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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十七章

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第二百二十四話

「オフィス街の方ですの?」

「うん。まだ断定出来た訳じゃないけど、魔力の強弱が激しく切り替わるような変な反応があったんだ」

「こっちのショッピングモールは空振りだったな。ただ人が多いだけだった」

「式典の関係で各国のテレビクルーも来ているみたいだったよ。たぶんこの機会に都市の中の有名スポットの取材でもしているんじゃないかな」


 なるほど……人の集中しやすいスポットは避けているって事なのか?

 オフィス街にどの企業がビルを構えているのかリストアップした方がいいかもしれないな。


「ショウスケ、オフィス街、この近くの区画だけに絞ってどんな企業が入ってるのかリストアップって出来るか?」

「ああ、既にリストに入れている」

「さすがですわね。ではその中に……アルレヴィン家傘下の企業が入っているオフィスビルは幾つでしょう?」


 そう、それを調べるのが目的だ。

 元々怪しんではいたが、こっちに来てから色々な工作をしてきているんだ、きっと探られたくない何かがあるはずだ。


「む……関連企業だけで七カ所もあるな、それと……アルレヴィン家直営の電力会社のオフィスビルもある」

「んじゃそのオフィスビル行ってみようぜ」


 ま、勘だけどさ。






 オフィス街の一角に、明らかに他とは一線を画する面積を誇る敷地と、そこにそびえる巨大なビル。

 これビルに近づく事すら難しそうだけど、どうしようか。


「ハム子を侵入させてみましょうか?」

「だね、とりあえず様子見だけしよう。ただ……フロリダの一件で、確かハムちゃんでもうまく調べられない事があったよね。もしも異常が見受けられなかったら、大人しく戻って来させて」

「分かりました」


 恐らくだけど、そう簡単に証拠は掴ませてくれないと思っている。

 その場合はむしろ……口実を作ってもらおうか。




 どうやらビルの周囲は休憩スポットなのか、まばらではあるが休憩に来ている人間の姿も見えるし、屋台の出店もあったので、ここで軽食でも食べながら時間を潰す事にした。


「はい、買って来たよみんなの分も。ただ待つよりはこうして軽食でもつまんでいた方が自然だしね」

「へー! これ焼き鳥みたいでうまそうだな」

「うん、なんとなく知らない料理よりこういうのがいいかなって」


 カナメが買って来た串焼きを五人で頂きます。


「んむ……この国の料理はスパイスが効いた物が多いんだな」

「だな。うまいぞこれ」

「カレー味のでっかい焼き鳥って感じか」

「ケバブですわね。恐らくこれは羊肉でしょう。宗教上の理由で豚肉が食べられない人間の多い地域では羊や鶏が多く使われていますわ」

「なるほどね。沢山種類があったから、一番売れてるのを選んできたんだ」


 美味しいな、これ。

 五人で小腹を満たしつつ、この後どうするかと相談していたところ、キョウコさんがハムちゃんの帰還を知らせてくれた。


「どうやら怪しい箇所は見当たらない用でしたわね。電気系統の配線を今マッピングして表示しますわ」

「ん、お願い。場合によってはもう一度ハムちゃんに出て貰うから、お願い出来るかな」

「何か考えがあるんですわね?」


 侵入が難しいのなら……逆に相手方に呼んでもらうのだ。


「出ましたわ。社内の電力供給ラインと、プライベートネットワーク。外部との接続はこの一カ所のみ。機密性の高い情報を扱う会社の一般的な構造ですわね」

「なるほど……で、肝心の魔力の乱れについては?」

「……ほぼ黒ですわね。社内から魔力の反応が強く出ていますわ」

「おっけ、んじゃ黒だ。今からハムちゃんもう一度社内に侵入させて、一番重要そうな場所……この場合は電力供給とネットワーク統括してるあたりで断続的な障害を発生させてみてくれない?」

