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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十七章

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第二百十三話

(´・ω・`)豚小屋も嫌だ……豚小屋も嫌だ……豚小屋も嫌だ……

 BBQ初日深夜、皆が寝静まった頃。

 対面式キッチンのカウンターテーブルに、イクシア以外の大人達が集っていた。


「なんというか……意図せずこの面々が揃ってしまったな」


 そう自嘲気味に呟き、苦笑いを浮かべるヨシキ。


「偶然とはいえ凄いな」

「いや、リョウカの我儘だったからな、最低でもお前とリョウカの二人は来ると思っていた」

「で、私がそこに紛れ込んだって訳ね?」

「右に同じく。凄いな、やっぱり偶然じゃないか」

「……本当にそうなのでしょうかね?」


 静かに、ヨシキは自分の前に置かれた杯に手を伸ばす。


「……というか俺は明日の仕込みの続きをしながら晩酌するつもりだったんだが?」

「いやズルいですよそれは。私にも何かくださいよ」

「ああ、俺も欲しい。出来れば甘い酒で」

「私はノンアルコールでお願いね。二日酔いしやすいのよねー」

「んじゃ俺もノンアルコールで。身体が小さいから酔いやすいんだよな」


 それぞれ注文をしだす。それをもはや予想していたようにヨシキも動く。


「……いや良いんだけどさ? で、何か話したい事でもあるのか? 皆の衆」

「俺はなにもないぞ、ただ小腹が空いただけだ」

「私もとくになし! ただ少し喉が渇いたのよね」

「俺は……少し頼みがある」

「ええ、私も」


 カズキとリョウカが言う頼みとはなんなのか。

 それを促すヨシキ。


「明日以降、生徒達に稽古をつけるつもりだ。前回、彼等は強大な敵と対峙して一定の成果を上げる事が出来たが、それでも自分達の力がまだまだ足りていないと痛感したはずだ」

「ええ。何よりも私やエリさん、カズキさんの力の一端を見てしまいましたからね。良くも悪くも皆さんに影響を与えてしまいました」

「なるほど。お前達を基準に考えてしまったら『自分達が弱すぎる』と考えるかもしれないと」

「ああ、そういう事だ。だからこそ指導をする。今日、いやもう昨日か。お前も生徒の戦いを見てくれただろ? どう思った」


 自分が受け持つ生徒をどう評価したのか。それをヨシキに訊ねる。


「格下相手に時間をかけ過ぎだったな。明らかに火力と瞬発力に欠ける。一応大技はそれぞれ開発しているんだろうが、実戦中に速攻で決められる技じゃないなら価値はない。ユウキ君だけだったな、即時に発動して使いこなしていたのは」

