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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十七章

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第二百二十七話

 結局、俺達は今回の実務研修の裏の目的である『アルレヴィン家の不正の証拠を掴む』事は出来なかった。

 いや、正確には『ほんの少し、真実には到底辿り着かない端の部分だけは掴む事は出来た』ってところかな。

 故に俺達は大人しくBBの護衛をすべく、今日は全員で会場警備に従事していた。


「人の量が半端じゃないなこれ……」

「昨日までの倍以上はいるよね。しかもほぼ全員がセレブって……世の中にこれだけお金持ちが犇めいているって思うと嫌になってこない?」

「カナメ、これは任務だぞ、そんな事をぼやくのはやめろ。まったく……お前は変わらんな」


 俺とショウスケとカナメは、キッチンスタジオではなく、他の催しが行われている会場を見て回っていた。

 アルレヴィン家の次期当主、現当主の親子は、今日開かれている様々な催しを見て回るらしく、俺達は午前中に開かれている『最新の魔導エンジン搭載車によるモーターショー』の会場に来ていた。

 BBの警護じゃないのかって? BBならここにいますよ、さっきから最新のキッチンカーでパフォーマンスしてます。


「ほーら見てください皆さん! キッチンカーの課題である火力の弱さを外部のエネルギー供給なしでここまで高火力に! さらにこれ、長時間安定して維持出来るそうですよ! いやぁ、これはちょっとお兄さん個人的に欲しいですねぇ、新しい動画撮影にも使えそうだ!」


