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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十六章

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第二百一話

「ヨシキー、氷出来たよー」

「お、ありがとうリュエ。こう言っちゃなんだけど、やっぱり上位の氷魔導師がいるとかなり助かるな……氷代だって馬鹿にならないのに、うちは天然水さえ買えばそれだけで上質な氷が手に入るんだから」

「ふふん、まぁね! 私が作る氷の透明度に勝る氷なんて、日本の企業にもないからね! しかも溶けにくい!」

「本当、いつもありがとうございます」

「どういたしまして! ……そういえば、SSクラスにも氷の使い手がいたよね? 確か……一応、ヨシキの遠い子孫になるんだっけ?」

「俺……というより前世の俺だけどね。正直あの大陸にいる有力貴族の家系なんて殆ど多かれ少なかれ俺の血が流れてるからなぁ……」

「……それを言うならノースレシアとエンドレシアもね。そうだ、前回の事件に関わったっていう、エンドレシア家の正当後継者の女の子、あれから姿をくらませたんだって?」

「ああ、リオステイル嬢の事か。ま、名目上はテロリスト扱いだからな、そうそうこの国には戻ってこないさ」

「そっかー、一度会ってみたかったのになぁ……『私の再来』って言われるくらいの氷の使い手らしいのに」

「そうだなぁ……ふむ、そうなるとコウネ嬢にもうっすらとリュエの血が混ざっているんじゃないかね? 俺達のひ孫くらいの代であちらの大陸に嫁いだ子がいたと思うが」

「あー、そういえばそうだったねー……懐かしいなぁ」


 ある昼下がり、ヨシキの店である追月夜香にて、どこかスケールの違う昔話に花を広げる二人。


「……こうして私達の関係者が、SSクラスに集結しつつあるのって、なんだか不思議な因果を感じちゃうよね」

「そうだね。一番俺の力を色濃く引き継いでいるアラリエル君は、今はノースレシアに渡っているみたいだけど」

「あっちも大変みたいだからねー……あ、大変といえばシュ……じゃなくてカズキが今SSクラスの担任になって、面倒事に巻き込まれているんだっけ?」

「そうらしいね。一応警戒対象の監視という話だが、正直この程度の些事なら俺が係わる事もないだろうさ。精々カズキには教師として頑張って貰うとするさ」

「いいなー……私も先生になりたかったなー……」


 氷を削り、大量のアイスキューブを作るヨシキの作業を眺めながら、R博士はぶらぶらと足を揺らしながらそうぼやく。

 そんな日常。が、片やそんな日常を送っている中、件の『面倒事』に巻き込まれている最中のSSクラスはというと――








「試合終了。勝者、ヨシダカナメ」

「ま、そもそも僕は戦闘で魔法は一切使わないから関係ないんだよね」


 いやぁ、五月に入って早々組まれたディオス君との組手、その相手がカナメだったんですけど……最悪の相性ですな。

 ディオス君は『魔法等の魔力を散らして無効化する』力を持っている。

 だがあくまで『魔力で自分の身体能力を上げている』だけのカナメの攻撃は、散らしようがないのだ。

 結果、一度も武器を打ち合せる事もなく、ただの一度の攻防で完全にディオス君が『崩れて潰れて』しまったのだ。

 もう、本当完全に。交差させた小剣ごと地面めり込んで動かなくなってます。

 馬鹿力が凄い。カナメなんてデバイスしか使っていないのに


「そうだな、君は魔法を使わない以上いつもと変わらない。が、以前よりも間接でロスしていた力の分散が減ってきているね。やはりセオリー通りの身体強化は扱いが簡単な分、無駄も多い。君クラスの人間ならば多少難易度が高くてもより高度な術に切り替えていくべきだ。そうだね、たとえばユウキ君なんかは無意識にこれに近い事をしているね」

「なるほど……なら将来僕がユウキ君に打ち勝つ事もありえますね」


 む! 聞き捨てならん!