「まぁ、ユウキ君はそうだな、明らかに場慣れしている。経験の差だ」

「だからこそ、カズキ先生と同じく実戦で武器の技を扱える貴方に直接的な指導をお願いしたいんです」


 アドバイス等ではなく、直接指導して欲しいという願いだった。


「アドバイスだけだ。そう最初に約束したはずだが」

「それでもお願いします。少なくとも……貴方は一人、指導すべき人間がいるのではありませんか?」

「……どういう意味だ」


 リョウカは少しだけ剣呑な声色でヨシキに告げる。


「最低でもセリアさんには何か技を授けるべきではありませんか?」

「……なんだと?」

「む、何故セリア君なんだ?」

「ハーミットの末裔だろ? 何かあるのか?」

「あのエルフの子ね。おっぱい大きい子」

「……人の生徒にそういう事を言うな」

「なによー、本当の事じゃない。で、なんであの子が出てくるの? ヨシキさんあの子と何か関係あるの?」


 カズキ、そしてエリの疑問。だがそれに答えるつもりはないのか、黙り込んでしまうヨシキ。


「……俺が生徒に何か技を教えられると思っているのか?」

「少なくとも俺よりは慣れているだろ? 魔王様」

「……俺はヨシキだ」

「何よー、なんでそんなに拒むのよヨシキさん。アドバイスはしてたじゃない」

「最低限の助言だけな。俺は出来るだけ俺の力をこの世界に残したくないんだよ」


 拒むヨシキ。己が強すぎるが故に、ちょっとした行動が後にどんな影響を与えるのか考えて動けないのだ。

 遠回しな手伝いもする。言葉も投げかける。だが直接の指導となると二の足を踏んでしまう。

 それが彼の内心。


「お願いします。彼等はこれから先、もっともっと過酷な戦いに挑む事になります。少しでも生存の確率を高める為にもお願いしたいんです」

「俺からも頼む。俺が教えられるのは技術だけだ。よくも悪くも俺は『剣士』でしかない。だがお前は『暴力の化身』だ。生き残るすべ、殺し尽くすすべ、壊し方、考え方の全てが俺とは違う。お前の在り方を見せるだけで……彼らは変わる」


 教育者としての立場で懇願する二人。


「ま、それは俺も保証するな。お前じゃないと教えられない在り方がある。それにあれだ、リョウカがなんでセリア嬢を引き合いに出したのか……なんとなく分かったぜ、俺。そうか、ハーミットの一族は『意図的に優秀な血筋を掛け合わせ続けている』一族だったもんな。代々俺の身体に生まれる『花の一族』と次期聖女候補として高め合う為に。そして……あの里には『きわめて高度な医療設備』があるもんな」

「それ以上言うな、ダリア。良いだろう、ただし条件付きだ。俺は直接彼等と剣は交えない、あくまで見せるだけだ。ただし……やるからには本気だ、責任を持って『俺に技を使わせる』くらい追い詰めてみろ。その役目はカズキ、お前が担え」

「ん、感謝する。……そうか、お前と手合わせか」


 ヨシキはこれ以上己の秘密を暴かれるのを避ける為か、条件付きでリョウカとカズキの頼みを聞く。

 そうして、何やら因縁のありそうな元魔王と、その親友にして現担任による手合わせが決まったのであった。


「あ! そっか、私が言うのもなんだけど側室的な人間がもう一人いたわね確か! なるほどねー、あの子が子孫って訳ね!」

「濁してんのに台無しだこの馬鹿!」

「アイタ!」

「その子孫にいつの代からかお前の遺伝子を更に加えて遺伝子改良みたいな事してたんだろうな。セシリア辺りが」

「……だがその遺伝子情報はもう破棄して貰ったよ。悪用する人間がまた現れないとも限らない」

「へー! じゃああのセリアちゃんって凄いハイブリットじゃない! 鍛えたら一番化けるのあの子なんじゃない?」

「確かにそうでしょうね。カズキ先生、明日はヨシキさんの力を存分に引き出し、生徒達に欲経験を積ませてあげてくださいね」

「善処します」

「なぁなぁ、お前なんでリョウカにそんな喋り方してんの?」

「雇い主だからな、当然だ」

「私は必要ないって言ったんですけどね? ふふ、義理堅いと言いますか」

「それに、年上だからな……かなり」

「はい減給」


 どこか和気あいあいとした深夜の密会であった。








「……やべぇ、普通に熟睡してしまった」


 おはようございます、普通に外の様子が不安でビビり散らかしていたのに爆睡していたユウキです。

 同室にはカイしかいません。カナメ、ガチでテント泊しやがりました。


「カイは――まだ熟睡か。今何時だろ」


 スマ端を開くと、そこにはまだ朝七時前を指す文字。

 結構夜更かししたつもりだけど、なんだか凄く疲れが取れた気がする。

 俺は出来るだけ物音を立てないように静かに部屋を後にした。


「凄いな……マジで無音だ」


 初めての場所で、なおかつ人工物がこの建物の周囲にしかないという、まるで無人島のような状況。

 そのせいだろうか、いつも以上に静かに感じてしまう。

 俺の家も学園の裏山の中だから静かな方だけど、ここはもっと静かな気がする。

 木のぬくもりを強く感じる山荘の中、足音を立てないようにリビングへと向かう。

 すると――


「ん、結構早いなユウキ君」

「おはようございますヨシキさん」


 ヨシキさんがリビングのテーブルで何かを広げ作業をしているところだった。

 その様子を見ると、それがコンバットスーツなのだと気がついた。


「それは?」

「いやな、今日は少しだけ俺も模擬戦をする事になったから、久々に使うコンバットスーツの整備を」

「え!?」


 マジで!? え、やばくない? この人戦って良いの!?

