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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十七章

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第二百二十五話

 ミーティングルームから連れ出された俺は、BB先導の元ホテルの最上階にあるスイートルームに通された。


「マザー、服を着てくれ」

「あら、来客ですか? 失礼しましたユウキ君、今シャワーを浴びていました」


 部屋に入ると、タオル一枚のマザーさんが居て一瞬で魂が天に召されそうになりました。

 ……やばい、奥さんがこのレベルで平然としていられるのかこの人。


「ユウキ君、今の光景は忘れろ」

「あ、はい。で……なんで俺を呼んだんですか? 今回の任務、協力してくれるんですか?」

「基本ノータッチだけどね、ただこちらの目的も他にある。今ここでアルレヴィン関係のゴタゴタを表面に出されたり、生徒さんが危険な目に遭って研修が中止になると困るんだ」


 マザーがいないからか、BB……いやヨシキさんが自分の目的について口にした。


「ちょっとアルレヴィンに用事があってね。こんな平和な式典の開催前に色々と露呈したり問題が起きると困るからね、少し助け舟を出そうと思って」

「BB、戻りました。それで、今回は私にも用事があるのですよね?」

「ああ、マザーにはちょっとR博士の魔導具の調整を手伝ってもらいたくてね」

「R博士の……魔導具ですか? 俺そんなの持ってないですよ?」

「いや、あるだろ。ほら女装する為のアレ」


 え? あれをどうするつもりですか。


「ちょっとチョーカーを貸してくれないか」

「……どうぞ」


 俺はチョーカーをヨシキさんに渡すと、そのままヨシキさんは自分の持つ端末にチョーカーを接続し、流れるようにマザーさんに渡した。


「マザー、そのデータの調整は出来るかい? R博士作だからね、癖を知っている君じゃないと短時間で改変出来ないと思って」

「これは……ああ……それで私の顔データを以前……」

「やっぱりか。リョウカとイクシアさんの顔だけじゃないと思った」


 ん? なんだ、ユキの顔データにマザーさんのデータも使われているのか?

 ……リョウカさん、どんだけ美人に作ろうとしてたんだよ……そりゃカイも一目ぼれするわ。


「それで、どうすれば良いのでしょう?」

「ちょっと待っておくれ。ええと……生徒のデータは……これだ、これに似せてくれ」

「なるほど……髪の色と長さはあまり変える必要はないようですね。肌の色の微調整と瞳の色、輪郭の調整さえ出来ればお化粧で良いでしょう」

「ふふ、さすがだ」

「……ええと、なんか俺の働きすぎる勘がこの後の展開を薄々読めて来た気がするのですが」

「まぁ、そういう事だ。喜べ、久しぶりに女装が出来るぞ、ユウキ君」

「誰が喜ぶか!」






「元々、目元のシャープさは似ていますので、メイクで少しだけアイラインを太く、下まつ毛のマスカラを太く、目じりのラインは気持ち下げるように描くといいですね。次回メイクする時の参考にしてください」

「すみません、たぶん二度とないです」


 マザーさんにお化粧をほどこされております。どうも僕です。


「眉は見たまま、若干細く凛々しく、元の設定を少し延長する気持ちで……肌がきれいですね、ファンデーションの必要はないでしょう。髪は……前髪の分け目を少し変えて……」

「……ああ……どんどん俺がキョウコさんに変わっていく……」

「ふふ、少しだけ足の延長義足の関係で背が高いですけど、二人で並ばないと絶対に気がつかれませんよ」


 一時間後、そこにはユキの数ある変装用の私服の一つを身に纏うキョウコさんの姿があった。

 いや俺だけど。


「うむ、上手く行ったな。よし、じゃあみんなの所に戻るぞ」

「ちょっと待った! これ、下手したら俺がユキだったってバレるんじゃないですか!?」

「いや、それはないだろ。あの一戦もあるし。君は元々エージェントだ、変装道具の一つや二つ持っていても不思議じゃない。それをマザーの力でここまで変えたんだ、不思議には思われないさ」

「一応、メイク関連の本も出していますからね、私」


 マジか。多芸だなこの人。

 釣りに料理にメイク……。


「まぁ、これで俺がどんな作戦を提案したいのか理解しただろう? 君がキョウコ君の代わりに連れていかれる。そこからどうするかは君達が決めてくれ」

「そんな無責任な……まぁキョウコさんが危険目に遭わないならそれでいいけど……」

「じゃあ戻ろう。マザー、同行をお願いするよ」

「はい。私がメイクと魔導具の調整をしたと言っておきますね」


 うわぁ、これは今までと違うぞ……俺だって分かられている上で女装を見せる事になるんだから……!






