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第二百二十六話

 作戦車両の一種なのか、見かけは普通のランドクルーザー、だが内部には沢山の装備、レーダー、補強された装甲と、生半可な戦車よりも頑丈そうな車に乗せられ本社ビルへと送られる。


「それで、私をわざわざ天下のアルレヴィン家直轄の社屋に案内する理由はなんなのかしら?」

「それは我々には知らされていません」

「そう、ならそれで納得しておきますわね」


 キョウコさんのフリにそろそろ慣れて来た頃、先日一度見かけた本社ビルへと到着、あっさりと社屋地下の駐車場に入り込む事が出来た。

 厳重なセキュリティに、魔法的な関与を許さない検問所。

 R博士特製のこの魔導具なら問題ないだろうが、それでも緊張しながら検問を突破する。

 ハムちゃんには先に社屋に潜り込んでもらっているので検問でひっかかる心配はない。

 こうして見るとマジで反則な生き物だよなぁハムちゃん。


「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


 エレベーターに乗せられ、最上階を通り越し、屋上との間にある秘密の階に通される。

 こちらの武装を確認、解除を促さない当たり、何をしてもこちらには敵わないとあきらめたのか……それとも何か奥の手でもあるのか。

 警戒をしながら、秘密の階に通され、そこに一つだけある廊下の先の扉の前に立たされる。


「ボス、お客様をお連れしました」

『入ってもらいなさい』


 部下の一人がノックをし、俺一人で入るように促される。


「失礼しますわ、アルレヴィン・スクード様」

「ようこそ、部下が失礼を働いたようで申し訳なかったね、ミス・キョウコ」


 部屋にいたのはやはりアルレヴィン・スクード、今回の記念式典を開いた人間だった。

 鋭く、どこか猛禽類を想起させる顔つきの中東系の偉丈夫。

 いかにも『やり手』な風貌と空気に、こちらも臨戦態勢に入る。


「それで、このような手段で私を連れてこようとしたうえで、すぐに諦めて正規な手順を踏んだのです、何か私に用事があるのでしょう。お話を伺いたく思うのですけど」

「気が早いな君は。もう少し余裕を持ってはどうかな、経営者として」

「いえ、私はあくまで『一人のエージェント』として『警戒すべき相手の本拠地』に赴いたつもりですので。疑わしきは罰せずという言葉があるのですけれど……私の主義とは反する言葉です」


 今すぐ黙らせてやろうかという脅しも兼ねて応じる。


「恐い恐い。だが……この部屋では君はただの女性だ。もう少し淑女らしくお願いしたいところだ」

「……なるほど」


 確かに少しだけ力の行使が困難だ。なるほど、これはあれか……魔力を封じ込める装置か何かで部屋全体を覆っているのか。

 たぶん俺以外だったらまともに魔力を放出も練る事も出来ないだろう。

 俺が代わりに来て正解だったな。


「それで、もう一度聞きますわ。何の御用でしょう?」

「ふふ、それでも態度を改めるつもりはない、と。いいだろう、こちらも早急に解決したいのは同じだ。今すぐ、このビルに行っている破壊工作をやめてもらいたい」

「……? 破壊……工作?」


 心の底からなんの事かわからないとでも言うように反応を返す。


「とぼけても無駄だ。おい、出力を強めろ」


 その瞬間、魔力的な圧力が増す。

 いや、普段つけてるリミッターの1/10程度の圧迫感なんで気にする必要なんてないのですが。


「失礼、それでもあまりに心当たりがないので。残念ですがいくら出力を上げても無駄ですわよ。大人しく魔力を練らずにただの小娘として振る舞う分にはなんの支障もありませんもの」

