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第二十一話

 昼食を摂り終えた後は、イクシアさんご所望の本を購入すべく本屋さんへと寄り、無事に手に入れる事が出来た。そしてその後は予定通り様々な店を見て回ることになったのだが、俺はついに念願の異世界の品を取り扱う店へとやってくることができたのだった。

 だが、思っていたよりも女性向けというか、武器のような物は取り扱っておらず、どちらかというと魔術的な装飾品がメイン商品のようだった。


「なるほど……タリスマンや紋章を封じた装飾品が人気なのですね」

「これって効果あったりするんですか? なんだかこういうのって気休めみたいに感じるんですけど」


 ほら、前の世界でもパワーストーンやらなにやら、そういう女子人気の高い物あったし。

 魔法が存在するこの世界では意味もあるかもしれないが……。


「ありますね、ですが製作者の技量が低いのか、その効果は微々たる物ですね。一応、精神を安定させる効果がありますが……本当に気休め程度ですね、ユウキの言う通り」

「へぇ、一応効果はあるんですね。……それにしても綺麗ですね、宝石ですか、これ」

「ふむ……どうやら特殊な樹脂のようです。一応私も研究者の端くれだった時代もありましたが、視覚的に楽しませる事により、その物に含まれている術の効果を対象に――」


 イクシアさん、研究者モード。難しいけれども、一応見た目の美しさも影響する模様。

 というかもしかしてあのエナジードリンクもどきといい、彼女はモノづくりが得意なのだろうか。


「と、いうわけです。ですから複数身に付けても効果は重複しないのですよ」

「え、ええ。分かりました。っと、結構時間たっちゃいましたね。次のお店に行きましょうか」


 その後も、イクシアさんが珍しく服を買いたいというので一緒に行くと、俺の服を選び始めたり、おそろいのパジャマを買おうとしたりと、なんだか気恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちにさせられる。……懐かしいのかな? ばあちゃんと子供の頃一緒に買い物に行った時を思い出す。

 そうしている間に、時刻は四時に差し掛かろうとしていた。


「ユウキ、今晩はどうしましょうか。また外食でも良いのですが、どうします?」

「あ、それならもう決めてありますから、時間も丁度いいですし一度家に戻りませんか?」

「あら……本当ですね、もう四時になるところです。もう決めてあると言うと……?」

「ふふ、秘密です。さ、じゃあ行きましょうか。シュバ学直通のバスが出てますから」


 土日でも走っているシュバ学の通学用にも使われるバスに乗り、一度帰路につく。

 到着する頃には五時少し前だろうか? 予定通りだ。


「楽しかったですねユウキ。ふふ、来週も行きましょうか。今度はどこに行きましょう」

「本当にそうですね。今度は本土の方にも行ってみましょうか」

「ふふ、そうしましょうか」


 そうして、楽しかったデートもどき? が一先ず終わりを告げたのだった。




 夕方。家で休憩もかねて、リビングでテレビを見ていると、予想通り家のチャイムがならされた。


「おや、お客様ですか。珍しいですね」

「あ、俺の荷物ですよ。あとご飯も注文したんです」


 そう、今日の晩御飯は出前でお寿司を頼んだのである。

 それだけではなく――


「イクシアさん、お寿司ですよ。あと、これを受け取ってください」


 小さな花束と、小さな小包を彼女に手渡す。


「ユウキ、これは一体……?」

「今日はこの世界の祝日で『母の日』って言うんです。日頃の感謝を伝える日で、何気に俺は初めてのことだったりします」

「……まぁ。そう、母の日ですか……そうなんですね」

「母の日にはこの花を贈るのが習わしみたいで、それでこっちは俺からの贈り物です」


 あらかじめ時間指定で荷物と花、お寿司を注文していた訳だ。

 何を贈るか迷ったのだが、ここは定番で、なおかつ最近の彼女にぴったりの――


「これは……エプロンですね? そろそろ買うべきかと考えていましたが……嬉しい、本当に嬉しいです。私を母と思ってくれているなんて……お母さんって呼んでもいいんですよ?」

