第十九話
(´・ω・`)今日はここまでです
続きは明日投下します
学園生活が本格的に始まってから、早いもので一月が経過しようとしていた。
結局、俺が前期に受講する科目は『実戦戦闘理論』『グランディア神話史』『剣術学』『デバイス工学』の四つだけになった。そして『実戦戦闘理論』の研究室にも参加しつつ『魔力応用学』の研究室、つまりジェン先生の研究室にも入る事になった。
他にも興味のある分野もあったし、剣術学の研究室に入り、向こうの技を学びたいという意思もあったのだが、俺の身体強化の力があれば、独学で技の再現までなら出来そうだと思い考え直したのだ。そもそも既に一つ研究室に入っていたのだし、もう一つしか入れないなら、空中ジャンプを習得出来るかもしれないジェン先生の研究室の方が魅力的だ。
「あー終わった……セリアさん、一緒に研究室行こ」
「うん、行こうか。今日も私と組んでやろうよユウキ君」
「いや、今日は一之瀬さんと剣術の訓練する約束してるから」
「えー! じゃあどうしよ、アラリエル君って力ないから私と相性悪いんだよね。純粋な力比べで訓練出来る相手ユウキ君しかいないのにー」
「じゃあミカちゃん先生にお願いしたらいいじゃん。あの先生怪力だし」
「そっか。じゃあそうしよ」
そして俺は、神話史、実戦戦闘理論の研究室と共に一緒のセリアさんとは、気が付けばよく一緒に行動するようになっていた。主にトレーニング相手としてだが。
いや、一緒にいて楽しいし、とっつきやすいし良い子だし、嬉しいんですけどね。
ただ、たまにイクシアさんが『今日もあの子と一緒だったんですね』って言うんです。別に不機嫌だったりそういう訳じゃないのですが、なんだか生暖かい目で見られるのが気恥ずかしいんです。
「そういえばユウキ君、昨日のジェン先生の研究室来なかったね? サボり?」
「元々任意参加なんだし、サボりとは人聞きの悪い」
「それもそだね。用事だったの? ユウキ君が来ないのって珍しくて」
そして、なんとジェン先生の研究室でも一緒だったりする。
ちなみに、俺もカイもしっかり合格して研究室に通っている。
更にカイに至っては剣術学の研究室にも通う事が出来たらしく、一之瀬さんも一緒だとか。うむうむ、一緒になれてよかったな一之瀬さん。
「うん用事。っていうかバイトみたいな。知り合いに研究者がいてさ、そのお手伝い」
「へぇ、そんな事もしてるんだ。結構タフだよね、見た目と違って」
「見た目は余計だよ。それに少しずつ筋肉だってついてきた気がするし」
「そうなんだ、いいなぁヒューマンって。エルフって筋肉が増えても見た目じゃあまりかわらないんだよねー」
「その方いいじゃん? 細いのにマッチョとかかっこいいじゃん」
「そうかなぁ」
以前触らせてもらったのだが、エルフって鍛えても筋肉ムキムキって具合に成長はしないそうだ。中に付くというか、密度が上がっていく感じだと言う。
もうカッチカチでした。力入れてないときはフニフニした二の腕が、力を入れると木材のようにガチガチになるのだ。っていうか触らせてくれるとかガード緩すぎですセリアさん。
ともあれ、今のところはなんの問題もなく、おおむね平和に学園生活を送れていたのであった。
夕方。実戦戦闘理論の研究室で、今日もたっぷりと一之瀬さんの刀さばきを身体で覚えようと努力し、満身創痍で愛しい我が家に辿り着いた。
む。玄関前から既に良い香りがする。これは……たぶん玉ねぎを炒めた匂いだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい! ユウキ、どこか具合が悪いところはありませんか? 気分が悪かったりはしませんか? 何かおかしなところがあればすぐに言うのですよ?」
「しいていうなら……イクシアさんがおかしいです。どうしたんですか最近。今月に入ってから妙に心配症になってしまっているじゃないですか」
帰宅早々にイクシアさんが心配そうな表情でこちらの容態を聞いて来る。
何故だろうか? 心配させるようなことをした覚えはこれっぽっちもないのだが。
「お買い物の際に、他のご婦人から聞いたのです。なにやら流行り病が猛威を振るっているとか。私は回復魔法が得意ではありませんので、何か予兆があればすぐに病院へ連れて行かないといけないと思いまして……」
「そうだったんですか……風邪でも流行ってるのかな……学園ではそういう話は聞かなかったんですけど」
