第二百二話
ここシュヴァ学にも、当然バトラーサークルのような戦闘に関わるサークルだけでなく、一般的なスポーツサークルも存在する。
元の世界程活発でもなければ、大きなリーグ団体が存在するわけでもない、いわゆるマイナースポーツ扱いのようではあるのだけど。
グラウンドではどうやらドッジボールサークルが活動中らしく、俺は初めて『小学校でやるようなドッジボールではない、本気の競技ドッジボール』を目の当たりにした。
「へー……身体強化ありでドッジボールとか面白そうだな」
たぶん、他のスポーツもあるんだろうな。ちょっと試合とか見てみたいかも。
「では、サークルの人間に交渉してくるよ。ユウキ君、ディオス君は……そうだな、コンバットスーツはいらないな? 何せ実戦ではいちいち着替えたり準備を待ってくれることはない。幸いデバイスもグラウンドの備品として用意されている。ユウキ君はそれでいいかい?」
「いいですよ。ディオス君はたしか武器を召喚してるんだっけ? そっちはそれでいいよ」
「おや、どうやらユウキ先輩は武器を召喚出来なかったみたいですね?」
いやまぁ、武器以外で有用な物を召喚している人間なんてごまんといるけど。
キョウコさんとかそうだし。学園の生徒の中にはドラゴニアの魂を召喚してる子もいるらしいぞ。去年の入学生だったかな? なんか自分を超強化出来るらしい。何それ羨ましい、あれじゃん『ドラゴンインス〇―ル』じゃん文字通り。
「じゃあ俺は備品のデバイスでも借りようかな。お、珍しいタイプもあるじゃん!」
グラウンドの備品庫には、サークルで使うであろう様々な備品が保管されていた。
その中にはバトラーサークルの物と思われるデバイスも多数用意されている。
「あ、それはうちのサークルで使用者がいない物ですねー」
「だな。ユウキに向いてそうなデバイスは……やっぱり刀剣類は全部今のメンバーが使ってるからこっちにはないか」
なるほど、つまりここにはマイナーな武器種しかないと。
「じゃあこれでいいよ。ロマンを感じる」
俺が選んだのは、恐らく長杖タイプの亜種と思われる、鎌型のデバイスだった。
これお店でも見た事ないな? たぶん。
「珍しいですわね。それはロッドタイプのデバイスをカスタムしたものですわ。ある意味ユウキ君向けとも言えますけど」
「へぇ、僕も初めて見たかも。接近戦と魔法を瞬時に切り替えられるんじゃないかな」
「なるほど……」
そういえば、前にショウスケがロッドのデバイスで戦っていたっけ。
あの時も棒術みたいな事で戦いながら魔法を駆使していたし、そういう人間の為のデバイスなのだろう。
「市販品で僕と戦うつもりですか?」
「正直素手でも良いんだけど、一応実戦を想定しているって体だからね」
もう評価は下した。この子は強いし、きっとまだ伸びしろはある。
が、既に『殺しても構わない』程度にはカズキ先生は判断を下している。
俺は、別に殺す必要はないと思う。が、一度反抗心を奪う程に叩きのめした方が良いと思う。
『今後、仮に自分をスカウトしに現れる人間がいても、恐怖で断ってしまうくらい』には。
「先生、医療スタッフとか用意してもらえます? 出来れば最高クラスの。どこまでやったら死ぬかイマイチわからないんですよ、ここのスタッフがどれくらいの治療が出来るのか知らないので」
「……心臓と頭部の破壊以外なら間に合わせるよ。ディオス君、言っておくが彼は本当にそこまで『やれる側の人間』だ。覚悟はいいね?」
「ふ、いいですよ。何を言われようとこの勝負はこのまま続行します。延期はなしです」
これら全てもハッタリだと決めつけているのか、余裕そうな表情を浮かべる。
いやいや、おかしだろ。たとえ俺が弱かったとしても、武器を持った相手と殺し合いになると言われたら普通は身構えるもんだろ。
……こいつ、マジでこの世界をゲームだとでも思ってるのか?
