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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十七章

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第二百二十三話

「いや、戦略的には正しいのかもしれないがそれでは面白くないだろう」

「面白さなど予選では必要ないでしょう。まずは本選に進む為に安全策を取るべきだ」

「私はBBの意見の方を支持するわ。つまらない戦略じゃ燃えないもの。もっと滾るような戦略で圧倒してこそよ。私達は最強のチームなんだから」

「……ムッシュモローの策を支持する。それは本選で魅せるべきだ。無駄玉を撃つのは二流の狩人だ」

「まとまりませんね、BB。しかし私も心情的にはムッシュモローの言うように、確実に勝ち進める料理で予選を突破、本領を発揮するのは式典で、という策が良いかと」

「ふむ……どっちの意見も一理あるね? ただ忘れていないかな、ムッシュモロー」

「何を忘れていると言うのかな、ミスタBB」

「それはどんな戦略を使っても確実に勝てるという大前提を君が忘れている事だ。この、僕が、たかが戦略一つで、他に劣ると、本気で君は言っているのか?」

「ぐ……だが……しかし……」

「従え、そして信じろ。僕の腕を、自分の腕を、このチームを。君はその堅実さを料理の中で輝かせてくれればそれでいい。奇抜な作戦であろうとも、物を言うのは実直に工程をこなす繊細さ、まさに君のような人格なのだから。だから、もう一度言う。信じろ、僕を、君自信を、このチームを」






 いや、なんかすっげー熱い議論バチバチにやりあってました。

 厨房のような場所、室内に厨房があるというか、そんな部屋に通された俺達は、そこで熱い議論を繰り広げている大人達前に完全に言葉を失っていた。


「貴方がそこまで言い切るのなら……分かりました、では予選のメニューはジビエで行きましょう。だが……」

「任せろ。この国では何がジビエになるのかは調べてある。既に主催者と審査員の中にイスラム教徒がいない事は通達されているが、それでも豚の近縁種だけでなく偶蹄目は除外する。今回はゼブラの肉を手配している」

「なるほど……確かに近年一部の地域では食べられていると聞くな。ミラノでもバーガーに加工されたとか……」

「では予選最初の調理の指揮はマザーとヤン・リェンシェフというわけね? 二回戦以降はデザートらしいけれど、その辺りは――」


 もう皆さん、俺達が部屋に入って来た事にすら気がついていないようです。

 流石にカズキ先生が咳払いをし、皆の注目を集める。


「お話し中失礼します。BBに呼ばれて生徒と共に来たのですが」

「おお! いや失礼先生、すっかり夢中になっていたよ! 皆、一度クールダウンの時間だ」

「ふむ、どうやら日本人のようだが……先生? まさかBBの先生なのか」

「いやいや、この皆さんは今回僕が護衛として一緒にドバイ入りしたシュヴァインリッターの生徒と担当教官だよ。一度は顔合わせをしておくべきだろう?」

「なるほど、BBが今回呼んだ護衛はあのシュヴァインリッターでしたか」


 な、なんか緊張するなこれ……。


「さぁ、自己紹介でもしようじゃないか。我々が思う存分腕を振るうのならば、彼等はそれを守るために命をかける。いわばここにいる皆はチームなんだから」

「ふむ、その通りだ。では私から……私は『フランベール・モロー』。フランスでレストランを経営している。今回はBBのお眼鏡にかない、こうしてこの大会に出場するチームメンバーの一員になれた」


 恐らくフランス人の壮年の男性が自己紹介をする。

 なんというか……迫力というか、圧というか『職人』感の強い人だった。


「私は『ナターシャ・ミロゾフ』よ。ロシア出身だけど、今は日本のレストランでパティシエールをしているわ」


 今度は女性。今ここにマザーがいないので、恐らく彼女以外の女性のチームメンバーはこの人だけだろう。

 日本にいるのなら、そのうちお菓子を買ってみたいな……和菓子派だけど、勿論洋菓子も好きだし。バームクーヘンラブ。


「ヤン・リェン。韓国と台湾のハーフ。台湾で居酒屋経営をしている。本業は狩人」


 一瞬日本人に見えたが、お隣で居酒屋をしている男性。

 でも本業は狩人って事は……もしかしてジビエ料理を出しているのだろうか。

 だとしたら同じくマタギ料理が出される地元とちょっと親近感が。


「いらっしゃい、若きウォリアー達。こんな格好で失礼、俺は『ハロルド』だ。ロスでシェフをやっているよ。シュヴァインリッターは女優の養成でもしているのかい? なんて綺麗なんだろうね?」


