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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十六章

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第二百話

(´・ω・`)たぶんそろそろ黎の軌跡やり始めてる頃合いだと思う(予約投稿

 実際、キョウコさんは強い。十分すぎる強さを持っている。

 恐らくSクラスまでの生徒にだったら問題なく勝利を収められるくらいの強さは秘めている。

 が――正直、俺達SSクラスの中で一番戦闘力が低いのは否めない。

 しかも僅差ではない。『圧倒的に劣っている』のだ。

 勿論戦闘能力意外の面でずば抜けて秀でているからこそこのクラスに配属されているのだが。

 つまり何を言いたいかというと――

 キョウコさんに『勝ちを譲って貰った』程度の人間が、他のクラスメイトと勝負になるはずがない。




「試合終了。良い判断だコウネ君。確かにディオス君に魔法、魔力に関係する攻撃は意味をなさない。だが『魔法で起きた現象の影響』は受ける」

「はい、実は前回キョウコさんの戦いを見た時から考えていました。恐らく、キョウコさんも途中から気がついていたと思います」


 試験会場、フィールドでは既に試合が決着していた。

 蹲り、己の身体を抱きしめるようにして身動きが取れなくなっているディオス君と、意気揚々と先生と言葉を交わすコウネさん。

 そう、負けたのだ。『一矢報いる事も出来ず、圧倒的な大差で歯牙にもかけられずに』。

 試合開始と同時に、コウネさんはフィールドに冷気を発生させる。

 凍り付くフィールド。だがそれもディオスには通じない。しかし、その冷気に釣られるように気温はどんどん下がり続ける。氷の術者であるコウネさんはその影響を受けない。

 結果として、動きがどんどん鈍くなり、そもそもの剣技のレベルの違いで敗北を喫したのだ。

 まるで、俺がユキに化けたR博士に受けた攻撃のように。


「さて、敗北したが君はこの先もSSクラスの人間に挑み続けるのだろう? 何も勝敗の結果が試験の合否になる事はないからね。今一度、君の意思を確認したい」


 蹲るディオス君にカズキ先生が話しかける。


「……やります。今回は……相性が悪かったみたいです。僕も、万能ではないという事……ですね」

「……そうか。分かった、では近いうちにまた試合を組む事にする」


 まだ、折れない。いや、違う。これは折れていないんじゃない。


「……そっか。多分彼は……負けなかった場合の俺か」


 こいつは、リオちゃんに出会えていなかった場合の俺だ。

 こいつは折れていないんじゃない、ただ単に『敗北ではなくイベントの一種』だと、ただ運が悪かっただけなのだと『自分こそが最強なのだ』と思い込んでいる人間だ。

 この世界を現実だと完全に理解していない人間なんだ。


「……警戒の必要はないな」


 恐らく、可能性としては『原理回帰教』の人間が噂を聞きつけてこの男をスカウトしにくるか否か、であって、間違ってもこいつが原理回帰教のメンバーだとは思えない。

 そう、俺は結論付けた。


「『警戒の必要はない』ってユウキ君今の今まで彼の力を警戒していたのかい? 最初の出会いの時からもう分かり切っていたじゃないか」

「ん? ああ、まぁそうなんだけど。ちょっとだけね」

「やはり、地力の差が出たか。確かに彼の力は戦いにおいて大きなアドバンテージにはなるが、万能ではないし、攻略法もすぐに見つかる。そうなってしまうと……な」

「うーん、私の魔法だと相性はよくないかも。結局は力押しになっちゃいそうかな」


 戦いを見ていた皆もそう結論を出す。言うまでもなく、彼は俺達と肩を並べる実力はない。

 が、もしも仮に今年度の新入生を新しいSSクラスに生徒として割り振るなら、彼は選ばれただろう。

 少なくとも、他の新入生よりは明らかに強いとは思う。




「く……! いや、参りましたよコウネ先輩。凄いですね、しっかり対策を練っただけはあります。見事に僕の弱点を突いてきましたね」


