第二百十五話
(´・ω・`)まぁレイヴンクロー選ぶんですけどね
ユウキがBBQの手伝いを買って出ているその頃、珍しくイクシアは料理に参加せず、河原にほど近い木陰で休みながら、そんな息子の様子をぼんやりと眺めていた。
「……ふぅ」
「お疲れかしら、イクシアさん」
「エリさん。いえ、やはり種族的に森や山の近くというのはリラックス出来るのですが、この場所は特に魔力が濃密で、ついつい」
「あー、やっぱりそうなのね? 私ですらここって居心地いいんですもの」
「ええ、本当に。凄く平和で……少し前まで、ユウキは激動の最中にいたとは信じられません」
やってきたエリと、しみじみと今の平和を噛みしめるように語る。
「私は直接関わっていないけれど、大変な問題だったみたいねー……。生徒さん達はよく諦めずに最後まで動いた物だわ。私と二歳しか変わらないとか考えられないくらいよ」
「ふふ、でもエリさんも凄く大人びて見えますよ? 考え方が凄く達観していて、余裕があるように見受けられます」
「あはは……まぁねぇ……」
川のせせらぎ。時折聞こえるユウキとヨシキの話し声。
水の音と、カナメの何やら楽しそうな報告。
木々の揺れる音に鳥の声。
イクシアにとっては慣れ親しんだ『子供と自然の音』。
過去を思い起こし、少しだけナーバスになるには十分すぎる条件だった。
「……やはり、父親というのは必要なのでしょうか、ね」
「ん? あーヨシキさん? 確かにユウキ君と仲いいわよね。でもダメよー? あの人既婚者なんだから」
「ふふ、そういう意味ではないですよ。……ただ、ユウキは寂しいと思っていたりしないかな、と思いまして。私も……少々変わった身の上でして、父という存在が後から出来たんです。ですが、それでも楽しく過ごせたと思っています。それこそ、今のユウキとヨシキさんのように、ああして外でご飯の支度をしてくれたり、一緒に旅をしたり、そんな父でした」
「はー、素敵なお父様ねー。ヨシキさんと似ても似つかないじゃないですか、それ」
「ふふ、そうでしょうかね?」
「でも、間違いなくユウキ君は寂しいとか感じてないと思いますよ。イクシアさんが一緒ならもう、それだけで幸せなのは間違いないはずよ。もしここでイクシアさんが誰かと結婚した日にはユウキ君絶対発狂して不幸のどん底に落ちると思うわ」
「そ、そうなんですか? 勿論私も誰か父親を新たに、なんて考えは微塵もありませんけど」
そう二人は話す。
エリは知らない。イクシアがどんな素性なのか。
だからあくまで一般的な、普通に見ていたら気がつく範囲で語っただけ。
ユウキがイクシアをどんな気持ちで見ているか、一目瞭然なのだ。
「さてと、じゃあそろそろヨシキさんのお手伝いでもしてくるわね」
「あ、ご一緒しますよ。ヨシキさんは料理上手ですからね、間近で色々観察できるのは嬉しいです」
「んで、ここに残ったって事は何か気になる事でもあるのかね?」
「やっぱわかります? ちょっとさっきの模擬戦、カズキ先生との戦いで気になった事がありまして」
「ふむ?」
パプリカを切りながら、ヨシキさんに質問をする。
「たぶん、心構え的な物を教えるつもりだったんですよね。俺達には殺意が足りない、容赦のなさが足りないって」
「恐らくね。俺はこういう世界で戦って来たから、それを教えたかったんだろう。いや、本来ならカズキだけで教えるべきだが、アイツは俺以外にあんな力は使えないからな」
「……もしかして、カズキ先生もヨシキさんと『同じ』なんですかね」
「ん、それはノーコメントだ。まぁ察してくれ」
たぶん、似たような存在なんだろうな。否定しないという事は。
