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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十六章

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第二百八話

 時は少し遡り、ユウキが曇り空を確認しながら最後の攻勢に出た魔物と戦っていた頃。

 足場を利用し、アリジゴクのような渦を生み出していたユウキは、魔物の最後の攻勢を前に徐々に追い詰められていた。


「嘘だろ……渦が魔物の死体で埋まっちまった……何百体、いや何千体いるんだよ! こんなの、生徒に任せるような任務じゃないだろ……!」


 再び海岸を越え、町を目指す魔物を切り伏せ、縦横無尽に駆け回る。

 分け身風、風絶、風刃、駆け抜け一閃。自身が使える全ての技を駆使して、ユウキはカズキやエリと遜色のない地獄を作り出す。

 だが、魔物も必死なのだ。本能的に空がもうじき晴れると、明るさを取り戻すと知っている。

 ならば海底に戻るべきだ。が、それでは自分達が追い込まれるかもしれない。

 何よりも『自分達の糧になりそうな生き物が豊富で、建物が大量にある』つまり餌場であり、同時に隠れ家になりそうな場所が目の前にあるのだ。

 必死にそれを目指し最後の大攻勢に出る。


「クソ……! この姿じゃこれが限界なのかよ!」


 それは、高望みだった。

 クラスメイトが苦戦する相手を、一息に何十と葬れる人間が言っていい言葉ではないのだ。

 だが、それ以上を望んでしまう。もっと力が欲しい、と。

 故に――


「命を削ってでも……やれるか」


 身体強化を、さらに高める。関節や筋肉が悲鳴を上げる、そのギリギリまで。

 再び海岸線に魔物の数が出そろい、ユウキに向かい歩みだそうとする魔物に、ユウキもまた駆けだそうとする。

 が――


「“アルビテル・フルメン”」


 朝日が差した――と錯覚する程の閃光。

 地平線まで照らし出すような、金にも緑にも見える、強烈過ぎる雷光。

 その瞬間、近海に潜むすべての生き物が海上に浮かび上がる。

 魚も、魔物も、その全てが。

『海が恐ろしくて仕方がない、近づくことも避けたい』と思う人物が、海面を蹴り、奔る。

 浮かび上がる無数の魔物を、全て炎の剣で焼き尽くす。

 僅か数十秒。それだけの時間で、残っていた魔物を全て片付けて見せたのだ。


「イ、イクシアさん……」


 フラフラと、水しぶきや血で汚れた彼女は、まるで恐怖から逃げるように浜辺から陸地へ、ユウキの元へと向かう。


「ユウキ……助けに来ましたよ……」

「そんな真っ青な顔で……すぐ、ここから離れます。ちょっと俺が運びますから」


 フラフラの彼女を抱きかかえ、海の見えない場所まで退避する。

 そこで彼女をおろし、どうしてこの場所にいるのかと尋ねる。


「今回は……生徒が助からない可能性のある状況でした。どうやら、なにか異常がこの海で起こりつつある、と。リョウカさんがすぐに出せる援軍で、この状況を打破できるのは、私と……リョウカさん自身しかいませんでした」

「リョウカさん自らも……? それにしたってイクシアさんを戦わせるなんて……」

「戦うに決まっているでしょう……大切な息子とその友達が死ぬかもしれなかったんです。事実、私があと数分遅れていたら……セリアさんは死んでいました。それほどまでの緊急事態だったんです」

「そんな……」

「ひとまず、皆さんのいる場所に合流しましょう……波の音が恐いですね……早く行きましょう、ユウキ」

「イクシアさん……こんなに震えて……それなのに来てくれて……」


 ユウキは強くイクシアの腕を抱きしめる。

 ありがとう、と。助かった、と。


「もう、大丈夫ですからね、ユウキ」


 そうして、ユウキに抱きしめられながら、イクシアは満足そうな笑みを浮かべ、皆の待つ浜辺へ向かうのだった。






「ぶぅぶぅお仕事終わったから帰るわよー」

「……凄い……住宅地に隠れていた魔物まで全部……」

「探索の魔法……ではないですよね。助かりました、ぶぅぶぅさん」

「じゃあ二人は浜辺に向かって? 現場の後処理はもう拠点にいる軍人さんにお願いしておいたから。それじゃあこれからも鍛錬に励むのよー!」


 一方、カナメとコウネの二人も、入り組み戦いにくい住宅地での殲滅を終わらせていた。

 とはいえ、その殆どがぶぅぶぅの謎の探知能力と、遥か上空から狙いすましたかのような曲射によるものだったのだが。


「変わった人だけど、間違いなく今まで見た中で最強の後衛だったね。正直、さすがに前衛畑の僕でもあの人に勝てるビジョンが浮かばないよ」

「そうですねぇ……戦いながらの指示出しが的確すぎですし、戦況を見る目がちょっと常識離れしています。もしかしたら……なんらかのギフテッド、能力持ちなのかもしれませんね」

