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閑話

(´・ω・`)BB誕生秘話

 リョウカにチセが本当の妹だと伝え、一先ず研究室に向かう事に。


「兄さん、一カ月近く姿を消していたと思ったら……総帥と知り合いなの?」

「そうだなぁ……古い知人だよ」

「おや、知人だなんて他人行儀な。一緒にディナーに行ったり同じ部屋で寝起きしたりベッド脇で寝顔を見たりするような間柄ではないですか」

「全部事実だが世間一般的に想像するようなシチュエーションとは全部かけ離れているだろうが。チセ、勘違いするなよ。事実だがこいつと男女の関係は一切無いぞ」

「一切ないと断言されるこちらの気持ちも考えてくれませんかね?」


 全部俺がまだグランディアで生きていた時代のエピソードである。

 ちなみに、ベッドで寝顔というより『死に顔』です。

 看取った中にはコイツも当然いたからな。


「仲が良さそうなのは分かったわ。それで……兄さんは今回の研修にどう関わっているの?」

「それについては……どうぞ、チセさん。この研究室でご説明します」


 相変わらず薄暗い研究室には、大きな培養槽がいくつも並んでおり、そのうち二つが溶液に満たされ、黄緑色の淡い照明に照らされている。

 その中で、俺が召喚した二人が、人型の光となりゆらゆらと揺らめいている。


「これは……肉体生成が必要な存在を召喚した方がいたのですね」

「はい。そして……これは研修であり、同時に極めて機密性の高い案件でもあります。この二つの存在は、人間なのです」

「な……! 人が召喚される事は本来ありえないはずです! 召喚術式はそこまで高度な存在を呼べるようにはなっていません」

「ですが、それでも召喚したのです。それも二人同時に……ヨシキさんが」


 召喚術式の仕組みはよく分からない。

 が、そもそもこれは『互いに求めていた』故の結果なのかもしれない。


「兄さんが……」

「貴女には、この二人の肉体生成の管理をして貰います。また、その期間中に新しく人間用のマニュアルを考えてみて下さい。既に上位の精霊種、人語を介する存在に対してのマニュアルは存在しますが、人となるとそれが適用される事はないでしょう。召喚後の生活もありますからね」

「マニュアルの作成……それに人を創造するなんて……大役、ですね」

「チセ、くれぐれも二人の事を頼む。詳しくは話せないが……大事な人なんだ」

「大事な人……? まさか兄さんの知り合いなの?」

「詮索はなしだ。頼む、チセ」


 俺が、もしかしたらチセの知る兄ではない可能性。

 俺という存在がこの世界のニシダヨシキという存在を上書きしてしまった可能性。

 それを伝える勇気も、必要性も、俺にはなかった。

 知らずに平穏に過ごせるのなら、知らずにいて不利益が生じないのであれば、秘密は秘密のままで良い。

 それは俺が国の頂点に立った経験、多くの家族を持った経験、二人の妻を持った経験から学んだ事だ。

『全ての秘密は打ち明けるべき』なんて考えは、人と密接な関係を築いた事のない孤独な人間の思い込み、妄想なのだから。


「分かりました。総帥、ではこの研究室がこれからお二人の身体が完成するまでの私の職場、という事でしょうか」

「そうなります。生成中も勿論二人には意識があります、出来るだけコミュニケーションを取るよう心掛けてください」

「はい。兄さん、詳しくは聞かないけど、召喚した二人は私が責任を持ってお世話させて貰うわ。兄さんはこれからどうするの?」

「ん? 俺はそうだな……一応今はこの研究所の居住スペースで世話になってるが……」


 既に学べることは学び尽くした。二人の召喚が成功しようがしまいがここを出るつもりだったし。

 いや、でも身体の生成ってかなり時間がかかりそうだな……。


「リョウカ、もうしばらく厄介になる。たぶん身体が出来た後にも色々やるべき事はあるんだろう?」

「ええ。基本的な教育や身体検査も行う予定です」

「なら、その教育には俺も付き合う。それまでは……そうだな、何か手伝えることでもあれば働くさ。もし何か指示があれば伝えてくれ」


 今の俺に出来る事なんて本当に限られているのだがね?

