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第百九十六話

(´・ω・`)ゼノブレ3のボリューム凄すぎだろ……まだクリア出来ない……(予約投稿現在24日

 一之瀬さんは、俺の得意としている疾走からの居合いを先生に叩きこむ。

 無論直接それを受ける事はせず、先生も抜刀と共に軌道をずらし攻撃を防ぐ。

 防がれた後の切り返し、連撃、体捌きにより位置の奪い合い、相手が攻撃に移りにくくなるようにすべて考えて行われている一連の動作は、やはり俺以上に洗練され、速く鋭い。


「一之瀬さん、前よりかなり動きがよくなってるね」

「まぁな。ミコトのヤツ、直近で二人、格上に負けてるから訓練の密度が凄いんだよ」

「ああ……ユキとリオちゃんにか」


 正直相手が悪いとしかいいようがないです。

 だが、この成長速度には目を見張る。

 なのに――


「けれどもミコトさんが攻めきれていないという事実に驚きですわね」

「ミコトちゃんより刀の扱いが上手な人っているんですねー」

「そもそも抜刀が最小限じゃない? あの先生」


 そう、そうなのだ。一之瀬さんの攻撃も足さばき、体さばきも、先生を崩すことが出来ない。

 基本的に全て紙一重で躱し、無理そうなら抜刀で弾く。

 すぐさま納刀してまた躱し続ける。自分からはまったく攻撃しない。

 まさしく『指導』なのだ。




「……ふむ。認識を改めるべきか、それとも俺が舐められているのか」

「どういう意味です」

「本気を出して欲しい」




 二人の会話が聞こえて来る。本気を出せって……あれは本気だ。

 俺だってあんなに交わし続けるのは難しい、途中で切り返してしまいそうだ。

 だがどうやら一之瀬さんは少しだけ、機嫌を損ねたように大ぶりの一撃で先生を大きく弾き飛ばした。


「では望み通り」

「……天断か」


 瞬間、一之瀬さんとカイが使えるグランディアの技『天断』が発動する。

 光を纏った一撃が、剣圧と共に先生に迫る。


「参ったな……そもそも認識すらしていないのか」

「な……!」


 天断が、先生に直撃する直前で、細切れにされ霧散する。

 見えた。ぎりぎり見えた。先生が目にも止まらぬ連続抜刀で、一瞬で剣圧をかき消して見せた。

 俺より……速い。違う、確実に俺より強い。マジかよこの先生。


「ここまでだ。君の問題点が、大きすぎる問題点が見つかった。希望者がいれば相手をするが、誰かいないか」

「ま、待ってください! 私の何が……!」

「全部終わってから。こりゃもしかしたら……想像以上に面倒な仕事になりそうだな」


 先生のその呼びかけに、血の気の多い我がクラスの人間は皆、揃って手を上げていたのだった。

 あ、キョウコさんは上げてませんでした、完全に先生のデバイスに気を取られています。








 その後、指導が終わる頃には全員、かなりへこんだ状態でベンチに座らされていた。


「ん-、危惧していた心配はなかったかな。カイ君、カナメ君、セリア君、コウネ君。君達とミコト君は全員『アーティファクト持ち』だ。そしてこの中で『インヒレントスキル』持ちのアーティファクトはカイ君、カナメ君、ミコト君の三人だ」

「私の剣の『氷との親和性が高く自動で修復される』というのはインヒレントスキル、持って生まれた力ではないんですか?」

「それはあくまで『そうなるように作られた』が故の効果だから少し違うかな。セリア君の武具に至っては『常軌を逸した頑丈さと絶大な攻撃力』という目に見えてわかる効果らしいからね。これも違う。けれども、残りの三人は違う」


 これは俺も知っている。カナメの槍は『空間固定』。

 カイの剣は『歴代の持ち主の経験の還元』。

 だが……一之瀬さんの刀は……?