「これから先、俺達はどうなるんでしょうか。異界に強く関わる事になるんでしょうか」
「どうだろうな。断言は出来ないけれど、可能性は高い、かな」
「なら、もっと強くならないと、ですね」
「そうだな、絶対に強さは必要だ。生き残る為の強さが」
会話の最中も、ヨシキさんは綺麗な手さばきで食材の調理していく。
ああ……もう良い匂いがコンロの方から……。
「ヨシキさん、ユウキくん、手伝いにきたわよー」
「お手伝いします」
「お、じゃあエリさんはピザ釜の温度計って来てくれ。これ温度計な」
「了解。あと『さん』はつけなくていいわよ」
「そうか、任せたぞエリ。イクシアさんは……ちょっと難しいかもしれませんが、そこのボウルの中にある生地を薄く延ばしてくれませんか? ピザの生地にするので」
「りょ、了解です!」
「かなり量がありますからね、たぶんそれで一〇枚分くらいありますよ。ユウキ君、君も手伝ってくれ」
「あ、了解っす」
ま、なるようにしかならない。俺達はただ強くなる事しか今は出来ない、そういう事なんだろうな。
そうして俺達は、ヨシキさんの指示の元、料理を完成させていくのだった。
なおカナメは何もしていないように見えて、ちゃっかりサワガニを沢山掴まえてきてくれました。
今夜から揚げにして酒のおつまみにするそうです。……お酒、俺も飲みたいなぁ。
時刻は一二時半を周り、そろそろ昼食時。
時間のかかると言う大きな肉達は粗方調理を終え、後はみんなが戻るのを待つだけという状態。
「リョウカとカズキに連絡を入れるよ。そろそろこっちに戻るように」
「カズキ先生、たぶん山の中ですけど繋がるんですか?」
「この霊山の中に圏外はないぞ、安心してくれ。という訳で少々お待ち」
もう既にカナメがコウネさんみたいになってるんです。早くみんな戻ってきてくれ。
「ユウキ君、こんなに大きいなら端っこ少し切って食べてもバレないと思わないかい?」
「やめとけって……ほら、芋でも食べてろ」
「……分かった。じゃがバターにして食べるよ」
ヨシキさんが連絡をして程なくして、割と近くにいたのか、釣り組が戻って来た。
大き目なクーラーボックスを持っていったようだが、果たしてその中身は……?
「ただいま戻りましたわ」
「ただいま戻りました! 大漁ですよ大漁」
「ふふ、そうですわね。ただし……理事長以外ですけれど」
「……おかしいですね、私の反射速度で後れを取るなんて……」
ははは……どうやらリョウカさんはゼロ匹だったようですな。
一体何がダメだったんでしょうかねぇ。
「キノコ狩りの皆さんはまだ戻っていないみたいですね? ふふ……じつはちょっと良い物を見つけたので、カズキ先生に是非見せたかったのですが」
「お、コウネさんなにか面白いもの釣ったの?」
「秘密です、ふふ。あ、でも釣果の方を見てくださいよ!」
コウネさんがクーラーボックスを開けると、そこには大きな鮭が二匹と、ニジマスがたくさん入っていた。
おー……丸々一匹の鮭なんて初めて見た。
「私ニジマスって食べた事ないんですよねー」
「ほう、それは意外だねコウネ嬢」
すると、興味津々でクーラーボックスを覗きに来たヨシキさんが語り出す。
「ニジマスは川魚の中でもトップクラスの美味しさだね。セカンダリア大陸は海産物が豊富に採れる関係であまり川魚は食べられていないかもしれないけれど、これは地球では和洋中どの料理でも使われる、非常に美味しい魚だよ。おすすめはムニエルと塩焼き、後は少しマニアックだけど、塩を強めにきかせて熱燻製で火を通しながらさっと燻して、オニオンスライスと一緒に食べるのが最高だ」
「はぁ……出ましたよこの呑兵衛。生徒にそんな酒の肴の話をしないで下さいよ」
