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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
幕章

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248/315

閑話

 今日で二人の身体の生成が始まって三日。

 この日、俺はリョウカに呼び出され、研究室まで足を運んでいた。


「何かあったのか?」

「来ましたかヨシキさん……」

「総帥……兄を呼び出したのですか? その……流石に男である兄に見せるのは……」


 なんだなんだ? 俺が来ては不味かったのだろうか?


「いえ、彼ならば問題ありません。『お二人も』大丈夫ですよね」


 その時、室内にさらにもう二人の『肉声』が聞こえて来た。

 それは少し籠った感じのする、まるで窓越しに話しかけられているような音質。

 まさかと思い培養槽を確認すると――


『うん、問題ないよ。そんな事気にする間柄じゃないもんね』

『ふふ、そうですね。問題ありません』


 そこには、一糸まとわぬ二人の女性の姿があった。

 ……綺麗だ。たとえ何年、何十年、何百年経っても、たとえどんな姿であっても、俺はこの二人を『綺麗だ』『美しい』と評するだろう。

 だが今、目の前にいるのはまさしく美の化身としか形容出来ない絶世の美女二人だ。


「……予定より、かなり早いんじゃないのか」

「ええ、なのでお呼びしました。本来この段階では魔力経路、一種の神経の様な部分の生成を行っているはずですが……」

「そう、本来ならそこから更に時間を掛けて、大体半年程で身体が完成する予定なの。でも……」


 既に二人は、培養液の中で人の姿をし、その瞳でこちらを捉え、口で言葉を話している。

 ……液体の中で喋れるものなのか、こんな風に。


『魔力路が完成すれば中からお手伝いが出来るからね。この機械を解析して自分で生成を速めたんだ』

『私も真似をしました。やはり私では少し時間がかかってしまいましたが』

「……流石、としか言いようがありませんね。チセさん、この二人についての情報は他言無用です。ですが……この二人は我々が不可能としている事すら可能としてしまう、グランディアの歴史上最も高度な知識と魔術の腕を持つ二人、とだけ認識して下さい」

「流石に、ただの一般人だなんて嘘はつけないからな、こんな真似を見せられたら」


 迂闊だった。そうだ、この二人がただ大人しく自分の身体が完成するのを待つはずがないではないか……。

 片や稀代の天才魔導研究者。片や『あらゆる事象を劣化模倣出来る』汎用性の鬼。

 そりゃ常識の一つや二つ……覆してしまうか。


「リョウカ。二人に服を用意して欲しい。これならもう外に出られるんじゃないか?」

「そうですね……今身体の寸法を解析して用意させます」

「……やっぱり、兄さんの知り合いなのよね? どういう人達なの……」

「ん、まぁ古い知り合いとだけ。詳しい事は詮索無しだ。これは総帥からの命令だと思っていたんだがね?」

「うっ……」


 すまん、納得してくれ妹よ。

 いや正直この件に限っては妻達の方が迂闊と言うか、責任があると思うんですけどね?


『これ凄いよね、水の中なのに呼吸も出来るし喋れるよ。全然苦しくないし』

『ええ、本当に不思議な体験です。……とてつもなく文明が発達した世界なんですね』

「それは高濃度の酸素を溶かしこませた溶液です。人体に取り込まれない魔力を変質させた液体ですので、酸素だけが取り込まれるんです」

『なるほど……空気の中の必要な成分を魔法的に再現した水に溶かしたんだね? 凄いね、だからこの中は魔法が凄く使いやすいんだ。まるで高濃度の魔素に溢れる聖地の中みたいな感覚だもん』


 ほうほう、よく分からんな。しかしさすがだな我が妻達は。


「さて……ではお二人には今生で名乗る新しい名前を考えて貰わなければなりません。お二人には必要ないかもしれませんが……本来、新たな生を授かった存在は、生前の己に囚われ続けないように新たな名前を与える決まりになっているのです」