「……断続的に?」

「うん、壊して終わりじゃなくて、壊れない程度に断続。たぶん長時間になるけど、どれくらいキョウコさんから離れて活動出来るのかな?」

「そうですわね、電気を食べながらだとすると、最低三日は活動出来るかと」

「お、じゃあ十分だ。絶対に捕捉されない自信は?」

「誰かが近づいた段階で消失するようにも出来ますから、補足は不可能ですわ」


 何それ恐い。ハッキングだけじゃない、純粋に破壊工作としても有用過ぎるから警戒されているのかもしれないな、彼女とハムちゃんは。


「凄まじいな……精霊種というのは」

「ふふ、そうですわね。どうやら新種の精霊らしく、グランディアの記録にも残っていないようですの」

「へぇ、そうだったんだ。もしかして雷を司る凄い子なのかもしれないね、君」


 カナメがそう話しかけながら撫でると、嬉しそうに『チーチー』と鳴く。

 可愛い……俺もこういう子欲しい。


「それで、破壊工作……と呼ぶには地味な内容ですけれど、どうするつもりですの?」

「絶対にこちらを疑うか泣きつくか、どっちかだと思うんだよね、アルレヴィン家の動きって。どっちでもいいから俺が内部に入れるようにしてくれないかなって。確定ではないけど事態は動く。動いたらそれを良い方に転がす。それが今の俺に出来る最善策かなって」


 正直、フロリダの一件のようなごり押しはこの国では出来そうにない。

 それに俺の勘だが……たぶんこの場所は黒だろうけど、警備のレベルも防衛機構も確実にあの時の基地より上だと睨んでいる。

 金だよ、世の中金。膨大な予算で防衛してるんだと思うよ。少なくとも外観からしてケタ違いだもん。


「出たとこ勝負か。ユウキ、その調子でこれまでやって来たのか?」

「まぁ正直かなり出たとこ勝負で強引に突破してきたよ。沢山殺して、沢山壊して、沢山衝突して。それを成し遂げられるだけの力も、覚悟も、罪も俺は背負ってるんだよ」

「…………そうか。なら、俺は何も言わない。お前が成し遂げてきたことも、苦悩も、苦労も、俺は何も知らない。今回ばかりは俺からの小言は無しだ」

「ん、サンキュー。で、他のみんなの意見を聞きたいんだけど」


 強引な俺の策にショウスケは何かを言いたかったのだろう。

 けれどもこれが俺だ。今最短で調査を進めるには、どんな手でも使って中に入る、もしくは先方に何か動きを起こさせるしかない。

 もしかしたらもっと時間を掛けたら侵入方法もあるのかもしれない。でも俺達には時間が限られている。

 式典の最終日までBBが残れるとして、それでも一週間すらない。

 物資の搬入やら警備の隙やらを探るのなら、最低でも一週間以上は調べないと決まったルーティンを見つけることも出来ない。

 だからこれこそが最善だと俺は判断した。

 この考えを他の皆は理解してくれているだろうか。


「それは結果的にユウキの負担が多くなる方法じゃないか? 侵入する役目だけでも誰かに――」

「カイ、それでユウキ君よりも成功率が高くなるのかい? 僕達は結果を出すのが仕事だよ、少なくとも研修中は。僕もこれが最善だと思うよ」

「そうですわね、次点でミコトさん、そしてヤナセ君でしょうね。ササハラ君にトラブルでも起きて調査に向かう事が出来ない場合以外は彼が侵入するのがベストでしょう」

「そう……なのは分かってるんだよ俺も」

「ま、大丈夫だって。今回に限っては調べたらすぐ脱出するだけだから」


 俺達はハムちゃんを侵入させ、一足先にホテルへと戻る事にした。

 事件が起き始めた時、この場所に俺達がいると色々勘繰られるだろうしな。






「ふぃー……涼しいなーやっぱ」

「流石にこちらは気温も高いからな。湿気こそ少ないが、日差しの強さは段違いだ」

「調査も終わったし、ホテルのプールにでも浸かりたい気分だけどな」

「あ、それなら僕はまたショッピングモールの方に行きたいよ。あそこは『ディープダイブドバイ』があるからさ」

「なんですの? それは」

「あれ、カヅキさん知らない? 世界一深いプールで、ダイビング体験も出来るんだ。水没した建物みたいなコンセプトで、水中に町が一つ沈んでるみたいな」

「そんな場所が……自分で潜るのは恐ろしいですが、見てみたいですわね」


 あ、それたぶん俺知ってる。ネットの記事で見た事あるわ。

 あれはイクシアさん的にアリなのか? それともナシなのか?

 たぶんナシだろうな……。


「む、すまないカナメ、テレビのリモコンを貸してくれないか?」

「うん、いいよ。何か気になる物でもあった?」


 ミーティングルームのモニタでテレビのチャンネルを切り替えていたカナメからリモコンを受け取るショウスケ。

 テレビの内容の殆どが日本語じゃないから俺達が見てもあまり面白くはないんじゃないか……? それとも翻訳でもされているのだろうか?