 ディオス君のダメージがようやく回復したのか、立ち上がりコウネさんに話しかける。


「ええ、しっかりと『望まれた方法』で勝たせて貰いましたよ。次は誰でしょうね。ただ少なくとも私程の氷の使い手はこのクラスにはいませんよ」

「なるほど、そういうことでしたか。……分かりました、では次の相手が決まる事を楽しみにしています。もう、この攻略法は使えませんよ、先輩」


 そもそも、コウネさんは魔法なんて使わなくても、剣技だけでディオスに勝てたのではないだろうか。わざわざ冷気で動きを鈍らせるなんて事をしなくても、真っ向勝負で勝てたはずだ。

 つもりカズキ先生は『魔法を無力化する相手にはどういう手段が有効なのか』それを俺達に考え、工夫して倒せと初めから言っていたのだ。


「では私はこれで失礼しますね。残り五戦、頑張ってください」


 俺達は戻って来たコウネさんと合流し、教室へと戻る。

 心なしかコウネさんの表情が晴れやかなのは、きっと――






「はああああああ……! やっとスッキリしました! カヅキさんを下に見るあの言動……! どう考えても途中でカヅキさんが戦いを『止めてあげた』事にも気がついていないんですよ!? 戦いにおいて大切なのは、自分と相手の力量差を見抜く事。それが出来ていない人間が何を偉そうに語っているんですか……!」


 はい、コウネさんが珍しくあらぶっております。というかたぶん初めて見た。

 こんなに感情を表に出して怒るなんて、今まで見た事がないんですが。


「落ち着いてくださいまし、コウネさん。私はもう気にしていませんから。私は、知るべき人が知るべき真実を知っていたらそれで満足ですから」

「それでもです! 大切な友人を過小評価されるのは我慢なりません! 大好物を目の前で捨てられるのに等しい大罪ですよ……!」


 うん、食べ物に例えるあたり、かなり怒り心頭だ。


「なんにしてもお疲れ様、コウネさん。やっぱり最後の魔法って、ユキの使ってた奥義を参考に?」

「はい。私ではあそこまでの規模は難しいですが、人ひとりくらい取り囲み体温を奪うくらいは出来ます。やっぱりあの力は『魔法を無力化するのではなく、魔法を分解、分解した魔力を散らす』力のようですね」

「ほほう、そこまで分かったんだ」

「なるほど、コウネってば凄いね、解析する為にわざわざあんな勝ち方したんだ」

「はい。それはもう、この後に続く皆さんにも完全勝利をしてもらう為に」


 けれども、あの力はどこからやってきたのだろうか?

 そもそも、俺と同じ境遇という事は……もしかして俺にもそういう特殊な力が宿っているのか?

 ふむ……もしかして普段俺が振るっているこの身体強化こそが、俺にだけ備わった才能、力なのだろうか?


「しかし、カズキ先生も中々人が悪いな。私達に経験を積ませる為とはいえ、新入生を利用するとは」

「ん-……そういう理由だけじゃないんじゃないかな。彼を更生させる、とか」


 たぶん、これは俺の予想だ。カズキ先生は本当に『生徒の指導』をしているだけなのではないか。

 つまり……彼にとっての『勝てない相手』つまり、俺にとってのリオちゃんのような存在に、俺達がなる事を願っているのではないだろうか。

 ちゃんとした敗北を彼に味あわせる。それこそが目的だったのではないか?

 俺は、その考えを述べる。


「ん-……なんか手遅れな感じもするけどね。これで変わるかどうかは結局彼次第だしね」

「ま、そうなんだけどね。とりあえずあの特異体質な彼をこの先どう攻略するか、それだけ考えようか、俺達は」


 こうして、第二試合はコウネさんの圧勝という形で終わりを迎えたのであった。






「失礼します」

「急にお呼びして申し訳ありません、ユウキ君」

「俺も呼ばれた……という事は例の件ですかね?」


 試合後の放課後、俺とカズキ先生がリョウカさんに呼び出される。

 恐らく実務研修の件だろう。


「ええ、ディオス君の様子について、貴方達の知見を聞いておこうかと」

「あ、そっちの話ですか」

「ああ、彼の話ですか。彼を焚きつけて戦わせる事に成功しましたが、恐らく彼はシロでしょうね。彼からは『本物の空気』を感じませんよ」


 あれ? 指導とかじゃなくて、ただ単にディオス君の内偵の為に戦わせていただけ?


