第二百五十話
(´・ω・`)今年も今日で終わりです。
いやーはやいもんですな
「では、私はこれより単独でシュヴァインリッターの支部へ向かいます。まずはそこで開業届けを出さなければいけませんので。ユウキ、任務中は過度の接触は避ける必要がありますが、支部の内部は問題ないでしょう。一応私もユウキもシュヴァインリッターのメンバーという扱いですから」
「了解です。イクシ――『イクス』さんの変装、それだけで良いんですか……?」
「私の姿なんて誰も気に留めないでしょうし、これくらいで問題ないでしょう」
「……いやぁ、絶対目を引くと思うんですけどね」
俺とイクシアさんは今、二人で再びこの国の首都……つまりカノプスの占領下にある『ネヴェルバルト』に戻ってきていた。
「ユウキ……いえ、ユウはまず私と最初の買い出しに出てください。一度貴方はここに派遣されたシュヴァインリッターとして認知されているようですからね、新規派遣された私に最初くらいは付き合った方が自然でしょうし」
「了解です。じゃあ……俺はタイミングをズラして支部に入りますね『イクス』さん」
イクシアさんの変装は、セリアさんと同じく、髪を茶色にしているだけだった。
それに加え、俺と同様彼女も偽名として『イクス』と名乗っている。
なんだかそう呼ぶたびにイクシアさんがビクっと震えるのは何故なのだろうか。
……まさか、生前の名前だったりして……?
それから少し時間を開けてから支部に入る。
支部の中は相変わらず閑散としていた。やはり今この首都にシュヴァインリッターの仕事は少ないらしく、何も知らない人間は徐々にこの都市から離れて行っているようだ。
まぁ残っていた人間も今は殆どが都市の外、山岳部のモンスター討伐に向かっている所為もあるのだろうが。
俺は受付に向かい『ちょっと依頼でヴォンディッシュに戻っていたが、またこっちに戻って来た』と説明する。
身分はアートルムさんに用意してもらったが、俺やセリアさん、アラリエルは元より、イクシアさんの正体は一般の職員には秘密にされている。
つまりただのメンバーとしての振る舞いが必要って訳だ。
「すみません、今丁度依頼というか、新規でこちらの支部に登録された薬師さんがいるのですが、都市の案内をお願い出来ますか? ユウ様もまだこちらに移動してきて短いとは存じますが」
「あ、大丈夫ですよ。あちらのエルフの方ですね?」
「ええ、そうです。イクスさんという旅の薬師さんだそうですよ。なんでも、ヴォンディッシュの病院で働いていたそうです」
受付の人間が、都合よく俺に話をふってきてくれる。恐らくイクシアさんがそう仕向けてくれたのだとは思うが……。
イクシアさんと合流し、早速裏通り、とは言っても怪しげな雰囲気なんてない、商店街のような印象の通りへと案内する。
丁度俺とセリアさんが買い出しを依頼された通りだ。
「イクスさん、何か入用な物があるんですね?」
「ええ、そうなんです。ユウさんには荷物持ちのような事までお願いしてしまい心苦しいのですが」
「いえいえ、全然気にしないでください。荷物はどこに運びましょうか?」
「それでしたら、支部の裏手にある宿にお願いします」
さも初対面であるかのように会話をしていると、俺とイクシアさんがただの男女になったみたいで、少しドキドキしてしまう。
俺は彼女を案内しながら、必要だという医薬品や果物、野菜や飲料水をリアカーに積み込んでいく。
「これくらいで当分は問題ないでしょうね……ありがとうございます、ユウさん」
「いえいえ。じゃあ宿に運びましょうか。俺は別な宿に泊っているのですが、何か手伝えることがあれば支部の方に伝言を頼みます」
「あら、意外ですね? てっきり連絡先でも聞いてくるのかと思いましたが」
「あはは……さすがにそれは職権乱用というか、なんだか下心があるみたいでかっこ悪いので」
「ふふ、分かりました。では支部の方に何かあれば伝言をお願いしますね」
……演技というか、アドリブというか、なんだか対応が上手すぎませんか……?
伊達に映画やドラマを見漁っていないですね!
