表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

215/315

第二百三話

 正直、言ったらいけないと思うんだけど、俺がキョウコさんの家というかお屋敷を見て最初に思ったのは『どこの組のお屋敷でしょうか』だ。

 ヤクザ映画でしか見た事のないような立派な門構えの武家屋敷。

 正面門にはデカデカと香月家を表しているであろう家紋が大きく掘られており、それがより一層『ヤクザっぽさ』を高めていた。


「うん、昔で言うVシネみたいなテイストだねカヅキさん」

「な……カナメお前……」


 俺が心の中で思っていた事を……!


「構いませんわ。正直、私もこの門構えはどうかと思いますし。先生、引率は貴方なんですから、先頭に立ってください」

「ははは、そうだね。ちょっとびびってた。では……」


 インターホンを押す先生。なんかこういう屋敷にインターホンがあるのって違和感。

 すると、すぐに使用人と思われる人間が対応し、門が開かれた。


「ようこそ、お待ちしておりました。本日はご足労頂き誠に感謝します」


 出迎えに現れるのは、沢山の家政婦さんとSPと思われる黒服の人間。

 ずらりと並ぶその様は、まさに日本有数の財閥、その本家に相応しいと思えた。

 中央で出迎えの挨拶をしてくれたのは、恐らくキョウコさんのお父さんだと思われる、和服姿の男性。

 一之瀬さんのお父さんとはまた違った迫力のある、和服の似合う偉丈夫だった。


「ただいま戻りました、お父様」

「うむ、よく戻った。皆さんもお上がりください。宴席のご用意もしてあります」






 正直武家屋敷の宴席と言うと、和食がメインで出るのだろうな、と密かに期待していたのは秘密だ。

 若者らしくやんちゃなメニューも大好きですがね? でも俺、婆ちゃんと爺ちゃんと暮らしていた時間も長いので、同じくらい和食が好きなんですよ。

 だが、宴席で俺達を待ち受けていたのは――


「おお……なんだか思いっきりごちそうですよねこれ……」

「お父様……これはあまりにも『あからさま』過ぎですわ……」


 長テーブルの置かれた和室。

 一人一人の席には小さな鍋が三つ。たぶん鍋が二種類と、鉄鍋で焼かれている餃子。

 それにお寿司と焼き鳥、サラダ、辛子明太子。まるで旅館の『博多グルメコース』みたいな印象を受けた。

 全部がなんの料理か分からないけど、キョウコさんの反応に見るに福岡のご当地グルメなんだろうな……。


「よし、俺はここに座ろうかな――」

「ユウキ君、君には是非こちらに座ってもらいたいのだがどうかね?」


 手近な座布団に座ろうとした時、キョウコさんのお父さんに上座のすぐ近く、つまりお父さんの近くに座るように言われてしまった。

 断るのは失礼だよな……。


「お父様……」

「いいだろう、彼には色々と世話をかけているのだから」


 どこか有無を言わさない迫力に観念する。




「さて、皆さん席に着きましたな? 改めて自己紹介をさせて頂く。香月家当主の『香月京谷カヅキキョウヤ』と言います。娘が日頃よりお世話になっています」


 キョウヤさん、か。その挨拶に続き、俺達も自己紹介を改めてさせて貰う事に。

 先生にクラスメイト、そして俺の番を終えたところで――


「任務、研修に纏わる話も多々あるでしょう。が、今は歓待の席。固い話は抜きにどうぞお召し上がりください。何分若者がどのような料理を好むか疎く、家の者に『とにかく地元の有名な物を』と指示をしたもので」

「いえ、とても美味しそうです。生徒達も大変喜んでいますよ。特に……コウネ君が」

「はい! いつかは本場に食べに行こうと思っていた料理の数々……ありがとうございます、キョウコさんのお父様!」


 ですよね。何気にちゃっかり俺の隣にいるし。


「シェザード家の事は私もよく知っていますとも。同じ海産物と所縁のある地の者同士、似た物を感じているよ」

「はい、それはもう……しかしこんなに綺麗で新鮮で透き通ったイカのお刺身……まだ身が動いて……素敵です」


 あ、そういえば動いてる。ちょっと恐いけど、それだけ新鮮なんだよな……いただきます。


「美味しい……食感が俺の知ってるイカと違うや……」

「ふふ、そうだろう。料理人曰く、味の濃さは寝かせた物には劣るが、その歯応えは生け造りでしか味わえないのだそうだ」

「な、なるほど……」


 その後も様々な料理を食べていると、頻繁にキョウヤさんが料理について補足を入れて来る。

 な、なんか……食べづらい……!


