第二百二十八話
「今は銃撃が止んでいます、このまま俺について来て下さい!」
会場周辺に隠れていた観客を引き連れ、避難所となっているビルに先導。
それを繰り返し、ようやく周囲から人が完全にいなくなったのを確認する。
「先生、会場周辺の人の気配、完全になくなりました」
『了解。では……ここから一番近い遊園地で交戦中のカイ君とカナメ君に――』
先生に報告していると、そこに割り込むような通信が入る。
『こっちも片付きました。どうやらこっちの犯人はグランディアの人間……それも地球の装備を身に纏っています』
『ただ一部知らない装備が混じっていました。どこかで製造された改造銃のようです』
『分かった。捕縛し武装を解除後、どこかにまとめて監禁してくれ。聞いていたなユウキ君、君を含めてカイ君カナメ君と共に市街地に向かってくれ。どうにも妙だ、先程から市街地に向かったミコト君やセリア君に連絡が繋がらない。すでにショウスケ君とコウネ君には現場に急行してもらっているが、嫌な予感がする』
「了解! カイ、カナメ! 現地で合流だ、終わったらすぐ市街地に来てくれ」
『了解だ!』
恐らくカイとカナメが襲撃犯を殲滅、さらにマザーのお陰で相手の狙撃犯や遠距離兵器は潰せているはず。
なら……今市街地が何かに襲われているとしたら何が?
駐車場に停めてあるバイクを拝借し、市街地に向かうのだった。
銃創の刻まれた道路を走る。
目立った被害はそれくらいだが、向かう先、市街地……中でもアルレヴィンのオフィスビルがある区画から、黒い煙が何筋も立ち上っているのが見える。
だが、それだけではない。何かがおかしい……空が、大気が揺らめいているような、空間が歪んでいるような不可思議な現象が起こっている。
「あれはなんだ……!? 魔力か、それとも……」
道路を駆け抜ける。市街地に近づくにつれに増えてきた瓦礫や廃車を回避しながら市街地に入り込むと、そこでは最悪の光景が広がっていた。
「嘘だろ……なんで!?」
逃げ遅れた人……だった物。
不自然に残される血だまり。
何かの肉片を――口からぶら下げる魔物。
そう、魔物だ。明らかに尋常な相手ではないと分かる、まがまがしい魔物。
似ている動物が咄嗟に浮かばないくらいの異形の生物が、街の中を徘徊していたのだ。
「っ! 風絶!」
駆け抜けと同時に、目についた魔物を全て切り刻む。
だが、体表を軽く切り裂くだけで、むしろ怒りを買うだけだった。
魔法ではなく、しっかりと刀身で切り裂いた方が良いな、この相手は。
こちらに集まって来る魔物を一体ずつ、確実に刈り取って進む。
「強い……魔物一体一体が強い……なんだこれ、どういうこと――」
その瞬間だった。目の前の地面に、上空から今しがた倒した魔物と同型の魔物が落ちて来た。
「なんだ!?」
地面で蠢く魔物が起き上がる前に完全に潰し、すぐに上空を見上げると、そこには先程遠目から見た空間の揺らぎが……小規模なゲートが存在していた。
「なんでゲートが!?」
ありえない、なんでこんな街中にゲートが現れるんだ!?
