第二百三十五話
(´・ω・`)ただ難点として今住んでるところ、夏は全国でも上位の暑さで、冬は県内トップの豪雪地帯だって事かな……。
例えるなら、崖の下を覗き込む。
当然そうすれば下に広がる光景も、崖の岩肌も自分の目で確認出来る。
俺達は当然、その唐突に現れた『世界の終端』の下がどうなっているのか、この先がどうなっているのか、それを確認しようとした。
「……ダメだよ、どうやってもこの先も、大陸の断面……? っていうのかな、全然見えない」
「完全にこの場所から先は行けないようですわね……まるで水槽のガラスのような……」
「角度を付けても……というかそもそも何もないよ、これ。不気味というかおかしな感覚だよ……『何もないという事を理解させられている』というか」
そう、そこから先には指先ですら通らない、完全に遮断されていたからだ。
つまり『この先に行けば異界を抜けられる』という希望は打ち砕かれ、同時に『別な場所へとループする』という俺の予想も外れた、という訳だ。
「だが、逆にこの境界沿いに進めば何かあるのではないか? 明確に境界が存在するのなら、異界のゲートもまた境界に存在する……とは考えられないか?」
「! 確かにそうだな、さすがショウスケ」
「なるほど、ここを大きな箱庭だとしたら、出入り口は箱の一辺、この境界のどこかにあるかもしれない、と」
「確かに、現状何を目安に探索すればいいか分からない状況だ。私はコトウ君の意見に賛成だ」
全員、今回はショウスケの案に賛同し、しばしこの異界の境界沿いに進む事となった。
境界はただの草原だけでなく、森の中や再び現れた川、小山などにも面していたが、幸いにしてここまでの道中で山菜と塩を補充出来ていたお陰で、ほぼ休みなしで身体強化を使い移動する事も出来た。
そして何よりも、魔物と遭遇する事が一度もなかったのだ。
もしかしたらこの境界は魔物を寄せ付けない、特別な力があるのかもしれないな。
「ユウキ、止まってくれ。少々森の中の景色に違和感がある、調査しよう」
「マジか、何か気が付いたのか。やるな」
「木々の間隔が空いている場所が見えた。もしかしたら戦闘の痕跡かもしれない」
「……そうですわね、私も確認できましたわ。確かに言われてみると木の数が少ないように感じます。……なるほど、こういう違和感もあるのですわね」
何かおかしな物がある事だけが『違和感』ではないか。これはショウスケに教えられたな。
すぐさま森の一部、木々が少なく見えた場所へと向かう。
「これ……結構時間が経ってるけど戦闘痕だよね? 折れた木の断面が乾燥してるし、たぶん三月くらいは経ってるかな?」
「どうやら、魔法ではなく魔力を用いた物質兵器、例えば対物ライフル等によるものでしょうか? 折れた木々が直線上にあります。恐らく、我が社の製品ではないでしょうか? 以前、ミコトさんのお兄様経由で我が社の兵器も提供しましたから」
「という事は、ここで異界調査団が戦闘した……という事になるのか」
ここにきて、ようやく外部の痕跡、それも極々最近の物が見つかり希望が見えて来た。
「悪いユウキ、もう少しこの辺りを詳しく調べさせてくれないか?」
「私からも頼むササハラ君。ここの戦闘痕を出来るだけ詳しく調べたい」
「ん、了解。……そっか、一之瀬さんのお兄さんもここに来ていたかもしれないんだよね」
痕跡を探るなら、もしかしたら身内の手がかりも……という事か。
「兄が戦闘をしたのなら、恐らく重火器による痕跡ではなく、斬撃痕が周囲に残るはずだ。もう少しここを調べて痕跡がないようなら、行軍を再開しよう」