「それで、ユウキ君はうちの娘と懇意にしているようだが、本当かね?」

「は、はい。キョウコさんには任務でもそれ以外でもとてもお世話になっています」


 なんだかんだで、キョウコさんのお世話になっているのは事実だ。

 思えば一期生の頃の、俺の産みの親を名乗る女と遭遇した時や、任務中のバックアップ、デバイスの鞘の換装やバイクの手配まで、かなりお世話になっている。


「そうかそうか。我が家も、君に一度戦闘映像を提供してもらったお陰で、刀タイプのウェポンデバイスの売り上げが大きく増えた時期があったんだよ」

「あはは……でも、俺が世紀の犯罪者扱いされていた時は逆に迷惑をかけたでしょうし」

「ふふ、微々たるものだ。逆に今は再び、飛ぶように売れている。とくに鞘の注文が殺到しているよ」


 マジでか。俺の広告効果も馬鹿にならないんだな……。


「で……やはりキョウコとは恋人関係、という事で良いのだろうか? 聞けば、君達は二人で出かけたりもする仲だと聞いている。家に招待されたこともあるとか」

「あ、いや、そういう関係では――」


 キョウコさんが離れた席に座っているのを良い事に、お父さんがそんな話題を振って来る。

 が――


「キョウヤ様。実は一度、キョウコさんとユウキ君は婚約者同士なのではないか、という噂が一期生の頃に流れた事があるんですよ」

「ほう! それは本当かねコウネさん」


 割り込むのはコウネさん。今さっきまでイカの足つついて遊んでいたのにいつの間に。


「ですが、あくまで周囲の女子生徒が邪推した噂でした。ですが、その後ユウキ君は私と正式に私と婚約し、我が家にも挨拶に来た事があるんですよ」

「なんと……! まさか、天下のシェザード家が地球の人間と……」

「しかし、それは一度白紙に戻ったんですよ。ですので、今のユウキ君はフリーなんです。ですよね? ユウキ君」

「あ、はい」


 ……コウネさん、なんか『自分だけが持つ最強の手札』として惜しげもなくこの話持ち出すなー……たぶん牽制なんだろうけど……いや、俺も助かりますよ? 最近の知名度の所為で露骨な誘惑、お誘いが増えつつあるのは事実だし。もう昔の非じゃないっす。

 しかも秋宮にバレないように巧妙に。


「ただ、仲違をした訳ではないんですけどね。今も昔と変わらず、良い関係が築けています。私だけでなく、ユウキ君はクラスメイトみんなに信頼されているんですよ」

「そ、そうかそうか。……そうだろうな、全員が彼の為にグランディアに密航する程だったのだから」


 ぅゎコウネっょぃ。

 冗談じゃなくてよくこんな大企業の責任者とこんな話出来るなー……。

 その後、幾分キョウヤさんからの過度の解説が減り、和やかに会席が進む。


「ふぅ……お腹いっぱい……」

「ははは、満足してくれたかね? そろそろお開きと行こうか」


 キョウヤさんが立ち上がる。


「既に学園の方でホテルを手配しているのは承知の上だが、そちらは私の方で対処しよう。是非、このまま我が家に逗留してもらいたい。研修現場からは少し遠くなるが、実は件の魔物が目撃された内陸部というのは、我が屋敷の近くにある自然公園なのだよ」


 その提案に驚いたのは、俺達生徒よりも先生だった。


「報告の場所とは違いますね。それはいつ頃発覚したのでしょう」

「申し訳ないが、事実を伝えるとこの近辺に秋宮の私兵が調査に来てしまう。先生には申し訳ないが、あまり秋宮の人間を信用していないのだよ。生徒達はまだ信頼出来るのだがね」

「では、僕は信用出来ない、と?」

「無論、警戒しているよ。なにせ君は『なんの情報もひっかからない一般人』だ。過去に秋宮と繋がりがあった形跡もない。共通の友人はいるようだが、そちらも一般人だ。流石に怪しいと、警戒するのはおかしな事ではないだろう?」

