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第二十話

(´・ω・`)今日は二章の終わりまで投下します(合計六話

 結局、そのままテレビのチャンネルを変えていたら、丁度メロドラマの再放送がやっていたので適当に流していたのだが、途中にあるベッドシーンで露骨にイクシアさんがテレビを消してしまった。『ダメです。ユウキが大人になってからです』とのこと。

 いやぁ……あの程度なら普通に中学生くらいの頃から適当に眺めたりしていたのだが。

 そんな一幕もあった訳だが、気が付けば時刻も五時を周り、そろそろ学園に戻る事に。


「帰りはもしかしたら少し遅くなるかもしれませんので、先にご飯食べちゃっても良いですからね」

「そうですか……分かりました。夜の山道は危ないですからね、良ければ迎えに行きますよ」

「確かに真っ暗になるか……そうかここも学園の敷地内だし制限が掛かるんだった」

「ええ。ですから、七時頃に迎えに行きますから」


 いやぁ、さすがに俺も暗闇で熊に襲われるのは嫌だしそうしましょう。

 全力強化でダッシュしたら逃げられそうではあるけれど。






「先生遅いな。もう五分前なのに」

「そうだな。ユウキは一度帰ったんだっけ?」

「イエス。家で映画見てゴロゴロしてた」

「あ、テレビあるのかよ! 俺寮だから禁止なんだよテレビ。端末の小さい画面で見るだけ」

「あ、結構厳しいのか寮って」


 教室で待っている間、カイとそんな寮生活事情について話していた。

 すると、ジェン先生がいつもとは違い、やや緊張した様子で、それもジャージではなくスーツ姿で入って来た。


「みんな、揃っているな。では……どうぞ、秋宮理事長」


 おもむろに先生は教室の外に声をかけ……理事長であり、秋宮財閥の総帥である彼女を迎え入れる。

 相変わらずの仮面に、黒い長髪。白いスーツを着込んだ、バリバリのキャリアウーマン風。

 本当、なんであんな仮面被ってるんだろうか。もしかして……傷跡とかだろうか。


「入学式から一月程でしょうか。お久しぶりですね、SSクラスの皆さん」


 涼やかな声でされた理事長の挨拶に、クラスの皆が静まり返る。あのアラリエルですら。

 だが……香月さんだけが、理事長に向かい睨みつけるような視線を向けていた。


「さて……皆さんには入学前に保護者様方を含めて説明したと思いますが、本校が新たに導入したカリキュラムの一環である『実務研修』についてお話があります」


 あ、俺以外にも説明はしてあったのか。


「今月末、いよいよ初めての実務研修が執り行われます。これは実際に任務としてクライアントのオーダーをこなし、その実務の中で学び、鍛える事を目的としているのですが……今回、貴方達には簡易的な護衛任務をお願いする事になります」

「護衛任務……ですか? 申し訳ありません、勝手に発言してしまいました」

「一之瀬さんですね。どうぞ構いません、そのままお願いします」


 すると、一之瀬さんがキビキビとした調子で話し始めた。


「我々学生が護衛任務というのは荷が勝ちすぎているのではないでしょうか……いくら実務経験がある者、戦力として申し分のない人間がいるとはいえ、人の命を守るなどと……」

「ええ、そうですね。ですから簡易的な護衛なのです。実は、さる要人がこの海上都市から本土の永田町まで護送されます。ですがそれと時同じくして、その要人の身内の人間が別ルートで海上都市の中を移動する予定なのです。そこで、そのカモフラージュとして、同年代である貴方達と行動を共にしてもらおうと考えているのです。当然、皆さん以外の本来の護衛は離れた位置から見守っている状態です。安心してください」

「なるほど……カモフラージュとはいえ危険性がゼロという訳ではない、ですか」


 ふむ。確かにそれなら研修向きではあるのかね? 仮にもこのクラスの生徒達なら、プロのバトラー程度なら撃退も出来るだろうし……ってあれ?


