閑話
(´・ω・`)オニイチャーン
私は、望むモノを手に入れることは一生出来ないのかもしれない。
今生で叶わないのなら、次に賭ける。
その一心で私は、この世界に、地球に戻る事が出来たのに。
そこでも私は彼を手に入れることが出来ないのであろうか。
彼が望むのなら、きっと結果は揺るがないだろう。きっと彼は再び結ばれる。
私はただそれを眺めるだけになるのだろう。これはもう天命なのかもしれない。
『では、これより召喚実験を行います。実行者はボックスの中へお入り下さい』
アナウンスに導かれるように、透明な大きな箱に入る。
『召喚実験』は通常、国に申請をした後に秋宮主導の元行われている研究所で行われ、一年に七〇〇人という限られた人数が実験を行うことが出来る。
ランダム性が高いとはいえ、ノーリスクで力を得られる可能性がある以上、むやみやたらに召喚させる訳にはいかないのだ。
当然術式や必要な機材は機密の塊であり、召喚実験を行う人間の身元調査もしっかりと行われており、また不公平ではあるが『日本人以外が召喚実験を行うには非常に複雑な手続きと長い調査期間が必要とされる』この辺りは利益の独占としてヒンシュクを買っているようだが、流石に表立って文句は言えないのだろう。
まぁ、そもそも召喚実験に必要最低限の魔力を持っていないのが殆どではあるのだが、日本人以外では。
確かハワイ生まれやオーストラリア生まれ、長く日本で暮らしている人間なら問題ないんだったか?
『では、スタンドに設置されたプレートを手に持って下さい。その後、意識を集中させ、遠くのどこかに自分の意識が飛んでいくように念じてください』
指示に従い、やや分厚い下敷きのような半透明の板を持ち上げる。
……祈ろう。俺が求めるのは……『一つじゃない』数なんて関係ない。
俺は必ず望む結果を……二人の妻を再びこの手に抱く為に全身全霊をかけよう。
「……そうか……そっちも探してくれていたのか」
意識を飛ばす。どこか彼方にある、自分の半身へと。
まるで離れた場所にある手足を、久しぶりに動かすかのように。
『実験中止です! 魔力が異常に高まっています!』
『このまま続行です。私が許可します、たとえ全ての機材が狂ったとしてもこのまま続行します』
『総帥! これは異常です! 実行者の彼の身が持たない!』
『いいえ、持ちます。彼は……彼だからこそ!』
暴風が集まる。見えない力にまるでそのまま触れられるような、圧倒的な存在感が周囲に集まって来るのが分かる。
「……ここだ、ここに居る。たとえ世界が変わっても……時がいくら経とうとも、次元の壁が別とうとも」
『……主任、ここから先は私が引き継ぎます。至急この実験室から退去して下さい』
『な……! ここの責任者は私です! このような結果、見届けなくて――』
『総帥命令です。今すぐに退去して下さい』
アナウンス越しに聞こえるリョウカと研究員の争う声。
だがそれは今どうでも良い。
目の前に現れた、人の形をした光の塊『二人分』の方が大切だ。
「……分かるかい?」
微かに光が震える。言葉を紡ごうとしているのが分かる。
……聞こえる。分かる。俺にはそれが言葉だと理解出来る。
『……ワカルヨ、キミハカイクンダ』
『タマシイガ、ミチビキマシタ』
「……ああ、随分と姿は変わってしまったがね」
理解する。この二つの存在が紛れもない二人の妻なのだと。
「リョウカ、見えているな。二人に肉体を生成してあげてくれ」
『……了解しました。やはり……召喚出来ましたね』
「当然だ。さぁ、行こう二人とも。ここが……俺の生まれた世界に限りなく近い場所だ」
「では、この培養槽にお二人の魂を安置します。ここからは魂に刻まれた情報を培養液を通して読み取り、肉体生成に必要な成分を注入、魔力の基盤となる部分を培養、そこから徐々に肉付けして行く事になります」
「……そうか。それで管理は誰がするんだ?」
「本来であれば先程の研究員、この部署の管理人である彼が行いますが……」
「却下だ。妻の裸を見知らぬ男に見せる訳にはいかない。女性を頼む」
「それが、この部署は機密性が高く研究員も僅かしかいません。女性のスタッフは……」
「……候補生や他の部署で優秀なスタッフはいないのか?」
たとえ骨格だとしても出来れば他人の、それも男の目には触れさせたくない。
ましてや徐々に人間の身体が出来ていくのなら……それはもう裸体だ。
「……何も知らない研修生の中から優秀な人間をあてがいます。元々、この部署に配属予定の人間がいます。丁度女性ですし」
「そうか、ならそれで頼む。……もし、情報が洩れるようならどうする?」
「だから研修生なんです。……消しても被害が最小限で済みますから」
「……そうだな、それで頼む。中々悪劣じゃないか、気に入った」