「いえ、理事長……私も二十歳になりましたし、こういった知識は必要です。ヨシキさん、それお願い出来ますか?」
「勿論。とりあえず今は塩焼きだけ作って食べて、残りは加工しておくよ」
ほほう……美味しそうだなぁそれ。でも俺、川魚ってどうも『囲炉裏で焼いてる』イメージしかないから、ちょっと想像出来ないや。
「ふぅむ……こんなに立派な鮭、出来ればちゃんと調理してやりたいな。一匹は今ここで、もう一匹は加工して後日届けようか」
「良いんですか!? ふふふ、ヨシキさんが加工してくれるならば、美味しさは約束されていますね!」
「ふむ……気になっていたのですけど、ヨシキさんは有名な料理人か何かだったのでしょうか? コウネさんがそこまで絶賛するとなると」
あ、キョウコさんは知らないのか。
「以前、学校の屋上でみんなでお弁当を食べたではありませんか? あの時、ホソハさんのお弁当を作ってくれた方がヨシキさんなんですよ」
「まぁ、そうだったのですか。元秋宮の戦闘員……今は料理人とは聞いていましたけれども」
「ふふ、今度一緒にヨシキさんのお店に行きましょう? 正直、都内のレストランと比べても引けを取らない味ですよ、それでいて学生でも気軽に食べられるお値段なんです」
「なるほど……興味が湧きましたわ」
「いやー宣伝ありがたいのだけどね? 実は今月から来月……いや、もしかしたら再来月まで、ちょっと仕事でグランディアまで行かないといけなくてね、暫く休業なんだよ」
すると、コウネさんの話を聞いていてヨシキさんが、凄く申し訳なさそうにお店を暫く閉める事を伝える。
む……ヨシキさんが長期でグランディア……何か事件でも起きたのだろうか?
「なんと! それは残念ですね……戻ったら教えてくださいね、絶対」
「はは、約束するよ。キョウコさんも申し訳ない、せっかく興味を持ってくれたのに。お詫びというわけじゃないけど、今日は気合を入れて料理するから堪能して欲しい」
「ええ、分かりました。楽しみにしておりますわね」
さーて、後はキノコ狩りの面々が戻るのを待つだけだ。
「おーいヨシキ、戻ったぞ」
「お、結構かかったな? どこまで行ってた」
「ちょっと松山以外にも足を運んだ。どうせなら沢山キノコを乗せたピザが食べたいからな」
「なんだ、お前キノコの知識なんてあったのか」
「まぁな、一応お前とは同郷だ、多少はあるさ」
戻って来たのはほくほく顔のカズキ先生と、ニッコニコのカイ、そしてややあきれ顔の一之瀬さんだ。
「ヨシキさん! これ! こんなにたくさん取って来たんですけど、別に良いですよね!?」
「ぬお! どれどれ……くく、ははは! 欲望に忠実だな君は」
「……申し訳ない、私が監督していながら……」
「いや、別に構わないさ。ここは外の世界と違って沢山採れるからね。ふむ……」
好奇心にかられ、カイの背負い籠の中を覗いてみると……。
「うわ! なんだこの松茸の山!」
値段とか想像したくないんだが!?
するとキョウコさんが隣にやって来て、キノコを吟味する。
「これは……京都の料亭で取り扱っている丹波の松茸にも引けをとりませんわね」
「お、分かるかい? 一応、松山の土や木は京都の某所から取り寄せた物を栽培、環境を似せるように調整しているんだよ。妻がこういうのにうるさくてね、出来るだけ山の幸を堪能出来るように頑張っていたよ」
「……それをヤナセ君はこんなに……ヤナセ君? この大きさなら一本で大体三万前後ですわよ?」
「ひぇ!? お、おれとんでもない大金背負って走り回ってたのか……」
推定、80万オーバーはあると思います。えーこれ食って良いの?
