第二百四十四話
(´・ω・`)メークリスマス!
お互いに超強度の武器を使っているからこそ可能な全力の打ち合い。
リオちゃんは正式に俺から返却された『大剣』を、非殺傷である黒いコーティングがされている状態で振るい、俺も改良されたデバイスを全力で振るう。
「っ! マジか……!」
「……拮抗するなんてやるね」
激烈な衝突音と衝撃波。
剣同士をぶつけただけとは思えない衝撃に、着ている服が、周囲の地面が、互いの髪が、激しく風になびく。
だがすぐさま打ち合っていたリオちゃんの剣が捻られ、たったそれだけでこちらの剣に加えられている俺の力が狂わされ、体勢を崩される。
その一瞬の隙に叩きこまれてくるリオちゃんの振るう大剣の一撃を、咄嗟に鞘で反らし、僅かに出来た軌跡のズレに逃げ込むように身体を動かしかろうじて回避する。
ここまでほぼ一瞬。その一瞬で勝負が決まりかねなかった。
「シッ」
「ん!」
剣速は俺の方が速い。
切り返しの一撃をリオちゃんの手、剣を握る利き手に振るうも、いつのまにか剣の握り方を変え、柄を多く拳からはみ出させていたリオちゃんが、まさかの柄で剣をいなして攻撃をかわす。
……これだ。リオちゃんの大剣の使い方……いや、武器の扱いの上手さは常軌を逸している。
手足のように自由……なんかじゃない。手足よりも器用に、思いもよらない使い方で完璧にこちらを翻弄する。
大きな技も魔法も使えない模擬戦。それなのに、ここまで力量の差を見せつけて来る彼女に、畏怖の念を抱く。
「……地力の差が激しすぎるんだけど」
「三回ガチで攻防成立させた段階で凄いんだけどねユウちゃん」
正直、魔法も大技も全部アリの方がまだ勝ち目があると思う。
打ち合うにしても、長時間は無理だ。必ず競り負ける。
こうして考えながらも攻撃の手は緩めていない、それでも全て『気がついたら受けに回っている』のだ。
まるで刀身で合気道でもされているのかのように、力の方向を変えられ、隙を晒す羽目になる。
体術を交えても、リオちゃんは絶対に付き合わない。大剣ですべて対応し、生身の身体に容赦なく剣を叩きこもうとして来る。
故にこちらも剣で対応しないといけない。
「……なら」
立ち回り、足運び、位置取りとリズムの切り替えで戦う。
正攻法で挑んで勝てるる相手じゃない。
俺はリオちゃんが嫌がるような足運び、近距離での攻防、足の置き場所を意識して戦う。
体勢を崩すように、避ける時に重心が動くように、出来るだけ足を大きく動かしながら打ち合う。
「……まだ足と上半身の動きに粗さがあるね、狙いが見えるからこっちも対処しやすい」
「これもダメか!」
が、それすらも綺麗に回避される。足運びを軽やかに、まるで踊るような足運びで、華麗に上半身も下半身もバラバラに動かしながらこちらの攻撃を全て捌いていく。
やがて――
「ご飯出来ましたよー!」
コウネさんの声が聞こえて来た。
そろそろこの模擬戦も終了かと思われたその時――
「じゃあこれで終わり!」
リオちゃんが、これまでより更に速い一撃、ほとんど目視出来ない横なぎを放つ。
受けに回ろうとしても、防御を弾き飛ばされるような、決着の一撃。
見えない。でも――確実にこちらを刈り取る『軌跡』だと瞬時に理解出来る一撃。
……剣の扱いが常軌を逸しているのは分かっている。
でも、俺だって過去に一度――そういう剣の動きを再現した事があるのだ。
「な!?」
「はい、寸止め」
『曲剣パリィ』です。刀も大きく分けたら曲剣なんですから、そりゃ出来ますよ。
一度、ユキとして一之瀬さんの道場で使った事があるその技を、今までで最も速い一撃に合わせて使う。
俺が、こんな曲芸じみた芸当をするとは、出来るとは夢にも思っていなかったのだろう。
最大の一撃を見事にいなされ攻撃を無効化されたリオちゃんが、一瞬だけ驚いて剣の動きに迷いが生まれた。
その隙に、俺は刀を首元に突きつける。
「これは俺の勝ちでいいよね?」
「……完全に私の負けだね。うっそー……秘密兵器すぎない? こんな地味な小技実戦で使うの私くらいだと思ってたのに……っていうかそんな事出来たんだ」
「正直殆ど使った事ないんだけどさ。でもリオちゃんの剣速なら『きっと見てからじゃ間に合わないから勘で先出しした方がマシ』って思ってさ。賭けだよ賭け」
「私相手に咄嗟にそんな判断出来る段階で賞賛ものだよ。おめでとう、これでリベンジ達成だね」
「いやぁ……長かった……もう三年越しじゃないかな? もっとかも」
「はー……私も感慨深いなー。よし、ご飯食べに行こう」
「コウネさん、一体どれだけ食糧積んできたの? お金、なかったんじゃないの?」
「支部長さんにお願いして、シェザード家に後で請求するようにお金を借りたんですよ。こういう時実家の名前が信用に足る知名度だと助かりますよね」
バスの横に広げられたテーブルには、溢れんばかりの料理がびっちり並べられていた。
異界での放浪はそれほどまでに彼女の食への欲求を募らせていたのだろう……。
いや俺もそうなんだけどね?
