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第二十三話

 俺達の乗ったマイクロバスが、使節団の乗るバスと共にホテルへと向かう。

 今更突っ込みはしないけど、秋宮のリゾートホテルだ。やっぱりな。

 そこで使節団の皆さんは、本土に向かう前にここで秋宮の当主、即ち理事長と会合をするそうだ。

 国の中枢での政治家との会合に先がけて秋宮の当主と会合……この事実だけでも、秋宮が国よりも優先されている事が窺えるというものだ。

 そして俺達も、このホテルでノルン様やサトミさん同様、制服から私服へと着替える事になっていた。


「ふぅ……すごいな、スイートでも十分広いし豪華じゃないか。って、普通はそういうものなのかね」


 以前使わせて貰ったペントハウスは、今回ノルン様が使っている。俺達はその下の階にあるスイートを使用。もちろん、唯一の野郎である俺は、女性陣に気を利かせて脱衣所で着替えました。いや当然だけど。さらに言うと大きい鏡もあって便利だったけど。


「ササハラ君、こちらは着替え終わったぞ。準備が出来たら一階のロビーに集合だ」

「了解。こっちも今終わったよ」


 扉越しの声にこちらが応え外に出ると、いつも学園に着てくる私服とは違い、若干余所行きの、有り体に言うと『華やか』な私服姿の二人が待っていた。

 そう、二人。サトミさんはノルン様と一緒にペントハウスだ。


「おー、なんだか印象違うね。ちょっと緊張しちゃうわ」

「ふ、お世辞でもそう言われて悪い気はしないよ」

「ふふーん、そうでしょうともそうでしょうとも」

「じゃあ俺は俺は?」

「あまり変わらないのではないか?」

「あまり変わらないね?」

「ええ……」


 チキショウメー!


 気を取り直してロビーへ向かうと、そこには女神がいた。

 そう、女神だ。ノルン様の私服姿やべえ。近寄りがたい美人が一気にこちらに歩み寄って来たみたいで、心臓の鼓動がやびゃあことになっちゅう!


「お待たせしました皆さん。では、一緒に外へ行きましょう」


 いえすまいまじぇすてぃー!




 ホテルの外、つまりリゾート区画へと出ると、ノルン様はまず最初に、人工ビーチを見てみたいと仰りました。ええ、勿論行きましょうとも。くそう、もしも夏なら、あわよくば海水浴なんて事も出来たかもしれないのに……。


「ふふ、前は屋上から見ただけだったけど、やっと近くで見られるね。ユウキ君はこっちに越してから、色々見たりしたのかな?」

「いや、実はあまり都市部の方には来てなかったんだ」

「そうなんだ。私は今回のノルンさんのお付きが終わったら、地球に戻っても大丈夫っていう話だから、そしたら一緒に出掛けられるね。……通学がちょっと大変だけど」

「ははは……毎朝飛行機っていうのもなんだか凄いけどね。通学費とかどうなってるの?」

「全部学園持ちなんだ。学園側が用意してくれた向こうの家に住まわせるっていう話もあったんだけど、やっぱり不安でさ。早起きしなきゃだけど、こっちの方が良いかな」


 なるほどなぁ。たぶん、サトミさんもあちらの学園では特別待遇なのだ。それだけ、彼女が召喚した雛鳥さんは貴重な存在なのだろう。


「ユウキ様、サトミさん、お二人ももっとこちらへ来て下さい。凄いですよ、海がこんなに透明です! 水底がくっきり見えます!」

「あはは、ノルンさん楽しそう。行こっか」


 ぐぅ! 笑顔が眩しすぎる! そんなに無邪気にはしゃぐなんて……惚れてまう!