「あの、俺も質問しても良いですか理事長」

「どうぞ、ササハラユウキ君」

「今同年代って言いましたが……護衛対象も学生なんですか?」

「ええ、そうなりますね。グランディア側のゲート近くにあるファストリア魔導学園の生徒の一人です。一応、向こうの学園からも一人カモフラージュの為に生徒がつけられます。表向きは生徒同士の交流、観光という形を取る事になりますね」

「なるほど……もう一つ。態々永田町なんて日本の中枢に向かう人間がいるのに、その身内が徒歩で海上都市を見て回るっていうのに違和感があるのですが……依頼背景や狙っていると思われる相手についての情報などはないのでしょうか?」

「残念ですが、皆さんにお話し出来る内容ではありませんね。ただ、もちろん皆さんも生徒であり護衛の対象ではありますから、そこまで心配せずとも問題ありませんよ」

「……分かりました」


 理事長にも気を付けるべきなのだろうな。イマイチ考えが読めないのだ。

 けど永田町と言えば国会議事堂からなにやら、国のお偉いさんがひしめく町。そこに護送されるグランディアの人間となると……あまり想像したくないなぁ、その身内とか。


「詳しい作戦の説明や人員の配置などは後日改めてお知らせします。今回は、このクラス特有のカリキュラムについての再確認と、今から意識を変えてもらう為の先触れの意味合いがあります。貴方達は、我が学園の新しい顔となってもらいたいですからね」

「……と、いう訳だ。お前達は他のクラスの人間よりも全ておいて優遇されているのは気が付いていると思う。だが、それはこういった任務に従事し、内外に私達の存在を知らせる役目を担っているからだ。大丈夫だ、私も任務には同行するしバックアップもするからな」


 ジェン先生の言葉に、皆が静まり返る。優遇……されていたのか? イマイチ自覚はないのだが。もしかして学食割引とかそういう? いや、それはないな。


「質問が無ければ今日のブリーフィングはここまでとするが、いいか?」


 どうやら質問はないようだ。まぁ、任務が振り分けられるのは決定事項なのだし、周囲の反応を見るに、優遇されている自覚というのもあるのだろう。

 ……授業料とか? そういえば俺の授業料やら教材費は全部秋宮持ちなんだよなぁ。


「では、これで解散とします。外は暗くなっていますので、寮ではない方は気を付けて帰ってくださいね。そして……ササハラユウキ君。貴方はこの後理事長室まで来て下さい」

「え……分かりました」


 ……やっぱりそうなるか。

 先に理事長が退室すると、一同が一斉に溜め息をついた。

 やはり、緊張するものらしい。特にひどいのはジェン先生だった。

 速攻でスーツをはだけさせ、綺麗に結んでいた髪を解き椅子にもたれかかる。


「うひぃ……緊張した。お前達、聞いたと思うが、今月末の実務研修は護衛任務だ。だがそこまで硬くならなくていいからな。何があっても責任は学園側が持つ。お前達は護衛対象と仲睦まじく観光を楽しんでくれ」

「あの……その護衛対象っていうのはまだ秘密なんですよね」

「ああ、そうらしい。まぁ狙われている可能性も低いって話だよ。カイはこういうの慣れてるんじゃないのか? 一之瀬の道場門下生はこういう任務にまわされる事があるって聞いたぞ」

「は、はい……ただそこまでの要人となると……」


 ほほう、カイも実務経験者なのか。


「さて、じゃあ理事長も言うように外は暗い。香月とアラリエルは寮じゃないんだから気を付けて帰るんだぞ」

「ちっ、んなガキじゃねぇんだから余計なお世話だ」

「家の者が迎えに来ますので、問題ありません。お気遣い感謝します先生」

「……この反応の差よ。先生悲しくなってくるよ、うん。まぁアラリエルも夜遊びは程々にな? 噂じゃお前、未成年には相応しくない店に行ってるんだって?」

「ケケケ……さぁなんのことやら?」


 お前マジかよ。もしかしてもう一人で例の店に……? なんて羨ましい……!


