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第二百七話

「援軍要請……ですか? 貴方が引率についていて? 彼女とは合流出来たのでしょう?」

『ああ。だが規模が余りにも大きすぎる。俺に県の沿岸部を丸ごと潰せと命令するなら殲滅は可能だが、生憎俺は“アイツ”とは違う』

「……私の想定が甘かったのでしょうね。援軍はすぐに送ります」

『二時間以内で頼む。可能だろ? 戦力は最低でもササハラユウキクラスだ』

「な……!」

『日和ってるんじゃない。いいか? 俺は本気で言っている。最悪生徒が全滅することも視野に入れて動け。それ程までの相手だ』


 深夜、自宅にいたリョウカに届いた知らせは、これまでとは明らかに違う様子のカズキからの援軍要請。

 敬意も立場も全て捨てたその言葉に、相手の本気度を推察する。同時に、今すぐ出せる最大戦力がなんなのか冷静に分析し、決断する。


「分かりました。二時間に間に合わせます。二人、最高クラスの戦力を派遣しましょう」

『助かる。これから生徒達を戦地に送る。二時間は持つだろうとは思うが、それ以上は不明だ』


 そのやり取りが行われてから二時間。

 場所は変わり、作戦区域の中で今まさに陥落しようとしている『ある地点』の様子。


「やば……引き際間違えたかも……」


 全身を魔物の返り血と自分の血で汚しながら、セリアは灯台の頂上に逃げ込んでいた。

 ここしか逃げ場がなかったのだ。明らかに増え続ける魔物に、ついに戦線を突破され、退路も全て魔物に塞がれた結果、一番自分が生き残る可能性が高い強い光源の元に逃れていたのだった。


