第二百五話
「お、たぶんこれもう陸の上だわ。もう洞窟って言うか地下通路だし。一応私が先行するわね」
「お願いします。どうかお気を付けください」
「……待ってください! 生物の反応がありますわ!」
「マジ!? じゃあぶっ飛ばす!?」
「ちょ、さすがに――」
洞窟の終点。
石段を登り切ると、行き止まりのように瓦礫が積み重なっている場所に辿り着いた。
するとエリさんはその瓦礫を吹き飛ばそうと正拳突きの構えを取り――
「セイヤ」
轟音と共に瓦礫が吹き飛び、立ち上る砂煙。
そして――
「うわ!? ちょ!?」
煙を切り裂くように現れる氷の刃。
それを間一髪で避けるエリさん。
『え!? 人ですか!?』
「え、なにそっちに誰かいるの!?」
これは……もしかしなくても……。
煙が晴れると、そこにはコウネさんとカズキ先生がいた。
俺達はどうやら、長い長い洞窟を抜け、件の目撃証言のあった自然公園まで辿り着いたようだった。
「ユウキ君にキョウコさん、ミコトちゃんまで……そちらの方は協力者さんですか?」
「うん、そういうこと。沿岸で怪しい洞窟を見つけたんだ、入り口が海の中にあってさ。そこを辿って来たんだ」
「なるほど……私も、公園内で水の魔力素が多い場所を辿っていたら、この廃墟に……」
「そっか。道中に魔物は現れなかったんだけど、そっちは?」
「今のところ、誰も痕跡を見つけたという報告はないね。そちらが協力者のカナキ エリさんですか? 生徒の引率をして頂き感謝します」
カズキ先生から魔物についてまだ収穫なしという報告を聞く。
じゃあ……魔物はどこに? 洞窟内に分岐路はなかったはずだけど。
「あ、どうもどうも先生。私はカナキ エリと言います。今回秋宮リョウカさんの要請で協力する事になりました。宜しくお願いします」
「ご丁寧にどうも。僕はSSクラスの臨時の担任を勤めるススキダ カズキです。ふむ……失礼、先程吹き飛ばした瓦礫を調べたいのですが」
「あ、吹き飛ばしてごめんなさい?」
瓦礫で埋まっていたって事は、ここを通って魔物が外に出て来た訳ではないのか?
「……見ろ、ユウキ君。この瓦礫はどうやら長い時間放置されていた物ではない。極々最近詰まれた物のようだ。周囲の廃墟とは明らかに材質が違う」
「あ、本当だ……エリさん、これ調べてみてください」
「どれどれ?」
なんだか犬みたいに便利に使ってすみません。
エリさんが瓦礫を手に取り、臭いを嗅いだり手触りを確かめる。
「これ、洞窟の中の岩と同じね。それに潮の臭いがまだ強く残ってる。内側から何者かがバリケートを作ったみたい。それに……何かの粘着物で固定していたみたいね。潰した海藻かしら? 原始的だけど明らかに意思を持つ存在の仕業ね」
「なるほど……ユウキ君、彼女の分析は信頼出来るのかな?」
「出来ますね、少なくとも俺よりは。彼女、どうやら身体強化で五感まで強化出来るみたいなんです」
「ほう、それは凄い。一応、こちらでもサンプルを採取させてください。分析班に回します」
じゃあ、これは魔物が塞いだ? かなり知能が高いのではないか、これ。
「あ、いたいた! ってユウキ! どうしてこっちにいるの?」
「あ、本当だ。一之瀬さんに香月さんまでいるじゃないか。沿岸の調査は切り上げたのかい?」
「……いや、たぶんこの廃墟に何かあるんじゃないか?」
「カイ正解。ここ、沿岸まで地下で繋がってたんだよ。で、もしかしたら魔物の詳細が判明するかも」
が、どうやらカズキ先生には魔物の心当たりがない様子だった。
「……ここまで知能の高い魔物は僕も知らない。海底から内陸部への道を見つけ移動。逃走後に追跡を逃れる為カモフラージュまでするなんて……」
「ん-……そうねぇ、そういう話はグランディアじゃ聞かないわねぇ。亜人種の中でもそこまで頭が回るなんて、異界の中くらいでしか聞いた事ないわ」
「え? 異界ってそんなヤバい魔物がいるんですか?」
「私、去年まで異界調査団にいたのよね。あっちだとかなり知能の高い亜人がいるのよ。平気でこっちのデバイスや兵器を鹵獲、活用したりするし。こっちに帰って来たのは半年前くらいかしら」
まさか異界の魔物が地球に……? 海底に異界に繋がるゲートでも現れたのか……?