「あ、じゃあ俺もこれで失礼しますわ。理事長に呼び出し喰らってるんで」

「……ああ。まったく……本当どんな事情があるのやら」


 たぶん、その実務研修についてなんだろうなぁ。




 日中とは打って変わり、暗く人気の無い校舎を行く。

 そして五階にある理事長室の前まで辿り着いた俺は、ノックをして声をかける。


「理事長。ササハラユウキです」

『入ってください』


 室内に入ると、理事長が仮面を装着する場面だった。


「あの、前から気になっていたんですけど……その仮面は……?」

「お洒落でしょう? いえ、普通に外しても良いのですが。このように」


 おいおい、普通に外すんかい! 意味ありげな仮面を取り外すとそこには、想像通りの絶世の美人が、大和なでしこの具現化とも言える人がいた。


「……あの、凄くお綺麗だと思うのですが、何故仮面を……?」

「ふふ、ただのお洒落ですよ。まぁ威嚇の意味もありますが。お褒めにあずかり光栄です」


 ……おっかしいなぁ、美人に耐性は出来ていたと思ったのに。

 名残惜しいが仮面を再び付けた理事長が、早速本題に入る。


「さて……もう分かっているとは思いますが、貴方には任務の詳細を説明しておこうと思います。……ササハラユウキ。貴方は以前……セリュミエルアーチの第二王女の保護に協力しましたね?」

「っ! はい。さすが、なんでも知っているんですね」

「ええ。あの事件は私達秋宮グループの汚点でもあります。そういう意味では、貴方は私達の恩人とも言えますね」


 そうか……そういえばあの事件、お姫様は秋宮の人間と一緒に行動していたんだったか。


「その第二王女。ノルン様が今回の護衛ターゲットです。彼女は現在、ファストリア魔導学園に新入生として入学しています。ですが……今回、前回の事件で取りやめになったショッピングを楽しみたいからという理由で、向こうの国の外交官に無理を言って同行、この海上都市の観光を楽しみたいと仰っているのです。……表向きは」

「な……表向きは?」


 さすがにそんな理由では頭がお花畑すぎると思うのだが、少なくとも俺が話したお姫様は、そんな我儘お転婆お姫様、なんて印象ではなかった。何か理由があるのだろう。


「前回、彼女を誘拐しようとしたのは地球にいる過激派組織、その末端でした。ですがどんな些末な組織であろうとも、地球の人間がグランディアの王族に危害を加えたという事実はあってはならないのです。ですので、あの件は闇に葬られました。ただ……本当ならばそれを知る貴方もまた、闇に消される可能性があったのです」

「うへ!? それちょっと洒落にならないんですけど……俺大丈夫なんですか?」

「おや? それを防ぐために写真を撮ったのでは? ノルン様も貴方と映った写真を大事に保管していると言います。これでは、向こうの人間も地球の人間も貴方に迂闊な事は出来ません。最善とも取れる対策に私も舌を巻く思いでしたが……偶然でしたか」

「いや……ノルン様が自分の端末でも撮影して欲しいと言い出したので、もしかしたらノルン様がそこまで考えてくれたのかもしれません……」

「……なるほど。ああ、でも安心してください。貴方は私の未来の部下候補ですし、希少な存在である古代エルフの庇護下にある存在でもあります。貴方は護衛ではありますが、同時に私達にとって失いたくはない存在でもありますからね」

「はは、それはありがたいです。それで……ノルン様の本当の目的とは?」

「リスクの分散、ですね。今回ノルン様には本当に観光を楽しむだけの予定ですが、それによりグランディアと日本が親交を深めるのを妨害したい勢力の目を逸らす事が出来ると考えたようです。本命は永田町にいるとある政治家との会合。ですが、それと同時に外交的影響力の強いノルン様が入国。目くらましとしては十分な効果があります。危険な方法ではありますが、ね」


 なるほどなぁ……難しい事は良く分からないけれども。

 しかし、今度こそ襲われたら大ごとになってしまうのではないだろうか?