「……なるほど。ええ、それで正解です。僕は秋宮の最深部に密接に関わる人間です。正直あまり『秋宮財閥』には関わりたくないんですがね」


 これは……悪手だ。この人を探れば必ずヨシキさんに辿り着く。そしてもしもヨシキさんの真実に手が届いてしまえば――


「待ってくださいキョウコさんのお父さん。そうなると俺は秋宮のエージェントです。それも……秋宮どころか、地球とグランディア、両世界に深く深く関わっている! 警戒すべきは俺のはずです」

「ユウキ君……そうだ、君は本来警戒すべき相手だ。が……娘の命の恩人であり、同時に世界の為に身を粉にした君を疑う訳にはいかないのだよ。香月家の人間として、そんな不義理」

「なら、先生も信じて良いと思います。俺、秋宮に深く関わってます。でも、この先生が秋宮に関わったのは今年からだと思います」

「それはこちらでも調べが付いているのだよ。だが、どうしても信用出来ないんだ。だからこそ報告の一部を隠していた。この近辺の調査は君達生徒だけに任せたい」


 歓待の宴や、キョウコさんと日頃親しくしていたから、どこか甘く見ていた。香月家と秋宮財閥との確執を。

 ただのデバイスメーカーとしての競合、ライバル会社じゃあないだろ……これは絶対。


「お父様のお気持ちは分かりますが、今は矛をお納めください。先生、父の不義理、契約違反をお詫びいたします」

「いや、別にこっちはそこまで目くじら立てている訳じゃないよ。ただ、その情報の詳細を詳しく聞きたい。それだけだよ。宿泊先の変更や調査地域の変更は気にしちゃいない。なんなら報告を僕で止めて理事長には内緒にしたって良いくらいさ」

「……感謝します。お父様、詳細をお願いします」


 正直ハラハラしました。カズキ先生、温厚なフリは上手だけど、明らかに本来ヨシキさん側の人種だし。


「事の始まりは一月前になる。海洋及び沿岸での魔物目撃を受け、秋宮に連絡を入れる前に我が家でも独自に調査をしていた。その際、我が家の密偵及び私兵団が襲撃に遭った。そこでようやく秋宮に報告を入れたのだよ。その時にはもう、近隣でも目撃報告が上がっていた」

「そんなに早く……住人に被害は出なかったんですの?」

「無論、この辺りは最初に避難区域に指定した。既にこの界隈の住人は避難している。同時に、秋宮に報告した町内でも避難はさせている。目撃こそされていないが、そこまで距離も離れていない。何よりもこの町と『水路で繋がっている』。水棲の魔物という報告があった以上、そちらの町でも警戒はしている」


 ここ、結構海岸から離れた場所にあるよな……水路が海まで繋がっているのだろうか。

 その質問をしてみたのだが――


「いや、下水処理施設に繋がっている。海とは繋がっていないよ」

「なるほど……目撃された自然公園にも魔物が潜めそうな水場はないんですか?」

「ないね。だがそれでも目撃されている。沿岸での調査もあるだろうが、同時にこちらの調査もしてもらいたい。ここは人口の多い、県中央へのバイパスも通っている。ここから都市部に魔物が進行する可能性もゼロではない」

「なるほど……先生、これって二手に分かれる必要がありますよね?」

「そうなるね。想定よりも海岸から距離がある。二手に分けるしかない、か」


 正直、虚偽の報告がなければもっと取れる手段があったかもしれない。

 そっか。実際の任務でもクライアントに騙される事はある。こういう事態も想定して動かないといけないって訳か。


「班分けは明日改めて行う事にしようか。では……キョウヤさん、私は秋宮に雇われている人間である以上、全幅の信頼を得る事は難しいでしょうが、この研修では全てを貴方に開示し、情報を共有。全力を以って任務に当たる事を誓います」

「……分かった。別にこちらも君を邪険にしようとしているわけではないのだよ。ただ、どうしてもね。部屋へは家の者が案内をする。では、私は先に失礼させて貰うよ。すまなかったね、生徒の諸君。こんな汚い大人の事情を見せてしまって」