「エリさんでしたか。その証言、大きな意味を持つ事になるのですが」
「だよね、ちょっと生徒の研修ってレベルの話じゃないわよね? でも、魔物が異界から移動するのは考えにくいのよね。魔素が少ない場所になんて近寄らないし」
「なんらかの突発的な事故で地球と接続、巻き込まれた後にゲートが消失。取り残された魔物が少しでも魔素の多い場所を求めて移動してきた可能性は?」
「ん、ここって自然公園よね? 魔素が多い要素ってある?」
だんだんと話が大きくなってきた事を感じ取り、俺達は喉を鳴らす。
「あ、あの、この辺りは我が家のデバイス開発の為の工場が多いのですが、それは関係あるでしょうか」
「ん-、ないとは言い切れないわね。コウネちゃんだっけ? さっきこの辺りが水の魔力素が多いって言ってたじゃない? つまりここって魔素が流れ込みやすい、通り抜けしやすい場所って事よね? 海からの魔素が流れて来るなら、その逆もしかりじゃないかしら? 海に微かに流れて来る工場からの魔素。それを察知してこっそり偵察に来た可能性はあるわ」
「偵察、ですか?」
「そ。異界の魔物は賢いわよー? 偵察して隙を伺ってから一気に群れで襲撃をかけてきたりするんだから」
ここで目撃された魔物は一体だけという話だ。
もし、それが偵察の為の一体だったとしたら……。
「とりあえずこの通路は塞いでおくべきだろうね。進入路に使われる可能性もある。可能なら入り口側も破壊しておきたいけれど」
「そうですね、その方が良いと思います。それならみんな沿岸の調査に集中できるようになりますし」
「ねぇユウキ……これって結構不味い事態だよね?」
「たぶん。異界のゲートって今サーディス大陸沖にあるんだよね? それなのにこっちも異界に繋がったとしたら……」
最悪、一瞬なんらかの弾みで繋がっただけで、もう繋がっていないのなら対処の仕様もあるけど……。
「まだ決まった訳じゃないさ。この洞窟を崩せば、もしかしたら魔物は仕方なく浜辺から直接乗り込んでくるかもしれない。念のため作戦本部にも連絡して防衛線を張る準備だけはしておくべきだろうけどね」
「では、俺達はこのまま海岸沿いの調査に向かえば?」
「そうしてくれ。僕は作戦本部に詳細を直接伝えて来る。内容が内容だ、皆もくれぐれも通信でこの事を口に出さないように。傍受されでもしたら大変だ」
先生は何かを警戒している様子だ。これは……。
「我が家を警戒しているのですわね? ええ、それが正しいかと。今回に限っては、私も実家を信用していませんもの」
「そういう事。エリさん、少しの間ですが、生徒の事を宜しくお願いします」
「はいはい、了解よー。んじゃ、もうバスもこの辺りは走っていないから、どうやって移動しよっか? 作戦用のバンって海岸近くに駐車したままよね?」
「忘れてた……歩いて行きます?」
洞窟内は直線距離とはいえ、歩きやすい道ではなかったのだし、地上でなら歩きでもそこまで疲れない……よな?