「周囲の生徒から見えないように人払いは済ませました。カズキ先生、開始の合図は貴方に任せます」
「了解したよ。では、これよりディオス君とユウキ君の試合を開始する!」
グラウンド。人工芝と土が固められただけのフィールド。
術式に保護される事もなければ、デバイスのスタン設定による殺傷能力の封印もない。
コンバットスーツ着用による防護も存在しないこれは、試合ではなくほぼほぼ実戦だ。
魔法が効かないのなら。ただ肉弾戦のみで――
「こちらからいきますよ――ァッ」
「首の皮一枚頂き」
背後に全力で回り込む。反応する前に鎌の刃部分を首に引っ掛け、軽く引いてやる。
うっすらと血に濡れるブレード部分。
「まずは一回」
「っ!」
振り返りざまの二連撃は、俺を捕える事なく空を切るのが『眼下』に見える。
飛び上がり、上空に逃れた俺は、そのまま鎌を大きく振りかぶりながら急降下する。
「二回目。左右に分断するところだったよ」
「グァ!」
身体の中心線に沿っての斬撃。今度は少しだけ深く、1mmにも満たない深さの傷を負わせる。
この段階でもう出血量は馬鹿にならないだろう。全身の服に血が染み込み赤が広がる。
「君は弱いよ、とてつもなく。みんなが気を使って手加減していたってのに」
五体分断を示唆するように、手足のつけ根に切れ込みを薄く入れる。
鎌、結構使いやすいな。サブウェポンで持つのもいいかも。
「なんだ! なんだよこれ! おかしいだろ!?」
「死ぬ覚悟は出来てるんだろう? 実戦っていうのはこういう事が平気で起こる。こういう目に遭うのは当然なんだよ」
さすがに、そろそろ降参してくれ。これ以上となると手足ぶった切るしかなくなるんだけど。
「ふざけるな! お前が、お前が強いはずがないんだよ! くそ、クソォ!」
だが、血をまき散らしながらも、まるでこれは現実じゃないとでも言うように、苦悶の表情を浮かべながらもそう喚き散らす。
……医療スタッフの力を信じますからね、先生。
「じゃあそこで転がってろ」
瞬間、膝から下を切り離す。
大量の血液をまき散らしながら、崩れ落ちる身体。
グラウンドが血に染まる。血の海にディオスが沈む。
既に、ショックで気を失っているディオスが、瞬間的に凍らされていた。
「最高の医療班を手配しておきました。後はこちらで対処します。ユウキ君、お手数をおかけしました。カズキ先生、グラウンドの洗浄が済むまでシートで覆い隠しておいてください」
「了解しました。……そうだね、この場で殺す訳にもいかないか。ユウキ君、すまなかったね」
「……そりゃそうですよ。でも、これで彼はもう……戦いを諦めるんじゃないですかね」
どうやらその医療スタッフさんは『とんでもない氷魔導の使い手』のようだ。
白い髪をなびかせるエルフの女性が、いそいそと氷漬けのディオス君と残された両足を回収して去って行った。
……マスクと帽子してたけど、あれって……R博士だよなぁ……。
「生徒諸君は解散。これが、現在の一般生徒とSSクラスの差だ。これまでは僕のオーダー、意図を加味して戦って来てくれていただろう。だが、実際に戦場で相対すれば、このような結果になる。今回はその役割をユウキ君に買って出て貰ったが、皆も肝に銘じて欲しい。君達はもうすでに……歩く殺戮兵器と呼ばれてもおかしくないほどの力を有しているのだと」
「先生、俺買って出た覚えはないんですけど」
「ふふ、そうだったね」
恐らく先生としては、ここで彼を処断して今後の憂いを無くそうとしていたんだろう。
でも、少なくとも学園内で殺す事に俺は反対だよ。学園生活に影が差してしまう。
きっと、この考えが俺と先生の『闇に浸った深さの差』なんだろうな。
「……そうですわね。私も、その気になれば似たような事が出来てしまうのですわよね……」
