第二十二話
まぁ、結局五月に入ってから起きた大きな出来事は、セリアさんに纏わるちょっとしたゴタゴタ程度で、割と平穏無事に過ごせたんじゃなかろうか。
その後は何も問題なく、程よくクラスメイトとの交流も深められたし、今のところ人間関係で問題も起きていないと自分では思っている。
そんな日々を過ごしながら、ついに五月後半。
月末、つまり今週末に来日予定のお姫様、ノルン様の護衛任務についての詳細が、俺以外のクラス皆にも伝えられたのだった。
「うっそ……ノルン様の護衛なんて……責任重大だぁ……」
「そうですねー……あの、当日の私達のポジションってどうなっているんですか?」
グランディア出身のコウネさん、セリアさんが声を上げる。
「それについてだが、八人全員でノルン様、そして御付きの生徒と行動するとなると、さすがに大所帯が過ぎる。当日はこの中から三名をノルン様の護衛につけ、残りの五人は別グループとしてノルン様一行の近くにいる別な学生グループ、という立ち位置で動いてもらう」
「へぇ、なら俺を姫さんの護衛にしてくれよ。是非お近づきになりたいねぇ?」
アラリエル、そいつはちょいと無理があるってもんです。ヘタしたら外交問題になりかねないでしょう。お前、結局例のエルフのアレな店に行ったらしいし。
「却下だ。当日は同じエルフ女生徒という事でセリア。そして同じく女性であり、近接戦闘に秀でた一之瀬。そして最後に、何故かわからんがササハラ、お前が選ばれた」
「やったぜ」
アラリエル、こっち睨むな。そしてカイもこっちを恨めしそうに見るな。
最後にカナメはもう少し興味を持て。なんで映画のパンフ読んでるの。
「うわぁ……先生、私にとってノルン様は雲の上の人なので、ちょっと緊張しちゃうんですけど……」
「『うわぁ』はないだろう『うわぁ』は。当日は私服で行動するんだ、なら種族が同じお前がいた方がカモフラージュになる。そして一之瀬はデバイス無しの無手の状態での戦績が良い。それはササハラもそうだが……ササハラ、幾らノルン様が美人とはいえ、滅多な事をするんじゃないぞ? 先生は心配だ。お前のようなショタが一番信用ならん。きっとそのあどけない顔で誑し込むんだろう?」
「誰がショタじゃ! どうあっても俺の事問題ある生徒って印象付けしたいんですかね!?」
ジェン先生、なんか入学当初から一貫して俺の事を生徒というより、なんかこう……知り合いの男の子みたいなテンションでいじって来るのはなんでなんですか?
いや嫌いじゃないよ? ただね、俺はこれからどんどんデカくなるんでいつまでもそういう態度でいられるとそのうちそちらが恥をかくことに――
「羨ましいぞユウキ……」
「うお、そんなテンション下げてどうしたんだよカイ」
「俺だって護衛任務の経験はあるのに……な、なぁ……やっぱり話しかけちゃダメだよな? そっちのグループに……」
「イカンでしょ。ほら、あんまり駄々こねると一之瀬さんに言いつけるぞ」
皆がそれぞれの反応を示すも、配置変えは認められないそうな。
そうか、当日は最近何かと縁のあるセリアさんと一緒か。
……何かが起きそうな気がする。前に待ち受け画面見られたし。
「先生。当日の私達以外の護衛についての情報などは教えていただけないのですか?」
「お、忘れていた。みんな聞いてくれ、たった今香月が言ったように、お前達を含めたノルン様の護衛を務めるのは、グランディアに派遣されている異界調査部隊の一つである『ユニバースワン』だ。名前だけは知っているだろう? 優秀な連中だ、安心して任務にあたれ」
「へぇ、凄いね。じゃあ当日は彼等が僕達のバックアップに回るんだ。豪勢ですね」
お、カナメがようやく興味を持った。つまり有名な団体なのだろう。
俺? 知らないに決まってるでしょう。
「予定されている経路の建物の屋上に展開する手筈になっている。異常があれば支給される通信機に情報が入る。気を抜かないようにな」
「へいへい。あーあツマンネ。なぁユウキ、俺とこっそり場所変わってくれよ」
「ダメ却下ボツ。最悪勝手に変わったらそのユニバースなんとかに攻撃されるんじゃない?」
「なわけねーだろ。あーくそ……パツキンのエルフとか最高すぎんだろ。なんとか話しかけられねぇかな」
