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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十七章

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第二百二十話

 ショウスケとサトミさんがクラスに合流してから二週間が経った。

 やはり、ショウスケは元々戦闘能力も高くコウネさんのように戦況を見て動ける関係で、連携で困る事はほぼ無かったと言えた。

 なんというか、コウネさんをより魔法寄りにしたような印象だ。

 あとこちらの補助的な行動が上手い。VRで対魔物の訓練をしていた時も、こちらの助けになるような魔法選びが上手だった。

 これにはセリアさんも感心する程で、曰く『魔法の発動が凄く速い』らしい。

 が、これはそもそもの魔法の発動速度だけでなく『こういう展開になるだろうからあらかじめ準備しておく』という、読みによる速さも含まれているらしい。なのでセリアさんでも追いつけない程の速度なんだとか。


 が、逆に訓練では俺達が怪我をしない関係で本領を発揮出来ないのがサトミさんだ。

 本人はかなり気にしているようだが、訓練中に体力があまり減らなくなったのは、恐らくサトミさんが何か魔法を使っているからだろう。

 本人は『隙を見て遠隔で簡単な治癒をかける事しか出来ない』と言っていたが、断続戦闘能力が上がるのって地味に効果大きいぞ……。


 そんな日々を過ごし六月も終わりが見えて来た今日、俺は理事室に呼び出されていた。


「失礼します、ササハラユウキです」

『入ってください』


 扉を開けると、他に来客中のようだった。

 この後ろ姿は……。


「お邪魔しています。お久しぶりです、ユウキ君」


 振り返った女性の姿に固まる。

 相変わらず凄い迫力だ……美人過ぎるのも考え物では?

 同じ空間にいるのが畏れ多いというか、画面の向こうにしか存在していないような、そういう違和感すらあるレベルだ。


「えと……お久しぶりです、マザーさん」


 マザーと呼ばれている、ヨシキさんの奥さん。

 正直、たぶん俺の知る中では一番畏怖すると言うか、身構えてしまう美人さんはこの女性だ。しかも動画じゃないから仮面もつけていない、つまりむき出しの美の暴力。

 リョウカさんはまぁ……慣れた。この人結構お茶目だし。


「今回は実習地の詳細を知らせるにあたり、関わりのある人物という事でマザーにも同席してもらいます」

「了解です。それで、実習地はどこに決まったのでしょうか?」


 マザーが関連している? 最近まで海外にいたのだろうか?


「今回はアラブ首長国連邦ドバイ首長国、通称ドバイとなります」

「お、おお!?」


 名前は知ってる! なんか凄いセレブな国だっけ!?

 なんか凄い人口島とかホテルとかあるイメージなんだけど。


「今回、ドバイにあるとある名家が大きな式典を開く事になりました。そこに招かれているある人物の護衛の為にSSクラスの皆さんに同行してもらう……というのが表向きの理由となります」

「表向き、ですか」

「はい。今回の本当の目的については、クラスの皆さんにもお話するつもりです。ですが、それとは別に『ジョーカーの真実』を知る貴方には先にお伝えしておこうかと」

「……ジョーカー、ヨシキさんの事ですよね」

「はい。今回、式典に招かれているのはBBです。そしてBBことヨシキさんは、これを理由に秋宮の直轄部隊となりつつあるSSクラスをドバイに潜入させる事を提案しました」

「潜入というと……つまりフロリダの時と同じく、秋宮が警戒されているという事ですか?」

「お話が早くて助かります。ドバイは観光業に力を入れ、原油によるオイルマネーの力は徐々に下がりつつあります。魔力が地球で利用されている事からそれは分かりますね?」

「はい、それは勿論」


 この世界だとそれは顕著だろうな。魔力なんてクリーンで便利な物があるんだから。


「ですがその反面、原油はグランディアでの科学繊維製品の原料としての需要はあるんです。その見返りに、ドバイは他国よりも優先的に魔力が供給されています。ただ……どうにも計算が合わないのです」

「計算があわない、ですか?」

「はい。先日、福岡での廃棄魔力の量が規定値より高く、実はUSHが不正に魔力を手に入れていた事が判明しましたが、それを更に大規模に行っているのではないか、という疑いが持たれているのです。ですが、あの国はグランディアとの取引において、国連組織に加盟せずに独自に契約をしています。まぁそれも膨大な資金と資源のお陰です。故に私も他国もあの国に強く出ることが出来ず、内部監査を行う事も出来ないのが現状です」

「さらに秋宮の関係者もマークされて迂闊に立ち入れない、と」

「その通りです。ですからフロリダの時と同じく、何か他の理由をつけて送り込もう、というのが今回の実務研修の真の目的となります」


 なるほど……今度はさらに規模が大きくなりそうだ。

 けれども、今度も何か決定的な証拠さえ掴めばBB……ヨシキさんが解決するのだろうか?