「そうはいかないぞー! こっちも成長してるんだからなー」


 けれども、実際カズキ先生の指導を受け始めてから、あからさまにクラスメイトが実力を伸ばしているのもまた事実。

 曰く『生徒のレベルに合わせた術を教えているから、他の生徒に教える事は出来ないのだけれど』とのこと。

 まぁ、それでも一応『全校生徒の相談にも応じる』という役職の手前、しっかり俺達以外の生徒にも指導をしているし、その評判も上々ではあるのだけど。


「ぐ……さすがは……歴代アマチュアバトラー最強と呼ばれていただけはありますね……さすがに『まだ』今の僕では敵わないみたいです」

「ふむ、案外復帰が早かったね」

「ええ、一応こちらも日本を抜かせばそれなりに結果を出してきていますので」

「へぇ、そうだったんだ。海外のバトラー関連のイベントって調べた事なかったから」


 遠回しに『眼中にない』って言ってるな、これ。


「まさか試合をさせて貰えないとは思いませんでしたよ。地力が違うのでしょうね、恐らく。力比べになるとどうやら僕は貴方には勝てないようだ」

「……そっか」


 なんというか『技術や駆け引きがあれば勝てた』とでも言いたげだな。

 少なくとも俺は『カナメよりも長期戦で気が抜けない相手はいない』と思っている。

 対人の経験値が圧倒的に上なのだ。一之瀬さんですらカナメ相手に勝ち越してはいないのだから。


「ん-……まぁたぶん言っても認めないんだろうけど、薄々君も『気がついて』きているんだろうね。そういう『理由付け』がどこまで続くのか、純粋に興味が出て来たよ」

「……どういう意味ですか?」

「言葉のまま、だね。さて、じゃあ残るSSの生徒だけど、今一人休学中なんだよね。一番血の気の多い恐いクラスメイト。だから、残りは四人。ユウキ君は勿論だけど、他の三人も『何か理由をつけるのが難しい』レベルで強いからね。認めたくはないけど、地力なら明らかに僕より上の三人だ。君は、もうそろそろ危機感をおぼえた方が良い」

「……忠告、ありがたく受け取っておきますよ。では僕はこれで失礼しますね」


 そうしてディオス君がフィールドを後にする。

 カナメって結構『天然』なところがあるけれど、言うべき事を言う時は急に理知的になるよな。

 あそこまで言われたらさすがにディオス君も考える事が出てくるのではないだろうか。


「ふぅ。彼はいくらでも言い訳、理由を用意出来るようにしている節があるけれど、もしかしたらもう『負ける事』を予感してきているのかもしれないね。それでもあの姿勢を正さないのなら、彼はいつか必ず事を起こすよ。僕は少しだけそれが心配だね」

「なるほどな。先生、そこのところどう考えてるんですか?」


 カナメの推論は、あながち間違いとも限らないと俺も思う。


「何かが変わるとしたら、それは全てが終わった時だろうね。彼自身、既に自分が『SSクラスの人間に敵わないのではないか?』と気がつき始めているはずだ。その事実に押しつぶされるのなら、それをバックアップするのが僕達教師の役目。もしも改心するのなら、それを後押しする事もまた僕達の役目。結局何も変わらないんだよ」

「なるほど、先生は優しいんですね」


 いや、違う。これはあくまで……『ディオスが何も事件を起こさなかった場合』の話だ。

 もしも何か事を起こしたら、先生は容赦なくディオスを消すつもりなのだろう。

 きっと、この人は俺よりも遥かに『闇の深い場所にいる』そんな気がするのだ。


「そろそろ今月末の実務研修の件もある。彼に纏わる些事に感ける事も出来なくなってくるだろう。次の試合は近日中に、ハイペースで行う事になる。次の試合にはセリア君、君に出て貰おうと思う」