 とまあ、絶賛PR中でして、今もとても美味しそうなケバブの匂いがしております。


「これはこれはBB、クッキングバトルだけでなくこのモーターショーに出て頂けるとは思ってもみなかった。しかし、こうなるとコンパニオンがいなくて少し寂しいですね」


 すると、そこにアルレヴィン親子が近づき、BBに声をかけ始めた。


「ご自慢のアシスタント、マザーもお呼びすればよかったと思いませんか?」

「ああ、確かにそうですね! しかしマザーをあまりこういう場に出すと『勘違いした輩』が言い寄りかねませんから。本人に断られたんですよ」

「なるほど、確かにその通りだ。ふむ……ではこういった場ではなく、もっと少人数……例えば二人きりのお誘いならば受けて貰う事も出来るかもしれないね」

「さぁどうでしょう。マザーは身持ちが固い人ですから」

「しかし誘うのは自由だろう? 誰も手に入れられない絶世の美、挑むのは男の性だ」

「いやぁ、うちのアシスタントの予定はかなり埋まってますからね、中々難しいでしょう」

「その割にはこの式典には参加してくれたようだがね。君の開いた予選に参加してまで」

「きっと僕と一緒に料理がしたかったのでしょう。アシスタントとして別な人間に囲まれて料理する僕が許せなかったのかと」

「なるほど、そうかね」


 なんか、どことなく剣呑な空気が漂う。

 気のせいか? 俺が昨日スクードの歪んだ人格を見たせいか、妙に気に障ってしまう。


「スクード、彼が例の料理人かね?」

「ええ、そうです」


 すると、沈黙を貫いていた現当主が口を開いた。

 確か……情報によるとかなりの美食家らしい。


「お前が催しの予定を急遽変更してまで料理大会を開催すると聞いたが、彼を呼ぶためか」

「ええ、そんなところです」

「そうかそうか。……ふむ、ここでも料理を振る舞っているのかね、君は」


 キッチンカーで料理をしていたBB。興味を持たれたのだろう。

 何も起きないといいんだけど。


「ユウキ君、どうする? もう少し近くに行く?」

「ん-……ここでいいや。一応俺も有名人らしいから気がつかれると面倒だし」

「ふむ、確かにそうだな。では俺とカナメが近くに行ってこよう」

「そうだね、あの作ってる料理も気になるし」

「あ、んじゃ俺の分も頼む」


 ショウスケとカナメが、静かに現場に近寄る。

 ふむ……なんかさっきから嫌な気配というか、胸騒ぎがするのはなんなんだ。


「ええ、せっかくですのでこのキッチンカーの性能テストも兼ねて、簡単な屋台メニューを」

「では、一つ頂こうか。ドネルケバブはこの都市でも長らく人気の料理の一つ。大衆向けではあるが、儂も少々煩いぞ」

「奇遇ですね、実はドネルケバブは自分もかなり思い入れのある料理の一つです」


 今更だが、キッチンカーの中で巨大な棒状の肉がさっきからくるくる回っているんですよ。

 変わった道具で表面を焦がし、その焼けた部分をナイフで削げ落とし、なにやらパンに野菜と一緒に挟んで、ソースをかけている。

 ……カナメ、はよ! はよ持ってきてくれ! アルレヴィンに割り込んでいいから!


「どうぞご賞味ください。スクードさんの分も是非」

「いや、私は遠慮しておこう。審査でかなりの量の料理を食べる事になりそうなので」

「ふむ、勿体ないなスクード。では……ほれ、そこの君。代わりに受け取りなさい」


 すると、なんと近くにいたカナメに現当主が余ったケバブを差し出していた。


「では頂こうか。ほう……マトンの香りがするな。それに……牛の背脂」

「流石です、アルレヴィン老。マトンだけでは値段もはり、キッチンカーとしての本分から逸脱してしまうので。牛の背脂と多少のバラ肉を一緒に重ねて整形しているんです」

「なるほど。儂も市中で食べ歩くことはあるが、確かに安く美味い物で溢れている。創意工夫は必要だろう」


 よだれが。カナメ! お前なに一人で食ってるんだ! とっとと俺の分も貰って来てくれ!


「ぬ……ふむ……スクード、お前が計画を変更して呼び寄せたのも納得出来るやもしれんな。限られた時間、急遽決まった仕事で作った屋台の料理でここまでの味を出すか。噂に違わぬ実力じゃな、BBとやら」

「おほめに与り光栄です。ああ、いつの間にか他にも待っている人がいたようだ。ほら、今用意してあげるよ」

「おっと、つい長居をしてしまったか。他の会社の新車も見なければいけない。スクード、行くぞ」

「は」


 そうして、沢山のSPを引き連れ、アルレヴィン親子が移動していく。

 するとようやくキッチンカーに人が近寄れるようになったからか、大量の人間が長蛇の列を作っていた。


「ただいまユウキ君。はい、ケバブ」

「どうやらこれはトウモロコシの粉で作った生地、トルティーヤの仲間のようだな。本来であれば小麦粉で作るものが主流と聞いたが、土地柄の影響か多国籍料理のような進化をしているのだろう。こういう文化の融合もあるんだな。興味深い」


 ショウスケがなんかコウネさんみたいな事言ってる。

 ちなみにコウネさんはセリアさんと一緒に、現在行われている遊園地でのパフォーマンス大会の警備に行ってます。

 後でBBのケバブ食べたって教えたらどんな反応するかな? 下手したら悔し泣きするかもしれないな。


「な……! おいユウキ! これ美味いぞ!?」

「ショウスケ騒ぎすぎだぞ。BBが料理上手なのは知ってるだろ」

「だが……! く……この料理はそもそも非常に俺好みだ。肉と野菜のバランスも良い、それにこの香ばしい匂い……まだまだ知らない料理が地球にすら沢山あるのだな」

「ま、ショウスケ君の気持ちもわかるよ。正直これ、美味しすぎておかわり貰いに行きたいもん」


 そこまでいうか。ではでは……。


「なぁ、警備って二人で十分じゃね? 俺あの列に並んでくるから二人は他のブースの警備行って来てよ」


 もっと食わせろ。






 午前十一時、モーターショーが一段落し。BBの移動に合わせて俺達も料理会場へと向かう。

 だがそれと並行して引き続き遊園地方面の警備にも俺達SSクラスの中からカナメとカイが派遣され、その二人以外の全員で料理会場の周辺警護と――要人警護が行われていた。


「噂の英雄殿が守ってくれるとは、今日ほど安心出来る日もあるまいな」

「そうですね。しかし、まさかBBが君を貸し出してくれるとは思わなかったよ」

「はは、まるで物のような扱いですけどね」

「気を悪くしたかね? ふむ……しかし君はどうやらBBと親交も深いようだ、マザーとも」

「ですね、とはいえ大多数の人間よりは多少……という程度ですよ」


 俺は審査員席の後ろに控え、アルレヴィン親子を守る役目に任命されてしまった。

 いや、でも正直この式典で事件が起きたとして、一番狙われるのはこの親子だ。そういう意味だと、本来の雇い主であるBBよりも、この親子の近くに俺を配置するのは正しいとも言える。