「俺も、先生と同じ意見です。あの……」


 一瞬『誰にも咎められずに調子に乗っていたら俺もああなっていたかも』と言いかけて、俺が異なる世界から迷い込んだことを先生に言う訳にもいかず黙り込む。


「ユウキ君。カズキ先生はこちらの全ての事情を知っています。どうぞ、安心して意見を言ってください」

「あ、そうなんですか。じゃあ……彼はたぶん、自分こそが主役だと、自分が思うように事が運ぶと思い込んでいる状態なんだと思います。たぶん、俺と同じ境遇なのは間違いありませんが、彼は恐らく半ば暴走しているのかと」

「そうだね、ユウキ君の意見に賛成だ。彼は今、全能感に酔いしれているのでしょう。このまま放っておけば原理回帰教に利用される事になるのは明白かと」


 うん、これも俺と同じ意見だ。


「彼は、矯正可能ですか?」

「まだ分かりません。今、SSクラスの人間により敗北を味あわせ、考えを改める事が出来るか試験の段階です。しかし……もしもそれが難しいのであれば、ヨシキの力に頼る必要もあるかもしれません」


 ヨシキさん、つまりジョーカーの?

 心を読んで何かを暴くとか……?


「なるほど、そうですか。正直彼が動いてくれるかは微妙なラインですね。仮に原理回帰教に彼が参加し、そこで世界に仇なす事になれば……動いてくれる可能性はありますが」

「なるほど、徹底していますねアイツは。なら……ふむ。すみません、あまり生徒の前でこういう事は言いたくはないのですが――」


 その時だった。カズキ先生が、聞いた事の無いくらい、冷たい声で語り出した。


「殺せばいい。今なら楽に殺せる。アリバイなんていくらでも秋宮の力で作れるだろう? 正直、俺の意見を忌憚なく言わせて貰えるなら、入学前に事故に見せかけたらよかっただろう」


 それは、いつものどこか優しいような、おどけているような、好青年然とした様子ではなかった。

 たとえるならそう……ジョーカーのような。


「それは、最終手段です。貴方の試みが終わり、それでもダメだった時、ヨシキさんに相談してみましょう。それに私からも彼に働きかけてみますよ。真っ当に学生をする事の意義を、彼に知ってもらう為に」