ふぅむ、この季節に風邪が流行るというのもおかしな話だな。何か特別な病気なのだろうか。
「異常がないのならばなによりです。さぁ、上がって手洗いうがいをしてきてください。今夜は身体が温まる『オナベ』という料理に挑戦してみましたよ」
「おお……久しぶりです鍋って。もう何年も食べていないなぁ」
一人で暮らしていた時はわざわざ鍋なんて作らないし、そもそも自炊していなかったからな。友達と外食したとしても、そのチョイスは中々しない。
最近になって、ついにイクシアさんは包丁を使いこなせるようになり、さらに市販の調味料や料理の素を活用して、自分なりのアレンジも出来るようになっていたのだ。
まいったなぁ……俺なんて未だに中華料理の素くらいしか使えないのに。
うがいをし居間へ向かうと、食欲をそそる良い香りが充満していた。
「おー? イクシアさん、これは何鍋ですか?」
「カレー味のロールキャベツという物らしいです。凄いですね、カレー粉という粉を少し入れるだけで、こんなに良い香りがするのですよ」
「おお……これは温まりそうですね」
「ええ、沢山食べてくださいね」
相変わらず身体だけでなく心まで温めてくれるようなイクシアさんの微笑みを向けられながら、だんらんの時を過ごす。
……たとえ学園生活が不満に溢れる物だったとしても、たぶんイクシアさんがいてくれるだけでなんとかやっていけそうな気さえしてくる。
そういえば……もうすぐ母の日だったな。日頃の感謝の気持ちを形に出来ないだろうか? あれですよ、俺の人生において初めて祝う事となる母の日ってヤツです。
ちなみにばあちゃんには敬老の日に和菓子と花を買ったりしていました。
「ユウキ、学園の方はどうですか? もう勉強や訓練には慣れたでしょうか?」
「だいぶ慣れたと思いますよ。同じクラスの人間とも、なんだかんだで講義や研究室で一緒になりますし。それに今月は初めての実務研修もありますからね、気合入れないと」
「実務研修……任務のような物と考えても宜しいのですか、それは」
「多分そんな感じだと思います。一年目のうちは地球での研修なので、危ない事はしないと思いますが」
「そうなのですか? しかし油断はしてはいけませんよ。どこで何があるか分かりませんからね。最近、スーパーの掲示板に『ひったくり注意』の張り紙もしてありました」
「あれま。意外と物騒なのかな裏の町も。気を付けてくださいねイクシアさん」
「ふふ、有り難うございますユウキ。さて、食べ終わったら今日の分、終わらせてしまいましょうか」
「う……了解です」
最近、新しく出来た日課がある。嫌いではないのだが、精神衛生上問題も多かったり。
食器を片付け、ソファーに腰かけると、イクシアさんが正面に立つ。
「深呼吸を。最近、僅かにですが魔力が浸透しやすくなってきています。微々たるものかもしれませんが、確かな成果と言える進歩ですからね。では今日も痛かったりしたら我慢しないで声を出してくださいね」
覆いかぶさるように抱きしめられ、こちらの首の後ろにイクシアさんの息がかかるくらい密着する。そう、こちらが魔法を使えない件について、断続的にイクシアさんが改善出来るように試みてくれているのだった。
冗談抜きに『頭が沸騰しそう』です。いやマジで、心拍数がやばいっす。
鍋の所為で温まった身体が、さらに熱くなっていく。そして、同じく温かな彼女の体温がこちらに伝わって来る。
「手のひらを重点的に改善できるようにします。手のひらを私と合わせてください」
「は、はい」
まるで恋人繋ぎのように指を絡め合い、手のひらが密着する。
すると、何かが流れ込もうとしているかのような圧迫感を微かに感じ、そしてそれが溢れるように手のひらから手首へと広がって来る。
「ユウキは、身体の内部にある魔力が流れる道そのものは正常に働いています。ただ外部に放出する部分だけが極端に密度が高く、魔法として形を変えた魔力が通り抜け出来ない状態なのです。あまり無理はさせたくないのですが、外からそこに圧をかけて、穴を広げてあげる事で改善出来ると思っているのですが……辛くはないですか?」
「は、はい。ちょっと窮屈な感じがしますけど、痛くはないです」
「そうですか。イメージとしては、狭い穴より少しだけ太い物を何度も出し入れして、その穴を拡張していく感じなのですが、これは調整を間違えると痛くなってしまいますので、どうか我慢だけはしないでくださいね」
分かってはいるんだけども、なんだか別な物想像しちゃいそうになる説明でなんか色々とキツいっす!
