第百九十二話
四月から始まる最終学年。いよいよ皆の進路が決まりそれぞれ異なる道に進む為、一緒に行動する時間も少なくなっていくだろうと予想される中、俺はそんな学園とは関係のない場所でこの長い休暇最後のイベントを楽しんでいた。
「ユウキ、このお酒も買ってみましょうか」
「これは……オレンジ味のチューハイですね。買ってみましょうか」
そう、我が誕生日、バースデイである。
俺はイクシアさんと共に、コンビニで手あたり次第にお酒を購入していた。
「しかしコンビニにもお酒は売っているのですね。私はてっきりジュースだとばかり思っていましたが」
「結構な割合ですよね、お酒って。これで一通り種類も買いそろえましたし、帰りましょうか」
コンビニに売っていた主要なお酒の種類はほぼ買う事が出来た。
絶対飲み切れないし、飲みなれてない俺が消費しきれるとも思えないが、イクシアさん曰く『料理に使えるので問題ありません』とのこと。
しっかし買ったなー……ワイン白赤にウィスキーにジンにウォッカに日本酒……。
缶チューハイも七種類。これ、一口ずつ味見しても絶対酔いつぶれそう。
予防用のドリンクも買っておこう……。
「かなり買いましたね。ではお家に帰りましょうか。何かお酒と一緒に食べるおつまみも作りませんと」
「あ、なるほど……そういうのも必要なんでしたね」
「確かBBちゃんねるでも紹介していましたよ。それに、私も生前お酒については母や父に教えて貰いましたから」
「なるほど……」
例の女帝っぽいお母様ですな? お父さんも教えてくれたと言うと……お父さんはきっと研究者か何かだったんだろうか? お酒に詳しい研究者? 前に『父に色々な知識を教わった』とか言っていた気がする。
ひとまず、コンビニの買い物袋とは思えない重量のそれを、家に持って帰る。
これ、たぶん五キロ以上あるでしょ……。
「ユウキ、ワインはこちらに。冷蔵庫に専用のモードがあるみたいです」
「へー、ワインってただ冷蔵庫に入れるだけじゃダメなんですね」
「そうですよ。温度管理が必要なんです。こちらのウィスキーは……常温でも問題ないですね。どこか日当たりの悪い場所……この戸棚に」
「じゃあこの日本酒は……普通に冷蔵庫で良いですかね」
お酒をしまい込み、今度は一緒に料理をする。
もうすっかり俺も慣れた物で、ある程度の手伝いなら問題ないのですよ。
一緒にBBちゃんねるを見ながら、今ある材料で作れそうなメニューを決めていく。
「誕生日ですからね。ユウキの好きなおかずの材料は用意しているんですよ? ですが……これ、このメニューが良さそうです」
「おお! 『やみつき鶏唐揚げネギソース』お酒にあいそうな雰囲気ですね……!」
「ふふ、こうして一緒に料理が出来るなんて私は幸せ者です。他には……『玉ねぎとカブのから揚げ』もよさそうですね。それに……丁度サケも買ってありますから『サケのネギみそ焼き』も作りましょう」
「おお……なんだか豪勢ですね……!」
「ふふふ……それだけではありません、今年は、しっかり事前にユウキの誕生日ケーキも注文してあります。時間になったら家に届く予定です」
なんか、もう凄い! イクシアさんのはりきりっぷりが尋常じゃない。
しかしこうしてしっかり準備してもらう誕生日なんていつぶりだろうか?
去年はなんだかんだでバタバタしてしまったし、。
「さて、これでユウキに手伝って貰う事は全て終わりましたね。まだ時間がありますし夕方まで材料は寝かせておきましょうか」
「了解です。じゃあ一緒にテレビでも見ましょうか」
テレビを見てる間にも、スマート端末には親しい友人から誕生日を祝うメールが……来ませんでした。
そりゃそうだ、人に教えてないし。が、なんと今年もチセさんからはお祝いの言葉とプレゼントがもうすぐ送られてくるという報告が。
「宅配便が来るみたいです」
「まぁ……今年もチセさんに後でお礼を言わなければいけませんよ、ユウキ」
「勿論です。来期から学園の非常勤講師に戻るそうなので、顔を会わせる機会も増えるはずです」
「そうでしたか。良かったです、ニシダ女史も前回の騒動で身動きがとりにくくなっていましたから」
そういえば去年の途中から、ニシダ主任はすっかり学園に来なくなっていたし、それもリョウコの策略の一つだったんだろうな……。
と、考えを巡らせていると、家のチャイムが鳴らされる。
噂をすれば! いやタイミング良いなおい。
「俺が出ますね」
「お願いしますユウキ。もしかすれば、私の注文したケーキかもしれません」
あ、そっか。玄関に向かい扉を開けると、二人の宅配業者さんが待ち構えていた。
なんか気まずそう。どっちも別な会社だからな! 競合してる二社が同時に現れるとこっちもなんだか申し訳ないっす。
イクシアさんの予想通り、片方はクール便で届いたケーキだった。
そしてもう片方は……ニシダ主任からのプレゼントだ。
「ユウキ、ケーキは私が冷蔵庫に移しておきますね。ニシダ主任のプレゼントを先に開封していてください。ケーキは夕食後のお楽しみですからね」
「なるほど、了解です。ケーキ食べる事なんて一年に一回あるかないかなんですよねー」
「な……そういう物だったのですか……すみませんユウキ、実は……以前、よく裏の町の喫茶店で伊藤さん達と一緒に……」
「あ、いいんですよ全然! 俺が食べないだけなんですよ、なんとなく」
いやー結構コンビニで買ってる人とか、学食で頼む生徒もいるんですよ。
ただ俺が妙に特別視してるだけで。
さて、気を取り直してプレゼント開封の儀!