「やぁやぁ諸君、今戻ったよ。お兄さんから素敵なプレゼントだ。是非これを生かして新しい作戦を立てて欲しい」

「私は事態を理解していないので、すぐに外に戻りますけどね。少しだけ魔導具の調整とお化粧を手伝いました」


 部屋の外で中の様子を覗き見る。


「ふむ、どういう作戦ですBB。それにマザーにまで手伝わせるなんて」

「いやぁ、実はお兄さんもマザーも有名人だからね。秋宮から支給されている変装道具があるんだ。それと似た物をユウキ君も持っているから、ちょっとマザーに手伝って貰って『影武者』を仕立て上げたという訳さ」


 な、なるほど……少しは説得力もあるかな。


「影武者、ですの? あの、まさかユウキ君に私の代わりをさせると……いくらなんでもそれは無理では……」

「いや、ユウキは鍛えてはいるが体質なのか華奢なシルエットだ。確かに女装は出来るでしょう。しかし、相手方を騙すにはいささか無理が……恐らく相手方もこちらの資料は持っているはずですし」


 ショウスケ、頼む俺を見ないでくれ。今から入らなきゃだけど!


「そうですねぇ……身長でバレてしまうのではないでしょうか?」

「だな。キョウコの妹としてならもしかしたらいけるかもしれないけど」

「ふむ……ササハラ君の女装か。いささか彼が可哀そうではあるが」

「いや、絶対無理だと思うよ? ユウキって確かに可愛いけど、キョウコさんには似ても似つかないよね?」

「そうですわね。まぁ今の状態でも弟と言い張る事はできそうではありますけど」

「まぁまぁ、皆さんの意見はよく分かった。では百聞は一見にしかず! 入って来てくれたまえユウキ君!」


 俺はBBの呼びかけに、今すぐこの場から走り去りたい衝動を抑え込み、ゆっくりと室内へと入るのだった。


「いやぁ……どうもどうも……影武者です」


 入った瞬間のみんなの表情の変化は、たぶんこの先の人生で一生忘れないと思います。

 ショウスケ、お前そんな顔出来たんだな。凄いぞ、高校時代なら友達百人出来そうだぞ。

 キョウコさんそんな幽霊でも見たような顔せんで下さい。

 セリアさんは走り寄ってこないで!


「ユウキ!? 本当にユウキ!? 嘘! 背! おっぱい!」

「だー! 触らないで! ほら、これスーツ! 変装用のスーツ! シークレットブーツ込み!」

「お、おー……本当にユウキの声だ……」


 セリアさんが真っ先に近寄り、そんな感想を漏らす。


「これは……つまり、ユウキ君に代わりに誘拐されろ、と?」

「ま、これはあくまで提案だね。じゃあ部外者はこれで失礼するよ。マザー、行こうか」

「はい。それでは先生、生徒の皆さん。事情は分かりかねますが、事がうまく行く事を願っていますね」


 そう言って、この事態を引き起こした張本人達が去って行った。


「ええと……とりあえずこの方向で作戦立てます?」

「あ、ああ。しかし……凄いな」

「秋宮の仕事で色々変装して潜り込んだりしてたんですよ。身長伸ばしたり体系変えたり。割と」

「そうだったのか。いや、しかしここまで似せられる物なのか」

「どうやらマザーさんも同じ道具を使っていた事があるそうですよ。開発にも携わっていた関係、多少輪郭や目の調整が出来たみたいです。後は化粧ですね、マザーさんってどうやらメイクの仕事もしてる? みたいなので」


 とりあえず適当にでっちあげておきますね。


「そう、そうなんですよ! 今でこそ釣り系ぶぅチューバーですが、初期の頃はコスメの紹介やレビューをしていたんです! ですが『元が美人過ぎるから参考にならない』などのクレームが多く、それでいっその事好きな事をしようと生まれたのが今の『グランダーマザー』のチャンネルなんです! 羨ましい……そんなマザーにメイクアップしてもらえるなんて!」