「だな。セイメイさんは俺とミコトと同じで刀を使うんだ。たぶん、この森程度なら完全に切り飛ばすと思うから、ここでは戦ってないと思うけどな」
「な、なるほど?」
この森を切り飛ばすって……やはり表の世界で最強の剣士という噂は伊達じゃないな。
二人を手伝いみんなで痕跡を調べてみるも、やはりそれらしい痕跡は見当たらない。
ただ、やはりここで戦闘が起きたのは割と最近である事が分かった。
「たぶん、ここって雨が降らないんだよね? 焼け焦げた跡が水に濡れた様子もないし」
「となるとやはり、私達をサーディス大陸に送り届けたタイミング、その時に異界に向かったセイメイさんの部隊による戦闘の痕跡である可能性がありますわね」
その後、森の中で恐らく廃棄したであろう実弾の空薬莢やマガジン、デバイスの外付けカートリッジが見つかり、それらを確認したキョウコさんが『間違いなくセイメイさんの部隊に支給した品です』と確認を取ってくれた。これで確定だ。
「一先ず……兄は部隊と別行動を取っていたのは確定、か」
「だな。悪かったなみんな。ここに部隊の痕跡があるって事は、本来の異界のゲートからそこまで離れていない筈だ。もう少し頑張ろう」
「だな。どうする? そろそろこの境界沿いに探すのを止めて、見通しの良い場所で調査団の前線基地でも探す?」
「ふむ……たしかにこのまま森の近くを通るよりは平原の方が見通しも良いが……」
「じゃあ森の中、でも草原の近くで身を隠しながら進もっか。ある程度身も隠せるし」
方針を決め、先程よりも幾分足取りも軽く行軍再開。
そろそろ脱出の目途も見えて来たな。
行軍再開から約二時間。やはり境界から近いからなのか、はたまた調査団が討伐したからなのか、相変わらず魔物との遭遇がないまま、ついに――
「……魔物、じゃないな。軍服だけど着崩れていたりはしないし。ただ――」
「ああ。あれは異界調査団の物ではない。どうする、ユウキ」
「調査団は各国合同、けれど軍服は同じはずだ。となると……グランディア側から派遣された調査団か……?」
「いや、しかしあれはセリュミエルから派遣された調査団の軍服とも違う。どうする、未確認の正体不明の軍人に接触するのはリスクが高いが」
けれども、ここから出るのに彼らの協力は必須だろう。
ここは代表として誰か一人が向かい、残りは隠れて様子をうかがうのが吉か。
「今回も俺がまず接触するべきか? 遠目からはよく分からないけど、あの軍人さん達はヒューマンだよな?」
「少なくともエルフではないかな? 同族ならさすがにこの距離でも分かるもん」
「ふむ……了解した、俺はユウキに任せても良いと思う」
「そうですわね。ですが、可能な限り穏便に進められるように交渉して下さい。それと、目に見える場所で武装を解除する準備をしておいた方がよろしいかと」
「そうだな。ササハラ君がデバイス持ちでよかった。君ならば最悪素手でも対応可能だろう?」
「もうみんなとの力量差も殆どないけどね。ただ、こういう場面の対応なら俺の方が慣れてるかも。何かあったら合図を出すから、そっちも過度な武装はしないように頼むよ」
森から抜け、謎の軍人が詰める基地のような場所へと向かう。
やはりグランディア人だろうか、地球産の軍服よりも、どことなく魔法的な補助に力を入れているような印象を受ける意匠が随所にみられる。
けれども、やはりセリュミエルアーチでジェン先生に貸してもらった軍服ともデザインが違う。
果たして何者なのだろうか?
