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第二百十一話

(´・ω・`)ああ^~ホグワーツレガシーをやりたいんじゃあ^~

 まるでストーンサークルのような、周囲を林に囲まれた開けた場所に大理石か何か白い石材が置かれている場所に俺達は案内された。


「術を発動させるとこのサークル内に魔物が引き寄せられるようになっているんだ。本来はここに大量に閉じ込めて時間をかけて弱らせて消滅させるんだが、今の時期は量が多くてね。例年ならここに俺や妻が一緒に閉じ込められて、内部で殺し尽くす事になっているのだけれど、生憎今年は妻が仕事でね。俺だけでやろうと思っていたのだけど、そこの理事長が厚かましく『自分を連れていけ』なんて言うから、こうして君達の訓練の一環にしようと思ったわけだ」


 視線が理事長に集中する。リョウカさん、顔を反らす。

 ……いや、今回はグッジョブです。相手がアンデッドでなければの話ですが。


「日本はグランディアに近い場所にあるにも関わらず、魔物の被害がこれまで少なかっただろう? それはこの場所がそういうのを一手に引き受けていたからなんだ。だがまぁ、例外はある。君達は二年前の京都で体感しているはずだ」

「あ……あれは確かに……」


 そうだ、あそこは異常発生していたじゃないか。

 あの件は結局どうなったのだろうか? リョウカさんに調査の進捗を訊ねてみると――


「……あの一件ですが、詳細を調べ尽くす前に首謀者と思しき人間が『何故か一族郎党もろとも死亡』してしまいました。残党、関係者全てが謎の死を遂げています。一説では呪いが返って来たとも言われていますが……『“何者か”の逆鱗に触れてしまった』のでしょうね」

「それは……」


 ヨシキさんをチラリと盗み見る。たぶん、この人だろう。


「ん? どうしたユウキ君。ちなみに解説すると、京都の魔物も本来、結界で覆っていなければこの山に引き寄せられていたはずだ。ただどうやら『あの山に閉じ込めておきたかった勢力』がいたのだろうね。目的は知らないが、恐らく君達が遭遇した『蟲毒の産物』を作り出したかったんじゃないかね? きっと放っておけば未曽有の災害になっていたと思うよ」

「なるほど……」

「やはりそういった情報も知っているのですわね。今回福岡で起きた事件については何か判明しているのでしょうか?」

「目下調査中のはずだね。さ、雑談はこの辺りにしておこうか。逢魔時の前に終わらせてしまいたい」


 あ、それはなんか知ってる。たしか『大禍時』とか『逢魔時』って漢字で書くんだったかな?

 どっちの意味でも『悪い者やこの世ならざる者と会いやすくなる』みたいな意味合いだったはずだ。


「ふむ……こういうのは意味合いを持たせた方が効果も大きくなるか。ここで戦う魔物はどちらかというと『この国の歴史と風習に倣い変質した相手』だからね、少々こっちの指示に従って動いて貰う」

「構わない。生徒達への指示を任せる」

「ではまずは文字通りの『露払い』として、カナメ君に最初に戦って貰おうか」

「分かりました」


 お、どういう理由なのかちょっと気になるな。


「略式だが神事の真似事だよ。露払いは貴人、立場ある人間の先導として動く者。そして神事では棒による演武を行う事もある。この中で一番棒術に近い戦いが出来るのはカナメ君だろう? 武器の性質的にもそうだ」