 そう言うと、キョウヤさんはなんと俺達に頭を下げて去って行ったのだ。

 悪い人かどうかはわからないけど、秋宮との確執は相当根が深い物なんだろうな……。


「申し訳ありませんでした。調査に協力してくれた事もあり、秋宮に対する感情も軟化したと思っていたのですが……先生には不快な思いをさせてしまいました」

「いや、まったく気にしていないよ。むしろ秋宮財閥を警戒するという意味ではお父さんと気持ちは一緒だとすら思っているくらいさ」

「ま、理事長隠し事多いですもんね」

「そうそう、そうなんだよ。一番の秘密を知る者としては色々言いたい事もあるが、まぁ雇われている身だしねぇ」


 え、なにそれ興味ある。


「興味がありますわね、それ」

「ははは、秘密だ。ただあえて言うなら『失恋の痛みを引きずり過ぎている』かな? ま、あの人も恐くて人間離れしているけど、所詮人間だよ」

「まぁ……それはちょっと……意外な秘密というか……」

「先生大丈夫? 消されない?」

「俺……理事長の気持ち少し分かるかな……」

「僕には無縁の話だね、それは」

「ふむ……先生、女性のプライベートを他言するのは感心しません」

「そうですねぇ、ちょっと褒められた行いじゃないです」

「そうだよねー……」


 お、珍しく先生の評価だだ下がりだ。自重しろ先生。


「ん-……今のナシで。さ、明日に備えて寝る準備だ。すみません、部屋まで案内をお願いします」


 使用人さんに連れられ、俺達の初日は無事に終える。

 しかし内陸部まで魔物が侵入って……その経路を見つけ出すのが明日の目標になりそうだな……。






 翌朝、香月家の屋敷の応接間を作戦会議室として使わせて貰う事に。

 キョウコさんのお父さんはもう屋敷を出たのだそうだ。


「沿岸及びその周辺の調査と、この区内にある自然公園の調査の二班に分ける事になる。ユウキ君と僕は戦力的な面でも分けて配置する事になるが、それは同時にユウキ君に分隊長としての責務を負って貰う事になる。構わないかな?」

「はい。正直他の皆の誰が部隊長になっても問題ないくらいですし」

「そうだね、皆既にそこらの企業の私兵団を背負っても問題ない経験を積んできているみたいだからね。では、詳細なメンバー振り分けを決めていく」


 振り分けの結果、沿岸部には俺とキョウコさんと一之瀬さんの三人が向かう事になった。

 残り四名は自然公園の調査だとか。……若干一之瀬さんが不満そうだ。カイと別々だからか。


「情報戦、及び作戦立案にはキョウコ君とコウネ君に頑張ってもらいたいからね。同じ班には出来ない。では、その他のメンバーはどうして分けられたのか。はい、カナメ君答えてみて」

「ん-……先生とユウキ君はある意味護衛として部隊の頭数に数えていないって事にすると、カヅキさんとコウネさんを分けるのは納得。そうすると……コウネさんが区内なのは『氷適性が高いから』ですか?」

「正解。氷の術者は水の気配にも敏感だからね。隠された水路や水脈、魔物が移動した形跡を調べるのに彼女は必要だ」

「なるほど、それで私が区内ですか。では、残りのメンバーはどういった理由でしょうか」


 ふむ……なら、俺が沿岸で先生が区内って理由もあるんだろうな。


「僕は泳げないから海に行きたくない。これがまずユウキ君が沿岸で僕が区内の理由。コウネ君が区内である以上、連携がとりやすいのはユウキ君とカイ君。しかしユウキ君と僕はかぶっちゃ勿体ない。だからカイ君を区内に。最後にセリア君とミコト君のどちらを区内に回すか。その答えは簡単。キョウコ君と連携が取りやすいのはミコト君だ。そしてユウキ君と同じ武器種を使い、一部の技も共通している。最後にカナメ君は区内、沿岸、どちらでも良かったけれども、僕の負担が減るからこっちに来て貰った」

「ちょいちょい私欲の混ざった理由ありがとうございます、先生」


 ほんとだよ! カナメとか完全に私欲じゃないか!


