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閑話

(´・ω・`)ジョーカーへの第一歩

「では、基本的な魔力の扱いについては、特に教える事はありませんよね? 貴方の素性を大々的に外に公表する訳にもいきませんし、指導は私が直接します」


 俺がリョウカに連れられてやって来たのは、俺の知る日本と今のこの世界の日本、その違いを最も感じさせる『人工島』だった。

 東京湾から遥か沖に向かった場所にあるこの広大な人工島は、東京都の約3/4という広大な面積を誇るという。

 なんでも、異世界グランディアとの交流を円滑に進める為の中継地点なんだとか。

 その所為だろうか、この人工島にある研究室に連れてこられるまでの道中、獣人やエルフをチラホラと見かけたのだ。


「ああ、基本的な運用は出来る。ただ正直これまでの感覚からすると……魔力の量が雀の涙でうまく扱えそうにないんだよ」

「……一応、日本人の成人は地球規模で見たらかなり魔力の保有量が多いんです。ヨシキさんはその中でも上位二%に入る程度には保有魔力も多いんですよ?」

「マジでか! ……生前いかに俺がごり押しで戦っていたのかが分かるな」


 いやぁ……なにぶん俺、元魔王なもんで……。


「では、恐らく生前は使う事が無かったでしょうが、身体強化の魔術を使ってみてください」

「ああ、そもそもそんな術を使う意味がなかったからな。元のスペックが高すぎて」

「でしょうね。では、魔力を薄く、血液に混ぜて全身に流すイメージです」

「なんとなく分かる。ちょっと待ってろ……」


 そうして俺は、リョウカに連れられた研究室で、彼女の指導を受ける事になったのだった。

 少ない魔力を効率よく、上手に変換して戦うこの世界の人間。

 正直俺にはよく分からない感覚だが、何かの拍子に生前の技や魔法、威圧が出てしまい、その影響で一気に今の俺の魔力が空になってしまうのを防ぐために訓練は必須、とのことだ。


「俺なんかに構っていていいのか? 適当に『バトラーの訓練生』とかでも言って誰かに丸投げしてもいいんだぞ?」

「……いえ、私が直接指導します」


 この総帥……暇なのか?


「では、今日のところは今教えた身体強化を使い――」


 次の瞬間、訓練所内が闇に覆われ、ワイヤーフレームが浮かび上がる。

 おお、格ゲーのトレモみたいだなこれ。


「ここでVR訓練メニューをこなしてください。AIによる対人想定のエネミーが現れますので、戦ってください」

「了解。面白そうだな、ちょっとした体感ゲームだ」

「ふふ、私は厳しいですからね。サドンデスモードで行きます。力尽きるまで戦い抜いてください」


 よっしゃ、望むところだ。






 若干、この戦うという行為自体を楽しんでいる節はあると思う。

 少ない魔力で工夫し、身体強化を駆使しての格闘戦は、圧倒的な力で敵をねじ伏せて来た昔の俺では考えられない面もあるが、それでも楽しいのだ。

 苦労して、工夫して、撃破する。楽しすぎて止め時を失うようなゲームと出会った時のような高揚感だ。


「っ! そろそろ苦戦するな」


 マネキンの様な敵に囲まれつつも、腕を折り、首を折り、足を折り、少ない手数で確実に倒していく。

 こいつら随分と出来が良い。ちゃんと人間なら戦えなくなるダメージ、部位を潰せばそれで撃破扱いになる。

 流石に普通の人間よりは遥かに頑丈だが、それでもやりようはいくらでもある。


「魔力の感覚的に……もう二時間くらいで終わりだな」


 そう思いながら、段々と数が増し、頑丈さも増していく敵をひたすら倒し続ける。

 体力の消費が激しい。身体強化で多少は軽減されていても、それでも限界はやってくる。

 だが――


『ちょっと、いい加減にしてください! 頑張りすぎですよ! 途中からプロリーグの人間が訓練する為の難易度にしてるんですから』

「なんだよ見てたのか。折角だしギリギリまでやらせてくれよ」

『この後仕事があるので、そろそろ終わらせますよ。……とりあえずタイムアップという事で、これで諦めてください』


 このVR空間にリョウカの声が響き渡る。

 なんで見てるんだよ、どっか行ったんじゃなかったのか。

 すると、突然目の前に先程までのマネキンエネミーが、数百を超えるレベルで一面に現れた。

 ……マジかよ。この数薙ぎ払うような技、今の俺には使えんぞ……!