「良く知っていますね、僕の槍は確かに神聖な力が宿っているそうです」


 カナメがストーンサークルの中に入ると、石がかすかに輝きを放つ。

 すると、周囲の林から何か煙のような物がなだれ込んできた。


「そいつが魔物の元凶みたいな物だから、一度結界を閉じる。結界の中でデスマッチだ。頑張れ」

「うわ、マジで幽霊みたいなんだけど……!」


 煙が結界に覆われた瞬間、蠢きながら人の顔の形になっていく。

 だがその量が尋常じゃない。結界を全て埋め尽くす程の顔が、激しく渦巻きながら叫び声を上げていた。


「ん-、ありゃ木霊の変質した妖怪かね。まさしく露払いにうってつけの雑兵だ。カナメ君、結構数がいるけど大丈夫か」


 瞬間、渦を白い光が一閃、全てが散り散りに消えうせる。


「ふむ……流石に相手が弱すぎたか。結界を解いたから出てきてくれ」

「まぁこれで生徒の力を見るのは無理があるだろう。今のはほぼカナメ君ではなく武器の力だ」

「ですね。入学時でも彼ならこれくらい出来たはずです」

「ま、露払いって言ったろ?」


 こうして見ると、確かにアンデッドなんて取るに足らない相手なんだとは思うけれども。


「ただいまユウキ君。どうだい? 恐くなんてないと思わないかい?」

「まぁさすがに。ただ近くにいたら絶対ビビる」


 普通に発狂する自信があります。


「さて、露払いが済んだら貴人の入場だ。この場合は巫女や祭事の目玉になる人間かね? ミコトさんと……そうだな、キョウコさんの二人に入って貰うよ」

「了解しました」

「二人で、ですの?」

「うん、なんか巫女っぽいし。いや、適当じゃないぞ? こうした形式は意味を持つんだよ本当に」


 少し半信半疑ではあるが、どうやら意味はあったらしい。

 明らかに、カナメの時とは違う相手が彼女達を狙うようにサークル内にやってきた。


「マジか……実体があるっていうかまんま鬼だあれ」

「すげぇ! オーガ種じゃなくて日本の鬼が最後に確認されたのって結構前の話だろ!?」

「へー! 地球にもオーガみたいなのっているんだね」

「私は絵本で見たことがありますね。実在していたとは」


 赤い肌の巨体。身長は確実に三メートルを超えているソレが三匹、林から勢いよく駆け出して来た。

 結界に閉じ込められ、キョウコさんと一之瀬さんが対峙する。


「少々時代錯誤な物言いだが……やはり黒髪の女性は連中からすれば巫女として認識されるか。中途半端に強い存在は巫女を食らい力を得ようとする。曖昧な認識と伝承が全部形を持ってこの場所に集うからだろうな」

「そんな曖昧でいいの? なんか結構強そうじゃない? 生徒さん達平気?」

「我が校の生徒はこの程度の相手に遅れは取りませんよ。そうでしょう? カズキ先生」

「ええ。前回の実技研修がイレギュラーなだけですよ。問題はありません」


 先生の言葉通り、一之瀬さんが二匹の鬼を一瞬で切り伏せる。

 そしてキョウコさんの方も――あのハムちゃんモードであっという間に沈めてしまった。


「実際にこのレベルの相手でも圧勝するあたり、本当に地力が大分底上げされているみたいだな。凄いなリョウカ、お前の指導方針は間違っていなかったようだ」

「ええ。知識を蓄え実技を詰ませる。それは蓄積された経験値以上の成長を彼女達に与えます。自負と自信こそが、生徒達を成長させる。厳しい環境を乗り越えた自負こそが肝なのです」

「……そうだな。数値化も分類分けも出来ない、曖昧な状態でこそ効果を発揮する事柄もある。この場所のようにな」


 難しい話はよくわからないが、どうやら魔術師組、セリアさんとコウネさん、そしてイクシアさんは納得でもしたのか、しきりに頷いていた。


「ユウキ、解説必要?」

「お願いします解説のセリアさん」


 久々に解説のセリアさんの出番です。


「術って正確に体系分けや区分がされてるわけじゃなくて、結構大雑把なところがあるんだ。ほら、言葉の組み合わせや単語の組み合わせ、紋章の改造とかしてるでしょ? でもきっちり体系が整えられたり形を決められると、同じ効果しか生み出せない。ここの結界というか霊山全体も、曖昧なまま、いろんな風習や歴史、文化をそのまま取り込んでるから、一緒に悪い物も沢山取り込んでいるんだと思う」