「回復薬も残り少ないし……通信機も使えない。やばいなぁ……想像よりずっとやばいかも……」


 回転する灯台の明りに呼応するように、周囲から魔物の悲鳴が聞こえて来る。

 それがだんだんと増え、今まさに自分を取り囲む魔物が数を増している事を知る。


「……一点突破で退却、しかないか。私、状況判断がダメダメなんだなぁ……」


 斧を握る手を強め、己を奮い立たせるセリア。


「……死ねない。絶対、ここじゃ死ねない。私はまだなにも返せてないんだもん。……ユウキに、借りをなにも返せていない。ここで死んでなんてやれない!」


 斧を振りかぶり、扉をぶち破りながら突進。

 そのまま魔物ごと灯台の下に落下する。

 寸前で残りの魔力を注ぎ込んだ爆発を起こし、その衝撃で周囲の魔物を散らし、落下の勢いを殺す。


「いける……!」


 駐車場を埋める魔物の群れ。伸ばされる触手を切り伏せながら、この地獄を脱しようと駆け続ける。

 だが――やはり、判断が遅かったのだ。もう、魔物の追撃を振り切るだけの体力も魔力も彼女には残されていなかった。

 足をからめとられ、地面に引きずり倒される。

 身をよじり、魔物めがけて拳を振るう。

 視界に広がる夜空が、次々に伸ばされる触手と、魔物の醜悪な顔に埋められていく。


「……自害用のタブレットとか……私には無縁だと思っていたんだけどなぁ……」


 SSクラスの生徒には、ソレが持たされている。過酷な任務に従事する以上、それが許されている。

 それは、ユウキがあずかり知らぬこと。一般の生徒しか知らない事。

 セリアは手首にはめられたブレスレットからそれを取り出し、口に運ぼうとする。

 苦痛、恥辱、拷問、それらを回避する為に、尊厳を守る為の最後の手段。

 それを――口にくわえ、勢いよく噴き出し魔物の口めがけて飛ばしてやる。


「これ食って死ね! クソ……ただじゃ死なない……!」


 最後の力を振り絞る。生命力を消費しての魔法行使。

 それが出来るのは、本当に高位の術者のみ。

 彼女は、どうせ死ぬなら相手を少しでも道連れにする道を選んだのだった。

 だが――




 その覚悟は、今回ばかりは無駄に終わった。

 まるで灯台が爆破でもしたのかという、強烈な閃光が周囲を照らし、魔物が一斉に動きを止める。

 それを皮切りに、青のような黄色のような緑のような、様々な色の混じる虹に似た輝が周囲を風のように駆け巡る。

 それが止む頃には、もう動く物はセリアだけになっていた。


「大丈夫ですか? セリアさん」

「え……ユウキのお母さん……?」

「違います」


 魔物を壊滅させた人物は、黄金の髪を魔法の光で照らしだす、エルフの女性。

 どう見てもイクシア本人なのだが、何故だか彼女は『どこかで見た事のある仮面』をつけていた。

 その正体は『Rお姉さんなりきりマスク』というファンアイテムなのだが。


「通りすがりの『EXお姉さん』です。リョウカ理事長の依頼で助太刀に来ました」

「そ、そうなんですか。ありがとうございます、イクシアさん。私は撤退します、どうか他のみんなを助けてください」

「いえ、ですから私はEXお姉さんです。分かりました、では周囲の魔物を倒しながら気配のある方へ向かいます。セリアさん、撤退をするならば私の後をついて来て下さい」

「は、はい。前回の事件で知ってはいたんですけど……イクシアさん、凄い魔導師だったんですね……」


 同じく高位の魔導師だからこそ、その異常さが分かってしまう。

 同時に複数の魔導を展開し、最低限の規模で最高の結果を残す。

 本来広域を制圧する規模で使われる魔導を、ユウキよりも更に高密度、剣の形にまで押しとどめるその技量は、常軌を逸した魔力コントロールが必要なのだ。


「今回だけ、ですけれどね。私はただのお母さんですから。……あ、だからEXお姉さんですからね」

「あはは……分かりました。先導、宜しくお願いします」








 リョウカが派遣した追加の戦力は二人。

 イクシアことEXお姉さんともう一人、ある人物が住宅地の公園へと急行する。

 コウネの誘導、配備された照明車両により魔物達のルートをある程度操り、今は公園に集まりつつある魔物を、カナメとコウネの二人でギリギリ凌いでいた。


「うん、これはジリ貧だね。押し切られる前に次の一手を考えないと」

「ごめんなさい、今回は私、殆ど役に立てていないですね」

「まさかここまで氷魔術に耐性があるなんてね。ん-……まぁ魔法じゃなくて物理的な衝撃なら効くし」

「ですが、私の威力ではあまりダメージが与えられません。氷の召喚、生成は得意ですけど、射出って苦手なんですよね……」


 コウネの魔法は氷を発生させる事が主軸であり、ユウキと同じように氷を剣と共に叩きつける魔法が軸となっている。

 故に、彼女の腕力以上の力は出せず、氷を召喚したところでダメージそのものは微々たるもの。


「……ユウキ君ならどうすると思う?」

「そうですねぇ……ゴリ押しよりは何か機転を利かせるやり方じゃないですかね?」

「だよね、そして確実にコウネさんの力を引き出してくれるはず。……コウネさん、空中、なるべく高くに氷を生成出来る? 射出はしなくていいから」

「自由落下になりますけど、いいんですか?」

「ん、大丈夫。僕も少し機転を利かせてみる事にしたから」


 コウネが空中に氷塊を生み出すと、それが落下する前にはもう、カナメが空中に回り込み、氷塊のさらに上に移動していた。


「オラァ!!!!」


 瞬間、カナメが渾身の力で地面に向かい氷塊を叩きつける。

 SSクラスにおいて、純粋な力比べだけならば、ユウキよりカナメに分がある。

 そんな彼が、重さ六〇キロは下らない氷塊を上空から渾身の力で叩きつければどうなるか。

 隕石のような破壊力のそれは、幾ら氷属性に耐性がある魔物だろうが、問答無用で叩き潰し、余波で周囲の魔物をも吹き飛ばし細切れにする。

 なお、公園の遊具は全て後日撤去しなければならないだろう。


「これなら魔力の節約にならない?」

「そうですね、これならもう一時間は粘れます。カナメ君は大丈夫ですか?」

「僕も武器の力で移動してるだけだからね。叩き落とすのだって楽な物だよ。ただ……ちょっと被害の規模が大きくなりすぎるかも。……これ、たぶん僕は大勢の人に恨まれるんだろうな」