「だね。僕の場合、あの試合だけでも術式保護が無ければ全身骨折させていただろうし」
「……殺戮兵器、か。そうだな、我々はもう、普通の人間とは一線を画す力を身に着けているのだったな」
そうクラスメイトの皆が言う。
なんだかこういう流れにする為に利用されたのか、それとも咄嗟の機転なのかは分からないけれど、確かにそうなのだ。
俺は散々こういう世界で働いたおかげで、自分の異常性も罪も自覚している。
けれども、みんなはまだ、それが薄いというのは否めない。
でも俺は、勝手な俺のエゴではあるけれど、そのままのみんなでもよかったと思うのだ。
この場でディオス君を殺すのを良しとしなかったのも、たぶんこういう心理なんだろうな。
「では、各自明日の出立の準備に取り掛かるように」
そうして、俺だけ呼び出されるような事もなく、まるで先程の惨事なんてなかったかのように解散する俺達だった。
たぶん、俺が思うよりもみんなはもう……変わってきているんだよな。
「うーん……なかなか綺麗な切り口だね……治療が楽ではあるけれど……」
学園の集中治療室にて、R博士がディオスの治療にあたる。
その能力は、僅か数分で全ての傷を治療し、切断された足を元通りにしてしまう程の物。
ショックで気絶してしまっているディオスが目覚める前にはもう、五体満足、輸血も終え、戦闘前以上に健康体となっていた。
「やっぱり強いなぁユウキ君。私も一撃受けた事あるけど、発想力も凄いんだよねぇ……」
しみじみと考え込んでいると、治療台の上のディオスがうめき声を上げる。
「う……ここは……」
「お? 起きたね? ええと、ディオス君だったかな?」
事態を飲み込めていないのか、朦朧とした頭で起き上がる。
「まだ寝てた方がいいよ?」
「いえ……体は……なんともない……やっぱりあれはVRか幻覚だった……あんなに強い筈がない……!」
「うん? 何を言ってるんだい? 私が治療したに決まっているだろう? 傷は塞がってるけど、かなり血を流したからね。このお薬飲んで、今日一日はここで安静にしてる事。輸血だってもっと必要かもって思っていたんだからね?」
あまりにも綺麗に治療されていたからか、ディオスはまたしても先程の試合に何か仕掛けがあるのかと疑いを持つ。
が、それをR博士が一刀両断、否定する。
「……騙されませんよ。学園の手配した人間ですからね」
「うーん……一応治療の様子は規則として記録してるけど見る? それも改変だーなんて言われたらもうお手上げなんだけど」
「いいでしょう、見せてください」
R博士は、やれやれといった様子で記録映像を確認する。
日頃どこか無邪気な彼女ではあるが、業務はしっかりとこなす。
その映像には――
『現在午後六時一七分。ディオス君の治療を始めるよ』
『戦闘終了直後に患部を氷結し止血。これより脚部との接合の為に滅菌処理を――』
『軟骨の再整形の為に細胞増幅、簡易修復として朝霞製薬の増細胞アンプルを五〇ml使用』
『体表の氷結を解除、凍傷部分を治療開始するよ』
『血と土で汚れてるから上半身の洗浄もしておくよ』
『やっぱり強いなぁユウキ君。私も一撃受けた事あるけど、発想力も凄いんだよねぇ……』
その映像は途切れることなく、ディオスが目覚め映像の提出を求めるところまで途切れることなく続いていた。
さすがにリアルタイムで改変する事は不可能だと、本人も気がついているのだろう。
映像の中の自分の惨状に顔色を悪くしながらも、全て最後まで見終える。
「以上だよ。私、実は秋宮の人間じゃないからこうして治療の詳細データを残さないとダメなんだ。これで信じてくれるかい?」
「……信じます。あれは……現実だった」
「そういうこと。信じたくない事でも信じないと、前には進めないからね。私は詳しい事は分からないけれど、負けたのなら諦めるか努力するかの二択なんだよ?」