「魔力を完全に収めるすべも習得していたか。なら確かにこれは脅迫にはならないか」

「ええ、ご期待に添えず申し訳ありません」

「ではこれならどうだ?」


 すると、スクードはただの拳銃をこちらに突きつけた。


「残念ですが知らない物はどうしようもありませんわね」


 瞬間、発砲音と共に足元に銃創が刻まれる。


「まぁ恐ろしい。それで、その破壊工作の具体的な内容は?」

「……なるほど、流石はSSクラスか。度胸は認めよう」

「我が国の諺では『男は度胸、女は愛嬌』というものがあります。私を認めるのに度胸という言葉は適切ではありませんわね」

「クク……本当に面白い。良いだろう、君を私の客と認める。そこのソファにかけてくれ、正式に依頼として君に話そう」

「ようやく席を勧めてくれましたわね」


 残念だが、たぶん俺じゃなくてもこれくらいの余裕を持って動くさ、俺達なら全員。

 ソファに座り、対面するスクードが、ようやく表情から険を抜き、語り始める。


「どうやら本当に心当たりはない……という前提の元に話そう。昨日より、このビル内で不可思議な事象が起き始めている。電子機器の誤動作、データの一部改ざん、バグ。新手のウィルスかと思われたが、どうにもそうではないようだ。だが、私は『君の能力を知っている』。故にこの事態は君の手によって引き起こされた物だと考え、こうして手段を選ばず君を招いた訳だ」

「なるほど。おおかた、私の愚かな父経由で知ったのでしょうが、知っての通りこの力は自由に行使して良い物ではありません。それがたとえ異国の地だとしても」

「そういう建前の元、国の秘密兵器として使用される事も是としているのだろう? それも聞いている」

「なるほど。ですが今回に限り、私は関与していませんわね。本当にウィルスではないんですの? コンピューターウィルスだけとは限りませんわ。私は『魔力的に他を侵食、人心すら蝕む術』の存在を知っています」

「っ! そんな物が実在すると?」

「ええ。これは外には出せない情報ですが、この状況では多少の譲歩はしますわ。昨年度、我がクラスの英雄……ササハラユウキが遭遇、敵対した強大な相手は、それを行使する人物であった。グランディアにはまだ人知の及ばぬ術が蠢いています。なにか……そういった術すら行使する相手の恨みを買った覚えはないのですか?」


 このくらいの情報は出そう。相手が知らない情報の片鱗は、相手を饒舌にする。


「ない、としかここでは言えないな。それくらい分かっていてその情報を出したのだろう? 問題は今の状況を君が解決出来るのか否か、だ」

「では私もこう答えるしかありませんわ『分からない』と」

「そうか、出来ないという訳ではないか。なら……やってもらおうか?」

「それは私の力を、この無防備な社屋内で行使せよと言っていると理解しているんですの?」

「ああ、そうだとも。事が済めばここで始末する。それで問題はないだろう?」

「それは不可能だと、薄々気がついているのではなくて?」


 清々しい程に悪役なこの男の提案。


「……ふっ、分かっているさ。ただどうしても君の顔を恐怖で歪めてみたくなった。私はね、完璧な女性ほど、その表情を歪めてみたいという危険性癖の男でね」

「まぁ、それは汚らわしいですわね? では、魔力の抑制を解除して下さればすぐにでも調査して差し上げますわ。秋宮への正式な依頼として」

「……本当に申し分ない、これでもう数年君が大人なレディならどんなに良かったか。良いだろう、君は生きたまま外に出すと約束しよう。もう数年、成熟した君を喰らうのが楽しみだよ」