俺、知ってるんですよ。サブスクに登録してから古いドラマから順に見まくってるって。
宿でイクシアさんと別れた後、その足で俺もホテルに戻る。
前回宿泊していたホテルと同じ場所だ。
「……この作戦、本当に上手く行くのかな。可能性がない訳じゃないのは分かってるけれど」
今回の作戦の立案者はイクシアさんだ。
確かに協力してもらうつもりではあったが、まさかほぼ全てのリスクを彼女自身が負う事になるなんて思ってもみなかった。
当然止もしたのだが……現状、可能性が一番高く、犠牲を最小限に抑える方法が他になかったのだ。
「まさか『市中に自分のポーションを出回らせて城の人間のほうから自分に接触させる』なんて……」
イクシアさんの作戦はシンプルだった。
市中で不足している薬品を提供、間違いなく需要が高まり話題になる。
それは俺も保証する。なにせ、その気になれば神話時代にしか存在しないような万能薬を作り出す事も出来る人だ。
そんな彼女がポーションを作って販売すれば、間違いなく売れる。ただでさえ薬品不足の状況で、シュヴァインリッターから正式に許可を得ている薬師がポーションなんて発売したら買う人間は絶対に現れる。
それがもし、これまでのどんな薬よりも効能が良いとしたらどうなるか。
「……異界調査で薬を買い占めているカノプス陣営が放っておくわけない、か」
城に招かれることがあれば、そこからはイクシアさんが独自の考えで動くそうだ。
可能なら城の主要な警備の人間を一時的に傀儡化することも可能だという。
城の内部に協力者がいるならもう……侵入は成功したも当然だ。
故に、既にここネヴェルヴァルトに向かい、アラリエル達を含む主力部隊が徐々に移動中だ。
密かに手勢を都市に潜ませ、イクシアさんの策が成就したら一息に攻め込むという、電撃作戦。
逆に言えば、もうそこまでアラリエルは追い詰められつつあるって事だ。
「……そうだよな。映像で既にアラリエルがカノプスに挑むことを分かられている以上、もう猶予なんてないんだろうな」
きっと俺が同じ立場なら城に乗り込む。そこに少しでも可能性のある方法が提示されたら、どんな作戦でも乗っかるしかない。
かつて俺がロウヒさんの提案に乗り、地球の人間全てを敵に回したように……。
「あとはイクシアさんの作戦の推移を見守るしか出来ない……か……」
「やはり地球の製品は成分の抽出がしやすいですね。これなら魔力変質だけで必要な材料が揃います」
その頃、イクシアは宿の自室にて、仕入れた薬から必要な成分を抽出、変容させて、独自のポーションを調合していた。
過度な効能、世間を揺るがすような効能を持たせることなく、それでいて従来のポーションよりも即効性、回復効果が高く、量産し易い物を考えながらの作業。
本来であれば企業が長年努力を重ねて辿り着く境地に彼女は一足で到達し、今まさに市場を制圧しかねないポーションを生み出そうとしていた。
「……学んだ学問を、まさかこの地で使う事になるなんて……それも『イクス』の名を騙って……因果な物です」
それは、己の生前の名前。己が生前、どこでこの製薬方法を学んだのか。
奇しくも、彼女が製薬方法、古の錬金術を学んだ地がこの都市なのであった。
かつては別な名を冠していたこの都市で、彼女は師とも呼べる人間と義父に教えを受けながら、この奇跡めいた錬金術を学んでいたのだった。
「よし……変容術式とレシピの確立が出来ました。後は容器と大鍋が必要ですね。これは明日、またユウキに手伝ってもらいましょう」