「そうですね。故に、今ヨシキさんはなんらかのルールでさらにそれを加速させ、魔物を集めている様子なので、この後はさらに厄介な相手が出てくるかもしれません」


 と、イクシアさんも解説に加わる。

 ふぅむ……ヨシキさんも俺と同じ世界を生きた経験があるなら、そういう風習とか創作物にも詳しいだろうな。

 とか考えているうちに、一之瀬さんとキョウコさんが戻って来た。


「中々の耐久力でした。ですが、確かに少々肩透かしを食らった気分です」

「そうみたいだね。あれは恐らく入学したてのシュヴァ学の生徒なら太刀打ちできない程度には強いはずだけど、今の君達の相手じゃないか」

「ミコトさんだけでなく私も、少しは成長しているという事でしょうか。正直まだ実戦で近接戦闘は自信がなかったのですが」

「ふむ……確かに相手が同格だとまだ不安かもしれないね。カズキ、彼女の指導はお前がやっているのか?」

「ああ。彼女は性質的にまだまだ伸びる余地があるからな」

「そうか。……エリさんや、お前が少し手ほどきしてくれ、カズキよりお前の方が彼女に近い」

「え、私? っていうかこれって慰安旅行じゃないの? なんか普通に修行の流れになってきてない?」

「いいから働け。いいだろう? 可愛い後輩の為だ」

「まぁいいけどね。ん-、じゃあ明日から頑張りましょ? 適正雷なら絶対強くなれるわよ、保障する」


 マジで? キョウコさんって才能の原石なの? じゃあカイも強くなったりするのか?

 ……えー、アイツもっと強くなるとかちょっと悔しいなー。


「曖昧に混ぜられた知識や歴史、風習。それらは意味を持ち、力を持つ。次はそうだな……前哨戦の鬼が倒された以上、次に来るのはもっと手強いだろうな。ヤナセカイ君とセリアさん、コウネ嬢の三人で挑んで欲しい」

「了解しました。儀式のあやふやさであえて危険な存在を呼び寄せかねない戦い……」

「良い修行になるじゃないか。どんなヤツでも出て来い!」

「本当にとんでもないのとか来たらどうしましょうか」


 たぶんだけど、ヨシキさんは大量に集まっている魔物や魔力、その影響を受けた存在を一か所にまとめて駆除しようとしているのではないだろうか? たぶん真っ当に倒そうとしたら、物凄い数になりそうだし。

 一つにまとめてポイみたいな。

 するとこちらの予想が当たっているかのように、周囲の林や山から、大量の霧のような物が流れ込み、ストーンサークル内で具現化し始めた。


「デ、デカイ……ヨシキさんあれ大丈夫なんですか?」

「おー、予想していたとはいえ、本当に鬼の親玉みたいなのが出て来たな」


 先程現れた鬼ですら三メートルはあったのに、今現れたのはどう小さく見積もっても六メートルはあった。

 結界の中にいるというのに、その威圧感に後ずさりしそうになる。

 いや、もう普通にみんな警戒してるんですがそれは。


「っ……! ヨシキさん、これは想定外ではありませんか? この霊場に集まるのは日本中の悪鬼羅刹、魔物になる前に集められた悪性魔力でしょう!?」

「ああ、毎回俺はこんな感じでまとめて掃除してるよ。大丈夫だろ? 『あの三人なら特に』」

「……コウネさんにセリアさんは確かに……古い血を引いています。ですかカイ君は……!」

「ヤナセカイ君はあの魔剣を持っているんだろう? 歴代の持ち主の力を引き出すという」


 む、そういえばそんな話を前に聞いたような……。

 あれ? じゃああの剣って生前イクシアさんも持っていたっていうし、イクシアさんの力を……? 何それ凄く羨ましい。


「……恐らくカイ君は歴代の持ち主の力を全ては引き出せません。歴代の中で『雷魔法に適性のあった持ち主まで』しか力を引き出せていません。それより前の持ち主は……彼には不可能です」