間違っても、イクシアさんに会わせられないな、コイツだけは。
なにはともあれ、こちらが知らされていた内容とほぼ同じ内容が皆にも知らされる事となり、いよいよ初の実務研修が始まろうとしている。
明日、海上都市の東側にある空港に、地球側のゲート最寄りにある空港からノルン様がやってくるので、俺とセリアさん、一之瀬さんはお出迎えだ。
なお、あくまでみんなには『お姫様の観光の護衛、兼案内』という説明がされている。
とはいえ、当然襲撃される可能性も視野に入れるようにとは言われているが。
「ねぇねぇ、ユウキのこともしかして覚えてるんじゃない?」
「うお、いつの間に」
「普通に来たけど、考え事でもしてた? あ、もしかして本当にノルン様の事考えてた?」
「ん、まぁね。護衛対象なんだし当然じゃないか」
「ほんとにー? 身分違いの恋―とか考えてないよねー?」
ええい、からかうでない。確かにめちゃめちゃ綺麗だったし会った時は一目ぼれ寸前でしたけど! が、しかし! イクシアさんのおかげで多少は耐性がついているのだ。
「ふむ、ササハラ君はノルン様に会った事があるのか」
「前に落とし物届けた時にちょっとだけね」
「なるほど、そうか。なぁ二人とも、良ければこの後食堂で明日の打ち合わせをしたいのだが、構わないだろうか? 丁度昼食の時間だ」
「あ、賛成。へへ、私もユウキもミコトちゃんも同じ研究室だもんね、もしもの時も連携がとれそうだし安心だね」
「ふふ、確かにそうだな。では行こうか」
ええと……本日のおすすめは『特製マーラカオと烏龍茶のセット』だそうです。普通に分かる料理だったのでちょっとだけガッカリしているのは秘密です。
なお、今日はイクシアさんのお弁当アリなので、スルーさせて頂きます。
中身はなんだろう? お弁当箱がいつもよりだいぶ大きいけど。
「ふむ、中華風蒸しパンだな。私はあまり甘い物は好かないのだが、これは好きだ」
「私は単純に甘い物好きだねぇ……これ、コンビニのチーズ蒸しパンとどう違うんだろ?」
「厳密には分からないのだが……こう、もちもちしていて、コクがあるというか」
「ちなみに俺は良く分からないっていう。さて、じゃあ俺のお弁当はなんだろうな」
大きなお弁当箱、いざオープン! ……おお! ピラフがぎっしり詰まってる!
ピーマン多め、実におれ好みですよイクシアさん! さらにお弁当の下の段には……おお……シイタケの肉詰めフライだ。なかなか渋いチョイス! これもBBクッキングで見たのだろうか? そしてさらに彩りの為だろうか、ブロッコリーとミニトマトさんだ。
「おー……やった、ピーマンたっぷりだ」
「……君は、お弁当を開く時、いつも本当にうれしそうな顔をするな」
「そうだよね? なんだか可愛いかも? ジェン先生も言ってたし。ショタって」
「ふむ? そのショタとはなんなのだ?」
「ええとね、大昔に流行った映像作品で――」
「はい余計な事言わなくていいから。ほら、まず食べよう」
くそう、ゲーム文化はそこまで発達しなかったくせに、なんで一部のロボット作品だけは普通に生まれているんだ。……そうか、魔法はあるけどそういうSF的な要素はグランディアにもないから生まれやすいのか……。
というかなんでセリアさんはショタの語源まで知ってるんだよ……。
「ううむ……それにしても多いな。ギュウギュウに詰められているし」
「うふふ、じゃあ私が少し手伝ってあげましょうか? ユウキ君」
「うわ出た」
呼んでもいないのに昼食時に現れる、現在もっとも俺の中でキャラが立ってるコウネさんが現れた。……その手に山盛りのマーラカオが積まれた大皿を持って。
「『うわ出た』とは失礼ですね。ふふ、今日は沢山お弁当があるようですね。味見、させてもらっても良いですか?」
「……まぁ多いから良いけど。ただしピラフだけで。おかずは一人分なんだから」
「心得ています。あ、今更ですけどご一緒させてもらいます」
「あはは、本当今更だね。いいよ、コウネちゃん。何気に最近時間合わなかったし、いろいろお話ししたいな」
「ふふ、そうですね。お話といえばーー確か、ラッハールの魔導科出身でしたよね? 実は私もラッハール出身なんですよ? ただし剣術科でしたけどね」
