第二百四十九話
(´・ω・`)こっちの冬なめてた……同じ県でもガチの豪雪地帯は洒落にならないね
「この一週間の動きを見た限り、この街最大の商会から定期的な王城への搬入は無し。ただしトラックが二台、軍部に貸し出されている、と。更に臨時か呼び出しなのか、夜中に城に向かうトラックが何度か目撃されているようだね」
「不定期なのは恐らく俺達みたいな侵入を考えている人間を警戒してだろうな。残念だが潜入の手段としてトラックは使えないと思った方が良い」
「むしろ、正攻法で潜入した方がまだ可能性があるよね。敷地に対して警備の兵士がかなり少ないし」
「いや、そもそもカノプスの探知能力は俺の知る限り兵士数十人分の範囲はある。単身でどこかから潜り込もうとしても必ずバレる。最悪、俺達の事にも既に気が付いてるかもしれねぇ」
「つまり泳がせている、と」
王都に潜入してから七日。この日俺達は、成果の有無に関わらずここを発つ事を決めていた。
残念ながら城に潜入する決定的な隙は見つけられなかったが、それでもこれ以上ここで時間を食う訳にはいかないという判断だ。
一応、情報として最低限『城が物資をかき集めている』『街では医療品を含め物資不足になりつつある』『カノプスがアラリエルの動きを見越して待ち構えてる』って情報は得られたし、都市のライフラインを破壊する方法の目途はついている。
最悪、強行突入で都市を混乱に陥れる事も視野に入れて作戦を立てるって事だ。
「街からの脱出は慎重にな。カノプスがこっちに勘付いているのはほぼ確定なんだし、みすみすここでアラリエルを逃がすとも考えられない」
「だから『アリー』だって。まだ気を抜くなよユウ」
「悪い悪い。脱出のルートはシュヴァインリッターの合同任務に紛れて都市の外にって事でいいんだよな?」
「うん、昨日のうちに私が依頼を受けて来たからね。今日の午後に都市の北門に集合かな」
支部長さんが手を回してくれていたお陰で、潜入には手間取らなかったが、果たして無事に都市を出られるだろうか――
結果から言ってしまうと、俺の杞憂に終わり俺達は無事に都市から脱出する事が出来た。
曰く、シュヴァインリッターの隊員はこの後そのまま山岳に向かい、そこで野生の魔物の討伐を行い、数を減らして治安維持をするそうな。
どうやらノースレシアの魔物は他の大陸より大幅に強く、定期的に駆除をして数を減らさないと『魔物同士の殺し合いで魔物がどんどん強くなっていく』らしい。
マジかよ……まさか天然で自分達を強くする習性があるとかどんだけだよ。
過去には強力に育った魔物が甚大な被害を出したのだとか。
「案外すんなり外に出られたな……こっちの事を把握していなかったのか」
「恐らく俺がいるとは知らなかったんだろうな。だが俺の陣営の人間が動いてるのは把握していたはずだ。だからこそ『なんの警戒もしていなかった』んだろうよ」
「自分達の優位性、力の差を見せつけるって意味なら成功してるよね。現状、あのお城に侵入する方法もないし、明確なルートも見つけられない。私達への牽制も精々映像越しにだけ。悔しいけど、私の魔術じゃあの人の看破は越えられないと思う……」
都市から離れた森の中、帰路につきながら交わす会話はそんな打ちひしがれたようなものだった。
明らかに格上なのだと、お前達など警戒に値しないのだと言われているようで、悔しかったのだ。
正攻法での潜入だけなら、俺単独なら可能だとは思う。
しかしそれで人質を救出して無事に脱出するとなると、流石に難しいのだ。
ましてや……戦闘になれば確実に苦戦する。脱獄の時は不意打ちで仕留めたり、行動不能にするだけに留まったからなんとかなったが、明らかに兵の強さが『異界の魔物以上』だったのだ。
まぁアラリエルのような人間が生まれる種族なのだし、えりすぐりのエリートしかいない城の中なら当然といえば当然なのだが。
「……ユウキに怒られそうだから言わなかったんだけど、今回の奪還作戦さ、相手よりも魔術的に優位に立てたら取れる手段も増えると思ったんだ。つまり、看破されないだけの力を持つ魔導師の協力があれば……」
「あん? うちの連中にお前より上の術者なんていねぇぞ? つーか元聖女候補のお前より上なんて、それこそ聖女のあのチビくらいしかいねぇだろ」