「今回、襲撃を仕掛けそうな勢力の中で、地球出身の人間による組織に目立った動きはありません。もし、相手が潜伏中のグランディアの人間ならば……表沙汰になっても我が国は構わない。むしろ、それを撃退して身を守ったとなれば、グランディアとの関係をより強固な物に出来る……という考えなのでしょうね、あの町のおじさま方としては」

「なるほど……じゃあ、今回の俺の任務はノルン様の護衛をしつつ、クラスメイトに危険が迫った場合の保険、って事でいいんですか?」

「そうなります。ただ、任務の性質上、貴方が姿を消す訳にもいきません。目立っても異常ではない程度の力で解決してください。まぁ、襲撃があるとは限りませんが」

「中々無理な事を言いますね……俺が当日バックアップに回ったら良い話では? クラスの八人全員でお姫様と一緒に歩くのもちょっと目立ちすぎですし」

「そうですね、勿論当日つけるのは三人程の予定で、残りは別行動で周囲の警戒となります。ただ――貴方は絶対にノルン様と一緒です。向こうのご指名です、嬉しいでしょう?」


 そう言いながら、理事長は仮面越しでも分かるような、ニマニマした笑顔を向けてきた。

 いや……確かに嬉しいですよ? お姫様のご指名なんてそりゃあもう……。


「からかわないで下さいよ……話は分かりました。じゃあ当日は何か起きた場合、ほどよくリミッターを解除して事にあたりますね」

「ええ、お願いします。今回は内容が内容ですからね、報酬は期待してください」

「はい、有り難うございます」


 やった、これでウェポンデバイスの鞘をUSH社の製品にかえられそうだ。

 目指せ抜刀術。人斬りユウキとは俺の事! いやそんな物騒な事しないけど。


「さてと、話はこれで終わりです。どうやら学園生活も滞りなくすごせているようですし安心しました。これでも気にかけていたんです。入学式の事もありましたから」

「ああ、それなら気にしないで下さい。クラスの皆とも仲良くやれていますし」

「……本当、貴方は素直で良い子ですね。割と法外な賠償要求をしてくる友人が多い中、貴方のように常識的な反応をしてくれる人間は貴重ですよ」


 そう話す理事長の声は、まるで長年何かに悩まされているような、酷く疲れているようなものだった。……やっぱり苦労しているんだろうなぁ。

 話を終えた俺は、いよいよ暗くなり不気味な校舎を駆け下り、灯りがまだ灯っている一階ロビーへと向かうのだった。


「ユウキ! よかった、他の生徒さん方が帰っていく中、貴方の姿だけが見えなくて心配していたのですよ。もしかして……具合でも悪かったのですか? 休んでいたのですか?」

「いえ、ちょっと理事長から俺の仕事についてお話が。大丈夫ですよ、身体は健康そのものです。それに学園でも病気が流行っているって話は聞きませんし」

「そう……なのですか? 分かりました。では、一緒に帰りましょうユウキ。今夜はユウキの好きなピーマンの肉詰めですよ。動画で新しいレシピを知ったのですが、なんとピーマンを半分に切るのではなく、上を切り取ってまるまる一つに詰め込むのです。ふふ、期待してくださいね」