「あ、そうだったんだ! へぇ、あまりそっちと関わらなかったからなー、ねぇねぇ、じゃあコウネちゃんの実家ってどこなの?」
「私はセカンダリア大陸にあるエレクレア公国出身ですよ。セリアさんは……やはりサーディス大陸でしょうか?」
「正解。私はサーディスのセリュミエルアーチの辺境出身なんだ」
「なるほど……ラッハールに通っていたとなると、随分遠くの学校に通っていたのですね」
女子が交流を深めている最中は口を挟まない、これ絶対。ふむ、そうかコウネさんはセカンダリア大陸出身なのか。確かゲートのあるファストリア大陸と、異界に続くゲートのあるサーディス大陸の中間にある大陸だ。改めて考えると、大陸が横一列に並んでいる世界なんて、不思議だよなぁ……。
「ササハラ君、二人が盛り上がっているようだが、少し私と明日について話さないか?」
「ん、了解。って、食べるの早いね一之瀬さん」
「……う、うむ……好物だとついな」
貴重な一之瀬さんの赤面ゲット。では俺も食べきれないピラフをこっそりコウネさんに託して作戦会議モードに。
「明日、カモフラージュという事もあり、身体の中に収納する事の出来ないウェポンデバイス使いである君は、当然無手での同行となるわけだが……」
「あ、そういえばそうだった。そっか、一之瀬さんもセリアさんも武器を召喚したんだっけ」
「ああ。なので、出来れば有事の際は私かセリアのどちらかが戦うとして、君にはノルン様を連れてその場を離れる役目を頼みたいんだ」
「なるほど、その方がいいか……そうだね、たぶん有事の際にはユニバースなんたらって人も駆けつけてくれるだろうから、その人達にノルン様を引き渡して、俺も援軍として戻ればいいのかな?」
「そうだな、私とセリアならば問題ないだろうが、戻れるなら戻ってもらえると助かる。もう片方のグループにいるカイにも後で話を通しておくが……自主性を重んじる為とはいえ、グループを分けてミーティングをするように、とは、中々に効率が悪いな。仮にも護衛任務だというのに」
それは俺も思う。恐らくそれだけ危険性の少ない任務なのだろうが、万が一だってあるのだ、もう少し慎重になるべきなのではないだろうか? それとも……分けなければいけない理由でもあるのか……?
「あー美味しかったです。有り難う御座います、ユウキ君」
「はいどういたしまして。本当、よくその細い身体に入るよねコウネさん」
「コウネちゃんってもしかして相当鍛えてる? 私もかなり鍛えてるからよく食べるほうだけど……」
「いえ、特別激しい訓練などはしていませんよ?」
「……そ、そっかー」
「……ああ、分かるぞセリア。中々に妬ましいものがあるな」
ノーコメントで。
「そういえば、明日の任務が終わった後、ノルン様を含めたセリュミエルアーチの使節団の皆さんと会食が行われるそうですよ。なんでも、本土にあるホテルで開かれるとか」
「へぇ、初めて聞いた。先生が言ってたの?」
「ええ、先程聞きました。ふふ、今から楽しみですね」
ぬぅ……そういう社交の場って出た事ないから緊張するなぁ……食べ物の味わかるだろうか? 俺としては手早く帰ってイクシアさんとテレビ見ながらご飯を食べたいんだけど。
「さて、では私はお先に失礼しますね。私達のグループも、この後ミーティングをする予定ですので」
「ああ、わかった。では明日はお互いに尽力しよう、コウネ」
「またねコウネちゃん」
「さらば食いしん坊さん」
「……とりゃ」
いて。さすがに食いしん坊は言い過ぎでしたか。コウネチョップ頂きました。
「って事らしいので、明日の晩御飯、俺は必要なくなっちゃうみたいです。それと、もしかしたら外泊になるかもしれません」
「そうですか……大丈夫ですか? こっそりついて行きましょうか? 宿泊先に」
「……普通に任務を見守るつもりなのかなって思ったらそっちの方の心配ですか」
「勿論です。もうすぐ今月も終わりますが、それでも余談は許さない状況です……恐ろしい病気が流行っているようですからね。実はテレビでも連日特集が組まれていたんです……あまり恐がらせたくなくて黙っていましたが……」
夜。イクシアさん特製のお好み焼きという、中々珍しいチョイスの夕食を食べながらのだんらん中、そんな恐ろしい話を聞かされる。……報道されるレベルの病気……だと?