「では、今回は俺単身でなく、クラス全体で何か不正の証拠になる物を見つけ、それをBBとして入国中のヨシキさんに報告、ジョーカーとして断罪する、という流れですか?」

「いえ、今回の彼は独自の目的で入国したそうです。また国単位でなく、あくまで一つの家が主導で動いていると私もヨシキさんも考えています。故に、今回の問題にジョーカーは現れません」

「ということは……証拠を手に入れて、俺達が持ち帰れば良いんですね?」

「ええ、そうなります。それで……何故この場にマザーが同席しているのかについてですが」


 そうだ、ここまでの話なら別にマザーさんは必要ないはずだ。


「一つは私も式典に参加するからです。もう一つは、彼……ヨシキさんの目的を内定する為となります。実は、今回の式典に私も参加出来るようになったのは、私が動いた結果です。本当は私を参加させないように動いていた節があるのです」


 するとマザー自らが概要を語り始めた。


「ヨシキさんは私に知られたくない、関わって欲しくない何かの為にこの式典に参加を決めました。それを調査してもらいたいのです」

「ええ!? じゃあ、俺にヨシキさんを探れと……? 無理じゃないですかね?」

「そうですね、彼が警戒しているのなら探るのは不可能です。ですが、彼は私が疑念を抱いている事すら知りません。貴方達生徒さんを警戒する事はありえません。ただ、露骨に質問、疑うような態度をとってはその限りではありません。ユウキ君にはただ、出来るだけヨシキさんと共に行動してもらいたいのです」


 ……恐いんですが。しかし奥さんに内緒で……何かやましい事が……?

 いや、流石に浮気ではないよな……? だってこの奥さんだぞ。

 超絶美人、そしてなるべく視線を向けないようにしてるけど、極上のナイスバデーじゃないっすか。

 エッッッッッってなるよ! 世の男性の九割近くがなるよ!


「分かりました、出来るだけ一緒に動けるようにします。ただ、恐らく護衛対象BBの意向に俺達は沿わないといけません。一緒に行動するのにも限度がある、という事だけはあらかじめご納得ください」