「ふぅ、今日はここまでです。いいですか、最低でも一〇時間は魔力を使おうとしてはいけませんからね。広がった穴を休ませてあげないといけませんからね」
「ありがとう御座いました、イクシアさん。じゃあ、後はゆっくりしていますね」
至福であり、同時に拷問にも近い時間が終わる。
そうして、今日も二人でのんびりとした夜の時間をすごすのであった。
最近のお気に入りは、有料チャンネルで映画を見る事です。SF作品は少ないけれど、アクション映画はばっちり存在しているので、この世界でも。
イクシアさんのお気に入りは、古代の遺跡を発掘調査しながら、悪いヤツをやっつける冒険アクション映画だ。これは元の世界にもあったな、あの鞭使いのおじさんのヤツだ。
「良いものですね……映像作品という文化は。本とはまた違った趣がありますし、何よりも家事をしながらでも頭に入って来ます。ただ、時折面白すぎて手が止まってしまうのが問題ですね」
「あーわかりますねわかります。あ、そうだ。今度映画館に行ってみましょうよ。大きな画面でみんなで見る施設なんですけど」
「あ、知っていますよ。ニュースで見ました。良いですね、今度の土曜日に行きましょうか」
やったぜ、ある意味デートだ。いやその日は母の日なので、デートと銘打つのは問題か?
ただ、俺が調べた限りだが、この世界の映画館は……凄いらしい。VR技術が使われており、本当に映画の世界の中で物語を鑑賞しているかのような臨場感だというのだ。普通に楽しみだ。
「じゃあ次の土曜日は一緒に都市部の方に出かけましょうイクシアさん」
「ええ。そうですね、そろそろあちら側の地理も知っておきたいですし、丁度良いかもしれません」
ついでに、俺もちょっと気になっている店があるので覗きたい。あの『質屋』だ。
以前臨時休業で行けなかったが、あの誘拐事件と遭遇するきっかけになった場所でもある。
土曜日の外出に期待を膨らませながらも映画を楽しみ、明日に障るからとお開きとなる。すると寝室へ向かおうとした俺に、イクシアさんがコップを差し出して来た。
「眠くならなくなる成分は入っていませんが、滋養強壮に効果のあるドリンクです。私が配合、調合したものですので効果は保証しますよ。どうぞ」
「あはは……病気対策ですか。じゃ、頂きます」
あ、美味しい。桃に似た香りの微炭酸飲料って感じだ。かすかに薬草の香りやぴりっとした辛い刺激も隠れているが、とても美味しい。
本当に生まれてしまったのか……イクシア印のエナジードリンク。
「ごちそうさまでした。じゃ、おやすみなさい、イクシアさん」
「おやすみなさい、ユウキ。寒くしないようにしてくださいね」
気遣いと優しさに、身体の中がポカポカしてきたような気がする中、布団に潜り込み、一瞬で意識を手放すのだった。
「なぁ、カイも寮生活なんだよな――おっと」
「くっ……ああ、そうだけどそれがどうした?」
翌日。講義をすべて終え、ジェン先生の魔力応用学研究室に顔を出した俺は、カイと組手をしながら、昨日イクシアさんから聞いた流行り病について尋ねてみた。
「うわっと! なんでそんなに早く強化の切り替えが出来るんだよユウキは……で、寮で病気が流行ってないかって質問だけど、聞いたことないな、俺は」
「へへへ、剣無しの組手なら負けないぜ俺は。って、そうか、聞かないか。やっぱり裏の町だけの話なのかねー」
「裏の町……清苗町か。あっちに越してきた生徒もいるだろうし、その連中に聞いたらどうだ? っていうかユウキもあの町に住んでるんじゃなかったのか?」
「実は微妙に外れたところに住んでるんだよな。そっか、じゃあ他を当たってみるよ。ちなみに、今ので三四戦三四勝目だからな」
「くっそー……剣ありだったらまだ五分なのに」
カイは、最近では向こうの技に近い剣技を習得し、俺に足りていない遠距離、中距離の攻めにも磨きがかかって来ていた。それでも五分に持ち込めている俺を褒めてやりたいです。こちらもこの強化レベルでの動きにも慣れてきたし、人外魔境のような生徒にもまれているお陰で動体視力も鍛えられてきている。そうそう遅れは取らないぞ、うん。
「ジェンせんせー! こっち組手終わりましたー」
「おーうじゃああっちのコートに移動してくれー! 今日も身体強化を応用した空中の姿勢制御、反動による再跳躍の訓練に入れ―」