「そ、そうなんだ」


 そこに食いつくコウネさん。流石、BBやマザーには詳しい……。


「しかし……メイクだけではありませんわね。流石秋宮の要人とも呼べるぶぅチューバー、そしてエージェントに支給される装備……輪郭がササハラ君のものではなくなっていますわ。触ってみてもよろしいですか?」

「うん、大丈夫。実際には視覚情報と触覚情報をリアルタイムで書き換える魔導具らしいよ」

「……信じられませんわね、こんな道具が実在するなんて」

「嘘!? リアルタイムの書き換えなの!? うわー……そんなに小さいのに……」

「ユウキ、俺も触ってみて良いだろうか?」

「あ、ユウキ君私も良い?」


 ええい! みんなして玩具にしおって!


「珍しいのは分かるけれど、まずは作戦を立てたいんだ。いいかな? みんな」


 見かねた先生が皆をたしなめ、ようやく作戦会議に移れそうだ。


「とりあえず、ユウキ君にはこの姿で明日以降行動してもらう事にする。その間、キョウコ君にはどこかに身を隠してもらう事になるが、このホテルはそもそもアルレヴィン家が手配した施設だ。君にも変装をしてもらい、人通りの多い町中で護衛を付けた状態で動いて貰う事になる」

「了解しましたわ。確かにどこか一カ所に留まるより、人通りの多い場所にいた方が良いでしょう」

「……今回、生徒の身を守る必要がある以上、キョウコ君の護衛は僕が引き受けるよ。では、次にユウキ君が誘拐、またはアルレヴィンのビルに呼び出された場合どう動くかについて、皆の意見を聞きたい」


 俺はその前に、どんな方法であれ社屋内につれていかれた俺が、どう動くかを提案する。


「先生、その前に一つ。現状、キョウコさんの召喚した精霊が社内の電子機器の稼働妨害、及びに不審な動きや箇所があれば調べるように設定しています。なら俺は社屋に入ったら、ポーズだけでもそれを解決するフリをする必要がありますよね?」

「ああ、確かにその通りだ。ユウキ君、解決策はあるのかい?」

「確かキョウコさん、ハムちゃんは分身させる事が出来るんだよね? 一体俺に持たせておいてくれるかな?」

「了解しましたわ。では今のうちに」


 すると、ポンっと音と共にハムちゃんが現れた。

 すると、キョウコさんの手のひらの上からこちらを見て、とても不思議そうな顔でこちらとキョウコさんを見比べる。

 やだ、可愛い。


「あー驚いてる驚いてる……可愛いなぁ」

「……ササハラ君、私の顔でそのようなだらしない表情はやめてくれます?」

「あ、ごめん。ほらハムちゃん、こっちおいで」


 なるほど、今の俺はキョウコさんの顔なのか。で、だらしなく笑っていたと。

 みんなが密かに笑いをこらえている様子なのはそういう訳ですかそうですか。

 ……ごめんキョウコさん。後で俺も鏡の前でいろんな顔してみますね。


「ユウキ君、実際に社内に連れていかれた後の行動について、考えはあるのかい?」

「そうですね、このハムちゃんで完全にキョウコさんだと信じ込ませられるでしょうし、後は少し時間を掛けて社内の問題を解決させる……ふりをしながら、社内をさらに詳しく調べてみますよ。その後は撤収、実際にアクションを起こすのはまた別な日にします」

「そうだね、それがベストだろう。明日、アルレヴィンのところに来客がある事はコウネ君の情報から分かっている。下手をしたら一日中本人が社内にいる可能性すらあるだろう。ただ……」


 分かっている。ただ調べて撤収するのはあまりにも惜しい。


「最低でも来客の正体くらいは調べておきます。社内から解放された後はそのままホテルに、もしなんらかの危害を加えるようでしたら――」


 誰も残さず殺す。全てのデータも破壊する。……という訳にもいかないよなぁ。

 ヨシキさんも今騒ぎを起こされるのは不味いって言っていたし。


「極力被害を出さずに無力化して帰還しますよ。向こうも内部でゴタゴタが起きたとは大っぴらに外に言えないでしょうし」

「ああ、そうして貰えると助かるよ。『凄く不便な思いをさせて申し訳ないね』」


 なんなんですか、もう俺が本当は殺戮がしたくて仕方がないみたいな事考えてるんでしょ先生!