「リベンジでタラの芽の天ぷらも用意していますよ。青岩塩の他にもしっかり和風の天つゆも用意していますからね」
「先に頂いているぞ、ユウキ。シェザードさんは本当に料理が上手なのだな……下手に手伝う事が躊躇われるレベルだった」
ショウスケが、珍しく食い意地でも張っているかの如く、我先に天ぷらを食べていました。
「僕もいただこうかな。……なんだか感覚がおかしくなってくるけど……この気温の中でタラの芽の天ぷらってのも乙な物だね」
「そうですねー、この大陸は現在秋の終わりですからね、日本の基準ですと」
なるほど、確かに春の食べ物を秋に食べるのって不思議な感じだ。
天ぷらの他にも、明らかに合わないであろうサンドイッチも用意されており、そちらをぱくり。
……うまいな、たぶんこれにもタラの芽使ってる。
「へぇ、本当に料理上手なんだねコウネちゃん。このサンドイッチ、気に入ったよ。それにこれ、アラリアの新芽でしょ? 今の時期に手に入るんだ?」
「あ、それ異界で採って来たんですよ。異界の中は春先くらいで季節が止まってるんだと思います」
「へぇ、やっぱりそうなんだ。昔私が行った時もそんな感じだったよ。そっか……異界を経験してきたんだったね、君達は」
「リオちゃんも経験あるんだ?」
「まぁ伊達にこの世界で暗躍してる組織の人間じゃないよ。というか、地球から派遣された調査隊? そこに私も加わっていたからね、秘密裏に。……まぁ途中で私の存在に気が付いた人間と交戦になって慌てて逃げて来たんだけど」
「マジか……リオちゃんが逃げるレベルの人間っているのか……」
……あれ、その調査隊ってもしかしてエリさんとか参加してなかったっけ。
「もしかして若い女の子とかだったりしない? その相手って。ついでに武器は素手」
「……知ってるの?」
「うわマジか。あの人そんな強かったのか」
「たまにいるんだよ、ああいう『戦ってはいけない類の強者』って。直近だとユウちゃんのお母さんがそれにあたるかな。何者なの、一体」
「秘密です」
じゃあエリさんって神話の人間クラスで強いのか。て事は共闘していたカズキ先生も……いやなんか、あの人ヨシキさんとも旧知の仲っぽいし、たぶん本当に神話に関係あったりするのかね。
「おいユウキ、さっきの模擬戦見てたぞ! お前凄いな……ああいう技術も使えるのか」
「最後に見せた動き……あれは一度ユキさんが見せた事がある技だった。やはり似たような技術を習得していたのか……」
と、そこに一之瀬一門の二人がやって来た。
そうそう、そういえば二人の道場で披露したんだったな。
「へぇ、ユキさんが使ってたんだ?」
「……まぁはい、そうですね」
リオちゃんは知ってるからな、俺がユキだって。
「この状況……ユキさんがグランディアにいるのなら、協力を要請したいところではあるが……」
「いやぁ、もう引退した人間を引っ張り出せないよ、さすがに」
「へぇ、ユキさんって引退したんだ?」
だから俺にいちいち聞いてこないで! 凄くやりにくい!