「や、それはさすがに恥ずかしいので……日頃の感謝を込めて、って事で」

「ふふ、そうですか。……お寿司もおいしそうですね、マグロに……これはサーモンですね。こちらも好きです。ふふ、嬉しい、本当に」


 さすがにお母さんとは呼べないし、ちょっと呼びたくない。だって本当に親子になってしまうと……まぁ、ね? そこから関係がかわってくれなさそうだし。

 ……いつか、この関係を変えることが出来るだろうか。……今とは別な形の家族になれるだろうか。


「ふふ……本当に嬉しい。では、頂きましょうかユウキ」

「はい。って、なんでエプロン今つけるんですか」

「だって、あまりにも嬉しくて……お花、そこの花瓶にさしておきますね」


 けれどもここまで喜んでもらえるのなら、少し恥ずかしかったが、色々準備した甲斐があるというものだ。

 それにこのお寿司も、割と評判の良いお店の品だし。……うん、美味しい。


「ところでユウキ。母の日があるのなら『息子の日』もあるのでしょうか?」

「あー、一応子供の健やかな成長を祈る『子供の日』ならありますね。この国特有の」

「まぁ! ではその日はいつですか? 是非お返しをしなければいけません」

「……ごめん、それもう過ぎちゃってるんだ。五月五日なんです」


 ……イクシアさん、無言で変なポーズ。ショックだったんですね?

 あまり表情が変化しないと自分で思っているせいか、たまに変なポーズするんですよね。

 無意識と言うか癖なんだと思います。咄嗟の感情表現が少しオーバーなのは。

 思えば……俺の卒業式でもその片鱗がチラホラ見えていたような。

 なにはともあれ、こうしてお互い初めての母の日のお祝いを終えたのであった。






 週明けの月曜。土日の余韻が残っているのか、エプロン姿で笑顔のイクシアさんが朝食を上機嫌な様子で作っていたので、朝から大変こちらの気分も高まってくれました。

 曰く『今日は少し難しい料理に挑戦しますからね』とのこと。どうやらお返しのつもりらしい。

 そして今日はイクシアさん印のエナジードリンクを、大きめの容器に入れて持たせてくれたので、研究室の訓練が終わったら友達と飲むとしよう。

 気持ちの良い朝日に照らされた山道を、今日も足取り軽く駆け下りる。

 本当……こんなに登下校が楽しみな日々がやって来るなんて思ってもみなかった。


「あ、セリアさんだ。おはよう、今日もランニング帰り?」

「あ、おはようユウキ君。そ、もう荷物は教室に置いてきてあるから、このまま学園に戻るとこだよ」

「毎日勢が出るねぇ、俺も見習わないと」

「ふふん、空中の姿勢制御も私が一歩リードしてるし、今日の研究室の組手、私とやろうよ。そろそろ一本取ってみせるから」

「はは、おっけい」


 ……セリアさん、本当に頑張り屋さんだな。それに人当りも良いし。

 これはそろそろ彼女にアタックする生徒とか出てきそうだな――




「何故、貴女はそのような野蛮な戦いを磨いているのですか。同じラッハールの魔術科出身だというのに、何故殴り合いのような無作法な戦いを――」


 いたわ。早速いたわ。しかもちょっとおかしな絡み方をする生徒が。

 その生徒は、少し前に実戦戦闘理論の研究室を止めた生徒、リイク・ビゼハン、通称リッくんだった。……いや俺が勝手に脳内でつけたあだ名だけど。


「でも、私が入れたのは君が抜けたからなんだけどね」

「それだけではないでしょう! 身体強化ばかり鍛える研究室にも入っているそうではないですか。なぜ紋章魔導の研究室に入らなかったのです! 貴方は魔導師でしょう!」


 お、セリアさんって魔導師だったのか元々。うむ、大胆なジョブチェンジは女の子の特権……じゃなくて、若者の特権ですな。俺はずっと脳筋だけど。


「いやぁ、鞍替えしようと思ってね? あまり怒らないで欲しいな、これは私の選択なんだから」

「っ! 誇りはないのか、君は!」


 さすがにうるさいなリッくん。ここ正面門ぞ? 注目浴びてるやんやん?