「なるほど、召喚実験で力を宿したパターンか……」


 二人も浜辺へと向かう。

 そんな二人を静かに物陰で見送ったぶぅぶぅは、身に纏っていた着ぐるみを脱ぐ。


「ふぅ……良い物ですね、こうして何にも縛られずに自由に戦うのは」


 なんと、着ぐるみの中身はまさかの秋宮リョウカ本人だったのだ。

 いつもの白を基調としたスーツを身に纏い、懐から取り出した仮面で顔半分を隠す。

 軽く伸びをした彼女は、そのまま二人の後ろからついていくのだった。








 正直、ここまで大規模な戦いをするイクシアさんを見たことが無かった。

 薄々イクシアさんが強いのは分かっていたし、セリュミエルアーチでの事件で彼女が戦う姿は見て来たが、あれはあくまで個人との戦い、それもセリアさんに深手を負わせない為に加減していた。

 でも、全力で魔物を殲滅させた時の彼女の強さは、俺の予想を遥かに超えていたんだ。

 これが……神話の時代を生き抜いた力ある存在……。


「見えてきましたよ、イクシアさん。みんな集まってる」

「よかった……海が見えない場所ですね。それに皆さん無事なようです。……あ、私はイクシアではなく、理事長の要請で救助にきた『EXお姉さん』ですからね?」

「……道理で変な仮面をしてると思いました。分かりました、そういう事にしておきますね」


 絶対バレバレだけど、きっと意味があるのだろう。うん、そうに違いない。


「みんな、お疲れ!」

「ユウキ! そっちも無事だったのか!」

「ササハラ君にイクシ……EXお姉さんも無事でよかった」


 みんなと合流すると、程なくしてコウネさんとカナメもこちらに合流してきた。


「みんな、無事みたいだね」

「よかった……あれ? イクシアさん?」

「ほんとだ、ユウキ君のお母さんだ」

「いえ、人違いです。私は――」


 もう無理があるって自分でも分かっていますよね?

 とその時、コウネさん達の背後から、もう一人の人物が現れた。


「無事、任務を終わらせる事が出来たようですね。迎えの車両を手配しました。話は拠点に戻ってからにしましょうか」

「理事長……! まさか、任務地にまで来るなんて……余程、今回の事態を重く見ているのですわね?」

「ええ。それに、少々気になる事が複数確認されていますから。キョウコさん、私はどうやら貴女に恨まれる可能性が出てきました」

「……なるほど。我が家になんらかの疑いがかかっている、と」

「ええ。詳しい話は戻ってから。行きましょうか、皆さん」


 なんだ、この事件には何か裏でもあるのか?

 こんな大攻勢……誰かが引き起こせるような規模には思えない。

 それに……キョウコさんの実家が関わっている……?


「あ、私自分のキャンピングカーで行くわ。いいわよね、リョウカ」

「構いませんよ。エリさん、この度は御助力いただき誠にありがとうございます」

「そうよ、思いっきり感謝して頂戴? じゃ、基地でまた」


 エリさん、本当に理事長の友達なんだな……。

 そうして俺達は迎えに来た車両で基地へと戻るのだった。






 基地に着いた俺達はそのまま会議室へと通される。

 今、基地の中の人間は殆どが出払い、魔物の後処理に回されているそうだ。

 会議室には既にエリさんが待機しており、今回戦った人間以外は全員、この会議には出席していない。


「あれ? もう一人僕達の救援に来た人がいたんだけど、あの人はいないんですか?」

「お、カナメのとこに来た助っ人? どんな人だったんだ?」

「凄く強くて、援護射撃のエキスパートでしたね。豚の着ぐるみを着ていたんですけど」

「な、なぜ……」


 すると、リョウカさんが『これで全員だから会議を始める』と宣言した。

 が、それと同時に一之瀬さんが手を上げる。


「どうしましたか、ミコトさん」

「……あの、私は戦場で『ある光景』を見ました。その説明をまず最初にしてもらいたいのです。カズキ先生」


 何か、あったのか? カズキ先生が少しだけ表情を曇らせながら立ち上がる。


「理事長。今回、ミコト君の担当した場所は最も人口の多い主都へ続くバイパスでした。恐らく侵攻してきた魔物も強い個体だったのでしょう。……死後、その魔物の死体は強い光を浴びて変質しました『魔人種』へと」