「本当に綺麗ですねノルン様」

「ええ。サーディスの海も綺麗でしたが、こちらの海は『人の手によって整えられた』ある種の作品の様な美しさがあります。凄いですよね、元々は何もない海だったなんて」

「本当ですよね……交流が始まってから精々六○年程度で……魔法だけの力じゃないんですよね、きっと」


 確かにグランディア出身の二人が言う通りなのだろう。魔法だけじゃない。魔法と一緒に、元の世界と同じように科学の力が発達していったが故の技術力なのだろうな。

 けどまぁ、魔法のおかげで海もこんなに綺麗だし、地震大国日本じゃ考えられない長さの橋が出来ているし。科学と魔法のハイブリット様様である。


「――ああ、今私達はリゾート区画の浜辺だ。……ああ。ん、了解。また連絡する」

「ん? 一之瀬さん、通信?」

「ああ。今カイ達の班に連絡を入れた。今あちらはリゾート区画の外、オフィス街にある喫茶店で待機しているそうだ」

「なるほど。じゃそろそろ移動しようか」


 ノルン様に提案。そろそろショッピング区画に行きませんか、と。


「そうですね。ふふ、前回は人払いがされていましたが、今回はお忍びです。活気にあふれた姿を見られるでしょうね」

「ですねぇ。俺も少し前に初めて行ったんですけど、凄い人の数ですから、はぐれないようにしましょう」

「ふふ、ではまた腕でも組みましょうか?」

「うおう……からかわないで下さいノルン様」

「うふふ、ごめんなさい。じゃあせめて隣にいてください」


 なんと光栄な。喜んでエスコートさせて頂きます。


「ユウキが本当にノルン様のこと誑し込もうとしてる……」

「人聞きが悪い!」


 その後も、ノルン様が行ってみたいと言う服や装飾品を扱う店へと向かってみたり、沢山の若い娘さんが殺到しているクレープ屋さんに寄ったりと楽しい時間を過ごしつつ、周囲に怪しい人間がいないか警戒して歩く。

 怪しい人間……明らかに一人で食べきれない量のクレープを抱える娘さんが遠くにいるくらいしか見当たりませんな。コウネさん、任務中でもぶれなさすぎでしょう。

 向こうの同じ班の皆さんがドン引きしてるぞ。

 そうして周囲を警戒しながら見て周っていると、沢山の店が立ち並ぶ一角に、一つだけシャッターが閉じている場所があった。

 テナント募集中とあるが、閉店してしまったのだろうか?


「……懐かしい。つい半年程前の出来事だというのに」

「ノルン様? ここがどうかしたんですか?」


 そこで立ち止まったノルン様が、隣の俺にだけ聞こえるように小さく呟いた。


「ここで、私はさらわれたのです。こちら側から見るのは初めてでしたか?」

「あ……はい、初めてです。そうか……ここだったのですね」

「ええ。あの時は、自分が狙われるとは夢にも思っていませんでした。認識が甘かったんです。付き人を外で待たせ、一人で店の中へと入り……そして結局、この店を勧めた人間も、店員も、全てが我々を疎む人間だったのです」

「そうだったんですか……」

「実行犯もこの店も、全て地球の人間でした。当日は人払いをしていた為、一般の目撃者もおらず、あの件はそのまま闇に葬られました。地球の人間が、それもこの日本の方がグランディアの王族に危害を加えたという事が明るみになれば、一瞬でこれまで築いてきた信頼関係が崩れ去り、他の大国の介入や、グランディア側の国々からも、地球との交流を断絶すべきだと提唱する一派の声が大きくなる可能性もあったのです」

「……そうですよね。今、こうして交流が持てているのも、かなり危ういバランスの上で成り立っている、って事なんですよね」


 そうだ。国と国同士、なんて規模ではないのだ。

 世界と世界。お互いに多くの国を背負い、その上でなんとか最低限の落としどころを見つけて、手を取り合っているような状況。……俺がした事は、きっと俺が思っているよりも大きな意味をもっていたんだろうな。


「ササハラ君、ノルン様。ショッピング区画はあらかた見終わりましたし、そろそろ人も増えてきました。次のエリア、アンテナショップが並ぶ港区へと向かいませんか?」

「あ、そうですね。そちらも是非立ち寄ってみたかったのです。実はまだ本土には足を運んだことがなかったのですが、港区では日本やその他の国の様々なお店があるそうですね」

