第百九十話
(´・ω・`)ゼノブレ3ちょうおもしれえ!(予約投稿現在24日
面白いよね? 絶対面白いよね?
実際、拍子抜けするほど俺に対してのリョウカさんの話はあっさりした物だった。
元々そこまで懸念していた問題でも、周到に用意された作戦でもなかったからなのか、ただ一言『これで、今後おかしな野望を抱く人間も出てこないでしょうね』とだけ言われたのみだ。
それと、俺の変装用チョーカーも無事にR博士が完成させてくれた。
ちょっと髪の色を茶色にして、顔つきを変化させる程度の物だ。
残念ながら身長は変化なしだが、少なくとも俺本来の顔とは似つかないので、こうして――
「ユウキ、今晩はグラタンにしましょうか」
「いいですね! 俺グラタンって特別感あって好きなんですよ」
「ふふ、そうなんですね。私も寒い日には昔、母が作ってくれた事をよく覚えています」
「思い出に残りますよね、どういう訳か」
こうして、普通にイクシアさんと買い物に出かける事が出来ていたのだった。
ブゥブゥバリュでの買い物も、今では絶対に元の姿では出来ないまでになっている。
どこかから俺の生活圏の情報が漏れたのか、明らかにこの辺りの人間ではないであろう野次馬も多くなり、中にはどこかの取材陣と思われる人達も駐車場にたむろしているくらいだ。
流石に今回はすぐには風化してくれないだろうなぁ……。
「ユウキ、そういえばもうすぐ誕生日でしたよね? 去年はグローブをプレゼントしましたが、今年は何か希望などはないですか?」
「うーん、特に無いんですよね。正直こうしてまたイクシアさんと暮らせるだけで、もう何もいらないっていうのが本音です」
「ユウキ……! なんて嬉しい事を言ってくれるのでしょう……! ああ、これが私の息子だなんて!」
すみません、店の中で感極まるの止めて貰って良いですか。
撫でないで下さい人が見ています。でも口には出せないので甘んじで受け入れます。
だって……! 仕方ないだろ! 大好きな人が最高の笑顔で触れてくるのを拒める男がいるか!
「しかし、やはりプレゼントは贈りたいですね……ここは私が独自に調査をし、ユウキが喜んでくれる物をチョイスしてみましょう。楽しみにしていてくださいね、ユウキ」
イクシアさん、その誕生日で俺、成人するんすよ。だからこの扱いはそろそろ世間体が悪いんです。
口には出さないけど!
買い物を終え、そろそろ来年度の準備に取り掛かる為に自室で荷物の整理をする。
散々人の荷物をいじくりまわしたのか、微妙に配置が変わっていたんだよなぁ、戻って来た当初は。
「あーそっか。来年度取る講義とかも休み中に決めないとなのか……最終学年だし適当でも良い気がするんだけどなぁ」
進路に向けて本格的に動くべき時期。本来は二年の内から取り掛かるべき内容だけれど、俺達はそれが許される状況にはなかった。
こうなると、現状俺の進路は……卒業と同時に秋宮で働く事になるのか?
でも正直、一生働かないでも問題ないくらいのお金はもう稼いでいるんだよなぁ……イクシアさんと旅に出るっていうのはどうだろう? 今度話してみようか。
「研究室はどこにも入らなくていいかな……講義は『魔力応用学』と引き続き『グランディア民俗学』と『魔術理論』かなぁ」
魔力応用学は一度取るのを止めて研究室のみ通っていたが、放課後に時間を割くよりは講義として受けた方がいいかなーと。
正直、放課後に自由な時間がとれるとは思っていないのだ、これまでの経験上。
なら講義でいいかなって。
「あとは『古術学』かな。そういえばホソハさんって向こうに留学中なんだっけ」
もう戻って来ていたりしないだろうか。
戻って来ると言えば、アラリエルとナシアも……。
ナシアはもう半年以上は眠ったまま……とは初代聖女様ことダリアさんも言っていたけれど、問題はアラリエルだ。
俺が調べた限りだと、今あいつの出身地である『ノースレシア大陸』は、政権交代やら革命やら、情報が交錯しているのだけど、それでも『非常に危険な状況』だと言う事だけは、どこのメディアでも取り上げられている。
アイツ……前の代の魔王の実子らしいし、絶対大変な事になってるだろうな……。
「来年度はどうなるのかねー」
『ユウキー、出来ましたよー』
とと、グラタンが完成しましたな!