 そんな俺の内心を読み取ったのか――


「あくまで常識の範疇で、だからな? 『あの力』を使うには色々準備がいるんだよ。あくまで『ニシダ ヨシキ』として戦うから安心していいぞ」

「はえー……それでも凄そうですね。相手は誰です? 俺達の内誰かですか? 俺はちょっと恐いんですけど」

「カズキだよ。アイツとのガチな模擬戦を生徒に見せて、何か刺激になればっていうのがリョウカとカズキの考えだ。……まぁ、使わされた技の解説と伝授くらいはしてあげるよ」

「おお! じゃあ先生を応援しないと」


 たぶんだけど、ヨシキさんは今少し機嫌が良いんだと思った。

 戦うのが好きっていうよりは、この状況をどこか楽しんでいるような、そんな感じだ。


「カズキ先生ってめっちゃ強いですよね」

「ああ、アイツは強いぞ。俺に唯一土をつけた経験もあるし、奥の手を使わせた事もある生粋の剣士だからな」

「おー! それって凄い事ですよね? 俺、ヨシキさんがヨシキさんとして戦うの見た事ないんですけど」

「あれ? そうだっけ?」


 たぶんこの人も強いんだろうな。そして……わざわざ頼んでまで戦う姿を俺達に見せようとする以上、この人の戦いは何か意味のある物なんだろう。

 なんとなく無言になった俺は、そのままぼーっとヨシキさんの装備点検を眺めているのだった。




「おはようございます」

「あ、キョウコさんおはよう」


 少しすると、しっかり身支度を終えたキョウコさんが寝室からやって来た。

 俺と同じソファに座り、同じくヨシキさんの作業を眺める。


「おはよう、キョウコさん」

「おはようございます。装備の点検、でしょうか?」

「その通り。今ちょっとコンバットスーツのプロテクター部分の魔力導線の調子を……テスト中だね」

「ふむ……よければお手伝いしても?」

「ん、お願いしようかな」


 デバイスに詳しいキョウコさんだが、やはり防具の方にも精通しているようだ。


「あら? これは我が社の製品ですわね? 少し手を加えているようですけど」

「流石に分かるかい? USHの製品は過度なアシストや保護や補正がないから俺好みなんだよ。ただ、一部のプロテクターだけはカバー範囲の都合で秋宮製に換装しているよ」

「なるほど……規格が合っていない物同士のはずですけど、うまく調整されていますわね」

「妻がこういうのが得意な技師でね」

「まぁ、そうなんですか? やはり秋宮の所属なのでしょうか?」

「所属というか籍だけ置いてる感じだね。技師としてではなく研究員として」

「羨ましい話ですわね……」


 キョウコさんはなぁ……今社長代行までしているらしいから、人員の補充やら将来の為やら考える事も多いのだろう。

 それこそ、優秀な研究員とかはどれだけいてくれても良いだろうし。


「ちなみにですが、デバイスはどこの物を使っているんですの?」

「あ、それ俺も気になる。ヨシキさんってどういうデバイス使うんですか?」


 そういえば……ジョーカーの時も武器は持っていなかったはずだ。

 ただ手をかざし振るうだけでとんでもない攻撃をしていたように見えたし。


「そういえば、私もヨシキさんの今のデバイスは見たことがありませんね」


 その時、さらにもう一人寝室からやって来た。

 リョウカさんだ。キョウコさんと同じく、しっかり身支度を済ませてやって来た彼女は、こんな大自然の中だというのに、どこかこちらの背筋が伸びてしまうような、キッチリとしたスーツ姿だ。


「無粋だぞリョウカ。もっと山にぴったりの私服はないのか?」

「む……レジャーの時間になったら着替えますよ。これは一種のケジメです」

「なるほど。ちなみに朝食はカレーうどんに急遽決まったので、その白スーツが悲惨な事にならないように気を付けてくれ」

「ぐ……そんな露骨な嫌がらせを」

「冗談だ。俺のデバイスだったかな? ほら、これだよ」


 からかいながらもヨシキさんはテーブルの上に大きな黒いアタッシュケースを置いた。

 これは……大きさ的に大剣とか槍だろうか?