「マジか。いや、でもいけるだろ。多少は苦戦させよう! な!」

「もし、本当に危険だと判断したら俺が中に入る。結界の解除は可能か?」

「可能だ。けれどもなぁ……もう少し生徒を信じてやれ。ほら、善戦してるぞ」


 ヨシキさんの言う通り、結界の中では既に巨大な鬼が片膝をついていた。

 あの鬼ってなんなんだ……鬼の中には名前のある鬼もいるのはゲームか漫画の知識で知ってはいるけれど。


「ふむ……だいぶ強いな、ヤナセカイ君は。あの速度で動けるのか」

「まぁ、彼の強さはユウキ君に次ぐ程ですから。純粋な剣技なら恐らく彼以上ですし」

「……確かに強い。だが、あの大きさの相手などさせた事がないからな」

「それでも勝てそうではあるが。いや、コウネ嬢も大したものだな。魔術の規模や発動速度は確かに同年代の中では速い方だろうが……その強度、質が高い。たぶん氷の強度だけならうちの奥さんに匹敵するぞ」


 というと、R博士のことだろうか?

 マジか、コウネさんってそこまで氷の魔導が得意なのか。


「超高速のアタッカーで攪乱、拘束力抜群の魔法で足止め。極めつけは……」

「これは、純粋に三人の相性がよかったから、というのもあるだろうな。いや、そもそもSSクラスの生徒は誰と組ませてもそれなりのシナジーがあるように戦略を教え込んではいるのだが」

「そうですね、ですが本当にこの三人は大当たりの組み合わせです。セリアさんはSSクラスの中ではカナメ君に次ぐ怪力があります。そして同時に魔法の才もある。力だけでは不測の事態に陥るかもしれませんが、彼女にはそれがない。この組み合わせに彼女が加わる事で更に盤石な物となります」

「……そうだな、彼女は魔導師にあるまじき怪力だ」

「確かに、彼女は身体強化の適正は低いが、それでもカナメ君、ユウキ君に続く怪力だ。エルフであるにも関わらず……な」


 そりゃあたぶんセリアさんの筋トレのたまものですな!

 エルフって筋肉が内側に密度を高める感じでついていくって聞いたけど、つまり鍛えてもムキムキにはならないって事なのかね?


「……まさに血のなせる業……かもしれませんね」

「……そうかもな」


 ふむ? セリアさんも由緒正しい家柄なのか?

 出身地が歴史ある場所らしいし、髪の色も目の色も王家に近いし、やっぱり優秀な家柄なのだろうか?

 結界の中では、既に鬼が満身創痍の状態となり、三人に圧倒されていた。

 カイを捉える事も出来ず、身体の自由を取り返す事も出来ず、セリアさんの力を抑え込むのに集中する事も出来ず。はっきり言って詰みだ。


「……決まったか。大したもんだな、たぶんあれは名のある鬼、その伝承を元に形作られた存在だろうな。大きさ的に酒呑童子か鬼一口か……前者だろうな」

「詳しいな、お前」

「まぁこういう作業してる以上、ある程度出て来る相手の予備知識は蓄えておいた方が良いだろう?」

「……日本の大妖怪、その一角を仮にも倒してしまいますか」

「ま、そりゃそうだろ。伝承じゃ『昔の人間に倒されている』んだ。それを今の人間が倒せない道理はないさ」


 それは俺も知ってる。でもあれって特別なお酒を飲ませて弱らせたんじゃないっけ?

 俺はその事をヨシキさんに指摘すると――


「そもそも逸話の時代の人間より今の鍛え上げられた彼等が弱い訳ないだろ? 酔っていようがいまいが彼等は勝てるさ」

「まぁそれは……そうかも?」


 お侍さんよりは確かにカイ達の方が強いな、間違いなく。


「さて、これで大分この辺りに集まって来ていた悪性魔力や怨念、魔物の類は討伐出来ただろうな。が、さすがに君だけなんにもなしって訳にもいかないよなぁ?」

「いやーでも流石にあんなの倒したら、もうこの山に集まってた悪い物もなくなってるんじゃないですかね?」

「ははは、じゃあ悪い物じゃなくて普通に近隣で自殺した人間の霊でも集めるさ。この辺りはね、年間かなりの数の自殺者が出る場所なんだよ。その一部をこうして霊地、霊山として隔離して鎮魂にもあてている。という訳でもう一働きして貰おうかな」

「ギャー!!!!」


 まじかよ! ダイレクトにそういうの集めてるんですか!? なんでそれを俺に回すんですかね!?

