第二十五話
右腕が、温かった。いや、右半身が全体的に暖かい。
覚えている、ここは病院のベッドであり、俺はここで一晩眠っていたはず。
この暖かさは、なんらかの医療器具によるもので――
「……何故いるし」
枕がもう一つ並んでいました。イクシアさんが眠っていました。僕の身体を絡めとるように、抱き着くようにして眠っていました。
あったかいはずだよ、というかなんでいるんですイクシアさん。
「あの。イクシアさん、あの。起きてください」
腕を軽く動かすと、まるで今まで眠ってはいなかったようにパチリとイクシアさんが目を開き、キッっと、睨みつけるような視線を至近距離で向けてきた。
「……私が何を言いたいのか、分かっていますね、ユウキ」
「……おはようございます、ですかね?」
「……そうですね、おはようございます」
「あの、とりあえずベッドから出てください……病院の人も来ると思いますので」
ゴソゴソと身じろぎした彼女が、ベッドから出て軽く伸びをする、
一体いつやってきたのだろうか? もう病院の面会時間が始まって――時計はまだ七時。
「昨晩のうちに忍び込みました。何もせずに待っているはずがないでしょう」
「……そうですよね。あの、心配かけて申し訳ありませんでした」
まずは謝るべきだ、と頭を下げるも、イクシアさんはただ静かに『違います』と言う。
「子供は親に心配をかけるものです。それは、怒っていません。私は事件の内容、あらましを聞いて怒っているのです。貴方は……自分をもう少し優先なさい。いいですか、依頼であろうと、義務であろうと……自分より他人を優先する必要はないのです。恋人、家族、忠誠を誓った相手ならまだしも、ただの任務で、それも依頼に含まれていない命を救う為に、自分の命を天秤にかけた事について私は怒っているのです」
それは、思っていたよりも理性的で、どこか仕事のミスを責めるような怒りだった。
そして同時に……どこか冷たい、ストイックな怒りにも感じられた。
「……依頼は、命をかける物ではないのです。そして貴方は、全てを救うだけの力なんて持っていません。今回は偶然が重なり、助かっただけなのです。そう、肝に銘じてください。貴方は時折、どこか自分の事を客観視し過ぎている傾向にあると感じていました。貴方は一人しかいないのです。貴方が、貴方が死んでしまったらどうするのですか――」
言葉の途中で、彼女の声がうわずる。
そして次の瞬間、強く、強く抱きしめられた。
理性的な怒りは、自分を律する為の物だったのか、彼女は感情に囚われたように、泣きながら強く、抱きしめ続ける
『自分を客観視し過ぎている』。……少し、心当たりがあった。
未だ俺は、この世界にいる事そのものをゲームのようだと感じ、ただ楽しいだけとしか考えていなかった。
だが、こうして病院で身体が動かなかった瞬間や、全身を襲う身体の痛み、そうした経験が、これが現実なのだと、楽しいだけではないと、力が増えた分、襲い掛かる危険だって増えるという事を……実感させた。
「……今、実感してます。向こう見ずというか……楽観的に考えすぎていたというか……俺、もしかしたら死ぬかもしれないって……思った時、イクシアさんを悲しませたくないなって、強く思いました。……ごめんなさい。自分を大切にします……何よりも……家族を悲しませたくありません……だから本当にごめんなさい」
抱き返し、耳元で誓う。もう、決して悲しませないと。
危ない賭けなんてしないと。自分に危険のある事なんてしないと。
見知らぬ命の為に無茶なんてしないと。
……身の丈を見誤ったりはしないと。
「はい……約束ですよ。私は、貴方がもし先に逝ってしまったら……後を追いかけます。絶対に無茶はやめてください」
「っ! さすがにそれは……」
「いいえ、追いかけます。だから、絶対に死なないでください。私はもう……子供を失う苦しみには耐えられそうにありませんので」
そう言われて、ハッとする。彼女はかつて言った。『六四三歳で亡くなった』と。
それはつまり……孤児達を種族関係なく預かっていた身にしたら、何十人もの子供達が自分より先に逝くのを見てきた……ということになる。
なら、きっといつか俺も……彼女より先に……。
「……貴方が人生を全うして逝く時。その時は……私がしっかりと見送ります。ですから……それ以外では決して死なないで。ユウキ」
「……分かりました。約束します」
ハンカチで目をぬぐい、イクシアさんは『正規の方法で来た訳ではありませんからね、一度受付で面会の手続きを行ってきます』と言い病室を後にしようとする。
だがその時、丁度俺の様子を見に来た看護師さんと鉢合わせてしまい――
「病院の方ですか? すみません、何か食事を頂けないでしょうか。とても、空腹な様子でしたので」
「え? あ、あれ? あ、はい……あ、目が覚めたんですね――って、え!?」
……この病院、大丈夫だろうか。リオちゃんといいイクシアさんといい、侵入されすぎでは。
それから少しすると、朝食が運ばれてきたのだが、運んできたのはイクシアさんだった。
まだ面会には早いと言われたらしいが、家族だからと言う事で特別に許可が出たそうだ。
「これが病院食ですか……なるほど、食べやすいように小さく切られていたり、柔らかくなるように煮込まれた物なのですね……これは興味深い……」
「確かに。中々美味しいですし……」
病院食が不味いって、ただの噂、迷信なのかね?