「いた! ユウキ!」
「ユウキ君!」
すると背後から同じくどこからかバイクを拝借してきたカイとカナメが合流してきた。
「状況は分かってるか? 魔物が街中に現れた。しかも……上空にさっき一瞬、小さなゲートが出来ていた」
「ああ、俺達も今対処してきた。すぐに他のみんなと合流するぞ」
「どうやら魔力が異常な濃度になってるみたいなんだ、バイクの調子も悪いしこれ以上は使えない。たぶん、みんなと連絡つかないのもこの所為だと思う」
「そういうことか……とりあえず一番被害が大きそうな場所に行くぞ。途中に魔物が居ても人が襲われていない限りは無視だ」
「っ、了解だ」
もしかしたら、近くのビルに避難している住人がいるかもしれない。
助けを求めている人が建物の中にいるかもしれない。だが……それでも今はこの原因を突き止めるのを優先する。
この被害が一番大きそうな場所は予想が付いている。先程沢山の煙が上がっていたのは間違いなく、アルレヴィン家のビルだ。
俺達はこの惨状の中、生存者を見かける事もなくただひたすらビルへと走る。
「いた! 二人とも戦闘用意!」
ビルの前にある広場、俺達が以前屋台で買い食いした場所で今まさに、一之瀬さんやショウスケ、他のクラスメイト達が集まり魔物と対峙しているところだった。
その背後には、この公園に避難していたであろう民間人の姿もある。
「カイ、カナメは民間人のさらに背後に回ってくれ! 後ろの警戒だ」
「了解」
「前は任せたぞユウキ!」
一之瀬さん達に合流する。対峙する魔物は、今俺達が見て来た異形の魔物だけじゃない。
これは……嘘だろ、マジかよ。
「ササハラ君! 会場の方は収まったか!?」
「大丈夫! こっちのこれ……やばいね、この大きさの魔物をVR以外で見るの初めてだ俺」
「私もだ。どうやらかなり知能が高いらしい。先程から動く気配を見せない」
「他の魔物を指揮している様子ですが、どうやら何かしらの補助魔法をかけているみたいです。恐らく……『龍魔導』だと思います」
「その所為だと思うんだけど、あの『ドラゴン』にさっきから魔法で牽制してるんだけど効いてる気配がないんだ。今はショウスケ君のお陰で後ろの人に攻撃はいかないように出来てるけど……やばいかも」
そう、今俺達の目の前にいる相手は……漆黒のドラゴンだった。
ついに、ついに現れちまったよ、敵としてのドラゴンが。
これまで俺が見て来た二体のドラゴンは『白竜様』と『魔神龍』だけだ。この二体と比べたら全然格が下に見える。だが……それは比較対象が悪いだけだ。
間違いなく強大な力がうずまいているのが分かる。
「……ドラゴン担当は俺で。周囲の魔物に補助がかかってるなら、これ以上さらに強化されないようにドラゴンの注意を俺が引く。みんなは魔物を始末して。相当強いだろうけど」
「了解した。カナメ君とカイがいるなら後ろを気にかける必要がないな。もう少し……集中して戦える」
「ショウスケ、お前は戦況見てみんなの補助頼む。俺には絶対構うなよ」
「従おう。キョウコさんも俺と一緒に現場の補助を任せたい」
そうだ、この二人は司令塔と援護にこそ真価を発揮する。
「コウネと私はツーマンセルで動くね。魔法の効きは悪いけど、二人同時なら少しは動きも鈍らせる事出来たから」
「確実に一体ずつ減らします。ユウキ君もご武運を」
その言葉を聞き終えると同時に全力で駆けだす。
他の魔物は無視だ、このドラゴンの注意を引くだけだ。
「オラァ」
抜刀と共に足を切り裂く。だが不思議な事に、その手ごたえはこれまで倒して来た魔物よりも遥かに軽く、あっさりとその鱗も皮も肉も切り裂いてしまった。
『グギャ! ギャァァァァアァァァ!』
耳がつぶれそうな程の咆哮を上げ、すぐにドラゴンの視線がこちらに釘づけにされた。
今までの圧力、知恵の高そうな佇まいから一変、明らかにこちらを警戒した様子だ。
俺の数百倍はありそうな巨体。威圧感満載の黒い身体が、急激に小さくなったような、そう感じるほど狼狽えているのが分かる。
「なんだ……急に狼狽えだして……」
違う、これは……恐がってる? 俺を、どうして?
まさか攻撃されると思っていなかったのか?
「誰か! コイツに直接攻撃した人いる!?」
「ああ、私がした! だが攻撃が通らない、同じく魔法の効果も薄いようだ!」
え? いや、でも今簡単に切り裂けたぞ……? もしかして弱点だったのか?
俺はもう一度、全力の踏み込みと共に、身体のいたるところに斬撃を叩きこんでやる。
すると――
「なんでだ!? 全身ズタズタに!?」
まるで、豆腐でも切っているかのように、あっさりと刀身が根元まで沈み、そのままスパスパと全身を切りしてしまった。
当然、一太刀で致命傷になるそれを全身に浴びたドラゴンは、身体を崩しながら血だまりに沈む。
断末魔の声すらあげず、しめった音を立てながら周囲に血をまき散らして。
「嘘だろ……どういうことだ!?」
その瞬間、魔物の補助も切れたのか、あっさりと皆も魔物を撃破した。
「すっげえ! ユウキお前なにしたんだよ! 瞬殺だったじゃないか!」
「まさか……こんなにあっさりと……何をしたんだササハラ君」
「いや……俺にもさっぱり……明らかに手ごたえがおかしかったんだ。肉を切る感触ですらなかった……」
「なに……? ではなぜ……」
何か、おかしな補助が俺にもかかっていたというのだろうか?