 ヨシキさんに引っ張られながら、ストーンサークルの傍までやって来る。

 戦いの終わったカイ達が出て来るのと入れ違いになるように俺はそこにぶちこまれたのであった。


「あ、あの! 流石に可哀そうなので私も手伝わせてください!」

「あ、ちょ……」


 だがその時、ヨシキさんが結界を閉じる前に一人の人物が飛び込んできた。

 それは、イクシアさんだった。


「ふふ、今回は私が一緒ですからね、ユウキ。安心してください」

「はは、確かに安心ですね」


 そう、思った。これなら安心だと、恐い物なんてないと。

 けれども、どうやらヨシキさんにとってそれはとても都合の悪い事のようだった。


「マズイ……セリアさん、コウネ嬢、結界のコントロールはこの場所に立てばある程度理解出来るはずだ、ここに立って欲しい! 俺も中に入る!」

「え? あ、はい」

「了解しました。なにか……あるんですね?」


 珍しく、焦った様子でヨシキさんも結界の閉じる寸前のサークル内に飛び込んできた。

 イクシアさんが入るとマズイのか……?


「ここは中の声が外に聞こえる事はないから口に出しますが……イクシアさんの身体は非常に『依り代』になりやすいんです。魂を元に人工的に造られた身体ですからね、まだ魂と肉体の結合に隙があるんですよ」

「なるほど……理解しました。申し訳ありません、ついユウキが心配で」

「いえ、これは本来ならば秋宮の研究所で説明すべき事ですから、チセやリョウカの責任です。ユウキ君、ちょっともしかしたらイクシアさんを気絶させる必要も出て来るかもしれない、先に謝っておく」

「な……分かり……ました。絶対に傷つけたりしないで下さいよ」

「まぁ、そう言う厄介なのが来るとは限らないがね。だが……これは運が悪かったというべきか……」


 その時、イクシアさんに向かい、山から出て来た魔力のような物が流れ込む。

 イクシアさんも、それらを散らすように魔法を使うが、それを払いきれない。

 俺もそれに加わるが、量が多すぎる。


「ユウキ君、下がれ。俺は『ここまで再現するつもりはなかった』が、こうなってしまったら流石に俺が対処する必要がある。全力で――逃げるんだ」


 イクシアさんに集まっていたモヤが晴れる。

 だが、そこにいたのはいつものイクシアさんと何も変わらない姿だった。

 やっぱりそうだ、イクシアさんはこの程度でどうこうなるような人じゃないんだ――


「可愛い息子の為ですからね、当然ではありませんか」

「グェ!」


 突然のハグ。何故ですか!


「だから……邪魔なんですよ、貴方」

「っ!」


 だが突然、イクシアさんが俺を抱きしめたまま片腕を払い、見えない何かが飛び出しヨシキさんを襲う。

 咄嗟にガードをするも、一歩後ずさるヨシキさん。


「イクシアさん!? 何してるんですか!?」

「……邪魔な人を排除しようとしたんですよ。それよりも……ちゃんとお母さんと呼びなさい?」

「ぐ……イクシアさん……苦しい……」

「お 母 さ ん でしょう?」


 肺が、あばらが、軋む。

 痛い、痛い、なんだ……この力……!


