第二百十二話
(´・ω・`)スリザリンは嫌……スリザリンは嫌……スリザリンは嫌……
初日の夕食はコウネさんの希望通りシチューになった。
が、カイが『明日はバーベキューですけどやっぱり今日も肉が食べたいです』という発言をした結果、ビーフシチューになりました。
もうすっごいの。トロトロでホロホロの牛の塊がごろごろ入ってるの。
あんな美味しいシチュー生まれて初めて食べたよ……。
「ん……お兄さんは少し夜の見回りをしてこようと思う。カズキ、生徒達をくれぐれも山荘から出さないように」
デザートのクレープを食べていると、突然ヨシキさんが何かを感じ取ったかのように立ち上がり言う。
「どうした、問題か?」
「まぁな。俺だけで対処してくる。今日の魔物対峙は少々イレギュラーが発生しただろ? それで外の結界に少し揺らぎが生じたみたいだ。俺が戻るまで絶対に扉を開けるなよ? 誰がどんな風に呼びかけをしても絶対、な」
「分かった。みんな、聞いていたな? ヨシキが戻るまでくれぐれも扉を開けないように」
「俺が戻ったらカズキのスマ端を鳴らすから、それ以外は全部無視してくれ、頼んだよ」
え? なに、なにこのホラー展開。俺やだよ!?
思わずイクシアさんの袖を掴んでしまう。
「大丈夫ですよ、念のため私も山荘に結界を張りますから。大丈夫ですよね、ヨシキさん」
「ああ、それは良い考えですね。リョウカ、お前も念のためイクシアさんの補助に回ってくれ。カズキは……そこの不良娘が勝手に貯蔵庫開けて食い物漁らないように目を光らせてくれ」
「なによー! 沢山あるんだから良いでしょー! すっごい贅沢な貯蔵庫じゃないこれ、時間停滞冷凍って……これ秋宮で研究中の代物よね!?」
「……何故我が社の研究内容を知ってるんですか」
「ダメ、明日のお楽しみだ」
「分かった。明日は最高のピザを頼んだぞ、ヨシキ」
そう言ってヨシキさんが夜の山へと一人向かって行った。
うーやだやだ……結界にほころびって……絶対アンデッドとかでしょ。
そんな山に一人で出ていくとか……ホラー映画なら絶対死ぬ奴じゃん!
「ヨシキさん、死亡フラグですけど大丈夫ですよね?」
「なぁに心配はいらん、俺は強いからな! 明日は美味しい肉を食わせてやるからな、期待して待っていてくれ」
「ああ……! 完全にフラグ立てた……!」
もう絶対死ぬ奴―!
……まぁ冷静に考えたらヨシキさんが死ぬとは微塵も思っていないんですけどね。
「では行って来るよ。くれぐれも言いつけは守るように」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。何か温かい飲み物でも用意しておきますね」
「留守は任せてください」
そうして、俺達はヨシキさんを見送った。
「なんだか思ったよりも緊張感のある依頼みたいだね。ユウキ君の時も何かアクシデントがあったし」
「うん……元々かなり危ない事をしてる自覚があったんだと思う。あえて正式じゃない方法で儀式を模倣してたもんね。この山を作った人も、元々悪い物を集めやすいように曖昧な物を引きつけているみたいだし」
「個人的には、カイ達が戦っていた相手とも手合わせして見たかったのだが……」
みんながそんな事を口にしている中、コウネさんがキッチンで紅茶を淹れ始める。
お、イクシアさんが珍しく厳しい表情でコウネさんの動きをチェックしてる……。
「ストップ。……はい、続けてください」
「なるほど……火を止めるタイミングを少し遅らせたのですね」
「はい。ここは気温が低く、暖房があるとはいえ気持ち的にもう少しだけ、通常より温度が高い物の方が好まれますから」
さすが紅茶には一家言あるイクシアさん。
そうして出来た紅茶を皆で頂きながら、ヨシキさんの帰還を待っていると――
