第二百四十八話
(´・ω・`)いよいよ暮れも押し迫って参りました
「お待ちくださいお客様。少々、こちらのラウンジでお過ごしになりませんか? 現在当ホテルでは新たに輸入したサーディス大陸の名産である、ミササギ地区の緑茶を提供しております。お客様、ユウ様は見たところ地球、それも日本人の血を引いているとお見受けしますし、是非お試しいただきたいのですが」
セリアさんと共にホテルに戻り、一先ず自分の部屋に戻ろうとした時だった。
何故か受付の人間に、セリアさんがいなくなったタイミングで声をかけられ、あからさまにここに引き留めようとする意志が見受けられる提案をされた。
……これは、かなり怪しいな。もしかしてカノプス陣営にこちらの動きを察知された……?
「いえ、急ぎの用事があるので部屋に戻ります」
「で、ですが……申し訳ありません、今お客様がお部屋に戻ると、色々不都合があると言いますか……ですね」
「なんなんですか、はっきり言ってください。俺をここに足止めして、その間に仲間になにか――」
そう言い返そうとした時だった。ホテルのエレベーターからセリアさんが肩を怒らせながらやって来た。
「セリさん、どうしたの? 何か事件でも?」
「ユウ――ユウ、ちょっと聞いてよ!」
一瞬ユウキと呼びそうになったところでグッとこらえ、興奮しながら話し出すセリアさん。
「アラリ――アリーが!」
「アリーに何かあったの!?」
「アリーの部屋に行こうとしたら……ドアの向こうから……女の人の声が聞こえてきたと思ったら、中から知らない女の人が出てきて『あら、他の子も呼んだの?』って……」
「な!? それってまさか!」
ホテルの受付へ振り返ると、なんとも気まずそうな表情で顔をそむけられてしまった。
く……あれはスタッフによる気遣いだったのか……! 同室の俺が今戻ると絶対にお互い気まずい思いをするだろうと配慮してくれたのか……! いや、でも高級ホテルならそういうサービスは止めるべきじゃないのか……!?
「あ、あくまで出張エステのサービスですので……」
「まだ俺は何も言ってませんが」
受付さん、墓穴を掘る。とりあえずこの状況でそんなサービスを受ける不届き者にはちょっと物申さないといけませんな。
「セリさん、行こう。ちょっと今回ばかりはお灸を据えないといけないから」
「分かった、行こう。私も一発殴らないと気が済まないから」
さぁ、覚悟しろアラリエル。今のセリアさんはたぶんカノプスより厄介だぞ。
俺達の泊まるフロアでエレベーターが止まり扉が開く。そこに飛び込んで来た光景に思わずタイミングの悪さと良さ、その両方を感じてしまった。
今まさに、アラリエルと俺の部屋から一人の女性……露出度が高く、どこか色っぽい表情の妙齢の女性が出て来たところだったのだから。
「っ! ま、まぁあの人は無関係と言えば無関係だから……」
「……そうだね」
とりあえずあのお姉さんに突撃する事はなさそうだ。
して、問題のアラリエルの部屋の前にやって来た訳だが――
「おーいアリー、今戻ったんだけど」
『ああ? なんだグットタイミングだな』
そう言いながら扉を開けたアラリエル。
その顔面に吸い込まれていくセリアさんの平手打ち。
フロアに快音を響かせながら、部屋のベッドへと吹き飛ぶアラリエル。
「最低! あんた今の状況分かってこんな事してんの!?」
「ッテェな! なにすんだセリア!」
「アリー……悪いが今回ばかりは俺も擁護出来ないわ……さすがに任務中、それも自分の母親の命が掛かってるタイミングでデリバリー頼むのはちょっと神経疑うぞ……」
「な……くそ……そういうことかよ……お前らいいから部屋に入れ!」
右頬に紅葉マークを浮かべたアラリエルが、猛烈に抵抗するセリアさんと俺を部屋に引き込む。
なんだなんだ、なんだってんですか?
「いいかお前ら、今たぶんすれ違ったねーちゃんがいただろ? ありゃ王家に仕える専属の娼婦だ。しかも原初の直系、俺の一族にしか呼び出せねぇ人間なんだよ」
「だからなに? そんな超高級な……デリ……そういうお姉さん呼んでなにしてたっての!」
「……確かに娼婦ではあるけどよ、そりゃ一種のカモフラージュだ。代々夜伽の床で諜報活動、その報告をしてくれる一族なんだよ」
マジで? なんか適当な事言ってない? ちょっとこれまでの信用的にちょっとそれ信じるのはさすがに俺でも厳しいんですが?
