしても。いくら『偉大なる母』の称号を新たに冠されたとしても。

 私は罪人であり、人殺しであり、裏切者であったのだから。


『すみません、おやすみのところ失礼します』


 物思いにふけっていたところに、部屋の外から声がかかる。


「はい、どうしましたか?」

『先ほどシュヴァインリッターの支部の方から、イクスさんに来てほしいと連絡がありました』

「分かりました、今向かいますね」


 さて、どうやら始まったようですね。

 では……向かいましょう。騙し、偽り、そして裏切るために。






 予想通り、私が支部で伝えられたのは『出来るだけ早く登城して欲しい』という、王家からの命でした。

 既にこちらの伝言はユウキにも伝わっているはずですし、私がこのまま城に向かう事も、どこかで見ているのでしょうね。

 もしかしたらこのまま城から出られなくなるかもしれませんし、最後に挨拶だけでも――


「イクスさん、こんばんは」

「あら、ユウさんではないですか。こんばんは」


 ふふ、やはりここにいましたね?


「珍しいですね、夜にイクスさんが支部にいるなんて」

「ええ、ちょっと支部長さんに呼ばれて」

「もしかして、例のポーションについてですか? 凄く効きますよね、あれ。俺も愛用しています」

「それはよかった。実は、少々国内での販売について、王家の方で確認したい事があるとかで、直接お城でお話をする事になったんです」

「おお、それは凄いですね!」


 器用なものです。ユウキの声色は普通の、それこそ世間話でもするかのような物なのに、その表情は心の底から私を心配するかのような、焦燥と不安を感じさせるもの。

 私の本当の言葉で『大丈夫ですよ』と『心配しないで』と言ってあげたいのに、それが許されない状況。

 だから――


「ええ、これで私の夢に一歩近づけるかもしれません。だから、大丈夫です。ユウさんも……あまり心配しないでくださいね? なにもこの薬で罪に問われる訳ではないんですから」

「はは、そうですよね。じゃあ……俺はもう行きますね」


 そう言って去っていくユウキを見送る。

 胸が、締め付けられる。ただちょっと離れるだけ、演技をしているだけなのに、まるで息子を突き放しているかのようで、罪悪感がにじみ出てくる。

 アラリエル君とアンジェさんの為とはいえ、中々に辛いですね、これは。

 ……しっかりと報いを受けてもらう必要がありますね、カノプスには。


「……私は本来、好戦的な人間なんですからね」






 王城にはすんなりと入ることが出来た。

 恐らく、既に私についての連絡が入っていたか、監視の目があるのでしょう。

 私は先導されながら、城の奥深くへと案内されていく。

 本当は案内の必要なんてないのですけれどね。

 なにせ……私がここを訪れたのは、一度や二度ではないのですから。


「これより先はイクス殿おひとりでお願いいたします」

「はい。案内ありがとうございました」


 大きな扉の前。謁見の間へ続く扉。

 その扉を押し開き、私は今回立ち向かうべき相手の前へと進み出た。


「招致に応じ参上しました。シュヴァインリッター所属の薬師、イクスと申します」


 跪き、王族への礼の形をとる。


「ほう……ノースレシア式の作法を心得ているか。面を上げよ」

「しかし、私は一介の薬師でございます」

「良い。面を上げよ」

「は」


 正式に、この人物が王になったというお触れはまだない。

 つまりこの相手は自他ともに認める『代理人』でしかない。

 しかし、こうして謁見の間の主として座っている。


「なにか言いたい事があるのか?」

「は。私の記憶が確かならば、貴女様は現魔王シリウス様のご息女だと思いまして。まさか、シリウス様に何かあったのではないか、と」

「なぜそう思った」

「私が優れた薬師であるからです」


 演じよう。そこそこ頭の回る人間である事を。

 演じよう。自分の薬で魔王を救えるかもしれないと期待する、愚かな薬師を。


「生憎、父は保養地にて療養中だ。その間は私が一時的にこの城を預かっている。まだ国民に知らせて動揺を広めるわけにはいかなくてな。だが……そろそろ正式に触れを出すべきかもしれん」

「なるほど、そうでございましたか」

「クク、すまないな。期待させてしまったか?」

「少々うぬぼれていたようです」

「いや、謙遜する必要はない。お前の薬は……確かに死に瀕したものも一命を取り留めかねない程の物だった。既に気が付いているのであろう? 私がお前の店に出向いた事を」


 驚くふり……は通じそうにないですね。


「……確証はありませんでした。しかし、あれを睡眠前ではなく既に飲んでしまわれたとは」

「ふふ、やはり見抜いていたか。私にも見抜けるぞ、貴様がただのエルフでない事くらいは。その秘めたる魔力……ただの氏族を捨てた一般人ではないだろう? 悪いが――」


 その時、応接間全体に魔力の波動が駆け抜ける。

 これは……キャンセルされたのでしょう、私の変装が。


「……金髪碧眼のエルフ。王族に連なる人間だったか」

「連なっていた事などありませんよ。これは事実です」

「……そうか、あちらにも醜聞はあるのだな、件の事件だけでなく」


 恐らく、私を王族の誰かの庶子か何かだと思っているのだろう。

 好都合だ。それに……あながち間違いでもないのだから。

 私は改めて、姿を偽っていない、本当のカノプスの姿をしっかりと瞳に焼き付ける。

 美しい金髪。美しくも雄々しい黄金の角。二対の漆黒の羽。

 それはどこか、黒染めの白鳥を思わせる、美しくも威圧感のある物。

 そしてその両の瞳は……今は魔眼が発動しているのだろう。妖しく、アメジストのように輝いていた。

 遺伝子という概念を、私は知った。遺伝子というものは……ここまで顕著に先祖の特徴を現れるものなのか。

 二千年以上経ってもなお、こうも色濃く鮮明に、あの人たちの特徴を現すのか。


「単刀直入に言う。私に仕えろ、イクス。お前の作る薬は私の部下では再現も解析も出来なかった。だがその効能は一軍にも匹敵する価値がある。もう一度言う、私に仕えよ、薬師イクス」