「しょうがないわよねぇ? 途中でご飯でも食べて向かいましょうか」
「了解。道案内お願いします」
徒歩での移動も、やはり話しながらだとそれ程苦じゃなかった。
エリさんがかなりお喋りなのも関係しているんだろうけど。
「へぇ、元アマチュアチャンプさんなのねぇ。私そういう方面は疎くて」
「そういうものだと思いますよ。僕の両親だってよく分かっていないみたいでしたし。でもエリさんも出場していたら優勝出来ていたんじゃないですか?」
「あー……私の高校時代って結構色々あって忙しかったのよね……進路も決まらないしどうしようかって、他に目を向ける余裕なんてなかったのよ」
カナメは相変わらず強いと目される人については好奇心を抑えられないようだった。
「ところでご飯何食べたい? 私この辺りに詳しい訳じゃないのだけど」
「あの、そもそも封鎖地域で営業しているお店ってないんじゃ……」
「……あ。じゃあ途中で一度別な地域に……って訳にもいかないわよね。自然公園近くならまだ封鎖されていなかったのに……」
「あの、一応作戦用の車内にはレーションとかあるんじゃないですか?」
カイのその発言に、真っ先に反応したのはコウネさんだった。
「……あれを食べるくらいなら任務が終わるまで我慢しますよ。あれは食事ではありません、栄養補給です。あんなものは食事じゃありません!」
「う……睨むなよ……分かった、じゃあコウネは食べなくて良いから……」
でもそろそろお昼ですよ、お腹すきませんか? コウネさん我慢出来る?
「だったら沿岸で食べられる物でも探す? 調査の一環だって言い張れば釣りくらい許してもらえそうだけど」
「なるほど……!」
「なるほどじゃないでしょ……道具だってないんだし」
「ところがどっこい。お姉さんが乗って来た車に積んであるのです! でも実際、釣りも必要だと思うわよ? 海中に魔物が潜んでいるのなら……それも群れで潜んでいるとしたら、浜辺に食べ残しが流れ着いているはず。でも浜辺にそれらしき痕跡はなかったわよね?」
確かに、たまにビンの欠片や流木、貝殻がある程度だった。
「魚をまるごといけちゃうような大型の魔物の可能性もあるわ。釣りをしてみて、何もかからないようなら魚はもうあの辺りから消えているって証拠。それは同時に、近海にまで群れが潜んでいる、活動範囲を広げている証拠にもなる。割とネタ抜きに釣りって必要な調査なのよ」
「……エリさんってたまに冗談なのか本気なのか、真面目なのか適当なのか分からなくなるんですが」
「私はいつだって大真面目よ? ただ不真面目に見えるだけ。ちなみに私はこの辺りの漁業権についても調べてあるから、魚以外に取って食べて良い物も把握してるのよね」
絶対現地調達するつもりだったんですね、食糧。分かります。
浜辺が近づいて来たところで、エリさんの車へと向かう。
「で、でかい……これってキャンピングカーですよね?」
「お、ユウキ君これ分かる? 私の自慢の愛車件自宅? みたいな。私今定住していないのよねー」
「へぇ……かっこいいね、それ。エリさんの出身ってどこなんですか?」
「私? 愛媛だけど、学園卒業してから一度も帰ってないのよねー」
「あ、愛媛は知っていますよ! 美味しいミカンがある場所ですよね」
「おー、コウネちゃんよく勉強してるわね。ちなみにみかんご飯っていう料理があったりします。おいしいわよー」
なにそれ興味深い。みかんでご飯だと……?
イクシアさんは知っているかな?