「ええ、勿論です。……本当に、よくここまでエージェントとして成長しましたね。リョウカの薫陶のたまものでしょうか?」

「いえ、私は任務を振り分けているのみですよ。この学園の講師陣が優れているからと……彼の資質、そして……『お母様』によるところが大きいのではないでしょうか」


 はは、その通りです。イクシアさんに恥ずかしくない行動を取るように心がけているんですよ。

 もっと大人らしく、もっとプロらしく、もっと頼られるように。

 それらは全て、いつか彼女に振り向いてもらう為だ。


「……そうですか、お母様の。ユウキ君、どうかこれからもお母さんと仲良く、大切にしてあげてくださいね」

「勿論です。いつか、是非イクシアさんとも会ってみてくださいマザーさん」

「ええ、いつか……必ず」


 ……でも、少し気になっている事がある。

 もう一人の奥さんであるR博士は、前世のイクシアさんと関りがあるらしい。

 それ故に顔を会わせないように周囲が動いているのを俺は知っている。

 なら……マザーは? もしかして彼女もイクシアさんと関りが……流石にないか、それは。種族も違うみたいだし。


「それでは、本日の夕方に改めて皆さんを招集、研修地をお知らせします。くれぐれもジョーカーに関わる事は内密にお願いしますね」

「宜しくお願いします。今回の研修、私はヨシキさんの指示で時間をズラして入国します。恐らくこれもヨシキさんの目的に付随する何かだとは思いますが……」

「なるほど。ではマザーさんの護衛は誰が付くのでしょう?」

「そう言う話は聞いていませんね。ですが、当日ヨシキさんから指示があればそれに従ってください」

「了解です……今回の護衛対象がBBだって知れたら、うちのクラスメイトの一人が狂喜乱舞しそうですよ」

「ふふ、以前船に一緒に乗っていた彼女ですね?」

「ええ、彼女です。それに、研修内容は家の人間にも詳細は話せませんが、もしBBと一緒だとイクシアさんが知ったら、凄く羨ましがると思います」

「ふふ、そうなのね。……お母さんはお料理、頑張っていますか?」

「はい、凄く。もうイクシアさんのご飯食べるのが毎日の楽しみですよ」

「そうなのですね? ……良いお母さんですか? 彼女は」


 俺は自信を持って応えよう。


「最高の母です」


 無論、いつかはその関係を変えたいとは思っているのだけど。






 今日の講義をすべて終え、午後は自由に過ごす事にした俺は、本当に久しぶりにお昼時の学食にやって来た。

 この間ショウスケ達の歓迎会を開いた時、学食のメニューをちらりと見たのだが、かなり更新されていたのだ。

 今日はお弁当なしでお願いしていたので、俺は久々に学食メニューを物色する事に。


「む……ケサディーヤってなんだろう? 『三種のケサディーヤ初夏の野菜を添えて』く……やっぱり高い」


 庶民感覚が抜けきっておりません。が、僕は年間フリーパス持ってるので購入。

 注文を受け付けて貰い、どこか近くの席で完成を待つ事に。


「一階に長時間いるのって久しぶりだな……一期生多いなー流石に」


 ここから夏休みに向けてどんどん退学者増えていくんですよ。

 俺は詳しいんだ。今年とか更に多そうだ。

 ふと、そんな一期生と二期生が犇めく一階スペースに、まばゆい金髪、ふわふわの尻尾が揺れているのを発見する。

 アリアさん、復学してから中々会う機会がなかったけど、元気にしてるかな?

 ちょっと近くに寄ってみる。すると、意外な事に同学年と思しき女子グループと仲良く食事中のようだった。


「む……これ美味しいですね。秋宮の和食もあなどれないですねぇ……」

「アリアさんって和食好きなんですね? いつも注文していますし」

「そうなんですよ。ただ若者受けがあまりよくなくて、タレントしてた時は洋食ばかり食べてるような写真とかアップしていましたねー」

「そういえば私も見た事ある。よくデザートの写真載せてた」

「一種のプロモーションですよ。勿論好きではあるのですけどね? でも本当ならどら焼きとお抹茶が食べたいなといつも思っていたんですよ?」

「えー凄いギャップー」


 楽しそうに談笑している姿に、一安心。もう、学年で一人浮く事もないのだろうな。

 それに、今回彼女がストーカーに遭って休学したという事は、同学年の女子なら薄々分かっているだろうし、そういう同情の感情もプラスに働いたのだろう。

 もう、下手に俺が関わらない方がいいだろうな。

 俺は踵を返し、彼女から離れて自分の料理を受け取りに行くのだった。




「たまにはテラス席で食べるかなー」


 中庭にある席が空いていたので、久しぶりに広い中庭に広がる自然の中で昼食を摂る。

 ケサディーヤって……トルティーヤの仲間? なのかな。

 とにかく美味しい。野菜とひき肉が入っていて、少しピリっとしてるのとか、エビが入っていて少しカレーっぽい風味とか、チーズたっぷりのヤツの三種類。

 これでもっと安ければなぁ。


「うーむ……結構うまいな。カズキ先生とか好きそう」


 あのピザ好き先生のことだ、絶対気に入るだろう。

 最近だと食堂ではなく、教員室やVR室で食べているらしいけど。

 なんというか、新しい戦術とかフォーメーション考えて試すのに忙しいのだとか。

 サトミさんとショウスケが合流したからな、きっと暫くは激務だろう。


「はー平和……ディオスもいなくなったし、アリアさんの問題も解決したし……久しぶりにのんびり学生生活送ってるなー……」


 そう思った矢先。聞きたくない誰かの困ったような声が聞こえて来た。


「ん-、ちょっと私は一人で食べるから遠慮するね」

「いいじゃん、一口食べさせてよ。なんか新鮮、こういうお弁当って。君クラスどこ? なんの講義受けてるの? サークル入ってる?」


 おーナンパか。そういうのは四月中に終わらせとけ。

 そろそろ個別にグループ出来上がって来てる時期なんだから問題おこすなよな。

 どれ、ちょっと助け舟を出しに――


「煩いぞ。ここは飯を食う場所だ、盛るなら他に行け」


 が、俺に先んじて、大人の男性の声が聞こえて来た。

 誰か教員でもいたのだろうか?