「へー……港区って行ったことないや俺も。じゃあ行きましょうか」

「ああ。ちょっと向こうの班に連絡を入れる。どうやらコウネがまた喫茶店に行ってしまったらしく、向こうは食事中だそうだ」

「……すげえ緊張感の無さ」


 いやまぁ、確かにここからでも窓の向こうで美味しそうにサンドイッチ頬張ってる姿は見えるけどさ。キチンとこっちの様子を確認出来るポジショニングなんだろうけど……。


「あはは、ユウキ君のクラスメイトって面白いね。でも確かにそろそろお昼も近いしお腹すいたかも」

「だね。ユウキ、ミコトちゃん、お昼どうしよっか?」

「んー、ここじゃ人も多すぎるし、港区でどこか探したら良いんじゃない?」

「ええ、そうしましょう。港区には様々な地方のお店があるという話ですからね、もしかしたらユウキ様の故郷のお店もあるかもしれませんよ」

「俺のですか? うーんあんまり期待出来そうにないですねぇ。でも確かにちょっといろんな場所の料理を食べられるかもしれないのは楽しみですね」


 うちの郷土料理って若い人に喜ばれるかね? 俺ですらあまり食べないのに。

 ……そもそも郷土料理って若い人向けじゃない気がする。……どこだっけ、唐揚げが郷土料理だったところ。なんかチキン南蛮とかも一時テレビでやっていた気がする。

 が、なんにしてもランチで女子が食べるには中々へヴィなラインナップだよな。




 港区は、本土と海上都市を繋ぐ長大な橋の近くの沿岸一帯だ。

 アンテナショップとして様々な都道府県のお店が立ち並んでいる他、当然のようにアメリカ、中国、その他日本に近い国や関わりのある国の特産品を取り扱う店も多かった。

 すげぇ……東京と地元にしか降り立ったことの無い俺にとってはかなり新鮮だ。


「先程のショッピングエリアでも思っていたのですが、日本はスペースを有効活用する事に秀でている印象がありますね。それに、こう言ってはなんですが、グランディアの国々に比べて土地も少ない国ではありますが、こうもはっきりと地方による違い、特産品があるというのは興味深いです。」

「そうですね、とくに海上都市や東京は、土地面積に対して圧倒的に人も建物も多いです。私も幼い頃はグランディアで過ごしていましたが、成長し日本に戻った時は、同じような事を思ったものです」

「ええ、やはりそう思いますよね。建物の背の高さ、それに本土の方では地下にも沢山のお店が広がっていると聞いています。凄まじい開発力だと思います」


 その辺はですね、グランディアやらなにやら関係なしに、田舎者の僕も同じこと思ってます。やばいよね、地元じゃお祭り開かれてもこんなに人集まらないよ。


「ノルンさん、どうやら飲食店はもう少し先にある通りに集中しているみたいです。先にランチにしてから見て周りませんか?」

「そうですね。では……サトミさんもユウキ様と同じ出身なのでしたよね? 故郷のお料理を出してくれるお店がないか探してみましょうか」

「あ、すみませんノルン様。実はさっき端末で調べてみたんですけど、臨時休業みたいです」

「えー! ユウキのとこのご飯食べてみたかったのに」

「ふむ、端末でそんな事も調べられるのか……しかし残念だ」

「ええ、本当に……では通りを歩きながら見てみましょうか」


 なんかね、お店のホームページ見たら『熊が取れなかったので今日はお休みです』ってあったんです。マタギ飯ってやつですかね? 今風に言うとジビエだっけ。

 とんでもねぇ店だ……もしかしてクマの調達先って学園の裏山だったりするのだろうか。

 なにはともあれ、そろそろコウネさん並の食欲を発揮しそうになって来たので飲食店の立ち並ぶ通りへと向かう。

 元々この港区は、漁業を行う場所でもあった影響か、魚介を取り扱う店が多い。

 前にイクシアさんと行ったお寿司屋の分店も見かけた。

 そして、やはりアンテナショップとしての側面もあるのか、郷土料理を扱う店も多い。

 目を引いたのは『熊本直送馬刺し屋本舗』やら『博多うまいもん祭り』やら、そういう地元アピールの激しいお店達。……いいなぁ、お給料が入ったらイクシアさんと食べに行きたいなぁ。


「ふふ、良い香りがしますね。どこのお料理かは分かりませんが……楽しいです」

「そうですね。どこもこの国では割と有名な場所ですが……私の地元は東京ですので、これといった料理が思い浮かびません。サトミさん、ササハラ君。君達は何か食べたい料理があるのなら言ってみてくれないか。私は少々疎くてな」