 結局BBの本当の目的というのも分からず終いなのだし、ここは開き直ってしっかり警備しておけばそれでいいのではないだろうか。


「しかし……やはりと言うか、勝ち残ったチームは概ね予想通りではあるな」

「父上はこの結果が予測出来ていたと?」

「うむ、順当に考えて都市の大きさと料理の発展の度合いは比例している。その中でも歴史ある国出身の者は強い。まぁ……BBのように多国籍で、なおかつ所属している料理人の祖国をピンポイントで敗退させるような料理を作るチームもいるようだが」

「野心的なチームは好ましいですよ」


 マジか、そんな駆け引き、熱いバトルがあったと申すか。


「さて、そろそろ時間だ。開会のあいさつは私の役目なのだろう? いってこよう」

「はい、父上」


 現当主が開会の挨拶に向かう。

 さて、じゃあ俺は……狙撃に備えておこうか。

 既に当主の周囲にはセリアさんが結界を張り、そもそもこの会場の狙撃ポイントになりえる場所はアルレヴィン家が先に抑えている。

 金と力は絶大だ。少なくともこのアルレヴィンという家は。

 地球とグラディアとの間の条約に加入することなく、自分達の力だけで今のポジションを勝ち取るだけはある。

 当主の挨拶が終わると、今度はテレビ中継向けのショウ的な解説が始まった。




『さぁ、アルレヴィン家当主であるアルレヴィン・ラザード氏の誕生日、そしてご子息のスクード様との当主交代を祝するこの式典の目玉、世界各国の料理自慢が集うこの戦いも、ついに決勝となりました。先日までの予選を勝ち残ったのは四チーム、いずれも名立たる名店の料理長やスタッフ、グランディアの宮廷料理人までもが集う、恐らく今世紀最大の大会! 今日までの成績を振り返って――』


 確かこの様子は地元テレビだけでなく、ブゥチューブでも配信されているらしい。

 じゃあ、間違いなくイクシアさんも見ているだろうな。


『――そして最後の一チーム! 皆さんも既にこのチームの快進撃、そして容赦のない作戦と絶技による蹂躙とも呼べる料理に心躍らせている事でしょう! BB率いるドリームチーム!』