「おー! ありがとうございますイクシアさん」


 任務の不安、吹き飛びました。




「……美味しかった……イクシアさん、これも例のBBチャンネルですか?」

「ええ。野菜嫌いな子供を喜ばせるレシピとして紹介されていました。ですがユウキは好き嫌い、ありませんよね?」

「ですねぇ、ばあちゃんが厳しかったんで。けど美味しかったなぁ本当……」

「ふふ、あのチャンネルは私の先生です。明日、映画を見にに行くついでに、本屋さんに寄らせてください。書籍も出されているという話ですので、是非購入したいのです」

「了解です。じゃあ明日は……八時には家を出ましょうか」


 イクシアさんが自信を持って出してくれた料理は、ピーマンまるごと肉詰めを、トマトソースで煮込んだ料理だった。付け合わせはカリカリに焼いたフランスパンでした。

 ううむ……動画を見ただけでここまで作れるとなると、彼女は相当器用なのだろう。


「あ、そうだ。明日見る映画、幾つかピックアップしたんですけど、一緒に決めましょう」

「ふふ、分かりました。片付けてから一緒に決めましょうか」


 アクション映画と恋愛映画、それとホラー映画だ。

 どれもシリーズ物ではないのだが、前評判が高いというか、監督が有名だという。

 良く分からないけれど。

 片づけを終えたイクシアさんが、当然のように隣に座り、こちらのスマート端末を覗き込む。……あ!


「おや? これはどちら様でしょう? もしかして彼女が最近よく一緒にいるという生徒さんでしょうか?」


 ノルン様の待ち受け画面、設定から外そうかな……なんか勿体ないけど。


「い、いえ……これはちょっとまた別な知り合いですね」

「ふむ……濃い黄金の髪……深緑の瞳ですか」

「ですね、イクシアさんと同じです」

「……ユウキ、もしや彼女はグランディアの王族、それに連なる人物なのでは?」

「……え?」

「いえ、違ったのなら良いのです。私が生きていた時代、髪と瞳の色で氏族が分かれていたのですが、その色は当時の王家に関わる方々の色でしたから」

「へぇ……あれ? でもそうなるとイクシアさんの色って――」

「……私は、偶然ですよ。王族とは関係のない場所で生まれ育ちましたから」


 ほー……となると、もしかして今の王族と当時の王族は同じ一族になるのかもしれないな。


「さぁ、では映画のリストを見てみましょうか」

「あ、はい。これとこれとこれですね。俺としては――」


 その後、イクシアさんはホラー映画、いわゆるゾンビを題材にしたホラーアクション映画を見たいと言い出した。マジか……ピックアップしておいてなんだけど、俺苦手なんだよなぁ。ホラーは良いんだけど、ゾンビっていうのがピンポイントで苦手なんだよ。


「ふふふ……明日が楽しみですね。テレビで見るのとはどう違うのか、今からワクワクしてしまいます。さてと……では今日の分、終わらせましょうか」

「う……はい」


 そして至福であり拷問でもある一時。今日は背後から抱きしめられました。

 うう……暖かいし吐息がくすぐったいしで思考が鈍る。


「ユウキは体温が高いのでしょうか? 暖かいですね」

「そ、そうですか?」


 照れているからだと思います。


「……最近、少し体内の魔力の流れが活性化してきていますね。身体強化に変化はありましたか?」

「んー……そうですね、前より身体が動かしやすいですね。たぶん、来月あたりにまたリミッターを数段階上げてもらう事になるかもです」


 いやぁ、技術を磨いているつもりでも、やっぱり成長はしてしまうんだよ少しずつ。

 最近、組手でカイやセリアさんに勝ちやすくなってきている気もするし。

 本当、どこまで強化されていくのだろう、俺の身体は。






 夢だ。珍しい、夢を自覚するなんて。このままうまい具合に夢を操作できるとメンセキムとかいうのになるんだったか?