 もう一人の男性は、議論に参加せずにさっきから室内にある調理場で作業をしていた。

 さっきから香ばしい、どこかスパイシーな香りがしているんですが……お腹空いて来た。


「ではマザーがいらっしゃらないので最後は私が。『シグト・リーズロート』と言います。今はパリの菓子職人養成学校に留学中です。本業はシェフですが、他分野を学び直そうと思いまして」


 最期に自己紹介したのは、恐らくエルフ、それもハーフエルフの男性だった。

 端正で、それでいてモローさんと同じく職人気質を滲ませているように見える。

 完全に第一印象だけど。


「で、もう言わなくてもいいだろけどBBでございます。ちなみに本名は秘密、BBの由来は昔のあだ名が『ぼんぼん』だったからです」


 何気に初耳です。ぼんぼんって今度呼んだらどうなるのだろうか?


「んじゃ次はそっちの番で。こっちも命を守ってもらう……つまりは命を預ける身だからね。互いの出自は教えておかないと」

「なるほど。許可するからみんな、名乗ってもらえるかな?」


 カズキ先生の許可を貰い、俺達も自己紹介をしていく。

 だが、紹介の最中、コウネさんの番がきたところで――


「まさか……そんなウソだ……!」

「え、ええと……?」


 先程のハーフエルフの料理人、シグトさんがコウネさんが自己紹介の為に前に出た途端、狼狽えはじめたのだ。


「お嬢様……何故……いや、そんなはずは……彼女はもう……」

「ええと……シグトさんは我が家で働いていたのですよね。以前配信されていた番組で見ていたので……」

「我が家……となるとまさか」

「はい。私はコウネ・シェザードと申します。私の父の姉、叔母にあたるコーネリア様と私はよく似ていると昔からよく言われていたんです」

「なんと……! 本当に生き写しです。お父様には大変ご無沙汰をしております。いずれ、一度お屋敷に御挨拶に向かいますとお伝えください」

「はい、是非。私もシグトさんのお料理は一度食べてみたかったんです」

「ははは……コウネ様も食べるのがお好きなんですね」


 なるほど、コウネさんの実家と関係ある人だったのか。


「ムッシュシグト、ちなみにコウネ嬢は中々の料理の腕前なんだ。一度アシスタントをして貰った事もあるくらいだからね」

「本当ですかBB! なるほど……料理好きなところもよく似ている」

「ふふ、そうみたいですね?」


 そうしてコウネさんの紹介が終わり、次は俺の番だ。


「ササハラユウキです。もしかしたら知っている人もいるかもしれませんが……」

「ワオ! 本物かい? シュヴァインリッターと聞いたからもしかしているのかな、と思っていたけど、君がかい?」

「あ、はい。たぶんそのユウキです」

「信じられない! こんな小さなボーイが英雄! 凄いな!」


 よし分かった。お前の危機は救わない。


「おっと、身体的特徴を理由に人を判断するのは褒められた行為じゃないぞ! ユウキ君がその気になれば、今この瞬間にも君は鍋に入っているスープと同じ状態になってしまうんだから」

「ハハハハ! それは恐ろしい! すまないねユウキ君!」

「いえいえ、大丈夫ですよ。次言ったら誰か止める前に実行するのでよろしくお願いします」


 なおガチトーン。


「……本当にソーリーございませんでした……」

「はい許します」

「という訳で、最後は引率の先生、自己紹介お願いします」

「僕も必要なんですか、BB」

「必要なんです」


 最期はカズキ先生が不服そうに従う。


「シュヴァインリッターSSクラスの臨時担任を勤めています、ススキダカズキです。私個人としてはこのBBという男があまり好きではありませんが、全力で皆さんをお守りすると誓います」