「なんだおっさん、口出すなよ」

「もう一度言う、どこか別な場所に行け。他人に迷惑をかけるな」

「あ? この人日本語分からない? 口出すなって言ってんの」

「あ、そう。じゃあお前ら三人退学な。もう帰って良いぞ、お前達の籍はもうこの学園にない。つまり不法侵入者だ。ここで排除されても問題ないって訳だ」


 え、なになに!? なんか凄い過激派な人いるのか!?

 思わず声の聞こえる方のテラス席に向かう。するとそこにいたのは――


「おお、丁度良いところに! ユウキ君、この三人を警備員に突き出しておいてくれないか? 不法侵入者だ」

「え……あの……ヨシキさん?」

「はい、ヨシキさんでございます」


 そこにいたのは、気絶させられた三人の男子生徒と、目を丸くして固まっている、絡まれていたであろう女子生徒……サトミさん。

 そしてヨシキさんがいた。


「退学って聞こえて来たんですけど……」

「それくらいの権限は俺にもあるさ。当然だろう? だって俺だぞ?」

「理由になってないのに納得する自分がいる……」


 一先ず警備員に引き渡しておく。これ、後でどうなるんだろうか……。


「あ、あの……ありがとうございました?」

「はい、どういたしまして。んじゃ俺はちょっと理事長に用事があるので失礼」

「あ、はい」


 いやぁ……あの気絶させられた生徒三人はなんというか……超不運だったって事で納得してもらうしかないよな……。

 どうせ遅かれ早かれああいうヤツは退学になるだろうし。


「び、びっくりしたー……今の人ってユウキ君のお知り合い?」

「ああそっか、サトミさんは初めてだよね。うん、SSクラス全体でお世話になった事もある人で……秋宮の関係者っていうのかな。たぶん、この世で一番逆らっちゃいけない人。あと料理がめちゃめちゃ上手でシンビョウチョウでレストラン経営してる人」

「へー! なんだか変な人だね!」


 確かに! この説明だと変な人だ! サトミさん恐いもの知らず!


「で、なんで絡まれてたの?」

「たぶん、私が転入生で見慣れないからじゃないかなぁ……それにほら、周りと違ってお嬢様オーラないし」

「えー? 服装も綺麗だしサトミさん普通に可愛くない?」

「もー、言いなれてる感凄くないユウキ君? あとたぶん私童顔だから、同じ年だと思われたのかも」

「まぁ見慣れない女子で可愛い純朴そうな子がいたら話かけちゃうかもねぇ。それにお弁当食べてる生徒って珍しいし」

「あー……まだお給金とかもらえないから、節約してるんだよねぇ……一応セリュミエルアーチの王様から今までの功労、ユウキ君の治療に対する報酬も貰って入るんだけど……恐いから必要になるまで全部国で管理して欲しいってお願いしてるんだ」


 マジでか。そういえば俺はなにやら勲章とかもらったけど、他のみんなもそれなりの報酬貰ってるって聞いたな。


「もうすぐ月末だし、そろそろ実務研修の詳細が伝えられるだろうから、報酬が振り込まれるのも時間の問題だと思うよ」

「そうかなぁ。なんだか難航してそうだったけど……」


 いや、たぶんヨシキさんが来ていたのは、BBに変装して俺達の前に現れる為だろうな。

 今日の夕方くらいに絶対招集かかるだろうし。


「ところで……サトミさん普通に料理上手だね? お弁当可愛いし」

「ありがとー。いやぁ、実はグランディアまで登校してた時は時間が無くて作れなかったんだけど、こっちに通うようになってからまた作り始めたんだ」

「へー、元々は高校の時とか作ってたんだ?」

「うん、そうだね。私お姉ちゃんとふたりっ子だったんだけど、お姉ちゃんが料理上手でさ、一緒に作って教えてもらってたんだ」

「へー、お姉さんいたんだ。ちょっと憧れるな、兄弟とか姉妹って」

「まぁ一人っ子ならそう言うよね? ただ今はそんなに仲良くないんだよね。私達って双子なんだけど、私だけ召喚実験受けたりグランディアに留学したりで、不満が溜まってるみたい」


 おうふ、そんな明るく話す内容じゃないじゃないですかそれ。


「それはなんというか……時間が解決してくれるのを祈るしかない、かなぁ……」

「そうなんだよねぇ……よし、ご馳走様」


 会話中もパクパク食べていたサトミさんが立ち上がる。午後も講義があるのだろうか?