 聞きなれない単語だが、どうやらグランディア出身のセリアさんもコウネさんも心当たりがないようだ。それに、イクシアさんも。

 だが、それを聞いたリョウカさんの表情が、劇的に変わった。


「カズキ先生、それは本当ですか? 見間違いでは済ませられませんよ」

「事実です。死体は現場もろとも完全に原形を留めないように処理しておきました」

「そうですか。ええ、まだこの事実を異界調査隊のメンバー以外に知られる訳にはいきませんから。無論、政府にも」


 それは、一体何のことなのか、一之瀬さんが更に質問を繰り返す。


「私達にも教えてもらえないのですか? 私は……正直、剣を振るう手が震えました。私は、一体何と戦っているのか……何をしてしまったのか……」

「ミコト……何があったんだよ……」


 いつも気丈に振る舞う一之瀬さんが見せる、気弱な様子。

 それだけの事が起こったと言うのだろうか。


「……本当は、卒業後に異界調査隊に志願する人間にだけ話す内容です。これは知られてはならない情報なんです。それでも聞きますか?」


 それは俺達全員への問いかけ。一之瀬さんだけじゃない、俺達にもその秘密を知る覚悟があるのかと問われる。


「みんな、頼む。私は……見てしまったんだ。この事実は皆にも共有してもらいたい……」

「僕は反対です、理事長。彼女にだけ伝え、このまま機密を保持するべきです」


 すると、カズキ先生がそんな事を言い出した。

 悲しそうな表情を向ける一之瀬さんを無視し、先生は続ける。


「これは人類史においても公に出来ない事件になる可能性すらあります。原始時代ならいざ知らず、我々は文化を持ち高度な文明と知能、文化を持ち合わせています。その現状で、我々が選んだこの道を、生徒達に教える訳にはいかない」

「そう……かもしれないですね」


 なんだ、そこまでの秘密が? 俺達には教えられない、まだ俺達が知るには早すぎるような真実がこの世界には隠されているのか……?


「……ああもう、面倒くさいわねー」


 するとその時、大人しく事の成り行きを見守っていたエリさんが立ち上がる。


「異界は、元々グランディアの一部! 住人は全員変質、異形の者となった! 現在の魔物はすべてその住人の子孫! 力の強い魔物はより人に近い姿、先祖がえりを起こす! 元は人類、今ももしかしたら人類にカテゴライズされるかもしれない生き物を私達は殺し尽くして調査してる! でも公に『私達は侵略紛いの事をして原住民を虐殺してます』なんて言えない! だからこの事実は現場の人間しか知らない! 上は何かにかこつけて規制だの対話だの言い出しかねない! 面倒な人権派に知られるのも避けたい! 以上!」


 彼女は、一気に全てを暴露した。

 人……? 異界の魔物が人の子孫?

 それは……マジか……。


「エリ! お前……! 生徒にそんな事を知らせてどうする! これで生徒の剣が鈍ったらどうする! 迷いは死を呼ぶ、そんな事お前も知っているだろ!」

「知らないわよ! これで剣鈍らせるようならそもそも戦いになんて向いていないの、大人しくクラスを変えてひっそり生きたらいいのよ。ミコトちゃん、これが真実。貴女は運悪くもっとも人に近づいた個体の群れを引き当てた。でもね、対話なんて出来ないの。分かる? 姿形が同じだけの魔物なの。殺してしかるべきなの」

