第二百三十六話
(´・ω・`)過疎化の進む空き家だらけの住宅街だから、朝昼晩静まり返ってる関係で執筆に持ってこい。
ただし夜外出するのが恐い。
ゲートの先は、どこかの砦の中を思わせる、武骨な壁に覆われた中庭だった。
周囲を取り囲むのは、統一された規格の鎧を纏う兵士達。
昨今、こんな古風でファンタジーチックな装備なんて……『どこかの国の正規騎士団』じゃない限り装備していない。
つまり――
「第三次選抜隊部隊長ゴードン、ただいま帰還致しました!」
「ご苦労。報告は夜にでも。それで、その者達は?」
「は! 異界に迷い込んだ地球人の若者を連行、指示を仰ぎたく」
「地球人が異界に……この時期に面倒な。確認作業も満足に出来ないであろうに」
「はい。ですが……この者達はあの『シュヴァインリッター総合学園』の生徒であると証言しています。身分証確認しました。真偽を確かめる価値があると判断した次第です」
「……そうか。ではその者達を沙汰があるまで地下牢に幽閉しておけ。私は陛下にお伺いを立ててこよう」
「は! 最期に、その黒髪の青年は『ササハラユウキ』を名乗っています。最悪、その者の素性の真偽をサーディスの人間に問う事も可能かと」
「ほう、それが事実であれば、彼の国に大きな借りを作れるかもしれんな。ご苦労だった、部下を労ってやるといい」
『陛下』という単語。間違いなくここは『エンドレシア王家』か『ノースレシア王家』に所縁のある場所だ。
グランディアにある国家の中で『陛下』と呼ばれる人間は四人しかいない。
そして少なくともここはエルフの国ではないし、セカンダリア大陸でもないだろう。
セカンダリアならコウネさんが騎士の装備を知らない筈がないし。
なら、やはりエンドレシアかノースレシア。
監禁される事はあらかじめ予見されていたので、俺達も大人しくそれに従う。
俺達は異界にいたんだ。相手が警戒するのは当然だと思うが――
「なぁユウキ、異界のゲートが消失したのになんでこんな場所に繋がってるんだ?」
「……分からない。けど単純な話じゃなさそうだな」
地下牢と言っても、そこまで過酷な環境ではなかった。
あくまで隔離する為の措置だったのか、鉄格子ではなく頑丈な鉄扉が備え付けられた大きめの部屋だった。
とはいえ、質素であるのには変わらないのだが。
「椅子を用意してもらえただけでもありがたいな」
「だな。んで……ここまで連行されて来た中で何か気が付いた事がある人いる?」
どうやら監視がつけられている様子もないし、この部屋に怪しい場所もない。
俺達に装着したバングルの性能に自信があるのだろう。
とにかく監視の目が無いのなら、今の内にここまでの情報を改めて共有したい。
「ユウキ、ここは恐らくノースレシアだ。鎧の意匠に見覚えがある」
「ですねー。というかここ、ノースレシア城からそれ程離れていないと思いますよ? 郊外の修練場か何かだったのではないでしょうか? 私達の処遇を決めたあの騎士は近衛騎士でしたから、王都から離れた場所だとは思えません」
「え、近衛騎士って分かるんですか?」
ショウスケの指摘を補強するようにコウネさんが言う。
ここがノースレシアの王城だと……?
「ええ、各国の正規騎士の装備や差異は当然知っていますよ。これでもエレクレア公国の騎士団長を排出してきた家の人間ですから。それくらいの知識はあります」
そういえばコウネさんの家って元々そういう家系だったな。
やはり他国の騎士団の情報も揃っているのだろう。
「しかしそうなると……事態は面倒になって来るのではないか?」
「ええ、ミコトさんのおっしゃる通りですわ。つまり『一国がゲートの存在を隠匿している』という事ですもの」
「確かに、カイと一之瀬さんの証言通りならば、少なくとも三カ月以上も前から異界へのゲートは消失していたはず。それなのにノースレシアは発見されたゲートについてどこにも報告せずにいた、という事になる。あの前線基地の様子やここでゲートが管理されている様子からして、昨日今日見つかった訳ではないだろう」
異界へのゲートを自分達で独占していた、と。
しかしなんでまた? 異界は危険な場所ではなかったのか?
他の国に秘密にしてまで、自分達で独占するメリットでもあるのだろうか?