 果物に囲まれて、美味しいジュースを飲みながら映画を見ている夢だ。

 ううむ、映画じゃなくてゲームだともっと嬉しいのだが。

 すると、夢の中にイクシアさんが出てきた。果物片手に、隣に座り口に桃を押し込んでくる。


『さぁ、もっと食べてください。そしてどんどん小さくなるのです。ふふ、私の子、私だけの子供……さぁ……一緒に幼稚園に行きましょうね』

「う、うわぁ……!」


 小さくなっていく自分の身体に恐怖を覚えた瞬間、意識が急激に覚醒する。

 すると、目の前にはいつもの光景が広がり、そして――


「ふふ、起きましたね。今日は早く起きる予定でしたよね? 大丈夫ですか?」

「え……あれ、イクシアさん……それ、なんですか?」


 いつの間にかイクシアさんがベッドの横に立っていた。そしてその手にはコップ。


「昨日、眠る前に渡せませんでしたからね。はい、私の調合した栄養剤です。目覚めにも良いと思いますよ、甘いですから」

「あ、あれですか。では……」


 夢の所為で一瞬躊躇するも、今日も美味しゅうございます。

 ううむ、本気で商品化しても良いのでは? 冷蔵庫にストックしたい。


「では朝食を作って来ます。ユウキも顔を洗ってらっしゃいな。ふふ、楽しみですね映画」

「あはは、分かりました」


 珍しく目に見える程ニコニコ笑っているので、見ているこっちも嬉しくなってきます。

 ううむ……今からこんなに嬉しそうだと……夜のアレ、大丈夫かなぁ。




「これがバス……実際に乗るのは一般常識の教育実習で乗った時以来ですね……電車とは違い走るルートや止まる場所も変動するので、とても難しいですね」


 昼前。休日だと言う事もあり、バスの中は通勤や通学で混み合うという事はないのだが、それでも座席が全て埋まってしまう程の混雑模様を見せていた。

 今回向かうのは、海上都市にある娯楽施設『シーサイドファーム秋宮』という、ちょっとした遊園地の中にある映画館だ。

 VR空間を使用したアラウンドビュウスクリーンという技術が使われており、連日大勢の客で賑わっているという。

 そんな技術でゾンビ映画とか……俺大丈夫か? ちょっと本気で泣きそうなんだが。


「この辺りはそこまでビルが多くありませんね。どこか市場のような、お店が多い通りですね」

「この区画はショッピングエリアなんですよ、いろんな専門店があって、珍しい物も売ってるんです。まぁ俺も行った事はないんですけどね。目的地はここの更に奥ですよ」

「なるほど……この辺りも見て回れたら楽しいかもしれませんね」


 まるっきりデート気分で内心テンションがめっちゃ高くなっております。

 今日のイクシアさんは、人の多い所に外出するからと、少しだけ華やかな服装だし、ちょっと俺もお洒落してみました。……たぶんお洒落だよね?

 しかし、イクシアさんはスカートをあまり好まないらしく、今日も動きやすそうなチノパンだ。……今もチノパンって穿く人って割といるんだね。ブーム過ぎたと思っていたけど。

 ところでその服なんて言うんでしょうか。シャツ? ブラウス? なんかひらひらしてるのついてる。いいなぁ、遠目だと男装みたいなのに、近くだと女性らしくって。


「あ、見えてきましたよイクシアさん」

「おお……物凄い人の数ですね。やはり人気の観光スポットなだけはありますね」


 バスに乗っていた人間も、その殆どが一緒に降りる事となり、急ぎ入場ゲートへと向かう。

 入場料をとられたうえにさらに映画のチケットでお金をとられるのは少し損した気分になるのだが、なんとここの入場料……たった四〇〇円なのである。まぁ、その分各アトラクションや施設で利用料をとられるのだが。

 いや、それでも安い。っていうかこんなに娯楽が豊富な場所とか地元にはないので、年甲斐もなくはしゃいでおります。……主に俺でなくイクシアさんが。


「おお……大きな噴水ですね。あちらはトロッコでしょうか? 宙にあるレールをあんな速度で……なんと恐ろしい……あ、あれはゴンドラですか、あんな高い所に上って……恐ろしいですね……」


 恐ろしいしか言ってないじゃないですか……ちなみにジェットコースターと観覧車のことです。もしや高所恐怖症なのだろうか?