「よっしゃいくぞカイ。こっちも先に俺が習得するから見とけよ見とけよー」
「そうはいかないからな! 見てろよ、ここでさらに空中の攻め手を増やして勝ち越してやるからな剣では」
とまぁ、こんな具合で研究室も、クラスメイトとの関係も良好だ。
一月もあれば、まぁある程度は関わりも増えるし自然と言えば自然なのだが。
アラリエルとは実戦戦闘理論の研究室でしか行き会わないが、毎回組手を挑まれるし、なんだかんだで一緒に話す事も多いし、仲が悪いという訳ではない。それに……微妙に不真面目な俺の在り方は、嫌いじゃないのだろう。たまにアレなお店に誘われるが。
『エルフ達が働いてる風俗があるんだよ本土の方に。今度の土曜日に遊びに行かねぇか?』とかなんとか。なにそれめちゃくちゃいきたい! だが、それをぐっとこらえるのが男なのです! だってイクシアさんと映画に行くし。
「……ほ! なあカイ、今俺二段ジャンプできた?」
「いいや? ただ空中で身体がビクンって跳ねただけ」
「くそー……ジェン先生ああ見えてめちゃくちゃ凄い人なんだな……」
そして、ジェン先生を始めとした講師の方々との関係も問題はない。
てっきり、入学式出席をしぶっていた人間って講師連中にいるんだと思っていたのだが、今のところ俺の評価はそんなに悪くないそうだ(ジェン先生曰く)。
講義に対して意欲的であり、講義中の態度も問題なし。出席日数も良い方だから、と。
「あ、ユウキ君とカイ君も組手終わったんだ。ねぇちょっと私の事見ていてくれない?」
「あ、セリアじゃないか。なんだなんだ?」
「ふむ、見た感じ昨日より少しだけお腹が膨らんで見えるな! セリアさん」
「違う! そうじゃなくて、ほら! よっと」
すると遅れてやって来たセリアさんが、俺達の前でジャンプをし、そして空中で姿勢を変え、まるで転がるように着地地点を大きくずらして見せたのだ。
すげえ空中回避だ。おのれ筋肉系エルフっ娘め、自慢しおってからに。
「どうどう? 凄い進歩じゃない?」
「ああ、凄いよセリア! やっぱりコツがあるのか?」
「いーなー! 俺も早く覚えたいなー!」
「やっぱりね、身体の筋肉が物を言うんだよ! 勢い付けて身体を捻ると、微妙に重心がかわるでしょ? それを身体強化で後押しする感じなんだよ」
「出た、筋肉は全てを解決する理論。うーむ……身体をおもいっきり動かすねぇ」
セリアさんは、同じ研究室だから今のところ一番俺と仲のいい相手とも言える。
が、同時にカイもよく一緒になるので、カイとも仲が良く、よく三人で昼食をとることもある。そして、それは当然一之瀬さんを刺激する結果となるのであった。
そして件の一之瀬さんだが、実戦戦闘理論の研究室で、同じ刀を使う者同士ということもあり、剣の稽古をつけてもらっている。仲の方は……とりあえず嫌われてはいない。
真面目気質な彼女の前であまり羽目を外すことは出来ないが、訓練においてはこっちも真剣そのもの。好意的に接してくれるようになっている。
そして、同じ研究室に参加しているというのに、一番会話が少ないのがカナメだ。
というのも、彼はあまり研究室に来なく、来てもミカちゃん先生がつきっきりで相手をしているからだ。曰く、彼の召喚した武器の特性上、生徒と戦わせるのはリスクが高いとか。
話す時は結構長時間話すし、仲が悪いとかではないのだがなぁ。
「よし、そこまでだ! 一年は暫くの間は空中姿勢制御の訓練と、徒手組手における技のバリエーションを増やす事に注力しろ。それと、私のクラスの生徒達は、今日の夕方六時に教室に集まるように」
「うーっす。ジェン先生、なんか連絡事項ですかね?」
「ああ。他の講義や研究室に出ている者にも連絡を回しておいたから、全員集まるようにな」
訓練所備え付けのシャワーを浴びながら、カイに疑問を投げかける。
「なんだろうな? クラス合同の講義の予定でもあるんかね」
「どうだろう。他のクラスの友達から聞いたんだが、クラス単位での演習や訓練、講義は前期中にはないって話だったんだけど」
「……そうか。となると――」
秋宮理事長は入学前に俺に言った。『実務訓練や任務等を行う新しいクラスだ』と。
そういう行事を頻繁に行うクラスだからこそ、クラスの一員として、護衛でもある俺を送り込んだのだから。つまり……俺達のクラス特有の何かしらの行事の可能性がある。
もしかして、いよいよ俺の初出勤となるのだろうか?