すると、俺のデバイスをじっと見ていたセリアさんが近づき、デバイスをよく見せて欲しいと言い出した。
「……これ、もしかして……さっきのドラゴンより上位の竜種の生体が使われてたりする?」
「わ、わからない。あ、でも……このデバイスを作り直す時、生体パーツを沢山混ぜ込んだって」
「あ、その時私もいましたよ。確かニシダ先生が『名のある竜種の鱗』を一緒に加えたと」
「なるほど……たぶんそれだよユウキ。『ドラゴンはより強いドラゴンに傅く』ドラゴンは自分より上位のドラゴンには絶対に勝てないんだ。だから今のそのデバイス、もしかしたら『対竜種特効の魔剣』になってるんじゃないかな」
「マジでか!? 俺のデバイスってドラゴンスレイヤーになっちゃったのか!」
「正直ここで総力戦するつもりだったから、ほんと運がよかったね……」
しかし、この現象は一体何なんだろう? そもそもどうしてこんな事に……。
今のドラゴン、明らかに異常な個体に見えた。正直時間を稼ぐので精一杯かなって覚悟をしていたのに……あれより上位のドラゴンの鱗が俺のデバイスに……?
「とりあえず、この人達を安全な場所、この近くのショッピングモールは地下シェルターみたいな機能もあるらしいから、そこに案内しよう」
どうやら市街地にいた人間の大半はこのモールに逃げて来ていたようだ。
俺達は無事に市民を送り届け、改めてこれからどうするか相談する。
「そもそも、みんなはどうしてあの広場に集まってたの?」
「実は市街地の警戒をしに私とセリアが先に向かっていたのだが……そこにキョウコも合流し、この騒ぎに乗じてアルレヴィンのビルも調査出来るかもしれないと言われてな」
「ええ、現状この都市で最も怪しく襲撃される理由になりえる場所ですから、敵が現れるにしてもあのビル付近だろうと考えたんですの。ですが……」
「異常な魔力の高まりが起きたと思ったらもう……空に沢山、小さいゲートが生まれ始めて……」
それであの惨状、という訳か。
「一番魔力の高まりが強い場所に行こうとした結果、あの場所に私達は辿り着いた。そこで一際大きなゲートが生まれたんだ」
「私とショウスケ君はミコトちゃん達に合流する為に来たんですけど、同じくさっきのドラゴンが現れる予兆を感じたんです。それで集まった結果、ですね」
つまりまだ原因に心当たりはない、という訳か。
なら、ここはキョウコさんの言う通りアルレヴィンのビルに向かうのもアリ、か……?
「ユウキ、ゲートが生まれたと言っているが、ゲートとは本来すぐに消えてしまう物じゃない。つまりあれはなんらかの他の事象だと見た方が良い。今この都市の魔力密度は異常に高まっているようだからな、何が起きても不思議じゃない。それを踏まえて……一際大きな現象が起きた場所は、一際魔力の密度が高いんじゃないか?」
「つまり、さきの広場の近くに原因があると?」
「そうですわね、コトウ君の言う通りかもしれません。怪しいと踏んだビル、その付近での異常事態頻発……この事態を治めるのなら、原因を探るべきでは?」
「……そうだね。分かった、ちょっと火事場泥棒みたいだけど、アルレヴィンのビルに向かおう。今なら分からなかった何か秘密が分かるかもしれない」
俺達はショッピングモールを防衛している人間に、事態を治める為に調査に向かうと言い残し、先程の広場へと向かうのだった。
「ここから先で見たことは他言無用だ。もし他言した場合は……分かるだろ?」
「了解だよスクードさん。それで、このビルはエレベーターを見る限り地下二階までしかないはずだけど、どこに向かっているのかな?」
「少し口を閉じていてくれ。今見ただろう? どうやらどこからか魔物が入り込んでいるようだ」
「入り込んでいる……と呼べるかは疑問だけどね。っと、失礼、大人しくついていこう」
時は少しだけ遡り、一足先にビルに入ったアルレヴィン次期当主スクードとBBは、エレベーターを使い秘密の地下階へと向かう。
「ここだ。この廊下の先で君には待っていてもらおう」
「ただの廊下……他の通路や部屋は見当たらないようだけど」
「今から見る光景も他言無用だ」
すると、廊下の突き当りでスクードは壁に手をかざし、呪文を唱える。
それに反応し、壁が水面のように揺らめき、そして渦巻き小さなゲートのような物が生まれる。
「なるほど……生体認証を兼ねた遺伝情報を組み込んだ術式……見つけられないはずだ」
「な……これを理解するか。何者だ、貴様は。ただの元傭兵とは言うまいな」
「ちょっと物知りなだけさ。具体的に言うとこの世で一番……いや、二番目かな」