セリアさんに至っては一考の余地すらないようだし。
「マジだ。じゃなきゃわざわざホテルのフロントであんな話をする訳ねぇだろうが。あらかじめ怪しまれねぇように伏線を張ってたんだよ」
「……で、その証拠は?」
「これだ」
するとアラリエルが、どうしてなのかはあまり考えたくはないが、随分と乱れた様子の自分のベッドにある枕の下から、一枚の板を取り出して見せた。
「こいつは一昔前の記憶媒体だ。今は地球の科学と融合させたメモリーカードが主流だが、こいつはそれよりも前、純粋に魔術だけで周囲の様子が記憶出来るモンだ。映像は荒いがその分探知されにくく見つけ難いって代物だ」
「……本当だ。随分旧型のメモリボード……よく現代に残ってたね」
「さすが、聖女候補サマは知ってるって訳か」
「マジか。マジでさっきのお姉さん諜報員なのか」
「ああ。親父が死んでからコンタクトは取ってなかった相手だが、一応合言葉も連絡方法も知ってたからな。何か情報が得られねぇかコンタクトを取ってたんだよ」
すみませんでしたアラリエルさん、マジで信用していませんでした。
これは流石のセリアさんも――
「……はい、回復魔法。これで無かったことにして。初めから私達に説明してくれていたらこんな事にならなかったんだからね」
「あ、確かに。さすがにこれは普段の言動と今回の説明不足の所為じゃないか?」
「あ? 説明したらお前らが同席すんだろ。そうしたら俺が楽しめねぇじゃねぇか」
てめぇ! やっぱり報告のついでにヤってやがったな!
「……もう何も言わないから、そのメモリボードの情報を確認しよ」
「だな。これ以上は不毛だ。それ、どうやって見るんだ?」
「ああ、こうやって壁にかざして呪文を唱えれば――」
アラリエルが何かを呟くと、プロジェクターとは違い、明るい室内でも鮮明にどこかの映像が壁に映し出された。
確かに多少ぼやけてはいるが、十分に人の顔も判別可能だ。
「こいつは……城の寝室だ。ガキの頃ここで寝たことがある」
映し出されるのは、誰が見ても豪華と形容するであろう調度品が使われている広い一室、そこに鎮座しているベッド。
そのベッド座っている一人の人物が、この映像を記憶している人間に語り掛けているところだった。
『じきにノースレシア家と私は一つになる。融通を利かせろ、古き血脈よ』
『それでしたら婚礼の儀の晩にまたお呼びくださいまし。ご夫婦二人のお相手も喜んで務めさせて頂きますわ』
それは、高圧的な女性だった。
まばゆい黄金の髪と同色の大きな両角を頭から生やし、見る者を圧倒する黒い翼を二対も生やしている人物。
恐ろしい程に整った容姿と、そこに浮かぶ圧倒的な覇気を感じさせる表情。
間違いない。アラリエルに言われるまでもなく、この人物がカノプスだろう。
そしてもう一人の声。主観カメラのように本人の姿は映っていないが、女性の声。
これが映像の記録者、つまり先程のお姉さんなのだろう。
『それが貴女の答えなのね? 先代から引き続き、本当に融通が利かない。だから先代は謎の死を遂げたというのに』
『不幸な事故ですわ。気質は関係ありません。ですが……私達は今も昔もただ一つの家、ノースレシア家にお仕えしています、生憎と二君に仕えるような教育は受けていませんので』
『そう。ならもう下がりなさい。中々にホネだったのよ、貴女に連絡を入れるのは』
『それは大変なお手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした』
そうして映像がベッドから逸れ扉へと向く。
だが、どうやらカノプスはこの人物の背後に最後に言葉を投げかけたようだった。
『見ているのでしょうアラリエル。早く来なさい、貴方のお母様が無事なうちに一刻も早く』
そこで映像が終わっていた。
「……記録されている事も察していた上で、必ずこれを見る事になるだろうと確信してメッセージをアラリエルに残したのかよ」
「『アリー』な。気を緩めるなよユウ。今この瞬間だってもしかしたらヤツの手のひらの上かもしれねぇんだ」
「……一瞬だけ目が光ってた。たぶん超高位の看破の魔眼だと思う……この映像って目で見て記憶して、記憶が風化する前に後からプレートに記録するって物だから、普通は術の発動になんて気が付けないはずだもん」