「ああ、彼女は結婚する為一線を退き、剣を置くのだそうだ。最後に一度、私と軽い手合わせをして貰ったのだが、そこで今の技を使われた。いやはや……リオさんの剣技、剣の微細なコントロールを味わった事がある身ではありますが、それに比肩する技でした」
「へぇー。ユウちゃんもそれを使えるって凄いね?」
「……まぁ、そこまで多用出来る技じゃないけどさ。リオちゃんが油断してたから今回は成功したんだし」
この話題は終わり! ここまで!
「結婚ねぇ……ユウちゃん的にはどう思う?」
「この話はここで終わろう? まぁ、あれだよ、表舞台から完全に消える為の一種の方便って側面もあるんだと思いますよ?」
察して欲しい。
「あー、そういうことね。ま、どの道今のノースレシア、エンドレシアに外の大陸からやって来るのは不可能じゃないかな、通常は。私だってたまたまエンドレシアにいたからここに忍び込めたんだし」
「しかしそうなると、理事長がこちらに向かっているというのは一体……」
「ま、その辺りは実際に合流してからのお楽しみってヤツ?」
まぁこの世界を自由に飛行なんて本来出来ませんからね。
ふむ……魔神龍の許しを得ているのか、リョウカさんも。
「さーて、皆さんお昼休憩はそろそろ終わりですよー。片付けたらまたバスに乗りましょう。ちなみにサンドイッチはまだまだありますから、バスの中で食べたい人は言ってくださいね」
と、その時、コウネさんの宣言が聞こえてきた。
そうだな、とりあえず今晩には目的地に着けるよう、少しでも距離を稼がないと。
この世界の車って地球と法律が違うからか、結構な速度が出ているみたいだし。
このペースなら深夜前には目的地に到着できそうだ。
グランディアも十分に近代化が進み、また科学技術抜きにしても魔法による照明も多く存在する為、都市部では夜に空を見上げても思ったよりは星が見えなかったりする。
だが、ここは都市部から遥かに離れた、本来であれば禁足地である場所へと向かう荒野だ。
当然、空を見上げれば――
「すっご……ここまで果てしなく星空が広がる光景なんて見られないぞ」
「だな……異界じゃ夜もずっと青空だったし」
「確かにこれは……圧巻だ」
「凄いね、もしかして冬ならオーロラも見られたりしないかな」
「いや、流石にこの辺りじゃ見られねぇな。もっと北部、山岳地帯を抜けると見えるな」
「へー! 一度行ってみたいなー」
「そうですねぇ。それに山岳地帯には有名なメイプルシロップもあるんですよね? 確か魔王への献上品にもされていたという」
「よく知ってんな。世界樹の亜種、むしろ原種か。そいつのシロップの事だな。『白霊樹』の原種はもうこの大陸にしか生えてねぇからな」
「へぇ、そうなんだ? 私世界樹には詳しいけれど、あれって品種改良されてるの?」
「そう伝わってるな、神話だと。昔の王様が世界樹を生み出したとかなんとか」
バスの車内、みんなで窓にかぶりつくように並び空を見上げる。
なんだかおかしな光景ではあるが、仕方ない。それほどまでの光景が広がっているのだから。
「おーい生徒諸君。空を見るのは良いけど、もうそろそろ目的地だから準備してねー?」
お、結構掛かったけど、確か目的地ってノースレシア大陸の最南端付近っていう話だし、そう考えるとこのバスって相当な速度で走っていたんだな。
……速度よりも振動の緩和技術の方がとんでもない気がして来た。
ここって荒地だよな。
「しかし……ここは近くに港もないというのに、理事長はどこからやって来ると言うのでしょう」
「地形的に断崖絶壁のはずだが海には面してるな。秘密の港でも用意してんのかね」
いや、空から来ます。俺は知っているが、皆は想像も出来ないのだろう。
それほどまでに、このグランディアにおける『空』は人類が触れて良い場所ではないという意識が強いのだろう……それこそ神話時代から続いている程に。
「一応あの地区にある私のとこアジトには隠し港もあるけどね、今回は違うよ。とりあえず詳しい場所はもう教えてもらってるから、そこに向かおう」
バスが到着したのは、古い遺跡、かつては街だったと思わせる名残を残す場所だった。