「それで……その物知りがこれを知ってどうする。秋宮と関りがある以上、私はお前を信用する事は出来ないのだが?」
アルレヴィンは、懐から小型のデバイス、銃型のそれを取り出し、BBに突きつける。
「ふむ……信じて貰えないだろうけど、お兄さんは秋宮の部下でもなんでもないよ。そもそも本来であれば義理を通す必要だってない」
「ああ、それは信じよう。この場でつく嘘としてはあまりにも意味がない。そこまでの愚者ではない事は君を見ていたら分かる」
「評価してくれてありがとう。ふむ……察するにこの先には『膨大なエネルギーを生み出す何か』があるようだね。それはさもすれば、グランディアとの関係を覆せるような」
「ああ、そうだ」
「恐らく条約違反、地球での法ではなく、グランディアから見ても違法となる物……基準値を上回る純度と大きさを誇る『魔力結晶』と見た。扱いは難しいが、正直世界樹の植樹なんかよりもよっぽど現実的だ。危険であっても、進歩の為にはリスクを負うべきだ。この辺りは条約に縛られた国より、実益を取る君のような人間の方が英断を下せる」
BBはまるで、この先を見た事でもあるようにすらすらと語る。
それはどうやら全て真実だったらしく、スクードは驚きの表情でそれに応える。
「……どうやら、下手な正義感で動く人間ではないようだな、貴様は。ああ、その通りだ。世界樹よりも手っ取り早く、この歪な関係を覆す手段が魔力結晶だ。それも……失われたはずの秘宝『魔力極宝珠』だ」
「ほう! 流石にそれは驚いた。そうか……魔界、いや異界で発見されたのか……」
「出所は知らんよ。だが、これはうまく扱えば世界の常識を一晩で塗り替えらる。そうなるはずだった!」
「いや、これもある意味では成功じゃないかね? そもそも君は自分の行いを『許されない蛮行』だと思っているようだが……お兄さんからすれば『極めて正しい行動』に見えるんだがね?」
BBは、そのワードを口にする。
「正しい……だと?」
「勿論。世界はやがて、この歪な上下関係を覆さんとあらゆる手段を講じる。そしてその行動は地球だけで行う事じゃない。君に協力しているグランディアや異界に通じる人間が、共に新たな世界の形へ至る為に行動を起こした。歴史的に見たらこれは立派な革命、その第一歩と呼べるだろう」
「……そこまで、私を理解するつもりでいるのか、貴様」
「ああ。僕は正しい行いを邪魔しようとはしないさ。こうして不測の事態が起き、多くの犠牲者の出る災害が起きたとしても、俺はそれをどうにかしたいとは思わないさ。なにせそれは正しいのだから」
「クク……ククククク……ハーッハッハッハ! 狂っているな! お前は私以上に!」
そのBBの語りに、スクードはたまらず大きな笑い声をあげる。
「ああ、私は自分が正しいと思い行動を起こしている。言い換えれば欲だ。人はだれしも欲で動く。それを大義だ正義だ夢だなんだ、他の言葉で飾り、言い換え、誤魔化しているに過ぎない! 理解しているなら良いだろう、お前は私の側の人間、そういう事だろう? 事が終わればお前とまた話したい。今はそこで大人しく待って――」
気をよくし、饒舌になるスクードだった。
だが――
「いや……俺はどの勢力にも属さんよ。ただ正しくない物を罰するだけ。そして――今回、お前に関してだけは最初から結末は決まっていた。正しかろうが、正しくなかろうが」
「ガ――カ――ハ……カ……」
スクードの語りへの答えは、どこまでも残酷な宣告、そして胸部を貫くBBの腕。
「何故――」
「ここは実に都合が良い。事も起こり、もうお前に用はないし目撃者も記録も残らない」
瞬間、漆黒の炎がスクードを燃やし尽くし、その血液までもが全て塵となり消える。
存在の物理的痕跡が完全に消えたのだ。
「さて……このゲートの先がスクードの極秘の研究室か何かかね」
そうBBが漏らしたその時、エレベーターの動く音が廊下内に響いたのだった。
「やはり……セキュリティが外されていますわ」
「このエレベーター、一応隠し階層があって、そこがアルレヴィンのオフィス兼トラップ部屋っぽかったんだけど、そこにいける?」
「ええ、そこの階にも移動出来そうですわね。ただ……もう一つ、隠された階があるようですわ。しかも、以前までは結界で探知出来なかった先、地下のさらに地下が」
オフィスビルに戻った俺達は、その内部の惨状に一瞬面くらってしまった。
魔物の残骸で溢れていたのだ。これは……この中にまで魔物が現れた? そしてそれを誰かが討伐した?