「伊達に地球の老獪達を抑え込んでいませんよ。では、すぐに手配します。今日の所はヨシキさん、貴方に任せます」
「分かった、何をすればいい?」
「話しかけてください。一応マニュアルもありますが……それは知性の高い魂用のマニュアルで、人の魂の為ではありません、前代未聞ですからね」
「そうか、分かった」
リョウカが立ち去り、残された俺は二つの培養槽に話しかけ続ける。
「分かるかい? 今のはリョウカ……オインクだ。二千年以上、生き続けてこの世界まで辿り着いたんだそうだ……凄いよな。二人も、ギリギリまでリョウカの研究を手伝っていたんだろう? 分かるよ、召喚する時に二人の気持ちが、声が届いたから」
確かに感じた。二人が狂わしい程に研究に取りつかれた歴史が、狂気と呼べる日々が。
必ず見つけると、来世でも絶対に共にあろうという執念が、俺と同じように思い続けていた二人の気持ちが。
「身体が出来たらどうしようか……俺はグランディアに、異世界へ行こうと思っているんだ。どんな風に変わったのかを自分の目で見る為に」
『ソッカ……ワタシモツイテイキタイナ……』
『エエ、イッショニ……』
「ありがとう、二人とも。明日からは別な人間がここに配属される。けれども俺も近くにいるから安心して欲しい」
……尤も、その人間が秋宮の意にそぐわない行動をしたり、二人に害をなすようなら……俺がこの手で消してやるつもりではあるのだがね。
翌日、二人の培養を任されるという研修生を待つべく、研究室近くのエントランスで待機していると、廊下の先から激しい口論が聞こえて来た。
「何故です! あのような前代未聞の実験に私を関わらせず、あんな研修生を責任者として配属するなんて! 納得出来ません!」
「これは決定事項です。覆す事は出来ません。クライアントからの強い要望でもあります。今回の生成実験だけは彼女に任せます」
「これは侮辱だ! これまで私がどれほど研究に携わり、そして生成実験を成功させてきたと思っている!」
それは、リョウカと研究主任と思われる男性の物だった。
どうやら、研修生はまだこの場に来てはいないらしい。まぁ……あの剣幕だ、下手に研修生本人を同席させたらどうなるか分かったものじゃない。
「……では私はこの研究所を止めさせてもらいますよ!」
「それが貴方の導いた答えならば、止めません。これだけは覆せない決定事項ですので」
「……私の価値が分かっていないようですね、総帥は」
「理解していますよ。そして機密を知った貴方の記憶をそのままに解放など出来ない事も理解しているでしょう? 契約書にもあります、秋宮を離れるのであれば、機密事項を忘却と同時に、外部では一切話せないように催眠処理をかけると」
「……それで私が本当に引き下がるとでも? 必ず思い出し、そして後悔する事になりますよ」
随分と揉めている。気持ちは俺にも分かる。何よりも、この事態を招いたのは俺だからな、申し訳ない気持ちだってある。だが――
「話が長いぞ、リョウカ。担当者を早く紹介してくれ」
「だ、そうです。主任、ではこのまま記憶と催眠の処理をするので別室でお待ちください。……すみません、主任を特別室にご案内下さい」
どこからともなく現れたSPが、研究員を連行するようにどこかへ連れて行ってしまった。
「流石に多少は申し訳ない気もするな」
「いえ、元々あの男は反抗的な態度が目に余っていましたから。私は、私に逆らう部下はいりません。それが私の間違いを諫める為なら許しましょう。ですが彼は違う。自分の名誉と好奇心、知識欲の為に私に逆らう。そういう人間が研究職の要職に居座るのは、長い目で見るとリスクが高いですから」
「……まぁ、そうだろうな」
それは俺にも心当たりがある。上に立つ以上、問題の芽は早いうちに摘むに限る。
尤も俺は……それを『殺し』でしか実行してこなかった暴君ではあったのだが。
「では通信失礼します。……はい。ええ、すぐに第四エントランスまで来て下さい。貴女に特殊なカリキュラムを出しますので」
「今の通話相手が研修生か」
「ええ、今年の研修生の中で、最も成績が良く、仮想実験で良い結果を出した人間です。将来的にこの部署に配属させる予定でしたからね、こういう特殊なケースを先に経験させておくのも良いかと思いまして」
「なるほど。まぁ天下の秋宮財閥の研究所に配属される研修生なんて、大なり小なりみんな優秀だろうさ」
「ええ。研修中に最低でも一つ、我が社の製品の性能を向上させる実験データを提出する事が研修の課題ですから。今来る方は凄いですよ、昨日見せた培養槽に使われる照明に魔術を組み込み、肉体生成にかかる時間とコストを三%カット出来るようにした逸材です」
「それがどう凄いのかイマイチ分からないが、とにかく凄い事は伝わった」
「……金額に換算すると一回の生成につき七〇〇万程のカットだと言えばわかりますか?」
ヤベェ!