「ふむ……網焼きとおこわだな。おこわは夜にするとして、土瓶蒸しに茶碗蒸し……正直松茸は調理方法がそこまで多くないんだ。これだけあっても持て余すと思うぞ」
「ならピザに乗せるんだ。松茸ピザだ松茸ピザ」
「お前なぁ、生徒の前で恥ずかしくないのか」
「ない」
やべえうまそう。
「ちなみに、松茸はアジア圏外の人間にはあまり好まれていないと言われているからね。グランディア出身の皆さんは苦手そうなら遠慮せずに仰ってください」
「あ、私は勿論食べられますよ!」
「ほう、さすがコウネ嬢だ」
へー、それは初耳だ。松茸の香りって嫌いな人種っているものなんだ……。
その時、ボソっとヨシキさんが呟いた。
「ま……遺伝子のなせる技かもな」
「? 遺伝子がどうしたんです?」
「いや、なんでもない。とりあえずキノコの香りを確認して、無理そうなら言ってください」
結果、イクシアさんとセリアさんは遠慮する事になりました。
曰く、セリアさんはこの匂いが『古い革財布が濡れた匂い』だとか。
イクシアさんは『すみません……ちょっとこれは……』と言葉を濁していた。
ううむ……これがまさしく遺伝子のなせる技って事なのかな。
「あ! そうでした、忘れていました! カズキ先生、私湖の近くでこんなキノコを見つけたんですよ」
「ふむ? ……なんだ、これは……食べられそうに見えないのだが……こっちは普通のキノコに見えるが」
するとコウネさんが、何やら二種類のキノコを取り出した。
片方は一般的な、いかにもキノコって感じの、ずんぐりとした可愛らしい形だ。
だがもう一つは、お世辞にも食べられそうには見えない、ウネウネグニュグニョした傘を持つ黒いキノコだ。
「ほう! この霊山にも自生してる場所があったか! コウネ嬢、これは湖の近くで?」
「はい。湖近くの雑木林、日当たりのいい場所にありましたよ」
「素晴らしい……所有の土地でこんなに質の良いポルチーニとモルケッタが採れるとは……後でたくさん取って貯蔵しておこうかな」
どうやら貴重な食材みたいですな。
俺、海外のキノコなんてマッシュルームとトリュフしか知らないんだけど。
「ちなみにトリュフはこの山では取れないぞ、残念だったなリョウカ、お前の活躍の場はないようだ」
「トトト、トリュフ豚ちゃうわ! ……は!?」
「しかしそうか……喜べカズキ、こいつはクリームやチーズとの相性が最高だ。キノコのクリームピザでも作ってやるよ」
「マジでか! マイタケにシメジやシイタケも取って来たから使ってくれ!」
そうして、引き続きヨシキさんは料理をしながら、焼き立てのお肉を切り分けふるまってくれる。
おお……美味しそうだ。
「スペアリブのマーマレード風ソース。チキンのピラフ詰め香草焼き、そして鉄板の炭火焼きローストビーフ。ソースはグレービーとおろし醤油、デミグラスにマスタードソースを用意したぞ、好きに使ってくれ」
「なんかわからないけどうまそうですね! いただきます!」
カイが真っ先に頬張り、声にならない喜びを表現していた。
いや、俺もよくわからないんですけどとりあえず豚肉がすっごいうまい……骨から肉が簡単に剥がれて来る……うっま。
「ヨシキ、ピザ焼くからな」
「任せた。ちょっと不安だからエリ、見ててくれ」
「りょーかい。カズキ君、それ四〇秒くらいで焼けるから注意してね。具材載せ過ぎないように」
「ああ、分かった。くくく……これほどまでに贅沢なピザ、世界で食べたことがあるのは俺だけだろうな」
うーん先生が完全に童心に戻ってる。
「先生、チーズでキノコを隠すように乗せてください、キノコが焦げてしまいます」