「えーと……あったあった、じゃあ海岸に向かいましょ。釣竿は二本しかないけど」
「あ、私がやります。釣り経験なら少しあるんです」
「じゃあ私とコウネちゃんが釣り、海岸洞窟の破壊は……そうね、ユウキ君にお願いしようかしら。キョウコちゃんもそれに同行、洞窟の状態を外から探ってみてくれる?」
「了解」
「了解しました」
「それ以外の皆も自分達で食糧調達……もとい、調査をお願いね。道具が必要なら好きなの持っていって良いから」
エリさんの指示に従い、俺とキョウコさんで洞窟の入り口へと向かう。
途中までカイとカナメも一緒だったのだが、途中で二人は沖へと続く岩場へと向かって行った。
曰く『こっちの方の潮だまりに生き物がいるかもしれないし、痕跡も残っているかも』とのこと。
カイは明らかに何か生き物を掴まえるのを楽しみにしているのが見て分かった。
エリさんから小さな網を借りていたからな。
「……よし、あの入り口を崩せば、ちょっとした崖崩れで入り口を全部塞げそうかな」
「念の為もう少し距離をとってください。崩落の規模が予測出来ませんから」
「了解。ここまで離れたらいいかな」
俺は、海面スレスレにある洞窟の入り口の丁度真上、切り立った崖に向かい全力の風絶を放つ。
すると、まるで連鎖するかのように次々に岩が崩れ落ち、大きなしぶきを上げて崖の形が変わっていった。
「ちょっとまだ危ないから近づけないな……キョウコさん、そこから様子探れそう?」
「ええ、問題ありませんわ。……どうやら内部の空間も瓦礫でかなり埋まったみたいですわね。魚ならともかく、人間が入れるような隙間はもうありませんわね」
「よし、じゃあ一先ずこれで入り口は塞げたかな」
「ええ、恐らくは。……後はこの海岸一帯を封鎖、防衛線を張って待ち構えるだけ、ですわね」
「……思ったんだけど、俺達が今まで地球で遭遇した魔物ってほぼ水棲だよね? 他の魔物って地球に紛れてこないんだ?」
「いいえ、以前は飛行型の魔物も紛れ込んでいたようですわね。ですが、グランディア側でのゲート管理局が警備を強めた事でそれが防がれていると。そしてフロリダの時のような海底でのゲート発生は……通常表沙汰にはなりません。空にも発生するのでしょうが、海よりは遥かに補足それやすいですし、きっと未然に対処されてきたのでしょう」
「なーるほど。確かに海の中より空の上の方が遥かに調べやすいか……」
そういえばどこかで聞いた事があるな、火星の表面よりも海底の方が、調査が進んでいないって。
「とりあえずエリさんのところに戻ろうか。入り口は無事に封鎖出来たって報告しに」
最初に降り立った砂浜に戻ると、既に二人は釣竿を置き何やら砂を掘っていた。
「洞窟、しっかり潰してきましたよ。そっちはどうです? 何か分かりました?」
「おかえり二人とも。そうね、とりあえず近海から魚は殆ど消えていると見て間違いないわね。でも、キョウコさんは海中を電気で調べているのよね?」
「ええ、ある程度大きな生物は反応しますが、魔物の反応はありません」
「じゃ、恐らく日中は近づいてこない、と。魚はたぶん夜に捕食されたりして近づかなくなったんじゃないかしら」
ふむふむ……もしかしたらあまり明るい所は好まないのかな?
「確か魔物が目撃されたのも夜でしたっけ?」
「そうみたいね。うん、ユウキ君の考えている事は正解かも。日中は海の深い場所に潜み、陸に上がる時は念には念を入れて洞窟内を使う。なんらかの強い光を恐れているのかも。確か沖で魔物と遭遇した漁船ってイカ釣り漁船だったのよ」
「イカ釣り……? それがどういう関係が」
はて? イカが好物だとでも言うのだろうか?