「もう、分かっているねミコト君。君はその刀の力を一切引き出せていない。刀に『持ち主だと認められていない』状態なんだ。恐らく、君はその卓越『しすぎた』技量で刀を制御してしまっている。だからこそ、少しでも気を抜くと刀のコントロールが狂う。違うかい?」


 意外な結果だった。俺達の中で最も武器の扱いに秀でている、最も勤勉な彼女が『一番の問題を抱えている』と先生は言うのだ。


「……はい。私は常に、全身全霊で挑んでいます。この刀は……そうでもしないと扱えません」

「……武器を変えるつもりがないのであれば、これから俺が付きっ切りで君の指導に注力しよう。正直、使いこなせれば君は、この世界でも指折りの実力者になれる。ここにいる彼よりもね」

「あの、突然話振るのやめてくれませんかね?」


 唐突に俺に振られる。いや、実は俺指導受けていないんですよね。

 みんなの事を見ていたくてつい。だが……ちょっと聞き捨てなりませんな?


「その刀の来歴は知らされているかい?」

「はい。かつて、名のある剣豪が使っていた……とだけ」

「『夜想刀“静”』セリュミエルアーチ初代国王が扱っていた刀の一つだ。そのインヒレントスキルは……見せた方が早いね。ユウキ君、相手をお願いする」

「え?」

「ミコト君、少し刀を貸してくれ。俺は、特異体質なんだ。ほぼすべての武器の能力を引き出せる。これを見て、自分の刀には何が出来るのか、その目に焼き付けて欲しい」


 拒否権なし笑う。いや、みんな指導受けてる中我慢していたのは事実だけども。

 しかし……全員との戦いを見ていた限り、この人は本当に『指導』に徹していた。

 全ての攻撃をしっかりと受け、いなし、身体の動きを観察する為に自ら動きやすいように位置取りをして、じっくり観察していた。

 その上で、決して自分はダメージを受けないように立ち回り、見事に全員を打ち負かして見せたのだ。

 まぁ、コウネさんとセリアさんの魔法には少しだけやりにくそうにしていたけど。

 ……その気になれば、魔法も技も全部切り裂きかき消すくらい出来そうだ。間違いなく、格上の相手。それも――俺が戦ったユキ、つまりR博士と比肩するレベルの。


「分かりました。ただ、地球での俺はグランディアに比べて結構戦力が下がってるので、お手柔らかにお願いします」

「大丈夫、どっちも大差ないよ。さぁ、全力で来てくれ」


 前言撤回、絶対に一撃入れる。

 そう意気込んだ直後、先生が一之瀬さんに向けて語る。


「これは君に見せる為の一戦だから、指導じゃない。ユウキ君、すまない」

「は?」


 瞬間、俺はいつ攻撃されたのか分からない速度で『全方向から無数に』斬撃を受け、地面に倒れていた。

 なんだ!? 俺、今何された!? 風絶を自分で喰らったらこういう感じなのか!?

 顔を上げると、先生が一之瀬さんの刀を振り切った姿勢で止まっていた。残心ってヤツか……?

 うっそだろ……マジで何もさせて貰えなかったんだけど。武器を抜くことすら……。


「“追閃”と言う。斬撃の遠隔遅延発生を行える能力だね。その発動タイミングや回数は自分である程度コントロール出来るけれど、それは本人の技量次第だ。俺ならそうだね、今のようにコンマの差も無く同時に八カ所に発生させられる。回数は、今回は九。つまり八かける九で七二回切り裂いた。ユウキ君は身体強化による防御力上昇がすさまじいからね、ここまでやらせてもらったよ。ただ逆に言うと威力は低い。回数がないと相手は倒せない」


 ……なるほど、確かにこの力は恐ろしく汎用性が高い。

 一之瀬さんは魔法が苦手で、攻撃手段として用いることがほぼない。そんな中で俺の風絶の上位互換とも呼べるこの力が使える様になれば……間違いなく世界でも指折りの実力者になれるはずだ。


「うう……保護されていてもごっそり体力持ってかれたんですけど……」

「本当にすまない。ミコト君に納得させるには実際に見せる必要があるけれど、この力を受け止めきれる人間なんて君くらいしかいないからね。お詫びに今度奢ってあげるから許して欲しい」

「えー、じゃあそれで手を打ちます。ちなみに俺に指導とかアドバイスはあります?」

「ん-、身体強化はこれ以上鍛えなくて良いから、身体作りに専念かな。身長はこれから徐々に伸びるだろうから、今のうちに栄養の見直しとトレーニング内容の見直し。今度メニュー作って来るよ」


 マジで言ってる? 俺の身長伸びるってマジで言ってる? 俺もう期待しないよ?