「む、了解したコウネ君。よし……モッツアレラとシメジと松茸のピザだ」
「贅沢ですねー!」
こうして楽しく過ごせるのは、いつまでなのだろうか。
なんでだろう、こういう時間が愛しいと同時に、恐いと感じてしまう。
いつか……こんな時間が二度と送れなくなるような、そんな漠然とした不安が襲って来る。
……少しだけ、裏の世界に浸り過ぎたのだろうか。
「ユウキ、はいこれ」
「あ、イクシアさん」
「お肉ばかりではダメですからね? これ、なんと鶏のお腹の中で炊き込んだそうですよ。チキンの旨味で炊いたピラフです。焼いたピーマンも持ってきましたよ」
「うわぁ、美味しそう。ありがとうございます、イクシアさん」
「ふふ、どういたしまして。……楽しいですね、ユウキ。凄く幸せです」
「はい。俺も……凄い幸せです」
その不安も、彼女が隣に来てくれるだけで洗い流される。
強くなろう。こんな不安に負けない、どんな困難にも立ち向かえるように。
今日見せて貰った、もしかしたら『手に入れるべきではない強さ』も、しっかりと俺の糧にしよう。
慰安旅行という名の、ある種の修行とも言える休暇。
俺達はその日程を無事にこなし、そして日常へと戻っていくのだった。
「悪いなエリ。帰りの運転は任せた」
「はいはい、じゃあそっちもダリアさんの事よろしくね」
二泊三日のBBQ最終日、俺達は朝から荷物をバスに詰み込み、帰りの準備をする。
どうやらダリアさんが少し寝込んでいるらしく、この魔力の充満した霊山の中でしばらく休ませるからと、ヨシキさんも念のため残っていくそうだ。
で、帰りのバスはエリさんが運転するそうだ。……ちょっと不安だ。
「じゃあそうだな、加工品は後日君の自宅に郵送しておくよ。他にもお土産は持たせてあるけど、後で郵送の方がよければみんなも言ってくれ」
あの大量の松茸、お土産にくれました。
まぁ俺が貰ってもイクシアさんは食べられないんですけどね。
なお一之瀬さんとカイは道場の方に送ったそうです。二人とも寮暮らしだもんね、仕方ないね。
カナメはお姉さんが都内に住んでいるらしくてそっちに送ったらしい。
セリアさんはパスしてました。やっぱりかなり苦手らしい。
「じゃあ、帰りの結界の抜け方はさっき教えた通りだ。みんな気を付けて帰ってくれ。また機会があれば誘わせて貰うよ」
「はい! 楽しみにしています!」
カイが元気よく返事をする。もう完全に肉で心を掴まれてしまったようですな。
まぁ俺もそうなんだけど……。
二日目に食べたチキンピラフ……あれやばいな……もう米が全部鶏肉の味したよ……。
非常に名残惜しいけど、そろそろ出発だ。
春夏秋冬のレジャー、食を楽しめるR博士の箱庭。
非現実的な世界とは、今日でお別れだ。
「ああ……なんという夢のような時間だったことでしょう……もうずっとここに住みたいです……」
「ほんとだねー……私のふるさとに凄く似た清浄な魔力に満ちていて、ご飯も美味しいし、また来たいよねー」
「ふむ……やはりどうにか説得して、会員制の観光地になどする気はないのでしょうか……秋宮管理下ではないのなら、我が社でバックアップを……」
「キョウコ、諦めろ。あの御仁はそういったものに興味を示すとは思えない。だが……いつか、また来たいという気持ちは私もある。父が釣りに目がなくてな、この話をしたらさぞやうらやましがるだろう」
「あれ? この場所って秘密なんじゃなかったか?」
「うぐ……そうだったな」
ヨシキさんとダリアさんに見送られながら、バスが出発する。
けれど、去り際に見えたダリアさんは、どことなく……別人のように見えた。
あれってもしかして……ナシア、なのか……?