マスクと帽子を外し、帰る準備をしながら、無邪気にR博士はそう諭す。
本来ならば、それで多少の心境の変化は訪れる。良かろうと悪かろうと。
だが――それは、思いもよらない変化を、生み出した。
「は、はい。そうですね。治療、ありがとうございました。先生のお名前は? 是非教えてください」
「私先生じゃないんだけど、通称R博士だよ。じゃあ今日はもうここでゆっくりする事。私はこれで失礼するね。じゃあね、ディオス君」
最後にR博士がそう微笑み、治療室を後にする。
「……これは、たぶん負けイベってヤツだ……新しいヒロインと出会う為の……すっごい可愛い人じゃないか……白銀のエルフ……絶対一番人気出るキャラでしょこれ」
それは、新しい標的を見つけた、と言う変化。
そしてそれは同時に、彼の破滅へと繋がる最悪の変化でもあったのだった。
「じゃあ、実務研修行ってきますね」
「はい、気を付けて下さいね……あまりにも急でしたね、今回は。何か不測の事態があったのでしょうか?」
「どうやら、出現した魔物が予想以上に強力だったみたいです。早めに対処してもらいたいんだと思います」
「そうですか……。私はもう、ユウキの強さを疑ってはいません。ですがそれでも、心配させてください。私は貴方のたった一人の家族なんですから」
研修出発の当日、イクシアさんに見送られる。
俺はもう研修内容を彼女に秘密にすることは止めた。これくらいは許して欲しい。
「はい。絶対に無理はしません。逃げられる場合は逃げます。幸い、今はもうクラスメイトも強いですし、カズキ先生もいますから」
「分かりました。予定では四日かかるのでしたよね?」
「ですね。ただ前後はすると思います。戻る時は連絡しますね」
「はい、約束ですよ。何か食べたい物があれば言っておいてくださいね?」
「嬉しいです。じゃあ……久々に家で焼肉が食べたいです」
「ふふ、了解です。美味しいお肉用意しておきますからね」
そしてこの幸福感。いやぁ……大好きな人が美味しいご飯を用意して待っていてくれるなんて……これほど幸福な事はあるだろうか? いや、ない。
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい、ユウキ」
今回は国内での移動という事で、陸路で向かう事になった。
そういえば研修で新幹線を使って移動するのって初めてだな。京都の時は飛行機だったし。
「僕、新幹線で東京よりも西に行くのは初めてだよ」
「俺も俺も。前は飛行機だったし」
「俺は一度あるぞ。道場に通っていた頃に」
「ああ、そういえばそうだったな。ふふ、懐かしい」
「私は少し複雑な感覚ですわね。実家に向かう新幹線にクラスメイトと一緒というのは」
「あ、キョウコもそう思うよね? 私も前に里にみんなと向かう時は複雑だったんだよねぇ……」
「そういうものなんですか? 私はもう実家に皆さんが来た時もただ嬉しかっただけでしたけど」
和気あいあいと移動する。まるで、旅行にでも行くかのように。
だが実際には秋宮の部隊が壊滅する程の魔物を討伐に向かうのだ。やはり俺達の感覚ではもう、この程度の任務で気負う事はないのだろうか?
「皆、静かにするように。この車両は貸し切りとはいえ、これから任務に向かうんだからね。気を引き締めるように」
「はい、失礼しました!」
「そうだった。ごめん先生」
「そうでしたわね……この後の詳細なスケジュールは事前に決めた物から変更はないのでしょうか?」
「一応、先遣隊に合流して詳しい報告を聞く事になっているが、念のため一度香月家に御挨拶に向かおうと思っているよ。生徒の実家であり、今回の研修について協力もしてもらっているからね」
お、キョウコさんの実家か!