「……地下に行こう。何かがあるとしたらたぶんそこだ」
「エレベーターの重量制限があるだろ、全員は乗れないんじゃないか?」
「いや、問題ないだろう。海外なら日本よりも基準値が重いはずだ。この状況で部隊を分けるべきか否か……判断は皆に任せる」
ショウスケの言葉に同意し、皆で地下に降りる事を選ぶ。
だが、そこで気がついた。
「エレベーターが地下にいたみたいだ。妙に地下から上がって来るのに時間がかかっていないか?」
「……つまり、今この隠し階層に誰かが降りているって事か」
「皆さん、戦闘の用意をしましょう。相手が誰であれ、恐らく敵です」
まさかアルレヴィンを襲撃した側の人間か? それとも……アルレヴィン・スクード本人か?
エレベーターに乗り込み、存在しないはずの地下階層に降りられるよう、キョウコさんがハムちゃんでエレベーターを操作する。
長い、長い時間地下へと降りるエレベーター。
周囲の音が完全に消える。その静寂がこちらの緊張感を高めていくようだった。
そして――
「全員、防御姿勢!」
到着を知らせるチャイムが鳴り、恐らくそれを気取られただろうと皆ドアが開く前に防御姿勢を取る。
だが――
「全員、安心して良い。ここには僕しかいない」
そこにいたのは……負傷し、アルレヴィン親子と一緒に避難したはずのBBの姿だった。
ボロボロの衣装、ひび割れて一部が崩れたヘルメット。だが、出血は完全に止まっているように見えた。
だが、皆は一斉にデバイスを構え、警戒していた。あのコウネさんまでもが。
「何故ここにいるのかお聞きしても良いですか。今、貴方にはテロリストの疑いがかけられています」
ショウスケが真っ先にそう言葉を掛ける。
だが……ここは俺が抑えるべきだろう。
「待て、この人ならここに居ても不思議じゃないんだ。……そうですよね、BB」
俺はこの人がヨシキさんだと……秋宮と強いつながりがあると、悪ではないと、そして……ジョーカーとして動いている可能性があると、知っている。
「ん-、そうだね。ユウキ君、説明を宜しく」
「はい。皆聞いてくれ、BBは……俺と同僚のような関係にあるんだ。ダーインスレイブ、俺、そして……BB。彼については他言無用で頼むよ」
「な……ではユウキ君とBBは最初から知り合いで!?」
「ううん、俺が知らされたのは今年に入ってからだよ」
とりあえず、この人が敵ではないと皆を納得させる嘘をつく。
で……この人がどうしてここにいたのかは、聞いておかないとな。
マザーからの頼みもある。この人が何を目的に動いているのか……それを見極める必要がある。
「ここで何を?」
「そうだね、君達と同じ……と言えばいいかな? スクードが『本社が気になる』と言って、途中で装甲車を降りたんだ。僕は護衛が必要だと言って追いかけた訳だけど……ついていった結果がこれだ。どうやらこの『転送門』の先に進んだらしい。だが、今の状況は非常に不安定だ。今転送されたら間違いなくどこか本来とは違う場所に飛ばされ、最悪死ぬこともありえると止めたんだがね……聞き入れてもらえなかった」
BBの言う通り、彼の背後にはただの壁しかなかったと思われる。だが、今は渦のような空間の揺らぎが生まれていた。
「ただ、どうやら外にいた周囲の魔力を狂わせる大きな存在が消えたのか、今は安定している。もしかしたらこのビルの秘密、この事態の原因があるかもしれないと、ここに飛び込むべきか考えていたんだよ。が、それは僕の仕事ではない。だからきっとここに辿り着くであろう君達を待っていた」
「俺達がここまで来ると読んでいたとでも?」
いや、嘘か本当かはどうでもいい。少なくともこの先に何かがあるのは確定だ。
俺達はどの道……ここに飛び込むしか選択肢はないはずだ。
「……行こう。BBの読みは人知を超えているんだ。どの道今の混乱を治めるのに必要な何かがあるとしたら、このビルだけなんだ。行くしかないだろ、みんな」
「……そうか。分かった、ユウキに賛成しよう。転送門というものは知らないが、ここにお前は入ると決めたんだな」
「地球で転送門なんて……でも今のこの辺りの魔力濃度なら……でもどうして……」
セリアさんも知識では存在を知っている様子だが、この場にあるのが解せない様子だ。
なら、調査で分からなかった大量の廃棄魔力の秘密も含めて、この異常な濃度の魔力の発生源も分かるのではないか、この先で。
「行くなら付き合うよ。見届けよう、僕が君達を」
「BB……頼みます」
エレベーターから降り、廊下の先、行き止まりに出現した門の前に集まる。
「アルレヴィンはどうやらこの先に何か研究対象でもあるような口ぶりだった。もしかしたら無事にこの先に辿り着いているかもしれない、警戒はしておいてくれ」
「了解です。……俺から行くぞ」
「あ、ああ……」
渦の中に足を踏み入れる。
まるで、そこだけ空気が粘度を持っているかのような、つま先に何かがまとわりつくような感覚を味わいながら、全身その中に入る。
が、次の瞬間俺は見知らぬ部屋にいた。
広い、正方形の部屋。出入口なんてどこにもない、ただ知らない大きな機械が、照明に照らされながら鎮座しているのみ。
が、その機械の中心では、まるでミラーボールのように光をランダムに周囲に放つ、巨大な球体が取り付けられていた。
「あれは……って、スクードはどこに……?」
周囲を見ても誰の姿もない。やはりアイツはどこか別な場所に……転送事故にあったのか?