「幸い、ユウキは発症した様子もありませんが……買い物先でよく話すお母様方が、遠方にいる息子さん達がその病にかかってしまったと……」
「ひぇ……そんな大ごとになってるんですか、その病気って」
「ええ……生前は聞いた事もない病気だったのですが……発症すると心身ともに疲れ果て、心を病み、重度になると自ら命を絶つこともあると……ですからユウキ、何かあったらすぐに話してくださいね……私に出来る事ならなんでもしますから」
そんな恐ろしい症状が……? 精神にも影響をおよぼす病気なんて……。
そう考えを巡らせていた時だった。テレビで流れているニュースが終わると、なにやら新生活応援特集、のような事を紹介する番組が始まった。
……この放送局の受信料も秋宮持ちだったんだよなぁ確か。
『さて、いよいよところによって雨が多くなってきましたが、今回は梅雨に備えて、通学や通勤でも使える最新の雨具について特集したいと思います』
『良いですね、私も電車に乗る時、濡れた傘を持ち込むのが申し訳なくて』
『そうですね。では、前回特集の“五月病”の対策として、日々を楽しく過ごす方法、という事でも取り上げた、最新の面白グッズを扱う――』
……あれ?
「ああ、丁度今言われていましたね。そう、五月病という恐ろしい病があるそうなのです……五月が終われば発症することもなくなると思っていたのですが……人によっては六月に発症する人もいるらしく……」
「……あの、イクシアさん?」
青年、説明中。五月病は通称で、本物の病名ではない事を。
そして純粋に精神に起因する物で、悩みの延長戦上にあるような物だという事を。
ある意味鬱病の一種だとは思うのだが、五月病はさすがに……少なくとも菌やウィルスで感染する類の物ではなく、外で感染するような物でもありません、と。
「な……そうだったのですか……私はっきり……ユウキ、では何か悩みごとはありませんか? 心配事や不安に思う事は……明日の任務については……」
「はは、大丈夫です。俺は毎日が凄く楽しいですし、家に帰ればイクシアさんもいてくれて、本当に毎日楽しく過ごせていますから」
無言のハグ。やめてください物凄く気恥ずかしいです。
「ユウキ、明日の任務はくれぐれも気を付けてくださいね。決して無茶な真似はしないように」
「わ、分かりましたから……」
「このまま今日の分を終わらせましょう。明日の任務に障ると大変ですからね、今日は軽くにしておきます」
じんわりと、撫でるような心地よさが全身を包む。
そして今日は……花の香りに混じって、ちょっぴりソースの香りがしますな!
お好み焼き、とても美味しゅうございました。
「へぇ……空港って言っても、よく見る羽田とか成田とは違って、政府施設って感じなんだ」
「そうだな。現状、気軽に向こうとこちらを行き来できる人間は少ない以上、民間の為、というよりは政府関係者の為、という意味合いが強いからな」
「こっちはこうだよねー。グランディア側だと割と緩い感じで、毎日お祭りみたいにいろんなお店が出ていて楽し気なんだけど」
「そうだな。だからその分こちら側が厳しいんだ」
「なるほど……お、飛行機が見えてきた――ってはや! デカ!」
「そうか、ササハラ君は初めてか。ああ、地球で運行しているジャンボジェットよりも遥かに大きく、頑丈なんだ。ゲート突入の衝撃に耐えられるように」
「でも、中は全然揺れないんだけどねー」
任務当日。朝七時丁度に到着するという飛行機を出迎える。
随分早くに向こうを発ったんだな、と思ったのだが、時差があるらしい。