セリアさんが言わんとしている事を、理解してしまった。
「そっか、アラリエルは知らないんだよね」
「……つまり、イクシアさんに協力してもらうって事?」
「うん。イクシアさんは私よりも数段上……いや、遥か高みにいる魔導師なのは、福岡の実習で分かったから。彼女は間違いなく……対カノプスの鍵になると思うんだ」
「おいおい、こいつの母さんがそんな使い手なのかよ?」
「俺としては正直、あまり危険な事にイクシアさんを協力させたくないよ。でも、確かに任務の成功率で言えば協力してもらった方が良いのは分かる。アラリエル、お前はどうしたい?」
俺はアラリエルに問う。自分の母親の為に、他人の母親をも利用する覚悟があるのかと。
「……本音を言うなら、可能性が高まるなら協力してもらいてぇ。だが本当に強いのかよ? あの人がエルフ、それも結構良い所の出なのはなんとなく分かってたけどよ」
「たぶん今の俺とガチっても五分五分、いやむしろ俺も負けると思うわ。イクシアさんはガチで強い」
いや全力出された事はたぶんないんですけどね? でも……ロウヒさんがガチビビリしたり、それこそ福岡で圧倒的な力を見せて貰ったからなぁ。
「ただ、もし協力して貰うなら他にも取れる手段はあるかも。まずは一度戻ってから、報告を済ませた上で提案してみよう。他のみんなも無事に島の中継基地を奪還出来たか報告を聞かないとだし」
「だな。んじゃ帰りは徒歩だ。極力街道を避けて移動すんぞ。巡回の騎士もいるはずだ」
土地勘のあるアラリエル先導の元、森伝いに俺達は無事にヴォンディッシュへと帰還を果たしたのであった。
「ただいま戻りました」
「戻ったぞおっさん」
「みんな、ただいま」
アジトに戻ると、既に俺達以外のクラスメイトが帰還していた。
となると、無事に島の奪還は果たしたという事だろうか?
「お疲れ様です、アラリエル様。ササハラユウキ君もセリア君もお疲れ様」
「確か島の奪還任務の指揮は支部長さんが執っていたんですよね。そちらの首尾はどうですか?」
「ああ、無事に中継基地を取り戻し、セリュミエルアーチの支部を通じて王家にも現状を伝えている。ノースレシアのクーデターの件ももうじき世間の知るところになるだろう」
「なるほど、これで大陸の外に味方……少なくともカノプス陣営と敵対してくれるであろう人間が増えた事になりますね。最悪、カノプスに備える国も出て来るでしょうし」
「そうなるな。慎重な国は我々が負けた場合、カノプスが外大陸に目を向ける事を考慮して戦力の増強に力を入れるだろう」
全ての国が協力してくれる訳ではないのは当然だ。
自国の防備を固める選択をした国を責めるつもりはない。
「それで、潜入任務の成果についての報告だが、こちらの主要メンバーが集まってからで構わないな? 奥の会議室で待機していてくれ」
「あの、その報告なのですが、俺の母親にも同席して貰って良いでしょうか?」
「君の母親……イクシアさんか。彼女は表の店で働いて貰っているが、こちらに呼ぶという事は今後深く関わる事になるという意味になる。それでも良いのか」
「はい。彼女の知識が必要になって来ると考えています」
「……ミス・リョウカの護衛として選ばれた程の人間だ。君がそう言うのなら、こちらに来てもらおう」
たぶん、セリアさんが言いださなくてもイクシアさんは今回の件に協力するつもりなのは分かり切っている。
同じ母親として、アラリエルのお母さんに思うところもあるのだろう。
絶対に子供と再会させてみせると、強く決心していてもおかしくはない。
そうして、何故か表のバーレストランで調理と配膳、その両方の手伝いを買って出ていたイクシアさんが、この奥底にあるアジトへとやって来たのであった。
「なるほど……まさか『この名を冠する』お店の深部がそのままアジトに繋がっていたとは。察するに、この組織に資金援助をしている方は……リョウカさんを通じて送金しているのでしょうね」
「む……やはりリョウカさんの関係者なだけはありますね。ええ、善意の協力者がリョウカさんを通して資金を援助してくれています。その正体は我々も知らないのですけれども」
「なるほど、そうですか」
アジトに着いたイクシアさんは、何か思うところがあるのか、支部長さんにそんな事を言っていた。この店名に何か深い意味でもあるのだろうか?