「わ、私ですか? 正直魔法で彼を突破するのは難しいなーと思っていたんですけど……」

「遠慮せずにどんな手段でも使って良いとしたら、君は魔法や魔導をどう使う? この学園は想像以上に周囲への影響を軽減出来る。君の持てる全ての力を使ってみると良い」

「わ、分かりました。じゃあ……なんとか魔法、魔導で頑張ってみます」


 確かにそうだった。もう今月末には久しぶりの実務研修だ。そろそろディオス君に構う時間も余裕もなくなってきたな。


「ではこれにて解散とする。カナメ君、少しだけさっきの戦いの改善点があるから残るように」

「了解。先生は本当に熱心だよね。お手柔らかに」

「ま、君はかなり呑み込みが早いからね、こっちも指導のし甲斐があるんだよ」








 その頃。

 カナメに完膚なきまでに負けたディオスは、一人校内のVR訓練室を借り『訓練』という名の八つ当たりをしていた。


「クソ!」


 再現されたカナメを切り裂く。


「なんで、この僕がこんな屈辱を!」


 再現されたコウネを切り裂く。


「わざと、僕と相性の悪い相手をぶつけてきて……あの教師……!」


 この期に及び、ディオスはまだ『己が弱い』という事を認めていなかった。

 カナメは『自分の得意とする技術や読み会いを避けて奇襲をしてきたに過ぎない』と。

 コウネは『自分の特性を知りあらかじめ戦略を練って来たから負けた』と。

 本来ならば最初に戦ったキョウコと同じように、自分が勝利を収めて当然だと思っていたのだった。


「クソゲー、マジクソゲー。なんだよこの世界……ここに来るのがまだ早かったとでも言うのか? でも俺は呼ばれたんだ、理事長に。なら、ここが俺の居場所のはずだろ……」


 彼の認識では『物語の舞台にようやく呼ばれた、遅れて来た主人公』というのが自分の役回りなのだ。

『仮初の英雄を打ち倒し本当の物語が始まる』と本気で思い込んでいたのだ。

 それほどまでに、彼は故郷では隔絶した強さを誇り、周囲にもてはやされてきた。

 それは、この学園に入学してくるユウキの言うところの『勘違いしたぼんぼん』すら凌駕する程に。

 元の世界、地球出身者であるが故に『この世界はきっと何かの物語やゲーム』だと認識し、それを認識している自分だけが『主人公』なのだと錯覚していたのだった。


「ヒロインはどこにいるんだよ! 言い寄るモブなんてどうでもいいんだよ……SSにいる彼女達のような特別がなんで俺にはいない! ……クソ……」


 そして、思い至る。自分と同じ一期生であり、特別な何かを感じさせる異性の存在を。


「そうだ……アリアさんだ。なんでSSと一緒に行動して……何か弱みを握られて……?」


 そう認識したディオスは、一人新たな行動を起こすべく、VR室を後にしたのであった。








「急な呼び出しにも関わらず招致に応じて頂き感謝します、お二人とも」

「いえいえ、どうしたんですか? リョウカさん」

「雇い主は貴女だ。いつでも呼んでください」


 放課後、後は帰るだけとなっていた俺だが、カズキ先生と共にリョウカさんに呼び出された。


「今月の実務研修について、です。実は周辺地域の事前調査を行っていた秋宮の調査隊が、魔物により壊滅、負傷者多くも出てしまいました。どうやら今回の魔物は、少々これまでの相手とは勝手が違うようです」

「な……じゃあ周辺住人の避難とかは……?」

「地図で見ましたが、人の住む町と推定地域はそこまで離れていませんでしたね。なんらかの情報統制は既に?」


 知らされたのは、これまでよりも人的被害が大きく、危険性が高いという事実だった。


「沿岸地域一帯には『危険物が発見され予断が許さない状態』だと知らせ、既に危険区域の住人には仮設住宅に移ってもらっています。カヅキ家の協力を取り付けられたのが幸いでした」

「そうでしたか。……調査隊の練度は?」

「この学園の卒業生が多数在籍する、エリート集団です。SSクラス程にはないにしても、魔物に後れを取るとは考えられません」

「そんなに強力な魔物が日本の本土に……現れたんですか?」

「はい。京都の事件のように一帯を封鎖する事も出来ない、町に近い場所という事もあり、対策が後手に回っている状況です。SSクラスの皆さんには予定を前倒しして研修にあたって貰うつもりです」

「なるほど、了解です。明日にはミーティングを始めましょうか」

「その予定です。ユウキ君、貴方もそのつもりでお願いします。今回の事態はもしかすれば貴方個人の武力ではカバーしきれない状況になるかもしれません。くれぐれも無茶な行動は取らないように。しっかりとこちらでも人員を配備するつもりですので」


 そんなに強力な魔物が日本に……?