「そう、か。うん、そうだね。俺は正直、今のポジションがそれなりに気に入ってきているんだ。出来れば、平和的解決がしたい」

「ええ。貴方を雇い入れた以上……学園内に面倒事はあまり持ち込みたくないというのが本音ですから。さて、では実務研修についての話に移りましょうか」


 あ、そうだ。そっちの話もあったんだったな。


「先日お伝えしたように、カヅキキョウコ君からカヅキ家への交渉、橋渡し役を買って出てもらっていますが、現状はどうです? こちらの調査に協力してもらえるのですか?」

「ええ、問題なく。魔物の被害はそのまま沿岸警備隊として私兵を投入しているカヅキ家への責任に繋がります。ここで私達を拒否する理由はないでしょう」

「では、今回は生徒の自主性を尊重して俺は極力関係しないほうが?」

「そうですね。ユウキ君、今回は魔物との遭遇が考えられますが、率直に言って今のSSクラスが後れを取る事はありえますか?」

「ないですね。ですが、魔物の発生の謎を調査するとしたら、面倒な事になりそうかと」


 ゲートが仮に海底に出来ていたら、俺達ではどうしようもない。


「まずは魔物の正体を突き止めて下さい。その後の判断は現場のカズキ先生にお任せします」

「了解。ユウキ君、恐らく心配はないと思うけれど、生徒に万一があった場合の護衛は任せたよ」

「正直、今のアイツらが負ける姿は想像出来ないんですけどね……」

「……確かに。が、どんな場合も例外は存在するからね。くれぐれも油断はしないように」

「どうやら、これ以上戦力を投入する必要はないみたいですね。ですが、万が一事態が急変した場合、追加戦力として投入できる人材は確保してありますので」


 こうして、今回は俺だけでなく、先生もしっかりバックアップとして共に挑む事になる。

 正直今まで一人で裏の事情を知っていただけに、他に人がいると言うのは……かなり気持ち的に負担が減ってくれて嬉しい。

 理事長室を後にした先生と俺は、道すがら――


「今まで、一人でこういう役割をしてきたんだね、ユウキ君は」

「はい。入学してからずっと」

「……大変だったね。君の活躍はテレビで知っていたが、こういう事情があったとは」

「あはは……割と無鉄砲な事してたなって自覚はありますよ」

「……今回からは、君一人で抱える必要はないよ。それに、ディオス君の事だってそうだ」


 その時、またしても先生の雰囲気が変わる。


「もしもの時、彼を殺すのは俺が引き受けよう」

「……先生って、たまにめっちゃ迫力出ますよね?」

「殺すと決めた時はね。これでも普段は頑張って良い先生してるんだよ?」

「はは、それは俺もそう思ってますよ。頼りになる先生だって。先生っていうよりもコーチって感じですけど」

「立場的にはその方が近いかもなぁ。あ、そうだ。前に奢るって約束していたね? 今晩どうだい?」


 お、それはちょっと魅力的なお誘いだ……!


「一応、保護者に確認をとってからじゃないと、ですね」

「ふむ。いや、せっかくだし生徒の保護者さんとも面談も兼ねて席を共にするのも良いかもしれない。どうだい?」

「え、いいんですか? じゃあ早速聞いてみますけど」


 おろ? マジでちゃんと先生してるんだけど……!

 おいおいジェン先生、早く戻らないと完全にポジション奪われかねないぞ!






 学園から帰宅し、早速イクシアさんに先生からの提案を伝える。


「つ、ついに『家庭訪問』や『三者面談』がやって来たのですね!? 伊藤さんや他のお母様方からも聞いています……親が最も緊張するイベントだと……これは覚悟を決めなければいけませんね……」

「あー……たぶんその認識で概ね合ってるかと思います……家に直接来た後に、会場というか、お店に案内してくれるそうです」

「こ、こうしてはいられません……お化粧と外出用の服を用意しなければ……失礼があってはいけません」


 イクシアさん、てんやわんや。親の立場からすると、こういう反応になっちゃうのだろうか?

 ううむ……俺も小学生の頃は家庭訪問とかしてもらった事があったけど、中学からは爺ちゃんも婆ちゃんも健康上の都合でこういうイベント免除してもらっていたからなぁ……。


「あ、ところで言い忘れていたんですけど、今俺達の担任ってジェン先生じゃないんですよ。前回の事件で暫くはセリュミエルアーチでの仕事があるとかで」

「なるほど、確か軍務に関わる家の御令嬢でしたものね。確かに今しばらくは戻ってこられないでしょうね……それで、新しい先生はどういった方なのでしょう」


 俺は、これまでの経緯を簡単にまとめて伝える。

『リョウカさんの知り合い』『ヨシキさんの紹介』『裏の事情を把握している』『俺と同じくクラスメイトのバックアップをしている』『ある意味では同僚とも呼べる』『頼りになる人間』

 そして……『少しだけ恐い人』だと。


「ふむ……理事長さんやヨシキさんからの紹介となると、出自ははっきりとした信用出来る人間のようですね。しかも、ユウキの同僚……良い関係を築いていきたいです」

「はい。力量の方も、確実に以前俺と戦ったユキと同等くらいはありそうですし、結構安心してるんですよ」

「ユキ……あの時の彼女は、一体何者だったのでしょうね……結局あまりお話が出来なかったのが悔やまれます」

「はは……」


 たぶんだけど、R博士関係の話はイクシアさんにしない方が良いのかな?