「ちょい待ってくれリイク君。ここじゃ人気も多いし、変な目で見られるぞ。それに……別に前衛が誇りのない戦闘職とは思わないし、彼女の言う通り、これは彼女の選択だろ?」

「君は……そうか、あの異常者か。君は引っ込んでいてくれたまえ。これは同門とも言える彼女が、魔導師としての誇りを汚した事に対する言及なのだから」


 あーこれは相当頭に血が上ってると見た。話から察するに、彼はセリアさんとそこそこ親交があったのだろうか? そして同じ道を志す同士だと思い込んでいたとかかね。


「異常者とは失礼な。……あんまり吠えるなよ、落伍者が。どうだ? 人にレッテルを張られるのは結構イラっとするもんだろ?」


 その瞬間、見えない何かが飛んでくる気配を感じる。

 うわ、こいつ魔法撃ちやがったよ。避けたけど。


「次は当てるぞ、この野蛮人が」

「いや普通に俺が避けただけだし」

「……いいよもう。行こうユウキ君、無視しようよ」

「あいあい」


 俺が動かずとも、きっとこの学園のことだ、事態の把握くらいはしているでしょ。

 未だ喚くリッくんを尻目に、正門をくぐる。そしてほんの一瞬だけ、彼が再び腕を振るおうとしたので……肩だけ外しておきました。誇りがないのは君の方なんじゃないですかね。


「……ユウキ君今なにかしたよね?」

「イエス。背後から狙おうとしたので利き腕の肩外しといた。しっかし面倒なヤツだったんだね彼」

「うん。私、ラッハールっていう学校に通っていたんだけど、そこの魔導科で主席だったんだ。で、いつも彼がライバル視してきてたんだ。私が戦士志望に鞍替えしたのが気に入らないんだと思う」

「おおー! 凄いんじゃないそれって! 確かに少しもったいないかも?」

「まぁそうなんだけどねー? でもさ、私が召喚した武器って、私の生まれ育った里に伝わってる守り神みたいな人が使っていた武器なんだもん。それを使いこなせるようになりたいじゃない? 私、尊敬してるんだ、その人の事」


 ほほう、里の英雄の遺産、といったところだろうか。なんかカッコいいなそれ。


「へぇ、じゃあ今度見せてよ。なんなら今日の実戦戦闘理論の研究室でも」

「いいの? じゃあユウキ君もデバイスありでお願いね?」

「よしきた。最近一之瀬さんのお陰でさらに磨きのかかった俺の剣術、見せてやるからなー」

「へへーん、デバイス使った方が勝率下がるの知ってるもんねー!」


 うっ! ちくしょう、ばれたか。やっぱり刀って扱いが難しいんですよ!




 午前中の講義は、今日は『デバイス工学』しか受ける予定がなかったので、セリアさんとは朝の一幕意外では顔を会わせる事がなかった。

 が、珍しく昼食を一緒に摂る事になった。それも缶ジュースを一本、俺の為に用意して。


「はい、今朝のお礼。あれ、ユウキ君お弁当なんだ?」

「お、ありがとうセリアさん。そ、毎日じゃないけど、二日に一回はお弁当なんだ。一緒に暮らしている保護者さんが、お弁当作りの練習中でさ」

「へー。なんだか可愛いお弁当だね」

「……はは、確かに」


 お弁当箱の中身は、今日は可愛い三角おむすび二つと、たこさんウィンナー。そしてミックスベジタブルが入った小さなオムレツと、プチトマトだ。

 実にお弁当らしいお弁当。イクシアさん曰く『クラシックスタイルのお弁当らしいです』とのこと。うむ、確かにクラシックタイプのお弁当だ。ただしこれはもっと小さい子向けだと思います。