 話を聞き終えた俺は、この話をイクシアさんにするべきか迷いながら帰路につく。

 あんまり心配させたくないんだけど、な。








 ユウキが退室した理事長室で、引き続きカズキとリョウカが密談を続ける。


「悪戯に被害を広めるような事は避けるべきでしょう。追加の人員は万が一の為の周辺住人の避難誘導に回すべきかと」

「無論です。ですが『戦闘を任せられる人間』も既に待機させています」

「ふむ……? まさかヨシキですか?」

「いえ、彼はこの程度の問題には関与しませんよ。まぁ、恐らく連携は問題なくとれる相手でしょう。安心して研修に向かって下さい」

「ふむ……了解しました。では、ディオス君の方は?」

「お任せします。急ピッチで進めても良いですし、少し待たせて泳がせるでも良いですし」

「では、前者で。……こちらの判断で処断しますので、そのつもりでいて貰えると」

「……丁寧な口調、優しい人格者を演じていても、やはり本質は『容赦ない』ですね、貴方は」


 リョウカは、まるで本来のカズキを知っているかのように言う。


「人の性根なんてそうそう変わりませんよ。けれども取り繕い、仮面を被り人は大人になる。その最たる例がすぐ近くにいるじゃないか。何より僕はもう『枯れている』からね」

「願わくは、ヨシキさんが仮面を外す日が来ない事を祈りますよ。それに……貴方は枯れてなんていません。ただ……生きがいを、居場所を持つのを恐れているだけです」

「そうですね。なまじ……ヨシキがあの二人を呼び出したからでしょうかね、僕は自分で試すのが恐ろしい。申し訳ありませんがこの話はナシで」

「……そうですね、ごめんなさい」








 リョウカさんから実務研修の異常事態を聞いた翌日、予定通り俺達は放課後に教室に集められた。

 無論、今回の実務研修が前倒しになった事。これまでの魔物とは一線を画する相手である可能性を伝える為に集められたのだ。


「理事長、我が家の見解について何か伺っていませんか?」


 話を一通り聞き終えたキョウコさんが挙手し発言する。


「現段階では魔物の正体を探る事は不可能、こちらに全権を委託するとの事です。残念ですが、香月家は住人の安全を確保する事で手いっぱいという事かと。それほどまでの魔物だと考えるべきでしょう」

「我が家が匙を投げる、と。それも秋宮にですか。事態はかなり逼迫しているようですね」


 魔物の出現は、正直去年や一昨年の鮫、マグロが変異した物しか地球では見ていない。

 あ、一応怨霊の類も魔物に入るのか? だが、ここまで危険な魔物、魔物による被害が地球で起こるのは稀だという。

 そもそも、魔物の発生に必要な『豊富な魔素や魔力』という物が地球には存在していないのだ。

 やっぱりどこかにゲートが出来かけているって考えるのが自然なのかねー……。


「俺も質問して良いですか?」

「はい、ユウキ君」

「正直海底かどこかにゲートが生まれかけているのではないでしょうか? 昨年度のフロリダ沖の海底のように」


 他の皆だって、薄々は気がついているはずだ。いや、理事長から何か聞いているかもしれないし。


「……そうですね、その可能性はあります。件の魔物の正体が分かれば、ゲートが『どこ』と繋がっているのかも判明するでしょう。討伐は勿論ですが、まずは正体を確かめる事に焦点を当てる方針です」

「了解しました」


 他に質問はないのか、具体的な日程が詰められていく。


「GWこそ終わりましたが、それでもいくら人払いをしていても近隣に人が増えている状態です。被害を広めない為にも、速やかに研修に入りたいと考えている次第です」

「ならば、今週中には発ち、可能な限り早く事態を収拾するべきでは?」

「そうですね。皆さんの講義の補填、補習はこちらで調整しておきます。今週中には出発しますので、そのつもりでお願いします。早ければ明後日には」


 そりゃ随分と急だな!? けれども、それほど逼迫しているとなると……気を引き締めないとだな。

 ミーティングが滞りなく終わり、リョウカさんが教室を後にしようとした時だった。

 突然扉が開き、教室の中に――


「その実務研修、僕も一緒に参加させてもらえないでしょうか?」


 ディオス君が乱入してきたのだった。




「今のうちに、SSクラスの実務研修がどういう物なのか体験しておくのも必要かと思いまして。どうでしょうか?」

「ふむ。カズキ先生、確か現在彼が編入に値するか否かを審査している最中でしたね。貴方の今の判断ではどうでしょう?」

「そうですね、正直戦力としてはSSの足を引っ張ってしまうかと。現場の人間としては彼を連れて行くのは無理だと判断します」


 先生は忌憚なくはっきりとそう断言する。だが、ディオスはというと――


「こちらが勝てないように策をめぐらせた試合ばかりでは不公平ではありませんか? 恐らく、初戦で僕が勝利した事に危機感を覚えたのでしょうが」

「ふむ? その発言の根拠は?」

「簡単ですよ。全ての試合で、対戦相手をそちらが決めている。僕と相性の悪い先輩をぶつけ、意図的にこちらから辞退するように仕向けている。違いますか?」


 凄いぞ、お前さんすっごい道化だぞ! 相性うんぬんの問題じゃないんだが……。


「ふむ、そう感じているのかな?」

「はい。理事長、どうしても僕の編入を認めないつもりなんですか? 僕は、この実務研修に参加すれば必ず結果を出します。お願いします、参加を認めてください」


 なんだか、リョウカさんなら戯れで許可でも出してしまうのではないかと、内心ハラハラしてしまう。

 だが――


「いえ、貴方は相性が悪い相手と判断したようですが、正直このクラスの人間は『相性が悪くても相手に勝つ』程の実力者揃いです。もし、これが一期生のうちの事なら認める事もあったかもしれませんが、三期生の実務研修で素人を参加させるはずがないでしょう?」