「式典の予選の様子が中継されているそうだ。多言語翻訳もされているから見ておくべきだろう」

「あ、テレビでもやってるのか。一応、BBが勝ち残らないと俺達がここに滞在する理由も薄くなるし、応援しないとな」


 映像の中では屋外に設営された広大な会場と、そこに並べられた三〇のブース、そこで慌ただしく動く出場者達が中継されていた。


「この規模の会場……確かに警備の人間が多く配備されている様子ではあるな」

「たぶんアルレヴィン家の私兵かなにかじゃないのか? 他にも式典に協力してる政府の軍とか」

「恐らくそうでしょうね。ですが……」

「まぁ僕達は本当の脅威を知ってる身だからね。最悪の事態が起きた時に戦力になりそうなのは会場にいるクラスメイトだけだと思った方がいいよ」

「そこまで……なのか」

「ま、それでも魔物とかじゃない、ただのテロリスト程度なら対応出来るし、安全だって言えるんじゃないか?」

「確かに、元々アルレヴィン家と言えばアラブ周辺諸国ではエネルギー事業の最大手ですし、敵が多いのも頷けますわ。そもそも個人で護衛を雇いたいと申し出たBBの頼みを飲んだ以上、参加者からも危険だと思われていると承知の上でしょう」

「……それに、何かを隠しているとしたら、それを狙う他の人間がいてもおかしくない。現に俺達が調査に来ているように、別な目的でやってきている連中だっているだろうし」


 で、そういう外敵から自分の家を守る程度の戦力は用意しているって訳だ。


「なるほど、その予測されるレベルの相手ならSSクラス以外でも対処可能だと。で……詳しい事は聞いていないが、前回の研修で対応しきれない相手が現れたと」

「まぁ正直今回は無関係だと思うんだけどな。調査が主目的だし、俺達はここでBBの応援をするくらいしか出来ないんだよ、今日のところは」


 これだけ厳重な警備、警戒している人間なら、ハムちゃんの破壊工作については既に報告が行っているはず。

 今日は式典の予選を観戦しに来ているらしいが、内心今すぐ本社に戻りたいのではないだろうか。


「明日以降、かな。あちらさんがどれだけ調べても原因が分からなければ、ここにきている俺達を頼るにしても、疑うにしても、向こうから接触してくるはず。もしも何もアクションを起こさなくても、警備の強化で人員の増強、人の出入りが多くなって付け入るスキも出来るって訳だ」


 うまくいく保障はないんですけどね?








 その頃、人口島の一角をふんだんに使い設営された予選会場では、出場者達が最初のお題をクリアする為に奔走、その様子を警備に回されたSSクラスの生徒達が見守っていた。


「今更ですけど……こちらの警備に立候補した事を後悔しています……」

「あー……気持ちはわかるよコウネ。凄く良い匂いだもんね……」


 コウネ達SSクラスが警備しているのは、BB達のチームが近くにいるブロックであった。

 当然、調理中の香しい芳香にコウネの脳は錯乱寸前にまで陥っていた。


「コウネ、しっかりしろ。会場の周辺の見回りをしてきたが……十分に侵入者が現れてもおかしくない場所が幾つも見受けられた。あくまで私達の基準での話だが、油断出来る状況ではないのだから」

「わかりましたよ……そうですね、では次は私が見回りに行ってきます……」

「途中で買い食いなんてするんじゃないぞ」


 そんなSSクラスの生徒達であった。






「ああ……でも屋台が沢山ですねぇ……見回りの一環として、屋台用の電力供給の拠点やその流れを調べるのも必要でしょうし、ちょっと屋台の方に行きましょうか」


 会場周辺には当然、コウネのように食欲を刺激され、何かを食べたいと思う人間に溢れている。

 それを逃す商売人は存在しない。当然のように、まるで第二のお祭りでも開かれているような規模で、屋台が大量に立ち並んでいたのだった。


「はぁぁぁぁぁ! ケバブ屋に……なんでしょう、あれはどこか別な国の屋台……? ああ……! あっちの果物屋台も良さそうです! 夢の国に迷い込んでしまったみたいです!」