『おい、ここを開けてくれ』
扉が叩かれヨシキさんの声がかけられる。
結構早いな。
俺がそれを開けようとすると――
「待てユウキ君。ヨシキは戻ったら俺のスマ端に連絡を入れると言っていた。恐らくなんらかの魔物だろう」
「え、マジっすか。もう幽霊じゃないですか……」
急ぎ扉から離れる。
『違うから、そもそもこの結界の揺らぎでまともに通信が出来ないのを忘れていた。嘘だと思うなら自分の端末を見てみるんだ』
「え? どれどれ……」
表示されるのは圏外のマーク。確かに連絡はとれないように見える。
「ふむ……ならこの質問に答えろヨシキ。お前は具体的にどこで結婚式を挙げた?」
「おま……その質問は意味がないだろ。お前達を呼んだ覚えはないからな」
「いいから答えてみろ」
「……そいつは言えない。それだけは言えない」
これは……黒か? が、意外にもその答えにカズキ先生も、そしてリョウカさんも納得しているようだった。
「そうですね、彼が答えるはずがありませんね」
「そうですね。きっと本物もこの質問には絶対に答えない」
「あの、普通にヨシキさんなんじゃ……?」
「いえ、まだ確証は持てませんね。今度は私が質問してみます」
まだ続けるのかこの問答! なんか童話で似たようなの見た事あるなぁ……。
「私は今日車内で何を食べていたでしょうか」
「知らん、運転中だ」
「はい、そうですよね」
「ただ予想は出来る。焙煎したどんぐりでも食べていたんじゃないか、ナッツとして」
「これは一気に怪しくなってきましたね……」
え? なにが?
「なにがですか?」
「なにがよ?」
あ、カズキ先生もエリさんも突っ込んでる。
「面倒ですわね。はむ子、ドアを貫通して外の様子を見てきてらっしゃい」
すると、業を煮やしたのかキョウコさんがハムちゃんを召喚し外に向けて放ってしまった。
だが、まるで見えない壁でもあるのか、困った様子ではむちゃんがうろうろと扉の前で鳴いていた。
「結界の関係で扉を開けないと外には絶対に出られないんだ」
「私も同じく内部からもう一つ結界を張っています。その影響かもしれません」
「……通常、はむ子を防ぐ結界など構築不可能なはずですけれど、相手が秋宮をも超える人間ならありえますわね……」
ダメか、反則技も通じないのか。
そうして悩んでいると、再びドアをノックされた。
『おーい開けてくれ。いるんだろヨシキ』
「あれ? 今度は別な声だ」
「今、ヨシキさんを呼びましたよね……?」
「新手か……?」
はて? 魔物ならヨシキさんが中にいない事くらい分かっていそうだが……。
『お? 誰だ、中にいるの。ヨシキの客か?』
「えーと、客です。そちらは誰ですか?」
『ん? その声……ユウキ少年かね』
「あれ……誰だっけこの声……」
外から聞こえるのは、子供の声。女の子の声だ。
だがこの口調、確か……。
すると、今度は俺の代わりにカズキ先生が答えた。
「ダリアか? もし本物なら自力で結界を解いて中に入れるだろ? 悪いが少々訳ありだ」
『うお!? その声懐かしいな! もしかしてカズキか!?』
「そうだ。結界の解除をして入った後、同質の結界を再展開してくれ」
『いきなり難しい事を……やってみる』
これは、本物なのか……? ていうかカズキ先生と知り合いなのか?
「何故彼女がここに来たのかは甚だ疑問ですが、本物、でしょうか?」
「結界を解除出来たら本物でしょう。今もアイツこそが最高の術者なのは変わっていませんから」
いや、もっとこう、リアクションをですね? そこにいるイクシアさんみたいにもっと焦ってくださいよ。
もうダリアさんが外にいるかもしれないって聞いてめっちゃテンパってますよ。
紅茶もう空なのにずっと飲んでいるふりしてますよ!
確かイクシアさんの前世に関わりがあるんだっけ……?