「えーと……なんだか立派な小箱が入ってますね」
「ふむ? アクセサリーの類でしょうか?」
確かにブレスレットやら指輪やら入っていてもおかしくない装丁の小箱だ。
開けてみると、そこに入っていたのは――
「おお!? なんかスタイリッシュな腕時計!」
「なるほど、時計ですか。これは良い物を頂いてしまいましたね」
これは普通に嬉しい。いや実は、学園に入る段階で時計くらい付けておいた方いいかなって思っていたんだよね。
時間の確認なんてスマ端でいいと思ってたけど、実際実務研修だと任務用の時計渡されるし、あった方が絶対に便利だ。
……リョウコに支給されたアーミーウォッチはもう処分したしな。あれ、たぶん何か仕掛けられていただろうし。
「ユウキ、お手紙も入っていますよ」
「あ、ほんとだ。読んでみますね」
『ユウキ君、お誕生日おめでとうございます。今日でユウキ君も二十歳、成人しましたね。これから先、社会に出る事も踏まえて普段使いが出来る時計型のデバイス、術式リンカーを贈ります。これは現在の秋宮の兵器開発部で最も新しい品である為、可能ならば使用感等を報告してもらいたいと考えています。積もる話もありますが、来学期にまた顔を会わせる機会も増えますので、その時にまたお話しできると幸いです。それでは良い学生生活を過ごす事を願っています』
「なんか手紙だと妙に格式ばった感じになりますよね? しかしこれデバイスなのか……」
「ふむ……デザインがなんだか私のデバイスと似ていますね」
「あ、本当ですね。ちょっと発動……」
そういえば俺、こういうタイプのデバイスって使った事ないな。
魔法が使えるようになっても、こういうの使った記憶がない。
ためしに軽く魔法を発動させると、ごくごく自然に指先に小さな竜巻のような物が発生する。
すっごいラクチンだ……これは便利かもしれない。
「刀剣型のデバイスはどうしても街中で携帯出来ませんからね。チョーカーに収納したとしても構えるまで時間がかかります。そういう意味ですと、この手のデバイスは持っていて損はないですね」
「確かに……後でお礼のメール入れておかないと」
とまぁ、かなり良い品を頂きました。
さて……じゃあそろそろ夕食の仕上げに入りましょうか。
えー本日の夕食は、この後のおつまみ以外ですと『ピーマンのフライ』『鶏団子スープ』『トマトサラダ』となっております。ちょっと少なめにして、この後お酒とおつまみを頂くのです。
「ユウキ。実は、お酒以外にもユウキにプレゼントがあるんですよ。これ、受け取ってください」
「え! いつの間に……」
「ふふ、実は通販なんですけど、リョウカさんに教えて貰った場所ですので安心して買う事が出来ました」
「へー! どれどれ……あ、これって」
包みを開けると、そこには凄く高そうというか、カッコいいグラスが入っていた。
すると、イクシアさんがキッチンから全く同じデザインの物を持ってきて――
「お揃いのグラスです。お酒を飲む時は良いグラスを使うと良い、と聞きましたから。これ、どうやらグランディア産だそうですよ。特殊な屈折率のグラスだそうですが、割れない用に魔法で保護されているんです」
「おお? 確かにかなり透明度が高いですね……それに綺麗なカットがされてる」
まるで宝石のようなカットがされており、グラスの底がキラキラと光を乱反射している。
早く使ってみたいを思いながら、好物だらけの夕食を頂くのだった。
「さて……いよいよお酒ですよ、ユウキ。どれから頂きましょうか?」
「そうですね……まずはこのグラスが良く見えるお酒……色のついてない日本酒からにしましょうか」
「そうですね、では……ユウキ、今日は私が注ぎますよ」
「あ……有り難うございます」
そう言うと、イクシアさんは慣れた手つきというか、妙に洗練された手つきでグラスに日本酒を注いでいく。
が、そこでこのグラスの真価が現れた。なんと、液体が注がれた部分からグラスが透明……というか、お酒と一体化するように見えなくなってしまったのだ。
まるで、きらきら光るお酒が宙に浮いているかのようなその姿に、イクシアさんも俺も驚いてしまう。
「これは……驚きましたね……恐らくこれ、ガラスではなく魔石の類を削り出した上で、何か術がかけられているのでしょうね……初めて見ました」