「なんてひどい! みんな今の聞いたかい? クライアントにこんな事を言う男が先生なんだ!」


 いや、和やかに皆さん笑ってるけど、カズキ先生が凄く疲れた顔してる。


「お前なぁ……付き合ってる俺の身にもなれよ……なんでそんなふざけた格好で活動してるんだよ、必要ないだろ」

「えー? だって色々面倒だろ?」

「ぱっと見不審者な所為でこっちが困るんだよ」


 それには全面的に同意します。なんかこう、もっと魔術的な変装とか出来たと思うんです。


「む、先生はBBと知り合いなのか?」

「はい、一応関りがありますね」

「謎のベールに包まれているBBのプライベート、気になるわ先生。流石に夜は時間もあるでしょう? 教えて下さらない?」


 あ、ずるいぞ先生。ナターシャさんに誘われてる。


「おっと、詮索は許さないぞナターシャ君! じゃ、自己紹介も済んだところで……本来の目的に移ろうか。ハロルド、みんなに料理をお出しして」

「オッケーBB! さぁ戦士達、僕達からのプレゼントだ。是非味の感想を教えて欲しいんだ。これ、決勝まで進んだら出す予定の料理なんだ。今回は僕が仕上げたけれどね? 大丈夫、それでも味の保証はみんながしてくれるさ」


 するとハロルドさんがテーブルに皿を並べ始め、そこに見た事の無い料理を盛り付けて行った。


「一応、この国の人間にも馴染みのある料理を僕達風にアレンジしたんだ。BB曰く、日本人にも相性の良い料理だと聞いたんだ」


 どことなくカレーにも似たスパイシーな香りのピラフのような料理が並べられる。

 おお……米とカレーとかマジで日本人ならみんな好きと言っても過言じゃないんですが……!


「BB率いる特別チームの手がけた料理を食べられるなんて! 凄いです! 興奮でどうにかなりそうです!」

「コウネさん落ち着いて……」

「でも、美味しそうだね。僕達、日中にバザールで買い食いしてから何も食べていないんだ」

「だな、もう腹ペコだ」

「そうですわね。しかしこれは……ビリヤ二は分かるのですが」

「私はあまり和食以外には疎くてな……」


 クラスメイトが興奮する中、キョウコさんは料理がなんなのかを思い出していた。

 流石お嬢様、知ってはいるんだ。

 すると以外にも残りの料理について答えたのは――


「サローナですね。付け合わせのフライにあわせるラブネもある。なるほど、首長国連邦であるならバーレーンなどの料理もなじみが深いのでしょう」

「おお、ショウスケ君詳しいね。もしかしてグルメな青年だったのかな?」

「いえ、以前通っていた学校では地球とグランディア、両世界の文化を学んでいた関係で詳しくなりました。実際に食べるのは初めてです」


 ショウスケだった。どうやらコウネさんも、流石にこっちの料理までは網羅していなかったようだった。


「さぁ、是非食べて欲しい。そして出来れば味の感想も欲しいかな。式典の審査員は専門家だけでなくアルレヴィンの当主と次期当主も参加するからね、つまりはいくら美食家でも素人だ。つまり素人の意見こそが、今の僕達には必要なんだよ」


 そうBBが言うと、コウネさんが大喜びで料理を口に運ぶ。

 それを合図に他の皆も一斉に口に料理を運び……そして沈黙した。

 言葉が見つからない。何を考えて良いのかが分からない。

 美味しいのはどうしてなのか。どの味が美味しいのか。どの具が美味しいのか。

 この香りが美味しさの秘密なのか。あまりの情報量の多さと、美味しいと言う概念の暴風に思考が止まる。

 それはどうやら、この中で一番の美食家であろうコウネさんも同じようだった。


 カレーみたいなのに違う。なんの肉か分からないけど美味しい。日本の米とは違うけど美味しいお米料理。ただのフライドポテトなのに何かが違う。

 分からない物が絡み合って、更に分からない美味しさになっている。

 どうしよう、言葉が出てこない……!


