第二百四十六話
「現在、私達USMを筆頭に、国民の中で現王家に不満を持つ人間と共にクーデター軍を結成して水面下で活動中なんだよね。水面下といってももう準備は最終段階。奇しくもそっちと同じで『王家打倒に集中したくても、ノースレシアで良からぬことを企てている簒奪者達を警戒して動けない』って状況な訳。でも、そっちと私達が同時に動いたのなら……互いの敵は他に意識を割けなくなる。つまりなんの憂いもなく互いの敵に挑めるようになるって訳」
そう語るリオちゃんに、一同言葉を失っていた。
俺は彼女が旧王家の最後の生き残りだと知っているから、クーデターを企てている事への驚きはないが。
「リオさん、そこに大義名分はあるのですか?」
「あるよ。今のエンドレシア王家はノースレシアを相手に泥沼の戦争をしかけようとしている。それは純粋に自分達の武力を強化する為。その先の展開なんて言わずもがな。連中、手始めにセミフィナル大陸にも攻め込むつもりみたいだよ。地球との連携にばかりかまけている所為で、このグランディアにおける援軍を迅速に呼べないセミフィナル大陸をさ」
「フェイクの情報ではないのでしょうね、貴女達が言うのなら」
「アートルム君だったかな? そっちが簒奪者のクーデター軍に挑んでくれるなら、私達もエンドレシア王家を全力で引きつけてあげる。良い提案だと思わない?」
事情を知る人間からすれば、この話は一考に値する。
なにせ、リオちゃん達の組織の力は……確実に国一つを相手取る事が可能だと、かつてセリュミエルアーチ王国での一件で証明出来ているのだから。
「……私に君を信用する理由がない、というのが問題だが、少なくともミス・アキミヤは貴女を信用しているように見える。しかし、逆に不安も残る。仮に、君達がエンドレシアを手中に収めたとして、その後どうするつもりだ?」
「そうだね、とりあえず国の平定に全力を注ぐかな。手始めにノースレシアとの停戦を正式に発表したりしてさ? ほら、そっちも簒奪者を討ったら新しい代表としてアラリエル君が一応トップに立つんでしょ? キミ、エンドレシアとの戦争断続なんて望んでないよね?」
「あん? そりゃあたりめぇだ。停戦どころか終戦宣言だってしてやるよ」
「とまぁ、私にとってはその答えが聞けただけで協力する理由になる。本来なら、今のエンドレシア王家がこんな暗君になった段階で『どこかの誰かさんが責任もって討伐』してくれたら、こんなに長々と冷戦紛いの状況を続けないで済んだんだけどさ」
そうリオちゃんは、どこか恨みがましい視線をリョウカさんに送っていた。
……リョウカさん、そういえば今のエンドレシア王家が旧エンドレシア王家を討つときに協力していたんでしたっけ。
「とにかく、今は私とリョウカの言葉を信用して、私達と足並みをそろえて欲しいって話。でもそうなると連携には長距離通信が必要不可欠。どのみち中継基地である島は私達か君達で抑える必要があるって訳」
「……どうやらそちらも中々に切羽詰まっている様子だな。あまり考える猶予はない、か」
「そだね。出来れば今この場で決断して、そのままこの飛行機でリョウカを私達の拠点まで連れて行きたいって感じ」
「それは随分と急ですね? 私だって生徒達の指揮を執るつもりなのですが」
「そんなのアートルム支部長さんにお願いしたらいいじゃん。指揮系統がゴチャゴチャになるくらいなら委任した方がマシでしょ」
リオちゃんの意見に賛成です。
リョウカさんは優れているのは知っているが、それであの組織……アラリエルを旗印に、アートルムさんが作り上げた組織をいきなり仕切るのは難しいと俺も思う。
「逆にこっちは目に見える旗印がいないからね、私だって民衆の支持は正直得られるか微妙なところなんだ。なにせ『幼い頃に死んだはずの悪名高い旧エンドレシア王家の生き残り』だからね。だったらむしろ『悪しき旧王家を打ち破ったシュヴァインリッターを当時率いていた革命の立役者』であるリョウカ、アンタが表に立った方が今は都合が良い」