「では、明日の会場の警備はどうしましょうか? 僕達が今日調査に向かいましたし、人員をそっくりそのまま変えた方がいいでしょうかね?」

「あ、でも私は明日も会場警備が良いのですけど……」

「コウネさん、明日は調査という名目で変装したキョウコさんと一緒に行動してよ。半分観光みたいにしてさ。一之瀬さんも一緒に」

「なるほど、買い食いですね! ……というのは冗談ですが、確かに女子で固まった方が『それらしい』ですね。キョウコさんの護衛にもなりますし」


 班分けの結果、今日調査に向かった男子全員で会場の警備、俺ことユウキだけ別行動という扱いで、先方には適当に警戒してもらう。まぁ実際には会場にキョウコさんとしているんだけど。

 そして女子、彼女達は調査という名目で買い物をし、本物のキョウコさんを護衛。


「今日は会場警備、みんな一人ずつ周囲の哨戒に行ったんだよね? なら俺が一人で動いても違和感がない。何かアクションを起こしてくるならそのタイミングだろうね」

「なぁ、本当に一人で大丈夫なのか、ユウキ」

「俺達は会場から離れられない。なにかあった時、援護に向かう事が出来ない訳だが」

「大丈夫でしょ、ユウキ君なら。そうだよね?」

「ああ、カナメの言う通り大丈夫だ」


 危害を加えられるのを避け続けて時間を稼ぐことも出来る。

 無力化する事も出来る。何よりも――本当に自分の身に危機が迫れば、ヨシキさんの都合を無視して全員殺す事だって俺には出来る。

 俺は任務の為に死ぬつもりも怪我をするつもりもないんですよ、イクシアさんが心配するから。


「さて、ではユウキ君はまだ何か調整があるならそれに取り掛かってくれ。キョウコ君は……もう一度BBとマザーに協力を頼んでみよう。明日の変装の為に」

「了解。じゃあ俺は自分の部屋でボイスチェンジャーの調整や喋り方の練習してきますね」

「分かりました。少々私も興味があります、自分が別人になるというのは」


 一人部屋に戻った俺は、そのまままずはキョウコさんの顔で色んな表情をしてみるのだった。

 ……キョウコさんもっと笑えばいいのになって思いました。






 翌日、メイクの関係で変装をしたままだが、とりあえず顔をぬらさないでシャワーだけは浴びました。

 なんか……身体だけ男で背の低いキョウコさんとか見たくないので目つぶってたけど、それでも罪悪感が……。

 スーツも服装も整え、会場警備に向かう前に全員ミーティングルームに集まると、そこにはしっかり変装を終えたキョウコさんだと思われる女性がいた。

 あれ……どこかで見たことがあるような……ないような……?


「おはようございます。本日の警備、宜しくお願いしますわね」


 どうも、これ俺です。ボイスチェンジャーの調整はそこまで自由度はないのだが、とりあえず女性の声には出来るので、ピッチを少しだけ上げてキョウコさんに似せ、話し方の癖や口調を意識して話す。


「うお!? え、ユウキ……だよな?」

「ええ。あまり過度な反応はしないでくださらない、ヤナセ君。外で怪しまれる訳にはいかないのですけど?」

「……マジかよ」


 我ながら中々様になっているのではないだろうか。


「ササハラ君、もう少し背筋を伸ばしてくださいまし。口調や声は似ていますが、姿勢がまだ完璧ではありませんわ」


 すると、変装したキョウコさんに注意されてしまった。


「申し訳ありませんキョウコさん。以後気を付けます」


 うーん、どこかで見たことがあるんだけど、キョウコさんは一体誰に化けているんだ……?


「ところでキョウコさん、貴女は一体誰に化けているんですの?」

「……違和感が凄いですわね。本当に自分に話しかけられているみたいで。これは実在の人物ではありませんが、ある人物を元に特殊メイクをしてもらいました。秋宮理事長に仮に娘がいたら、こんな顔だろう、と」


 ああ! リョウカさんに似ていたのか! なるほど……確かに面影が……。


「じゃあ、会場に向かってからはユウキをキョウコとして扱えばいいんだよな……?」

「ええ、くれぐれも名前を間違わないように。キョウコさん、そちらも多少の警戒は必要でしょうけれど、存分にドバイ観光を楽しんでください。その方が警戒もされないでしょうし」

「ええ、そうさせて頂きますわ。……本当に似すぎていて恐いですわね」


 いやぁ、本人にそう言って貰えて恐縮です。

 そこ! 女子組! そんな不気味な物でも見るような目でこっち見るな!