 目を輝かせながら吟味しつつも、その視線は時折周囲を探るように動いていた。

 配線の出所、繋がっている箇所、電線がどこに向かい、どの位置に配管されているのか。

 日本とは違い電柱というものが殆ど存在しない外国でも、コウネは電気に含まれる微かな魔力を察知し、エネルギー供給源の場所を探る。


(やっぱり何か事を起こすなら、こういう大本が狙われるんですけど……さすがに厳重に警備されていますよね)


 いつの間にか買ったピタパンを片手に、警戒すべき場所をチェックして歩く。

 腹ペコで買い食いをしていても、SSクラスはSSクラスなのだ。


「はあ……羊の独特の風味を消すのではなく美味しさに変えていますねぇ……やはりカレー系のスパイス配合は世界最高の発明の一つです……!」


 たっぷり羊肉のあら挽きハンバーグが入っているそれを、幸せそうに食べ歩くコウネ。

 その姿は微笑ましくもあり、同時に魅力的でもある。

 一人の成人した女性、それも人目を惹く美貌を彼女もまた持ち合わせている以上、注目を集めるのは当然ではあるのだが――


(ん-……釣れませんね。これは狙っているというよりは警戒しているのでしょうか)


 自分が、傍目からどう見られるかくらいは理解している。

『どこか抜けていて無邪気』『御しやすそう』『そこそこ見れる程度には美人』であると自負していた。

 つまり今の自分は恰好の囮になると踏んでの行動だったのだ。


(まだ警戒されているのか、それとも……いえ、まさかあれは……)


 コウネは、途中から自分がつけられていると感じ取っていた。

 自分が秋宮の生徒だからこそ、アルレヴィン家の人間に尾行されても不思議ではないと。

 だが、その考えが間違いなのだと知る。

『自分はつけられていたのではない、たまたまそこにいただけなのだ』と。


(『アルレヴィン・スクード』何故こんなところに……)


 視線の先、コウネよりも少しだけ先を歩いている男。それこそが、今回BBを招き、SSクラスの同行を許可した、最も警戒すべき次期当主その人だったのだ。


(人気のない場所を探している……?)


 屋台群から離れるように、周囲にSPを潜ませたまま人目を避けるように動くアルレヴィン。

 コウネは流石に周囲にSPが控えている状態で近づく事は出来ず、更に距離を取り、SPに気がつかれない距離で彼を追う。


(この距離なら……ギリギリ聞こえるでしょうか)


 コウネはアルレヴィンが何やら通話中だという事にきがつく。

 あまり人に聞かれたくない話なのだろうと当たりを付け、なんとかそれを探れないかと、男が最後に辿り着いた電力を供給する設備、小さな建物を見張る。

 さすがにあの中にまではSPが入っていない、ならばどこかから密かに侵入出来れば、盗み聞く事が出来るのではないかと、周囲を探る。


(この規模の電力設備なら……放熱のダクトくらいあるはずですよね)


 普段、前に出ないとはいえSSクラスの前衛も務める人間。

 この程度の侵入、やろうと思えば簡単で出来る。

 無人の発電所、今は人が一人だけ。なら当然――


(これ、会場には戻れませんよね……埃だらけですし)


 ダクトの一つに滑り込み、内部のフェンスやセンサーの類をあっというまに魔術で氷漬けにし無力化、見事潜入してみせたのだった。


(電力設備の規模は流石ですね……気温の高さ的に……地下まであるのでしょう)


 景観を損ねない為にも、電線やこういった設備を地下に作る事の多い国。

 それ故に大きなダクトが存在し、中に潜入出来たという訳だ。


(……聞こえますね)