『ふーむ……一方通行の結界と外敵遮断の簡易結界か。中はともかく外の一方通行は解除が面倒だなー……外寒いからあんまり時間かけたくないんだけど』
たぶんこれ、本人な気がするから開けてあげたいんですが。
「ダメだ。絶対に開けないように」
「ええ。ヨシキさんがわざわざ念を押した以上、それを破るのは言葉以上に重みがある行為なんですよ」
「そ、そうなんですか……」
まぁジョーカーの言う事だと考えればそうかもしれないけど……。
それから少しして、イクシアさんも落ち着きを取り戻し、ダリアさんが入って来るのに備えて紅茶を淹れなおしたところで、建物の中に『薄い何かが割れたような音』がした。
すると扉が開き、外からやって来たのはやはり本物のダリアさんだった。
ナシアの姿じゃない、金髪のショートボブの姿、まさしくダリアさんだ。
まだ、ナシアは目覚めないんだろうな。
「やーっと開いた! なんだよ、みんな勢揃いじゃないか! いやいや久しぶりだねSSクラスの皆の衆!」
「ほ、本当に本物の初代様ですの……」
「うお……マジでびびった……」
キョウコさんとカイが声を漏らす中、この中で唯一初対面であろうコウネさんが挨拶をする。
「こんばんは、初めましてですよね? SSクラスに所属しているコウネ・シェザードと申します」
「お、サーディスに来ていなかった生徒さんだな。初めまして、初代聖女の身体を保護する為の疑似人格のダリアです。詳しい事は気にしないでもらえると助かります」
「まぁ……では初代様なのですね?」
「ん-、まぁ一応そうなるのかね?」
相変わらず随分とフランクな人だが、この人はいわば神話時代の生き字引のような人だ。
グランディア出身だということもあり、コウネさんもどこか緊張した様子だ。
「本当にお前だったのかダリア。以前、ヨシキの店に厄介になる予定だったと聞いたが」
「ああ、なんか呼ばれていたんだが、ちょっと身体が不調でな、暫く安定して療養出来る場所を探してぶらついてたんだ。で、今日なんか凄くよさげな気配がしたからこうして来たわけだ。ここ、ヨシキの拠点の一つだろ?」
「知らないで来たのか……ヨシキの奥さんが管理してる霊山らしい。日本における悪霊や魔力汚染のダムの役割をしているそうだ。俺の担当している生徒達が今日、ここの魔物や悪霊の討伐する依頼を受けてここに来たんだ」
「え? お前ユウキ少年達の担任してるの?」
「臨時だがね。ファリル家のお嬢様が地球に戻るまでの間さ」
……ふむ? カズキ先生とは随分と仲が良い様子だが、どこかで接点があったのだろうか?
いや、そもそもヨシキさんと知り合いなのは……そうか、ヨシキさんの前世の関係、か。
じゃあカズキ先生は……?
「あの、寒い中外で作業をしていたのなら、温かい飲み物でも……」
「イクシアさん! 貴女も来ていたんだな! ありがたく頂戴するよ」
先程まで緊張感に支配されていた室内が、一気に落ち着きを取り戻す。
そうして俺達は、ヨシキさんが外に向かった経緯と、ダリアさんが来るまで起きた事について説明したのであった。
「なるほど。今ここは限りなく彼岸、あの世に近い状況だからな。そしてこの中だけは明確に現世だ。どうにかして現世に戻りたいと思う存在が寄って来てるんだろうなぁ」
「ヒェ!」
「ま、大丈夫。外からちょっかいはかけられても直接接触は出来ないさ。しかし……ヨシキも随分危ない事をするな。そんな変則儀式で神を呼び出すなんて。生徒さんに何かあったらどうするんだ」
「それは、私が儀式に強引に割り込んだからかと……」
「そうかね? ヨシキの事だから色々適当にやってるんじゃないかね」
「ま、ありえるだろうな。だが……最近のヤツはどうもおかしい、違和感がある。何か俺達に隠し事でもあるんじゃないか?」
「そうなのか? リョウカさんや、最近何かあったのか? アイツ」
「いえ……特には」
大人組の話に入る訳にもいかず、俺達は俺達で平和な話題を繰り広げる。
「今晩の部屋割りどうしようか? さっきお昼に荷物置きに行った時見たんだけど、かなり部屋数あったし」
「やっぱり男女に別れて相部屋じゃないか? さすがに全員分はないだろうし」
はい、寝床のお話です。とりあえず大人組と生徒は分けるとして、さらに男女で割れば問題ないと思うのですが。
「すみません、私も意見よろしいでしょうか。今日はユウキが随分と恐ろしい目にあったので私と――」
「ちょーっとイクシアさんは向こうにいてくださいねー!}
あぶねぇ。流石にクラスメイトの前で一緒に寝るとかそういう発言は俺が死ぬ。社会的に死ぬ!