「さて、それはどうでしょうね。このクラスに身を置いている以上、来年の自分が無事だとは断言出来ませんもの」

「そうか。しかしどうしたものかね、中々に――」


 瞬間、テーブルを挟んだ向こうから、素早く拳が伸びて来るのを弾き落とす。

 スクードが、まるでこちらの顎を掠めるようなフリッカージャブをしかけてきたのだ。


「では敵対された、という事でこちらも相応の対応をさせて頂きますわね?」

「ふむ、これでもこの国では五本の指に入る使い手だと自負していたのだがね?」

「私の基準からすれば有象無象ですわね。それで、まだ魔力を抑制しているつもりのようですが……今の状態でも貴方程度ならいつでも殺せますわよ?」


 攻撃を止められた事実に、こちらがハッタリを言っているのではないと理解したのだろう。

 なんと、目の前でスクードがこちらに頭を下げた。


「謝罪する。あまりにもうまそうに見えた。本当に今からこのビル内を調査して欲しい」

「では、この部屋の外、人の多い部署にでも案内してください。そこで隅々まで調べさせていただきますわ」

「いいだろう。どの道これから来客でね、少し外さなければならない。今からここの電子部門のオフィスに案内させる。解決出来るなら是非とも解決して欲しい」


 そうして、ようやくこの窮屈で居心地の悪いソファを後にし、そのまま階下のオフィスに案内されるのであった。




「これからこの女性に社内の問題を解決してもらう、彼女の指示に従え、以上だ」


 そう唐突に告げ、そのままオフィスに残される。

 さぁ、じゃあまずはハムちゃんにビルの中をもう一度くまなく調べて貰おうか。

 キョウコさんから預かってるハムちゃんを奔らせ、既に破壊工作を行っているハムちゃんと合流してもらい、さらにビル内部を調べて貰う。


「……ネットワーク部門だけが外部と繋がっている、そこ以外は完全なクローズドネットワークとして社内で業務が行われている……なるほど、確かに通信機もここでは使えませんわね」


 現段階では、外から調べたのと同じ結果しか得られない。

 なら……。


「ハムちゃん、さっきまで私がいた部屋に戻ってください。そこを起点に調査を」


 あの隠された階からなら、何か得られるのではないか。


「失礼、一人になれる機密性の高い部屋はありまして? 恐らくそういった部屋こそが一番相手方の狙いになるかと」

「案内します」


 どんな指示にも従順に聞いてくれる従業員。教育が徹底されているのがうかがい知れる。

 あの男の事だ。徹底的に教育、歯向かう人間は躊躇なく消してきているのだろう。


 通されたのは、狭いサーバールームだった。

 寒いくらい空調の聞いた部屋で、びっしりと敷き詰められたサーバーが稼働し続けている。

 ここも調査してあるはずだが……。


「ハムちゃん、どうかしら?」


 ネットワークに繋がっていないデータベースもいくつかある。このデータは一応コピーしておくか。

 すると、今度は先程の秘密の階に送り込んだハムちゃんも戻って来た。


「……これは、当たり……かどうか怪しいか」


 どうやら電子的な防護ではなく、高位の結界によって封じられたプライベートネットワークがあるようだった。

 そのネットワークがどこに向かっているのかは分からないが……少なくともこの社内にまだ知られざる空間、なんらかの機器があるのは確定だ。

 だが、この結界は流石にハムちゃんでは突破不可能だ。

 少なくとも過剰に防衛している何かの存在、そして隔離するように隠されていたデータファイルのコピーは取れた。

 成果としては上々だろうが……最後に、今日来客予定と言っていた相手の顔だけでも拝む事は出来ないか。


「失礼、調査の方は済みましたわ。スクード様に報告に向かいたいのですが」

「ボスは今来客中です。調査完了の報告はこちらからしておきます」

「いいえ、直接します。先程の階にエレベーターで迎えるように手筈を」

「それは……」

「では自分で行います。私の邪魔はしないでくださいまし」


 まぁ俺がやる分には文句ないだろう。

 エレベーターの制御を奪い、さっさと乗り込み先程の階へ向かう。

 さて……恐らくこの部屋にいるのだろうが。

 ノックをして声をかける。


「スクード様。調査が終わりましたのでご報告を」

『入ってくれ』


 すんなり通された。まだ来客中ではないのだろうか?