「……言葉が出てこない……」

「う、うまいっす……しか言えないっす」

「……ユウキ君に同意するよ」


 男子、迫真の答えがこれである。ちなみにショウスケは何故か眼鏡を外して目をハンカチで抑えている。


「美味しい……これが現世に存在する料理なのか……!」

「マジでそれな。先生、これなんで美味しいか分かります?」

「知らないがBB達が作ったならこうなるだろうさ。……やっぱり煮込み料理が一番得意なのは相変わらずだな」

「その通り。カズキは普段ジャンキーな物ばかり食べていても、本当に美味い物を食べても正気を失わないからな」


 あ、確かに。

 そして涙を流しているのはどうやらショウスケだけではなかったようだ。


「美味しい……なんて幸せなんでしょう……私今回の研修で死んでも悔いはありません……! まさかこんな日が……恐らく世界で最も優れた人間達による夢の一皿を食べる事が出来るなんて……」

「おいしー! おかわりいいですか?」


 コウネさん感涙。平常運転でおかわりしてるサトミさんマジで化け物。


「……本当に世界一って言われても納得しそう……」

「あ、ああ……複雑だが私でも分かる、これは料理というよりも……何かもっと神格化されるべき何かだ」

「本当ですわね。これが報酬だと言われても納得しますわ」


 これが本物の一流……いや、恐らくヨシキさんが魔王として生きた年月を含めた、人類では到達できない一品なのだろう。


「ちなみにこれは完成じゃないんだ。あとはマザーが食べる人間の事を考えて、微調整してその人に合わせて作ったら完成さ。マザーはまだ休んでいるから今回は手伝っていないんだ」


 まだうまくなるのか!?


「ヤンシェフの膨大な野山の知識から、最適の肉と木の実、そして木材の香りを厳選。最もこの料理にあう動物の肉を吟味してもらい、その肉に最も合うスパイスをナターシャと一緒に厳選、さらにそのスパイスをヤンの知識で選んだ木材でスモーク。ムッシュモローによる食材とスパイスの黄金比算出と、それぞれの食材にどれくらいの魔力が浸透しているのか、エキスパートであるムッシュシグトと一緒に調理。煮込みには僕と同じく煮込み料理のエキスパートであるハロルドに、鍋の中の温度を部分ごとに完全に把握しながら煮込んだんだ。僕達全員の合作と呼べる集大成だ。あ、ちなみにメニュー選びと食材のチョイスは僕がやりました」


 よくわからないけど凄い事は分かった。

 するとその時、ミーティングルームの扉が開き、マザーがやって来た。

 やって来たマザーがそのまま鍋の中身を味見して――


「遅れてしまい申し訳ありません。BB、煮込む時間をもう一〇分程追加してください。それとクミンの量を増やし、ガラムマサラをもう少しだけ抑えた方が良いかもしれません。どうやらアルレヴィン現当主様は半年前から歯を悪くしているようです。嚥下障害が出ている可能性も考慮して辛味も少し抑えた方が良いでしょう」

「む、その情報はどこから?」

「三年前にこのホテルの記念式典で呼ばれていた御当主様の映像を各部屋のテレビで見る事が出来るんです。その映像を見て判断しました」

「なるほど、了解したよ」


 洞察力の鬼、恐るべし。

 そりゃタクシーの運転手やらナンパ男の素性も看破するだろうな。


「マザー! お久しぶりです! お会い出来て光栄です!」

「ふふ、コウネさんですね? お久しぶりです。船の上以来でしょうか?」

「はい! 私、少し前にマザーが紹介していた釣竿のセット、買っちゃったんです!」

「あら、それは良いお買い物をしましたね? アルレヴィン家の事業の一環でマリンスポーツにも力を入れていたらしく、私にレビューもかねて使って欲しいと寄贈されたんですよ? あれは良い物です」


 む、釣竿か。俺も欲しいな、せっかく海上都市に住んでいるんだし。


「マザー『部屋の片づけ』は終わったのかい?」

「ええ、抜かりなく。ミーティングには今から参加しますね。それと……チームの皆さんとは二度目の顔合わせになりますが、改めてよろしくお願いしますね」

「ええ、宜しくねマザー。光栄よ、同じ女として第一線で活躍している貴女と共に戦えて」

「……私もだ。あの選抜大会で貴女が見せた腕、そして相手を思う気持ちを料理に反映させる力は……我々が遥か昔にどこかで少しだけこぼれ落としてしまった物だ。貴女の存在は、それだけで我々に初心を思い出させてくれる」

「同意。そして……一流の狩人の目を持つ貴女に敬意を」


 どうやらチームの仲も良さそうだし、さっきの料理を食べた限り……これで負けるのは考えられないな。

 すると、ハロルドさんがやはりというか、案の定――


「マザー、部屋がちらかっているのなら俺の部屋で過ごすと良い! 貴女のような美の化身、隣にいるだけで満足するようでは男が廃るからね? どうだい、個人的なミーティングもかねて今晩一緒に過ごしませんか?」