「ふむ、そうだな。見たところ部屋の広さ的にも問題なさそうだ。もし、一人が良いのならヨシキさんに相談してみるが」
「私は問題ありませんわよ」
「私もー」
「私も大丈夫ですよ」
よし、じゃあ男女で分ければOKだな!
が、そんな中カナメがとんでもない事を言い始めた。
「バーベキューと言えばキャンプだろう? さっき山荘の倉庫にテント一式あったんだよね。ヨシキさんが戻ったら外でテント泊が出来ないか聞いてみて良いかな?」
「お前マジかよ……ダリアさんの話聞いていなかったのかよ……」
「凄く刺激的じゃないかい? それに、ヨシキさんが戻るっていう事は問題が解決するって事だろう? いいじゃないか」
「ダメ却下没。何か問題起きたら俺達も恐い目に遭いそうだし」
「えー」
こいつほんと……恐いもの知らずすぎじゃないか……?
これ、ヨシキさん本当に戻って来るのかね……。
「俺が始めた儀式だからな、責任は俺にある。だが……お前は違うな? この儀式手順でお前がやって来る『道理』はない。ただ曖昧な流れにお前は便乗したに過ぎない」
夜、ストーンサークルにて。
ヨシキは自分のデタラメな儀式で呼び出された鬼や神を生徒達に倒させ、山に溜まりつつあった思念、怨念、魔力の残滓やその他『よくないもの』と分類される存在を浄化した。
だが、そこに『なんらかの意思』が介在し『異物を排除しようとする自浄作用』が働いていた。
その結果が今、彼の目の前に現れていた。
「節操なしか。一応、鬼子母神は俺の所為で呼び出されていた鬼に準ずる神だ。多少無理はあるが、ここに現れる理由があった。だがお前は……ただこの国に伝承が残っているって理由だけで来た。自分の意思でもなんでもない、ただ流されるまま顕界へ来た」
それは、もはや何か個の姿ではなく、様々な存在が折り重なり、融合し、塊に近い姿として現れていた。
「……察するにリョウメンスクナにストクテンノウ、そこに都市伝説の類やら何やらが集まった形かね。確かにこれなら生徒じゃ太刀打ち出来んだろうなぁ、確実にヤれる」
その肉塊と共に、大きな結界の内に入るヨシキは、静かに語り続ける。
「けどまぁ、お前がこっちに手出しするのは正しくない。少なくともここは……地球は俺の管轄下にあるんだよ。グランディアにすら居場所のない残滓が『人の仕事を奪う』んじゃない」
静かに語りながら、ただヨシキは優しく腕を前へ伸ばし、何かを払うように横へ素早く動かす。
ただそれだけ。たったそれだけで、ここに現れた肉塊、悪鬼羅刹の類であるそれを完全に消滅させてしまった。
「明日の仕込みがあるんだ。手間取らせんな」
ジョーカーとしての力。
それはもはや、神々すら相手取る事が出来ない異次元の力。
存在を許容しないと、自分のエゴで全てを消し去るそんな力。
『ただ強いだけ』だったはずのその存在『魔王』は、一度死に、また人に戻り、そして人の身にて再び魔王の力を身に着けた。
世界を越えて再び身に着けてしまったそれは、もはや『世界の枠を超えた力』。
故に、彼は世界に生きる命とは違った倫理観と世界観で物事を図る。
「……しまった、クーラーボックスからせめて調味料出してから来るんだった。常温に戻すのに魔術は使いたくないんだがなぁ……」
故に、このイレギュラーが現れたという事態ですら、彼にとっては『料理の下ごしらえより少し優先度の高い用事』程度でしかないのであった。
「ん-……これは何かのタレだな。ダメだ、クーラーボックスに食べられそうな物はないな」
「きっと、冷蔵庫や貯蔵庫の方にあるんじゃないですか? ヨシキさん、どうやらあらかじめ山荘に食材を補充しておいたみたいですし」
「なるほど。じゃあ開けてみるか」
すみません、一応今山荘の中にいる人間で一番偉い人ってダリアさんなんですよ……だからカズキ先生もリョウカさんも、この初代聖女の暴挙を止められないんです。
コウネさんと二人で山荘の中の食べ物を漁っているんですけど、誰も止められないんです。
「うお……! すごい肉塊だ! これが最上級の和牛ってヤツか!」
「いえ、恐らくこれはオージービーフの多少脂の乗ったものでしょうね……バーベキューは脂を落とす調理ですから和牛は向かないんです」