「さ、行きましょうか映画館に。上映時間まで残り三〇分ですよ」

「分かりました。ユウキ、人が多いので迷子にならないように気を付けてくださいね」

「大丈夫ですって……はい」

「よろしい。しっかり握っていて下さいね」


 照れる! 手を繋いでこんな場所で一緒に歩くなんて! もう恋人同士にしか見えないですよね!? 我が世の春が来た!

 彼女の手を引き、今も大勢の人間が飲み込まれていく映画館へと向かうのだった。




「……すげえ、チケットも席も端末で選べるのか」

「難しそうですね、お任せしますユウキ」

「はい。じゃあ見やすそうな中央の席を二つとりましたよ。隣同士です」


 チケットを購入し、いざその上映会場へ向かう。

 純粋に、広い。そしてただ広いだけでなく、座席一つ一つの間が開いており、かなり快適に身体を動かせるスペースが存在し、さらに座席そのものを移動させ、家族や友人同士で固まる事も可能となっている。

 すると、イクシアさんが座席を移動させ、すぐ隣へとやって来た。


「これは快適そうな椅子ですね。この……飲み物も美味しいです」

「……秋宮オリジナルブレンドのコーヒーサイダー……ゲテモノだと思ったのに」


 そして謎ジュース。美味しいから悔しい。なんでこんなに美味しいのか。

 でもコーラの方がよかった。色は似てるのに。


「っと、そろそろ周囲が暗くなるから気を付けてください」

「暗くなるのですか? ……あ、少し薄暗くなりましたね」

「ここからさらに暗くなったら上映開始ですよ」


 さぁ、いよいよドキドキしてまいりました。VRの映画とはどういうものなのか、そして俺は最後まで悲鳴を上げずにいられるのか……!




「ああああああああああああ!!!!」

「ユウキ、大丈夫です大丈夫です! 手を、手を!」

「ひい! なんかいる!」

「私の手ですユウキ!」


 無理だわこんなん。そもそもR17だしこの映画。恐いに決まってるわ。

 映画が終わる頃には、精根尽き果てた、としか言えない状況で放心してました。

 ……まぁ騒いでいたのは俺だけじゃなくて、イクシアさん以外のほぼ全員だと思いますが。ひぇぇ……会場中が阿鼻叫喚だよ……マジでゾンビが乱入してきたようにしか見えなかったわ……もう嫌だ、絶対に嫌だ。