「しかし、一番気になるのは『恐い』と感じた事についてです。ユウキが恐いと感じるというと……幽霊のようだ、とかですか?」

「違いますー! いや、俺だって恐いって感じる事の一つや二つくらいありますからね?」

「ふむ。となると、恐ろしい方なのでしょうか?」


 違う。あの人は良い先生であり、良き指導者だ。だが今日見せた一面が……そうだ。

 俺が現状『恐い』と感じる唯一の人物、ジョーカーに似ていたからだ。

 正直、ヨシキさんが恐いとは思わない。だが、ジョーカーは恐い。

 奇妙な感覚だけど、まるで別人のように感じるのだ。


「……たぶん、俺以上に深い闇、裏の世界に浸かった経験のある人なんだと思います。たまに、俺はそれを恐いと感じるんですよ。これはひとえに俺の未熟の所為ですけど」

「なるほど、そういう事でしたか」


 先生の人となりを伝え終え、もうそろそろ約束の時間となる。

 さて、じゃあおごり兼三者面談と行きましょうか!






「お邪魔します。初めまして、今年度よりユウキ君の所属するSSクラスの担任となった『ススキダ・カズキ』と申します」

「これはご丁寧に。ユウキの母のササハライクシアと申します。いつもユウキがお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ学園の新参者である私を、ユウキ君達生徒さん方に助けて貰っていますよ。では、今日は少々ユウキ君にお礼も兼ねて夕食を御馳走する約束をしているので、そちらに移動してしまいましょうか」


 先生に連れられ、目的の店へと向かう。

 そして案の定、俺の予想通りの店に辿り着いたのであった。

 ヨシキさんの店『追月夜香』今日は通常営業のようだ。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「予約していたススキダです。店長にもお伝えください」

「かしこまりました」


 学生バイトと思われる店員さんに案内され、店の奥にある個室へと通される。

 そういえば初めて来た時も個室だったっけ。


「いやはや、緊張しますね。自分が受け持つ生徒さんの親御さんと食事というと」

「先生から言い出したんじゃん?」

「はは、まぁそうなるね。あ、料理の方は勝手にコースで運ばれてきますが、追加で注文も可能だそうです。今、店主に連絡が行ったはずですのでメニューが届くかと」

「まあ、ここにメニューがあるのは初耳でした」


 うん、俺も知らない。コースだけだと記憶していたけど。


「ある程度通うと注文出来るそうですよ。俺の場合は旧知の仲というヤツです」

「そうだったのですね。私は今日で三度目になります」

「俺は食べに来たのは一回、飲みに一回。プライベートで何回か来てますね」

「む、ユウキ君はヨシキと仲が良いのか」


 はい、割と。すると、個室の扉が開かれ――


「メニューをお持ちしました……なんてな。よく来たね、ユウキ君にイクシアさん。ついでにカズキ」

「ついでとはなんだ、客だぞ俺は」

「仕事紹介したの俺だぞ。給料の半分くらいここに落としていくのはお前の義務だ」

「く……」


 現れたのは、エプロン姿のヨシキさんだった。

 ううむ、なんかめっちゃ先生と仲良しだ。


「もうまもなく一品目が運ばれてきますが、飲み物のオーダーは早めにしておいてもいいかもしれません。コースで満足出来ると思いますが、メニューの中に気になった物があればご注文ください」

「はい、ありがとうございますヨシキさん。ユウキ、先にメニューをどうぞ」

「今日は俺のおごりだからな、ユウキ君。どんどん頼んで良いぞ」

「先生マジで? じゃあかなり高いの注文しますよ?」

「……正直前の職場の十倍近い給料もらってるから全然平気」

「マジでか」


 まぁ待遇を考えれば妥当なのか……?