「そこまで優秀な人間をもしもの時は切り捨てる、か」
「ええ。今回の件はそれくらい慎重を期すべきです。研修生にはただ『人の魂を呼び出した』とだけ説明します。適当な理由やバックストーリーはこちらで考えます。彼女達の素性や経歴、どの時代から来たのかは一切探らないようにさせますので」
「ちなみに過去に人間の魂が呼び出されたことは?」
「前例はありません。ですが、研修生には『過去にもこういう事例があったが公表はしていなかった』で通す予定です」
まぁ財閥のトップであるリョウカの判断だ。俺がとやかく口出しする事ではないか。
その研修生がしっかりと二人の身体の生成に尽力してくれるのなら、他に言う事はない。
すると、背後の廊下から足音が響いて来た。
「は……初めまして秋宮総帥……! 研修生の――」
恐ろし気に震える女性の声だった。
そりゃそうだ。俺が手配させたとはいえ、天下の秋宮財閥の総帥が、直々に研修生でしかない新入社員を呼び出したのだ。
その内心たるや……ちょっと可哀そうだな。
「研修生のニシダチセと申します……この度は特殊課題に選ばれ光栄です……若輩者ではありますが、必ずご期待に添えるように――」
……ん?
「初めまして、ニシダチセさん。そう緊張なさらないで下さい、これは半ば私の私用でもあるのです。では、これから貴女の職場となる研究室までご案内――」
「リョウカ、ちょっと待て」
「はい?」
俺はチセに背を向けたまま、リョウカに話しかける。
「研修生の素性は調べたのか?」
「ええ、過去の成績や出身校まで全て精査し、その上で研修中の実績を加味し、厳正に審査した結果彼女に決めました」
「……家族構成は調べたか?」
「ええ、失礼かとは存じますが……チセさんの家族構成も把握済みです」
「あ、あの……何か私では不備があったのでしょうか?」
いやこれどうする、どこまで話すべきだ?
いや、リョウカもなんで気がつかない、苗字も出身地も同じだろ……!
いや、俺の出身地とか覚えていないかもしれないが……。
俺は、意を決して振り返り、恐らく待ち受けているであろう妹と対面する。
「やぁやぁどうもどうも研修生のチセさん。今回の件の原因のニシダヨシキと言います」
「…………」
「ご紹介します。私の古い友人であり、今回少々特殊な研修の発案者でもあるニシダヨシキさんです。奇遇ですね、苗字が同じだなんて」
固まってる。
「リョウカ、凄いぞ。さらに偶然なんだが、このチセさんと俺は父親と母親も同じなんだ。凄い偶然だと思わないか?」
「そうやって初対面の相手をからかわないで下さい。すみませんチセさん、この人は少々ユーモアが溢れすぎているのですよ。では今研究室に――」
む、こやつ信じていないな?
「あの……秋宮総帥……この人私の兄です……」
「はい、お兄ちゃんです。あー……そういえば就職先が秋宮って言ってたっけなぁ……」
いやぁお兄さんびっくりですよ。チセってそんなに優秀だったんだな……!
鼻高々ですよ。