「ふふ、お断りします。それに今晩は既に予定が埋まっていますので」

「いやぁ、悪いねハロルド。個人的なミーティングはお兄さんがマザーの部屋で二人きりでさせてもらう予定でね? あんまりオイタをすると一緒に煮込んじゃうぞっ」


 あ、分かるぞこれ。ガチで言ってる。


「oh……噂は本当だったのか……マザーとBBは夫婦だと……」

「なんと……! それは知らなかった」

「ノーコメントだ、チームメイトの諸君」

「ええ、ノーコメントです。ですが、本当にBBに話しておかなければいけない事があるので、今晩部屋に来て下さいね」


 うむ、夫婦なのは知っているけれど、何か話があるのも本当なんだろうな。


「な、なんということでしょう……もしかしたら本当に夫婦なのかもしれませんね!」

「コウネさん興奮しすぎだよ。夫婦でもおかしくないじゃないか」

「いえ、でもそうなると第一アシスタントのRお姉さんが……」


 奥さん二人いるんですよこの人。


「さて、じゃあ料理についての相談はこれで一先ず終わった、という事になるのかな。カズキ先生、後で話を聞きたいから連絡させて貰うよ。お兄さんはこれから少しマザーの部屋でミーティングがあるんだ」

「……本当に真面目な話なんだな? なら分かった、こちらの段取りを連絡する」

「と、言う訳だ。チームメイトの諸君、後片付けは僕がやっておくから、各自このまま休んで欲しい。最高のパフォーマンスの為にも、皆にはしっかり羽を伸ばして貰わないとね」


 そう言い残し、一足先にマザーとBBが部屋を後にする。

 ……いや、さすがにマジで相談ごとでもあるんだよな?

 こんな敵地のど真ん中でその……夫婦の営みなんてしないですよね?








 マザーにあてがわれた最高級のスイートルーム。

 見た目は何も変わったところはないが、テーブルの上には壊れた小さな機械が大量に積まれていた。


「やはり仕掛けが施されていましたね。それも魔力による探知を受け付けない、最新鋭のモデルが。日中私達のタクシーに仕込まれていた物とは次元が違います」

「ふむ……確かにこれはリュエやレイスじゃないと見つけられないな。恐らく自分達の組織としてのレベルを低く見せる為の今日の襲撃を仕掛けて来たんだろうね。まぁそれだけが目的ではないんだろうけど」

「と、言いますと?」

「レイスがそれだけ魅力的な女性だって事だよ」


 そう言いながら、BBことヨシキはヘルメットを外す。


「それで……話はそれだけじゃないんだろう?」

「ええ、せっかく無粋な仕掛けは全て処分したのですから。結局私が日本に戻ってから今日まで、忙しくて二人きりでゆっくり出来なかったですし」

「……参ったな、こっちは料理前にシャワーを浴びただけだから、身体に料理の匂いがついているんだけど」

「私はしっかり浴びましたので、問題ありませんよ? ……ヨシキさん、久しぶりなので、少しだけいつもより私、我儘かもしれません」








 二日目、今日は式典で行われる大会本選に出場する為の予選が行われる。

 予選とはいえ、その規模や力の入りようはセレブ大国らしくとんでもない物であり、中継もしっかり行われる。

 若干それを間近で見てみたい気持ちもあるが、今日俺は調査に向かう班に入っている。


「ショウスケ、安全運転で頼むぜ」

「ああ、任せてくれ。まずはブルジュ・ハリファのある区画に向かえば良いんだな?」

「そうだ。で、その区画内に怪しい建物がないか俺達が調べる。一応探知機のような物はあるけど、国に持ち込めたのは分解された部品だけ。それを組み立てた物だから精度はアテにならないからそのつもりでな」

「しっかしキョウコがいてくれてよかったよな。これ組み立てるの俺達じゃ一時間はかかってたぜ?」

「ふふ、これでもメカニックも兼任していますので。私のハムちゃんをそれぞれの探知機に潜ませて機能を増幅しますので、多少は精度も上がるはずですわ」

「なら、とりあえず五人で手分けする? それとも二班に分けるか」


 ん-……治安的な意味でもキョウコさんを一人には出来ないかな。

 この人マジで自覚ないけど、ザ・日本のお嬢様って外見してるから、海外だとより一層目立つし人目を惹くんだよね。


「俺とショウスケの二人で組む。カイとカナメとキョウコさんは三人で。カイは雷でハムちゃんの援護してくれ。たしかハムちゃんって電気エネルギーがあるとはりきってくれるんだよね?」

「ええ、そうですわね。私の代わりにヤナセ君の電気を食べて貰えたら、活動時間も増えますわ」

「なるほど……了解だ」


 という訳でカイ、お前はハムちゃんの餌だ! つまりひまわりの種だ!