「あはは……」


 二人の合体攻撃により活路が見え始める。

 だが……それは突然やって来た。

 街灯も壊れ、月の光だけが頼りの戦場が、唐突に暗闇に覆われる。

 雨雲の到来により、二人の活路が閉ざされようとしていた。


「……一時間で日の出、きますかね?」

「これは厳しいかも。どこかで一時撤退するべきだね」

「……この状況で?」

「この状況で」


 公園どころかその周辺の路地も全て魔物に埋め尽くされ、住宅の屋根にまであふれ始めている魔物の群れ。

 逃げる事が出来るか一か八か、そんな状況になりつつあった。




 だが、救いはある。しっかりとその状況を覆そうと、派遣されて来たある人物が颯爽と闇を切り裂き現れた。







『おほー! 久しぶりの大規模戦場よー! ぶぅぶぅちょっとはりきっちゃうわよー!』






 轟音と共に、光の雨が降り注ぐ。

 それは頑強な魔物の皮膚を容易に貫き、雨雲に先駆けて驟雨が降り注ぐような光景。

 それが止む頃にはもう、公園内にいた魔物は残らず地面で絶命していたのだった。


「あ、あなたは……」

「援軍、でいいのかな……? その恰好なんですか?」


 現れたのは、彼とも彼女とも言い難い、年齢性別全てが不肖の存在だった。

 微妙にスマートで動きやすそうだが、たしかに着ぐるみとしか呼べない物を纏っていたのだ。

 月光に晒されたそれは、淡いピンクに彩られ、可愛いクリンとした尻尾が生えていた。

 頭部には、どこか可愛らしい表情のかぶりもの。見る人が見れば『あの豚』だと分かる、そんなどこか哀愁と愛嬌と憎たらしさを秘めた表情が描かれていた。

 恐らく、顔文字として表すのなら(´・ω・`)こうだろう。


「ぶぅぶぅ来たわよー。さすがに相手が悪いから生徒に任せるには荷が重いって判断したのよー! ぶぅぶぅの事は『ぶぅぶぅ』って呼んでくだし」

「ぶ、ぶぅぶぅさん……? あの、とにかく助かりました。このまま住宅地の魔物をここに引きつけて一掃します」

「そうだね、この戦力なら倒せる。日の出はこの分だと……予定よりかなり遅くなりそうだ」

「そっかー。じゃあぶぅぶぅが貴方達を強化してあげるから、一緒に戦って?」


 そういうと、ぶぅぶぅと名乗る着ぐるみは、二人に補助魔法のような物を発動する。

 正確には、補助効果のある矢を打ち込んだのだが。


「これは……身体が軽い……」

「私も魔力がどんどん漲って来ます!」

「馬車馬の如く働いて? それじゃあ魔物寄せのお薬散布するから、ちょっと息止めてくだし」


 逼迫した状況だというのにこの言動。気の抜ける思いをしながらも、二人はぶぅぶぅと共に、最後の殲滅戦へと向かうのだった。








 その頃、セリアとイクシア……いや、EXお姉さんは他の人間と合流すべく、一番の激戦区だという浜辺へと向かっていた。

 退避するにしても、他の人間と合流すべきだという作戦のもと、そこには同時にカズキとミコトも向かっていたのだった。


「カイ! 無事か!?」

「ミコト!? それに先生も!」

「説明は後だ。魔物の強さが想定以上だった。これは本来なら他国から軍を要請、バトラーや異界調査団の控えを招集する必要がある規模の相手だ。お前達に任せられる相手じゃない」