「そもそも海の近くで全力出せないからなー俺。そういう意味だと同じ雷適性の高いキョウコも難しいんじゃないですか?」

「いや、キョウコ君は魔法なしでも作戦に必要な人材だからね。それに、雷を周囲に放出する事なく戦う術も身に着けている。そういう意味だとカイ君、君はどんなに抑えても周囲に雷が漏れる」

「ぐ……確かに」


 ああ、そういう理由もあったのか。そうだよなぁ、カイの自己強化ってモロに雷漏れてるし。そういう意味だとキョウコさんの方が洗練されているのか。


「それと、一応秋宮から派遣されているという助っ人さん? カナキ エリさんにも作戦は伝わっているはずだ。人数の少ないそちら側に向かうように言ってあるから、向こうで

合流出来るはずだ」

「あ、そういえば……その人も卒業生なんでしたっけ?」

「念のため理事長に問い合わせてみたよ。曰く『SSクラス設立のきっかけになった生徒』だそうだよ」


 ほほう? それはちょっと気になりますな。つまり俺達みたいな生徒だったと。


「時計の時刻を合わせてくれ。現在午前八時二分前。八時に合わせたら行動開始だ。午後七時には昨日の作戦本部に帰還すること。マップは既に登録済みだね?」


 いよいよ作戦の始まりだ。もしかすれば、これまで戦って来たどんな魔物よりも強力かもしれない相手。

 いつも以上の緊張感を以って、俺達は香月家の屋敷を出発したのであった。






「こんな事なら小回り効くバイクとか用意しておけばよかったね。運転させてごめんね、キョウコさん」

「構いませんわ。作戦に必要な車両も我が家で用意したのなら、本来は運転手も配備するべきでした。そういう意味では私が運転するのが筋ですわ」

「ふむ……しかし考えてみれば、我々はバイクの免許は取っても普通車両の免許の取得は義務化されていなかったな。今年の夏季休暇中に取っておくべきか」

「あ、確かに。俺も取ろうかな」

「良い考えですわね。さて、そろそろ目的の区画ですわ」


 高速で少し移動した先にある小さな町。既に住人の大半が避難済みという話だが、確かにここは海も近いし魔物が現れたら被害が出そうだ。

 立地的には素晴らしいけど。海釣りに海水浴、バーベキューなんかも手軽に出来るじゃないか。イクシアさんなら絶対に住みたくないって言いそうだけど。


「とりあえず沿岸から重点的に見回りしてみようか。魔物の痕跡とかも残っているかもだし」

「そうだな。周囲を警戒しつつ海岸に向かおう」

「……それにしても、日も高いのに人の気配がないというのは……不気味ですわね」


 確かに。なんかこうホラー展開とか待っていそうであんまりここにいたくないくらいです。もしくはゾンビ映画みたいな……夜になるとワラワラ出て来たり……。


「うーやだやだ」

「どうした、ササハラ君」

「いや、ちょっと嫌な想像しただけだよ」

「嫌な想像というと……確かに、私達で対処できない規模の魔物の群れが現れる可能性もありますわね……」


 情けないので本当の事は言えないな!

 住宅地や公園、人気のない町中を進むと、途中でようやくどこかの家から炊事、なにか料理をしている匂いが漂って来た。恐らく避難を拒んでいる住人だろう。


「避難勧告とか出てるんだよね? 俺達が避難を促したりは出来ないのかな?」

「現状、一般人への命令、指示を出す事は出来ないんだ。まだ調査段階なのでな。が、一応家の場所はマップに記録しておこう。もしもの時は真っ先に避難させる為にも」

「こういう時学生の身分って不便だよなぁ」


 正規の私兵、国から一定の権限を与えられている大人ならば、独自の判断で強制的に退去、もしくは移送する権限がある。が、俺達にはそれがない。あくまで緊急時に避難させる事しか出来ないのだ。