そうして朝食を摂り終えると、早速検診を行うという連絡が入ったのだが、どうやらもめているらしく、廊下から口論の声が聞こえてきた。
が、少しすると、昨日ニシダ主任に諫められていた医者が現れた。
「すまないね。それで――そちらの方は? 今の時間、面会はまだ始まっていないのだが」
「自分の家族です。保護者ですね。特別に許可してもらっているんです」
「なるほど。では早速だがササハラ君。少々検査に君の血液が必要となるのだが、採血しても良いかね? 少々多く採る事になるが、献血ほどではないよ」
「なるほど……検査に必要なら――」
「なんと……血を採ると言うのですか……? だ、大丈夫なのでしょうか……」
「ご心配いりません。彼は若いですからね、すぐに調子も戻りますよ」
そういうと医者は、持ってきていた鞄から少し大きめな注射器と瓶のような機材を取り出し、並べていく。やばい、あの瓶に自分の血が溜まっていく事を考えたら緊張してきた。
「あの、すみませんトイレ行って来ていいですか。ちょっと緊張しちゃって」
「ん、わかった。病室に出たら目の前にあるから行ってきなさい」
「大丈夫ですか? 立てますか? ついて行きましょうか?」
「いやさすがに一人で大丈夫ですんで」
あぶねぇ、つい『お願いします』って言いそうになった。しかし、昨日に比べたらだいぶ動きやすくはなっている。例えるなら、思いっきりプールで泳いだ後のような倦怠感?
トイレを済まし病室に戻ろうとすると、今度は丁度廊下を早歩きしてくるニシダ主任が現れた。
「あ、ニシダ主任。おはようござい――」
「ユウキ君、貴方誰かに何かされなかった? 変な薬飲まされたり、怪しい事されなかった?」
「いえ、なにも? 今ちょっと血液検査前にトイレに――」
その瞬間、ニシダ主任が腰から拳銃のような形のデバイスを取り出した。
「侵入者よ。そいつたぶん、どこかの国のスパイ。捕えて背後関係を探るわ」
「うひ!?」
「貴方は今、身体強化が使えないと思って頂戴。全身の細胞が酷く衰弱している状態なの。……まいったわね。まさかここまで内部に入り込まれていたなんて――」
あの、それってリオちゃんとかイクシアさんのことじゃぁ……。
「恐らく産業スパイか、グランディアに関わるデータを盗むつもりよ。私に黙って血液検査なんてするはずがないもの」
「あ、そっちですか。じゃあ今病室にいる医者が侵入者なんですかね?」
「ええ……私、あまり戦闘は得意ではないのよ」
「あー、なら大丈夫ですよ。ちょっと廊下で待っててくださいね」
病室に戻ると、どこかワクワクといった様子の、興奮を隠しきれていない調子の医者が、早く座るようにと言ってくる。
なので――
「イクシアさん、ちょっと耳貸してください」
「ふふ、どうしました? もしかして注射が怖いのですか? ふふふ、いいですよ、内緒にしてあげますからなんでも言ってください」
ああ、なんて素敵な笑顔……ですが、そうじゃないのです。
笹型のお耳を拝借。
(その医者敵です。ニシダさんが外で待機してるので拘束お願いします)
(……分かりました)
顔を離した瞬間、突如イクシアさんが立ち上がり、ベッドの上のシーツで医者巻き取り、完全に拘束してみせた。なんという早業……というか器用すぎでは。
「ぐ……何をするのかね!」
「俺はノーコメントで」
「私もユウキに言われただけですので」
「というわけで私登場。あらら、やっぱり昨日の貴方だったのね。貴方、たぶん報酬に目が眩んでいるのだろうけど……秋宮にたてついて無事に済むとは思わない事ね」
ふぅむ……あっという間に連れていかれてしまった。やっぱり色々裏で動いてんだなぁ……俺もそういう世界に足を踏み入れつつあるのだろうか。
「どうしてイクシアさんがいるかは聞かないでおきます。助かりました。あの男は恐らく、ユウキ君が秋宮のなんらかの実験体だと思ったのでしょうね。血液サンプルを狙っていたのでしょう」
「なるほど。うーん、これからも狙われるんですかね?」