「ユウキ君知らないんですか? イカ釣り漁船の中には、大量の照明を吊るして、その膨大な光量でイカをおびき寄せるんですよ? 恐らく照明を点ける前に魔物が船に乗り込み、船員が咄嗟に照明を点けたら慌てて逃げだしたのではないかと。今、作戦本部に目撃状況の詳しい内容を問い合わせ中です」
「へー……じゃあもしかしたら光に弱い、と。キョウコさん、もしかしたらハムちゃんが活躍するかも」
「そうですわね……空中でハム子に思い切り光って貰えば、閃光弾程度には辺りを照らせますもの。作戦本部にも閃光弾を支給してもらうべきでしょう」
まだ魔物そのものはみつけられていないが、順調に調査は進んでいるな。
なんだか、ただ海で遊んでいるような気持ちだったのに、気がつけばかなり手がかりが得られていた。
リョウカさん、今回の助っ人さんマジで有能じゃないですか……なんで学園で正式に雇わないんだろう?
「ところで、魚がいないって事は食糧なしって事?」
「そうなるわねー。いやぁ、夕方には本部に戻るから、それまで我慢かしらねー」
「まさか一匹も釣れないなんて……ユウキ君、そちらで何か食べられそうな物はありませんでしたか……?」
「いやー、洞窟崩してそのまま帰って来ただけだからなー」
「うう……憎い魔物ですね……」
「あ、でもカイとカナメが岩場の方に生き物捕りに行ったからもしかしたら?」
望みは薄いんですけどね?
すると、今度はカイ達が向かった方向の逆から、セリアさんと一之瀬さんが戻って来た。
その両手には白いビニール袋が携えられている。まさか――
「ただいま戻りました。エリさんの指示通り、沿岸近くで残っていた住人に避難指示を出し、無事に両諾して貰えました」
「さすがに浜辺から押し寄せる可能性が高くなったって言われたらね……先程本部から移送用車両が迎えに来たので、これでもう沿岸部に住人は残っていないと思います」
「お疲れ様―。ところでそのビニール袋何? 食べ物だと嬉しいんだけど」
どうか食べ物であってくれ。コウネさんがもう見ていられないくらい絶望的な顔で縋るような目つきでそっちを見ているんです。
「どうやら果樹園を営んでいる方だったようで、避難の間に商品にならなくなってしまいそうな果物を分けて頂きました」
「桃と……キウイとみかんです。よかったね、コウネ」
「た……食べ物ですか! 是非分けてください!」
まるでゾンビがダッシュするかのような動きで駆け寄り、袋から桃を二つ奪取して戻って来る。
「日本の果物は美味しいですからね……ちょいちょいっと……」
「コウネちゃん器用ねー。果物ナイフなら持ってたのに」
氷でナイフを作り出し、あっというまに皮を剥き、そのままかぶりつく彼女。
おいしそう、俺も欲しいな。
「どうぞ、ササハラ君」
「あ、顔に出てた?」
「ふふ、ああ。かなり沢山もらったから食べてくれ」
ナイフを借りていざ俺もいただきます。
そうして、果物でお腹を満たしつつ、カイとカナメが戻るのをみんなで待つ。
「ん-、なんだか任務中だって事忘れちゃいそうねー。海を眺めながら果物を食べるって」
「たしかにそうですね。この後はどうする予定なのでしょうか?」
「そうね、貴女達は一度作戦本部に戻るとして、私はこの辺りで一晩明かす事になりそう。魔物の活動は夜の可能性が高いしね、本部の人間で防衛線を張っても、それだけじゃきっと突破されちゃいそうだし」
「あの、だったら俺達の中から何人か一緒にここで待機させた方がいいんじゃ?」
「ん-、さすがに独断で決めちゃダメよ貴方達は。ユウキ君達生徒は一度本部に戻りなさいな。そこで指示があるはずだから、それに従う事」
「そうですわね、残念ですが私達は自由な行動は許されていませんもの。あくまで調査が今日の任務。心配なら本部に戻ってから立案してみるべきでしょう」
ま、そうだよな。たぶんエリさんは独自に動ける権限を持っているんだろう。
「おーい、戻ったぞー」
「一応『コレ』の調査もして欲しいんだけど」