 ケースを開けると、そこには俺の予想通り細身の大剣が収められていた。


「これは……ふふ、嬉しいですわ。我が社の製品をベースにしているようですわね」

「正解。USH社のロングエッジモデルをベースに、グランディアでデバイスカスタマイズを行っている個人工房に依頼して作ってもらった。USH社は玄人向けでベースの頑丈さは他の追随を許さないからね。一般の人間なら秋宮を選ぶ事も多いだろうが、ある一定の力量を越えて来ると秋宮の製品では使用者に追いついてこれないんだよ。まぁ……膨大な費用をかけてオーダーメイドをすればその限りではないがね」


 ほほう……実はそこまで詳しくはないから、こういう話を聞くのは結構好きです。

 するとさらにこの談義に加わる人間が現れた。


「確かにな。拡張性や独自性、剛性を優先するならUSH一択だ。俺もグランディアの工房に持ち込む事を考えたんだが、少し前にUSHでは素材の持ち込みによるブレード整形サービスも始めていてな、そっちにしたんだ」

「ほう! それはしらなかった。ふむ……一度サブウェポンとして何か注文してみるか」

「その際は是非私にお声をかけてくださいませ」


 カズキ先生だった。確かカズキ先生もUSH社の製品だったかな。

 が、さすがに二人してUSH社を褒め続けていると、当然――


「……なんです、二人そろって。雇い主や日頃便宜を図っている人間は秋宮の総帥なんですよ? そんなライバル社の製品を褒めちぎって……」

「ぐ……申し訳ない。いや、秋宮の製品が素晴らしいのは分かっていますよ。ただどうしても自分の使用に耐えられる物となると……」

「お前のところのオーダーメイドは高すぎるんだ。俺はまだしもカズキにそれを買わせるのは難しいだろうが。まぁ……競技シーンや一般的に広まっているシェアの話なら文句なしにお前の所が一番なんだ、それでいいだろう」

「でしたら資金に余裕があるであろう貴方は何故我が社の製品を使わないのです?」

「え? だってお前の所のデバイスってカスタマイズしにくいから工房に持ち込むと嫌な顔されるんだもん」


 な、なるほど……。

 流石に可哀そうになってきたので、ちょっと助け舟をば……。


「あ、あの! 俺は秋宮の製品好きですよ、高校時代からずっと使ってますし。今だって半分オーダーメイドというか魔改造されてますけど秋宮の製品ですし」

「うう……そう、そうなんですよ。条件さえそろえば他社が辿り着けない逸品も作れるのです……ただコストがかかりすぎるんですよ……! 湯水のように魔力を使う製法なので……! どこかの研究者がそういう理論で結果を出したせいで今更仕様変更も出来ませんし……」

「ところで、どうして装備の点検などしているのでしょう?」

「ああ、実は昨日リョウカとカズキに頼まれてね。君達の経験になるだろうからと、俺とコイツで模擬戦を披露する事になったんだよ。しかも条件として『俺が使わされた技は生徒に解説、指導する』と。正直かなり破格のサービスだから心してくれよー?」

「まぁ! それは生徒としてでなくデバイスメーカーとしても見逃せませんわね」


 俺はまだ寝室にいる面々に、起きているなら早くリビングに来た方が良いと声をかけてまわる。

 もしかすれば今日だけで凄い経験が出来るかもしれないんだ、早く知らせてあげないと。






 朝食を済ませ、俺達は昨日のストーンサークルまでやって来た。

 どうやらこの場所は術式保護フィールドとしても運用出来るらしくて、その効果も通常の物とは比較にならないらしい。

 具体的に言うと『かなり現実に近いダメージを体感する事が出来る』『尚且つ体力の消費を抑えて動くことが出来る』『地獄のような痛みに耐える事さえ出来れば長時間の戦闘も可能』という、半ば拷問のような仕様なのだとか。