「な……ですが、あれは確かに人――」


 俺は、もう何もここで言う訳には行かなかった。

 いや、むしろ『何をいまさら』とか、まるで突き放すような言葉を言ってしまいそうで、大人しくする事しか出来なかった。

 俺はもう、人を何人も殺している。きっと中には『殺す必要のない相手』も含まれている。

 だから、一之瀬さんの葛藤も恐怖も、本当に『くだらない』なんて思ってしまっていた。


「対話を試みた調査員が目の前で全身を噛みつかれてみるみるうちに装備だけになったわ。どんな意思表示も無視して、手を美味しそうに齧って、服の中に頭突っ込んでおいしそうに咀嚼するの。想像してみて? 見た目が私達みたいな人間なのに、圧倒的な力の差で抗う事も出来ずにこっちを餌としか認識してないの。恐いと思わない? 殺すしかないのよ?」

「それは……」

「ミコトちゃん、私も……今回魔物に殺されるところだった。ううん、きっと主義主張が違えば人間同士だって残酷に相手を殺すよ。だから……魔物が人間と同じ姿をしてるって理由だけで、動揺しちゃダメだよ……」

「セリア……そう……なのかもしれないが……」


 きっと、不意に人そっくりの死体が大量に目の前に広がったからだ。

 その悪夢のような光景を自分が作り出したと突然突きつけられたからだ。

 そんなの、普通は慣れない。耐えられないんだ。なら仕方ないのかな。


「……今、エリさんが全て言ってしまいましたが、これが隠されていた真実です。異界には強力な魔物がひしめいていますが、その中には『魔人種』という、人間にしか見えない存在もいます。言葉も持たず、ただ闘争本能と食欲に支配された存在。今回は、そういった種に先導された異界の魔物が大量に流入した……と見るしかないようです」

「だが、それは同時に『異界へのゲートが地球で発生した』という意味にもなる。前回、グランディアに続くゲートが新たに発生しただけでも問題だったが、今回はその非じゃない。今回のような大攻勢が今後、地球のどこで発生しても不思議じゃないという事になる。さすがに……君達生徒をその度に派遣する訳にもいかないんだ」

「ん-……それはどうなのかしらね? 本当にゲートが発生したのなら、まずゲートそのものを確認しないと始まらないじゃない。なーんか違和感があるのよねー、今回の魔物。強力ではあったけど、行動が原始的すぎなのよ。一応、先遣隊みたいなのを陸地に向かわせる知恵はあったみたいなのに、攻勢の出かたが原始的すぎていたし、チグハグなのよねー」


 確かに言われてみると……秘密裏に侵入、痕跡を隠そうとする程の慎重さも持ち合わせていたように思える。が、攻めて来る時はまさしく力押し一辺倒だった。


「ま、専門家に調査してもらうしかないんじゃない? 幸い今はR博士も地球にいるんでしょう?」

「ええ、そうですね。私も少々気になる点があります。沿岸部の水質調査も含め、すぐにR博士に依頼したいと思います」

「と、いうわけだ。今聞いた話は極秘中の極秘、外に漏れてしまえば大変な事になる事は容易に想像出来るだろう? くれぐれも他言はしないように」


 こりゃ確かに言えないな。


「それで……カズキ先生には先方から上がっていた情報が誤っていた、という件についてお伺いしたいのですが」

「それは……生徒の前では今度こそ話せませんね」


 すると、カズキ先生がチラリとキョウコさんの方に視線を向けた事に気がついた。

 そうか、お父さんの件か。間違った情報をあえて渡していたという……。


「私の事なら構いませんわ。今回、作戦行動を取っていたのは秋宮の軍だけでなく私達も含まれていましたもの。実習で来る事を知っていたのに、それでも正確な情報を渡さなかった。今回の件に限り、私から父に義理立てするつもりはありませんもの」

「だ、そうですよ。カズキ先生」

「……今回、魔物が事前に潜入してきた件についてですが――」


 本当は香月家に近い区画で魔物が目撃されていた事を含め、先生は一連の調査結果を報告した。だが、それだけではなかったのだ。


「公園近くにある浄水施設は、隣町の工業地帯の排水の処理も賄っていました。ですが、あれは単なる工業廃水処理しか出来ない一般的な浄水装置かと。この地方の内、香月家の影響下にある工業地帯を奔る水路は、恐らく残留魔素の浄化を行っていません。いえ、本来は必要がなかったはずです」

「なるほど、つまり工場では国に報告していた以上の大量の魔素、魔力を使用していた、と。そして大量の残留魔素を海に流していたのですね。今回の魔物の大量発生との関係性も調べる必要があると?」