 あ、BBがキッチンで椅子出して座ってる。しかもカメラに映ってるの分かっててワイングラスでワインを飲んで見せてる。

 あのヘルメット……わざわざ食べたり飲んだり出来るように特注らしいですよ。

 口の所だけパカって開くの。なんともシュールである。


 さて、じゃあ本格的に警戒しないとな。

 アルレヴィン家の敵の多さは、何もこの次期当主スクードが悪事に手を染めているからだけではない。

 元々、ドバイには各国の闇組織のフロント企業も多く存在し、国の中にも根強い権力闘争や武力行使、監視、言論の封殺も少なからず存在しているそうだ。

 そんな地盤の上で長年富豪として地位を保ち、この歳まで君臨しているのは……決して人望、人徳だけではない。

 秋宮ですらあんな事件が、リョウコのような人間が現れ、大事件に発展したのだから。


 つまり敵だらけ。内にも外にも、この家を没落させようと動く人間などいくらでもいるという訳だ。

 もしかしたら、そんな環境だからこそスクードは圧倒的な力を、グランディアとの強い繋がりを独自に手に入れようとしていたのかもしれないな。


 そんな背景に考えを巡らせているうちに、気がつけば料理開始。

 お題は『誕生日に送る最高のコース料理』だそうだ。

 ただ正直、俺はもうこの勝負はBBが勝つと思っている。

 初日の味見した料理といい、さっきのケバブといい、美味すぎたもん。


「時に、護衛の……ユウキだったか。君はこの勝負をどう見るかな?」

「は、自分はまだ若輩の身でそれほど美食家という訳ではないので素人意見になりますが」

「構わんよ。君はどう見る。今の残っているチームはフランス代表とトルコ代表、中国代表、そしてBBだ。アジア圏としては中国を応援したいところか?」

「正直中国料理はこの中だと一番日本人にはなじみ深いですね。自分も好きな料理の中に中国料理もありますし。ですが……正直、勝つのはBBだと思います」

「そうか。スクード、お前はどう思う」

「さぁ、自分にはまだ想像も出来ませんよ」


 さっきから思っていたのだが……このスクードって男はそこまで料理に興味がないように見える。

 純粋に父親の為にこの催しを開いただけなのか……? それとも他に理由でもあるのだろうか。

 そうして約二時間、大会を見守りながらも、周囲を警戒する時間が過ぎて行った。




 調理時間が残り一時間を切ったところで、スクードのスマート端末が鳴る。


「スクード、こういう場でくらいマナーモードに――」


 当主がそう言いかけたその時だった。

 何か小さなものがとてつもない速度でこちらに向かって来るのが、こちらの目に映ったのは。


 時間が引き延ばされたような世界の中、身体が前に出る。

 デバイスを展開し、迫りくる何か、恐らく銃弾であろうそれを視認する。

 どこから、どの距離から、誰を狙ってる。

 確実に訪れる死の運び手、銃弾がこちらの魔導の射程距離に入る。

 抜刀、風絶を発動させその弾丸を粉みじんに変える。

 納刀、すぐにアルレヴィン当主とスクードの前に立ちふさがる。

 そこで――ようやく音と時間が戻って来た。

 意識が引き延ばされた……一瞬でここまで考えて動けたのか、俺。


「敵襲! 二人とも屈んで!」


 わずか一秒にも満たない時間の中での攻防、すぐに会場のクラスメイトが出場者チームをそれぞれ身を低くさせて、会場の外に誘導する。

 他の警備員も、ここでようやく異常事態が起きている事に気がつき、慌ただしく動き出す。


「この場の指揮をとります、すぐに出場者の方を控室に! 貴賓席の皆さんは誘導に従ってください」


 一之瀬さんがそう宣言し、次にキョウコさんが会場に電気の網を奔らせる。

 誰も踏み込めないバリアを作り出し、安全に観客を逃がす為の通路を確保する。


「コウネ、通路を氷の壁で覆ってくれ」

「了解。カイとカナメ君に連絡、遊園地の状況を確認しつつ取り掛かります」

「ユウキ君、アルレヴィン家の二人を護衛、そのまま会場の外へ!」


 唐突な襲撃。一発の弾丸で終わりではなかった。

 断続的に四方から降り注ぐ弾丸の雨に、一般人は恐怖し、地面に縫い留められるように動けなくなっていた。

 キョウコさんの雷で、部外者がここに立ち入る事はでいない、だが弾丸は別だ。

 セリアさんの結界もあったのに突破してくる銃弾……相手はただのテロリスト、襲撃犯じゃないかもしれない。


「みんな、俺はこの二人を避難させてくる!」

「待て! すまないがこちらのチームメイトも一緒に避難させてくれないか。控室は満員だ! 幸い歩く程度の気力は残っている上、一人は魔法使いで、僕も元傭兵だ」


 その時、アルレヴィン親子を連れて会場を出ようとした俺にBBが話しかけて来た。

 魔法使いは……このハーフエルフの料理人であるシグトさんの事、そして傭兵とはBBの自称だ。このチームなら一緒に避難も出来そうだ……!


「まだ氷の通路は一般客で混雑しています、別ルート、駐車場に最短で向かいます!」

「了解だ。アルレヴィンのお二人も構いませんか」

「ああ、構わない。元傭兵か、BB。では少しだけ頼らせて貰おう」

「……この式典に仇なしたのが誰にしろ……許してはおかんぞ。車まで送ってくれ、特注の装甲車だ、核でも耐えきってくれる逸品だ」


 マジでか。じゃあ……とりあえずその車に乗せてしまえば安泰か?