「なるほど? さすがにこれ勝手に切り分けるのは後でヨシキに殺されそうだ。……お! ならこっちはどうだ、コウネ嬢」
「あ、それは恐らく今晩のシチューに使ったお肉の残りですね」
「じゃあこれ食べよう。コウネ嬢、調理は任せた」
「はい。初代聖女様の御命令であれば聞かない訳にはいきませんからね!」
そうわざとらしく、こちらに聞こえるように宣言をしたコウネさんが、キッチンで何かを作り始める。
ああ……俺知らないからな……。
「凄いですねぇ……季節が違うはずの食材が最高の状態で沢山保存されていますよ、ここの貯蔵庫」
「ああ、それは恐らく『空間保持』の術式だ。本来であればセリュミエルアーチの希少物質である『魔力結晶粉』の放出魔力を安定させ、長期保管する為の術式なんだ。が、それを食材の時間を停滞させて保管するって事に利用しているんだよ」
「なんて贅沢な……私の家にも欲しいです……!」
「いやぁ、流石に無理だろうな。ヨシキにはコネと財力があるから許されているんだ」
「ダリア様のような方のコネですか?」
「それもある。ま、とりあえず好きな食材貰っちまおう」
なーんか面白い話が聞こえて来る中、俺を含む他の面々は、なんとも不安そうな顔をして山荘の入り口を見守っていた。
このタイミングでヨシキさんが戻ってきたらと思うと……。
「な、なぁ……絶対やばいって……なんか俺、雰囲気で分かるんだよ。あの人って絶対怒らせちゃいけない類の人だろ……」
「ああ、私もそう思う。……表現が出来ないが、威圧感のような、内なる狂気を秘めたような……料理に関しては本当に狂気を発揮しそうな、そんな予感がする……」
一之瀬さんもカイも、たぶんそれ核心ついてます……。
「そうですね……ヨシキさんはダリア様に遠慮はしないでしょうし……ですがコウネさんの事は気に入っている様子でしたし」
「大丈夫ですよきっと。ヨシキさんなら軽い注意で済ませるはずです。ダリア様が奔放な方なのはきっと知っているでしょうし」
と、イクシアさんとリョウカさんは言うが、正直予測不可能です。
「はい、出来ましたよー。一口ステーキのヴァンルージュソースです」
「おー! 早速頂きます。……うま! そうか、ステーキってこんなにうまいものなのか!」
「お肉がかなり良い物でしたからねー。それにこのソースに使ったワイン、調理用ワインにしては物が良いように思えます。まだアルコール類に対する造詣は浅いので詳細は分からないんですけど」
どうやら二人でおつまみを作り終えたらしい。凄く良い匂いがします……晩御飯食べたはずなのにお腹が空いてきた……。
どうやら他のみんな、特に男性陣はこのステーキの香りに惹かれているようだ。
が、そんな中リョウカさんは、コウネさんが使ったであろうワインが気になったのか、容器から少量グラスに移し味見していた。
「この容器、別に調味料用の容器ではないのかもしれません……ダリア様、コウネさん。なるべく早くそれを食べてしまってください。ソースも証拠隠滅として全て……!」
「ん? なんだリョウカ、そんなに良いワインなのか?」
「……恐らく、ヨシキさんの奥さんが勝手に飲まないようにボトルを移し替えて隠していたんだと思います……私の舌が確かなら、これは恐らく――」
「“ブルーティッシュブルー”の一種ではないでしょうか? 年代は若いようですが、この風味と余韻には覚えがありますね」
すると、同じく一口だけ味見をしたイクシアさんがそう断言した。
ええと……お高いワインなんでしょうか……?
「っ! やはりそうですか……!」
「あ、本当ですか? 我が国の最高級銘柄ですね、それ。確か神話時代から続くワイン蔵の最高品質に冠される名前ですよね? 名前の由来は『あまりの美味しさに時の貴族が残酷にも所有者を惨殺して奪い合う程』と言われていますね」
「はい、その通りですね。実際にそのような事件は起きていないと私の母から教えてもらいましたが。ですがそれくらい美味だと。熟成を重ねるごとに色味からどんどん赤が抜けていき、最後には紺色になるとも言われています。それ故の名前ですね」
「なるほど……お詳しいですねイクシアさん」
「ふふ、ワインだけは詳しいんですよ」
へー、そうだったんだ。……って、それってかなりヤバいんじゃないですか!?