 微かに聞こえるアルレヴィンの言葉。

 残念ながら通話相手の話す言葉は聞こえようがないが、それでもアルレヴィンの言葉だけは伝わって来る。


『……原因の特定が出来ないのなら一時全て停止させろ。明日来客がある、慌ただしい姿を見せるような真似だけはするな』


『豚の手駒の動きはどうだ。可能性として考えられるのは、例のUSHの社長代理だ。アレは政府の監視対象の情報戦のプロだ』


『……そうか、では明日招待しろ。手段は問わん』




 漏れ聞こえて来る断片的な会話。

 しかしそれでも、コウネには十分それが何を意味しているのか理解出来ていた。

 通話を終え施設を出て行ったアルレヴィン。

 すかさず自分も後を追おうとして、思いとどまる。


「……相手は用心深い人物。迂闊な行動は出来ませんね。それがたとえ撤退だとしても」


 シュヴァインリッターSSクラス三期生という肩書は、人を必要以上に慎重にさせる。

 そしてそれは今回、プラスに働いたようだった――






「……誰も反応は無しか。お前達、撤収する。このまま会場ではなく本社に戻るぞ」


 電力施設の外、建物に向かい周囲を取り囲むように展開させ、他の誰かが出てくるかもしれないと警戒していた人間をアルレヴィンが下がらせる。

 自分が移動する時には常にだれかを控えさせる。

 それがたとえ密室であるはずの施設からの移動であっても。








「え、なに? コウネさん警備の仕事中に買い食いしてホテルに帰って来たの?」

「いえ、これには事情があるんですよ? ほら、服が汚れていますよね? 流石にこの状態で持ち場に戻るのは憚られますし」


 ホテルで式典予選の映像を見ていたら、なんとそのホテルにコウネさんが戻って来た。

 確かに服のあちこちにこすれたような黒い後、それに埃があちこちに……。


「で、どこ行って来たのさ? あ、一之瀬さんに連絡入れておいた?」

「あ、忘れていました」


 持ち場を離れた事も知らせずに何をしていたのだろうか?


「――はい、ええ。少々緊急を要する事態ですので――はい、ではホテルに皆さんが集まったらまた後程」


 テレビの中継の中では、今日の予選が終わり結果が発表されているところだった。

 パッと見ただけで今日の結果が分かった。予想通り一次予選はBBのチームがトップ通過だ。

 明日の最終予選で勝ち上がったら、さらに翌日の式典本番の開始だ。

 何か事件が起きるとしたらその日。つまり、アルレヴィンではなく、それを狙う外部の人間が事を起こすとしたらこの日だろうと言われている。

 国を挙げてのイベント。数多くの富豪や企業のトップが一つの都市に集まるこの日は、当然警備の人間も増える。

 つまり……『足手まといが大量に存在する』って事だな、傲慢な物言いだけど。


「ミコトちゃん達もまもなくこちらに戻って来るみたいです。先にミーティングルームの手配をしておきましょうか」

「そうだね。一応今日も中の警戒、盗聴器の類のチェックはお願いね、キョウコさん」

「了解しましたわ」




 ミーティングルームに、クラスメイトと先生が集まる。

 無論、コウネさんの報告を聞く為に。

 勿論、今日俺達が調査した結果と、どんな事をしたのかの報告も兼ねているのだが。


「俺達の調査の結果ですが、結論から言うと『最も怪しい場所を補足したが調査に踏み切れません』でした」

「我々は二手に別れ、オフィス街とショッピングモールの隣接する地点に行きました。レジャー施設を含め、大量の魔力が消費されている形跡は見受けられましたが――」


 俺達の報告が終わると、コウネさんが挙手をする。


「カズキ先生、今のユウキ君達の報告を聞いて確信が持てました。明日、アルレヴィン次期当主は動きます。そして……キョウコさん、貴女が連れ去られる可能性が高いです」


 そう断言したのだった。


「私が、ですの?」

「はい。私は今日、アルレヴィン次期当主であるスクードが人目を避け、通話をする場面を尾行、断片的ではありますが会話を盗み聞きする事に成功しました。その内容は、間違いなくユウキ君達が今回蒔いた餌に反応した物だと思います」

「なんだと!? コウネ、お前外回りでいなくなったと思ったら……」

「本当に偶然だったのですけどね。どうやらユウキ君達の工作の知らせを受けているようでしたが、どうやら……キョウコさんの力を彼は知っている口ぶりでした。そしてキョウコさんをどうにかして招待する、とも」

「っ! それはありえませんわ! 私の力は日本政府と一部の日本企業、そしてグランディアにある一部政府しか知りません。日本政府は私の力を……最悪の場合、他国との情報戦争や、対秋宮の最終兵器として隠匿してきているはず。地球とグランディアの条約に関与していないこの国の人間が知る筈が……!」