「……革命の立役者、ですか」
「そ。正体は不明でも、その姿は今でも伝わっているからね」
なんだか、革命の立役者と呼ばれてリョウカさんが、一瞬凄く複雑そうな表情を浮かべていた。いや、雰囲気しか感じられないけどさ? だってこの人困った顔の豚の仮面つけてるし。
「待て、今君は自分を『旧王家の生き残り』と言ったのか……?」
「うん。私は最後の生き残り、旧王家の長女『リオスティル』だよ。だから一応、王家を打倒した後に自分で新しい王家を名乗る事が許される、列記としたエンドレシアの貴族って訳」
「……ならば、君もまた……原初の血筋の系譜、か」
「それは君もでしょ? レスト家なんでしょ、君」
「庶流も庶流、かなり薄まった一族だがね。だがアラリエル様は違う。神話時代から連なる本流の人間だ。つまり……エンドレシアの頂点に君が立ち、こちらの頂点にアラリエル様が立つのなら……再び北の二大陸は互いに『原初の魔王の直系』を頂点に君臨させる事になる。グランディア全土に与える影響はこれまでの比ではないくらい大きくなるだろう」
「ま、復興の役には立ちそうだね。けどまぁ……そっちはあまり乗り気じゃなさそうだけど」
リオちゃんはそう言いながら、アラリエルに視線を向ける。
そこには確かに、酷くつまらなそうな表情を浮かべたアラリエルがいた。
「正直こんな状況じゃなきゃ魔王になんてなりたかない。が、アンタが終戦を申し入れるなら、それを受け入れる穏健派な魔王が必要になる。その為だけになら魔王になってやるよ。んで、王制の廃止を大々的に宣言してやる」
「いいんじゃない? 時代は変わりつつあるんだし。私だって復興が済み次第、王制の廃止は考えているよ」
「ま、なんにしても皮算用にならねぇように俺らが本懐を遂げる必要がある。理事長をアンタが連れてくってんなら、俺達は何をすればいいんだ?」
腹を決めたのか、アラリエルはダルそうな表情のままではあるも、これから先の事を決める為に、リオちゃんと話を煮詰めていく。
その姿が、なんだか少しだけ『為政者らしい』と思えてしまうのは、俺の先入観の所為なのか、それとも元から備わっていた高貴な身分がなせる技なのか。
「話は決まりそうだな、ユウキ。まさか歴史に消えた旧王家の生き残りが目の前にいるとは……」
「ショウスケはやっぱりこういう歴史にも詳しいのか?」
「それなりには、な。旧エンドレシア王家は……お世辞にも良い統治者とは呼べなかった。一説では濃すぎた血が王を狂わせたとも言われている。まさしく独裁者と呼ばれる王だったと聞いている」
「へぇ……」
つまり、リオちゃんのお父さんはそれほどまでの圧政を行っていた、と。
「――了解だ。おいアートルムのおっさん。中継基地のある島に潜入する人員を戻ったら決めてくれ。なんなら俺達SSの中から決めてくれても良い」
「分かりました。では、そちらがエンドレシアに戻った段階で、国境に控えているエンドレシア軍の動きを鈍らせてくれる、と考えて良いのだね?」
「その辺りは任せてよ。国境は私達が抑える。これは決定事項だから。そっちの大陸にこっちの人間が行けないように完全に封鎖してあげる」
「感謝する。これで……ようやく王都攻略の糸口が見えて来た」
「だな。ユウキ達が来た関係で出来ることが増えたタイミングで、外部の協力も得られた。これで援軍の要請まで可能になったんなら……即効性は無くても戦後処理でセリュミエルアーチの協力が確定したようなもんだ」
「それは私達もだよ。ノースレシアの野心、偽魔王を抑え込めるんだ。ならその間に私達は速攻で王家を滅ぼすよ。私の時みたいな生き残りを誰も逃がさずに、速攻で全て」