「凄い大一番だよな。ユキさん……じゃなくてダーインスレイヴの前任者とカズキ先生の対決なんて」

「確かにそうだな。ヨシキさんも恐らくはユキさんと同等、それ以上の力を持つと仮定出来る……カズキ先生もまた、異次元の強さを持っているのは前回の実務研修で知る事が出来たのだから」

「こういうの見稽古って言うんだったかな? 確かにこれは凄い良い経験になりそうだね」

「ヨシキさんの武器、あれってかなり重量ありそうだよね。あれで戦うならカナメと私の参考になるよね、絶対」

「そうですねー。グランディアに伝わる技も習得しているという話ですし、何か私達が参考に出来る技を見せて頂けたら儲けもの、ですよね?」


 でも、なんだろう。俺はこの一戦が『俺達が想像しているような戦い』にはならないような、そんな予感がするんだ。


「ん-……昨日けしかけた身だけどさ、ちょっと生徒さん達には刺激が強いんじゃないかしら」

「いや、結構な修羅場をこれでもくぐってきてるんだろ? 少なくとも人の命を奪う程度の事はやってきてるんだ」

「ええ。SSの生徒の皆さんは既に『命を奪った事の無い軍人』などの数百倍は価値のある戦士に成長しました。ですが、それを価値と断じて良い物か、未だ私は迷っているのですよ、指導者として。だからこそ、今度は生徒の皆さんに見て、判断してもらいたいのです『自分達が目指すのはこういう人間なのだ』と。本当にこのまま進むつもりなのかと」


 大人組の言葉にも、どこかこの戦いを忌避しているかのような、覚悟のような物が見え隠れしていた。


「ユウキ、これは凄い事ですよ、きっと。正直ヨシキさんが戦うと言うのはピンとこないのですが『戦士同士の戦い』というのは、見る人間にも大きな影響を与えるものなんです」