「ミコト君。知っての通りグランディアの一部の技は才能がないと決して習得する事は出来ないが、君はこの刀を召喚し、既に幾つもの技を継承している。今回この力を目にした事、そしてこれから先俺の指導を受ける事で、必ず次の段階に進めるはずだ。俺を信じて指導を受けて欲しい」

「はい! 本日は指導、有り難うございました!」


 なんかミコトさんの目がキラキラしている。これはあれだ、完全に心酔した人間のそれだ。

 この先生結構天然っぽいけど、結構熱血なのかな……。少なくとも指導者としての適正は高いとは思うけれど。


「さて、じゃあ今日は解散にしようか。ミコト君、刀を返すよ」

「はい。本当にありがとうございました」


 そう言って去っていく先生に、クラスメイトが思い思いの感想を述べる。


「正直舐めてたよ僕。たぶん……ロウヒ選手よりも遥かに強いと思う」

「俺も、正直ここまであしらわれたのはユキさん以来だ。まだいるんだな……こんな人が」

「私としては、あそこまでの方に我が社の製品を認めて貰い、かつ使いこなしている様子を見るのは、一メカニックとしてとても光栄ですわね。しかし、一体どんな素材を持ち込んだのか、気になりますわね……あの強度は驚異的です」

「ねー。私の一撃をあんな細い刀で受け止めるなんてさ。もちろん、先生の身体の使い方も凄いんだろうけど」

「そうですねぇ……魔法を発動しても、見てから反応する反射神経とそれに応える身体。恐らくユウキ君並の身体強化も出来ているのかと……」


 そうだ、間違いなく俺と比べてもそん色がないレベルの身体強化だと思う。

 じゃなきゃセリアさんの一撃に耐えるなんて……。


「さーてと、じゃあ今日は帰るかなー」

「私も帰りますね。ユウキ君、途中まで一緒に帰りましょう」

「そっか。コウネって裏の町に引っ越したんだもんね」

「ええ。今度皆さんも遊びに来て下さいねー」


 そうして、初日からイベント満載の新学期は終わりを迎えたのだった。








 夕方。学園の生徒の大半が寮や自宅に戻り、教員の多くが去った後の学園にて、一人の職員が未だ学園に残る生徒に捕まっていた。


「なるほど、つまりうちのクラスの生徒以上の実力を示し、このクラスに転入したいんだね?」

「ええ。元々転入希望でしたが理事長に言われ新入生として学園に入りました。その際には『クラスへの転入も視野に入れている』と言われていたのですよ。しかし今年になってから、実力不足だからと断られていまして」

「ふむ……君の実績は現段階で存在していないような物だからね。学園外での功績は、この学園内での評価に繋がらないんだ。となると……確かにうちの生徒と戦うしかない、か」


 新たなSSクラス担任カズキの元を訪れていたのは、リョウカにより『ユウキと同じ境遇の可能性があり、原理回帰教シャンディの構成員かもしれない』と警戒されていた生徒だった。

 ディオスの言葉にも一部納得出来る部分もあるとカズキは考える。

 秋宮の内部抗争とも取れる前回の騒動により、約束を反故にされた形のディオスの言い分。

 一応、それに理解を示すのも必要だろうとカズキは考える。そして同時に――『使える』と。


「そうだね、ならうちのクラスの生徒一人一人と戦って貰おうかな。全員と一人ずつ。たとえ負けたとしても、絶対に全員と戦って貰う。『君の力』についてはこちらも知らされているからね、みんながどう戦うか是非観察したい」

