第二百五十一話
(´・ω・`)あけましておめでとうございます!
(´・ω・`)そして今日でこの作品を投稿し始めて丁度四年目となっております。
(´・ω・`)完全に趣味でダラダラ書いてた作品だから牛歩ですが、それでも書籍化が決まり今でも驚いています。
(´・ω・`)発売は今月の25日、一月二十五日となっております。
前回の潜入時に使ったホテルだが、別に反レジスタンス組織が所有しているホテルという訳ではなく、一般の企業が取り扱うただの高級ホテルという話だ。
が、高級と謳うだけはあり、顧客の情報を権力に負けて売るような事もしない、プライドと品格を兼ね備えた老舗のホテルでもあるらしい。
つまり……拠点として使うにはもってこいの場所、という訳だ。
「まぁそれでも流石にアリー達が拠点にする事はないけどさ」
俺は自分の部屋に戻り、そのまま部屋に隠しておいた通信機でアリーに連絡を取る。
「会って話したい事が出来た。そっちの拠点に移動したい」
『あん? じゃあ指定する酒場に来いよ。そこで酔いつぶれたふりをしろ』
「あいよ。マジで厳重だな、こっちにも場所を知らせないなんて」
『相手が相手だからな。んじゃ店の場所は――』
フェイクの店名を告げられ、その店名が示す本当の場所に向かうと、そこは古びたバーだった。
指示通りお酒を注文し、軽く飲むふりをしてから机に突っ伏すと、誰かがこちらの身体を揺さぶり、そのままどこかに介抱されるように連れられて行く。
そこまでやってようやく辿り着いた拠点には、俺以外のSSクラスの面々も揃っていた。
「ここまで念入りに隠された拠点があるって事は、こういう事態も想定してたのかね」
「まぁな。何せこの国は戦乱が絶えない国だ。今回みたいなクーデターが起きた事だって何度かあるらしいぜ、歴代の魔王の統治の中じゃ」
「なるほどなぁ……で、ちょっと今回はアリーに聞きたいことがあって直接来たんだよ」
俺は食堂で出会った女性、交わした会話、感じた印象、雰囲気を可能な限り伝える。
さらに鮮明ではないにしても、脳裏に意識して刻んだ相手の姿を、専用のプレートに記録してもらう。
そう、アラリエルが娼婦のお姉さんに託された物と同じ、古い記憶媒体を用いる魔術だ。
生憎訓練を積んだ魔導師じゃない俺からでは、まともな映像なんて記録出来ないのだが、シルエットとぼんやりとした色、そして声だけならしかりと記録されている。
「……高確率でカノプスだろうな。市中に出ているとは思ってもみなかったぜ」
「やっぱり本人か。……どうする、次に会ったらその場で殺すか?」
最短ルート。潜入やら大きな作戦やら、そんな物を必要としない短絡的な方法。
暗殺ですらない、正面からいきなり衆目の前で殺害する。
これで解決だ。騒ぎなんて後でいくらでも抑え込める。
「正直それが可能ならしてほしいくらいだ。が、保険をかけてないはずがねぇ。最悪、自分の命とおふくろの命が連動するような禁術の類を使っていても不思議じゃねぇな」
「だよな。そういう術も存在するかもって俺も考えてた」
この世界にどんな魔法があるのか、想像も出来ない。
なにせ、人の心すら操る術があるのだ。命、身体の機能を連動させる術なんていくらでもありそうだ。
「ね、ねぇ……その禁術が仮にあったら、実際に救出する時も問題なんじゃ……」
セリアさんが恐る恐る尋ねる。彼女の知識にそういう術はないようだ。
「ああ、最悪おふくろを取り返しても無関係に人質にされるかもしれねぇ」
「でも、作戦通りイクスさんが城に入り込めたら……解決出来ると思う」
イクシアさんは、そういう人の行動を縛ったり、強制させる術には詳しいそうだ。
どうしてそんな禁術に近い術に詳しのかは聞かないでいたけれど、今思えば彼女はリョウカさんにも、何か契約で縛る術を使っていた。
そう、あのリョウカさんをも縛る契約だ。神話時代の英雄である彼女をも。
なら……仮にアラリエルのお母さんが何か契約に縛られていても、イクシアさんなら助けられるかもしれない。