「ユウキ君、逃げろと言っただろ? いいか、全力で離れろ」

「は、はい……!」

「しぶといですね貴方、消えなさい」


 再びイクシアさんが手を払う。

 その隙に、なんとか拘束の緩んだイクシアさんの懐から抜け出した。

 これ、イクシアさんじゃない!? いや、でもお母さんだって……。


「久々にいいのを貰ったよ。いやはや流石……依り代が君でよかった。同じ母でも『彼女』だったら手がつけられないところだった」


 ヨシキさんは、イクシアさんの身体を操る何者かの一撃を、今度はしっかりと受け止めていた。


「ユウキ君、風魔導で拘束。攻撃はしなくていいから捕縛だけ任せた」

「わ、わかりました!」


 俺の奥義の性質も知っているのか、指示を飛ばすヨシキさん。

 風で拘束してそこに最大の一撃を加えるのが俺の技だけれど、そこからどうする気なんだ……?


「イクシアさん、ごめん」


 全力でサークルの中を駆け巡り、イクシアさんの周囲に紋章を刻み込み、彼女を風の檻に閉じ込める。


「あらあら、反抗期ですか? この程度すぐに破れますよ? 後でお仕置き、いっぱいしてあげますからね? それとも……気持ち良いお仕置きの方がいいですか?」


 なんかそそられる事言いだした!?


「ここまでの存在を呼び出せるはずがないんだが……不完全に順番を守った俺が悪いのか、それとも依り代が強力過ぎたのか……はたまた『修正力』のなせる技か」


 ヨシキさんがぶつぶつと何かを呟きながら、おもむろに手をかざす。

 すると――


「迷わず逝け“ヘヴンリーフレイム”」




 黒炎が風の牢極の下、地面から吹き上がり、イクシアさんを丸ごと飲み込んでしまった。

 夜空の果てまで、先端が見えない程の出力の黒い炎が、全てを飲み込んでしまう。

 そのあまりの光景に、一瞬声を出すのが遅れてしまった。


「イクシアさん!? ヨシキさん、やりすぎです!!!!」

「安心しろユウキ君、彼女には傷一つついていないさ」


 その言葉通り、炎が収まる頃には俺の風も全てが消え去り、ゆっくりとイクシアさんが地表に降ろされた。

 ……本当だ、服にも焦げ一つない。


「思念だけ焼き尽くしてあの世に運んだ。まぁ俺だから出来る最強の浄化魔導だ」

「よかった……あれ、なんだったんですか?」

「恐らく『鬼子母神』だ。順番に鬼を葬り、最後の最後に『母の権化』とも言うべき人間、それも依り代になりやすい体質の彼女が現れたから、だろうな。まぁもしかしたら『それ以外の要因』もあるのかもしれないが。ただ、やはり具現化された存在とはいえ『文字通りの神』を相手するにはまだ君じゃ早い。それに母親に剣なんて向けられないだろう?」

「それは……そうですね。そっか……神様まで呼び寄せてしまったんですね……」

「俺が中途半端に手順を踏んで狂わせたからかもな。想像以上の相手を呼んでしまったことを謝罪するよ」


 ……たぶん、いくつもの偶然が重なってしまったが故、なんだろうな。

 俺はイクシアさんを抱きかかえてサークルの外に出る。


「イクシアさん! ユウキ君、大丈夫なんですか!?」

「コウネさん……うん、大丈夫。ちょっとイクシアさんって霊媒体質なんだ。それでヨシキさんに除霊してもらったんだ」

「あれが除霊……とんでもない方法ですね……」

「うん、身体に異常はないみたい。そっか……イクシアさんってかなり純度が高いブライトエルフだから、魔力を取り込む力が並外れてるんだよね……それで悪霊とかが……」


 結界を管理していた二人が慌ててイクシアさんの容体を確認する。

 大丈夫みたいだし一安心かな。いや、ヨシキさんを疑っていたわけじゃないけど。


「これで討伐依頼は達成ですよね。すぐに山荘に戻りましょう、イクシアさんを搬送しなければ」

「そうだな。みんな、お疲れ様。それと……イクシアさんならもう目が覚めているね? ユウキ君、下ろしてあげると良い」

「え?」


 抱きかかえているイクシアさんを覗き込む。すると、その表情がピクリと動いているのに気がついた。

 目はしっかり閉じているのに……あれ?