「そういうこった。生半可な術じゃこいつに近寄る事も出来ねぇ。見ての通り頭もキレる。さっき聞いた話によると、既に戦力は整いつつあるらしい。今はひたすら物資を溜め込んでるって話だ。それが異界探索の為なのか、はたまた周辺の街、主都を落として自分の配下に治める為の物かは知らねぇがな」
「じゃあ、もうほとんど猶予は残されてないって訳か……」
既にあちらの準備は最終段階、か。
なら俺達はここで最低限の情報を得たらもう、戻って戦力を整えた方が良いって事だろうか。
「アリー、予定をもう少しだけ繰り上げよう。城にトラックが向かう日を確認したら、そのままアジトに戻ろう。曜日が同じなのか、それとも毎月同じ日なのかは商会からなんとか聞き出すしかない。もう来週、来月まで待つ猶予はないかもしれない」
「そうなるな。じゃあ明日は俺とセリが外に出る。とりあえず商会にも多少のコネはあるからな、探りを入れてみる」
「無茶はするなよ。俺は念の為……別行動で城の動向をチェックする。最悪カノプスが俺達に勘付いているかもしれないからな。そっちの調査に邪魔が入らないようにする」
「ああ、任せた」
「ユウ、無茶はしないでね。私の目から見ても、この人の魔導看破能力は異常だと思うから。もしかしたら変装も見ただけでバレるかも」
「いや、流石に本人が城の外に出て来る事はないでしょ」
そんな会話を交わし初日の潜入調査を終えた俺達は、この豪華すぎるホテルで一夜を過ごしたのであった――
「ところで本当に嬢とか呼ばなくて良いのか? 今ならセリもいねぇしもう寝てるだろ。さっきの姉さんじゃねぇが、他にも呼べる場所はあるぜ?」
「はよ寝ろ!」
翌日、セリアさんとアラリエルを見送った俺は、その足で街の散策、おもに王城付近を見て回る事にした。
路面電車に揺られながら、周囲の景色を眺める。
「……交通の便も良いし、街全体が賑わってるな……エンドレシアとの冷戦も……裏で行われている策略も何も感じられない……それだけ優れた治世って事なのか」
もしも、非道な手段に手を染めていなかったら。本当に名君と呼んでも構わないような、そんな人物なのだろう。
「……最も原初に近しい存在、か」
脳裏をよぎるのは、その生まれ変わりであり、その原初の力を余すところなく引き継いでいるヨシキさんの事。
正直、あの力に迫る程の人物なら、俺達に勝ち目はない。
でも、それはありえないと断じてしまう自分がいる。
あんな力……もしも持っていたらこんな裏工作なんてしない。
文字通り力に物を言わせ、グランディアを統一することだって容易いはずだ。
だったら……何故ヨシキさんはこんな裏方に回って秘密裏に動いているのだろう。
世界のバランサーなんて面倒事、わざわざ引き受ける理由なんて――
「そっか……それだけこの世界が大切……なんだよな」
俺は、異物だから。だからその考えに至るまで時間がかかってしまった。
けれども俺にもこの世界で大切な存在が……沢山出来た。
一度はイクシアさんの為に全てを投げ捨てる覚悟もした。だが失いかけ、再び戻って来た事で再認識した。
俺には、イクシアさんだけじゃない。他のみんなだって必要なんだ。
だからこそ――
「仲間の家族の危機に、俺が動かない訳がない」
到着した王城周辺の地区は、昨日見た時と変わらず、過度な警備の姿もなく、日常的な光景、門番と巡回の兵士が数人いる程度だった。
住人も普通に城の周りを通る上、平然と門番と挨拶を交わし、兵士達もまた、交代の時間なのか、近くにある飲食店へと足を向けていた。
「午後0時ジャストか」
交代の時間は既に知っていたが、念のため再確認し、俺も兵士と同じ食堂へ向かう。
お昼時の賑わいを見せる、中々に人気店のようだった。
お金には余裕もあるし、俺も少し贅沢なメニューでも――
「多い……種類が凄く多い……」
メニューが分厚い上に種類が豊富過ぎました。
ええ……なんで焼き鮭定食と洋ナシのコンポートが同時に存在するの、このお店。
炒飯もあればその隣のページにはパスタもあるし、日本のファミレス以上になんでもありなんだけど……。
「っとと、混んで来たな」
席の後ろを行き交うお客さんに背中を押される。
気がつけばほぼ満席状態の店内には、様々な料理の香りが充満していた。
「失礼しますお客様。大変申し訳ないのですが、非常に込み合っていますので相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、大丈夫ですよ」