「海が見えて来た。じゃ、今から海沿いに歩いて魔物の痕跡でもないか探ってみようか」

「そうだな。砂地ならば足跡のような物が残っている可能性もある」

「あ、キョウコさん前に海を電気ハムちゃんで探索みたいな事したよね? 今回もお願い出来る?」

「了解しました。ただ、既に近海の調査は秋宮の方でもしている筈なので、望みは薄いでしょうけれど」


 ま、そりゃそうか。

 そのまま砂浜や岩場を移動しながら、何かないかと念入りに探索する。

 すると――


「足跡だ。これ、人間だよね」

「ですわね。形状を分析しますわね。……サイズは一八センチ、恐らく女性でしょう。軍支給のブーツでもありませんわね。一般人の可能性がありますわ」

「ここで合流予定の協力者という線はないか?」

「その人も一応軍人なんだし、違うんじゃないかな」


 割と新しめな足跡が砂浜に残されていた。それを辿り進んでいくと、今度は寂れた休憩所が見えて来た。

 すると――


「人の反応がありますわね。民間人ならば退去勧告をしましょう」

「そうだな。しかし魔物の痕跡は今のところ見当たらない……」

「波が高い日にでも痕跡洗い流された―とかかもね」


 風化しつつある石段を登り、休憩所と思われる東屋へ向かう。

 するとそこには――


「…………んがっ……」


 誰かが眠っていた。

 東屋のベンチで横になり、少し苦しそうないびきをかいている女性がいた。

 なんか……見ちゃいけない物を見せられているみたいで申し訳ないんですが。

 服装は、軍服ではなくデニムとTシャツという、本当に一般人のラフな格好だ。

 なんでここで寝てるんですかね……。


「起こさないと、だよなぁ」

「ああ。失礼、起きてもらえないだろうか」


 椅子に寝転がる女性を一之瀬さんがゆする。


「んう……なに……なによぉ……誰ぇ?」

「ここは現在避難勧告が出されている区画ですので、出来れば起きて移動してもらいたいのですけれど」


 寝返りを打ちこちらを向いたその顔は、意外な程若い。なんか寝相があまりにも……おっさん臭かったのでちょっと意外です。


「あー……ああ! そっか、貴方達あれね! シュヴァ学の生徒! あーごめんごめん今起きるから」


 すると、ようやく覚醒したのか、起き上がる女性。あれ? もしかしてこの反応……?


「ごめんねー、波の音と潮風が気持ち良すぎて寝ちゃってたわ。えーと、今回君達の班を手伝う事になった『カナキ エリ』です。一応君達の先輩にあたります。いやーみっともないところ見られちゃったわねー」


 どうやら、この人が協力者のようです……え、この人SSのきっかけ作ったような人なの……?


「あー君あれだ、橋で爆発に巻き込まれた子だ! 当時学園内でも騒がれてたわよー?」

「え? じゃあもしかして……」

「そ、君達が一期生の頃は私、三期生だったのよね。面識はないんだけど。今回の調査と、戦闘時のサポートを任されているのよ、私。じゃあ今からここの班長の指揮下に入るわね」


 マジか、じゃあ同時に学園に通っていた時期もあるくらい歳の近い先輩なのか!


「協力者の方だったのですね。こちらも名乗らせて頂きます。イチノセ ミコトです」

「同じく名乗らせていただきます。カヅキ キョウコと言います」

「はいよろしくね。ん-両手に花よね、ユウキ君」

「ですね、凄い高嶺のって付きますけど」

「そうねー。香月家御令嬢に一之瀬家の長女なんてとんでもないわねー」


 このエリさん、凄くフランクに接してくれる人だ。正直やりやすい。

 こう、いかにもエリート軍人って感じの人じゃなくてほっとしてます。


「一応ここに来るまで私も調べたんだけど、たぶん海から砂浜に上陸はしてないわねー、これ」

「ただ痕跡が残っていないだけではなくてですの?」

「そ。砂浜で引き返すわけじゃないんだし、もし上陸したら岩場や道路にもなんらかの痕跡があるはずだもの。水じゃなくても海藻の破片やら生物の名残やら、そういうのもナシ。たぶん砂浜以外から上陸してると思ってこっちに来たのよね」

「なるほど……確かにそうですね。となるとこの辺りは岸壁も多いですし、そちらの調査ですか」

「そうなるわね。じゃ、四人で行きましょうか。たぶん私の読みだと洞窟みたいなのが海面スレスレにあると思うのよね。ほら、内陸部でも目撃されてるっていうし、どこかに抜け道でもあるんじゃないかなーと」


 どうやらある程度調査の方針を決めていたのだろう。

 俺達はエリさんの方針に従い、岸壁の続く岩場を進んでいくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