「そんなに俺が嫌いか! 数の暴力で負けさせて楽しいか!」

『ふふ、可愛さ余って憎さ百倍ですよ?』

「うるせー! 感度三千倍にするぞこら!」

『そんなー!』


 そんな懐かしい軽口、やりとりをしつつ、考える。

 一斉に向かって来る大群をどう倒すべきか。

 いや、諦めるべきなんですがね?


「……負けイベを黙って受け入れるのはゲーマーの名折れってもんだ」


 どうする、広範囲の技なんて使おうものなら一瞬で魔力が尽きる。

 ましてやこんだけ消耗してんだ。

 省エネで広範囲攻撃が出来る手段……。


「……ギリギリ使えるか。おいリョウカ! 聞こえてるだろ!?」

『聞こえていますよ。ギブアップですか?』

「ちょっと生前の技……というか術を一つ試す。倒れたらなんとかしてくれ」

『な! 止めてください! どうしてそこまでやるんですか』


 いやぁ、それが俺なんですよ。

 集中。身体強化に回していた魔力も全てこちらに回す。

 魔法は魔力を放出する、つまり残りの少ない魔力でこの数を潰す事は出来ない。

 ならば『現象を引き起こす』事に全ての魔力を費やす。

 これは魔法じゃない。対象、空間に効果を与える――呪いだ。

 全ての魔力を喉に集め、たった一つの言葉を発する。




「“久遠暁の呪い”」




 口にし終えた瞬間、意識が暗転した。








『緊急停止します。職員の方は直ちに室内をチェックしてください』


 リョウカがモニターしていた管理室に、非常事態を知らせるアナウンスが響く。

 カメラの映像も途絶え、内部の様子を探る計器の類も全て反応を示さない。

 リョウカはすぐさまVR室へと急行し、自動で開くはずの扉を手動で強引にこじ開け内部へと踏み込んだ。


「な……なんですかこの有り様は……!}


 リョウカの目の前に広がった光景。

 それは、荒れ果てた無機質な空間。

 人工物だけで構成されていたはずの室内が、まるで石と砂、天然の物質で構成されているかのような……まるで何百年と雨風に晒されて風化したような、そんな光景だった。


「ヨシキさん! ……魔力全消費による意識障害ですね」


 中央で倒れていたヨシキを抱きかかえる。

 すぐに人を呼ぼうとするも、この光景を見せる訳にはいかないからと、リョウカは自ら医務室へとヨシキを抱き運ぶことにした。

 途中、この区画を封鎖、何人たりとも立ち入れないようにして。




「これは後で言い訳を考えなければいけませんね……ヨシキさん、貴方はどんな技を使ったのですか」


 意識を失いぐったりとしたヨシキの頬を、そっと撫でる。

 医務室の医療班には『プロバトラーを目指している古い友人に付き合っていた』とだけ説明して。


「……負けず嫌いの貴方には逆効果でしたね。……あまりにも久々過ぎて、忘れていましたよ、もう」


 静かな時間が過ぎていく。静寂の中、彼女は思い出に浸るように目を閉じる。

 まるで、目の前で眠るヨシキと同じ夢を見られるように願っているかのように。








 これは、たぶん初めての感覚だ。

 自分の中から全てが抜け落ちていくような、引きずり出されていくような、見えない何かが自分という器から引っ張り出されていくような感覚。

 死ぬときも、こんな感覚は味わった事が無かった。


「……これが、魔力切れか」

「気がつきましたか、ヨシキさん」


 見れば、俺はどこかベッドに寝かされており、どこか薬の様な、新車の中のような、そんな香りが鼻孔をくすぐる。少し、不快な香りだ。


「……ああ、それで――」


 これだけは最初に聞かないといけない。


「俺は負けてない、引き分けだったはずだ。そうだろ? リョウカ」

「……っ! 貴方と言う人は……!」

「負けろと言われて負けてやれる程出来た人間じゃないんでな。どうだ? 全員朽ちて消えたはずだ」

「……貴方は何をしたのですか? あのような技……貴方は使えなかったはずです」


 何分、時間だけは膨大な量を持て余していたのだから。

 奥義や秘術の一〇や二〇は用意出来るさ。


「あれは呪術だ。サーディス大陸の一部地域では盛んに学ばれている。魔力を概念とし、対象に『影響を与える』という形で結果を出す。操作は難しいが低燃費だ」

「……多芸ですね。貴方は剣士だとばかり思っていましたが」

「魔法だってある程度は使えるさ。ならそこから派生して色々学んだよ。八〇〇年だ。そんだけあれば凡人でも普通の天才くらいは越えられる」

「……これが、ただの一般人が扱える力ですか。やはり貴方に平穏は難しいですよ」


 そうかもな。でも、望んでしまう。

 俺にはもう、本来戦う理由も、戦いに身を置く理由もないのだから。


「暫くは力の扱いを学ばせるつもりでしたが……どうやらその必要はなさそうですね。今の段階ですでに私よりは強いでしょう。……相手を殺すという条件でなら、最強かもしれません」