「……エージェントとして動いて来た本物は、ここまで出来るものなのか……」

「ユウキ君凄いねー。数年前まで同じ高校通ってた一般人だって思えないよー」

「本当凄いですよねぇ。今度は是非私の変装もしてもらいたいところですね?」

「うーん……その魔導具の開発者さん、何者だろう……」






 会場に移動し持ち場に着くと、昨日よりも若干人数の減った出場者が、予選開始前に最後の打ち合わせをチーム内で行っているようだった。

 俺はBBのチーム最寄りの持ち場で、その様子を眺める。




「さて、今日は昨日と違って事前情報が一切ない状態でお題が出される訳だけど、ある程度ジャンルごとに作るメニューは決めているね? どんなメニューが出ても基本の指揮は俺、完成の一時間前にはマザーに指揮を交代、これだけは守ってくれ」

「了解だミスタBB。だが、前半で先に菓子を作る必要になりそうなお題の場合は――」

「それなら私が最初に指揮をとるわ。それでいいかしら?」

「うん、それでいいね。僕はお菓子だけは門外漢、正直知識も乏しい」

「ふむ……なら燻煙が必要になりそうな場合、俺は最初の三〇分は別ブースに移動して参戦出来なくなるが、問題はないな?」

「構わない。最高の状態の煙が出来たら知らせてくれ」




 うん、なんかかなり体育会系な作戦会議をしている。

 凄いな……料理の大会ってここまで競技的なんだ。


「いきなり私から哨戒に向かうのも相手にとって都合がよすぎるでしょう。最初はカナメ君、その次に私が向かいますわ」

「了解『キョウコ』さん」

「私の次はコトウ君でお願いしますわね」

「あ、ああ。その、何かトラブルが起きた場合はどうすれば」

「その場合も時間厳守、哨戒中に遭遇した場合は可能なら連絡、そうでないなら予定時間を過ぎた段階で一人、捜索に向かわせてください」


 恐らく、俺が連れ去られたりした場合はどうするかの確認のつもりだったのだろう。

 ショウスケにそう答えると、納得した様に頷いた。


「今日の審査員にはアルレヴィン家の次期当主はいないんだな」

「そのようですわね。現当主は無類の食通という事もあり参加しているようですけれど」


 その現当主が、数あるキッチンブースの中からBBの方を注視していた。

 一瞬、護衛であるこちらにも視線が向いたように感じたが、すぐに興味を失ったように他の人間との会話に戻ってしまった。


 そうして、予選が開始され一斉に料理人たちが動き出す。

 緊張感の充満する中、徐々にこの場に緊張感ではなく、料理の匂が立ち込めてくる。


「お題は多国籍フルコースだ、デザートを仕上げるのは一時間後、それまではこちらの指揮下に入ってくれ」

「食材、何か不測はあるかしら!?」

「俺の方に何か適当な紅茶葉と黒胡椒を持ってきてくれ!」

「こっちにはスモークガンとミルクスチーマー、コラーゲンパウダーを頼む」

「自分で行きたまえ!」


 俄かに慌ただしくなる目の前のBB達。

 戦場だ、まさしくここは戦場だ。まるで怪我人が大勢出た前線のような、そんな修羅場だ。


「すげぇな……これがここだけじゃなくて全員がこうなんだ……」

「番組で編集されているんじゃない生の現場ってこんな感じなんだね」

「どの分野でも一流となれば必ずこんな空気なのだろうな。尊敬に値する」

「本当、そうですわね。カナメ君、そろそろ哨戒の時間ですわよ」

「あ、了解」


 そうして、カナメが戻ってくるまで、俺達は会場の様子をチェックしながら、何か事が起きたら即座に動けるよう、臨戦態勢で予選を見守るのであった。




 それから四〇分程経過し、会場に料理の匂いが充満し空腹が刺激されて来た頃、カナメが会場に戻って来た。


「おかえりなさい。何か異常は見当たりましたか?」

「そうだね、聞いていた通りかなりの屋台が集まっているから、それ相応にトラブルは起きていたけれど、重度の事件性はなかったと思うよ」

「なるほど。では、次は私の番ですわね。そうですね、吉田君が四〇分ほどかかったのなら、私は五〇分、遅くても一時間程で戻ります。もしもの時はお願いしますね」