シャワーを浴び終えた俺とカイは、本当なら今日はもう講義も研究室もないし、午前中のうちに帰るつもりであったのだが、急遽学園で昼食を摂り時間を潰す事にした。
まぁ、俺もカイも近くに帰る場所があるのだし、一時帰宅しても問題ないと思うのだが。
「ユウキ……今日のおすすめのコレ、なんて読むんだ?」
「やすろう……じじすみ? ひた……とりなべ?」
漢字オンリー、恐らく中国語のメニューが記されている。値段も何故か格安の三八〇円だ。
ちなみに『安老爺炭火田鶏鍋』と書かれている。字面から……炭火焼の鶏肉の鍋か?
「安いし俺はこれにしようかな、ユウキはどうする?」
「ん、俺は普通にラーメンにしとく。何故かこの学園って豚骨ラーメンがないんだよな」
「あー……臭いがキツイから苦情が来るとか?」
「そうなんかね。ま、注文しにいこうぜ」
注文を済ませ席を確保すると、我が物顔で第三者が同じテーブルに着席した。
「こんにちはササハラ君! 今日は……お弁当じゃないんですね」
「コウネさんか。それ、明らかに俺のお弁当狙ってる発言だよね?」
「ふふ、ちょっと味見しているだけですよ? 前に食べたおにぎり、美味しかったですね……焼肉おにぎりっていうんですか? もし、また入っている日があれば教えて欲しいです」
腹ペコガールのコウネさん。彼女とは……研究室も講義も被っていないのだが、学食でほぼ毎回一緒になる。最初にイクシアさんのサンドイッチを食べて以来、よく一緒になるのだ。
ちなみに、この娘はカイと同じサークルに入っているので、よく一緒にいる。
一之瀬さん、心中お察しする。この人だいぶ可愛らしいし。
「そうそう聞きました? 六時に教室集合だそうです。午後の講義はこの後の『魔法紋章学』だけですから間に合うとは思うんですけど、そちらはどうです?」
「俺はご飯食べたらのんびりだらけてるよ。午後の講義頑張って!」
「お、コウネじゃないか。ごめん、少しテーブルの上片づけてくれ、料理がおけない」
すると、カイが小さな土鍋を持ってやってきた。俺もラーメンとりにいかなきゃ。
ちなみに、コウネさんの料理達が既にテーブルの上を占拠しております。
……パスタ二皿にサラダボウルが一つ、さらに何故か刺身の盛り合わせ……。
食べるコウネさんも凄いが、そんなメニューすらあるここも大概である。
「お、やっぱり鍋だったんだな。ちょっと俺もラーメンとってくる」
「へぇ! 鍋料理もあるんですね! どんな料理ですか?」
こちらもラーメンを受け取る。チャーシュー二枚にメンマ数本、海苔とネギのシンプルな醤油ラーメンだ。けどこれもかなり美味しいのだ。
「ただいま。カイ、それどんな感じ? 見たところ結構辛そうだけど」
「ん、美味しいぞこれ。肉が思ったよりも小さくて小骨が多いけど、味はかなり良いよ。うーん冬に食べたかったな。結構辛い」
「ほー……値段も安いし今度俺も頼もうかな、今日のおすすめって事は明日はないのかな?」
「どうだろうな。なんか結構ランダム枠があるんだよなここのメニューって」
とりあえず三人で昼食を摂る。おかしいな、一番量が多いはずのコウネさんが先に食べ終えてパフェを注文している。おかしいな……どこに消えたんだあの料理達は。