「すみません、ユウキの血が狙われているとは一体……」
ニシダさん+俺、説明中。そして俺が最近飲んでいた美味しい飲み物について質問。
「あぁ……確かに少しでも病気の予防になるよう、スーパーマーケットで手に入る栄養剤や薬品を利用して、私が生前修めていた『錬金術』で薬液を精製しましたが……まさかそんな事になっていたとは。しかしご安心ください。あれは常用している間にしか効果を発揮しません。五日ほど飲むのを控える事により、元の身体に戻りますから」
「まぁ……なるほど、イクシアさんはあの術を修めていたと……了解しました。以降はそういった神話時代の術を試す際、一度ご連絡下さると助かります。今回の件はこちらで誤魔化しておきますので。ユウキ君が薬の材料にされかねませんでしたから」
「……申し訳ありませんでした」
……この時俺が思っていた事は、そんな凄い薬をその辺の材料で作ってしまう事や、錬金術なんていう、ファンタジー溢れる単語の事ではなく、単純に『あの美味しいジュースがもう飲めないのは凄く残念だ』というものでした。……めっちゃ美味しかったのに。
「イクシアさんイクシアさん。あの薬から薬の成分だけ抜いたり出来ません?」
「薬から薬の成分を抜く? ユウキ、何を言っているんですか」
「いやぁ……凄く美味しかったので、これからも飲みたいなぁと」
「そんなにですか? ふふ、分かりました、やってみます」
やったぜ。
精密検査の結果次第では今日にも戻れるという話なので、イクシアさんは一先ず家に戻り、退院が決まったら連絡を寄越して欲しい、と言い残して戻る事になった。
なんでも、急いで家を飛び出して来たので、鍵も碌にかけてこなかったのだとか。不用心な。ただ、それだけ取り乱していたのだと考えると……申し訳なくなってくる。
そして俺も検査としてMRI? とかいうのを受け、他にも体内の魔力の循環具合やらなにやら、事細かく調べられ、後は検査結果が出るまで大人しく病室で待つ事に。
「……そういや今日普通に講義もあるんだよな。後でスケジュール組み直さないと」
単位足らなくて留年、なんて事はないです。そのまま退学です。甘くないんです。
俺の場合はたぶん、護衛の関係で三年まで無条件でいられるかもしれないが、そんな人間の将来なんて秋宮が保証してくれるとも思えないし。
なによりも、通わせて貰っているのだから、何が何でもしっかりと勉強しなければ。
そんな事を考えているうちに、時刻は間も無く正午。昼食の時間だ。
売店にでも行こうかと思っていたのだが、丁度起き上がると同時にノックがされる。
「どうぞー」
「あ、普通に返事した! 失礼しまーす……」
「失礼する」
「お邪魔します……」
やって来たのは、セリアさんと一之瀬さん、そしてサトミさんの三人と――
「お見舞いに来たよ。もう起き上がれるんだね」
そして最後にカナメ君が現れた。
うむ、ちょっと意外な組み合わせだ。
「ちなみに、男が大勢押し掛けるなんてむさ苦しいからって事で、僕が代表に選ばれたんだ」
「こっちの心読まないでよカナメ君」
「顔に書いてあるからね」
「思ったよりも元気そうだな、ササハラ君。身体の具合はどうだ?」
「さっき精密検査受けてきたとこ。結果次第じゃ今日中に退院出来るらしい」
「あ、そうなんだ! そっか~……よかった~……私達さ、ユウキが飛んで行って、そのあとすぐに爆発したの見たからさ……死んじゃったかと思ったんだからね」
セリアさんが怒り気味に言う。
「いやほんと申し訳ない。咄嗟だったからちょっと冷静じゃなかったのかも」
「そうだよ、ユウキ君が見えなくなって、現場はすぐに封鎖されて……私達ホテルのロビーで中継見ていたんだけど『犠牲になった学生』ってユウキ君の名前出てきて、大変だったんだから」
「そうだね。君もセリアさんも名前叫びながら泣いていたもんね」
何それ申し訳ないけど嬉しい。そうか、泣いてくれるか二人とも。