「流石、現場の人間はお話が分かりますね。では具体的なスケジュールの方は……」

「君の暇なときがあれば教えてくれ。うちの生徒のスケジュールを調整しておこう。そうだな、戦う順番はこちらで決めようか」

「お任せします。どの道全員と戦う事になるのでしょう?」

「そうだね、君の心が折れない限りそのつもりだ」

「ふふ、折れるのは彼等かもしれませんよ。英雄……そう呼ばれ奢り高ぶっている人間には薬が必要だと思うんですよ」

「はは、そうかそうか。じゃあ、君の研究室や講義、サークルが決まり学園生活が落ち着いたころにまた来て欲しい」

「分かりました。では、これで失礼します」


 そうして、人気のなくなった職員室でカズキは小さくぼやく。


「あれはただの『自分を主人公と勘違いしてる痛いヤツ』だろ、ただの。そうか……迷い込む人間がユウキ君や原理回帰教に入るようなヤツとは限らない、か」


 静かに、カズキはディオスの評価を決定づけるのだった。








 新学期が始まり、新入生達の受講する講義も決まりつつある中。今日も俺の受ける講義の見学に来ていた新入生の囁きに集中力を削られる。

 ナハト先生すみません……せっかく今期もお世話になるのに。


「では、今日は見学に来ている新入生にも親しみのある『魔力の指向性』についておさらいしましょう。魔導や魔法は、本人の意思とそれを乗せる言葉により、ある程度は自由にコントロール出来ますが――」


 俺達のクラスからは、カイと俺とコウネさん、そしてセリアさんが参加している。

 三期生にもなると生徒の絶対数が少なくなり、以前よりも教室の席の空きが目立ってくるが、その分濃密な講義を受けることが出来るのだ。

 そんな中、Sクラスとして貴重な三期生であるリィク君が、またしても魔法を実演してみせてくれた。

 今回は炎の弾丸を窓から外に打ち出していたのだが、これって怒られないのだろうか?


「はい、有り難うございました。これは一般的に『ファイヤブレット』と呼ばれる初級の魔法で、使える人間も多いことでしょう。ですが、想像力と意思、魔法名や単語の変化を加える事で、ここまで変化します。推定ですが、先程の魔法の威力は一般的なデバイスを簡単に破壊してしまう程でしょうね。十分に必殺と呼べる魔法に昇華しているのです」


 リィク君はやはり魔法の扱いが上手で、こうして度々お手本として取り上げられている。

 無論、セリアさんの方が上ではあるが、彼女のは参考にならないらしい。

 今リィク君が放った魔法は、弾丸なんて生易しいものじゃあなかった。砲弾をマグナムみたいに回転させて打ち出す、炎と呼ぶのが難しいくらい神々しいオレンジの光だったのだ。

 いやぁ恐ろしい。新入生も驚きっぱなしだ。


「では、今度は別な属性も見て貰いましょう。人によっては呪文ではなく、想像と動き、意思だけで魔法を発動させます。この中ですと……ユウキ君、貴方がそれにあたりますね。少し外に向かって風の魔法をお願い出来ますか?」

「珍しいですね、俺が選ばれるって」

「ふふ、君の成長ぶりが気になっていたんですよ」

「あ、なら外に打つよりも何か的を用意して、それだけ対象に放ちましょうか? 教室に影響出さないんで」

「なるほど、そうですね。コントロールを極めた魔法がどこまで局所的に展開出来るのか、良い見本になるでしょう」


 よし、じゃあたまにはこっちでも良い所をみせようじゃありませんか。


「コウネさん、氷柱一つお願い出来る?」

「良いですよー。ネスツ先生、この辺りに出しても良いですか?」

「ええ、お願いします。君の氷はとても綺麗ですからね、これだけで良いお手本になります」


 コウネさんの生み出す氷柱に、新入生だけでなく他の受講者も感嘆の声を上げる。

 まるでガラスのように透明で、それでいて美しい綺麗な氷柱。

 近くにいるだけでその冷気で寒いと感じてしまう程のそれは、確かに他の術者とは一線を画す程の出来だった。


「す、すごい……水もなしにあんな綺麗な……」

「コウネ先輩素敵……流石SSクラスきっての才女ですわ……」


「同じ属性使いとしては自信を無くしてしまうな、これを見せられると」

「SSの実力は知っているつもりだったんだけどねー」

「コウネ凄いねー、氷属性なら間違いなく私以上だよ」


 そんな周囲の声を聴いていると、今からこれに魔法ぶっ放すのが申し訳なくなってくるのですが。

 しかし先生、しっかりオーダーには応えますとも。

 呪文の詠唱ではなく、動きと想像、攻撃に連動させる形で魔法、いや魔導を発動させる。

『風絶』思えばこの魔導を生み出した時も、コウネさんに的になる氷を出してもらったっけ。


「……フッ」


 抜刀。それと同時に、氷柱が突然風の斬撃に切り刻まれ、一瞬でかき氷のような姿で教室の一角に降り注ぐ。初めの頃に比べて、大分斬撃の回数も増えたな。


「素晴らしい。はい、では今見たように、人によっては呪文によるイメージの具現化、固定化よりも、動きにより発動したい魔法を固定化させる人間もいます。こちらは魔法剣士に多い様式ですが、魔導師の中にも『呪文と動きでそれぞれ別な魔法を発動』させる事により、同時に二つの魔法を発動させる達人や、不意打ちとして使う術師もいます。こちらも学んでおいて損はありませんね」