「ふー……食った食った。結構辛かったな……ちょっと水貰って来る」
「あ、俺もついでに頼む。その間にこの鍋片付けておくからさ」
「あいよ」
こうして見てみると、なんだかんだでクラスのほぼ全員とそれなりに交流が持てている訳だが……実はまだ、一度も言葉を交わした事のない生徒が一人だけいる。
食器を片付けながら、少し離れた席を陣取るいかにもお嬢様な一団に目を向ける。
その中に、最後の一人が座っている。
名前は“香月キョウコ”。クラスの女子とすら会話が少なく、Sクラス所属のお嬢様グループとばかり行動している女生徒だ。まぁ交友なんて人それぞれだし問題はないのだが。
ちなみに、彼女はデバイス工学の講義で一緒だ。
まぁそのうち会話する事もあるだろうし、なければないで、それもまたよし。
見た感じ、純日本人って感じだし、出身も確か福岡って話だったな。
するとその時、香月さんがこちらを振り返り、ばっちり目が合ってしまった。
「……何か御用ですか? ササハラユウキ君」
「あ、いや……クラスの招集があったんだけど、聞いているかなって」
「そう。ええ、私にも少し前に連絡があったわ。ご心配なく」
「そっか。それじゃ邪魔したね」
ううむ、やはりお嬢様っぽいというかなんというか。ちょっととっつきにくい印象だ。
足早に自分のテーブルに戻ろうとしたその時、意外な事に香月さんに呼び止められた。
「ササハラユウキ君。 同じ講義を受けていたと思ったのだけど、噂だと貴方、召喚した武具ではなくデバイスを使っているそうね? どういう物を使っているのかしら?」
「え? 噂になるような事はしてないと思うけど……秋宮のオーダーメイドを使ってるね」
そう答えた瞬間、一瞬だけ彼女の目つきが恐い物になった。
や、やめてくれよ……ただでさえ勝手に苦手意識持ちそうになっていたのに……。
「そ、そう……なんで秋宮を選んだのかしら? USH社のデバイスは合わないのかしら」
「いや、個人的にはあっちの方が実在の武具に近いフォルムだし浪漫があるって思ってはいたんだけどね。ただ、ちょっと秋宮の研究所とご縁があって、それで作ってもらう事になったんだ」
それに最初に使ったのが秋宮モデルだったので、なんとなく愛着が。
けど、USHの方がデザインは好みなんだよなぁ……特に鞘とかが。
「お金を貯めて、いつか鞘だけをUSHのヤツに換装したいなって。今の鞘だとこう、ゴツゴツしてて、抜刀しにくいって思ってるんだよね。刀身の規格自体はあまり変わらないから、オーダーメイドで作れないかなって――ってごめん、話し過ぎた」
やべ、つい語り過ぎてしまった。ヲタク特有の好きな分野になると多く語ってしまうヤツ。
見れば、香月さんもポカン顔である。ごめんもう話しかけません。睨むのはやめて。
「……そう。いいわ、話は終わりよ。ササハラユウキ君、中々イケる口なのね」
「イケる口? とにかく俺はこれで。またね、香月さん」
なにか拘りがある人だったのだろうか。けどま、機嫌を損ねずに済んだのなら万々歳だ。
席に戻ると、カイがテーブルに項垂れていた。なんだ、今頃辛さがぶりかえしてきたのだろうか?