「私講義があるから先に移動するけど、ユウキ君は午後なにかあるの?」

「俺? 今日は暇人だったりします。ん-……誰か訓練してるかもしれないし、ちょっとミカちゃん先生のとこ行ってくるよ」

「ミカミ先生と仲良いよねー、研究生だったんだっけ?」

「そそ。結構アク強い先生だけど、良い指導員だよあの人」

「私もショウスケ君もかなりキツイシチュエーションで訓練させられたなぁ……」

「うわぁ……やっぱりか」


 相変わらずですな。


「じゃ、俺も移動するよ。あと、今度からはクラスの誰か誘って一緒にご飯食べるといいよ。まだサトミさんがSSクラスだって認知されてないから、少しの間はさ」

「了解。じゃあ今度セリアちゃん誘おうかな」


 そんな昼の一幕。いやぁ……なんていうか災難だよなぁサトミさん。

 でも本人が割とケロっとしてるし、打たれ強いというか……。

 きっとグランディアで色々揉まれてきたんだろうなぁ。






「ミカちゃーん暇潰しに来たんだけどいるー?」

「ササハラユウキか。良い所に来たな、すぐにVR室に入ると良い」

「え、なになに、今来たばかっかなんだけど」

「人数が奇数で困っていた。これで二対二の訓練が出来る」

「把握。誰が来てるの?」


 VR室へ向かうと、管理室にいたミカちゃんにすぐフィールドに行けと言われる。

 そうかそうか、すぐに戦えと申すか。


「デバイスは持っているな? 中には一之瀬ミコトとヤナセカイ、コトウショウスケがいる。君はショウスケの相棒として戦え」

「了解。一之瀬流コンビ相手か……苦戦しそうだなー」


 荷物を置いていざ入室。


『訓練にササハラユウキも加わる。コトウショウスケ、ササハラユウキと組んで戦ってくれ』

「了解しました」


 中では既に三人が臨戦態勢で待ち構えていた。


「ユウキも来たのか。こりゃ油断出来ないな」

「そうだな、少し戦い方を変えるべきか」

「ユウキ、俺は援護に回る、一人で二人凌げるか?」

「ん-……ちょい厳しいかな。ショウスケ、ちょっと作戦タイムOK?」


 ごにょごにょごにょ。


「はい、じゃあ準備OK」

「指示に従おう」

「最初から全力で行くぜ、ユウキ」

「私もその方が良さそうだ」


 カイが全身に雷を纏い、一之瀬さんの刀に青いオーラが揺らめく。

 俺はショウスケに頼み、俺の指示した場所に魔法を『設置』してもらう。

 以前、地元の訓練施設でショウスケが見せた、視認しづらい雷の罠だ。


『それでは訓練開始だ』


 さぁ、まずはこの早すぎる好敵手様、カイの動きを制限出来るか試すか。

 一之瀬さんは……間違いなく正面から来るだろうな。


 一息に距離を詰め、カイが最高速度に乗る前にこちらの攻撃を当てようとする。

 が、すぐに俺の隙を狙うように一之瀬さんの刀が振るわれ、それを避けようとするも、追従するように見えない斬撃が無数に現れ、さらに回避しようと距離をあけてしまった。

 その隙にカイはもう完全にトップスピードに乗り、手が付けにくい状況になってしまった。


「ショウスケ、煙幕的なのくれ」

「了解だ」


 冷気の霧が室内を埋め尽くし、カイの動きを捉えやすくする。

 が、俺よりも気配察知の能力が高いであろう一之瀬さんが、一瞬だけ動きの遅れた俺を容赦なく追い詰める。


「っと!」

「視界を奪ったのは失策だったな、ササハラ君」

「かも!」


 ほぼ見えないところから放たれる斬撃を避けても、追撃がさらに迫る。

 霧のお陰で軌道が若干読みやすくなったカイの動きにも気を付けながら動くも、これではじり貧。


「ん-、ショウスケ『隙が生まれたら一気に叩いて』」

「わかった。指示通りにこちらは動いた、安心してくれ」

「んじゃ……」


 足で攪乱するスタイルに移る。