「うーん……」

「ん? どしたんセリアさん。今日のお弁当少な目だから分けてあげられないよ?」

「え? いや、そうじゃないよ? っていうか人のお弁当なんてとらないよ?」

「はは、だよね。……コウネさんがたまに取るんだよね、いつの間にかおかずを」

「えー? コウネそんな事するのー? 私と食べる時は……たくさん食べるけど、そんな事しないよー?」


 なんだって!? それは聞き捨てならん。


「って、そうじゃなくて。ユウキ君、その『セリアさん』ってやめない? 呼び捨てでいいよ?」

「あー……俺って古い人間だからさ、異性の呼び捨てってなんだか慣れなくて……」

「そっか。なら無理にかえなくてもいいけど……私は呼び捨てでもいい?」

「おー! いいよいいよ、たぶん学園の女の子の中だと第一号だ」

「そうなの? じゃあ……ユウキ、改めてよろしくね?」


 やだ、ちょっと嬉しくて胸が苦しい。いやぁ……同年代の女の子からそう呼ばれるのって新鮮だなぁ……エルフだから生きた年数的には俺より一〇年以上は長いだろうけど。


「ところで、このジュースって何味?」

「わかんない! や、なんだか今日のおすすめらしいから買って来たんだけど」

「それ、ただの炭酸飲料だよ。甘さ控えめで、ちょっと辛い感じの」


 その時、こちらの疑問に答える第三の声が。振り向くと、そこにはあまりここで見かけないカナメの姿があった。


「あ、カナメ君だ。これ知ってるの?」

「うん、よく訓練後に飲むよ。一緒にご飯食べているんだね、ユウキ君と。僕もお邪魔していいかな?」

「どうぞどうぞ」

「ふふ、なんだか邪魔してしまったかな?」


 いいぞカナメ、そういう勘違いどんどんしちゃってくれ。


「いいのいいの、ちょっとお話してただけだから。それにしても珍しいね、カナメ君っていつもお昼はここにこないのに」

「うん、そうだね。僕はどこかで適当にパン食べるだけだもん」

「へぇ、そうだったのか。って……今日はお弁当なのかカナメ」


 彼の手には、俺と同じように『ザ・お弁当』と言わんばかりの、可愛い柄の布で包まれたお弁当箱があった。あれ? でもカナメは寮生活じゃないっけ?


「ほら、一昨日ユウキ君も会っただろう? 姉が作って届けてくれたんだ。帰る前にね」

「おー……優しいお姉さんじゃん」

「あれ? それって土曜日だよね? 一緒にいたの? 二人とも」

「うん、そうだよ。僕は姉と映画を見に行ったんだけど、そこにユウキ君がいたんだ。あの後街でも見かけたんだけど、凄く綺麗な人と親しげだったね。彼女さん?」


 おお!? まさか見られていたとは……いやぁ『はい、僕の彼女です』と言えたら嬉しいのだが、どちらかというと『僕のお母さんです』って言うべき立場の人なのですよ。


「え……ユウキって彼女いるんだ……?」

「残念ながら違います……あの人は俺の保護者で、一緒に暮らしてる人なんだ。ほら、一昨日って母の日だっただろ? だからいつもお世話になっているお礼にって遊びに出かけたんだ」

「あ、そうなんだ。……母の日だったんだ。すっかり忘れていたよ、その風習」

「なーんだ、彼女さんじゃないんだ。ふーん」


 セリアさん、そんなからかうように言わないで下さい、

 そんなこんなで、いつもとは違うメンツで過ごす楽しい一時が過ぎていく。

 ちなみに、今日はコウネさん、受ける講義がないからお休みだとか。

 ……よかった。二つしかないおにぎり取られるところだった。




 実戦戦闘理論の研究室に三人で向かっている時だった。研究室である教室から、誰かの荒ぶった声が聞こえてきた。ふむ、アラリエルか誰かだろうか?