 キョウコさんの力は、確かにそうなのだ。

 軽く見られがちだが、リョウカさんが態々個人的に密約を交わし力の行使を契約で縛っている。

 国にとっても彼女の力は……下手をすれば簡単に世界を混乱の渦に落とす力があると理解しているのだ。

 この情報社会において、誰にも悟られずに電子に関わる情報を全て丸裸に出来る力なんて……その価値は計り知れない。

 確かにその情報が外部に漏れるとは考えられない。


「そうだね、キョウコ君の力を知る政府関係者は、どこに所属していようともその情報を隠匿するだろうね。君の力はその気になれば今すぐにだって第三次世界大戦すら起こせるような物だ。だからこそ、普通はこの国の要注意人物に知れる事はない」

「はい。コウネさん、私の力をスクードが把握しているというのは本当ですの?」

「少なくとも、今起きている破壊工作の解決にキョウコさんが必要だとは思っているような口ぶりでした。SSクラスでなく貴女の名前を真っ先に出した以上……いえ『USHの社長代理』と呼んでいましたね……」


 その瞬間だった。キョウコさんが強く、本当に強く強く、ミーティングルームの机に拳を突き立てる。

 すさまじい音が響き、そして心の底からの侮蔑を表すような口調で――


「ぶちくらがすぞあんの親父!」


 初めて聞く、恐らくキョウコさんの方言での罵倒だった。

 こ、こわ……え、今『ぶち殺す』って言った?


「失礼しました。ちなみに今のは『お父様をはりたおしたい』と言いました。恐らく、漏れたのは父経由でしょうね。父はエネルギーを多く手に入れる為、地球における魔力供給プラントの管理をしている石崎グループとの繋がりもあったと報告されています。その石崎が、エネルギー資源で富を稼いでいるアルレヴィン家と繋がりがあっても不思議ではありませんもの」

「なるほど、それは考えられるね。うん、ここは担当教官としてコウネ君の主張を認めよう。キョウコ君、君は確実に狙われるだろう」


 いやそんな平然と!?


「……では、私に囮になれということですわね?」

「いや、残念だけどそれは許可出来ない。君だって分かっているだろう? 単独で社屋に連れていかれた場合、自分がどうなるか」

「……逃げる事で精一杯、いえ、下手をすれば作戦に支障が出るレベルの騒ぎを起こしかねませんわね」

「申し訳ないけれど、君の力は優れてはいるが、エージェントとして現場で問題を解決する能力では劣る。オペレーション側の人間だという事は分かるね?」

「ええ、身に染みて。……では、私に護衛でもつけますか?」


 そうなった場合は……俺がつくのがベストか。いや、逆に警戒されるか?

 その時だった。来客を通さないようにと言っていた俺達のミーティングルームにノックの音が響く。

 誰だ?


『カーズキくん、あーけーて♪』


 BBの声だった。いや、このタイミングでこれは……。

 俺と同じ気持ちなのか、目をつぶりながら眉をヒクひくとさせている先生が扉を開く。


「やーやー諸君、進捗があったようで何よりだよ」

「……何の用ですBB。今は重要な会議の最中だとフロントにも伝えてあるはずですが」

「らしいね。そして重要な局面でもあるようだ。会議の内容ならお兄さんにも伝わっているからね?」


 え?


「どういうことだ」

「カズキ先生、君の通信機には盗聴器がしかけられているのだよ。生徒諸君の動きが直ぐに伝わるように」

「嘘だな。だが……いいでしょうBB、貴方が会議の内容を把握しているという前提で会話を続けます。何の用です?」


 俺はまぁ、この人が相手の心も読める事を知っているし、それ以外にも何か力を持っていてもおかしくないと分かるから不思議とは思えないが、他のみんなは大層不思議そうな表情を浮かべていた。


「どうやら今回は少しお兄さんの知恵を貸すべき時のようだと思ってね? 実は僕は、秋宮の生徒さんに護衛を頼む際に理事長から生徒の皆さんの詳細なスペックを『全て』教えてもらっているんだ。勿論『それぞれの装備内容』も含めてね?」

「それで、何か解決策でもあると?」

「うん、そうなんだ。この中にオーバーテクノロジーなスパイ道具みたいなとんでもない品を持つエージェントが一人いるよね?」


 あ、俺ですかね?


「ちょっとその道具をアレンジしたらこの問題を一気に解決出来るから、その生徒さんを少々お借り出来ないかな、と思った訳なんですハイ」

「……一体誰を?」

「そう! そこの超一流エージェントのユウキ君! 彼を一時間程借りられないかな? ちょっと面白い物を見せられると思うから、それを見た上で作戦会議を再開してもらいたいんだ」


 なになに、俺一体なにされちゃうの!?


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