 注文を終え、ヨシキさんが去ったところで先生が話し始める。


「それでは少し、先生らしい事をしていきたいと思います。料理が来るまでの間ですけどね」

「あ、はい」

「は、はい!」


 イクシアさん緊張しすぎです。


「正直、この歳の生徒の家の様子なんて聞くものじゃないですし、そもそもユウキ君についてはこちらもある程度の情報は得ています。となるとここは……君の将来の進路について、かな。質問してもいいかな? 今現在、おぼろげにでも何か夢や希望はあるのか」


 先生は、本当に先生らしい質問をしてきた。

 って、サラリとこっちの情報は知ってるとか恐い事言わないで下さいよ。


「俺の希望としては、卒業後はグランディアを旅してみたいと考えています。幸い、就職先には困らないようですので、もう少しモラトリアムというか、自由な時間を過ごしたいと考えています。……出来れば家族と」

「なるほど、お母さんと旅をしたい、と。確かに君の行動力や実績、経済的な面や武力面を見たら、どんな事でも可能だと言えるね。お母さん、彼はこう言っていますけど、どう思いますか?」


 あ、結構普通に認めてくれるんだ。


「ええと……私は今初めて聞きましたので……ですが、私と旅がしたいと言ってくれるのは素直に嬉しいです」

「はは、なるほど。……そうですね、昨今の世界事情に鑑みると、彼が旅をするのは少々周囲に影響が出過ぎると言わざるを得ませんね。まだ君が自由に振る舞うのは難しいというのが現状です。ですが、確実に世界は今動き出しています。ユウキ君が希望すれば、グランディアを基盤として活動、世界平和に貢献しつつ、各国を巡る事も難しくないでしょう。ユウキ君、こういう方向でも少し考えてみないかい?」


 ……普通に感心しているんですが。マジか……内心結構呆れられるかもって思った発言だったけど、ちゃんと考えてくれたのか。


「は、はい。確かに先生の言う通り……ですね。参考にします」

「それはよかった」


 と、その時。料理が運ばれて来た。


「よし、じゃあ面談終わり! 食べましょうか」


 そうして、先生との親睦を深めながらの夕食が始まる。

 だが、俺はこの時少しだけ気になる事があったのだ。


「先生、どうぞこちらのメニューを。何か飲み物を注文しましょう」

「これはお母さん、ありがとうございます」


 なんというか、イクシアさんが少しだけ先生に親し気というか、初対面にしては打ち解けるのが早いように思えるのだ。

 別に人見知りをする人ではない。ただ、距離感を取るのが上手で、近すぎない距離を保つのが上手なだけ。

 これまでだってそうだった。ママ友の皆さんとだって、親しいけど近すぎない、そんな感じだった。

 でも今は違う。どこか、先生を『構いたがっているような、観察しているような』そんな感覚がある。

 ……なんか、ちょっと危機感覚えた方が良いのか? これ。


「ふむ……先生、もしかしてどこかで私とお会いした事はありませんか……?」


 すると、イクシアさんがそんな事を言い始めた。

 お? もしかして秋宮の施設で会った事があったのか?


「ふむ? いえ、初めてですよ。こんな綺麗な方を忘れる事はありえませんから、初対面で間違いないかと」

「人の保護者を口説かんでください。殺しますよ」

「目がマジじゃん! だって綺麗なのは事実だろ? さすがに忘れないって」

「……まぁ、そうですけど」

「ユウキ! 先生になんて事を言うんですか」

「あ、ごめんなさい」


 ぐぬぬ、怒られてしまったではないか!


「……ふむふむ、すみませんまじまじとお顔を見てしまって」

「ははは、照れてしまいますね。よく童顔だとは言われますけど」

「そういえば、先生はとてもお若いですよね? ユウキとあまり変わらないのでは?」

「いえ? 実はユウキ君よりも十年以上長く生きてますよ」


 あ、それは俺も驚きました。イクシアさんも驚きのポーズ出るのも仕方ないです。

 それ、久しぶりに見ました。


「……もしかしたら、他人の空似、かもしれませんね」

「なるほど……そうですね、私も今気がつきましたが、私の知人と関係があるはずがありませんでした。すみません、忘れてください」


 何やら納得している様子だし、もう大丈夫なのかな?