……当たり前だよな、なんでないと思っていたんだろう。
やはり魔法が使われているのか、驚くほどスムーズかつスピーディーに減速し着陸を果たした飛行機から、ついに――ノルン様が降り立ったのであった。
すげえ、ノルン様だけじゃない。エルフさん達がぞろぞろと……使節団の皆さんだろうか。
するとその時だった。使節団の最後に、恐らく向こうの学生服であろう衣装を纏った女の子が現れたのだが――オレンジがかった茶髪ではあるが、その顔はどう見ても――
「……サトミ、さん?」
間違いない。髪の色こそ変わっているが、あれは間違いなくサトミさんだ。
……そういえば、ノルン様が入学した学校の名前……サトミさんの学校と同じだったな。
ともあれ、空港に入って来たノルン様を出迎え、そのまま応接室へと向かうのだった。
「初めまして、シュバインリッター総合養成学園の皆さん。ノルン・リュクスベル・ブライトと申します。今回は国の王女としてではなく、一人の生徒として来日させて頂きました。お手間を取らせてしまい心苦しく思いますが、何卒宜しくお願いいたします」
応接室には、既に俺達生徒と、ノルン様、そしてサトミさんしかいない。
大人たちは大人同士、そして生徒は生徒同士で交流を深めさせる為だろう。
まぁ、その大人の皆さんはこの後ホテルに移動し、そこで予定を消化してから本土まで車で向かうらしいのだが。
「初めまして。今回、ノルン様の御付きとして選ばれました、ヨシカゲサトミです」
「初めまして。一之瀬ミコトと言います。観光、というお話でしたが、実は私も海上都市をじっくり見て回るのは初めてです。至らぬ点もございますが、宜しくお願いします」
「え、ええとその……ノ、ノルン様におかれましてはご、ごきげんうるわしく……」
皆がしっかりとした挨拶をしあう中、セリアさんがガッチガチに固まって、震える声で話し始める。そのあまりにもベタな緊張の仕方に、つい、噴き出してしまった。……ノルン様が。
「ふふふ、そんなに緊張しないで下さい。本当にただの他校の生徒、学生同士の交流だと思ってください」
「わ、わかりました……セリア・D・ハーミットです。よろしくお願いします」
「よし、それじゃあ最後は俺ですね。……自己紹介の必要、ありますよね、やっぱり」
俺の番になると、もうノルン様もサトミさんも若干笑みを浮かべていたんですけど。
「ササハラユウキです。自分もまだこの海上都市に引っ越してきてから日も浅いので、一緒に観光を楽しみたいと思っています。よろしくお願いします」
「ふふ、そうだったんですね。お久しぶりです、ユウキ様。交流先の学園に貴方がいると知り、つい無理を言ってしまいました。エスコート、宜しくお願いします」
そうノルン様が答えた瞬間だった。サトミさんが、とても驚いた顔をして隣のノルン様へ振り返る。
「え!? なんでノルンさんがユウキ君のこと知ってるんですか!?」
「え? サトミさんはユウキ様とお知り合いだったのですか?」
「え? 二人は情報共有してた訳じゃないんですか?」
「え? サトミさんとも知り合いだったのユウキ」
「え? と言うべきなのだろうか、ここは私も」
一之瀬さん、それはたぶん違う。なんだこのカオス空間。
一度落ち着こう。説明しなければ。
「サトミさんは俺と同じ高校に通っていた友人です。そしてノルン様とは、去年の召喚実験で海上都市に来た際、外出中にノルン様の落し物を拾った時、ちょっとお話した間柄でございます」
「なるほど……? ノルンさん、今の話本当なんですか?」
「ふふ、ええ、そういう事になっているようです」
ちょっとノルン様?