 ……軽食作ったりボディーガードをしたりとか。






「しかしまさかチセがここで働いていたとは……」


 自室に戻り、ベッドで仰向けになりながらボヤいていると、俺の携帯……この世界でいうスマ端が着信を知らせる。


「もしもし、どうしたリョウカ」

『すみません、今そちらに迎えを行かせたので、ついて来て貰えませんか?』

「ん? なんだ、緊急事態か」

『ちょっと手伝って貰いたい事がありまして』


 早速俺の出番がやって来たのかと、ベッドから起き上がり、迎えの人間に連れられ、研究所区画から他の区画へと連れられて行く。

 この施設は研究所だけではなく、他の秋宮の事業で必要な開発部や会議室も備え付けられた大規模な施設なのだが、俺は研究所以外に出向くのは初めてだった。

 何やら他とは違い、窓の少ない、物静かなフロアに連れてこられた訳だが……。


「こちらは撮影スタジオが集中しているフロアとなっております。総帥はこちらのスタジオでお待ちです」

「撮影スタジオ……?」


 秋宮でそんな事業でもしていたのだろうか?

 扉を開くと、中では人がせわしなく動き回り、今まさに何かの撮影が行われようとしていた。


「リョウカ、これはどういう要件だ」


 近くにいたリョウカに小声で話しかけると、少々焦った様子で答えてくれた。


「良かった……ヨシキさん、ソースアメリケーノって作れますか? 出来るだけ本格的な」

「作れるが、それがどうしたんだ?」

「新しくオープン予定のレストランのPR番組を撮影中なんですが、担当シェフが先程急にアレルギーで倒れてしまって、すぐに代役が必要なんです」

「……エビアレルギーか。そんなの事前に調べられただろ?」

「それが、今日になって突然アレルギーになったようなんです」


 珍しいな。確かにエビは普段なんともなくてもある日突然、体調が悪い時と重なった時にアレルギーが発症する事もある。

 しかしいったいどんな番組を撮影するつもりなんだ?


「まず、料理人がソースを作ります。一番派手と言いますか、画面映えすると思いアメリケーヌソースを選んだのですが、その選んだシェフが当日にまさか……」

「なんというか災難だったな。で、どういう撮影なんだ?」

「まずソース作りの工程をダイジェストで紹介、完成した料理を撮影に来て下さったゲストの皆さんに振舞う、という流れです」


 なるほど? 一種の料理番組的な感じか。そういえば前にリョウカが新しいレストランがどうたら言っていたが、これの事だろうか。

 しかし撮影となると顔出しだろ、それは嫌だな。

 ふと、リョウカがいつも付けている仮面が目に入る。


「リョウカ、俺にも仮面くれ。それなら出演してもいいぞ」

「これですか? これは特注品なんですが……予備は用意していないんですよね……」

「顔を隠せたらなんでも良い。この映像、どこかで放映するんだろ? 素顔はノーセンキューだ」

「分かりました。では……少々お待ちください」


 少しすると、リョウカはスタジオの外で何かを受け取り戻って来た。


「はい、これならどうでしょう? 少々視界は狭くなるかもですが……」

「フルフェイスヘルメットか……結構料理のブランクもあるのに視界が狭まるのは恐いな。ソースを作るだけで良いんだよな?」

「ええ、それだけです」


 なら、いけるか?

 俺が最後に包丁を握ったのは、まだ寝込む前の精力的に動いていた時代だ。

 大体二百年程前だろうか。さすがに身体に染みついた記憶と言えど、これほど期間が開けば鈍るってもんだ。レシピ内容は覚えているのだけど。

 ヘルメットを被り、手元を確認する。……よし、これならなんとかなりそうだ。


「リョウカ、とりあえず着替える。コックコートかなにか、ないか?」

「それでしたら新しいコックコートがありますので、着替えて来て下さい」


 急ぎ控室で着替える。コックコートなんて……何百年ぶりだ?

 着替え終わりスタジオに戻ると、すぐにスタッフが俺をセットにあるキッチンの前まで案内してくれた。


「代わりのシェフですね! では材料はこちらに置いてありますので、念のためレシピはここ、カメラの死角、この戸棚部分に張ってありますので、出来るだけ自然に確認してください」

「了解。では、合図が始まったら作り始めたら良いですか? 何か気を付ける事は?」

「カメラが近くに寄りますので、そこだけ気を付けて下さい。そちらは特に意識せず普段通り作って下さい」


 普段作る料理じゃないんだよなぁ。

 手元には大量の甘えびの殻と、まるまんまのオマールエビ、そして多数のハーブが並べられている。

 なるほど……見栄え重視のオマールと味の為の甘えびか……。

 作る料理はアメリケーヌソースのパスタと至ってシンプルだが、相当な完成度を要求される、と。

 リョウカめ、かなりの難題ふっかけてきおって……!