いやー楽しみですな、何グラタンになったんだろう? イクシアさん、途中から『中身はお楽しみです。ユウキは今の間、外でバームクーヘンを買って来て下さい』なんて言われたんだよね。
しっかし本当イクシアさんバームクーヘン気に入ったみたいだなぁ。
販売日には必ず買ってくるし。
「さぁ、食べましょうかユウキ」
「はい、いただきます」
グラタン皿ってなんでこう、見るとほっとするんだろう?
綺麗なきつね色のチーズの焦げをスプーンで割ると、とろりと中の具が見えてくる。
ブロッコリーと……あ、ホタテだ! へー、初めてだよホタテのグラタンって。
「ん-! 美味しい! ホタテのグラタンって初めて食べました」
「私も初めてです。ふふ、お店の魚介コーナーで、ホタテのソテーを紹介している動画が流れていたので、バターとの相性も良さそうなら、と思いまして」
「なるほど……美味しいなぁ……」
もう、自分で応用、アレンジも出来るくらいイクシアさんは料理上手になった。
俺も、なんだかんだで炊飯器の使い方をマスターして、自分で釜めしやらピラフなら作れる程度には自炊も出来るようになった。
なんだか、一番成長を感じるのが戦闘ではなくてこういう生活面な気がします。
「ふむ……そうです! 良いプレゼントを思いつきました。地球には成人しないと買えない商品が沢山あると聞きました。ですので、そういった品をインターネットで買ってみましょうか」
「イクシアさん、それはたぶんやめたほうが絶対良いヤツです」
「そうなんですか……?」
「それと、通販って結構当たり外れが大きいので、初めて買う物を通販で買うのはリスクが高いんですよ」
「なるほど……確かに自分で手に取って選びたいですからね」
あ、あぶねぇ……! 危なくイクシアさんが成人向けジョークグッズを買うところだった……!
軽いエロ広告で真っ赤になる人だから……。
夕食を終え、二人でテレビを見ていると、夜のニュース番組が始まった。
ははぁ……世界中でグランディアとの関係性の変化が起こっているんだなぁ。
悪いニュースばかりではないけれど、これも全部俺に関連した事、なんだろうなぁ。
『続いて芸能ニュースです。先日電撃引退したマルチタレントのミササギアリアさんが、海上都市にて不法に侵入した記者に追いかけられた事件の続報です。記者の所属する――』
「あ、この間の事件ですね。へー、出版社って元々有名な悪徳なとこだったんだ」
「ふむ……反社会グループという物と関りがあったのですね。反社会グループとはなんでしょう?」
「海上都市にいるとあまり関りがないんですけど、本土の方の繁華街だと、犯罪紛いの事をして稼いでる悪人の組織? みたいなのと通じてるお店もあるらしいですよ」
「ああ、なるほど。マフィアのことですか。この世界にもいるのですね」
マフィア……なのかな? けど意外だ、イクシアさんの口からそういう単語が出てくるのは。
「ふふ……私の母や妹は……そういう夜の街を取り仕切っていました。治安はそこまで悪くはなかったそうですが、やはりトラブルはつきものだったそうです」
「エ゛!」
何その衝撃の事実!? あれ、でもお母さんも孤児院みたいなところで働いてたって……ええ!?
「ふふ、元々は小さなお店で、行き場を無くした子供を引き取って、家族でお店をしていたんです。私は少し事情があって、そこを離れたのですが……紆余曲折を経て、母はそのお店と同じ名前のお店を別な町で開き、その土地の有力者になったんです。今でいう歓楽街、というのでしょうか、そこの顔役になったそうですが、やはりそういう場所ではトラブルはつきものですからね。マフィアや商人の寄り合い、様々な有力者を束ねるまでになったそうです」
「はえー……イクシアさんも領主になってますし、そういう意味だと親子って似るんですねー……」
そう口にした時だった。イクシアさんの表情が、初めて……なんだか凄く子供みたいに笑っていた。
「そ、そうですか? 似ていますか」
「はい、似たような責任ある立場に選ばれるのは、たぶんそういうことなんだと思います」
「ふふ……そうですか。では、きっとユウキもそうなるのでしょうか」
「いやーどうですかねー……」
「ユウキは私の子ですから、きっと総理大臣になりますね?」
「そりゃありえないですね!」
「ふふ、冗談ですよ」
凄く、機嫌が良さそうだった。そんなイクシアさんが見れて、俺も……嬉しかった。
「それにしても困りましたね……お誕生日プレゼントはどうしましょう」
「俺、イクシアさんがしてくれる事ならなんでも嬉しいんですけど」
「そうですか? うーん……」
無言の間。TVの音だけが流れる。
いや、もうなんなら駄菓子でも嬉しいですから、ガチャの景品のはずれでも嬉しいですから。
すると――
「なるほど、すっかり失念していました。成人するのなら、成人しないと出来ない事をする、というのも手ではありませんか! ユウキ、誕生日になったら一緒にお酒を買いに行きましょう! 一緒にお酒がどんな物か体験しましょう」
「あ! それいいですね! じゃあ、それまで楽しみにしていますね!」
なるほど、それは良いプレゼントだ! 俄然楽しみになってきた。
……はて、何か忘れているような気もするけど……なんだっけ?