 バッサリと、切り捨てたのだった。


「素人……ですか?」

「はい。これは研修と名はついていますが、実質『プロの任務』です。武力だけではありません。考察力、捜査能力、経験による直感、状況判断能力。全てが求められます。それくらい、少し考えれば分かるとは思いますが、それにすら気がつけないのであれば参加させるなど無理な相談です」

「……分かっていません。圧倒的な武力は、その他全てを帳消しにする事もあるんですよ理事長。俺なら、どんな事があっても敵を倒し、研修を無事に終わらせられるんですよ?」


 俺はこの時、そろそろ別な心配をし始めていた。

 リョウカさんの堪忍袋の尾が切れる事だ。この人に強さを説くなんて……。


「……言っても分からないのですか? 既にこのクラスの人間に二度も大敗を喫しているのに」

「それは相性の問題です。じゃんけんで全員が『チョキ』ではグーには負ける。僕という『グー』や『パー』になれる人間が必ず必要なのですよ」


 そう彼はジャンケンに例えて相性の重要性を説く。

 浅い、浅すぎる論理。あと君は『パー』だぞ、間違いなく頭がパーだ。

 すると、さすがにこの状況に嫌気が差したのか、カズキ先生が話し始める。


「よし分かった。じゃあ対戦相手を君に決めさせよう。その勝敗で君を研修に連れて行くか決めようじゃないか! 理事長、それでいいでしょう? 彼は絶対言葉では納得しません」

「……本気ですか? この提案に意味があるとは思えませんが」

「はい。ただしこの試合、術式保護やVR空間ではなく、生身で戦って貰います。この研修は当然、術式にも守られていない、常に死と隣り合わせの物。もし参加したいのなら、当然その程度のリスクは覚悟の上。そうでしょう?」


 先生は、いつもと同じ調子で、ほがらかにそう提案した。

 だが、俺には分かる。これは紛れもない『殺意』だ。

 まさしくこの場で『処断』するつもりなのだと、俺にははっきり分かる。

 先生の提案を受け、ディオスも多少驚きはしていたが――


「……良いでしょう。さすがに現場の人間は言う事が違います。ですが、良いんですか? 入学案内ではこういった試合での事故に責任は取らないとしっかりと記述がありました。貴重のSSクラスの人間が、研修の前に欠ける可能性もあるんですよ?」

「構わない。今すぐ相手を決めてくれ。この後すぐに試合開始だ」

「な……! 分かりました……いいでしょう、その覚悟があるなら僕も覚悟を決めますよ。いつも『そちら側が相手を決めて』いましたからね。今回は……僕が一番戦いたいと、実力を分からせてやりたいと思っていた人に相手をしてもらいますよ!」


 ディオスはまるで、自分が負けるように戦う相手を仕組まれていたとでも言いたいかのように、喜んで相手となるべき人間へと向かう。

 それは――俺だ。


「何故、君を最初にぶつけてこなかったのか謎だったんですよ。今や地球の英雄、学園の看板でもある君がどうして、僕のような大型新人にぶつけるでもなく後回しにされていたのか。……虚構の英雄の真実、今ここで暴露させてもらいますよ」


 たぶん、この子は本気で自分を『主人公』だと思っているんだろうな。

 俺だって、異世界のような何かに迷い込んで浮かれていた時期はあった。

 でも、少なくともここが何かの物語だとは思っていなかったし、ましてや俺が主人公だなんて思った事は一度もなかった。

 ……いやまぁ、今の取り巻く環境的にそれっぽいなとは思うけれども。

 でも、このディオス君のような重症ではない。


「了解。じゃあフィールドはどこでやるの?」

「僕が決めます。いいですよね?」

「ああ、構わないよ。君が納得できるように全てを君に委ねよう」

「では、受験会場になったスタジアム……ではなく、ただのグラウンドでお願いします」


 まるで『裏をかいてやったぞ』と言わんばかりの表情を浮かべ、対決の場が決まる。

 俺は、この学園で初めて『戦う為の場所』ではないところで剣を抜く事になったのだった。


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