「現状はユウのお袋さんに頼るしかない、か。聞きたかったのはカノプスについてだけか?」
「そうだな、今はそれだけ。どうやらイクスさんの薬も市中で噂になりつつあるし、作戦は今のところ順調そうだ」
「じゃあ、また酔いつぶれたふりをしてくれ。さっきのバーの裏手に放り出しておくからよ」
「マジかよ……」
そうして、少しだけ乱暴に扱われながら拠点を後にした俺は、おぼつかない足取りでホテルに戻ったのであった。
一方その頃、王城内部では徐々にイクシアの作戦が実り始めていた。
少し前にユウキとカノプスが邂逅した食堂にて、王城勤めの人間にイクシア印のポーションが渡ったのだが、その際の会話を聞いていたのは、なにもユウキだけではなかったのだ。
「これが、その譲られたポーションだと?」
「は、はい……申し訳ありません閣下、市中の人間から個人的に物品を受け取ってしまい……」
門番という職務上、本来であれば城の主と言葉を交わす事なんて一生無いと言っても過言ではない。
それだというのに、男は突然自分が城の奥深くに呼び出され、受け取った薬の事まで把握されていたという事態に、完全に萎縮、恐怖し、今も全身から冷汗が噴き出ていた。
「それを謙譲しろ、私に。それで不問とする。国民を守る以上、その国民との距離が近しいことは罪ではない。だが、親しい間柄でも警戒は怠るな。それが毒薬、眠り薬の類ではないと誰が保証する」
「申し訳……ありませんでした」
「まぁ良い。下がって良いぞ。それと、門番の数を二名ほど増やす。受け持つ時間をもう少し減らすように当番を見直すといい」
「りょ、了解致しました」
部下を思いやっているかのような言動と共に、目的の物を手に入れたカノプスは、すぐに謁見室にお抱えの医師を呼びつける。
「この薬を解析してみろ。問題がなければ私が試してみよう」
「は。詳細な鑑定には時間がかかりますが、害があるか否かはすぐに判別出来ましょう
医師は、魔法で簡易的な検査を行い、この薬に毒性が含まれていないこと、呪いの類がかけられていないことを確認する。
得られた結果は『極めて良質なポーションと効能不明ではあるが毒ではない何か』というもの。
「サンプルとして少量を頂戴致しました。人体に害のある物ではありません」
「そうか。城の人間へのなんらかの侵略、攻撃の一環である可能性も考えたが」
「やはり、既にこの都市に反抗勢力が?」
「ああ、既にアラリエルを頂きに置いた連中がな。実に楽しみだ」
「しかしこの薬にはなんの害意も含まれていないかと」
「タイミング的に少々キナ臭い。城の人間には決して口にしないように厳命しておけ」
カノプスはそれでも、薬を自分自ら口にする。
たとえ怪しいと分かっていても、噂が真実であれば『自分の目的に利用出来る』のだ。
そして少なくともこの国で最も薬に通じている人間が安全だと断じた以上、実際に服薬しないというのは、彼女のプライドが許さなかった。
「ん……」
白い喉を慣らし、イクシア作のポーションを飲み干す。
「……非常に飲みやすいポーションだ。薬効があるのか疑わしいほどに――っ!?」
その瞬間、身体の異変に気が付くカノプス。
「カノプス様!?」
「っ……これは異常だ。おい、今日から私の身体をしっかりと観察しろ。薬への依存の兆候があればすぐに対処できるように準備もしておけ。この薬はおかしい――一瞬でここ一月で蓄積した消費魔力の三割が回復した」
「な……体力ではなく魔力が!?」
「体力の消費はもともとない。だが変装の魔導具や契約を維持するために魔力は毎日消費している。睡眠で回復できる量を遥かに上回る回復力だ。先ほど、不明の成分があると言っていたな。未確認の魔力回復の薬草、生薬が使われている可能性もある。どんな副作用があるか分からん、城だけでなく市中の人間にも服薬を控えるように知らせを出しておけ」
「分かりました。しかし……既にかなり深く市中に根付いているという話では?」