「イクシアさんでも初めてなんですか……かなり希少なんですねきっと」
「ふむ……一種の錬金術でしょうかね。こういう方面で発展していると思うと、なんだか楽しくなってきます。私も、何か面白い、驚かせる事が出来る品を作ってみたいですね……」
いやーそうなるととんでもない物が生まれそうですね。
では早速飲んでみましょう。おつまみはサケのネギみそ焼きです。なんとなく魚は日本酒ってイメージがあったので。
「むぐ……あ、このサケすっごく美味しい!」
「本当ですね……! お味噌って隠し味にしか使った事なかったんですけど……なるほど……これは良い物です」
「ではお酒を……」
うん。なんか、美味しさが分からないっすね……アルコール臭と辛いような味がのどを焼きながら通り過ぎるだけだ……。
「う、うーん、まだ俺には早かったかもですね」
「ふむ……確かにこれは、以前私が飲んだ物よりはだいぶ……」
「ものによって違うんですかねー」
その後も、イクシアさんの作った美味しいおつまみと共に、色々なお酒を一口ずつ飲んでいく。
が、やっぱり度数の高いお酒って俺にはまだまだ早かったみたいです……。
「の、喉が焼ける……!」
「ユウキ、お水です」
「ふぅ……おつまみは美味しいんですけど、さすがに度数30超えるようなお酒は厳しいですね……」
「確かにそうですね、きっと飲み方があるのでしょう。そういう知識には疎くて……」
「あ、でもワインは飲みやすかったですよ。赤い方が好みでした」
「なるほど、ではおかわりをどうぞ。私ももう少し頂きますね」
ワインは渋いけれど、おつまみと一緒に飲むと、なんだか別な味がしてくるような気がする。
こういうのが分かるようになるのはいつなんだろう?
「この値段で買えるのは驚きですね。中々にあなどれません」
「やっぱりイクシアさんはワインが飲みなれているんですか?」
「そうですね、生前飲むお酒と言えばワインでした。あまり飲酒はしないのですが、何か催しがある際にはワインが定番でした」
「へぇー」
お酒が出る催しに出席していたのかイクシアさん。
やっぱり領主ともなるとそういうイベントに呼ばれるのかな。
美人だしきっと呼ばれるだろうな、なんだかむかつくな、近づいて来たであろう当時の男が。
なんだか思考が変になってきてないか俺。
「……でも色々飲んでると一口でも酔ってくるんですね」
「そうですね、複数の種類を飲むと酔いやすいとも聞きました。今日はここまでにしましょうかユウキ、顔が赤いです」
「そうなんですか? ……でも顔、暑いかもです」
でも、イクシアさんはいつも通りに見えるな。
いつも通りの美人さん。心配そうにこちらを見る……お母さん?
いや、でももう成人したし……そろそろお母さんじゃなくて……。
「ユウキ、急に立ち上がったり横になると危ないです。こっちで寄りかかってください」
「はい……」
ソファに連れられ、イクシアさんの横に座らされる。
「ユウキは可愛いですね。こちらによりかかってください」
「はい、すみません」
「ん-……たまりませんね、可愛くて仕方ないんですよ、私は」
「そう……ですか」
いつもより、少しだけイクシアさんがおかしいきがする。
「……人間の成人は二十歳から。ユウキもその例に漏れず大人の仲間入りですが……可愛い物は可愛いんです。大切な事にかわりはないんです……もう少し、こっちに来て下さい」
「はい……すみません、ちょっと歩いただけで一気に酔いが……」
「いいんですよ、抱かれていなさいユウキ。本当に……大好きなんですよユウキ。もうずっとこうしていたいんですよ私は。食べてしまいたいくらい」
抱きしめられる。頬ずりされる。明らかに変だ。ここまでスキンシップしてくるような人じゃないのに。たぶん。
「ずっと……私だけのユウキでいてほしいのに。ユウキ、こっち向いてください」
「はい……むぐ!?」
あれ、今俺何された。柔らかい、何かが……。
「可愛い私のユウキ。ユウキ……ずっと私の……」
「あれ……イクシアさん……寝て……」
まるで、濁った水の渦に飲み込まれるように、意識が深く深く沈みこんでいく。
これが……お酒で酔うって事なのかな……。
頭痛……あれ……ここってソファ?