「ユウキ、大丈夫ですか? 私の飲み物、まだ残っているので飲みますか?」

「いやはや情けない。じゃあ少し貰います……ふぅ」

「物凄い迫力でしたね。大昔、呪われた廃墟の探索をした時の事を思い出しましたよ。これは……なかなか癖になりますね、映画館というのは」

「もし次に行く時は絶対……アクション映画にしましょう……恐くないヤツで」


 VRの映画館というもの自体はとても良い物だと思います。凄い臨場感だったし。


「ふぅ……少し眩しく感じますね。ユウキ、私は少し化粧室に行ってきますね」

「了解。じゃあ俺はそこのロビーで座ってますね」


 改めて一息。いや情けない、気が付けばずっとイクシアさんの手を握っていた。

 だがその一方でイクシアさんは楽しめていたようだし、喜んでもらえて何よりだ。

 うむうむ。じゃあ次の準備をしておくかな。

 俺はスマート端末を操作し、ある業者さんに連絡を入れていた。


「あれ? ユウキ君じゃないか。もしかして映画を見に来ていたのかい?」


 端末を操作していると、頭上から声を掛けられ顔を上げる。

 そこには、少しだけ眠そうな目をしたクラスメイト、吉田カナメ君がいた。

 ……それも、知らないお姉さんと一緒に。


「ようカナメ。うん、さっき見終わったとこ。そっちも?」

「うん。姉と一緒にさっきまでね。ほらこれ『旅ネズミとお菓子好きな国王3』。このシリーズ好きなんだ」


 なんだそのタイトルは。しかし3となると……人気なのだろうか。


「初めまして、カナメのお友達ね? という事は……例のクラスの子なのかしら?」

「あ、初めまして。ササハラユウキです。同じクラスですね、俺も」

「そうなのね? この子、あまり友達がいないから仲良くしてあげてね」

「うん。そういえば僕は友達がいなかったね。ユウキ君、これからもよろしくね」


 ……普通に認めちゃうのか。まぁ確かに少し……何考えているのか分からないところはあるかもしれないけれど。いや、でも結構話も合うし付き合いやすいとは思うけど。


「ユウキ君、僕は次の映画があるから行くね。そっちも待ち合わせみたいだし、邪魔しちゃってごめんね?」

「ふふ、次はあれ見るわよ! 『ファントムディストラクション 死霊の逆襲』 ネットだと凄い恐いって評判だったのよね! ふふ、またね、ユウキ君。ほら、行くわよカナメ」

「引っ張らないで。一日何本見る気なんだい姉さん……」


 おお……本当にいるのか、一日に何度も映画館に行く人って。

 しかしカナメ君、寮生活のはずだがお姉さんが一緒となると……態々顔を見に来たのだろうか。

 後その映画、本気で恐いからな! 俺とかもうパンフレットすら見たくないから!


「お待たせしました、ユウキ。さて、次はどうしましょうか?」

「うーん……どこかでお昼を食べて、その後はさっきのショッピングエリア、いろんなお店を見て回りませんか?」

「いいのですか? あのゴンドラやトロッコには乗りたくありませんか?」

「え、イクシアさん乗りたいんですか? それなら――」

「……いえ、遠慮しておきます。なんと恐ろしい……」


 映画館を出て、パークゲートから外へ出る。

 園内にも飲食店はあるのだが、人の量が凄すぎてパスする事に。あと勝手な偏見だけど……こういう場所って値段が無駄に高いような気がするので。

 そうしてショッピングエリアを散策しながら、どこかファミレスでもないかと辺りを探す。


「ここから見える全てがそれぞれのお店ですか……これは、一日ではとても見て回ることが出来そうにありませんね」

「そうですねぇ……これはあらかじめ目的地を決めておかないと……」

「では、来週また来ましょうか。ユウキと出かけるのは楽しいですから」


 うむ、不公平だ。何気なしに言っているのだろうが、その一言でこちらは精神的に大打撃を受けて心拍数を上げているというのに。


「おや? ユウキ、飲食店を見つけましたよ。相変わらずすごいですね、この食品サンプルというものは」


 とその時、イクシアさんがショーウィンドウに飾られている様々な料理を眺めながら、感心した様子でしみじみと感想を述べ始める。

 そういえば、こういうのってお土産用でも売っているってきいたな。


「お、イタリアンですか。ええと……そこまで混んでいませんし、ここにしましょうか」

「イタリアン……ふむ、私の故郷の料理に少し似ていますね、これらの料理は」

「へぇ……案外食文化は地球と変わらないんですね」

「そうだと思います。ふふ、では早速行きましょうか」


 店内に入ると、やはりこじゃれた外観から察せられた通り、若い女の子が沢山いた。

 同年代、ではないな。多分女子高生だろうか? ついこの間まで自分も高校生だったというのに、妙に若々しく見えてしまう。

 席に案内されると、早速メニューを開き中身を吟味し始めるイクシアさん。

 ちなみに俺は、さっき入り口で見たランチセットに決めております。

 ミニパスタ二種類とハーフサイズのピザ二切れ、それにドリンクがついて一〇〇〇ジャスト。中々お得なのではないでしょうか。


「……懐かしいですね、私も決まりました。呼び出しボタンは……これですね」

「何にしたんですか? イクシアさんは」

「私はラタトゥイユとバゲットにしました。ラタトゥイユはいわば家庭料理の代表だったので、ついつい」

「へぇ……名前まで同じって事は、やっぱりグランディアって地球と密接に関わっていたんですかね」

「そうかもしれませんね」


 そうして運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、楽しい午後のひと時を過ごすのであった。


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