早いもので三月に入ってもう一週間が経過しようとしていた。
既に来期の講義の予定も提出し、新学期に向けて新しく用意した筆記用具も鞄も服も後は使われるのを待つだけという状態。
いやぁ……俺の持ち物って徹底的に調査されていたらしいし幾つか紛失もしているから、全部買い替えちゃったよ。
「ん-……あっ、ノート足りないかも」
つくづく思う。もう電子ノートみたいなのでいいじゃないか、と。
でもダメなんだろうなぁ……なんでか知らんけど!
居間で何やら映画を見ていたイクシアさんに声をかけ、ブゥブゥバリュへ向かうことにした。
「イクシアさん、俺ちょっとブゥブゥバリュに行ってきます。何か買ってくる物はありませんか?」
「あ、私も一緒に行きますよ?」
「いえ、ちょっと忘れた物買い足すだけなんで、映画を見ていてください」
「そうですか? では……ああ、そうです。紅茶葉が残り少ないので……これ、この銘柄と同じ物を買って来てくれますか?」
「了解です、じゃあいってきまーす」
早速チョーカーを起動し、髪の色と顔つきを微妙に変化させる。
この姿の時は『子供』で通してるんです。認めたくはないが、この身長でシュヴァ学の生徒なんて俺しかいないのだ。だから子供のフリをするしかないのだよ。
まぁ別に中学生くらいの子供なんて珍しくもないので、スーパーの駐車場に何故かわざとらしく『何かの番組のロケ』の振りをしているどこかのテレビ番組の撮影クルーに声を掛けられる事もなく、無事に目的地にたどり着く。
「関係ない番組のロケの体であわよくばって感じかねぇ……毎週露骨すぎるんだよなぁ」
原則、俺への接触は許可されていない。が、こうして生活圏と思われる場所に頻繁に出入りしているのは、そういう事なのだ。
が、表立って禁止しては俺がこの辺りにいるとバラしているような物。
だが悲しいかな、信用の有無関係なしに、俺の居場所についての情報を知っている人間は、全員イクシアさんに契約の魔法をかけられる事を飲み込み、情報がこれ以上外に出ることはない。
イクシアさんが生まれた研究所の人間しかり、裏町でのママ友しかり、だ。
なんだか申し訳ない。
「ノートと……一応他の物もストックしておくかな」
「珍しいな、一人で買い物なんて」
とそこへ、俺に声をかけてくる人物が。
この姿の俺を知っている人なんて……。
「やっぱりヨシキさんでしたか。ちょっと筆記用具の買い足しに」
「なるほど。それだけかい?」
「後、イクシアさんに頼まれた紅茶ですね。ええと確か銘柄は……」
スクショを取っておいたので確認。
「ああ、これか。うちでも出すな、これ。こっちだ、ついてきな」
この店、コーヒー豆も紅茶葉も専門店顔負けの品ぞろえなんですよね。
正直助かります。
「あったこれだ。ありがとうございましたヨシキさん」
「ふむ……それだけなのか? 買い物は」
「ええ、特に他に必要な物は……」
「……ユウキ君。いや、今の君を名前で呼ぶのはやめよう。少年、今日は何日だ」
「ええと、三月七日ですね」
「そうだな、まだ一週間猶予はある」
「猶予?」
なんだ、ヨシキさんは何を言っているんだ?
「……いいか、親しい仲でもしっかり『おかえし』をする癖をつけておくんだ。そういう部分で『子供』と『大人』は徐々に違いが生まれてくる。ホワイトデーの用意、しているかい?」
「あ゛!」
あ、そうだった! 俺も何か買わないと……いや……でも既製品でいいのだろうか?