 扉を開き、その正体を確かめる。


「残念だが、今更戻りたいと言って戻れる物でもない。既に生徒も補充したからな」

「なら、だれか問題のある人間を外すべきでしょう! 私が復帰した方がきっと――」

「それならば、入ってすぐに辞めた君こそが一番問題のある生徒だとは思うのだが?」


 あ(察し)リっくんじゃないですか。さてはセリアさん目当てだな?

 俺には分かってしまったのだ。君はセリアさんと近くにいたい、そうだな?


「うわぁ……どうしよう、教室に入りづらいんだけど」

「何かあったの? 彼、ここを辞めた人だよね?」

「かくかくしかじかなんですよ」

「かくかくしかじかじゃ分からないよユウキ君。教えておくれ」


 説明中。そして俺の下種な勘繰りも一緒に添えて。


「ユウキ……それ本気で言ってるの?」

「割と。だってあれ、明らかにセリアさん目当てでここ来てるでしょ? そして会話内容から察するに……たぶん俺を追い出したいんじゃないかねぇ」

「ふぅん。ユウキ君がいた方が僕は嬉しいけど、どうなるのかな?」

「よっしゃ、じゃあちょっと俺が煽りにいってくるので、二人ともこうご期待!」


 まぁいい加減俺もイライラしてきたので。俺の沸点はだいぶ高く設定されてはいるけれど……お湯よりも沸点の高い油の方が高温になった時危ないじゃん? つまりそういうこと。

 扉を開き、いざ行かん。


「あれ? 先生、今日の研究室は中止ですかね?」

「いや、いつも通りここで前回の反省点を洗ってから訓練場に移動する予定だ。そういう訳だ、悪いがリイク・ビゼハン君、君の復帰、提案を受けることは出来ない。申し訳ないな」

「っ! 先生自らが言っていたように、彼は――ある種、戦闘員として完成しているのでしょう? つまり伸びしろがない状態では? でしたら代わりに――」


 伸びしろがないとは失敬なヤツ。良し分かった、君が持っていきたい方向にこっちから話を誘導しようじゃないか。


「先生、彼の言う事にも一理あるかもしれません、ただ――伸ばしてもすぐに頭打ちになりそうな生徒を取っても枠の無駄になりますよね? ちょっと模擬戦でもして先生の目で判断してくださいよ。それなら恨みっこ無しって事で納得出来るっしょ、リイク君も」