「……バレてしまいましたか。おはようございますユウキ、もう立てますから」

「寝たふりしてたんですか……」

「ユウキがこんな風に抱きかかえてくれるなんて初めてでしたので、堪能していました。記憶がないのですが、どうやらご迷惑をかけてしまったようですね、ユウキにもヨシキさんにも」

「はは、大丈夫です。ヨシキさんがあっという間に終わらせてくれましたから」

「今回は、イクシアさんが息子さん思いなのを忘れていた俺の落ち度でしょうね。俺だって身内が恐がっていたら手助けしてしまいますし」

「本当に申し訳ありませんでした。ユウキのせっかくの活躍も見れなくなってしまいました」


 いやたぶん、情けない姿を見せる羽目になっていたかと。

 しかし……そうか、前々から一番ゲートに近くて魔力も多いのに、魔物やアンデッドの被害が少ないなとは思っていたけど、この山のお陰だったのか。

 京都のは本当にイレギュラーだったんだな……。


「ともあれ依頼はこれで達成だ。バーベキューは明日からやる予定だけど、晩御飯も好きな物をリクエストして欲しい。俺に出来るお礼はその程度だからね」


 ヨシキさんのその言葉に喜んだのは、コウネさんとカズキ先生だけだった。

 他のみんなは、やはり先程結界の中とはいえ、強力な魔導を見せたヨシキさんへの畏怖と疑念が大きいのだろうな……。






 そう思っていたんだけどなー。

 なんか思うところでもあって黙り込んでいたんだと思っていたんだけどなー!


「すまないコウネ君。ここは学園でない以上担任ではなく一人の大人だ。僕も譲るつもりはない、教師である前に一人のピザ好き、いや『ピザラー』として譲れないんだ。晩御飯はヨシキにピザを作ってもらう」

「ならば私も一人の美食家として譲れません。ヨシキさん程の腕があるのならば、より調理工程の多い煮込み料理のような手の込んだ物を作ってもらうべきです。ここは秋に近い気候である関係で夜は冷えます。ならば温かいシチューをお願いするのがベストです」

「二人とも落ち着いてくれ……カズキ先生、私達は今日しっかりと依頼の達成、つまり労働の対価としてヨシキさんのご厚意で好きな物をリクエストしろと言われたんです」

「そう! そうです! ですから今日は私達が優先されるべきなんです」


 コウネさんとカズキ先生と、何故かそれを仲裁する為に一之瀬さんが正論パンチをおみまいしていた。


「ク……正論だ……ミコト君……それは正論だが……剣の道同様、正道だけが真実とは限らないんだ。邪道と呼ばれる道でも歩み、己の糧とする。それが僕という剣士だ。だからこのリクエストは譲れない……」


 カズキ先生ってたまにバグるよね。


「いい加減にしなさい見苦しい。貴方は本当に成長しませんね。今回は生徒のリクエストを優先しなさい。雇用主としての命令です」

「なぁ!!!!」


 あ、リョウカさんにとどめ刺された。


「話はまとまったかね? なんか似たような光景を昔見たような気がするが……カズキ、ピザは明日を待った方が絶対良いぞ、大人しく生徒を優先しておけ」

「その心は」

「石窯を用意してある。明るい時間なら石窯ピザが出来るぞ。石窯だから焼き上がるのに四〇秒しかかからない。つまり焼き立て食べ放題だ」

「よし譲る。さぁ、みんなヨシキに好きなリクエストをするといい。今日は頑張ったな、みんな」


 今更先生ぶるんじゃないよ……!


「ですからシチューを……」

「もう三品くらいなら対応可能だよ。他にないかい?」


 マジでか! なら俺も……と思ったけれど、結局俺は誰も倒してないから遠慮しておこうかな。

 ともあれ、俺達の慰安旅行? 依頼? の一日目は、多少のトラブルは起きたが、無事に終わったのであった。


(´・ω・`)寮どこにしようかな

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