「それにあの機械……いや宝石か? あれがおかしい気配を出してる気がする」
「うおっとと……ユウキ、スクードはいたか!?」
その時、俺の背後にカイが現れた。そうか無事にこっちに来られたのか。
その後も続々とクラスメイトが到着し、最後にBBがやって来た。
が――
「っ!? 皆、引き返せ」
唐突にBBがそう声を荒げる。だが――
「ダメです、こっちからだと門が安定していません!」
「チッ……皆、少し不味い事になったみたいだ」
「……あの、あれ……魔力結晶……ですか……?」
「セリアさんだったかな。うん、そうだよ。君の国の特産品の魔力結晶。非常に希少で地球への持ち込みは禁止、それどころか国外に輸出する際は細心の注意を払われ、ごくごく少量、砂粒程度しか持ち出せない品だよ。それを微粒子状に粉砕して、初めて一般的な魔導具に使われている」
……え? でも、今目の前にあるのは――バスケットボールくらいはありそうだぞ。
「魔力の抽出を行っているんだろうね。あの大きさだ、恐らく世界樹が長年かけて放出する量を一瞬で生み出せるだろうね、もしも完全に制御出来たら。が、そんな技術はどこにも存在しない」
「やっぱり……あの、あの……」
その時だった。この中唯一あの存在を知っていたセリアさんだけは、今がどういう状況なのか正確に理解したのだろう。
声が震え、身体を震わせながら、何かを発しようとしたまま床に座り込んでしまった。
「あの……あの……あの! 外に連絡って出来ますか……?」
「無理だね。この研究室はいわば『亜空間』だ。地球であって地球じゃない。少しズレた次元に存在する空間のようだよ。どんな通信手段でも外に何かしらの信号を送る事も出来ない」
「そ……か……そっか……」
ここが別次元……?
「いや、正確には魔力の流れを乱せば、外に漏れ出る魔力も乱れはするね、モールス信号のように。しかしなんの意味もない。そしてそんな時間もない。セリア君、君は気がついているようだね」
「……なんで飄々としているんですか。私達……みんな聞いて。私達……」
その様子に……取り乱し心の底から恐怖しているセリアさんの様子に……俺達も気がついてしまった。
「私達、たぶんもう死んじゃうみたい。魔力結晶が臨界点に到達したら、莫大なエネルギーが生まれるんだ。だからエネルギーとして砂粒程度の大きさだけで、他国の資源数年分と交換出来るんだ。それが今、目の前で……あの大きさで……限界を迎えようとしてる」
「正解だ。ここが別次元で幸いしたね。もしそうじゃなかったら……地球はその核にまで大きなダメージが入る。そうすれば重力の均衡は崩され、地球はたちまちブラックホールのようになり全ての存在が消える」
「嘘……だろ……」
マジでか。そんなレベルの暴走がなんで起きているんだ!?
いや、こんな結晶がどうして存在しているんだ!
「本来なら千年単位でゆっくりと世界樹のように世にエネルギーを放出するはずなんだけどね。それを地球の科学力とグランディアの魔導研究で強引にこじ開けて抽出しようとした結果、だろうね」
室内に光がさらに増える。
眩しくて、もう装置の方に視線を向ける事も出来ないくらいに。
肌が震える。高周波のような音が耳に突き刺さる。暴風が荒れ狂う。
「持って後三分くらいか……どうするべきかね」
可能性があるとしたら……!