 それに香味野菜の量がかなり多い……! トマトも全部フレッシュトマトだ。

 トマトピューレから自分で仕込めって事だよな……。


「……ガチらないとダメなヤツか……」


 さぁ、本当に久しぶりにやるぞ、自分の為ではない、誰かのために指示をされて作る料理だ。

 心を殺せ……俺はただの料理マシーンになる。








 天下の秋宮財閥。

 観光、兵器開発、傭兵派遣、家電開発、アミューズメント運営、学校運営と幅広い分野で活動している世界屈指の財閥であり、現状異世界グランディアとの交易の窓口としての側面を持ち合わせている、世界一影響力の強い財閥でもある。

 その秋宮がこの度、飲食業にも参入する運びとなり、各界の著名人からの注目も高く、当然そのPR撮影には一流の人間が参加していた。

 ミシュランの審査員であったり、有名映画スタジオの支配人であったり、元政治家の大物タレントであったり、と。

 いずれも食通を自負し、肥えに肥えた舌を持つ一流の人間ばかりだった。

 その彼らが、スタジオに用意されたモニターを観察し、料理の完成を心待ちにしていた。


「これはグランドメニューにあるソテーメニューに使われる予定のソースでしょうな?」

「なるほど、あくまで今日はソースだけ試させるのですね。実際のメニューでどんな食材が提供されるのか、今から楽しみです」

「しかしこのシェフは代理という話でしたな。元々は料亭『四季折庵』から引き抜いたシェフが担当するはずと聞いています。果たしてこのシェフに変わりが務まるのか……」


 集まった人間達が訝し気に語る。だがその中で一人、有名レストランで料理長をしているという男性だけは、このヘルメットを被った不審者の一挙一動に目を光らせ続けていた。


「この場に呼ばれた以上場馴れはして当然でしょうが、彼の作業工程がかなり早い。いや早すぎる。それなのに淀みやブレ、躊躇が全くない。恐らくかなりの年数を厨房で過ごしたベテランでしょう。もしやどこか有名店のチーフシェフを新たに引き抜いていた……?」


 幸いな事に、全盛期をとっくに通り過ぎ、ブランクのあるヨシキでも十分に見られる程度の動きは出来ていたようだった。

 だが、問題はソースの出来なのだ。

 用意されている食材をフルに活用し、極上のソースを仕上げなければならない。

 だが、ヨシキは段々と気分が乗って来たのか――


(いやいやいや……これオマールエビまだ生きてるじゃん、すっごい食材だな。レシピ通り作るだけでもう最高のソースじゃん……でもなぁ……もっと遊びてぇなぁ……)


 自分なりのアレンジを始めるのだった。


「む……彼が今砕いているのは炒めたエビの頭と殻か……? それにしては随分と……軽いように見える」

「パラパラと簡単に砕けていましたな。甘えびの殻があそこまで乾燥するとなると、先にオーブンで焼いたか、はたまたソフトシェルだけで作っているのか……」

「いや、それでは濃厚な味に仕上がらない。一体何を……」


 そうして、ヨシキは自分の身元が隠されているのを良い事に、好きにアレンジを加え、自分のレシピでソースを仕上げていくのだった。


(やべぇ! 食材の値段気にしないで料理すんのやっぱり楽しいな! フィットチーネにかけるだけじゃ勿体ないぞこれ……アンコウのムニエルとか根魚系のソテーにかけたら最高だろ……ああ、ここに少しだけクレソンでもあればもっと良かったのに……)


 そうして出来上がったソースをかけたパスタが、集まった人間にふるまわれる。

 ヨシキはようやく役目が終わったからとセットかで立ち去ろうとするが、カメラマンに手で静止され、まだここに残るようにと指示されてしまう。




「それでは、試食をお願いします」


 進行役の人間に従い、集まった人間が料理を口に運ぶ。


「……うん、なるほど。パスタにかけただけ、ソースを味あわせるだけと聞いて内心、少し物足りなくなりそうだなと感じていたが……これは、是非ともレストランが開店したら足を運ばなければいけませんな」

「確かに……これ程のソース、食べたことが無い。元々アメリケーヌソースは濃厚な風味が凝縮された物ではありますが、これはそれだけではありません。どこか身体に染み込んでくるような、不思議な感覚がします」

「……そうですね、これは私にも分かりません。もっと食べて学びたくなる味です。レストランに通う理由になりうるソースです」


 そう、一流の人間達が絶賛する。

 一方作った側の人間はというと――


「お褒めに与り恐縮です。急遽代役として務めさせて頂きましたが、きっとレストランでは更なる感動が待っているでしょう」


 珍しく、自分の言葉ではない、用意されたセリフを述べるに留まっていたのだった。

 そうして急遽あてがわれた仕事をこなしたヨシキは、残ったソースをタッパーに入れて自分の部屋へと持って帰って行ったのだった。


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