「いやぁ……俺も出来合いの物ばかり食べていたんで……サトミさん任せた」

「え、ええ!? う、うーんと……あ! そこにある千葉の郷土料理のお店はどうですか? 実は海上都市って、直線距離だけなら東京よりも千葉に近いんですよ」


 あ、それは知ってる。ただ、やはり繋げるのならば首都であり国の中枢である東京にすべきだという考えの元、長大な橋を建設したんだとか。


「チバ……確か秋宮の本社ビルがあるのがチバでしたね。当主のリョウカ様もチバが出身だと聞いています。では、そのお店にしましょうか」

「なるほど、良いですね。さすがだサトミさん、良いチョイスだ。ササハラ君も彼女を見習うと良い。私も人の事は言えないが……自国の文化はもう少し学んだ方が良いぞ」

「う……肝に銘じておきます」


 ……ところで千葉の郷土料理ってなんなんですかね。俺にとっての千葉のイメージって……『ハハッ』なあのネズミくらいなもんなんですが。ちなみにこの世界にも存在してます。ばっちりあのランドもありますので、そのうち行ってみたいと思います。


 店内は、やはり昼時なのでそれなりに客もいたのだが、それでもしっかりと固まって座ることが出来た。

 ボックス席に男一人女四人。これは……中々に美味しいポジションなのではないでしょうか。


「へぇ……これ千葉の郷土料理なんだ。俺はもう決めた」

「早いねユウキ君。私はどうしようかなぁ……ユウキ君は何にしたの?」

「ん、俺はこの『なめろう定食』にしたよ」


 隣に座るサトミさんが迷っていたので、とりあえず俺の選択を教える。

 これ、死んだ爺ちゃんが好きだったんだよね。たまに自分で作って食べて、それで婆ちゃんに叱られていたんだ『昼間からそんなもん作って酒飲んでなにしてんだい!』と。

 割と俺も好きだったのでコレにします。早く二十歳になりたいな。


「あ、じゃあ私ユウキと同じのにするね。どういう料理か教えてよ」

「ん? そうだなぁ、刺身を味付けして刻んだ料理? みたいなの。癖のある料理じゃないし、食べられるんじゃない? お刺身が大丈夫なら」

「大丈夫大丈夫、私生魚食べられるから。ヘルシーにタンパク質が摂れるもんね」


 オウ……筋トレガール的発言。徹底してるなぁセリアさん。

 どうやらサトミさんも俺と同じ物にしたらしく、残るは一之瀬さんとノルン様になった。


「私はこの三色太巻きセットにしよう。太巻き寿司も千葉の郷土料理だったのだな」

「綺麗ですね、この料理。では私も同じ物にしますね」


 すげぇなぁ……割とメジャーな料理じゃないか太巻き寿司って。それが郷土料理だなんて……都会は郷土料理すらハイグレードだとでも言うのか――!

 注文を終え、料理が運ばれてくるまでしばしの雑談タイム。

 今回の話題は――ずばり、俺についてでした。マジ勘弁。


「高校時代のユウキ君? うーん……じつは初めて話したのって、三年生の夏になってからだったんだよね。それまでのユウキ君って……ちょっとごめんだけど、割と不真面目な生徒で、私と関わる事はないだろうなって思っていたんだ」

「え、そうなの?」


 これは、実は俺も気になっていた。

 この世界に迷い込んできたのが、確か三年の六月中ごろだ。それ以前の俺が、この世界ではどういうポジションだったのか少し気になっていたのだ。

 ……ただ、薄々感じていたけれど、元の世界同様、適当に遊んで歩いてるだけの不真面目君だったようです。……ぐぬぬ、ただゲーセン通いが好きなだけだったのに。

 ただこの世界の俺は、一体どこで時間を潰していたのだろうか? 直帰からの家ゲー?


「ふむ、そうだったのか。少々意外だな」

「へぇ……そんなに不真面目だったのに、この学園に入れたんだねユウキ」

「うーん……でもね、ユウキ君は変わったんだと思う。元々、別に問題行動を起こしていた訳じゃなくて、純粋に遊んで歩いているだけだったんだけど、ある時期から凄く勉強熱心になって、よく図書館に入り浸るようになってさ。それで私も気になって様子を見るようになって……」