「……因果、というものは本当にあるのでしょうね。レジスタンスとも呼べる組織に私が身を置く事になるとは」
「イクシアさん?」
「すみません、少し思うところがありましたので。ユウキ、アンジェさん、アラリエル君のお母さんを救う為に私の力が必要だと言うのでしたら、なんなりと言ってください。協力は惜しみませんから」
イクシアさんは、どうにもこの大陸に来てから考え込む事が多くなったように感じる。
と、言うよりもこの店に来てから随分と積極的というか、活動的な感じだ。
会議室に主要なメンバーが全員揃ったところで、今回の潜入任務で得た情報を皆に報告していく。
無論、アラリエルが密偵とされる娼婦のお姉さんから得た情報も含めて。
「以上が俺達の得た情報の全てです。残念ながら俺達が一気に城に攻め込む方法は見つけられませんでした。と、言うよりもそれが出来ないように立ち回ってるように思えます。もし、強引に都市を巻き込むやり方で攻めた場合、住人の感情的に戦後処理も難しいどころか、俺達が逆族として汚名を着せられる可能性があります」
「いや、だが既にこちらは外部の国とコンタクトを取っている。それに今回は君が……『英雄ササハラユウキ』がこちらについている。その名前は君が思っている以上に大きい。一時国民の悪感情を向けられるとしても、正義はこちらにある事には変わりはない」
「なるほど。では、強硬策に出る方針ですか?」
支部長さんの言う事も分かる。俺個人の信用があれば、少なくともセリュミエルアーチ王家はこちらに加担してくれてもおかしくはない。もしかすれば、コウネさんの縁もあってエレクレア公国も味方に付いてくれる可能性もある。
恐らくカノプスにとって一番のイレギュラーは俺の存在だ。
「ただ、強硬策を取るにしても必ず実行メンバーが主要施設に潜入する必要があります。その際にカノプスに察知される可能性を考えて――」
この場に呼んだイクシアさんに振り返る。
「イクシアさん……俺の母に来て貰いました。イクシアさん、カノプスは強力な魔眼を持っています。アラリエル曰く、一人で兵士十人以上の索敵能力、看破の力を持っているそうです。これに対抗する事は可能でしょうか?」
「ふむ……アラリエル君、カノプスという人物は原初の魔王の血を引いているのでしょうか?」
「そうっすね。一応俺がその本流、直系ではありますが、カノプスの家も一番近い家柄っすね。恐らく二番目に濃く血を引いている家のはずです。現に、俺以上に先祖返りをしているのがカノプスっすから」
「……なるほど。原初の魔王には妻が二人いたと伝わっています。そのうち一人は、極めて強力な魔力探知の魔眼を持っていると伝わっているのです。仮にカノプスなる人物がそれに匹敵する力を持っているのなら、どんな魔法でも必ず看破されるでしょう」
それは、イクシアさんをしてもお手上げだという宣言だった。
魔眼……それほどまでに強力なものなのか……。
「先程のユウキの報告によれば、現在物資を集めているという情報と同時に、都市内での医薬品の不足が問題になりつつあるという話ですが、具体的にどれくらいの規模で問題になりつつあるのか分かりますか?」
イクシアさんの質問に答える。
「医薬品の中でも、地球産の物だけでなく、グランディアで流通しているポーションの類もかなり流通が少なくなっていますね。効果の薄いポーションが代わりに出回っていて、それを労働者や一般家庭で消費しているって状況らしいです」
「私達も一度個人の病院の手伝いをしたのですが、材料の精製水を作る機材が不足するくらい需要が高まってるみたいでした。ただ、個人院の副業として安価なポーションを下ろしている状況を国はよく思ってないみたいで、近々個人院による販売が禁止されるかも、と聞きました」
「ま、そんときゃ裏通りの露店で売るだけでしょうよ。そういう小遣い稼ぎなんて日常茶飯事なんすよ。違法でもないですし」
一応ですね、俺達はこういう地道な調査もしっかりやってるのです。
派手な潜入やら戦闘だけじゃないんです、どうですイクシアさん。
「ふむ……地球の市販薬はまだ出回っているのでしょうか?」
「そうですね、風邪薬や塗り薬程度ならそこそこ残っていますが、鎮痛剤や抗生物質関係は徐々に国の方に買い占められつつあるみたいです。恐らく異界遠征の物資だとは思いますが、反面戦闘に関係しない薬はかなり売れ残っていますね」
「なるほど、分かりました。それだけあれば十分でしょうね」
すると、イクシアさんはある作戦を立案した。
「城を内部から無力化、ないしは弱体化させる方法があります。今の状況なら確実に、怪しまれる事なく私だけなら城の内部に潜入出来るでしょう。少し、私の話を聞いてもらえないでしょうか?」