「ええ。恐らく少し前に『消失した黒幕』と繋がっていたのではないか、と」

「……香月家と関わっていたという情報はありませんでしたが、本格的に香月家側を調べる必要が出てきましたか」


 なんだなんだ? さっぱり話についていけないんだが。

 クラスメイトの皆さんもポカーンですよ。

 が、どうやらキョウコさんは何かに思い当たった様子だ。


「魔力に関わる不祥事、魔物の処理に関しては、秋宮は国以上に強い権限を持っていると聞きます。それを口実に我が家を調べる事は可能なのでは?」

「はい。元々ある程度の調査は止む無しとしていましたが、どうやらかなり本格的に貴女の家を調べる必要があるかもしれません。申し訳ありません、キョウコさん」

「……いえ」


 なるほど。だからリョウカさんはキョウコさんに『恨まれる』みたいな事を言っていたのか。


「さて、一先ずはこれで話は終わりだ。事後処理は君達生徒の研修には含まれていない。念の為、魔物の処理が終わるまではこちらに滞在し、残党に備えておいてもらうが、一先ずは今回の実務研修は終了とする」

「皆さん、今回は本当にお疲れ様でした。イクシアさんは先に帰還なさってくれて結構です。帰りの便を手配しておきます」

「いえ、だから私はEX……ではなくて、そのまま生徒の皆さんと一緒にいてはいけませんか?」


 あ、さすがに訂正するの諦めた。


「申し訳ありませんが、軍属の人間や研究者も多く出入りする事になります。やはり一度戻って貰えた方がこちらも安心なのですが」

「……そうですか。分かりました、では私は一足先に帰らせて頂きます」


 ま、そうだよな。イクシアさんが目立つといけないって事くらい、最初から分かっていた。

 セリュミエルアーチの件でもわざわざ編集された動画が公開されていたくらいだし。


「ユウキ、それに生徒の皆さん。どうか無事に帰還してきてくださいね」

「はい、ありがとうございますイクシアさん」


 そうして、実務研修なのにイクシアさんがいるという、奇妙な時間が終わり、俺達の長すぎる夜が無事に終わりを迎えたのだった。

 徹夜で戦って来たからな……さすがに疲れた……。


「さーてと、じゃあ私は車で眠らせて貰おうかなー。生徒のみんなは寝ない方が良いわよ? 生活リズムが昼夜逆転しちゃうと学校が大変よ?」

「そうだな、出来れば眠らないように夜までゆっくり休憩しておいてくれ。事後処理の護衛は今日の所はこのエリさんに任せるとするよ。というわけでエリさん、貴女もこのまま眠らないで海岸に戻りましょう?」

「げぇ!?」


 そう言いながら、カズキ先生がエリさんを連行していった。

 なんか、急に仲良くなったなぁあの二人……。


「ユウキ君、イクシアさんを博多駅まで送ってあげられますか?」

「あ、もちろんです。イクシアさん、じゃあ行きましょうか」

「お願いします」

「それでしたら私もご一緒しますわ。電車で向かうのならナビが必要でしょう?」


 そっか、今は軍の人間も殆ど出払ってるし、自分で行かないとな。

 キョウコさんにも付き合って貰い、三人で博多駅へと向かうのだった。






「キョウコさん、さっきはああ言ってたけど、大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。もし本当に何か不正が行われていたのだとしたら、秋宮に頼らずとも私自らが処断しますもの。利用出来るのなら、秋宮だって利用するつもりですわ」