 車で移動中も思うのは、やっぱりここが世界一のセレブ国だということ。

 走っている車がどれもこれも見た事の無いようなカッコいいデザインの、いわゆるスーパーカーやスポーツカーばかりなのだ。


「……なぁユウキ、もしもシュヴァ学を卒業して、こういう国でどこか大きい企業の専属護衛になったら、俺もああいう車に乗れると思うか?」

「正直マジな話すると、シュヴァ学で結果出してる俺らならここでも就職は可能だろうし、契約金だけで末代まで贅沢出来る可能性はあるな」

「それって本当? 夢があるね随分。僕も将来転職も視野に入れるべきかな?」

「まったく……お前達は何を言っているんだ。やりたい事はないのか、夢や将来の展望は。嘆かわしいぞ」

「ふふ、ショウスケ君は立派ですわね。ですが実際、この国とのコネクションを得るのは経営者としても惹かれる物がありますわね。無論……その精査には細心の注意が必要な土地ではあるけれど。ヤナセ君も、気がついたらどこか表に出せないような組織の末端に関わっていたなんて事にはならないように、関わるのならある程度こういう世界について見識を広めないといけませんわよ」

「う……そういうものなのか」


 ですよね。ペーパーカンパニーやらフロント企業やら資金洗浄の為の会社とかもあるって聞いた事あるし。

 なお既にどっぷり裏の世界に浸かっているので今更気にしない模様。

 あと秋宮より待遇良い場所ってないと思ってるんで僕。


「この区画だな。この辺りのモールの駐車場を使わせて貰う。そこでショッピングをしている風を装いながら、まずはこの区画のショッピングセンターやビル群を調査するというのはどうだろう」

「ああ、それがいいだろうな。ショウスケ、一緒に動くぞ」

「了解した。ふ、英雄殿と実地で行動するとは畏れ多いがな」

「言ってろ。んじゃ、とりあえず正午まで二手に別れて調査開始な。キョウコさん、もしも何か反応があったらすぐ連絡お願い」

「了解しましたわ。ヤナセ君、ヨシダ君、まずはショッピングモール内に行きますわよ」


 そうして俺達は二手に別れ、この世界一高い建造物だと言うブルジュ・ハリファ周辺を調査するのだった。






「しっかしマジでデカイ建物だらけだよな……セカンダリア大陸の首都も凄い近未来な魔法都市だったけど、こっちはこっちで未来都市だよ」

「ほう、ガルデウスに行った事があるのか」

「流石、首都の名前もばっちりだな。ショウスケも行った事があるのか?」

「いや、俺はガルデウスではなく『サフラ自治区』に行った。あそこは文化的に最も他国との関りに積極的な場所でな、地球出身の人間の研修先としても有名な場所なんだ」

「すまん、地名言われてもさっぱり分からない」

「む……コウネさんと親しいのに知らないのか……? 彼女のおじい様、つまり先代の当主にして元公王であるムラヴェ様が出資している都市だ。芸術の都としても有名でな、互いの世界の芸術交流を目的として、地球とセカンダリア大陸の架け橋だったんだ」

「へー! 全然知らなかった……」


 ショウスケの口からグランディアの土地について説明を聞きながらも、街の中で反応を探す。

 だが、どうやらかなりの量の魔力が周囲に漏れ出ているらしく、どこにいってもセンサーの反応がこちらの身体に信号を送り続けていた。

 これ……骨伝導なんですよ。さっきから奥歯のあたりがむずかゆくてたまらん。


「ふむ……強弱の変化は多少あるようだが……」

「詳細な位置は分からないな。午後はみんなと合流してこの辺りを重点的に調査しよう」


 きっとキョウコさんならもう少し分かる筈だからと、一度集合場所である駐車場へと戻るのであった。


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