「しかし……場合によってはもう退院か……本当に運が良かったなササハラ君。あの時の君の行動は……任務を、人命を優先するという意味ではとても素晴らしい働きだったのだとは思う……だが、彼女達を含め、仲間達皆が……君を心配したのだからな」
「うん、反省しているよ。初めての任務で張り切ってしまったんだ。もう……ああいうことはしない」
「……ああ。私も……あれほど己の無力さを呪った事はなかった。本当に……無事で良かった」
「そうだね、本当に。僕としては、君が無謀な事をするとは思っていなかったから、助かる見込みがあったんだとは思っていたんだけどね」
「ははは……」
嬉しいな。こうしてクラスメイトまでもが来てくれるなんて。
そうだよな、護衛対象なのは確かだが、仲間なんだ。みんなだって、俺の事を守ろうと、助けたいと願うのは当然の事、なんだよな。
一方的に守るつもりでいた俺が、傲慢だったのだ。……これも、反省しなければな。
その後の仲間達の様子を聞いたりしていると、看護師さんがやってきた。検査結果が出たので、まもなく担当医が来る、とのこと。
「む、それなら私達はここでお暇しておこうか」
「いえ、別に構わないわよ」
担当医(医者とは言っていない)。まさかまたまた登場、ニシダ主任だった。
みんなも一瞬驚いた顔をするのだが、カナメ君だけは『ニシダ先生だ』と言っている。
そういえば、非常勤の講師だっけ? 前に聞いた記憶が。
「なぜニシダ先生がここに?」
「一応医師免許も持っているし、秋宮の関係者だからね。シュバ学の生徒のアフターケアも業務のうちってことよ。検査結果なんだけど、もう入院する程のものではないから退院許可が出たわ。貴女達も、ユウキ君の退院に少し手を貸してもらいたいの。病み上がりだしね、荷物持ちとか」
「あ、それならイクシアさんに連絡入れる手筈なんで大丈夫ですよ。みんな、先に帰って大丈夫だよ」
おおう、ナチュラルに人を使おうとなさる。みんなには申し訳ないのでお帰り頂こう。
「あ、じゃあイクシアさんにもよろしく言っておいてね。たぶん近いうちに挨拶に行くと思うから、後で連絡するね」
「ほいさ。サトミさんもノルン様によろしく伝えておいてね」
「勿論。本当は今日だって一緒に来たがっていたくらいだもん」
「そうか、保護者が迎えに来るのだな。では、明日また学園で。お大事にな、ササハラ君」
「じゃ、私も行くね。今度打ち上げでもしようよ、クラスのみんなで。じゃあまた明日ね」
「あいあい。じゃあ明日またね」
退院する俺を迎えに来たのは、イクシアさんだけではなかった。
病院の前につけられたのは、なんとまさかの巨大リムジン。つまり――
「ユウキ、迎えに来ましたよ。理事長さんが車を出してくださいました」
「ええ、直々にお迎えにあがりましたよ、ユウキ君」
まさかの、イクシアさんと秋宮理事長揃い踏みでした。やばい、緊張感が、
「さて……学園までまだ時間がかかります。今回の事の顛末をお伝えしようかと思うのですが、よろしいでしょうか」
「はい。お願いします」
車内。理事長が、今日も怪しげなマスクをかぶったまま、今回の事件に関わった敵対組織、被害状況、そして政府の動き、ノルン様を取り巻く環境について話してくれた。
「簡潔に言いますと、今回の件で日本とグランディア、とりわけセリュミエルアーチ王国との関係は、より強固な物となりました。今回の犯行を企てたのは、セリュミエルアーチ国内における、反地球組織による物だと判明。生き残った実行犯たちは全員捕縛され、グランディア側に連行。また、今回の事件には、半年前の『誘拐未遂』も関わっていました」
「あのノルン様の……?」
「ええ。元々、ずさん過ぎる計画でしたが、あの日は海上都市全体の警備がショッピングエリアに集中していました。それを利用し、今回の事件で使われた魔導炸裂術式や広域展開型の魔導爆弾が仕掛けられていたようです。つまり……半年前から既に下準備がされていた、計画的なテロと言えます」
「それは……随分と大掛かりでしたね……」
「ええ。それだけに極めて成功率も高く、被害の範囲も大きかったと言えます。それを人的被害を最低限に抑えたのは……正直、計り知れない程の功績です。感謝します、ユウキ君」