「それでもだ。なにも禁止しろと言っているわけではない。そうだな『国で正式に認可するか選定中の為、数日間だけ控えてほしい』と触れを出せ。シュヴァインリッターにも販売を数日だけ止めるように連絡しろ」
それは、効能が強すぎることへの警戒だった。
依存性の高い薬ならば、それはもう国を崩壊させる手段としては、最も効率的な手段の一つである。
故の警戒、対処。だが同時にこうも考える。
『もし、なんの異常も現れなかったら、必ずやこの薬の製作者を押さえなければいけない』と。
こうしてイクシアの作戦は、最終段階へと駒を進めつつあった。
「了解いたしました。では数日、販売は行わないこととします。成分に問題はありませんが、為政者としては当然検査は必要と判断したのでしょう」
「ええ、申し訳ありません。ですが、イクスさんのポーションが出回ってから、街の活気が増したと我々職員も感じております。王城でもきっと効能や安全性を認められると信じていますよ。なんでしたら、シュヴァインリッターの人間の服薬データも提出出来ますからね。城がさらに何か言ってきた場合はこちらも安全性を認めてもらえるように手を尽くすつもりです」
思ったよりも早く、薬の噂が王城内部に入り込んだようだ。
本日の営業前にシュヴァインリッター本部へと顔を出すと、ここの責任者の男性に、薬の販売を一時停止するように言われてしまった。
ここまでは想定通りではあるが、私の想定よりもだいぶ展開が早いのが少々気がかりだ。
それに停止だけでなく、住人への使用一時停止の呼びかけも判断がかなり早いと感じる。
既に薬不足で不満が高まりつつある住人感情。それくらい、相手方も把握しているはず。
それだというのにこの対応内容と速度は、不満を高めることにつながりかねない。
「……優秀なだけではないようですね。恐らくは――」
きっと、アラリエル君やユウキが言うように、カノプスという女性は優秀なのでしょう。
野心が強すぎることさえ抜かせば、良き為政者だと思う人間もいることだろう。
しかし、これは違う。私にはわかる。私だからわかる。私は『人を人とも思わない為政者』をよく知っているのだから。
カノプスという人物から、それに近しい匂いを感じ取る。
シュヴァインリッター本部を後にした私は、宿の自分の部屋へと引き返す。
「さらに強い薬を……決め手になるような薬が必要ですね。対兵士用の……効能が強すぎる……上に立つ者に都合が良い薬を」
『人を人とも思わない為政者』が求めるような、そんな薬を。
「……こんな姿、ユウキには絶対に見せられませんね。私は……そこまで綺麗な人間ではないんですよ……」
善行と悪行が等しく人の魂に蓄積されていくのだとしたら……いや、善行が悪行を打ち消してくれるのなら。
どちらにせよ、私はそれでも悪行が勝る人間だから。
だから私は、手段を選ばない。
相手が明確に悪だと、子の母親を奪う悪であるのならば、私も悪になろう。
薬の販売を停止されてから二日。たった二日という時間で、薬の販売は再開された。
私は今日もこの都市で最も栄えている通りで、アルバイトとして派遣されているシュヴァインリッターの方々と、膨大な数の人間に薬を販売する。
「イクスさん、ランクDのポーション完売しました!」
「店長、ランクBの在庫、まだありますか!?」
「ランクAの注文です、イクス店長!」
忙殺されそうになりながら、私はお客様の中から、毛色の違う人物を見つけ出す。
「すみません、ランクAの注文は私が対応します。Bの在庫は本部にまだあったはずです。ランクDのポーションは明日の分を店頭に出してください」
ランク付けしたポーションは、当然値段の差もある。中でもAランクのポーションは、二〇〇mlの小瓶でも日本円で三〇〇〇〇円相当という高額設定だ。
それを注文する人間は『好奇心』か『非常事態』か、もしくは――『調査目的』か。
私は注文をしてくれたお客様、王城勤めを思わせる、身綺麗な衣服に身を包む一人の女性の対応へと向かうのだった。