その瞬間、装置がこの魔力の奔流に耐えられなくなったのか、破裂し、こちらに破片が飛んでくる。
「っ、後ろに下がっておきなさい生徒諸君。とりあえず落ち着いて考えて、覚悟を決められるまでは僕が壁になろう」
それをBBが防いでくれた。
彼の後ろに、俺達八人が固まる。
「そうか……これが私達の最後か」
「なんでだよ!? なぁBB! 爆発したら元の世界、俺達がいた場所はどうなるんだよ!」
「そうだね、亜空間に隔離されているのに、その余波で周囲にゲートもどきが出来るほどの魔力があふれ出ていたんだ。地球崩壊まではいかなくても、魔力の過剰供給で文明の利器は全て破壊されるだろうね。恐らく海面も乱れて、島国なんかは大変な事になる」
「はぁ……では日本も滅ぶと?」
「生き残れる人間もいるだろうけどね。いや申し訳ないね、君達がここに向かうのを半ば推奨したような物だからね僕は」
「……どの道、ここに来たと思います。BBが気に病む必要なんてありません」
「参ったな……僕の実家って沿岸付近なんだよね」
「……これは慰めになるか分からないのですが、ドバイは大陸に囲まれた国です。日本を津波が襲う事はないかと思いますが……」
「いや、それは君達の常識の範囲の被害の場合の話だろうね。核にまでは届かなくても地球には歴史上類を見ないクレーターが生まれ、そこに大量の海水が流れ込む。海流が新たに生まれ、地底深くのプレートも大きく歪み、その影響は世界に及ぶ。場所なんて関係なく被害は出るさ」
この人は何故飄々としていられる。これで世界が滅びるのもまた良しとでも思っているのか?
「……こうもあっさり終わるとは思わなかった。世界は俺が思っていたよりも危険な場所で、多くの思惑がいつだって世界を危機に陥れるように渦巻いていた、か」
「ショウスケ、そんな達観した事言うなよ。……まだ、手段はあるんですよね?」
俺は、唯一この状況をどうにか出来るかもしれない存在……BBに問う。
「何か手段があるなら、教えてください! BB!」
「……そうだね、例えば僕なら二人、二人だけなら確実に助けられる。勿論自分を犠牲にしてね。だがこれは却下、僕も助かりたい」
「っ! なんだよ! アンタ一人だけ助かるってのかよ!」
「カイ、落ち着け! ……落ち着いてくれカイ……お前が……取り乱すと……私も……不安になるだろ……!」
「ミコト……」
ああ……一之瀬さんまで心が折れそうになっている。
頼む。一人なんて言わずに全員助けてくれよ……ジョーカー!
その瞬間、装置から爆発音が響き、俺達の心臓が飛び出してしまう位、ビクリと全員が震える。
「っ! さて、では死ぬ覚悟が全員出来たという前提でもう一つ提案だ」
その爆発から俺達を庇ったからか、ついにBBのヘルメットが割れ、床に散らばった。
「っ!? 貴方は……誰だ!」
俺はその現れた顔を見て、咄嗟にこの言葉を発していた。
ヨシキさんじゃない。現れたのはどこか別な国の人間。
どこか感情がないような、感情がないと思えてしまう冷静な顔をした、銀髪の偉丈夫。
……なんかゲームのキャラで悪役でもしそうなイケメンだ。
「ん、だからBBです。ユウキ君なら分かるだろう? ここは随分と魔力が濃いからね、姿が変わってしまったよ。君も少し手足が伸びているように見えるけど」
「え? あ……確かに……」
あれがヨシキさんのグランディアでの姿……? まるで別人じゃないか。
……まさか、その姿が前世の……魔王の姿だとでも言うのだろうか。
「人生の最後にBBの素顔が見られたのは……幸運かもしれませんねぇ……」
「いや、その前に一つだけ。このままだとこの中からランダムで一人助かるしかないのだけどね? 一つ、不確実な方法だけど全員がどこかで助かるかもしれない方法があるんだよ」
そう、ヨシキさんは言った。
「まもなく臨界点を迎えて魔力が暴走する。その瞬間、間違いなく巨大なゲートが生まれるはずだ。そこに君達を強引に叩きこむ。そうすればグランディアのどこかに君達は辿り着く。が、生憎先程からゲートから出て来るのは魔界……いや、異界の魔物だ。もしも仮にゲートをくぐる事が出来たとしても、それは高確率で異界だろう。助かったところで異界で生き残らないといけない」
そんな事、可能なのか? ゲートが生まれるなんてそんな、一か八かじゃないか!