仕方ない、俺一人なのにテーブルを占領する訳にもいかないな。
さて、じゃあとっとと料理を決めなければ……。
「うーん……ジャンバラヤってなんだっけ……食べた事あったようななかったような……」
食べた記憶はあっても名前まで覚えてないとか、よくあると思いませんか。
メニューの書かれている場所的にお米の料理だとは思うけれど……。
「スパイスの効いたトマト風味のピラフだ。この店の物は魚介が使われている」
「あ、どうもご親切に……そうか、前に作ってもらったっけ」
気が付くと、相席していた人物から料理について教えてもらっていた。
なるほど常連さんか。見たところ魔族らしい特徴は見て取れない、白髪の若い女の人だ。
まぁ、この国では姿を偽る人間も多いみたいだし、魔族かどうかなんて判断出来ないのだが。
「この店は初めてのようだな。だったら無難にそのジャンバラヤと何かデザートにしておくといい。男性でも十分満足できる量だ」
「なるほど、分かりました。詳しいんですね」
「そうだな、詳しい。職場がこの近くでな」
キビキビと、どこか威圧的に話す人だ。けれども親切なのは間違いないな。
「じゃあ……デザートはこのビスケットアイスにしようかな……」
「ふむ、私もそれにしよう。今日はそれだけで良いか」
「デザートだけで……?」
「ここのビスケットは分厚く大きい。私の身体ではそれだけで事足りる」
なるほど……ビスケットってお菓子のアレじゃなくて、焼いたパンみたいなタイプなのか。
少しすると、注文した料理が運ばれて来た。
この人数の客をさばきつつ、これだけ豊富なメニューがあるにも関わらず、この提供スピード……凄まじい店だ。
「おお……凄い良い香り……」
「察するに外部からこの都市に来たのだろう? シュヴァインリッターの任務か?」
「分かります? なんでも、今ちょっとこの都市で人員不足になりつつあるって聞いて、急遽ヴォンディッシュから派遣されたんですよ。ただ、支部では特に任務が滞ってる様子もないし、どういうつもりで派遣されたのかちょっと疑問なんですよね」
こういう時は無知な人間であると相手に思わせるに限る。
自然に、本当に何も知らずにこの都市に来た人間だと周囲に印象付けておくためにも。
「派遣、か。恐らく少し前に城内で大規模な人員の配置換えがあった影響だろう。都市部の仕事に従事する兵士が増えたらしい。それで逆にシュヴァインリッターは暇が出来たのではないか? 恐らくそちらの指示とこちらの状況の変化が行き違いになったのだろう」
「へぇ、そうだったんですか」
ふむ? どうやらこの人はそれなりに城の事情に通じているようだ。
まぁ、こうして兵士の人が一般の食堂に来ている以上、かなり街の人間との距離も近いのだろう。
この人ももしかしたら城で務めている人なのかもしれないな。
「さぁ、食べると良い。私の料理も来たようだ」
「はい、話し相手になって貰えて助かりました、一人のランチは味気ないので」
そうして俺のランチは少しだけ華やかなものに変わり、食事中の会話が弾むわけではなかったが、どこか居心地のいい時間が過ぎて行った。
「では私は先に失礼する。今度はキミの友人達も連れて来てみると良い。きっと満足するだろう」
「え?」
こちらがデザートに取り掛かるタイミングで、女性が席を立つ。
最後にそう言い残し足早に退店した後ろ姿を咄嗟に追いかけようとも思ったが、追いつけそうにない。
「……こっちが複数で行動しているのを知っている……?」
一人店を出た女性は、その足で王城の門を通り抜ける。
門番に止められるでもなく、当然の権利のように城内を進み、その最深へと向かう。
「異質な気配を感じたが、確かにアレは少々異質……いや異常だな。まさかこの世に無色の魔力を宿す人間がいるとは」
その女性は、自分の姿を偽りから真実に戻す。
王城の最深、新たに設えた自分専用の『玉座』に腰かけながら。
「シュヴァインの手勢か、愛しの従弟の助けか、はたまたここを逃げおおせた地球の学徒か」
嗤う。まるでどんなイレギュラーも些細な事だとでも言うように。
不遜なまでの自信を持つ女性『カノプス』は、ただ嗤うのだった。
(´・ω・`)これ予約投稿だから今はわからないけど
僕のXアカウントで書籍版の試し読み公開する予定ですん
 