折角手作りしてくれたのに、お返しがただ買った物っていうのも……。
「……参考までに、ヨシキさんはホワイトデーに奥さんに何かお返しをするんですか?」
「そうだな、俺は妻からチョコレートを貰ったから、同じく手作りのお菓子でも、と考えているな。去年はお酒を貰ったからお返しにワイン、基本的に貰った物と同じような物を返すようにしている」
「なるほど……世間では三倍返しとか言われてますけど……」
「そりゃ男女ともに下心がある場合の話だろう。こっちは結婚している上に愛し合ってる身だからな。そもそも、同じような物だからって安物なんて渡していないしな」
「……く、これが既婚者の余裕ですか」
だがしかし、お金があっても俺に手作りのお菓子なんて……。
「一緒に作るか? 今日は丁度俺もお菓子作りの下ごしらえで店も休みだ。どうだ?」
「いいんですか!?」
「いいさ、同じグランディア出身の家族を持つ者同士だ」
やったぜ……! でも冷静に考えるとジョーカーと一緒にお菓子作り……シュールだ!
以前一度だけイクシアさんと来たことのあるレストラン『追月夜香』。
基本的に不定期営業らしいけど、コウネさんはほぼ毎回来ているそうな。
でもあれだ、店が開いてる=ジョーカーとして動いていないって事なのだとしたら、店が開いてる限り世界は平和……って事なのかな?
「よし、じゃあとりあえず君に作ってもらうのは……コレだ!」
「お、おお?」
「実際に作るのは久しぶりだったからな、練習がてら一週間前に作ったんだ。完成までそれなりに時間がいるから、今日作ってホワイトデーの前日にでもラッピングするって予定だ」
ヨシキさんが見せてくれたのは、まるでシーグラス、すりガラスのように半透明の、綺麗な石のような礫だった。
「これ、食べ物なんですか? アクセサリーじゃなく?」
「こいつは『琥珀糖』っていう、結構由緒正しい和菓子だ。近年その美しさと手軽さから、密かなブームなんだよ。しかもアレンジもしやすく癖も少ない。お洒落な洋酒風味にしたりも出来る」
「お、おお……なんて女子力の高い……」
「ついでに女子力って言葉は死語になりつつあるそうだ」
「う……!」
この人本当……! 油断するとすぐにいじって来る!
「それじゃ、分量は俺が計るから、作業工程は真似してくれ」
「俺に出来ますかね……」
結果。出来ました。すっげー簡単なの。なんだこれ……小学生でも余裕そうじゃん!
「簡単だろ? これで第一工程は終わり。寒天液が固まるまで休憩だ」
「了解っす」
ただ、もしかしたら。
もしかしたら二人きりで話す時間を作る為に俺を呼んだのかもしれないって、そう思った。
「先日はユキ役の方にも大変お世話になって……あれ、奥さんですよね?」
「ま、半分あの子も認めたみたいだしな。そうだよ、R博士だ」
「めちゃ強いっすね……さすが神話時代のエルフさん」
「まぁな」
カウンター席でコーヒーを頂きながら、ひっかかっていた事を彼に話す。
「そもそも、万が一にも君が勝てる相手じゃなかったんだよ。実際、それくらい隔絶した強さの人間が、グランディアにいると印象付ける目的もあった」
「やっぱりそうだったんですね。俺は、今回あまりにも大々的に取り上げられ過ぎた」
「そうだ。USMがテロ組織だという事もあり、大々的にあの連中を評価、取り上げる事は出来ない。だからこそ目に見える神輿として君が選ばれた。まぁ実際、それにふさわしい活躍をしたとは俺も思っているよ」
「そう言って貰えて嬉しいですよ」
俺だって気がついている。今、俺が過剰に持ち上げられているのは、どの国も『やましい事があるから』だ。
後ろ暗い事件、策略に人々の目がいかないように。強烈な俺という明りが必要なんだ。
個人的にはムカつく事も沢山あるけれど、これは必要経費なんだって事くらい、分かっている。
「ヨシキさん。石崎のじいちゃんを殺したのってヨシキさんですか?」
「ん、誰に聞いた?」
「ユキから」
「……そうか。ああ、そうだ。アイツにはこの世界から消えて貰ったよ、その影響下にある人間含めて総勢一一七万人全員に」
「!?」
は!? なんだそれ、大量虐殺じゃないか!? そんなニュース、どこにも……!