 室内に入ると、それが勘違いだと分かった。

 先程俺が座らされたソファに、奇妙な風貌の人物が座っていた。

 まるで黒子がフード付きのローブを着ているような、全身を隠そうとする意志を感じる、そんな風貌。


「先客がいたようだね。スクード、彼女は?」

「少々機器の類にトラブルがあってね、専門家に調査を依頼していた」

「ええ、初めまして。早速報告をしても?」


 この風貌はハムちゃんが記憶してくれている。

 写真程ではないが、電子情報として相手の姿をある程度は模写も出来る。

 流石に隠しカメラの類を持ち込めるとは思っていないし。


「では報告を」

「どうやら下級の電子精霊が紛れていたようですわね。ランダムに機器に侵入、無作為にデータを破壊するように簡易的な命令がされていたようですわ。こういった人工電子精霊を作り出せるのはグランディアの魔導師、それも大規模な研究を行える場所でしょう。なにかそのような組織に狙われる理由でもあったのでは?」

「さて、どうだろうね。敵の多い立場だからなんとも。それで、解決はしたんだろうな?」

「勿論。駆逐させて頂きました。これでお暇しても?」

「ああ、構わない。……まぁある程度の情報流出は許容しよう」

「ええ、必要経費だと思ってください」


 流石にバレるというか、予想していたか。


「では、ご歓談中失礼しました。これにて失礼しますわね」


 俺は早々に部屋を後にする。

 無論、目には見えないハムちゃんを残して。

 まぁ期待は出来ないよな、この部屋魔力の遮断、妨害も出来るみたいだし、すぐにハムちゃんも消えてしまうだろう。


 そうして無事にビルから脱出出来た俺は、その足でホテルに戻るのであった。


「……ま、消そうとするならホテルで仕掛けてくるだろうしな」


 勿論、油断なんてしませんとも。








 キョウコに化けたユウキが去ったアルレヴィのビル、その隠し階層の一室にて。

 スクードとその客人は、今しがた退出した人物、キョウコについて語る。


「本当にどこまでも食えない女だ。あの若さであの胆力、中々にそそる物がある」

「そうかい? あれは胆力や虚勢、そういった精神的な強さではないだろうさ。……あれが本当にUSHの……戦力的に劣る生徒なのかい?」

「それはどういう意味だ」

「あれは実力に裏打ちされた自信だ。恐らく君が何をしても問題ない、絶対的に自分が優位だと確信している人間の所作だよ……まるで別人だ。これは、面白くなってきた」

「ふん、世間知らずなだけだろう。それで……こちらの研究の成果には満足してくれたか?」

「そうだね、この反応なら……十分に何かしらの動きが起きても不思議じゃない。何かきっかけがあれば、すぐにでも結果は出るだろうね」

「そうか、なら良かった。……これで、地球の覇権は私達の物、か」

「そうなると良いね。でも、気を付けた方が良い。全ては裏で秘密裏に極少数で。既に秋宮に嗅ぎつけられているんだろう? さっきの子も秋宮の生徒だ」

「ああ、だが彼女の力が及ぶ範囲は十分に分かった。彼女等は辿り着けない」

「……それでも気を付ける事だ。アメリカは、僅かな隙を探られ、そしてジョーカーに計画を潰された。僕達はこれまでジョーカーの逆鱗に触れる事も、補足される事がなかったけれど、君は違う。この地球で動いている以上、常にそのリスクを背負う事になる。それを心して動いておくれよ。ジョーカーは……決して人が太刀打ち出来る存在じゃないと聞く」


 二人の話は、世界の調停者へと向く。

 何を企もうと、気がつかれなければ問題ない。だがもし、一度ジョーカーに目をつけられてしまっては最後なのだ。


「絶対に、大丈夫だ。私がそのジョーカーに目を付けられる事はないよ。秋宮の追及も、せいぜい裏金、エネルギーの不正流用で止まるだろうさ。地球での活動は全て私に任せてくれ」