 身をかがめ、銃弾の降り注ぐ中を進む。


「ッアア!!」

「ミス・ナターシャ! 誰か彼女に肩を貸してくれ」

「任された」

「うう……ムッシュモロー……ごめんなさい」

「構わない。く……まさかこんな危険な式典だったとはな……」


 一人、ナターシャさんの足に銃弾が触れてしまった。

 駐車場は開けた場所だ、狙われたらひとたまりもない。

 いや……そもそも標的の二人と一緒に行動しては危険だろ!?

 俺はなんでBBのチームの同行を許したんだ……!?


 その時だった。

 俺の五感が、耳が遠くから聞こえる不思議な音を感知した。

 振り向く。反射的に抜刀、それを目視するのとほぼ同時に刀を振るう。

 空間を切り裂く。魔導より速く、確実にあれを壊す。


「ミサイルだ!」

「みんな伏せろ!」


 BBの、ヨシキさんの怒声が響く。

 駐車場に届く前に破壊したミサイルは、それでも巨大すぎる爆風を生み、その余波で全身が燃えるような熱に襲われる。

 なんだこれ……! こんなの人間相手に使う兵器かよ!?


 咄嗟に後ろに庇ったみんなの無事を確認する。


「クソ……今のはナパーム弾の再現か……! この武装……さては……」

「く……が……ガハア! 息が、出来なくなるところであったぞ」


 アルレヴィンの親子は無事だ。だが――俺の直接後ろに居なかったBBチームは――


「ミスタBB! おい、起き上がってくれBB!」

「俺達を庇って……!」

「BB! おい、起きてくれ!」


 瓦礫を全身に浴びながらも、チームメイトを庇い倒れるBB。

 ……いや、そんなわけないよな? ジョーカーがこの程度で倒れるはずが……。

 だが、トレードマークのヘルメットはひび割れ、一部が焼けて溶けだしていた。

 とんでもない高温が瞬間的に掠めたのか、衣服もボロボロの状態で倒れたその姿は……ただ一人の人間にしか見えない。


「……だい、じょうぶだ。さすがに……あんな兵器を使われるとは……」

「車に乗ってください父上。それと申し訳ない、この装甲車は大人数で乗れるものではない、もう一人が限界だ。……BBを乗せよう、どうやら重症のようだ」

「……申し訳ない、頼むよスクードさん」

「私達の事はお構いなく、BBを頼む! ミスタササハラ、我々を一般客と同じ避難場所まで護衛して貰えるか!?」


 ふらふらと立ち上がるBBが、駐車場の奥にある装甲車にアルレヴィン親子と乗り込む。

 俺は……他のチームメイトを安全な場所に避難させないと……!

 標的である親子が離れればある程度は安全になると踏み、BB達を見送る事を決めた。

 だが……そこで気がついた。チームメイトであるはずのマザーの姿が、どこにもないという事に。


「マザーは!?」

「……彼女は真っ先に動いた。安心してくれ、必ず無事だ。お兄さんはアルレヴィン親子と一時退避させて貰うよ……後は任せたぞ、ユウキ君」

「BB……はい! 皆さんは必ず俺が避難させます!」


 装甲車が走り去る。それを追うような銃撃が続く。やはり狙いはアルレヴィン親子か……!


「このまま避難所へ向かいます! どうやら狙いアルレヴィン親子です、攻撃の手は緩むはず。それに避難先にはクラスメイトの治癒術師がいます、ナターシャさんの治療も出来るはずです」

「君に従おう。私は攻撃魔法しか使えないが、何かあれば露払いくらいにはなろう」


 恐らく、ある程度銃撃は弱まる筈。

 だが……マザーは一体どこに――


 その時、避難所である最寄りのビルに向かう最中、そのビルの屋上から幾つもの光の線が飛んでいくのを目撃した。

 赤い、すさまじく速く飛んでいく光。それは見間違う事なんてない、かつて俺が……ユキとしてオーストラリアの基地から脱出する際、マザーが放ったとされる攻撃のそれだ。


「あれは……少なくとも襲撃者側の狙撃犯は全部潰せたか……?」

「あ、あれはなんだね? 君の仲間なのかね!?」

「ここは、安全なのかだろうか? あの光は敵ではないのか?」

「あれはこちらの味方です。恐らく、相手の居場所を狙撃しているんだと思います」

「鮮血の魔弾……いやまさかそんなはずは……」


 なにやら、シグトさんはあの光を知っているような様子で呟いた。

 それはなんなのだろう?