『そういうものなのかい? うーん……いきなり言われてもなぁ』

『そうですね……ましてや生前の名前は……その……』


 二人にとっての名前は、特別な意味を持つ。

 なにせ、二人の名前を決めたのは俺なのだから。


「……二人には俺が名前を付けるよ。それでいいかな」

『うん、そうして欲しい』

『ええ、それならば私達も納得しますから』

「なら、二人は『リュエ』と『レイス』だ。リョウカ、これで良いだろう?」

「な……それで良いのですか?」

「二人に新しい名前を付けた。それが生前の物と極めて似ていたとしても、ましてや偶然同じだったとしても、それは不慮の事故だ。仕方ない」


 別に良いだろう。お互いに顔見知りなのだから。

 前世に囚われる? 大いに結構だ。

 俺達は前世から地続きで生きているのだから。


『ありがとう……ええと、なんて呼べばいいんだろう……』

『お名前を、教えてください。改めて私達に』

「ニシダヨシキ。苗字というか、家名がニシダでヨシキが名前だよ」

『ヨシキ……ヨシ君? ヨシキ君? ねぇどれが良い?』

「ええと、ヨシキで頼もうかな?」

『分かりました。では私もヨシキさん、と』

『了解だよヨシキ。ヨシキ……ヨシキ! 呼びやすい名前だね』


 なんだか凄くむず痒いが……!

 照れ臭いというかなんというか、表情が緩みそうになる。


「失礼、衣服の用意が出来たようなので受け取って来ます。チセさん、二人に培養槽から出た後の注意点等の説明をお願いします。予定よりだいぶ早いですが、本日よりリハビリを行う事にしましょう」