「そういうことだ。私は先生に窮地を救われて、退避よりもこの場所で集団戦を選んだ方が良いと判断したんだ」

「ミコトが……そこまでの相手なんだよな……」

「見たところ、この道路の魔物は撃退出来ているようだな。カイ、よくやった」

「いや……俺じゃないですよこの成果は。浜辺の方で戦ってるエリさんが……冗談抜きに強すぎるんです」

「……ほう。ここはお前達二人に任せても問題ないな? どうやらここまで来る魔物の数は少なく、弱っている。俺は浜辺に合流してキョウコ君をこちらに下がらせる」

「わ、わかりました」

「ご武運を、先生」


 カズキはどこか楽しそうな笑みを浮かべながら浜辺へと向かう。

 それを見送りながら二人は――


「……カズキ先生も、常軌を逸した強さだった。それにどうやらこの魔物……む、こっちの魔物は変化しないのか……?」

「ん? なんのことだ?」

「いや、それも全てが終われば先生から教えてくれるはずだ」

「そっか。俺、ユウキとか、もっと強い人でユキさんとか、それが強さの限界だと思ってた。でも、ああいう人もいるんだな」

「エリさんか。彼女は素手だけで強いのか?」

「ああ、ちらっと見た感じ素手だけで強かった。たぶん……ユウキよりも」

「そうか。カズキ先生も強かった。正直、比べる事なんて出来ない程。どちらかというと……あの……あの時の……あのフロリダの……」

「っ!? アレと同レベルだってのかよ……!」


 半ば悪夢と化していた記憶。災害を生み出せる個人。

 その光景、強さを思い出し身震いする。


「それくらい、底のしれない人だ。もしかしたら私達は、とんでもない人間に指導してもらっていたのかもしれないな……」

「……だな。っと、そろそろお喋りは終わりだ、また魔物がこっちに逃げて来た」

「後詰くらいはしっかりと果たさないとな。行くぞ、カイ」

「ああ……!」




 その頃、浜辺ではおびただしい量の魔物の死体が、波に攫われ海に消えていき、そして同じだけの魔物が再び上陸するという、無限にも思える地獄が続いていた。


「キョウコちゃん、そろそろ後ろに下がった方が良いわ! ハムちゃんの光も弱って来てる!」

「わか……りましたわ……! 申し訳ありません……」

「十分すぎる働きよ、気にしないで。後ろのカイ君と合流したら、出来るだけ光源を集中させた場所を作ってそこに避難! これ、たぶん私達突破されるわ」

「っ! そんな……!」

「マジで想定外。ここまで強い魔物がこの規模で現れるはずがないのよ」


 それはエリが口にする、事実上の敗北宣言。

 それほどまでの脅威だったという事に、ようやくキョウコも気がついたのだった。

 が――


「いや、負けはしない。生徒が世話になった、エリさん。キョウコ君は後方でカイとミコトのバックアップに回ってくれ。三人ならもう少し持ちこたえられるだろう?」

「先生……」

「理事長の援軍も既に到着しているそうだ。ここは俺に任せて下がっているんだ」

「ひゅー! 先生カッコいいわね! 私も楽が出来るかも?」

「ふふ、期待していいぞ。では……参る」


 抜刀術ではない、正眼の構えからカズキは技を放つ。

 カイやミコトの使う『天断』にも似た、剣圧を放つ技。

 海を裂き、海中に潜む魔物ごと浜辺の魔物を大幅に減らすその一撃は、魔物達にも動揺を与える結果となる。


「今だ、走れ!」

「は、はい!」

「うわ……今の技って……」

「お前はまだ戦えるなら、俺の背中を任せる。それくらいは出来るだろう?」

「あったりまえよ! んじゃ宜しく、先生!」


 驚異的な速度で海を切り裂き、魔物を減らすカズキと、浜辺に上陸し、まさに脅威であるカズキを排除しようとする魔物を、文字通り鬼神の如き動きで葬り去るエリ。

 初対面とは思えない程の連携と、互いの常軌を逸した技量についていける力。

 魔物は、どんどんその数を減らしていく。

 そんな中――


「――私、たぶんだけど貴方の事を知ってると思う」

「そうだな、俺も今分かった。お前は……そうか、そうだったか」

「全部終わったら、沢山話しましょ。とりあえずこの魔物の侵攻を止められたらね」

「……ああ。もう一人の生徒も今、南の海岸で孤軍奮闘中のはずだ。ここで、出来るだけ彼に回る魔物の数を減らすぞ『エル』」

「えー? 私の名前はエリなんだけどなー」






「あれは……セリアさん、どうやら他の生徒さん達も集まっているようです、彼等に合流してください」

「は、はい! あれは……キョウコちゃんにミコトちゃん、カイも……」


 海岸沿いの道路に辿り着いたセリアとEXお姉さんは、そのまま彼女達に合流し状況を詳しく尋ねる。