「……そっか。本気で大丈夫そうだ」

「私はそういった事情には詳しくありませんが、キョウコさんの味方になってくれる人はいるのですか?」


 駅へ向かう電車の中、彼女の話を聞く。


「そうですね、全幅の信頼を寄せられる人間というのは、私にはいません。あくまで香月家に忠誠を使う人間しかいませんので」

「なるほど、そうでしたか。では、今は学園を、クラスの友人を頼ってください。うちの息子はとても頼りになりますよ」

「ふふ、存じておりますわ。……ええ、私は家の外になら沢山信頼出来る人間がいますものね。問題ありませんわ、ササハラ君のお母さん」


 照れるが。

 博多駅に到着し、駅で手配された切符をイクシアさんに渡す。

 そういえばこっちに来るときはどうやって来たのだろう? もしかして……自家用の飛行機とかだろうか? リョウカさんと一緒だったし。


「ではユウキ、私は一足先に帰りますが、くれぐれも無茶な真似はしないでくださいね。キョウコさん、ユウキの事を見ていて下さると助かります」

「ふふ、了解致しました。ササハラ君? お母さんを心配させないでくださいね?」

「ははは……了解。じゃあイクシアさん、また後で」


 動き出す新幹線を見送る。

 ……しかし、今回はイクシアさんに助けられたな。いや、というか周囲の人間にかなり助けられた。

 俺達は地球じゃほぼ並ぶ者のいない強さを身に着けてきた。グランディアでも大きな事件を乗り越えて来た。

 でも、それでもまだ敵わない、対処しきれない問題っていうのは存在しているんだ。

 それに、異界のことだって……。


「これから、もっと大きな事件が起きても対処できるように、対策はしっかり立てないとだね」

「そうですわね。目下は海の調査や魔物の出所の調査、ですわ。研修は終わっても、まだまだ気は抜けそうにありませんわね……」


 こうして、最終学年最初の実務研修は終わりを迎えた。

 多くの謎と先の不安を残しながら――








 同時刻、海上都市シンビョウ町にて。

 一人の青年がレストラン『追月夜香』の裏手に忍び込み、中の様子を盗み見ていた。


『ヨシキー、リョウカから依頼が来てるからちょっと福岡に行って来るー』

『ん-? なにかあったのかね? じゃあお風呂上がったら準備して出発しなー』


 声の反響の仕方から、二人が入浴中な事をうかがい知る。


「……一緒に風呂だと……クソ、恋人がいるのか……! ヒロインじゃないのかよ……! いや……」


 その青年ディオスは、R博士の足取りを追い、ついに学園にやってきたところを追跡し、このレストランまで辿り着いたのであった。

 そしてそのまま中の様子を探り、現在へと至る。


「……レストランの人間程度ならどうとでも出来るか」


 自分が目ぼしいと、己に相応しいと思った異性が誰も自分に靡かない事へのいら立ちが、冷静な判断を失わせていた。

 まるで自分に言い聞かせるように、自己暗示のように、ディオスは己の凶行を『正しい事』だと言い聞かせ続ける。


『ヨシキー、じゃあ行って来るねー! もし遅れそうなら、今回は私一緒に行けないかもだけどー』

『ん-、それは残念だな。分かった、遅れそうなら連絡を入れてくれ。気を付けてな、リュエ』


 レストランを出ていくR博士。そして、一人レストランに残されるヨシキ。


「リュエって言うのか……覚えたぞ」


 彼は動き出す。準備中の札がかけられたレストランの扉に手をかける。

 そして――入店のベルが、鳴らされる。


「ん? どうしたリュエ、忘れ物か?」

「……お邪魔します」

「ん、お客か。すまないね、ここはランチタイム営業はしていないんだ。準備中の札は……かかっているじゃないか。すまないね、また夜に来てくれないか?」


 準備中のヨシキに掛けられるディオスの声。


「残念ですがこのお店は今日で閉店ですよ。……なんでこんなヤツがリュエさんの恋人なんだ……」


 そう一人ごちる。だがその瞬間――


「ふむ……君がディオスか。なるほど……あまりにも自分のヒロインが見つからなくてイラついた末に――と。ああ、なるほど本国でも何度か振られているのか。性格の問題なのかね。元の世界でも……捨てられてばっかりか。しかしだからって殺人はイカンな。しかもよりによって人の妻を選ぶとは。ある意味で持ってるな君」


 まるで、自分の過去の経験全てを読み解かれたかのような物言いに、ディオスの動きが完全に止まる。


「流れに影響のないただの小石なら、正しかろうが正しくなかろうが放っておいたんだがね。よりによってお前は流れ転がり――」


 その瞬間、ディオスは生まれてこの方、感じた事の無い恐怖を全身の細胞に刻み付ける。






        「奈落の底に落ちてくるなんてな」






 レストラン追月夜香。その店主は、呆然自失となった一人の青年を学園に連れて行く。

 彼の素性は知らなくても、理事長の友人だと知っている教員は、彼に言われるがままディオスを引き取る。

『道で倒れていた』と。




「さてと……こっちも色々動き始める必要が出て来たなー……そういや出演依頼も来ていたが何かに利用出来るかね……リョウカが戻ったら相談しないとな」


 そう独り言ち、ヨシキはいつものようにレストランの開店準備に取り掛かるのだった。


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