「神話の伝説だよ。私は聖母信仰の信徒でね、経典に出てきたのを思い出したのだよ」

「ああ、グランディアの三大宗教の……」

「デバイス何かなのだろうが、ついね。急いで向かおう、ミス・ナターシャの治療が先決だ」


 そういえば、グランディアの宗教については調べたことが無かったな、あんまり詳しくは。

 ともあれ、他の多くの避難民に合流し、無事にBBのチームメイトをビルに送り届けたのだった。






「サトミさん、じゃあ俺は現場に戻るから。先生、サトミさんと一緒にこの場の管理は任せます、俺は会場周辺で取り残された人がいないか調べます」

「そうしてくれ。どうやら、遊園地にも何名か敵対勢力が入り込んだらしい。カイ君とカナメ君の合流は難しいが、大丈夫か?」

「はい。一之瀬さんはどこに?」

「コウネ君と一緒に市街地の方へ向かった。セリア君は引き続きこのビルを結界で守っている。だが……どうやら敵の武装は対結界用の特殊術式弾、間違いなく地球産ではない武装だ。グランディア出身の彼女にはもしかしたら特効の可能性もある」

「今、このビルの屋上でマザーさんが援護射撃を行ってくれてるみたいです。それで耐えられそうですか?」


 正直、先生がいればここの防衛は問題ないだろうとは思う。

 だが、避難した人間を全員無事に守り切るとなると……さすがに厳しいかもしれない。

 この場を離れて本当に良いのか不安に思い、念のためまだ戦力が、マザーはいてくれる事を伝えた。


「マザーが……安心した。彼女がいるならここの守りは鉄壁だ。安心して向かってくれ」

「そこまで信頼しているんですね。分かりました、では行ってきます」

「もし、周囲に人の姿が無いようなら君も市街地に向かってくれ。この騒ぎに乗じて他の組織が動き出さないとも限らない。火事場泥棒は普通に存在するからね」

「了解です。あと……実はBBが倒れてアルレヴィン親子と一緒に装甲車でどこかに搬送されました。たぶん大丈夫だとは思うんですけど……」

「なに? まさかそんなはずは……」

「ですよね……」


 もし、もしもだ。BBであるヨシキさんが力を振るうのに、なんらかの準備、条件が必要だったとしたら……。

 咄嗟の爆風で負傷したというのはありえるのだろうか……?


「今はアイツの事は放っておくんだ。用救護者の捜索、任せたぞ」


 うだうだ考えるのは後だ。俺はビルから飛び出し、未だ混乱冷めやらぬこの大都市へと走り出したのだった。








「おい運転手。すまないが父上をこのまま屋敷のシェルターまで搬送してくれ。BBも同行して構わない、そこで治療を受けると良い」

「なんだと、お前はどうするのだスクード」

「私は本社に寄ります。大切な、もし敵の手に渡っては取り返しがつかない物があるのです」


 都市部を走り抜ける装甲車の中、アルレヴィン・スクードは運転手に指示を出し、自分を本社ビルの近くで降ろせと言う。


「……危険だ、僕も付き合おう。敵が狙うのかもしれないのなら、つまり敵が潜んでいるかもしれない。まだ本調子ではないが……その辺の私兵よりは戦える自信はあるよ」

「……良いだろう。BB、無理をしない範囲で付き合って貰う」


 同乗していたBBもまた、アルレヴィンに付き従い、車を降りて本社へとひた走る。

 先程大きなダメージを負ったとは思えない動きで、ビルに侵入した敵対勢力を徒手で打ち負かしながら――


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