「イクシアさんもそう思いますか?」

「勿論。私も『昔』そういう試合を見た経験があるのですが、やはり影響を受けていたと思います」


 この『昔』というのは、生前の話なんだろうな。

 ……イクシアさんクラスの人が影響を受けるって、さすが神話の時代だ。

 って、ヨシキさんも神話の時代の人間なんだった。




「さて、んじゃそろそろやるか」

「ああ。生徒の手前、こちらも無様な姿は見せられないからな、最初から飛ばしていくぞ」


 サークルの中、準備を終えた二人が距離を取り互いの武器を構える。

 カズキ先生は俺や一之瀬さんとは違い、同じ刀でも抜刀の構えではなく正眼の構え。

 ヨシキさんは大剣をただ片手で持ち、だらりと腕を下げているだけの状態。

 二人の間にある空気の凄みというのだろうか、目に見えない圧力のような物が、サークルの結界を越えてこちらに伝わって来る。


「……なんか普通じゃない」

「先生がお強いのは、前回の研修のお手伝いをした時に知っていました。正直、彼の強さは『私の知る時代』でもトップクラスかと思います」

「……そこまで強いんですね。イクシアさんが見た中で一番強い人よりも先生の方が強いんですか?」


 隣のイクシアさんも固唾を飲み模擬戦を見守る。

 そんな中、俺は好奇心から彼女にその疑問を投げかけてみた。


「……いえ、私が見た中での最強は……もはや個人がどうこう出来るレベルではないものでした」

「ひぇ……やっぱりその時代は凄いなぁ……」


 こわ。神話時代こわ。

 そうしている間に、サークルの中に動きがあった。








「本当に久しぶりだ、お前と剣を交わすなんて」

「そうだな。だが同時に『これが初めて』だ」

「くく、確かにそうだな。ではヨシキ、胸を借りるつもりで行く。精々俺達にお前の持つ技を……絶対的な暴力というものを見せてくれ。それは、確実に生徒達の未来に繋がる」


 二人の会話は外には聞こえない。だが二人の間に漂う闘気は確かに伝わっていた。

 そして――


「フッ!」


 先に動いたのはカズキ。

 正眼の構えの刀を横に薙ぎ払い、剣気を放つ。

 それは光を纏い、地面をえぐりながらヨシキへと向かう。

 だがそれとほぼ同時にカズキはさらに、流れるように刀を上段に構え、全力の一撃を放つ。


「天断“昇竜”」


 竜のように渦巻く闘気が、先程の剣気をも飲み込み、更に威力を増してヨシキへと向かう。

 まさに必殺の一撃。生徒達では防ぎきる事がまだ出来ないような、そんな一撃。

 だが――


「珍しいな、お前がそれを使うか。なら――天断“降魔”」


 奔流を剣で上空へと弾き飛ばし、同時に上空に雲が生まれる。

 まるで今の技を空につなぎとめるかのような、そんな様子。


「お前に向いてる技じゃないだろう。それはどちらかというと俺の分野だ。生徒の為とはいえ、俺に技を使わせる為にそんな舐めた戦い方はしない方が良いぞ」

「くく、お見通しか。いやな『今のお前』がどの程度戦えるのか分からないから少し試した。では……本気で行くぞ」








「おー……なんかポンポン出していい技じゃないですよね、今の」

「ええ……正直いとも容易く防ぐとは思ってもみませんでした。なるほど……理事長さんの秘密兵器というお話でしたが、本当にそれにふさわしい力です。料理だけでなく戦いに精通していたとは」


 イクシアさんも驚く技の応酬。剣圧を飛ばす技はいくつかあるらしいけど、どれも見たことはない。

 でも、少しカイや一之瀬さんの使う技に似ていたような気がする。


「カイ、今の技って知ってるか?」

「……ああ。あれは……俺達がまだ使えない技だ。流派に伝わっているグランディア産の剣技だ」

「免許皆伝でもあの技を再現出来た人間はほぼいないんだ。まさか、先生が使えたとは……グランディアで直接指導を受けた経験があるのかもしれないな」


 一之瀬さんも驚いている。が、心なしか興奮しているような、表情から少しだけ獰猛さがにじみ出ているような、そんな気配がした。


「だが、あれを平気で弾き返した技。あれは……恐らく同じ系統の技だ。だが一之瀬流には伝わっていない。つまりコウネの家、源流であるシェザードの剣術に残っている筈だ」

「マジで? コウネさんがあんな技を使うの見たことないや」


 さて、じゃあコウネさんに聞いてみましょう。


「……確かに我が家の剣術大系をまとめた資料に存在する技のように見えますね。ですが……使えた人間は存在しないんです。伝承だけの技なんですよ、あれ」

「マジでか」

「元々得体のしれない凄みのある人だとは思っていましたが……もはや警戒に値します」

「コウネさんがそんな険しい顔するなんて珍しいね」

「ふふ、そうですね。ですがそれだけ『ありえない事』なんです。いえ、正直カズキ先生もたいがいですけど……」


 サークル内では、二人がとてつもない速さで剣をぶつけ合い、僅かな隙に互いの技を放ち、それをもう片方が相殺するという、まるで格闘ゲームの演武、相殺動画のような光景が繰り広げられていた。

 だがその衝撃がサークルの結界を越えて周囲に放たれ、その風圧と威圧感に足がすくみそうになる。


「これ、凄いよ。たぶん一振り一振りが僕の全力以上の力があると思う。純粋に破壊力が違い過ぎる」

「だねー……私の斧でもあんな衝撃出ないもん……はー……強いなー」

「うちのクラスの力自慢二人からしてもそんなレベルなのか。まともに打ち合えそうにないなーあれ」


 どうすれば戦えるだろうか? 回避に徹すればあるいは……? いや、避けきる自信がない。

 距離をとっても、最初に見せた技で潰されそうだ。

 うーん……無理ゲーか、これ。

 すると、再びサークルの中で大きく戦況が動いた――


\ アズガバン! /


(´。ω゜`)ピギャー!

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