「誰にも気がつかれず、原因不明で、唐突に衰弱死させる。決まった人間のみを、一人も逃さずに。それが出来るんだよ、俺は」
「……それは、人が持って良い力を逸脱していますよね」
「そうだ。だから俺は『明確に世界を破滅へ向かわせる存在』にしかこの力は振るわない。正しくないからな、それ」
「……それを、意思の力だけで自制出来ると? もし、家族や大切な人が害されたらどうするんですか」
「ん? その時は世界を滅ぼすが? いいかユウキ君。俺は正しい事しか許さないが、あくまで『俺は例外』なんだよ。残念ながら俺を咎め止める事は誰にも出来ない。それを世界は受け入れるしかない。傲慢だと思うだろう?」
なるほど。ようやく理解した。この人は本物の化け物なのだ。
力だけじゃない、思想も全てが化け物なんだ。
そしてその化け物は言い方を変えれば……。
「貴方は、自分を現象だと捉えているんですね」
「これは驚いた……! 正解だ。その答えに辿り着いたのは君で二人目だよ。リョウカ以外にそこまですぐに辿り着くとはね」
「だってそうじゃないですか。神話の神くらいですよ、そんな事が出来て、なおかつ誰も咎められない存在なんて」
「そうだ。半ば神という『概念』になってしまってるんだよ、もう俺は。一種の現象だな」
「なら、俺達は……この世界の人間は神の怒りに触れないようにする事しか出来ない、そうですね?」
「その通りでございます。俺は、世界の正しい進行と俺の家族が平和なら、世界を脅かす事は一生ないだろうさ」
きっと、ゲームや物語なら、この人を打倒しようとする者も現れるだろうし、実際そっちの方が主人公っぽい。
でも、現実はそうはいかないし、それで世界は回っていく。
「ま、どの道俺の家族をどうこうしようとするのは不可能だよ。R博士はご存知の強さだ。チセも天下の秋宮に守られているし、ユウキ君。君だってチセの危険は守りたいだろう?」
「そりゃあ……正直、さっきは言葉を選ばなかった俺が悪いって思いますよ。俺だってチセさんには大恩がありますし、凄く良い人で、俺の為に動いてくれてる人だって知ってますし」
「だろ? それにマザーだって……恐らく本気でぶつかれば、R博士よりも強い」
「は!? うっそあの人そこまで強いんですか!?」
「俺の弟子みたいなところあるから」
そりゃ強いわ。
「そういえばそろそろ誕生日じゃなかったか、ユウキ君」
「そうなんですよ。去年は俺の誕生日にイクシアさんが作ってくれた料理、ヨシキさんが伝授したんですよね? ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだな……せっかくこうして話す仲になったんだ、俺からも何かプレゼントでもしようか。何が良い?」
え、畏れ多いが?
「ちょっと今『神』だとか『現象』とか言った相手から贈り物なんて畏れ多いんですが?」
「いいんだよ、ジョーカーは力を解放した前世の俺。今ここにいるのは『ナイスミドルに足を踏み入れつつある気の良いお兄さんを自称するおじさん』なんだから」
「なんか結構切ない自己分析入ってません?」
「…………仕方ないだろ。俺も今年で三三だ。身だしなみにも気を付けているがもうおじさんなんだよ」
「……なんかすみません」
いやマジでなんか……ごめんなさい。
「ん-……そうだ! だったら、今度お酒、奢ってください! ここ、バーカウンターですよね? 俺、誕生日にイクシアさんと初めてお酒を飲む約束してるので、その後になりますけど」
「ほう、そりゃいい。てっきり一人暮らしをしていた頃にこっそり飲んだりしてるのかと思った」
「さすがにそれは先祖に申し訳が……」
「君マジで良い子だな。正直眩しい」
いやぁ、遺産で暮らしてるのにそんな無駄使いなんて……。
その後も、色々と裏の事情とは関係ない、本当に知り合いのおじさん、いやお兄さん? そんな知り合いと話すような他愛ない話題をお互いにふりつつ時間を潰す。
すると――
「そろそろ固まったか。ユウキ君、後は寒天を好みの形にカットして、四日程乾燥させて完成だ」
「おお! じゃあやっちゃいましょうか」
俺は、ヨシキさんに教えられながら、寒天をカットしていくい。
エメラルドグリーンの、イクシアさんの瞳のような色のキラキラした欠片たち。
これが淡く美しい、宝石のような仕上がりになるのだとしたら、それは凄く素敵だと思う。
「ほら、こうして角を削るようにナイフで成型して……まるで天然石のように仕上げる事も出来る。あえてキューブ状にカットしても綺麗だ。色々試すと良い」
「はい。へー……これ、動画とかにもいいんじゃないんですか?」
「さっき試作したって言ったろ? あれ撮影の残りだから」
「……さすが」
本当、この人は良く分からないけれど……悪い人でも、悪い神でもないと思う。
恐怖の象徴を演じているのだろうな、と。
きっと、今この瞬間の姿こそが、この人のあるべき姿なのだろうなと、そう思った。