「……そう願うよ。ではそろそろお暇させて貰うよ。この式典……どうやら少しきな臭くなってきたようだからね」

「生徒達の事か? 警戒しすぎではないかね」

「僕は用心深くてね。会いたくない生徒も何人かいる。『不安要素は全て事前に取り除く』のが僕の主義なんだ。だから、僕はこれで失礼するよ。さようなら、アルレヴィン・スクード」


 そう言い残し、その人物は悠然と部屋を出ていく。

 だが、そのローブの男がビルを出ていく姿は、どの監視カメラにも映る事はなかった。

 唐突に、忽然とソレはビルから消え去ったのであった。








 ホテルに戻った俺は、他のクラスメイトが全員戻るまでの間、警戒のため自室ではなくミーティングルームで時間を潰す事にした。

 その間考える事といえば……あの、アルレヴィンの元にいた客人の事。

 正直、あそこまで厳重に姿を隠されては、目撃しても姿を記憶しても殆ど意味がないのだ。


「言葉のイントネーションも毎回違っていた。明らかに相手もプロ……でも日本語を使っていたのはアイツがグランディア人だから……か? それとも……」


 日本人だから?


「ダメだ、分からない……まずは情報を皆と共有して、人物像をリョウカさんに伝えてからか」


 俺は一先ずの帰還をカズキ先生に知らせる為、通信をした。


『キョウコ君か、どうした』


 流石、しっかり俺をキョウコさんとして扱ってくれているな先生。


「今、無事にホテルに戻りました。今から会場に戻るよりも、ここで待機しておこうかと思いまして、ご報告を」

『了解。ではこちらもそろそろ帰還するとしよう。全員が揃ったタイミングで“装備を解除”して欲しい』


 なるほど、変装の解除はキョウコさん達が戻ってから、と。

 そうして俺は、皆が戻るまでの間、テレビで予選の様子を観戦しながら時間を潰すのであった。




「今戻ったよキョウコ君」

「おかえりなさい、皆さん」

「う……やっぱり変な感じするなー……」

「確かにな。私達は今日一日……こちらのキョウコと過ごしていたのに、先に戻っているとなると」

「不思議ですねぇ」

「あ、お土産買って来たからね? 装備解除したら食べよっか」


 先生と女子達が戻って来た。どうやら純粋に観光を楽しむ形で一日過ごしていたようだが、お陰で本物のキョウコさんが狙われる事はなかったようだ。


「お疲れ様ですわ、キョウコさん。では別室で装備を解除しに行きましょうか」

「了解しました。では皆さん、しばしお待ちください」


 一応このミーティングルームの盗聴の心配はないんだけどね、念には念を入れる。

 俺はキョウコさんの部屋へ向かい、そこでようやく装備を解除するのだった。




「ふぅ……疲れた……本当に一語一句話すのにも神経使ったから……」

「お疲れ様です、本当に。それで……皆さんの元に戻る前に一つ聞きたいのですけど?」

「うん、どうしたの?」

「私は召喚者である都合上、ハム子が実体を失った瞬間を正しく認知出来るのですが、どうにもある瞬間だけ、反応が著しく弱まったんですの。何か、おかしなものを探り当てたのでしょうか? こういう反応はこれまで一度も……あのアメリカでの一件でも味わった事の無い感覚だったので」

「え……? 確かに社内の探索はさせたけど……そこまで怪しい物は結局見つけられなかったんだけど」

「そう……詳しい情報は戻ってから皆で確認しましょう。さぁ、行きましょうか」


 ふむ? あのビルで何かはむちゃんが反応するような、不思議な物でもあったのだろうか?