「……あ、ああ。そ、そうだとも」


 おい。なんでちょっと引き気味なんだよ。もしかして言葉だけで説得して追い出すつもりだったのか君は。


「ふむ、正直見るまでもないとは思うが。第一、君は別な研究室に移籍しただろうに。紋章魔導理論の研究室で良く学んでいると聞いていたが」

「それでも、です。事情が変わりました! 今一度、お願いしたい。前回は少々ここでのやり方を理解出来なかったが、今ならば――!」

「……そうか。ササハラユウキ。君の提案もある事だし、選考のやり直しを兼ねた模擬戦を許可しようと思うが、君はそれでいいのかね?」

「良いですよ。ただし――リイク君。負けたら二度とこの研究室にちょっかいをかけないこと。そして――誰かの人生に口を挟むような事をしないって約束してもらうからね」

「っ……お前、まさか……」

「いやぁ、これは俺の独断です。友達が迷惑被ってたんでお節介焼こうかと」


 おら、怒れ怒れ。盤外戦の精神攻撃は基本中の基本ですよ対人においては。

 伊達に元居た世界でボイチャありの対人ゲームしてないぜ俺は。


「結構ここの研究室入ってから成長したつもりなんだよね、俺も。伸びしろがないとか言われてちょっとカチンときたんで、割と本気で潰すからよろです」

「いいだろう。僕も前までの僕とは思わない事だ。魔導の極意、君に教えてあげよう」






「いやぁ……なんだかんだでこんな風に好戦的な感じ? こういうテンションで戦うのすっごい久しぶりで興奮してるんだけどさ? なんでギャラリー増えてんの?」

「クク……テメェが珍しくやる気だって聞いてな。ありがとよカナメ、面白いもんが見れそうだ」

「うん、面白そうだから研究室の皆を呼んだんだ。ユウキ君、いつも楽しそうに訓練してるから、ちょっと本気の姿が見てみたいなって」


 訓練場。スーツに着替えて互いのベンチでウォームアップをしていたら、いつのまにか他の皆も集まってしまっていた。


「ササハラ君。確かに君はイマイチ闘争心、勝ちに拘る姿勢を訓練中あまり見せてこないな、と私も思っていたが……義憤に駆られこの勝負を提案したとセリアから聞いた。私はまた少し、君の評価を改めねばならないようだ。……見せてもらうぞ、君の本気を」

「そんな大げさな物じゃないんだけどなぁ。ところでセリアさんは?」

「セリアなら彼のベンチだ。念のため、今一度説得を試みているようだが……ああ、戻って来た」


 セリアさんが、若干疲れた顔で戻って来た。察するに……話が通じなかったな。


「ユウキ、やっちゃって。彼もうダメだよ、自分のやってる事は全部正しいって思いこんでるみたい。聞いた話だけど、アラリエル君にすら負けたんだよね?」

「待てこら、『すら』ってなんだおい。ちょっと俺に勝ち越してるからって調子のんじゃねぇぞセリアこら!」

「落ち着けってアラリエル。セリアさんに悪気はないから、たぶん」

「うん、ないよ。だって事実だもん。アラリエル君私が指摘した事絶対直さないじゃん」

「ぐ……」


 やだこの子ナチュラルに酷い。って、元魔導師視点からしたら、アラリエルの魔法ってまだまだ未熟なのかね? ……でも結構素手で殴り合ってる姿見るけど。


「そろそろウォームアップも終わっただろう。両者共にフィールドに出るんだ」

「うし。じゃあ行くよそろそろ」

「うん、いってらっしゃい。……本気でやってね。一度、思いっきり挫折させないとダメだよ、もう。……なんでああなっちゃったのかな」


 たぶん、色々あるんだと思います。男だからね、譲れない部分がある事くらい分かるさ。

 ただ、ああいうヤツ嫌いなんだよ。もうちょい大人になれよ、人の事言ないけどさ。


「先生、しっかりダメージ変換の術式働いてますよね? 血が出たり骨が折れたりしないですよね?」

「ああ、念のため最大レベルで術式を展開してある。だが、気を失う事はあるから二人とも気を付けるように。気絶した相手への攻撃は許さないからそのつもりで」

「だ、そうだよ。リイク君、約束は守ってもらうからね」

「そちらだけが一方的に条件を付けるのは気に入らないが、いいだろう。もし僕が勝ったら研究室を去ってもらう。そして……セリア君には近づかないでもらおうか」

「それは無理。だって同じクラスだし、同じ講義も受けてるし、他の研究室でも一緒だし」

「ぐ……それでもだ! まぁ良い。先生、合図をお願いします!」


 視線を切り、互いに距離を取りウェポンデバイスを構える。

 鞘から刀を抜き、魔力を込め、臨戦態勢へと入る。

 どうやらそれは向こうも同じようで、以前のような気の抜けた、ただの魔法、魔導の打ち合いではない、すぐに動けるように構えをとっている。


「へぇ……確かに前とは違うかも」

「では、これより模擬戦を開始する。試合開始!」


 縮めたバネを手放すように。今の分に出せる最高速度を生み出す膝の強化を発動させる。

 景色が伸び、先に見えるリイクの表情が驚愕に染まり、そして一瞬遅れて突風を纏う『蹴り』がリっ君から飛んでくる。


「まず一本」

「なっ……!」


 寸でのところで回避し、足を切り落とすつもりで一閃。動体視力も、反射速度も、入学前の俺とは違う。

 恐らく向こうも、アラリエルに肉弾戦混じりの戦いをされた事で、対人戦の作法を知ったつもりになったんだろう。


「ほら足止めた。終わりだよもう」

「待て、待て! 力が、力が抜けて――」

「そう。足なんて切られたら一瞬でそうなるでしょ普通」


 術式リンカーのはめられている手首を落とすイメージで刀を振るい、既に動けない状態である事を承知の上で、一度距離を取り視界から外れるようにフィールドを駆けまわる。

 人は消えたり出来ない。けれども、視界から常に外れることで、消えたように錯覚させることは出来るのだ。そんないつか見たゲームやアニメの話も、この世界なら実現させる事が出来る。