「ほう、ササハラ君と同じ高校であったか。偶然、なのだろうか」
「ええと、今回私がお付きに選ばれたのは、私達の学園には地球出身の生徒が極端に少なくて、それで海上都市から学園に通う事になっている私が選ばれたんですけど……」
「ふふ、それだけではありませんよ。サトミさんは唯一、物怖じせずに私と友人として接して下さる方ですから」
「……それはノルン様だって気が付かなかったからです」
なるほど把握。そりゃ数回テレビで見ただけの人だしな。学生服じゃ気が付かないわ。
俺はもう脳裏に焼き付いてしまっているけど。
「なにはともあれ、ここにいる全員が何かしらの知り合い、繋がりがある事は心強いです。では、この後は海上都市内のホテルへ移動し、身支度を整えた後に散策、という予定となっております。市内探索の際は、私達以外の五人の生徒が、付近を別行動で散策しております。有事の際は彼らとも協力しますので、どうかご安心ください」
「ええ、分かりました。では早速ホテルへ向かいましょうか。ふふ、楽しみです」
やはりこの中では一番実務経験のある一之瀬さんが、うまく話をまとめてくれる。
実に心強い。どうやら大人の皆さんもミーティングが済んだのか、そろそろ出立するとの知らせが入る。
移動は、ホテルまでは車で移動するのだが、ここでもカモフラージュの為、使節団の皆さんはリムジンではなく偽装したマイクロバスに乗り込み、俺達もまた偽装された、似たような車に乗り込むのだった。……内装が明らかにリムジンと同等な物になっているけど。
「それにしても驚いたよユウキ君。当日はシュバ学のエリートクラスが護衛につくって聞いていたけど……まさかユウキ君がそのクラスになっていたなんて……」
「いやぁ俺も驚きだよ。それより、やっぱりサトミさんはここ二カ月、ずっとグランディアにいたの? メールも通話も出来なかったんだけど」
「あはは、ごめんね? 私、普通よりもグランディアの魔力が身体に合いすぎちゃって、身体に魔力が行き渡る期間が長かったんだ。ほら、この髪とか瞳とかその影響で」
そう言われて、初めて瞳の色までもが変化している事に気が付いた。
真紅……いや、どこか炎を思わせる、赤と橙の入り混じった瞳だ。
髪の色もオレンジだし、どこか炎を彷彿とさせる。
「おお……凄い綺麗だしかっこいいね。やっぱり召喚した影響もあるのかね」
「えへへ、面と向かって綺麗って言われると照れるね」
「ね、ねぇ! その召喚した影響ってどういう意味なのかな? 少し気になるなー」
おっと、セリアさんの良い食いつきっぷり。やはり元魔導師としては、魔力関連の話題が気になるのだろうか。
「あ、ええとね……この中で出しても大丈夫かな」
「小さいし大丈夫じゃない?」
「そっか。じゃあ……えい! この子、この子を召喚してから、炎の属性への適応性が凄く高くなったみたいで、グランディアにある魔力、炎の魔力が私に取り込まれて結合、変質したんだ」
「へぇ……地球の人の髪の色が変わるのは聞いた事があるけど……ここまで鮮やかにかわるものなんだね。それに瞳まで変わるなんて初めて聞いたよ」
「ふふ、そうなんです。サトミさんは地球出身の生徒では、学園初の高等魔導クラスに在籍した方なんですよ。それに、この子はインサニティフェニックスの雛。我が国に住む神霊獣の魂を宿したとなると、私としてもとても興味深いんです」
「へぇ、セリュミエルアーチに生息してるんですねその雛って」
ほー、やっぱり動物みたいにそういう特別な霊獣? も生息地が決まっているんだなぁ。
「え……嘘……ただのフレイムピジョンじゃなくて……? それって凄くない……?」
「なんと……! ……サトミさんをコウネには会わせられないな……」
「ん? なんで今コウネさんの話が?」
その時、周囲を警戒するように外の様子を見ていた一之瀬さんが、ギョッとした表情で振り返った。何故何ホワイ? まさかフェニックスアレルギーみたいなピンポイント過ぎる体質だとでも言うのでしょうか?
「いや……もしかしたらノルン様は知っておられるかもしれませんが……その、友人に『シェザード家』の者がいるのです……」
「まぁ……! そんな歴史ある家の方までいらっしゃるなんて……」
「あの、どういう意味なのでしょうか、ノルンさん」
一之瀬さんとセリアさん、ノルン様は理解している様子なのだが……はて?
「私が教えてあげるよユウキ。インサニティフェニックスっていうのは、破壊と狂乱を司る、かなり高位の霊獣なんだ。だけど同時に、亜種とはいえ不死鳥だからね、長寿や不老をも司っているんだ。で、それでなんだけど……」
「ここからは私が。コウネの実家、シェザード家にはある伝説が伝わっているのだ。遥か昔、神話時代から続く名家シェザード家では、ある代の当主が若し頃、その不死鳥の肉を喰らい、老いる事の無い肉体を手に入れたと言われている。嘘か真かは分からないが、事実シェザード家の人間は、皆長寿である事で知られているのだ」
「へぇ! なんだか人魚伝説みたいで面白いねそれ」
「ああ。だが話はそこで終わらない。コウネはその伝説を知ってこう言ったんだ……『へぇ、面白いお話ですね。私、是非とも食べてみたいです。どんな味がするのでしょう』と」
……ああ、たぶん冗談じゃなくてガチで食べようと思っているんだろうな、彼女の事だから、
そのコウネさんが、いかによく食べる子であるかを説明。サトミさん、慌てて雛を身体の中に隠してしまいましたとさ。