「すみません! こちらの言葉は通じますか!」
初日に魔物と遭遇した事を思い出し、警戒を強める。
相手側の軍人がこちらに気が付いたのか、武器を構える姿が見える。少なくともこれで知性のない魔物ではない事が分かった。
「こちらは地球のシュヴァインリッター総合学園に所属する生徒です。敵対の意思はありません!」
こちらの姿が見えているのなら、その意思が伝わるようにデバイスを取り出し、離れた場所に放り投げて見せる。
ここまででようやくこちらの誠意が伝わったのか、少しずつ近づいて来た軍人が――
「敵対の意思がないのなら、そちらの言葉の真偽を確かめられるまで身柄を拘束させてもらいたい。詳しい話はその後になるが構わないか」
「はい! 近くの森にもう七人、同じく生徒が隠れています! 同じように保護してもらえると助かります」
「他にも生徒……何かの部隊行動中にここに迷い込んだという事か」
「はい! 今合図を出します、害意はありません」
そうして森に向かい声を掛けると、皆が森から姿を現しこちらにやってきた。
同じようにすぐに皆も武装を解除し、やって来た軍人に付き従い、その野営基地に案内、もとい連行されるのだった。
俺達生徒は全員、手枷ではないが、手首に何やらバングルを装着させられ、一際大きなテントに案内された。
見渡せばそこには大きなホワイトボードの様な装置やテーブルもあり、恐らくここが作戦本部か何かなのだろうと当たりを付ける。
「では詳しい話を聞かせて貰おう。そちらはシュヴァインリッター総合学園の生徒というのは事実なのか」
「はい。身分証明となる生徒手帳も持参しています。みんな、出してくれ」
俺達は本来、こういった身分証明書を持ち歩いたりはしない。だが今回は『護衛任務中』だったのだ、元々は。
だからもしもの場合、こちらが怪しい人間でなく正式な護衛だと証明する手帳を持っていた。
それらを提出し、俺達が本物の生徒であると証明する。
「この名前は……お前がササハラユウキか、サーディス大陸を救った英雄の」
「英雄ではありませんが、あちらの国で大きな事件に巻き込まれたササハラユウキです。今回は地球での任務遂行中、突発的に起こった天変地異、信じて貰えないかもしれませんが、地球の都市部に小規模なゲートが生まれ、そこに作戦行動中の我々が飲み込まれ、恐らく異界だと思われるこの場所で目覚めました」
「ゲートによる災害が地球で起きた……か。確認はここでは取れないが、お前達はこの後本国に移送する事になる。少々こちらにも事情があってな、暫くは『幽閉』という形になってしまうかもしれない」
「な……! 貴方達がどこに所属しているかは知りませんが、それは明確な条約違反です。地球人を理由なく拘束するなんて!」
会議の最中、ショウスケが抗議する。
恐らくグランディアのどこかが所有する軍だとは思うが、俺達が地球人だという事はすぐに確認も取れる上、身分も明かしている。
それなのに幽閉や拘束をするというのは、地球に対する条約違反だ。
「悪いがこれは我々が決めた事ではない。シュヴァインリッターの生徒ならば悪いようにはならないだろう。しばし我慢して貰うしかない。少なくともこの異界からは抜け出せる、ここにいるよりは確実に待遇はマシだろう」
「……仕方ありませんね。ですが可能であれば、我らを保護した旨を地球に伝えて貰えないでしょうか? 必ず謝礼が出ると思われますし、こちらもそうなるように働きかけるとお約束します」
「……そうか。だが、ここで我々がそういった約束も、交渉も出来ない。が、お前達の処遇についてお伺いを立てる際、今言った言葉をそのまま伝えると約束しよう」
恐らくここにいる軍人は、本当に現場を指揮する権限しか与えられていないのだろう。
ならばこれ以上ここで待遇改善を求めても無意味か。
最悪、異界を出た段階で……周囲の人間を皆殺しにしたって良いのだから。
俺はやるぞ。家族の元に向かうのを邪魔する人間がいるなら本当に。
野営基地はどうやら、俺達が辿って来た境界の一部に建造されていたらしい。
取り付けられたバングルは、魔力の動きを制限する物らしく、身体に直接作用する物だからか、強引に外すのも難しい物だった。
元々俺もリミッターをつけているのだし、こういう品があるのも予想出来ていたのだが。
それをはめられた俺達は、野営基地の最深部にある建物に通される。
「これがゲートだ。今はこの建物で囲っているが、元々は野ざらしにされた巨大な穴だった。ここを通れば、お前達は『ある場所』に出る。くれぐれもおかしな事は考えないように。尤も……バングルがはずれるまではそれも難しいだろうが」
その通りだ。けれども対処法はある。
コウネさんが骨折覚悟で手のひらを潰しバングルを外し、すぐに自分で回復魔法を行使すれば解決出来る……と、さっきコウネさんが自分で言い出した。
そんな恐ろし気な真似、最後の最後までやらないで下さいね、絶対。
そうして俺達は連行されたまま異界のゲートをくぐる。
ようやく、この狂った世界から抜け出せるのだ。
たとえどんな立場であろうとも……まずはここを抜けるのが最優先なのだから。