「分かりました。家の方には既に連絡を?」
「勿論しているよ。訪問は午後の六時頃と伝えているけれど、先方に夕食を御馳走すると言われていてね。受けようかと思うんだけど」
「……分かりました」
あ、テンション下がった。俺には分かるぞ、明らかに今げんなりしてる。
軽いミーティングを終え、移動時間を魔物についての考察や、調査方法について案の出し合い等に使い、僅か一時間で福岡に到着する。
相変わらず早い……マジで世界が縮んだと思うよ、この世界の移動技術のお陰で。
「着きましたわね。なんだか不思議な気分ですわ」
「おー……ここが福岡……」
「あれ? でもここ博多駅だよね? 福岡駅ってないの?」
「福岡駅はどういうわけか富山県にありますわね。偶然地名が同じだったのでしょう」
「へぇ、そうなんだ。じゃあここがいわば博多って事でいいのかな? ちょっと観光名所に来られて思いのほか嬉しいよ、僕」
「だな! 豚骨ラーメンの本場だし、どこかで食べられるタイミングあればいいな!」
「……まったく、仮にも任務中だぞ。では、これから先遣部隊の本部へ向かう。電車ではなく迎えのバスが来る手筈になっている。ひとまずこの場所から動かないように」
実は、密かに俺もテンション上げていたのは秘密です。
すごいな……京都に続いて博多まで……! 次は北海道あたりで実務研修あったりしないだろうか……? 沖縄でもいいぞ!
バスで高速道路を移動する。手配されたバスはまさかの一般的な観光バスであり、恐らくカモフラージュの為だろう。
そのまま二時間程移動し、海が見えてきたところで高速を降りる。
恐らく今見えた海がかの有名な玄界灘の一角なんだろうな。
高速を降りたバスが、そのまま少し走った後に一つの建物へと向かう。
なんというか、温泉施設? というか、何かの合宿に使うような施設だろうか?
宿泊施設のような、どこか役所のような施設へと向かう。
バスを降りると、すぐさま俺達は施設の会議室へと通された。
案内の人間の深刻そうな表情、施設から漂う張り詰めた空気に、先程までの俺達のどこか浮かれていたような気配が完全に消える。
「シュヴァインリッターの生徒様方をお連れしました」
「よくぞ来て下さいました。私は秋宮財閥所属の――」
部隊の指揮官と思われる男性が、これまでの調査で分かった事を説明してくれた。
曰く、魔物の姿を正確に捉えることはまだ出来ていない。
報告によると、最初に発見されたのは、海で漁を行っていた漁船の上だったそうだが、その時は一瞬で逃げられてしまい、姿を正確には捉えていないとのこと。
調査中に海岸付近でなんとか発見出来たが、暗視カメラやサーモグラフィー越しらしく、二足歩行の魔物である事しか掴めていないそうだ。
が、その直後に襲撃に遭い、何もできないうちに壊滅、死者こそ出ていないが、命からがら撤退してきた、と。
海から現れると考えられているが、最近では海から離れた内陸の公園で目撃された、とも。
「……通常、魔物は人型に近い程力が強い存在です。正直、この映像を見た限り『亜人』に近い、かなり力の強い魔物でしょう。よくぞ死者を出さずに持ちこたえました」
「はい。私の部隊はシュヴァインリッターの卒業生が多く在籍している為、被害を最小限に食い止められています。ですが、正直総帥が派遣なさってくれた方がいなければ、もっと被害は多くなっていたでしょう」
「理事長が、ですか? 作戦で協力する事もあるだろうと言われていましたが、その方は今どこに?」
魔物の形態による強さの変化……か。俺はそれを聞いた事がないな。
シンプルに大きい魔物程強いと思っていたんだけど。
「協力者の方はその……なんと言いますか、自由な人でして……今は単独行動中です」
「なるほど……どんな方ですか?」
「そうですね、歳の頃は二十代の若い女性です。名前は『神木 絵里』と言います。彼女もシュヴァインリッターの卒業生だそうです」
「ふむ……初めて聞く名前ですね」