「帰ってしまったな」
「はい」
「折角目覚めていたのなら、挨拶くらい出来たんじゃないか?」
山小屋の前に取り残された二人は、ぽつりと言葉を交わす。
「ヨシキおじさんにはわかりませんよ。私の気持ちなんて……」
「おじさん言うな。しかし……想像よりもかなり早い回復だな、ナーシサス様」
「ここ、凄いですよ。聖地よりもずっと魔力が澄んでいます。R博士って何者なんです?」
「秘密。君も会った事あるように、無邪気で心優しい凄い魔導師だよ」
「わかりました。……まさか、ダリア様もヨシキおじさんも、ユウキ先輩と知り合いだなんて思ってもみませんでした」
「はは、驚いたか」
「突然意識が浮かんだと思ったら、目の前にユウキ先輩や、皆さんがいて、凄く驚いたんですからね」
「……完全に回復するまでは暫くここにいるといい。後でR博士に来て貰うように言っておくよ。俺は少し用事があるからね、明日にでもここを発つんだ」
「分かりました。ごはん、作っておいてくださいね」
「ああ、分かった。……ずっとこのままという訳にもいかないだろう? そろそろちゃんとユウキ君に向き合うべきだ」
ヨシキは目覚めたばかりのナーシサスに言う。
「今更どんな顔で……私ユウキ先輩にあんなひどい事を……」
「状況を考えれば当然だと思うがね。むしろ君より重症だったセリア嬢ですら、ユウキ君は受け入れてくれた。心配ないと思うがね」
「それでも……もう少しだけ時間をください。せめて、完全に回復するまでは」
「……そうか。じゃあ、景気づけに何かお菓子でも作るとするか」
「え! おじさんお菓子も作れたんですか!?」
「当然だろう? さ、なんでも言いな」
「じゃあじゃあ、バームクーヘンが食べたいです!」
「……一応出来るが、丸太みたいに丸くは作れないからな? 層はちゃんと作るけど」
「ふふ、それで手を打ちましょう!」
慰安旅行から戻った翌日、俺達の休学も終わり午後から講義に出る事が決まっていた。
そんな中、近所にキャンピングカーを停めていたエリさんが我が家を訪れた。
「え、もう出発するんですか?」
「そ。イクシアさんにも挨拶がしたかったのだけど……留守みたいね」
「ええ、ちょっと秋宮の研究所の方に」
実は今日はイクシアさんの定期健康診断だ。まぁ異常がないのは分かっているのだが、こちらで新しく身体を生成された生命は皆、こうした検診が義務付けられているのだとか。
R博士やもう一人の奥さん、マザーさんも受けているのかな、やっぱり。
「そっか、残念。この後すぐに出発するんだけど……ユウキ君、せっかくだから最後に聞いておきたいんだけどいい?」
「え、なんですか?」
「ずばり、君イクシアさんの事マジで好きでしょ? 告白とかしないの?」
……この人なんで突然そんな事聞いて来るんですか!
「いやぁ……とりあえず最低でも卒業してから、とかですかね」
「ふーん、覚悟はあるのね? たぶんだけど、長引けば長引く程勝負は不利よ。親子っていう関係が長く続くと、そこから別な形になんてそうそう変われない。いい? 絶対告白するのよ? あの人からはもう『母親として生涯を終えても良い』っていう覚悟を感じたの。だから、それが固まり切る前にどんどんアプローチなさい」
「は、はい! はは……こんな風に言ってくれたのエリさんが初めてですよ」
「ま、私は恋する若者の味方なのよ!」
「エリさんもまだまだ若いじゃないですか。それこそ、気になる人とかいないんですか?」
「ん-……私はもう結婚はいいかなー」
「もうって……まるで経験あるみたいに言いますね」
「あはは、まぁ色々見て来てるみたいな? ま、私の事はいいのよ。じゃ、今度戻って来た時までこの家にいるか分からないけれど、何かお土産でも用意しておくわね? 何が良い?」
「えーと……じゃあ変わった食べ物とか……? それか工芸品?」
「ふむふむ、お土産の鉄板ね。じゃ、これから船で車ごと外国に行ってくるわね。またね、ユウキ君」
「はい、どうかお元気で!」
嵐のように去っていくエリさん。
なんというか、姉御肌というか、無邪気というか、独特な勢いのある人だったな。
「さてと、んじゃ俺も久々に登校だ。単位とか足りないって事にならないといいなぁ……」
こりゃ暫くは講義漬けになりそうだ。
 