「なるほど、俺は見られていたのか。で、ある日休日なのに図書館にいた俺に勉強について聞いてみた訳だ」


 なるほど。さしずめ、本当に真面目に勉強しているのか、その確認もかねていたのだろう。確かサトミさん、図書委員も務めていたはずだし。


「あ、でも元々戦闘術の授業だと学年でも二番目だったんだよね、確か。夏休み前くらいからはずっと成績一位だったし」

「そうらしい……じゃなくて、そうだったねぇ……いやはや懐かしい」


 そんで、こっちの世界に来てからすぐの頃は身体強化の仕方も分からず、割とショウスケにぼろ負けしていたっけ。


「ササハラ君が二位だったとは……俄かには信じられないな。彼は現段階では、無手での組手の戦績は一番良い。口惜しいが、クラスで一番は彼なんだ」

「ね。それで私とミコトちゃんが二位争いって感じかな?」


 ちなみに、私見ではあるが微妙に一之瀬さんの方がセリアさんより勝っているように思える。そして武器ありとなると……たぶん制限付きの俺でも五分五分だ。


「へー! シュバ学の中でもそんなになんだ……ショウスケ君とか驚くだろうね」

「はは、確かに。けど分からないぞ……アイツ、大学に行ってから色々解禁されてさらに強くなってるかもしれない」

「そうだね。ショウスケ君、そもそも魔術師型なのに、それでユウキ君に食らいつけるんだもん。あれでもし召喚実験に参加していたら……」


 もし何か+αな力を手に入れたら、それこそシュバ学で通用しそうな物だな。

 つくづくもったいないが……アイツは戦闘と同じくらい学業も大切にしていたからな。


「ササハラ君が一目置く人物ならば、その実力は確かなのだろうな」

「私としても、魔術師でありながらユウキと肉弾戦出来るっていう部分に凄く興味惹かれる。一度戦ってみたいかも」


 話が盛り上がって来たところで、料理が運ばれてきた。一度お開きだ。

 おお……美味しそうだな。何の魚かは分からないけど。

 皆、運ばれてきた料理にそれぞれの感想を言い合いながら、特に食べられない物があるわけでもなく、和やかに食事を終えたのだった。

 ……まぁ、途中窓から店の外を覗いてみたら、アラリエルに腕を引かれながら通りを恨めしそうに見ながら去って行くコウネさんだけは目撃したのだが。

 ……貴女さっきお昼食べていたでしょ。何回食べる気なの。


「ごちそう様でした。こちらの世界のライスは、やはりグランディアに比べて美味しいですね。グランディアにもライス生産農家はいるのですが、こちら程品種改良の技術が発達しておらず……不思議ですね、歴史だけならばこちらの方が長いはずですのに、細かな分野では遥か先を行かれています」

「あー、お国柄ってヤツなんですかね?」

「お言葉ですがノルン様。一方で地球ではまだまだ魔法技術の根本の理解度は低く、応用した技術の開発ばかりが発達しています。隣の芝は青く見えるものです」

「ふふ、そうなのかもしれませんね」


 ふむ、そういう物なのか。魔法技術の根本っていうのがイマイチよくわからないが、そもそもの話、この地球上に満ち始めた魔力の素? っていうのが、グランディアから流れ出てきた物でしかないし、仮にゲートが消えた場合、既存の魔術を利用した物が全て使えなくなってしまうらしい。……地球はもっとグランディアに対して慎重になるべきだよな。