イクシアさん近い! なんか気がついたらイクシアさんに全力で抱きしめられて寝てたんだけど……。
外はいつの間にか朝だし、なんだこれ……昨日俺いつ寝たんだ?
確かグラスにお酒を注いで、綺麗だなって話をして、おつまみ食べて、ワインを飲んで?
やばい、その辺りでもう記憶が飛んでる。
というかイクシアさんまでソファで寝てるって……あ!
「そうだ……忘れてた……イクシアさんお酒にあまり強くないんだった」
そうだよ何か忘れてると思ったけど……一昨年、ニシダ主任と一緒に居酒屋にいって酔いつぶれて運ばれて来たじゃないか!
いやー飲ませちゃダメなんだった。
「とりあえずこの拘束から脱出しないと」
首に回された腕をそーっと外し、しがみ付くように回された足をゆっくりと外す。
……寝顔がなんだか凄く無防備に見える。お酒の所為か、少し頬も赤い気がする。
可愛い。もう少し見ていようかな……。
「タオルケットだけでもかけておかないと……あーテーブルの上もそのままだ。片付けないと」
明らかに、食事中にそのまま酔いつぶれたと分かる惨状。
食べかけのおつまみや蓋のあいたままの酒瓶、お酒の入ったグラス。これも全部片づけておかないとな。
イクシアさんはまだぐっすり眠っているし、静かに片付けないと。
「うーん……やっぱり一口ずつとはいえ一度にあんなに種類飲んだらダメなんだな……今度はもっと調べてから飲まないと」
テーブルを片付け、洗い物をしていると、家のチャイムが鳴らされた。
やべ、イクシアさんが起きてしまう。こんな時間に誰だ、一体……ってもう一二時じゃん!
「爆睡していたのか俺……」
玄関を開けると、そこには意外な人物がいた。それも、二人。
「え!? リョウカさんとヨシキさん!?」
「突然すまないね。少し用事があって来たんだが、リョウカにも同じく用があったから一緒に連れて来た。……ユウキ君、ちょっと酒臭いぞ」
「あ……すみません、昨日初めての飲酒でどうやって飲めばいいか分からなくて……」
「……そうか、イクシアさんもお酒は得意じゃない方だし教えて貰えなかったか」
「ユウキ君、お誕生日おめでとうございます。お誕生日プレゼントとしては味気がないのですが……こちらを贈呈します。去年は渡せませんでしたよね」
なんか凄いメンツで驚いて言葉が消えうせた。
天下の秋宮財閥総裁と世界最強の存在ですよ。玄関先に立たせるのも申し訳ない、すぐにイクシアさんを起こして――
「ユウキ君ストップ。ここで良い、要件だけを伝えるから。今夜、夜七時に俺の店に一人で来てくれ。少々、裏にも関わる話をするつもりなんだ」
「ええ。私も同席しますので安心してください。悪い大人に高いお酒を無理やり飲まされる、なんて事にはなりませんから」
「失敬な。我が同郷の彼にはしっかりと俺が厳選した品を飲ませる予定だ」
「……明らかに二日酔いしてそうな青年になんて事言うんですか貴方は」
「と、言う訳だ。イクシアさんには秋宮に打ち合わせがあるとでも言ってくれ」
ふむ……わざわざ二人で来たとなると、結構重要な話なのではないか……?
「要件は以上だ。遅ればせながら、誕生日おめでとうユウキ君。プレゼントに今日はうちで好きに飲み食いして良いぞ」
「あはは……了解です。じゃあご飯は控えめにして行きますね」
「……では、私達はこれで失礼しますユウキ君。イクシアさんにもよろしくお伝えください」
そうして二人を見送る。なんか一気に酔いが醒めたというか、意識が覚醒した。
あの二人が揃って家まで来るとか、ちょっと緊張感がやばいっす。
俺は、夕方前にようやく目覚めたイクシアさんに、久しぶりに俺特性のおろし粥と卵スープを振る舞い、夜にリョウカさんに呼ばれている事を伝える。
「なるほど、家に来ていたのですか……すみません、昨夜は久しぶりに深酒をしてしまい、記憶がなく……一日中眠っていたみたいです」
「すみません、俺も無茶なお酒の飲み方しちゃって……大丈夫ですか?」
「はい。ユウキの作った晩御飯のお陰で元気になりましたよ。ありがとうございます、ユウキ」
「いえいえどういたしまして。うーん……二人して意識を無くすって、問題ですねぇ……お酒は今度から少しだけにしましょうか」
「そうですね。はぁ……美味しいです、ユウキ」
さて……これから何を言われるか不安だが、イクシアさんを見ていたらその不安が薄れてきたぞ。
そうして俺は、リョウカさんとヨシキさんの待つ店へと一人向かうのだった。