部屋の中に籠り、集中して作業をしていたイクシアが大きく伸びをし、簡素なベッドに身体を預ける。
「はぁ……これで、一歩近づけたのでしょうか、アンジェさんに」
アラリエルの母であり、囚われの身であるアンジェ。
イクシアにはもう一つ、アンジェを放っておけない大きな理由があった。
『似ていた』のだ。自分の母親に。
自分を拾い育ててくれた母親に、アンジェがとてもよく似ていたのだ。
故に重ねてしまった。そして思ってしまった。『今度は自分が助ける番だ』と。
それは数奇な運命なのかもしれない。アンジェは確かに……イクシアの母親、その末裔であるのだから。
「まずはシュヴァインリッターの支部内に卸しましょうか。予定では外に遠征に向かった方々も明日以降戻ってくるはずですからね……そこで話題に上がるような製品に仕上がっていると良いのですが」
イクシアさんと別行動を開始してから今日でちょうど一週間。
この間、アラリエルを始めとした反クーデター組織の人間は、ゆっくりと、だが着実に都市入りを果たしていた。
シュヴァインリッターの人員として、行商人として、観光客として、その他様々な職業、役職の人間として都市に紛れ込み、都市内に戦力を集結させつつあった。
「イクシアさん、最後に会ったときはずいぶんと忙しそうだったけれど、大丈夫かな」
支部内で薬の販売をしていたのだが、今は大きな通りで大々的に露店を出していると聞いている。
俺はなるべく関わらないようにしているのだが、シュヴァインリッターの方に店の手伝いを募集する広告が出ていたくらいだ。
「ま、昼食がてら街の様子でも見てくるかなー」
今日も食べに行くお店は、ここ最近高頻度で通っている、あの王城近くのお店だ。
相変わらずの大盛況っぷりだが、ここに来る目的は料理だけじゃない、情報収集だ。
「確かアンタら今支給される薬がイマイチって言ってたろ?」
「ああ、別段不満という訳ではないが、少々次の日に疲れが残る。俺なんかは門番だからまだマシな方だが、巡回兵は路面電車に乗るわけにもいかないからな、足腰にかなりキてるって話だ」
「まぁ正直俺たち下っ端は魔物や賊と戦うような役目なんて回ってこない以上、薬の効能が弱まってもそこまで辛くはないんだが……やっぱり以前まで飲んでた支給薬や市販のドリンク剤が手に入らないと少しだけ困るんだよ」
こんな具合に、城勤めの人間と、シュヴァインリッターの人間、それに一般的な商業施設で働く人間や商会でドライバーをしている人間などが揃って食事をしながら雑談なんて事もしているのだ。
住人同士、城の人間とも仲睦まじい在り方は凄く好ましいのだけど、もしかして城の人間の中でも、それこそ下っ端の人はクーデターが起きたことを知らないのだろうか?
考えてみたら門番と巡回の兵士しか見かけたことがないし。
「へへ、アンタら中央の方まで足を運ばないから知らねぇだろ? 今ちょっと流行り始めてるドリンク薬があるんだよ。ちょいと値は張るが、うちの支部の方でバックアップしてる薬師さんが正式に販売してるヤツなんだけどよ。ちょっとおすそ分けしてやるよ」
「驚くぞ、この効能は。正直最近肩こりが目にも影響が出ていたし、食欲も落ちてきていたんだが……これを飲み始めてから睡眠で取れる疲れの量が劇的に増えたんだ。もっと良い薬もあるが、あっちはさすがに日常的に飲めない値段でな。俺は一度飲んでみたが……まるで飲んだ瞬間、極上のスパにでもいったような感覚と共に疲れが取れたんだ」
む! あれはイクシア印の魔材! ついにこの王城周辺にまで噂が届いたのか!