 なるほど……そういう使い方もあるのか。セリアさんやコウネさん辺りは出来そうだなぁそれ。

 こちらの披露が終わったところで、新入生を含む教室内にいた生徒から拍手が漏れる。


「ここまで間近に見たのは初めてだな……」

「やはり、魔導だったのか。魔法にしては効果が強すぎる」

「魔法剣士、か……そういう道もあったのかもしれないな、僕も」

「ユウキのソレ凄いよね。ほぼ必殺だもん」

「私と一緒に開発したんですよ、以前。これは私も負けていられませんねー」


 反応は上々。これでとりあえずは『口だけの英雄』とか陰で言われる事はなくなりそうですな。

 そんなこんなで、新入生のオリエンテーション期間が無事に過ぎ去っていき、俺達も通常のカリキュラム+個人指導をしてもらう日々が始まるのであった。






「ユウキ、飯行こうぜ」

「ん-、今日はちょっと学食はパスで。最近同期生からの視線も気になって落ち着かないんだよなぁ……あそこって静かな分そういうのが気になるんだよ」

「ああ……じゃあどうするんだ?」

「第二校舎の屋上で食べる。今日はお弁当なんだ」

「へぇ、屋上なんて解放されてるのか」


 昼、カイに食堂に誘われるも、理由を説明して今日は遠慮する。

 ちなみに、今日のお弁当は以前作ってもらった『おにぎらず』という料理です。

 俺、何気にこれかなり気に入ってるんです。コウネさんにバレたらまた食べられてしまいそうだ。


「俺は今日学食だから、じゃあまた今度だな。放課後の指導、今日は俺とユウキの番だったよな。また後で」

「あいよ。それとだけど、最近一之瀬さん元気ないから気にかけてあげなよ」

「ん? そうか?」

「カズキ先生、結構指導でダメ出ししてるみたいでさ。お前が沢山話して気分転換させるといいよ」

「そういうもんか。だな、同門なんだし一応形式的には俺は弟弟子だし」


 ん-……お前さんはもう少し自分に向けられる感情に敏感になりなされ。

 カイと別れた俺は、第二校舎の屋上にある庭園に向かうのだった。

 密かな穴場なんですよ、あそこ。


「やっぱり人がいないんだよなぁ、ここ」


 綺麗な屋上庭園。観葉植物も豊富に植えられ、屋上だと言うのに噴水まで完備されている。

 ちょっとした東屋もあるし、今度お弁当を多めに用意して貰って友達を誘って来るのもアリだな。



「おお……今日のおにぎらずはレタスと焼肉ともやしナムル……! こっちはカニカマとツナのサラダ……! イクシアさん……だいぶわんぱくなメニューを心得て来たな!」


 絶対美味しいヤツじゃないですか! これはコウネさんに取られるわけにはいかないな、今日は一人分だけだし。


「美味しそうですね、ユッキー先輩」

「どわ!?」


 大きく頬張ろうとしたその時、いつの間にか横に腰かけていたある人物に話しかけられおにぎらずを取り落としそうになる。


「ホ、ホソハさんじゃん……! 留学から戻ったの?」

「あれ? ユッキー先輩どうして知ってるんです? ええ、今年度からこちらに復帰しました」

「いや、まぁ俺もあちこち飛び回ってるから情報がね、入って来るんです」

「なるほど。ユッキー先輩、最近調子はどうです? 何か困った事ってあります?」

「ん-、有名になり過ぎた事かな? まぁ仕方ない事だし納得はしてるよ」


 ホソハさんは、相変わらずどこか浮世離れしたような、どこか遠くを見つめているような視線を向けて来る。声も、どことなく霧の向こうから聞こえてくるような、そんな儚さも混じる。