あれ? もしかしてシュヴァ学って実はそんなに歴史の深い学園じゃないんだ? 今二十代って事は……卒業してまだ十年も経っていないって事だろうし。
「ねぇキョウコさん、シュヴァ学って案外歴史浅いの?」
小声で隣のキョウコさんに訊ねる。
すると、物凄く驚いた顔をした後、心底呆れたように溜め息を吐かれた。
う……いや……ごめんなさい。マジでこの世界の過去って成り立ちくらいの時代しか知らないんです。近代についてはちょっと……。
「今年で九年、ですわ。前身になる学校はあったようですけど」
「マジでか……」
結構新設の学校だったんだ。じゃあ俺達って開校して六年のタイミングで入学……それでここまでの有名名門校になるって、すっごい実績上げてるんだな……。
「現在、魔物の目撃された海域と町には人はほぼ残っていません。ですが、僅かに移動を拒む老人もいる次第で、無理強いをするには理由を明かす事も出来ず、事を荒立ててメディアにバレるのも問題ですし……」
「分かりました。出来るだけ速やかに解決出来るよう尽力します。詳しいマップ、情報などはこちらの端末に送信しておいてください」
「了解しました」
この後の周辺警戒の為に見回りがあるからと、部隊長さんが本部を後にする。
俺達もそのまま、キョウコさんの実家へと向かう事に。
その道中、俺は気になっていた事を先生に訊ねてみた。
「先生、魔物の強さって形状と関係あるんですか?」
「あ、それ私も気になりました。そういう話は聞いた事がないんですけど」
「私も私も。故郷の森でたまに両生類の亜人系の魔物が出るんですけど、正直かなり低級の魔物ですよ?」
グランディア出身のセリアさんとコウネさんも追従する。
「そうだね、一般的には亜人種、いわゆるゴブリンやオーク、コボルトは弱い魔物とされているね。ただ……弱く討伐されやすい、自然界でも淘汰されやすい魔物はあるけれど、それが過酷な環境で生き抜いた時、その強さは単独で竜種にも匹敵する。なぜなら『人間に近い程成長する速度も人間に近くなる』からだ。この場合は成長というよりも、経験の蓄積かな?」
あれか、ゲームでいう『ゴブリンキング』やら『コボルトロード』とか『マスターオーク』的なヤツか。
「過去に、オーク種が単独で火竜をも下し、手の付けられない驚異となったという文研もある。そしてここからが本題だけど……地球は、いくら日本がゲートに近く魔力に溢れているとはいえ、グランディアと比べて圧倒的に魔力が少ない。魔物が生きるには過酷過ぎる環境だ。いくら競合する他の魔物がいないとはいえ、幅を利かせるのは難しい。なのに、この魔物は秋宮の部隊を壊滅に追い込んだ。ただの魔物なら『強力な魔物』で済む問題だけれど、『亜人種の疑いあり』こうなって来ると『過酷な環境に適応し生き抜き、力を付けた亜人種』となる。その強さは正直、正確に予測する事も出来ない」
先生は、いつもより真面目に、神妙な面持ちで説明する。
「ましてや海で生きる亜人種は『グランディアでは確認されていない』セリア君の言うように淡水では確認されているが、海にはいない。それは海に関わる産業に関わっているコウネ君も知っているんじゃないかい?」
「……確かに、聞いた事はありませんね」
「私も……知っている魔物は、塩分に凄く敏感で近づこうとしませんし……」
「そういう訳で、僕はかなり警戒しているんだよ。もしも小型にも関わらず竜種に匹敵するとしたら、それが大群で現れたらどうする? 今の君達でも苦戦は必至だ」
……なるほど。先生くらいの人がここまで警戒するとなると、本気でこっちも気合入れる必要があるのか。
にしても、グランディアで確認されていない魔物って……どういう事だ?
地球で進化したのか?
「さて、そろそろ目的地だ。皆、下車の準備をしてくれ。荷物は積んだままでOKだ。バスがホテルまで運んでくれる」
気になる事はまだあるが、今はひとまずキョウコさんの実家にお邪魔しましょうか。
キョウコさん、いよいよ顔が青くなってきているけど、大丈夫かな……?