その時、カイ達が戻って来た。
カイの持つ網に何かが入っている、これは……。
「おかえり、二人とも。カイ、それはなんだ?」
「ああ、さっき岩場で見つけたタコだ。潮だまりにいたんだよ」
「何故かタコだけいっぱい残されていたんだよ」
網の中、赤黒い軟体生物がみっちりと詰まっていました。
ちょっと気持ち悪いぞ……そこまで多いと。
「ふむ……漁業権はかかってないから食べても怒られないわよ。ただ……潮だまりにこれだけいたのよね?」
「はい、ちょっとした池みたいな潮だまりに、これだけ溜まってました」
「ふぅん……タコそのものに異常は見当たらないけれど、少し気になるわね。あ、もうそれ食べちゃっていいわよ? 調理はお任せするけど」
「いいんですか!? カイ、カナメ君! そのタコ私に任せてくれませんか!?」
すると、エリさんの許しを得たコウネさんがまるで奪うようにタコを受け取り、そのままエリさんのキャンピングカーに持っていってしまった。
「あの子お料理出来るのね?」
「あ、はい。あの、キャンピングカー勝手に使いに行ったと思うんですけど……ごめんなさい」
「いいのいいの。……でも気になるわね、タコ。たぶん意図的に集められていたと思うのよ、魔物に。でも食べられた様子もなかったし、何か目的があったのかしら?」
「養殖、みたいな感じとかどうです?」
「さすがにそこまでの知能はないって思いたいけど……もっと生物的な本能で、家畜化、食糧庫として活用ならありえるわね」
「うん、それならありえると思う。でも、他にも気になる事があったんだ、潮だまりに。実はタコは残されていたんだけど、同時にエビやカニ、ウニの殻だけは残されていたんだ。同じく潮だまりでも生きていける種類だと思うけど」
「は? なにそんな良い物選んで食ってるのその魔物。タコだって美味しいのにえり好みしてたのかよ」
「いや、そういう問題じゃないぞササハラ君。食糧庫として活用していたのにそれでもタコだけ手付かず……それが気になるという話だ」
あ、そうか。
「『タコは食べたくなかった』というのが理由かもしれないわね。なんにしても、これ以上は憶測の域を出ないし、コウネさんのご飯を食べ終えたら一度本部に帰投なさい。私はこのままここに残るから」
「了解です」
……これは冗談だから口には出さないんだけど、もし魔物がよくある火星人みたいなタコの亜人で、それでタコを同族と見て食べなかったのだとしたら面白いな。
そうしたら今度は思い切り人間の事恨みそうだけど。
『保護していた同胞の子供を連れ去られた』みたいな感じで。
「みなさーん、タコのカルパッチョとソテーとから揚げが出来ましたよー」
そんなふざけた考えも、コウネさんが戻って来る頃にはもう頭からすっぽり抜け落ちていたのだった。
作戦本部に戻った俺達は、カズキ先生と本部の人間に調査結果を報告する。
既にカズキ先生から『異界の魔物の可能性』も指摘されていた為か、緊迫した空気が流れ始めていた。
「先程通信で質問された内容ですが、確かに魔物が目撃されたのはイカ釣り漁船内でした。こうなると、エリさんとコウネさんの建てた推察が現実味を帯びてきますね」
「ありがとうございます。では、閃光弾や大きな照明用車両の配備も必要でしょう。防衛線にも有効かと。キョウコ君も今回は前線に出て貰う事になりそうだ」
「装備はすぐに配備しておきます。エリさんは浜辺に残っているのでしたか」
「はい。防衛線の手伝いを買って出るそうです」
「分かりました。ここからは我々の仕事となりますが、魔物が現れ次第、そちらにもご報告します。救援の用意だけはしておいてください」
調査初日は、こうして一定の成果を上げる事が出来た。
俺達は宿泊施設に移動し、今日の疲れを癒す。何気に長距離を歩くのって久しぶりだったからな……。
だが、そんな疲れを癒していた俺達をベッドから飛び起こす知らせが入って来たのは、時刻が深夜を周った頃だった。
 