「水サンキュー。大丈夫かカイ? 水が足りないのか?」
「あはは、違いますよよユウキ君、カイはね、今辛いんじゃなくて、ツラいんですよ」
「うん? 量が多かったとか?」
「……ユウキ、お前の水もくれないか。ちょっと……口の中洗い流したい」
「なんだよどうしたんだよ。まぁいいや、ほら飲め」
青い顔のカイが水を飲み干し、コウネさんがけらけらと笑っている。
「別に気にしなくてもいいと思いますよ、カイ。だって食べられる物なんでしょう? 次があれば私も頼んでみたいと思いますよ、三人分程。安いですし」
「……俺は気にするんだよ……だって……だって……カエルだぞ!?」
「は? カエル? 何の話?」
「さっきの鍋だよ! 田んぼの鶏って書いて、カエルの事らしいんだよ中国語で! どうりて肉が小さくて小骨が多い筈だ……俺……俺カエル食って喜んでたんだぞ」
「ほー、じゃあ今度あったら俺も食べてみようかな。気にすんなよ、食用に養殖されたの使ってるんだろきっと。貴重な海外の食文化に触れられたんだし、ラッキーじゃん」
まぁあの姿のまま、まるまる出てきたらさすがに無理だけど、わからないように調理されていて、その上安くて美味しいのなら、一度くらい俺だって食べてみてもいいかもしれない。
「……そういうものなのか……俺が気にしすぎなのか……?」
「ちょっと、どうして私が慰めても効果がないのに、ユウキ君が慰めたら納得するんですか」
「いや、だってコウネはなんでも食べるし……」
それには同意。まぁ、とりあえずここの学食はちょっと色んな意味でおかしいって事が分かった。俺も注文するときは気を付けないと。
ともあれ、コウネさんは午後の講義があるからとそこで別れ、カイも時間を潰しがてらバトラーサークルの練習場に顔を出してくるとのこと。どうしよう、俺はどこで時間を潰そうか。
「教室で待機しつつ昼寝でも……一回家に帰るのもアリか、面白いテレビでもやってるかもしれないし」
家に戻ると、玄関の鍵が開いていた。まぁ元々今日は昼前には戻る予定だったのだし、イクシアさんが買い物に出かけているとは思っていなかったのだが。
「ああ、お昼食べて来るって連絡入れておけばよかった」
そうだ忘れていた。もし俺の分も用意していたのなら、悪い事をしてしまった。
謝ろうと思い急ぎ居間へ向かう。するとその時、扉の向こうから静かに人の泣く声が聞こえてきた。
イクシアさんが? 何故? 声をかけようと扉を開く。
「……あまりにも……惨い……それでは誰も救われないではないですか……」
「何があったんですか? あ、それと遅くなってすみません」
「あ!? い、いえすみません、帰って来たのですね。……すみません、映画に感情移入してしまいました。おかえりなさい、ユウキ」
「なるほど、映画ですか。すみません、ちょっと予定が狂ってお昼は学園で食べてきてしまいました。あと、夕方にはもう一度学園に戻らなくてはいけないんです」
「なるほど、そうでしたか。ではまだ時間がありますし、一緒にこの映画を見ましょう」
「あ、これ知ってます。もうすぐ終わりそうですね」
なんだ、よかった。映画を見て泣いていただけだったのか。
彼女が見ていたのは、前の世界にもあった名作映画。豪華客船が氷山に衝突して沈むという、実話をモチーフにした映画だ。そして、この事件が本当に起きたのは異世界との交流が生まれる前だ。よって、残念ながらこの悲劇を回避する事も、生存者が増えたという事もなかったのだろうな。そして、その悲劇を名作に昇華させた作品が終わりを迎える。
「はぁ……私は昔から感情の起伏、表情の変化に乏しいと言われてきましたが……ここまで涙を流したのは何百年ぶりでしょうか……」
「そうなんですか……確かにこれは泣けるお話ですからね。ちなみに僕はこの映画が公開された当時はまだ生まれてなかったのですが、子供の頃に一度見た事あるんですよ。あまりお話は理解出来なかったんですけど」
「なるほど……しかし映画というのはこういう感動する物もあるのですね。ユウキは何かおすすめの映画などはあるのでしょうか?」
実は、ない。ゲームばっかりしていたので。ゲーム原作の映画なら見たこともあるのだが、そのゲームがそもそも存在しないし、案の定娯楽の発展よりも異世界関連の技術が発達しているこの世界では、圧倒的に映画の本数も少ないのだ。
まぁ古き良きアクション映画はあるみたいだが。
「うーん俺はあまり映画は知らないですね」
「そうでしたか。では土曜日の映画はどんな物を上映しているのか、見ておかねばいけませんね」
「ですね、調べておきます」
まぁ、どんな映画であれ確実に楽しめるだろうな、イクシアさんと見ていたら。
果たしてどんな反応をしてくれるのだろうか……。