 そう次の順番であるショウスケに言い残し、会場を後にしたのだった。




 カナメやコウネさんに聞いていた通り、会場周辺はまた別のお祭りでも開かれているような様子だった。

 各国の屋台が立ち並び、そこに集う上流階級の観光客の皆様。

 凄いな、もしここが日本だったら人混みで身動きがとれないところだった。

 さて、恐らくこちらの動きは把握されているはず。人目につかない場所の哨戒でもしてみますか。




「……気配でバレていますわよ。哨戒中のシュヴァ学生相手にこれはお粗末ではなくて?」


 併設されている、今日は閉館中の遊園地外周を見て回っていると、何者かが俺を取り囲むように展開している事に気がつき、聞こえるようにそう宣言してやる。

 すると――


「流石シュヴァインリッターの生徒か。我々の雇い主が貴女を呼んでいる、大人しく同行してもらおうか」

「生憎、任務中ですのでお断り致します。正規の手続きをして出直していらっしゃいな」

「……ならこれでどうだ?」


 懐に手が向かうのが見える。ふくらみから小型のデバイスだろう。

 交渉中の男以外も大掛かりなデバイスを構えようとしている気配あり。

 遅い、遅すぎる。こんなの俺じゃなくても余裕で阻止できる。

 だが……今の俺はあくまでキョウコさんだ。だが――


「その手を放した方が身のためですわね」


 交渉役の男の背後に一瞬で回り込み、首筋にナイフを突き立て、同時にハムちゃんを待機させ周囲を威嚇する。

 この目の前にいる男一人なら抑えられる。人質にして周囲を牽制する事だってキョウコさんならやってのけるはずだ。


「あまりにも甘く見ているのではなくて? このまま人気の多い場所まで貴方をひっぱって行く事も可能ですが、騒ぎを大きくして貴方の雇い主は喜ぶのかしら?」


 最低限の武力と交渉で切り抜ける方法を模索する。


「ぐ……」


 すると、交渉役の男ではない、別な男の懐から端末の着信音のような音が鳴り響く。

 何やら会話をしているようだが、その後すぐに――


「隊長、ボスからの命令です。全員武器を納めろと」

「分かった。ミス・キョウコ、こちらはもう抵抗もしない、手荒な真似もしないと約束する。拘束を解いてくれないか」

「では全員、私が見える位置まで武装を投げ捨てて下さいまし」


 大人しく、周囲から沢山のデバイスが飛んでくる。

 無論、ナイフを当てている男からも。


「良いでしょう。拘束を解きます」

「……感謝する。ああ、我々は貴女を見くびっていた。SSクラスの非戦闘員だと知らされていたが……とんだ誤情報だった。たった一人で我々を降伏させるとは」

「これが私である事を感謝なさい。私以外なら交渉の前に全員、一秒以内に殺されていましたわ」


 無論事実だ。いや、少しは盛ったかもしれない。

 だが、それを信じたのか交渉役の男がゴクリと喉を鳴らす。


「所属と目的、雇い主の名を言いなさい」

「……いや、その必要は恐らくなくなる」


 その瞬間、俺の通信機に反応が。

 俺達の通信機は通常の通話と秘匿通話が可能だ。

 秘匿の場合、着信音は骨伝導に変わり、その振動パターンで誰からの通信なのか判別できるようになっている。

 これは……カズキ先生だ。


「通信に出ます、おかしな真似はしないように」

「……分かった」


 そして俺は、カズキ先生の通信に出る。


『……キョウコ君。たった今アルレヴィン当主から正式な依頼があった。カズキキョウコの手を借りたい、本社ビルまで来て貰えないだろうか、と』

「なるほど、本当に正規の手続きを行ったようですわね。それも……まさかこんな大物からの連絡だとは思いませんでしたわ」


 なるほど、無理やりが無理なら正規の方法を取ると元から考えていたのか。

 あまりにも準備が良すぎる。


「では、私は警備の任務を一時中断せよ、と?」

『そうなるね。どうやら既に迎えの人間が君の元にいるようだから、送ってもらってくれ』

「了解」


 さて、じゃあ今度こそしっかり案内してもらいますかね。


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