「ねぇ、そうなると私達って『国家機密を知ってしまった』って事にならない? ちょっと警戒した方良いかも」
「だね。最低でもこのバングルくらい外しておいた方が良いかもしれないね」
たしかに秘密を知っている俺達を無事に解放してくれるとは限らないな。それに……セリアさんの言うように警戒した方が良いかもしれない。最悪、口封じに殺される可能性だってある。
カナメの言う通りまずはこのバングルどうにかするのが先決か。
「よし、とりあえずどれくらい魔力が制限されているのか試してみよう」
結果、どうやらこのバングルは負荷が極めて高いリミッターのような物だと判明した。
この中で俺に次いで魔力の高いセリアさんですら、全力で魔力を使おうとして、ようやく小さな炎を出す程度という結果だ。
が、外に出すのではなく、自分に作用させる分にはまだ余裕があるらしい。
「いや、でも俺も結構ガチで身体強化してるけど、このバングル外せそうにないな」
「そうなの? 私は……うん、時間はかかるけど壊せると思う。私元々身体能力の強化って苦手だから、最低限の強化しかしてないし。元々の筋力だけならカナメとどっこいどっこいかな?」
……思い出した。確か学園に入学してすぐの頃にそんな話をセリアさんから聞いたっけ。
それで自分の身体を鍛える事に重点を置いているんだとか。
「逆に僕は魔力量にそこまで自信がないからね。このままじゃまったく強化出来ない。ここはセリアさんに頑張って自分のバングルを壊してもらうのが良いかな」
「ん-、ユウキの分を先に壊すよ。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢できる?」
「ああ、先に俺のバングルを壊してから、俺がみんなのバングルを破壊するって事ね」
「そういうこと。効率良さそうだし」
そういって、セリアさんが俺の手首とバングルの間に、緩衝材になるようにハンカチを詰めた後、ギリギリと音を立てて力を込める。
そうして三〇分程、金属疲労を起こさせるように繰り返し力を加えていき、そろそろ俺の手首が捻挫でもしていそうな程痛みだしてきたところで――
「おっし! 外れた! ユウキ、大丈夫?」
「大丈夫、これくらいなら。……よし、魔力が使える」
身体強化最大、全力でみんなのバングルを引きちぎる。
「ユウキ、はい回復魔法」
「ありがと、セリアさん。さて……とりあえずこれで俺達も抵抗できるようになったけれど、どうしようか」
「ふむ……ユウキ、お前はどう考える? 一番苛烈な方法で構わない、お前の案をまず聞かせてくれ」
ショウスケがそう言う。恐らく、異界で俺が『どこまでも冷酷な手段も考えられる人間』だと知ってくれたからだろう。
「そうだな。まず、俺達の装備を取り返す。この場合は素の戦闘力の高い俺が、誰かからアーティファクト、この場合は一之瀬さんかな? 彼女が召喚したアーティファクトを借りてこの城に居る人間を王族以外皆殺しにして取り返す。その上で改めて武力で脅して交渉させる」
世界を裏切って異界のゲートを隠匿するような国だ。こっちだって暴れてやる。
俺の邪魔をするなら誰だって殺してやる。
まぁこれは本当に最も過激な手段を取るとしたら、だけど。
「まぁこれは極端な話。現実的なのは俺が誰かからアーティファクトを借りて牢を出る。その上で俺達の装備を探し出して回収、そのまま強引にでも城を抜け出す、かな?」
「……まったく。お前なら本当に皆殺しなんて手段を取りかねないと思ってしまった。だがそうだな、お前がまず脱獄して装備を回収するのは俺も賛成だ。皆はどう思う?」
この提案をした意味も一応ある。
『一国を敵に回す覚悟で戦う気概を少なくともこの男は持っている』そうみんなに思わせたかった。
みんなの表情が暗かったのだ。異界を抜けた直後にこの扱いだ。俺達は勿論戦士として経験を積んできている。けれども国相手に、巨大な権力相手に戦うなんて経験は積んできていない。
極限の世界を抜け出して、すぐにまたこんな境遇に陥ったんだ。もうみんな……いっぱいいっぱいなんだよ。
じゃなきゃコウネさんも、普段なら絶対しないであろう自滅覚悟の解決法なんて提案しない。