「よし、じゃあ先生ちょっと甘い物頼もうかな。デザートは食中でもいけるよな、きっと」

「先生甘い物好きなんだ?」

「好きだぞ結構。二人も何か頼みませんか?」

「あ、じゃあ俺飲み物、グレープフルーツジュースで」


 何やら不穏というか、俺が一方的に不穏に感じた空気も、気がつけば消えていた。

 その後は時折ヨシキさんが顔を見せに来たりと和やかに時間が過ぎ、楽しい夜が続いていくのみだった――






「本日はありがとうございました。本当にご馳走になってしまうなんて……息子共々」

「大丈夫だよイクシアさん、先生稼いでるから。そもそも正当な対価だから。ね、先生」

「はは、そうだな。そう言う事なのでお気になさらずお母さん。では、俺は今日のところはこれで失礼しますね」


 食事を終え、家まで送ってもらい、そこで先生と別れる。

 結構楽しく話しながらも、ところどころ学園の話など先生らしい話もしてくれたが、総じて楽しかったと言えた。

 マジで良い先生だな……。


「ところで、イクシアさんが途中で先生の事を気にしていたのは……? どこかで見た記憶でもあったんですか?」


 先生が帰ったところで、ずっと気になっていた事を訊ねてみる。


「いえ、恐らく本当に他人の空似だと思います。どこで見たか思い出せたのですが、考えてみたら生前の話でしたから」

「ああ、確かに空似ですね、それは。どういう知り合いだったんです?」

「私も詳しく知らない相手だったのですが、孤児院の設立に向けて私が所属していた組織の長が、当時存在していた多くの孤児院の実態を調査する為に派遣した『一見すると子供にしか見えない剣士』さんですね。その方がもしも成長すれば、先程のカズキ先生のようになっていたかと思いまして」

「へー……やぱり孤児院の新規設立って大変だったんですね」


 こういう、俺とはあまり関わりのない世界の話は、純粋に俺の経験、糧になりそうで聞いていて楽しい。


「それはもう大変でしたよ……。かつて戦争や政変による革命の起きた土地でしたから、親を失った子供が大勢いました。当然あちこちに孤児院が乱立した時代があったんです。その後も孤児の増加が問題となっていましたが……悲しい事に、そういった孤児を商売のタネにしようと動く悪徳な孤児院も多かったんですよ……」


 あ、なんかこの話これ以上聞いたらヤバイ気がする。イクシアさんの目から光が消え始めた。


「本当に……出来れば私自ら片っ端から潰して回りたいと思っていましたが……内偵と制圧を同時に行える人間によって慎重に事を進めるべきだから、と」

「な……なるほど。大変でしたね……」

「ええ。ですがお陰で、私の暮していた土地では行き場を失う子供は消え、悪徳な商人や施設は完全に排除されました。その実績を足掛かりに、グランディア全土に私の所属する組織の孤児院が増えていったんです」

「で、イクシアさんはその孤児院の総本山の責任者だったんですね」

「名目上はそうなります。ですが、凄いのは私ではなく当時の長、そして協力してくれた各国の王族の皆さんですよ。特に、お会いした事はありませんが、現在のセリュミエルアーチの初代国王さんはとても協力的だったそうです」


 なるほど、あの国の国王が……。

 今のノルン様を見る限り、その思想は脈々と受け継がれているのは想像に難くないなぁ。


「さて、そろそろ夜の映画が始まりますね。一緒に見ましょう、ユウキ」

「はい。今日はなんだったかなー」


 そんな人が、今は俺の家族になっている。

 その幸福を噛みしめながら、彼女と共に憩いの一時を過ごす。


 ……なんか今日の映画すっごい子供可哀そうな目に遭うアニメでした。泣かないでイクシアさん。それと別に明日『ドロップ』とか買ってこなくて大丈夫です。


(´・ω・`)お兄ちゃん、なんでらんらんすぐ出荷されてしまうん?

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