 その後、お腹も膨れた俺達は、予定通りアンテナショップ巡りをし、様々な地方の品々を見て回って歩くのだった。


「ほう……東京名物だったのかこれは……」

「あ、雷おこしだ。俺それ好き。お茶に合うし。……買ってもいいのかな俺も」

「ふむ、構わないのではないか? 荷物になるのが嫌なら、学園に届けてもらうと良い」

「なるほど。じゃああとこれとこれと……」


 東京名物を買い漁る田舎者の図。仕方ないね。


「ユウキ君って好みが渋いよね。さっきのランチとかも」

「まぁ幼稚園の頃からずっと爺ちゃん婆ちゃんの家で暮らしていたからね」

「なるほど、その影響なんだね。私も買おうっと」


 家に帰れば緑茶葉も完備しております。紅茶を淹れるのが得意なイクシアさんも苦戦する緑茶の淹れ方。実に奥が深い。……俺はいつも適当だけど。


「ふぅ……随分と買い過ぎてしまいました。ふふ、ユウキ様の故郷の品も先程買いましたよ。恐い悪魔のお面です」

「ああ……一応悪魔じゃなくて神様の一種らしいですよ。……恐いですけど」

「まぁ、そうだったんですか。これは失礼な事を……」


あれです。泣いている子供に群がる悪劣なヤツです。お前のせいで泣いてるんちゃうかと。

 とりあえず概要説明。泣いている子供と働かない嫁にお説教する、ちょっとお節介な存在だと。


「ふふ、うふふふふ……なんですかそれは。そんな神様もいるのですね。ふふ、面白い」

「ははは……地元ながらお恥ずかしい。まぁ民間伝承の一種みたいなヤツだと思いますよ」

「なるほど、そうだったのですね」


 ノルン様のツボに入った模様。買い物袋から例のお面を取り出し、顔にあてる。


「泣く子はいませんかー! ふふ、こうですか?」

「そうですそうです」


 可愛すぎるわ。キュン死するわ。泣く子も惚れるわ。

 そうして、一通りアンテナショップでお土産を購入したノルン様に続き俺達は近くにある公園で休憩をとることにした。

 なお、少し離れた場所にある北海道物産展から、カイ率いる班の皆も出てくるところだったのだが、何を思ったのか、そのままこちらと同じ公園で休憩を始めるのだった。


「まぁこの公園も広いだろうし、ここで休憩をとるのは自然な流れだろう。問題はないと思う」

「ん、そっか。じゃあ……俺は念のため海側の警戒してくるよ。ほら、海の中から突然現れるかも?」

「……あながちないとも言い切れないな。では任せよう、ササハラ君」


 近くに別班がいることもあり、少しだけ緊張を解く。なんでもない風に見えているだろうが、実はけっこう気疲れしてしまっていた。

 ……ノルン様の護衛とはいえ、有事の際にはクラスメイトをも守らなければいけない。

 そのプレッシャーが、ゆっくりと、だが確実にこちらの気力を削いでいたのだった。


「……実際、みんなもかなり強いとは思うんだけどな」

「なにが強いって?」


 海を眺めながら一息ついていると、サトミさんが隣にやって来た。

 ノルン様についていなくていいのだろうか?


「あっち。向こうの自販機の近くにいる人達って、ユウキ君のクラスメイトなんだよね? だから、私も少し息抜きみたいな?」

「なるほど。それにしても……驚いたよ、まさかサトミさんがお姫様付きなんて」

「あはは……前に聞いた通り、たまたま私がノルンさんの事、ただの生徒の一人だと思って色々一緒に行動してたら、いつのまにかね? それに……私が召喚した子は、もしもの時の保険になるんだ。……人を生き返らせる事は出来ないけど、命さえ残っていれば、正常な状態に回復させてあげられるんだ。仮にも不死鳥だからね」

「なにそれすご……けど、当然デメリットもあるんだよね?」

「うん。この子、眠りに付いちゃうんだ。一〇年、二〇年、もしかしたらもっと」


 なるほど……確かに大きなデメリットだが、それでもその効力は破格、か。


「にしても……こうして見るとめちゃくちゃ長いねあの橋。モノレールの速さもやばくない? なんか次に乗るの恐くなってきたんだけど」

「あはは確かに……ねぇ、こっちに戻って来たら一度東京見物に行かない?」

「おー、いいね。その時にグランディアの様子とか教えてよ。俺達、来年まではそっちに行く予定ないんだ」

「え、二年になったらあるんだ? すごいなぁ……」

「うん。今回みたいな任務? で行くこともあるかも。いや確定ではないけどさ」

「まぁ! それでしたら、是非来年は私の国で何か依頼を出してもらえるよう掛け合ってみなければなりませんね」

「うわっと! ノルン様、驚きましたよ……」


 ノルン様の、バックアタック! ユウキは海に落ちそうになった!