手首をへし折るって……女性にそんなことさせられないわ。
「そうだな、確かにまずは武装を取り戻すのに専念すべきだろう。が、幸いこの中でデバイス使いなのはササハラ君とコトウ君だけだ。他は皆、召喚が出来る」
「あ、でも僕のサブウェポンのデバイスはきっちり回収してきて欲しいかな? それにみんなだって万が一のために持ってるサブウェポンデバイスを回収されただろう?」
「そうですわね、私も術式リンカー無しで魔術の行使は可能ですが、あった方が良いにこしたことはありませんし」
それに武器以外の武装、通信機やその他学園に支給された時計や学生証も取り返さないと。
あの時計、前の世界で言うところのスマートウォッチみたいな物だからね。結構大事なデータというか、作戦の機密事項も保存されているし。
「ササハラ君、今回も君に頼む事になる……すまない」
「いいよ、大丈夫。こういうのは得意なヤツがやるもんだし」
「しかし実際、本来なら私のように武具を召喚出来る者こそ働くべきだった。こういった潜入任務の訓練をもっと詰むべきだったと後悔しているよ……」
それは、若干思った事はある。
けれど本来、そういう役目を請け負うのが、秋宮のエージェントとして経験を積んだ俺の仕事だ。
みんなはあくまで戦士、それぞれの得意分野を伸ばす為に学園に来ていたのだから。
そう思うと俺達のクラスって、想定外の任務というか作戦、特にこういう潜入系のアクシデントに巻き込まれ過ぎでは?
「ユウキ君、では武装として私のレイピアを持って行きます? 素手でも戦えるでしょうけど、あった方が助かりません?」
するとコウネさんが提案し、以前借りたことのある青いレイピアを差し出した。
「いや、コウネ。その役目は私の方が良いだろう。同じ刀だ、扱うならこっちにした方が戦力的に良いはずだ」
「むぅ、確かにその通りですねぇ。では、今回は譲りましょう」
残念、一之瀬さんによるマジレスもとい正論で撃沈してしまった。が、確かに刀の方が俺も慣れている。
一之瀬さんから刀のアーティファクトを受け取り、軽く抜き放ち素振りをする。
「うん、刀身の長さも俺の改修されたデバイスと大差ないし……扱えると思う」
「そうか、良かった。変に反発、剣先がぶれそうになることもないんだな? 以前カズキ先生が言っていたように、その刀には持ち主を選定するような力があるんだ」
「うん、一之瀬さんみたいに特別な力は引き出せないけど、ちゃんと使える。じゃあ……ちょっと城内の探索をしてくるよ。俺がいない事がバレないように、上着だけここに残していく。ハムちゃんを実体化させて背中にかけて部屋の隅で丸まってもらえば、誤魔化せると思うから」
デカハムちゃん可愛いです。上着を羽織って部屋の隅でまるまってくれた。
いやぁ……可愛いなぁ……でっかいハムスター。
「道中、もし兵士に見つかったらどうする? この刀でもスタン機能は使えるみたいだけど」
「そうだな、出来ればスタン……と言いたいところだが、君の判断に任せる。我々は今追い詰められているのだから」
んじゃケースバイケースで。本音を言えば皆殺しにしたいのだけれど。
そうして、まずは扉の鍵の部分を音もなく切り裂き、小窓から見張りがいないのを確認して脱獄した。
「……牢屋として使われてたあの部屋……身分が高い人間を幽閉する為の専用の牢だったのか」
どうやら、本当に地下牢の一角だったようで、周囲を探るとすぐに本物の牢獄が連なる区画に辿り着いた。そして……そこに囚われている多くの人間の姿も。
今はこちらの姿を見せる訳にもいかず、奥までは入らずに看守部屋に踏み込むのにとどまる。
「どうもどうも初めまして! おやすみなさい」
「誰だ――」
振り返る前にみねうち。いや普通に切ってもセーフティーかかってるからスタンするんだけどね。
ひとまず気絶させた看守をそのまま転がし、恐らくここに収監されている人間達の持ち物が収められているであろう、倉庫の中に入らせて貰う。
「……おいおい、これちょっとおかしな事態になってるんじゃないか……この国」
だが、その倉庫の中にあった囚われた人間の持ち物であろう品々を見て、俺はこの国が平常な様子ではないと察してしまったのだった。
 