ソースに使ったって……ヨシキさんブチ切れ案件なのでは!?
するとその時、まるで死刑宣告のように、室内にスマ端の着信音が鳴り響いた――
「せ、先生……鳴ってますよ……」
「む……あ、ああ。急いで食べるんだコウネ君、ダリア」
「は、はい!」
「なんだよ、もっと味わってたべたいんだけど」
「良いから早く!」
そして、先生が通話に出る。
「……もしもし? あ、ああ……分かった少し待っていてくれ、今ちょっと着替え中なんだ」
時間稼ぎの言い訳!
「早く食べろ! 皿も洗え!」
「わ、わかりました!」
「仕方ないな……」
二人が食器を片付けたのを確認し、カズキ先生が扉を開く。
「ふー、結構冷えるな夜は、ん? なんだかステーキの匂いがするな?」
「あー、余ってる肉があったから勝手に焼いて食っちまった。すまんね」
すると、悪びれもなくダリアさんがそう言いながらヨシキさんの前にやってきた。
「お? なんだダリア様じゃないか。どうしてここにいる?」
「その呼び方やめろ。いやな、ちょっと身体の回復に良い霊地を探してたんだよ。お前んところの厄介になるのもアレだし、適当な場所を探してたんだ。そしたら今日になって凄いよさげな気配を感じて来てみたって訳」
「ああ、そういえば夕方頃にちょっと結界が不安定になってしまったか。ちょっと俺が魔術で除霊したんだ」
「なるほど。なぁなぁ、ここかなり俺の回復に良さげだし暫く厄介になっていいか?」
「構わないぞ。俺達は二泊したら学園に戻るが、お前はどうするね」
なんか凄くフランクというか、友達と接するように話す二人。
恐らくヨシキさんの前世である魔王と、ダリアさんは顔見知りだったのだろう。
「ん-……ここで集中的に回復に専念する。最近、うっすらと今代の聖女の意識が浮かびあがる事もあるんだ。夢の中で対話出来たりもする。たぶんこの場所ならもう一月もしないうちに回復出来るぞ」
「ん、了解した。食材はそれなりに備蓄してあるから自由に使ってくれ」
「あいよー。んじゃ今日からよろしくな」
そう自然な流れで会話を切り上げる。
う、うまい具合にステーキの件は頭から抜けてくれたのか……な?
「……で、この芳醇なステーキの香りに混ざる華やかな酸味と甘さをおぼえるこの葡萄とベリーの芳香はなんだ?」
そうはいかなかったみたいです。
「……俺は悪くねぇ、コウネ嬢が作ってくれたんだ」
「ヒッ!」
ああ! 秒でコウネさんを売ったぞこの聖女!
「お前が作らせたんだろ! ……まぁ良いさ。コウネ嬢、気にしなくて良いぞ。どうせコイツが無理強いしたんだろう。それに……あのワインはそこまでグレードが高いものじゃないんだ」
「で、ですが……」
「よ! さすが隠れ大富豪!」
「お前は反省しろ……」
どうやら九死に一生を得たみたいですな。
「さてと、んじゃそろそろ寝床の準備を始めようかね」
「あ、すみませんヨシキさんにお願いがあるんですけど」
すると、カナメが手を上げる。まさかとは思うが……。
「外でテント使って寝てもいいですか? ちょっと憧れてるんです」
「ん-大丈夫だよ。もしかしたら変な気配は近づいてくるかもしれないが」
「大丈夫です、魔除けの効果がある武具持ってますから」
「そうか、なら安心だな。他に希望者はいるかね?」
全員、首を横に振る。俺も振る。
「問題は解決したからもう残滓しかいないぞ。気配だけだが」
「その残滓が恐いっす」
「ふむ、そうか。もう数時間で完全に消えるからまぁ、明日は安心してBBQを楽しんでくれよ、みんな」
ま、まぁ明るいうちなら。というか、ヨシキさんは結局何をしに外に行ったのか、最後まで聞けませんでした。
そうして、ちょっと慌ただしくもスリルのある最初の夜は更けていくのであった。
\ ブタゴヤ! /