「おいおい、さすがに胡散臭すぎないか? 危ないものでも入っているんじゃないのか?」
「いや、少なくとも支部の方の安全基準は突破しているぞ。俺たちも一応この都市部の安全を預かる身だ、さすがに違法な物に許可は出したりしないぞ」
「だまされたと思って後で飲んでみろって! 今日お前さん、深夜まで立ちっぱなしだろ? 大事なカード仲間が倒れたらつまらねぇんだよ」
「むぅ……そうか。なら一度試してみよう」
……なんというか、本当に城の人間と住人の距離が近くて、良好な関係を築けているように見えるのに、どうして裏、上層部はあそこまで野心にまみれているのか、やるせない気持ちにさせられる。
なぁカノプス。これでいいじゃないか。平和な国で住人が平和に暮らしている。これ以上何を望むんだ、為政者として。
そこまで力が欲しいのかよ……。
「三色親子丼、お待たせしましたー」
「あ、どうもです」
「最近よく来てくれますねー、うち気に入りました?」
考え込んでいると、注文した料理が運ばれてきた。
「もちろん、味も量も値段も最高ですよ、ここ」
「良かったー、最近外部からお客さんが来ないから心配だったのよ。ゆっくりしていってね」
そうして俺は、このふわふわの卵とこんがりと焼かれた焼き鳥、そして緑色が鮮やかな野菜が乗った、ちょっと変則的な三色親子丼に舌鼓を打つ。
「ああ……美味い……ピーマンに似たこの味わい……鶏肉もあるし間違いなくこれは俺の好物にランクインする……」
「どうやらこの店が気に入ったようだな」
するとその時、こちらにかけられる女性の声。
振り向くとそこには、以前相席した女性が立っていた。
「あ、その節はお世話になりました」
「礼には及ばんよ。席、一緒してもいいか?」
「どうぞどうぞ」
恐らく城勤めの人間だ。何か面白い情報でも得られないだろうか。
「ふむ……私も同じものにするか」
「おいしいですよ、これ」
「無論どれも美味いのは私も保証しよう。しかし君はシュヴァインリッターだったはずだが、仕事はいいのか? どうやら最近中央のほうで仕事が増えてきたらしいが」
「あー、主に接客やら列の管理ですよあれ。俺は戦闘バカなんでああいう仕事はパスしてるんですよ」
「なるほど? となると最近は山岳部の任務に参加していた、と」
「自分はちょっと野暮用ですぐに離脱したんですけどね」
なんだか、こちらの事を探られているような気がしてきて、つい適当にはぐらかしてしまった。
「ところでなんだかお城の方で配給の薬の質が下がったというぼやきが聞こえてきたんですけど、お姉さんお城の人ですよね? やっぱり疲れが取れなかったりするんですか? 顔色は良さそうですけど」
「ふむ……確かに私は城勤めだな。が、薬に頼るような生活をそもそも送っていないのでな。まぁ肉体労働が少ないから、というのもあるが」
「なるほど……薬の配給不足ってこの都市で起こりつつあるのか、僕らの方でも少し前まで困っていたんですよね。なにか原材料やら流通に問題でもあったんですかねぇ」
「さて、そういった報告は来ていないな。ただ、城で備蓄を増やしているのもその一因になっているかもしれんあ」
こちらも負けじと探りを入れるが、なにも痛い腹でもないようにお姉さんは答えてくれる。
「はて、備蓄を増やす……人員の配置換えもあったって言っていましたし、大規模な演習でもあるんですか?」
「ああ、近々軍の方でな。あちらとは余り関わらない業務を担当しているので詳しい事は知らないが」
たぶん、外部に出していい情報ではないと考えているのだろうか。
いや、そもそも物資をため込んでいるのは演習ではなく異界調査の為だとこちらは知っているのだが。
どうやらこの人物から詳しい情報を得るのは難しそうだ。言葉ではうまく説明出来ないけれど……隙がないってだけじゃない。なにか得体のしれない恐怖、警戒心を刺激する何かを感じる。
「さてと、じゃあ俺は食べ終わったのでお先に失礼しますね」
「そうか。ではまた機会があれば。君はとても興味深い。まさか姿を偽っていると今の今まで気が付かなかったとはな。一体どこの魔導師が作成したのか、凄まじい変装の魔導具だ。是非とも紹介してもらいたいくらいだよ」
「っ!?」
ダメだ。この相手は危険すぎる。
たぶん……この女性は……。
「いやぁ、結構面倒な身の上でしてね。流石『魔眼持ち』を騙し通す事は出来ませんでしたか」
「いやなに、魔眼ではないさ。君の食べている口元の動きに違和感があっただけさ。食べ物が消える位置と口に微かな差異があったよ」
「……なるほど、それは盲点でした」
何でもない風を装い、平静を装って店を後にする。
「……嘘だろ。多分今のが……カノプスだ」
威風堂々とした口調。大胆不敵な行動。謎の威圧感と風格、そしてこちらを試し遊ぶような言動。
少なくとも、ただの人間ではない。リョウカさんやセシリア、そういった高い地位や強大な力を持つ人間特有の気配を確かに感じた。
そう……例えばジョーカーのような。
「確定ではないけれど……アリーに確かめる必要があるかもな」
俺はいま会った人物の姿を可能な限り思い出しながら、ホテルへと足早に戻るのであった。
(´・ω・`)それでは皆さん、よいお年を!