 カイ程の瞬発力はないが、イクシアさんとの訓練で若干ではあるが足に風を纏い、移動の速度は以前よりも上がっている。

 一之瀬さんを攪乱しつつ、カイの動きに徐々に追いつく。

 そして――


「届いた」

「っ! ミコト、今だ!」


 俺の刀がカイを捉えたと思った瞬間、カイが纏っていた雷を放出し、俺の身体を一瞬麻痺させる。

 足の止まった俺に迫る一之瀬さん。


「貰った――っ!?」

「失礼する!」


 が、直前でミコトさんも感電し、動きを止めてしまう。

 その隙があれば十分、無理やり体を動かし、一之瀬さんに体当たりを決める。

 そこにショウスケの追撃、霧を固形化した氷の塊が降り注ぎ、一之瀬さんを戦闘不能にする。

 まぁ俺も足が半分凍ったけど。


「ショウスケ、もうちょい魔法の範囲絞る訓練しとけよー」

「すまん、まだ動けるか」

「カイ相手だと割と致命的。足止めに専念して」

「了解。……仕留めるぞ」


 一之瀬さんを失い焦りが生まれているが、それでも機動力ではもう勝てそうにない。

 そしてショウスケの雷のトラップはカイには効かない。雷を纏う人間に雷属性は効きようがないのだ。

 が――


「く……身体が……!」

「ショウスケナイス。俺事やっちまえ」


 霧がどんどん結露になりまとわりつく。

 それが凍り付き動きが鈍る。

 コウネさん程の威力はないが、それでも動きを邪魔する程度には分厚い氷が俺達の全身に徐々に付着する。

 そうなればもう、身体強化で強引に動ける俺に分がある。

 つまり、先に動けなくなるのはカイだ。

 俺は膝をつくカイに刀を向け、勝利を宣言する。


「降参だ……」

「ふー……VRって分かっていてもさみー!」


 部屋がVR空間からただの薄暗い部屋に戻ると、先程まで感じていた感触、気温がいっきに消える。

 そこでは一之瀬さんが床に座り、カイもまた膝を折っていた。


「よし、とりあえず辛勝かな」

「ああ、即興にしては良い作戦だった」

「正直実戦だとこの後の展開悪くなりそうな勝ち方だけどな」

「なるほど、確かにそうだな……。やはり魔法の出力が上がった分、もう少しコントロールを磨かないといけないか……」


 ショウスケはデバイスの力で魔法が強力になっている。

 だが、それだけではないのだ。ただ強いだけのデバイスが封印される事なんてない。

 ショウスケのデバイスは――


「……凄いな、今の一戦だけでまた俺の保有魔力が上がっている。それにどうやら身体強化の深度もわずかだが上がっているようだ」

「やっぱり苦戦するような戦いの方が成長率も高いのかねー」


 使用者の成長を著しく促すのだ。ショウスケはもう、二週間足らずでこれまでの七倍は持久力もつき、魔法の威力もあがっているのだ。

 無論限界はあるのだろうが、この短期間では信じられない成長っぷりだ。

『所有者を驚異的な速度で成長させる』それがこのデバイスの真に恐ろしいところだ。

 こんなの、超人量産機じゃないか。世に出して良い代物じゃない。


「く……もう少しササハラ君の作戦を警戒するべきだったか」

「くっそー! ショウスケがまさかユウキもろとも狙って来るとは思わなかった!」

「ふふ、少々俺らしくはない強引な方法だが、こうでもしないと勝てそうになかったのでな」


 もう、大分ショウスケもクラスに馴染んできているし、戦闘能力も申し分ない。

 これならもう、今回の実務研修も安心だな。

 そう考えていると、丁度ミカちゃんから――


『連絡が入った。SSクラスの諸君は教室に集まるように、とのことだ』


 招集がかかったのだった。


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