 不思議な後輩だ。ミステリアスの塊みたいな子だよ。


「そういえば古術学の講義、今年は受けるんですか?」

「受けるよ。ホソハさんは?」

「私も受けますよ。ふふ……良かった、SSの皆さんが戻って来て。ナシアちゃんも休学してしまいましたし、私の学園の友達がみんないなくなって寂しかったんですよ? まぁ留学してましたけど」

「はは……ナシアはもう少し休学するんじゃないかな。それまで大丈夫? 同期生に友達いる?」

「ま! 失礼ですよユッキー先輩。私だって話しかけてくれる女の子の一人や二人、連絡先を聞いて来る男の子の十人や二十人はいるんですからね?」


 マジか。まぁ大人っぽいし綺麗だし、納得は出来るけど。


「それでもここに一人で来るあたり、あまり同期生とは話が合わないと見た」

「ふふふ……どうでしょう」


 何故か、この子と話していると、不思議な気持ちになる。

 和むと言うか、安心すると言うか、言いようのない気分になるのだ。

 まるでそう……イクシアさんやリョウカさん、こちらが頼っても大丈夫な大人の人と話しているような、そんな空気を醸し出しているのだ。


「さてさて、私はもう少し食べるのに時間がかかりますから、ユッキー先輩は先に戻っても大丈夫ですよ。さすがに午後の講義ギリギリまでお付き合いさせる訳にはいきませんから」

「そう? あ、ほんとだ時間ギリギリだ。ホソハさんは大丈夫なの?」

「午後はお休みでーす。だからもう少しここでのんびりしています。この学園、落ち着ける場所ってここくらいですから」


 ま、それもそうだ。中庭や外にも休憩スペースはあるのだが、あちらは生徒も多い。

 対してここは微妙に立地が悪いので、生徒が来るのは稀だ。

 俺はホソハさんに断りを入れ、屋上を後にする。


 が、校舎に入った瞬間、階段の下の方で何かが横切ったのが見えた。

 ……誰かがのぞいていたのか? 俺の事を。なーんか金色の尻尾みたいな物が見えた気がしたんですがねぇ?


「……この学園に尻尾が生えてる子なんて……一人しかいないよなぁ」


 ディオス君だけじゃなかった。厄介そうな子がもう一人いたんだった……。

 だがそれでも、去年までに比べたら、なんて平和な学園生活であろうか。

 こんな悩みや問題も、楽しいと感じてしまう俺がいる。

 さーて……今年はどんな一年になるのかねー!








「……幸せになって欲しいですね、彼には。ねぇ、そう思いませんか?」


 屋上に一人残されたホソハ・アメノは、誰もいないはずの虚空に話しかける。

 そこには誰もいない。だが、しっかりとそこから声が返って来る。


『お前は誰だ。その領域を経由して直接話しかけてくるなんて……』

「まだ意思が芽生えて間もない世界ですからね、少し知識があればこうして接続できます。……貴方はまだ、この世界の意思に干渉するような力は持ち合わせていないのでしょう?」


 それは男の声。ホソハが話しかけてきた方法に、酷く驚いている様子だった。


『……お前は、世界意思の存在を知っているのか。ならつまり――』

「私は何もしません。今も昔もただの観測者。ですが……願いを、思いを誰かに伝える事くらいしても良いでしょう?」

『ああ……そうか。お前は、いや君は……』

「貴方はきっと、この世界が癇癪を起すのをずっと一人で抑えて来たのでしょう。損な役回りです」

『動けるうちは動くさ。かつて……貴女がそうして世界に可能性を散りばめたように』


 どうやら、話相手は声の主、ホソハが何者なのか、察しがついたようだった。


『シンビョウ町○○区―三番地。そこのレストランに俺はいるよ。是非、顔を会わせて挨拶がしたい』

「ええ、分かりました。では……」


 そうして、短い交信が終わる。

 始まったのは、何も新学期だけではない。それを示すかのように、彼女はある大きな存在に会いに行く事を決める。


「幸せになって欲しい。けれども……ユウキ先輩、貴方は必ずこの世界から排除される。私に出来る事は何もないんですよ。ごめんなさい」


 ホソハは一人、ユウキの立ち去った校舎へと呟く。


(´・ω・`)次章更新は今しばらくお待ちください

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