 瞳の動きを観察し続け、常に戦場を駆けまわる。そんな超人めいた事が、出来てしまうのだ。


「なんだ! どこだ、どこに行った――ああ!?」


 気絶はさせない。体力を失わせ、ギリギリで自分から敗北を認めさせる。

 残りの足を。腕を。一本ずつ浅く切り裂き、体力を奪っていく。

 そして、リイク君の瞳が必死にこちらを探そうと動き回っていたのが、ついに止まる。


「やめろ……もうやめてくれ……負けた、負けたから……出てきてくれ……」

「ん。先生、試合終了です」

「……ああ。そこまで! ササハラユウキ。ポーションは持っているな?」

「はい」


 急ぎ、スーツのポケットに入れてある薬瓶を取り出し、リイク君の口元へ運ぶ。

 意外な程、素直に口を開いてくれる。……そうだよ。意地もプライドも、完全に負けると残らないんだ。悔しいとさえ思えない程に実力差があると、もう逆らう気なんておきないのだ。それはゲームだけじゃない、現実の戦いだとしてもそうだ。

 やがて敗北の記憶が薄れ、時が経つと、そこで初めて悔しい気持ちがわき出してくる。

 差が大きければ大きい程、タイムラグが大きくなる。俺はそう、思っている。


「……約束、守ってくれよ。認めたくないかもだけど、ライバルの……知り合いの選んだ道なんだからさ」

「……約束は守る」


 立ち上がりフィールドを後にすると、皆が不思議そうな顔を向けてきた。


「何をしたんだ? ただ飛び回っているように見えたが……リイクは君を見つけられない様子だったが」

「目で追えない程の速度で逃げ続けてたって訳でもねぇ。どんなからくりだよ」


 む、そうかなるほど。遠くから全体を見る分にはしっかりと見つけられるよなそりゃ。

 タイマン専用、それも気配で察知出来るような相手には通じなさそうだなこれは。


「視界から逃げ続けていただけだよ。相手の目の動きをずっと観察していたんだ。一発芸みたいな物だけど、狙い撃ちされて近づけなくなるのは嫌だから、とりあえず相手に仕事をさせない戦法をとろうかと」

「へぇ、なるほどね。ユウキ君は色んな戦法、技を知っている様子だけど、それを相手に合わせて手札として生かせるのが強みだよね。うん、いい勉強になったよ」


 そりゃあ……これまで蓄積してきたありとあらゆる娯楽作品の内容が頭に残っているので。

 なるほど、そう考えるとこれが俺だけの財産、強みとも言えるのか。

 ああ、感謝します偉大なクリエイターの皆さん……。


「ふむ、手間をかけさせたなササハラユウキ。リイクは保健室に運ばせておいた。中々興味深い戦いだった。一度研究室に戻るぞ。先程の試合映像の検証を今日の課題とする」

「はぁ? なんだよ俺らにもやらせろよ。あんなん見せられたんだ、大人しく座ってられるかよ」

「先生、今回ばかりは私もアラリエルに同意します。先程の一戦は中々に刺激的でした」

「そうか。だか残念ながら本来今日はここの使用は認められていなかったところを、無理を言って短時間だけ貸してもらったという事情でな。その熱意は次回に回してもらおう」


 それならば仕方がないと、研究室に戻る一同。

 そしてそこで、俺は今の戦いについて語るハメになってしまいました。

 いやぁ……役割破壊ってヤツなんですけどね……僕は某モンスターで学んだ事の応用なので、ちょっとどう説明したらいいかわからないんですよね……。


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