理事長にそこまで感謝されると、さすがに畏れ多いというか、むずかゆい。
何せ秋宮の総帥でもあるのだから……それがこんな一学生に……。
だが、そこで静かに聞いていたイクシアさんが口を開く。
「理事長であり、今回の依頼主でもある、という貴女に、一つだけ言いたい事があります」
「はい、なんでしょうか」
「貴女は、どう責任をとるつもりだったのでしょう。子供に命を張らせるような任務を依頼した貴方は、それすらも『契約だから』と、言葉だけで責任を取るつもりだったのですか」
瞬間、ゾクリとする程の眼力で、理事長を睨みつけるイクシアさん。
そして理事長もまた、その視線を受け、それでも涼しい眼差しをこちらに向け続ける。
「いいえ。ですが、それを証明する方法が今の私にはありません」
「ええ、そうですね。……では、私と新しく契約をしませんか?」
すると、イクシアさんがどこからか、光り輝く紙を取り出した。
それが、ふわりと浮かび対面した席に座る理事長の元へ向かう。
「魂の契約です。そこにある文面を絶対に守らせる、絶対の契約です。子供の命を扱うのなら、これくらい、してもらいます。飲めないのであれば、私はユウキを連れて消えます」
「な……イクシアさんそれは――」
「ユウキ、これはケジメです。学園は……そちらの都合でユウキを入学させ、そしてユウキに過酷な任務を与えました。ならば――報酬だけでは足りません」
「……ギアススクロール(絶対厳守契約書)ですか。なるほど、ユウキ君の命に危機が訪れた場合、全ての優先順位を彼の救命の下にするという内容ですか」
「はい。貴女がもしも全ての力を注いだら、きっとどんな危機からもユウキを守ってくれる。口惜しいですが……今の私にはそれだけの力がありませんから」
なんだか、話が大きくなってきたように感じる。
だが、秋宮の総帥相手に、ここまで大きく出る事が出来るとは……イクシアさん、大丈夫なのか、そんな事をして。
「……完全な形のギアススクロール……やはり、貴女は……分かりました。この契約を飲みます。必要な物は……血ですね?」
「……はい。お話が早くて助かります」
意外な事に、理事長はその提案を飲み、車内に置いてあったワインナイフで自分の指を軽く切り裂き、その血を書類に垂らした。
すると紙面が光り輝き、そのままイクシアさんの身体に吸い込まれていった。
「……誠意ある対応、感謝致します」
「いえいえ、今回ユウキ君は国の未来をも守ったのです。……私一人の人生くらい、喜んでお貸しします。ですが――そう易々とは消費させませんからね、ユウキ君にはより一層、訓練に励んでいただきたいと思います。もう、危ない賭けをしなくても良い程の力を付ける為に」
「ひぇ……お手柔らかにお願いします」
「とはいえ、今回の任務、実務訓練は特異中の特異。今後はこのような危険がないようにこちらでも任務を精査します。本当に、この度は感謝します、ユウキ君」
そして、ついに理事長が一介の生徒である俺に頭を下げたのであった。
すると、丁度車の進行方向に、見慣れた学園、そして裏山が見えてきた。
だが、それと同時に――
「っ! また野次馬達が集まってきているのですか……どこの局です、局関係者全員を海上都市入りを禁じますと脅しをかけておいてください」
「うお……あれ全部マスコミ関係者なんですか?」
「ええ。次代の英雄について聞きたいのでしょうね。すみません、昨日の今日ではまだ満足に対応出来ていません。明日には黙らせますので、今日のところは自宅で大人しくしていてください」
「俺のせいでもありますからね……了解っす」
まさか、俺がこんな境遇になる日が来るとは夢にも思いませんでしたよ……。
これは暫く人通りの多い場所には行けそうにないなぁ……。
(´・ω・`)これでひとまず二章は終了です。
三章はもうしばらくお待ちください。
追伸:「暇人、魔王の姿で異世界へ」の単行本が2/29日に発売ですん。