「みんな! 大丈夫!?」

「セリア! それに貴女は……」

「理事長の要請で援軍に来ました。EXお姉さんです」

「……今なんと?」

「ですからEXお姉さんです。状況の報告をお願いします」

「え、ユウキのお母さんじゃ……」

「説明をお願いします」

「あ、はい」


 現在、浜辺で戦う二人と、市街地で戦う二人、そしてユウキが隣町の海岸で戦闘中だと説明される。


「戦況は?」

「ここは十分に持ちこたえられます。それに浜辺も……あの二人に任せたら大丈夫かと」

「そうですか。では、私はユウキの元に向かいます。海岸沿いに南下すれば良いのですね?」

「ええ、その筈ですわ。この道路をそのまま南下してくだされば、彼の持ち場に辿り着きます」

「分かりました。住宅地のお二人ですが、私と一緒にもう一人心強い味方が援軍に向かったはずです。皆さんはここで戦線を守り続けてください」


 事実、現在住宅地では、謎の豚による活躍により、住宅地に入り込んだほぼすべての魔物が討伐されようとしていた。

 報告を終えたEXお姉さんは、そのまま魔導で空中へと飛びあがり、光の翼を生やし滑空、南の海岸へと全速力で向かうのだった。


「……絶対ユウキのお母さんだよな?」

「あ、ああ……」

「もしかしたら、素性を隠さないといけない理由があるのかもしれませんわね」

「だね。研究員さんって話だし。それにしても……浜辺、本当に平気なの?」

「ああ、大丈夫だ。先生とエリさんが……強すぎるんだ」

「ああ。もしや二人は異界調査隊にいた事があるのだろうか」

「エリさんは一時所属してたらしいけど」

「……なるほど。異界は、グランディアよりも遥かに高濃度の魔力に満ちていると聞きます。そこで長く活動を続けると、中には超常的な力を身に着ける人間もいる、と」

「あ、聞いたことある。それに……」


 セリアはミコトに視線を向ける。


「ああ。私の兄が異界で力を増した最たる例だと言える。一度、戻った兄と手合わせをした事があったが……そうだな、確かに先生やエリさんと似た何かを感じた」

「……でも、魔物も同じくらい強力なんだよな。今回の魔物って……」

「それはありえませんわ。異界の魔物が地球に現れる筈が……」

「なんにしても、もうひと踏ん張りだね。時間的にはもう日の出間近。この雲が晴れさえすれば魔物の攻勢も治まるはずだからさ」

「そうだな。ここからはこの四人で戦うぞ。気合いを入れてくれ、みんな」








 その頃、激戦区である浜辺では、凄惨な光景が広がり続けていた。

 少しずつ曇り空から光が漏れ始め、薄明りが海をほのかに照らす。

 そこに広がるのは『深紅の海』。千を超える魔物を殺し尽くした頃にはもう、近海が全て血に汚染されてしまっていたのだった。


「鼻が曲がりそう……とりあえず魔物の攻勢は一段落ついたのかしら?」

「……いや、途中から勢いが減った。恐らく他の海岸に向かったのだろう。俺が担当していた場所か、それともユウキ君のところか。まぁ後者だろうな、あそこはUSH社の工業廃水が流れ込む、魔素の濃い海域だ」

「っ! マズイじゃない! 早く助けにいかないと!」

「問題ない。彼ならば朝までぎりぎり耐えられるだろうさ。なによりも――少し前、あちらに助っ人が向かうのが見えた。恐らくあちらでもこちらと似たような光景が広がっているだろうさ」

「助っ人って、そんなに凄い人? もしかして……カ――ヨシキさん?」

「いや、アイツは絶対に動かない。まぁ、必ず彼を助けられる、そんな人だ」


 雲が、徐々に晴れていく。

 日の光が徐々広がっていく。

 そんな朝の陽ざしの中、二人は改めて向かいあう。


「何はともあれ――ご協力、ありがとうございました。カナキ エリさん」

「なによ突然改まって」

「ケジメですよ。僕はあくまで『地球で教員になったススキダ カズキ』ですから」

「そ。私は今も昔もずっと私だけどね。じゃあね、カズキさん。たぶん私も学園に呼び出されるだろうから、その時にでもまた」

「はは、恐らくもう少し早くまたお会いする事になるかと。なんと言っても、今ここに僕の雇い主も来ていますから」

「え、マジ? リョウカさん来てるの?」

「恐らくは。さて、では今のうちに死骸の後処理でもしておこうかな?」

「私はパス、吐きそう」


 魔物の一斉攻勢。本来であれば国が緊急事態宣言を発令する規模の大事件は、こうして人知れず、僅かな人数で押しとどめる事が出来た。

 後は――ユウキの海岸でも無事に事が済んでいるか、ではあるのだが――


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