 ミーティングルームに戻るも、やはり微妙な反応をされてしまう。

 いやぁ、同じ状況なら俺も脳が混乱するわ……。


「ええと……キョウコが今日一緒にいたキョウコで……ササハラ君がさっきまでのキョウコで?」

「口に出すと混乱するよ。まぁ気持ちは分かるけどさ。ちなみにキョウコさん今日一日なんて呼ばれてたの?」

「私ですか? 私は『秋宮さん』と。秋宮の名で呼ばれるのは非常に不本意ではありますが、これが必要な事であるとは理解していますから」

「なるほど。さて、じゃあ会場のカイ達が戻るまで報告は待った方が良いですかね?」


 テレビを見れば、既に今日の予選は終わり、撤収作業をしているのが見える。

 結果はどうやら、BB達は無事に明日の式典本番に出場出来るようだった。


「いや、彼等が戻ったらもう一度同じ報告をして貰う事になるが、今は早く情報が欲しい。報告を頼めるかな、ユウキ君」

「了解です」


 今日あのビルで見聞きした全てを、はむちゃんに探って貰った全てをマップとして表示、手に入れた資料や謎の来客、そのスキャンデータも全て皆に開示、報告する。




「……なるほど。キョウコ君、この資料と理事長から預かっているドバイ周辺の放出廃棄魔力の数値を比べてくれないか」

「既に。結果をお見せしますわ」

「……やはりそうだ。確かに放出された廃棄魔力に対してアルレヴィンが使っている推定魔力の量が噛み合っていない……だが……」

「ええ、この国に流れている魔力の総量は一切異常なし。不正な魔力バイパスが通っている痕跡もありませんわね。流石に新しい供給路が建造されては国連でも必ず見つけられる……」

「となると……この魔力使用量は説明がつかない。だが建物で調べられる範囲に怪しい物はない」

「ただ結界によりハム子が侵入出来ない部分、資料によるとビルの建物にはないはずの場所から微量の魔力が流出しているようですわね」


 結界で塞がれている秘密の通路でもあるという事だろうか?


「いえ、結界はあくまで存在するだけ、通路のような物理的な空間はどこにも存在していません。地中をハム子の電子ソナーで調べた結果ですが、人の通れる道はありませんわ」

「……もしかして転送術式とかじゃない……?」


 するとセリアさんがそう指摘する、だが――


「あ、でもやっぱり今のなしで。無理だよね、この地球で転送は……」

「そうなるね。サーディス大陸、世界樹による加護の最も強いあの大陸でギリギリ一カ所だけ運用出来ている。それも、今の技術ではなく、神話時代に作られた術式による物だ」


 テレポート……イクシアさんが以前、そんな技術があるみたいな事を言っていたような。

 なんだっけ、確か二年前に海上都市と本土を結ぶ橋が破壊された時、フェリーで渡っていた時だったか。

 神話の時代には存在していたのは間違いない、と。

 なら……R博士やイクシアさんの他に、神話時代の知識や術を何らかの方法で知る術が存在したら?


「残念だけど現段階ではまだ確証も証拠も得られない。が、少なくとも違法な魔力消費、廃棄をしていた事実は掴めた。間違いなく罪には問えるが、連中にとっては蚊に刺された程度のダメージにしかならないだろうね。保釈金でどうにでもなる罪だ」

「そうですわね。次に繋がるか分からない……というところですわね、今回の情報では」

「ここからは本来の依頼内容であるBBの護衛、警備に戦力を注ぐ事にしよう。一度、アルレヴィン家への捜査は終了とする」


 先生のその決断は、悔しいけれど今は飲むしかないようだ。

 明日、式典の本番が始まる以上、事件が起きるとしたら明日だ。

 なら俺達はそれに対応する為に動くしかない。

 何故なら俺達は、シュヴァインリッターの生徒として、人々を守り、助け、敵を討たねばならない地位についてしまったのだから。


『――現在、ここドバイにはあのシュヴァインリッター、世界を救った英雄であるユウキ・ササハラ氏を筆頭に、SSクラスに所属する――』


 つけたままにされていたTVから、地元のニュース番組が――俺達を縛るしがらみを乗せたそれが流れるのだった。


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