「了解しました。……正直、まだ事態を上手く呑み込めていないのですが、そうですね、私の本来の業務はしっかりこなさないと、ですね」


 二人が着替えている間に、俺も一度自室に戻り動きやすい服装に着替える。

 リハビリに付き合うなら必要だろう。

 皆は既にリハビリルームに向かったとの事で、早速俺もその場所に向かう。

 この場所は基本的に『なんらかの実験』で身体に異常をきたした人間や、新開発の義手、義足をテストされるのに使われる場所だそうだ。

 なので、平常時はここが使われる事はそうそうないのだとか。


「みんなお待たせ。二人の調子はどうだい?」

「あ、おかえりヨシキ! ……見て、全然歩けない! この補助具があっても!」

「これは……驚きです。初めての感覚です。足が重く、力が入らない……」


 そこでは、二人が車輪付きの手すりの様な歩行補助具に掴まりながら、ヨロヨロと歩こうとしている姿があった。


「初めの二日はこの歩行器で身体を慣らしてください。その後は可能なら魔力により身体強化を行い、その状態で歩行器なしのリハビリに入ります」

「二人とも、恐らく既に魔法は十分に使えるでしょうが、暫くはこのチセさんの指示に従ってリハビリを行ってください。これは身体にとって必要な手順なのです」

「うん、分かった……く……赤ん坊になった気分だよ……!」

「ヨシキさん、少々不格好ではありますが……お付き合いお願いします」

「勿論。二人とも、一緒に頑張ろう」


 きっと二人には分からないのだろう。俺がどれだけ今幸福なのか。

 不格好? そんなわけがない。今すぐ抱きしめたいくらいだ。


「チセさん。では私は本社に戻ります。流石にここ一カ月以上こちらに詰めていましたからね、仕事が溜まってきているのです」

「そりゃお前が俺にわざわざ付き合うからだろ。まぁ天下の秋宮財閥の総帥さんだからな。この世界の為に骨を折ってくれ」

「ええ、ええ。分かりましたよ。ではリュエ、レイス。暫くはこちらに来られませんが、ヨシキさんやチセさんになんでも相談してください」

「分かった。じゃあねオインク!」

「いえ、私の事はリョウカとお呼びください。これが私の本当の名前ですから」

「分かりましたリョウカ。私達が普通の生活が出来るようになったらまたお会いしましょう」


 そう言ってリョウカは少しだけ残念そうに去って行った。

 なんだかんだで俺の教育にも付き合ってくれたからな……感謝している。

 口には出さないが。


「行っちゃった……。よし、じゃあ改めてよろしくね、チセちゃん」

「宜しくお願いします、チセさん」

「ちゃん……え、ええ。宜しくお願いします、リュエさん、レイスさん」

「あれ……? ねぇヨシキ、このチセちゃんは妹なのかな?」

「あ……なるほど、そういえば……」

「そうだよ、妹だ」

「よく顔を見て分かりましたね? 私と兄はそこまで似ていますかね? ええ、私はニシダヨシキの妹ですよ」

「やっぱり! じゃ、じゃあ私達の事は――」


 待て、何を言うつもりですか。

 嫌な予感と共に待ったをかける。


「なんだい? 『私達の事は義姉さんって呼んでね』って言おうとしたんだけど」

「なるほど……義姉と呼んでもらっても構いませんよチセさん」

「……は?」


 その話題は今日の所はNGでお願いします……。






 本日のリハビリが終わり、今日は一先ず座学などではなく休む事になった二人は、自分達の部屋をどうするかで少しだけ揉めていた。


「私達はヨシキと同じ部屋でいいんだよ?」

「ええ、新たにお部屋を用意する必要なんてありません」

「いえ、そういう訳には……兄さんからも何か言ってよ」

「分かった。二人とも、シングルベッドに三人で寝るのは無理があるので、今日のところは我慢して欲しい。寝る時以外はいてくれていいから」

「なんでそういう説得の仕方なのよ……自分の兄がまさかこんな男だったなんて……」

「極めて紳士的に平和解決したというのにこの言い草である。チセ、二人の部屋の手配を任せたよ。俺はちょっと二人と話したい事があるから自室に戻らせて貰うよ」


 とりあえずチセがいては話せない事は山ほどあるのだ。

 ここがどういう世界なのか。俺が今どういう状況なのか。それらを説明する為にも、俺はここ一月以上暮らしている部屋に二人を連れて行くのだった。






「ヨシキー!」

「ぐぇ」


 部屋に戻るなり、リュエが腰に抱き着いて来た。

 ぐるじい、俺もう普通の人間なんです、そんな耐久力ないんです。


「ずっと近くに人がいたからね! 本当は真っ先にこうしたかったんだ」

「右に同じくです」

「ぐぇ」


 背骨が圧迫される。レイスに羽交い絞めにされてしまいました。

 助けてくれ、殺さないでくれ、興奮で脳の血管が切れそうだ。


「貴方が旅立ってから幾星霜……この日をどれ程待ち焦がれていたか」

「そうだよ。私達はヨシキが逝ってから三〇〇年は研究を続けていたんだよ。それでも届かなくて、それをやっとオイン……リョウカが成し遂げてくれたんだ。私達は次の人生が来るのを拒否して、ずっとあの世界に魂で留まり続けていたんだよ。意識はなくとも時間の流れは感じていたんだ」

「二三〇〇と余年。いつの日か貴方と再び共にある事だけを願って来ました」


 いや、それはおかしい。それは『俺がグランディアで死んだら地球に戻る』という前提がないと願えない話ではないか。


「確信はありませんでしたが、リョウカさんが言ったのです。もしかしたら、元の世界に戻るのかもしれないと。僅かな可能性があるのなら、私達はそれに縋り、賭け、研究を続ける道しかありませんでした」

「そうだよ。幸い私達はもう孫のみんなに国を任せていたし。時間ならいくらでもあったんだ」

「それは……妄執にも近いんじゃないか……俺も人の事が言えた義理ではないけど」

「そうさ、妄執。でも私には確信に近い物があったんだ。きっと君はどこかにいる。世界の外だとしても、絶対にいるって」

「私とリュエは、貴方との繋がりを微かですが感じていましたから。この絆はどうやら、次元の壁や時の流れすらも超越して繋がっているようでしたから」


 それは……俺もそうかもしれない。

 召喚実験を行ったら、きっとこの二人を呼び出せるという、半ば確信に近いものがあった。

 もし、それが二人が感じている物と同じならば、この結果は必然だろう。


「さぁ、ヨシキも抱きしめておくれ。ギュっと力いっぱい」

「私もお願いします。それ以上の事でも構いません」

「……とりあえずそういうのは三人でまた暮らせるようになってからにしましょう」


 いや同じ気持ちですよ、こっちも。

 だが、これからの生活の事を考えるとやっぱり色々と不安なんですよ。

 主に経済面とか。いやぁ……この世界ってどうやってこの力を有効活用すればいいんだろう? プロのバトラーにでもなればいいのか?

 けどまぁ……なんにしてもだ。


「こりゃグランディア行きは延期だな……二人にこの世界をたっぷり堪能させてからじゃないと」

「じゃあ旅しよう! 旅! また三人で!」

「良いですね。また一緒に旅をしましょう? 今度はヨシキさんのこの世界を」


 久しぶりに『ぶらり旅』に出てから、だな。


(´・ω・`)これにて幕章は終わりです。

(´・ω・`)次回からはまた本編に戻りますが、次章開始には今しばらくお時間を頂きます。

(´・ω・`)書籍化の詳細についてはまだ話せませんが、来月あたりには言えるかもしれません。

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