「あの呪術か? まぁそうだな。仕組みが分からなければ確殺。初見殺しってヤツだ。こういう呪術をもう四つくらい作ったからな。上手く扱えば――」


 平穏を望む。だから俺は、欲しい物を手に入れる為に『いつもの交渉カード』を切る。


「そうだな『万全なら地球丸ごと不毛の大地にくらいは出来る』だからある程度の自由を保障してくれないか?」

「……相変わらず、心臓に悪いですよ。良いでしょう、貴方を無理に従わせようとはしません。そうですね、身分を与えましょう。秋宮の総帥直属の護衛官としての」

「従う気はないがね。そもそも必要ないだろ、神話時代の英雄様には」

「ええ、そうですね。……そういえば、レストランを開くのが目的だと言っていましたが、どうです? 私が手掛けるレストランで働いてみる気はありませんか?」


 おお、それは魅力的だが絶対に嫌だな。


「自分の店を作って自由気ままに不定期営業したい。そんなダメ人間です。もう何百年も暇な魔王やってたんだ、今更勤勉になんて働けはせんよ」

「ぐ……随分と怠惰になりましたね。いえ……妥当な休暇でしょうかね、これまでの事を考えれば……」

「そう言ってくれ。今の俺はちょっと強いだけの一般人だ。地球を滅ぼせると言っても、その後の世界で生きていく力も無い。ただの交渉カードだよ」

「それは……カードはカードでも……最強のジョーカーだと思うんですけどねぇ」


 それもそうだな。だが、こん状況だからこそ、切り札は俺も持っておきたい。

 何せ俺はこの世界を……微塵も信用していないのだから。

 こんな危険な世界……いつ、崩壊が始まってもおかしくはないのだから――








 俺はこの日から、秋宮の研究所で身体の使い方ではなく、異世界グランディアと交わった時から今に至るまでの歴史、事件、裏で起きて来た様々な利権問題、グランディアで起きた事件、グランディアの歴史まで全てを学ぶ事となった。

 実家には連絡を入れてあるが、それでも半年以上空けたのだ、流石に親父も心配するだろうな。

 チセも新人研修とやらが終わった後、東京都内の勤務となってしまったようだし。

 なんでも、更に別な部署で追加の研修もあるのだとか。

 まぁ親父も大人だ、俺もチセもいなくても、一人でもどうとでもなるだろう。


「ではそろそろ俺も実際にこの目でグランディアを見てこようと思う。が、その前に俺にも『召喚実験』を受けさせてくれ、リョウカ」


 人並み以上の知識を身に着け、いよいよ自分の目でグランディアを見る為に旅立つ日が近づいて来たある日、俺はリョウカにそう申し出た。

『召喚実験』とは、グランディアの魔力に自身の魔力を流し込み、共に世界を巡らせ、地球、グランディア、両世界に存在する『残滓』を呼び出し、再び形を与えるという術式だ。

 この『残滓』には『空想』『埋もれた歴史』『過去の魂』も含まれている。

 そして残滓という物は何にでも存在する。聞いた話によると、召喚で呼び出されたのが『過去に消失したアクセサリー』だった事もあるのだとか。

 つまり『闇鍋ガチャ』の極地だ。


「貴方に……ですか。勿論その権利は貴方にも、勿論私にもあります。ですが……」

「お前は召喚実験を行っていない。それはもしかしたら『規格外のナニカ』を召喚してしまうかもしれないから。違うか?」

「その通りです。ですので……貴方の召喚実験に賛成は出来かねます」

「いや、やる。これは絶対だ。命を懸けてでもやる」


『闇鍋ガチャ』とは言ったが、引くのは俺だ。俺が引いたら……結果は変わる。

 俺だから変わる。俺だから引ける。絶対に引けると確信している。

 だからこそ『引かせない』なんて事は絶対に許さない。


「リョウカ。こればかりは譲れない。どんな条件を出しても譲らない。邪魔をするなら、俺は躊躇なく切り札を……ジョーカーを切る」


 強く睨む。こればかりはたとえお前でも邪魔させないぞ、と。

 意思を込め、強く強く見つめ続ける。


「……本気で望む貴方を邪魔する事なんて出来ませんよ。文字通り世界の破滅が掛かっているのですから」

「なら、手配を頼む。俺は少し精神集中してくるよ」

「分かりました。……何を召喚したいのか、決まっているのですね」

「当然だ」


 俺は、望むモノを必ず召喚してみせる。


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