 いや、まじで。ちょっと危なかった。


「ふふ、ごめんなさいユウキ様。……ここからですと、あの橋が良く見えますね」

「ええ。ノルン様は夕方にはあちらに行かれるんですよね?」

「ええ。この観光が終わったら一度ホテルに戻り、夕方頃にはナガタチョウへ向かい、そこで暫し首相と会談した後、都内のホテルへ。皆さんも晩餐会に出席して頂きますね」

「緊張するなぁ……ノルンさん、私も出席しなくちゃいけませんよね……?」

「ふふ、勿論です。ユウキ様も――」


 とその時だった。ノルン様の手に持つバッグから、スマート端末の着信音が鳴る。


「はい、私です。……ええ、分かりました。――ウダ様にもよろしくお伝えください」

「……使節団の方からですか?」

「ええ。少し前に秋宮の御当主様との会合が終わり、これから本土へ向かうところだと」

「あ! もしかしてあれじゃないですか?」

「ええ。向こうで一度、送迎用の別な車に乗り換えたそうです」


 サトミさんの指の先には、丁度橋を渡り進んで行く、俺達が乗ったのと同じ、擬装用のマイクロバスが走り去っていくところだった。

 結構スピード出てるなぁ……それだけこの世界の車両が安全なんだろうけど――

 その瞬間だった。マイクロバスと並走するように動いていたモノレールが、突然空中で爆発し、その衝撃で橋の上にいた大量の車両が緊急停止したのだった。


「な!? 事故!?」

「ノルンさん、公園に戻ります! 皆さん、集まってください!」


 橋の一部が崩壊、完全に道が断絶されてしまっている。

 よく見ると、爆発したのはモノレールではなく……レールの方のようだ。

 ぶら下がるようにして止まっているモノレールと、壊れた橋から落ちかけている車。

 これはそう長くは持たない、そう思った次の瞬間――


「っ!? な……二度目、だと……」


 まるで、残された車を閉じ込めるように、さらにマイクロバス後方の橋で爆発が起きたのだった。

 橋脚部分と、その上に残された橋の一部が、マイクロバスを含めた車を閉じ込めるように、完全に孤立してしまっている状態だった。


「ササハラ君、早く集まるんだ!」

「ああ! 全員、向こうの班も集まってる!?」


 急ぎ集合すると、既に別班の皆も集まり、ノルン様を囲むように周囲を警戒し始めていた。


「……事故じゃねぇよな。姫さん狙いじゃなくてあっちの使節団狙いだったのかよ」

「……なぁ、あれ不味くないか? 使節団の車だよな、あそこに取り残されているの。あれ、救助出来ないのか?」

「うーん……むしろあちらのモノレール? でしたっけ。あちらの方が危ないのではないでしょうか……宙吊り、になってしまっていますし」


 皆が焦りを滲ませた声を出し始めている時、香月さんが冷静に発言する。


「ここは現場から近いですわね。一度、ホテルに戻るかユニバースワンの方達と合流すべきではないですか? 今通信を――」


 そう言いかけた時だった。公園の外から、黒いコンバットスーツとヘルメットを装着した集団がこちらへと駆け寄って来た。

 一瞬皆が警戒するが、それより先にその集団から一人の人物が歩み寄る。


「全員無事だったか!? 私はユニバースワンの者だ。現在、何者かによる襲撃を受けていると判断した。至急ノルン様をホテルではなく空港までお連れする事になった」

「な……では、会談はこのまま中止という事ですか?」

「恐らくは……。こうなった以上、一刻も早くお連れしなくてはいけません。もしもがあってはいけません」


 これは……確かにもう一刻も早く日本を去った方が良いのかもしれない。

 爆弾テロ? そんな大規模なテロを起こすなんて……。

 ノルン様がユニバースワンを名乗る人物に連れられ、そして今度は何故かセリアさんにも言葉をかける。


「さぁ、君も一緒に来なさい」

「え? なんで私なんですか?」

「あの……付き人なら私なのですが……」

「ん? 君だったのか? エルフだからてっきり彼女の方かと」


 その瞬間、反射的に強化された俺の身体が動き、連れられて行こうとしていたノルン様を抱きかかえ、一之瀬さんを含む皆の影に隠れる。


「え!? あの、ユウキ様?」

「なにをしているササハラ君!」


 おいおい、プロなんだろそのユニバースワンっていうのは。付き人が誰かも分からないのか? そんなはずないよな? 俺らだって一応は護衛対象のはずだろ?


「全員臨戦態勢。そいつらユニバースワンじゃない」

「おいおい、何を言って――」


 すると、今度はセリアさんも慌ててこちらへと駆け寄り、こういった。


「貴方達……エルフでしょ。気配と匂いで分かる。ねぇカナメ君。ユニバースワンの構成員って、全員地球人よね」

「そうだよ。こっちの企業がスポンサーの地球人オンリーの異界調査部隊。僕、スカウト受けていたからね。全員と顔合わせはしてあるんだ」


 ちょっと驚きなカミングアウトもあったが、これで間違いない。つまりこいつらは――


「……ササハラ君。ノルン様の事は任せた」

「了解。ノルン様、ちょっとこのまま運ばせてもらいますよ」

「は、はい……お願いします」


 俺達の敵だ。


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