「お断り致します。この薬はより多くの人間に広め、世の不幸を少しでも減らすための物。一国家に仕えては、私の夢は遠のくばかりです」


 すぐに首を縦には降らない。


「全ての人の不幸を減らす……か。私は人が不幸になるのは、世の理不尽、不合理が原因だと考えている。私にはその理不尽と不合理を正す力が必要だ。その一歩としてお前の力が欲しい」

「では、これまで通り購入をしてください。ですが、国を優先して取引をすることはできません。それでは人々に薬が行き渡りませんから」

「なにも私に仕えたからといって市民への販売を禁止するつもりもない。むしろ、バックアップもしよう。商店の用意や流通の整備、材料の手配から雑務を任せられる人員の手配。もしも他大陸にまで巡業したいというのなら、他国への流通も許可しよう。巡業よりも余程迅速に、人々に薬を届けられるとは思わないか?」


 甘言に惑わされるべきか。訝しむべきか。


「なぜそこまでするのです。私の身柄を傍に控えさせて、何をさせるつもりです」

「将来的にお前の活動を手助けする事を約束する。だが一時の間だけ、私に助力してもらいたいのだよ。現在、少々危険な地域、そして外海へ向けて遠征の準備を始めている。今の市中の薬不足の原因はそれにある」

「外海、ですか?」

「ああ。知っての通りここノースレシアは世界の最果て。地球との交易もままならず、多くの大陸、国の領海を通らなければいけないという状況だ。故に航路が確立していない海。ファストリアに直接迎う事が出来る外海の開拓を目的とし、こうして物資を集めているという状況だ」


 筋は通る説明だ。確かに現状……それどころか、私が生きていた時代ですら、ファストリア大陸とノースレシア大陸を結ぶ、広過ぎる海を渡り切ったという記録はない。

 仮にそれが可能になれば……確かにこのノースレシアの経済は飛躍的に成長する。

 何も知らない人間が聞けば、半信半疑ながらも、その夢に理解を示す事もあるかもしれない。

 が、これは嘘だ。この人物は異界を探索、自分達の手中に収めようとしているのは知っている。

 どう、答えるべきか。


「……それを信じる理由が私にはありません」

「ああ、ない。しかし私にはお前の力が必要だ。その為ならばどんな条件でも飲もう」

「……では、契約して頂けますか? 必ず、私の夢の達成に協力すると。口約束で人を信じるほど、私は世間を知らない人間ではありません」


 ここで手札を切る。私は契約で相手を縛る術に……長けている。

 絶対ではないけれど。リョウカさんには破られた事があるけれども、それでもこの時代の人間に後れを取るとは……思っていない。

 無論、無理難題を契約させる事は出来ない。嘘の契約で縛ることはできない。

 けれども、ある程度の拘束、そして突破口にはなりえるのだから。


「構わん。契約書の作成に入る」

「では私もその契約書の作成に立ち合いましょう。私は、その手の術式には詳しいので。私に嘘の契約、強制的なギアススクロールは通じません」

「クク、そうか。それも納得の保有魔力量だ。よくセリュミエルがお前を手放したな」

「所有されていた記憶なんて、ありません」


 まずは、これでいいでしょう。

 私は彼女に連れられ、別室に控えていた魔導師と共に、契約書を作成する。

 魔術的に、契約内容を厳守しなければならないという効果を秘めた、魂の契約。

 相手に無理やり強いる事も可能な、禁術に一歩踏み込みかねない用法も存在する。

 けれども私にそれは通じない。必ず互いに納得しないと発動出来ないように作り上げる。


「……おい、イクスの術式の練度をどう見る」

「は。私以上の魔導の使い手かと」

「おほめにあずかり光栄です」

「やはり、か。薬師にしておくのが惜しいとも言えるが、同時に戦わせておくのにも惜しい。神に愛されているようだな、イクス」

「神は、いませんよ」


 いない。いえ『神は死んだ』のですから。


「クク、言い切るか。気に入った」

「……出来ました。後は互いに血判を押せば完成です」

「良かろう」


 躊躇なく、カノプスは親指を軽く噛み指を押し付ける。

 私も同様に、指を押し付ける。

 そして――ここまで契約が進んだのなら、もう一歩先の契約も可能か試すべきでしょう。


「カノプス様。指を私の指に重ねてください。血の契約です。これで私達は互いに互いを騙せなくなります」

「ほう、私と個人的に契りたいか。良いだろう」


 指を合わせ、血と血で――っ!


「申し訳ありません、どうやら個人での契約は出来ないようです」

「だろうな。仮にも原初の血を引いた上位魔族だ。いくら王族に連なるブライトエルフでも、格が違う」

「失礼しました」


 流石、原初の魔王……そして偉大なる母、救済の女神、全員の血を引く上位魔族。

 確かに私とは格が違ったようですね。


「では、これよりお前には私の城で生活してもらう。必要な道具は宿から運ばせよう。外に必要な機材や材料があれば紙に書いてお前付きの助手に渡せ」

「かしこまりました。本日よりよろしくお願いいたします、カノプス様」


 これで、無事に潜入出来ましたね。

 後はここから……どうやって城の人間を無力化して、アンジェさんを救い出すか……ですね。
















    ●

 (´・ω・`)

( ´・ω・` )かがみもちらんらんだー!

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