……きっと、子供や関係者も残さず殺すという意味なのだろう。
リオちゃんの性格ならそれくらいするし、そうせざる負えない歴史的背景もあるって事は分かる。
イクシアさんも今回は口を出すつもりはないようだった。
「……では、予定通り私はリオさんと共にエンドレシアに向かいますか。ジェン、同行をお願いします」
「はい。しかし生徒達は……」
「彼らも今はあくまで『雇われたエージェント』です。貴女が庇護すべき対象ではありません。それくらい……彼らはもう成長しているのでしょう」
「……分かりました。皆、せっかくまた会えた訳だが、お別れのようだ。正直想像以上に大ごとになって来たが、次に会うのは……互いの国が正常になった時だ。それまで絶対に死ぬな」
ジェン先生の言葉に、俺達生徒はただ無言で頷く。
アラリエルが腹を決めたように、俺達もまた、この『二つの国の未来を左右する作戦』に巻き込まれる事を許容し、全力を尽くす覚悟を決めたのだから。
「リョウカさん、私はユウキ達の元に残って問題ありませんよね?」
「そうですね、イクシアさんは彼等の元に残ってください。護衛はもうジェンだけで問題ないでしょう。USMの皆さんも一緒ですし」
「そうだね、ユウちゃんのお母さんはここに残った方が良いかな? うちのリーダー、ロウヒがお母さんの前だと緊張してポンコツになるから」
あ、その節はうちの母親が申し訳ありませんでした……。
そうか……ロウヒさんのトラウマになっちゃったんだな……。
「では我々もヴォンディッシュのアジトに戻ろうか。戻り次第、今後の作戦について煮詰めていこう」
「あいよ。島の奪還と……さしずめ王都の偵察班を決めるってところか」
「ええ。ではミス・アキミヤ、今回の恩情、深く感謝致します。いずれ必ずこの御恩はお返しさせて頂きます」
「期待して待っていますよ、アートルム支部長。では皆さんも、作戦の成功を祈っています」
そうして、あっという間ではあるが、二国間の共同作戦会議とも呼べる会合が終わりを告げた。
再び空に消えていく飛行機を見送った俺達は、バスに乗り込み街へと戻るのであった。
「それにしても、まさか皆さんがBBの護衛任務についていたなんて思いもしませんでした」
「すみません、秘密にしていて」
「いえ、任務内容を家族にも秘密にするのは当然ですから。しかし……BBが世界の裏側の住人だとは思いもよりませんでした」
すみません、俺はかなり前から知っていましたし、なんならヨシキさんが正体だって知っていたので、何度も俺の家に来ていたのを内心『イクシアさんが知ったらどんな反応するだろうな』なんて考えてほくそ笑んでました。
「それに異界……ですか。そこまで邪悪な存在が……人間にそっくりな存在が生息しているとは」
「正直、あまり何度も戦いたい相手じゃないです。強さうんぬんじゃなくて、精神衛生的な意味で」
別に『人間に似た存在を殺す事への忌避』ではない。
そんな物、少なくとも俺はとうの昔に麻痺している。
ただ『極めて人間に似ているのにまったく別な生き物』という気持ち悪さが、どうにも我慢出来ないのだ。
生き物としての本能と言うか、食生活と言うか、その全てが異常な存在。
あの魔物は……ちょっと言い方がゲーム的だが『バグ』のように感じる。
だから俺達にとっては、凄く不気味で我慢ならないんだ。
「……アラリエル君のお母さんも、なんとしても救い出さなければなりませんね。親と子を引き離すのは、決して許される事ではありませんから」
「はい。俺も、絶対に許せないって感じました」
かつての自分と重ねてしまい、力が入る。
俺達を運ぶバスが、深夜の荒野をひた走る。
前の席にいるアラリエルが、少しだけ寂しげに空を見つめているのを眺め、決意を漲らせる。
……原初の血筋を色濃く引いた相手、カノプスか。
恐らく、これまで戦った中で最も強い相手になるのだろう。