風化してはいるが、艶めきを感じる石のアーチや、もう植物に浸食されて元々存在していたであろう木材が朽ちてしまっている建物の形を微かに感じさせる植物。
元々は鉱山だったと窺える、自然があまり豊かではないが洞窟や道の痕跡が残る崖、山。
まさに『神話時代の鉱山街』という様相の場所だった。
「さてと。ここまでバスを借りたりお世話になったけど、こっから先は君、支部長君にはバスで待機していてもらおうかな? ここから先はたぶん、聞いたら取り返しがつかない事になるだろうから」
「……ミス・リョウカが来る以上、こちらから下手に関わるのは元々控えておくつもりだったよ。あの人物はシュヴァインリッターの本部総帥も逆らえない。君達日本人の言うところの『触らぬ神に祟りなし』と言うべき相手だ」
「ん、懸命な判断だね、さすが支部長。じゃあバスの警護も兼ねて、留守番お願いね」
そうして、目的地である廃墟? 街? その入り口で支部長さんと別れた俺達は、内部へと進んでいく。
「ここまで入るのは俺も初めてだな。んでリオさんつったか? 海じゃないってんならどこに向かうんだ?」
「ん-と……確か一番大きな洞窟を抜けた先だったかな。崩落した山なんだけど、一応安全なんだってさ」
「山の中……洞窟でも掘ってるのかね」
遺跡の中を通り抜け洞窟に入り、そこをさらに通り抜ける。
崩落した山というのは、どうやら山の上部を失い、火山の火口の内部のようになっている場所だった。
四方を壁に囲まれた、本来であれば天井があるはずの開けた場所。
その天井が丸ごとなくなってしまっている、日当たりの良さそうな広場。
そこに今は、星と月の光がまんべんなく降り注いでいる、どこか幻想的な光景。
まるで『カルデラ壁』で囲われた火口跡のような、そんな場所。
……いや、実際そういう場所なのかもしれないな。
「ここだね。もう深夜だけど、時間はこれで合ってるはず。ちょっとここで星空でも見て時間を潰していると良いよ」
そう言ったリオちゃんは、恐らく空から現れる飛行機で皆を驚かせようと思っているのだろう。まぁうん、あれは驚くね。だってステルスだし。
恐らく空から現れるであろうリョウカさんを待ち、実際に空を眺めていると、アラリエルがこの場所について考察をしだす。
「詳しい記録は残っていないが、もしかしたらここが『原初の魔王が大陸を切断した場所』なのかもしれないな。記述によると、その時に『大きな噴火が起こった』ともある。で、この大陸にそんな噴火跡なんて存在しないと思っていたんだけどな、たぶんここが噴火跡なんだろうぜ。禁足地なのも、街の遺跡が妙に『石化』しているのもその所為かもしれねぇな」
「あー……そういえばいくら遺跡とはいえ、神話時代の街が原形留めてるのっておかしいもんな。なんだっけ? ガラス化したり石化すると普通より長く残るんだっけ?」
そうなのか……ちょっと反則だけど、そのうちヨシキさんに聞いてみようかな。
「そもそもなんで大陸の断裂なんて事をしたんだ? その魔王って」
「さぁな。諸説あるがどれも確証がねぇんだ。一般的には今のエンドレシアとの関係悪化と言われてるがな。まぁ今もにらみ合ってる関係だ、少しは信憑性があるかもな」
「ふーん、王族の血族にも伝わっていないとなると、もしかしたら当時の王族が事実を隠蔽したのかもね。ま、こっちの方にも伝わっていないんだけどさ」
そう語ったのは、エンドレシアの旧王家の生き残りであるリオちゃんだった。
「……皆さん、少し集まってくださいまし。はむ子が何か電波の異常を感知しましたわ」
「あん? キョウコその召喚精霊出してたのかよ」
「ええ、念には念を入れて。……どこからか、大きな反応が……ですが方向が分かりませんわね」
「いや、もう実際に音が聞こえて来る! これは……上だ!」
一之瀬さんが言うと、皆がすぐに空を見上げ、この聞こえて来る高周波にも似た音の出所を探る。
だが、目に映るのは星空だけ。
しかし、次第にその星空に『ゆらぎ』が見え隠れし始め、そして――
「あいっかわらずふざけた性能してるよねぇ……そもそも飛行許可が出てるのがおかしいんだけどさ」
「はは、みんなもさすがに驚くよなぁ、これ」
ちょっと変わった形状のジェット機が、空中に現れたのだった。
 