それに滅ばなくても地球に深刻なダメージが入るなんて……。
「まず、この暴走した魔力結晶と同じだけのエネルギーをぶつけて相殺する。その奔流でゲートが生まれる。相殺された魔力が外に与える影響は微弱だけれど、この部屋にいる君達はまず助からない。が、生まれるゲートに飛び込めば助かるかもしれない。そういう提案」
「待ってもらいたい! それは前提がおかしいではないですか! そんな地球を破壊するようなエネルギーを相殺する方法がどこにあるんですか」
まさか。
まさか出来るのか、そんな事が。
「……出来る。僕の……俺の全力なら出来るさ。残り三〇秒、死ぬか生きたいか決めろ」
「生きる可能性に賭ける!」
間髪入れずそう答えた。
続く七人の言葉。皆、同じ思いだ。
「ならば祈ろう、若き戦士たちの幸運を。この事態を読めなかったのはこちらの落ち度でもある。故にお前達に肩入れしよう。だが今回限りだ。生き残ってみせよ、次代の英雄たちよ」
BBが、ヨシキさんがどこか威厳を感じさせるような口調語る。
そして……彼の姿が変わる。
「あれは……上位……魔族……?」
「二対の羽なんて見たことが……」
魔族の姿に変わる。それは、どこか畏怖を与えるような姿だった。
俺達を庇う背中から現れる二対の巨大な羽と、銀の長髪が風になびく。
銀をかき分けて生えた黄金の角が、まばゆい光に照らされ美しくきらめく。
それは、どこか魔王然としていた。
「お前達を一時封印する。苦しいぞ、一分程息を止めろ」
強く息を吸うと、俺達がまるごと黒い何かに閉じ込められたのがわかった。
そして次の瞬間、強烈な振動と音が、この謎の牢獄の中にまで響いて来た。
息が出来ない以上、叫ぶことも出来ず、ただ振動とデタラメな重力に翻弄される。
外では何が起きた。俺達は……助かるのか?
だんだんと息が続かなくなり、この空間の中に残った僅かな空気を節約するような浅い呼吸を繰り返し、皆と顔を見合わせる。
不安一色。俺達はもしかしたらこのまま――死んでしまうのではないか――――
大きすぎる力、魔力の奔流を一人の男が一振りの剣で抑え込んでいた。
「――行ったか。なら……いい加減壊れろ! 『天断“終極”』」
その瞬間、宝珠全てを飲み込むような光の奔流が部屋の上部から降り注ぐ。
先程まで室内を満たしていた魔力を全て喰らうような破壊力のそれが、装置を、この空間その物を破壊しつくす。
別次元にあった研究室は、その次元ごと崩壊し、中にいた物を全てどこか知らない世界に吐き出した。
「……『帰還器官』」
空間が崩壊する中、黒い大きな箱『自分が封印した生徒達』がどこか別な空間に吐き出されるのを見届けたジョーカーはそう口にする。
その瞬間、彼は自分の家であるシンビョウチョウにあるレストラン『追月夜行』のカウンター内に立っていた。
「……これで確定か。確かに異常は起きた。そして異界の魔物が現れた。何者かの意思が介在していたとしても……起きたのは事実。ならこれは間違いなく世界の意思……か」
いつのまにか角も翼も消え去り、BBの姿も普段の『ニシダ ヨシキ』の姿に戻っていた。
「……恐らく彼等なら生き残るだろうな。そして……最後の実験だ。グランディアに戻ったその時、世界がどう動くか。その結果に俺は従おう」
そう独白しながら、彼は自分の家の中へと戻る。
間違いなく説明を求められるだろうと、その為の言い訳を考える為にも。
そして、愛する妻に自分の所在を伝える為に。
「あれ!? ヨシキ帰って来てる!? なんでいるの!? さっき中継見てたよ!? なんか突然放送終わったし、トラブルがあったんだと思うけど!?」
「あ、ただいま。ちょっとトラブルがあって『繰り返しの秘宝』で帰って来ちゃったよ。ちょっとマザーに連絡するから」
「はーい。ん-、なんかすっごく魔力の気配がするね? 何か凄い事あった?」
家にいたR博士こと、ヨシキのもう一人の妻。
その質問にヨシキはただ――
「いや、ちょっと魔力結晶が暴走してたから止めて来ただけ」
「そっか。じゃあお風呂用意しておくね、ぼろぼろだし」
「ああ、頼むよ」
「一緒に入って良い?」
「おーけーおーけー」
たった今世界が滅びる瀬戸際だった事も忘れたように、ただなんでもない風に話すだけ。
日常の延長だと、気にする事でもないと言うように――
(´・ω・`)明日、今章のエピローグ的なの投稿しますん