原初の系譜が強い力を持つ事は、少なくともリオちゃんが証明しているし、その片鱗はアラリエルだって見せているのだから。
「原初の魔王、か……」
ヨシキさんの前世だと言う。それほどまでに強い存在を、グランディアは内包していた。
ならば、もしかしたらかつてサーディスで暗躍していたセシリア、彼女のように地球を蔑視する存在が現れるのも必然だったのかもしれない。
『圧倒的に優れている自分達が、劣る存在にこびへつらうような状況』と言えるのだ、今のこの世界の在り方は。
けれどもそれは文化的に、平和的解決を目指す人間社会の証明でもある。
それを否定して動くのは、やっぱり正しくないと俺は思う。
たとえ『強い力が上に立つのが正義』という時代が長く続いたグランディアであろうとも、だ。
「……イクシアさん、原初の魔王って一体なんなんですかね……」
その古い時代、力の象徴でもあったであろう存在について、同じく古い時代を生きた彼女に聞いてみたくなった。
だが――
「それは……私には上手く……答えられません」
「そう、なんですか?」
「はい……ごめんなさい、ユウキ。原初の魔王についてだけは……私は何かを言う事が出来ないのです」
珍しく答えに窮するイクシアさん。
それほどまでに、恐ろしい存在だったのだろうか……?
無事にアジトに戻った俺達は、その足でミーティングルームに移動し、今後の作戦を煮詰めていく事にした。
とはいえ、この作戦はリオちゃん達と足並みを揃える事が必要不可欠である以上、真っ先にするべきは中継基地の奪還、外部との連絡手段を確保する事ではあるのだが。
「じゃあ奪還はとりあえず俺を含めたSSクラスが向かえば良いんですかね?」
「……いや、ササハラユウキ。君には今一度王都に戻り、内部の調査を頼みたい。奪還作戦ならば武力が物を言うが、調査となれば専門の知識や経験が必要になって来る。情けない話だが、現状私達にはそういった隠密行動を得意とする人間が不足しているのだ」
「潜入ですか……」
「そうだ。王城に攻め込むにしても、警備の詳しい状況や城下町の様子、現在の警戒態勢の度合いや使用可能な侵入経路の調査は必要不可欠だ。おおまかな部分はアラリエル様の情報を元にこちらでも調べていたが、既にクーデターが成功した今、城の状況は変わっているだろう。我々も直近の王都の様子は知りえないのだ」
「了解。なら……俺単独よりも、アラリエルも一緒の方が良さそうですね」
「だな。土地勘って意味じゃ俺以上に適任はいねぇだろ。アートルムのおっさん、反対はさせねぇぜ」
「……分かりました」
こうして、俺達SSクラスは中継基地のある島の奪還と、王都の調査という二手に別れる事になった。
なお、イクシアさんはあくまで付き添いなので、このアジトの中には招待されずに、表の顔であるバーレストランの一室で待機中だったりする。
けれども本人はやる気に満ち溢れているし、絶対そのうち協力を要請する事になるんだろうな。
「ところでササハラユウキ君。君の母親だが……表のレストランで働きたいと言い出しているのだが、構わないのだろうか?」
「あ、じゃあそれでお願いします。たぶん何もしないでいるのが申し訳ないんだと思います。一応魔導師としても一流なので、有事の際は協力を要請してみてくださいね」
「了解した。ふむ……英雄の育ての親か、なんだか歴史の偉人を思い出すな」
「ノースレシアにそんな伝説が?」
「ああ。セミフィナル大陸にかつて存在した学園、そこには数多くの英傑、当時のノースレシアの王族や貴族も預けられていたという。そこで神話の『偉大なる母』と同じ称号を冠した女性が、子供達を英雄に育て上げた……と。君を見ていると、そんな神話の再来のように思えてくる。どうか最後まで我々に協力して欲しい、次代の英雄よ」
そうして俺達は、即座に行動を移す事になったのだった。