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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
十五章

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第百八十九話

(´・ω・`)0時になったらゼノブレ3やらなきゃ……(使命感

 人事を尽くして天命を待つって言うけれど、俺はたぶん、その言葉を使う程自分に自信を持ててはいないと思う。

 実際、クラスメイトに協力してもらい、出来る限りの対策として、聖騎士や魔法剣士を想定した訓練はしてきたし、新しく生み出したばかりの再現魔導の練度も高めた。

 戦い方の組み立てもしたし、現段階で思いつく限りの練習法も試した。

 でも、この戦いにどこか『言い訳』や『アリバイ作り』という側面がある関係か、どこか『出し物』のような感覚があったんだ。


 ――今、この瞬間がやって来るまでは。






 訓練に次ぐ訓練を経てやって来たエキシビションマッチ当日。

 無事に観覧を許されたクラスメイトとイクシアさんと共に選手控室に向かうと、そこには――


「来ましたか、ユウキ。今回は急な催し、私とこの男の我儘に付き合って貰い、感謝しますよ」


 そこにいたのは、ヨシキさんと……見紛うことのない、ユキそのものが待っていた。

 自分が演じていたからこそ分かる。背格好も、口調も、演じている人格も、俺と全く同じユキそのもの。

 そして何よりも……ひしひしと感じる圧倒的な『強者の風格』が、ビリビリとこちらの肌を焼いているのが分かる。


「っ『本当にユキ』と戦う事になるなんて」

「気になる事は沢山あるでしょうが、この戦いは私にも、貴方にも、秋宮にも必要な事ですから。今日まで中々苦労して訓練を積んできましたよ、こちらも。その努力の甲斐をなくすような試合だけは避けたいところです」


 凄い不思議な感じがする。偽物どころか実在しない相手だと分かっているのに、ここにいる人間としか思えないのだ。

 だからこそ『勝ちたいと』本気で思えるのだ。




「まぁまぁまぁ……ユキとユウキが一緒にいるところなんて……」


 するとその時、こちらのやり取りを見ていたイクシアさんが、感極まった様子で二人いっぺんに抱きしめようとする。が――


「「イクシアさん、今はそういう反応は無しで……」」

「そうですか……」


 うお!? 声が重なった!? マジで性格まで完コピしてるのか!?


「さーて、選手以外の俺達はそろそろお暇しましょうかね。じゃあユキ、ユウキ君。二人の戦いを楽しみにしているからな? ユキ、お前は試合が終わったらすぐに俺の車に移動するように」

「分かりました。ではクラスメイトの皆さん、あまりお話は出来ませんが、ユウキとの戦いに感じ取れる物があるのならば、存分に吸収してください。これが、地球を去る私の最後の選別と思ってくださいね」


 ヨシキさんに急かされ控室を後にする一同に、最後に声をかけるユキ。

 ……凄いな、本当にユキなら言いそうな言葉ばっかりだ。

 イクシアさんを含む全員が控室を後にし、ユキと二人きりになる。

 気まずい! 何話したらいいの!?


「色々気になる事、聞きたい事は山ほどあるでしょうが、少なくとも今の私はユキでしかありませんし、ユキとしての言葉しか話しませんよ」

「う……分かり、ました」

「敬語はなし。戦闘中も遠慮なくため口でどうぞ。それと……申し訳ないけれど、手加減はしてあげられない。英雄ユウキ以上の存在は、いくらでもいる。そう印象付ける必要がありますから、今回は特に」

「観覧に来てる学園の理事達に見せる為ですか? じゃない、見せる為?」

「ええ。秋宮の地位はもはや盤石。けれども絶対者に反旗を翻す人間はいつだって生まれてくる。これは、偏に秋宮を恐れての事。ある意味反秋宮を束ねていた存在でもある『石崎』が消えた以上、浮足立つのは必然。ここで『秋宮が大きな力を失った』『グランディアにはまだ秋宮以上の力が眠っている』と印象付ける必要があります」


 え? 石崎の爺ちゃんが消えた?


「爺ちゃんが消えたって……行方不明って事?」

「聞いていませんか? 石崎家、正確にはタカ派筆頭である、前当主である石崎老は、消されましたよ」

「な……!」

「今回、サーズガルドと秋宮の策略に、半ばリョウコが利用されている事に勘付きながらも協力していましたからね。相応の報復が待っていてしかるべきでしょう」

「……そっか。いつか、そんな日が来るとは思っていたけど……」


 詳しくは聞かずにおこう。俺だって、ちょっと気にいっていたけれど、同じくらい警戒していた相手なのだから。


「さて、では着替えなさい、ユウキ。私は先に向こうのフィールド側に移動しておきます」

「分かった。……全力で、挑ませて貰う」

「いいでしょう。……少しだけ、世界の広さを教えてあげます」








 その頃、控室を出た面々は、今日は貴賓席ではなく一般の観客席、とはいえ他に誰もいないのではあるが、その最前列に固まっていた。


「今日は面倒な連中が多いからな、貴賓席じゃなくてここに座ると良い」

「ありがとうございます」

「なるほど、理事や関係者が多いのですね」

「君の御父上もいるがね。ほら、みんなも座ると良い、こんな好カードそうそう見られるものじゃない」


 ヨシキはクラスメイトの面々にも声をかける。が、ミコトとコウネ以外のメンバーは初対面だ。

 中でもカイは、ユキとどこか親し気なこの男に、どこか敵愾心のような物を持ち始めていたのであった。


「アンタ何者だ……? まさか……!」

「ふむ? あー……面倒なのでノーコメントだ」

「どうしたんだカイ。この人はヨシキさんという、理事長の知り合いで……あの、どこまで話して良いのでしょうか?」

「おっと、手間がはぶけそうだ。そうだな……君に話した程度なら」


 ヨシキはどこ吹く風という表情をしながら、静かにスタジアムの対岸、一人だけぽつんと座っている人物に目を向けていた。

 それは、少し前にユウキが訓練室で遭遇した、理事長の客だと名乗っていた男性。

 リョウカに『カズキ』と呼ばれていた人物だった。


「アイツ……こっちで見りゃいいだろうに……先に知り合っておいて損はないだろう」


 来季から、ここにいるSSの面々の担任になる事を既に知っているヨシキはそう苦笑いする。

 何を隠そう、ヨシキが紹介、もとい自分に降りかかりそうな面倒な役割を押し付けた相手なのだ。


「――と、言う訳だ。だから秋宮の先輩として、強く彼女に働きかけられたのだろう」

「へぇ、僕達の担任になっていたかもしれないなんて、面白いね」

「あ、私は元々顔見知りでしたよ? でも担任の話は初耳でした、ヨシキさん」

「やぁやぁ久しぶりだねコウネ嬢。先日はどうも、うちのメニュー全部試してくれて」

「ふふ、あまりにも美味しいのでつい。……あの、次の営業日とかこっそり電話で教えたりはしてもらえませんか……?」

「いやー気まぐれだからなー。春シーズンはほぼ毎日やってるから安心しな」


 相変わらずマイペースなコウネと、同じくらい自由なヨシキであった。


「ダーインスレイヴの前任者……そうだったんですか」

「そういう訳だ。まぁ他にも話すべきことはあるが、それは後で聞かせる」

「ん、説明ありがとう一之瀬嬢。さぁ、そろそろ試合が始まる、集中して見ると良い」

「ああどうしましょう……ユウキとユキが戦うなんて、あまり見たくはありません……」

「はは。大丈夫ですよ、大きな怪我なんてしませんから。たぶん、勝負にすらなりませんよ」

「それはどういう……?」








 フィールドに現れる二人の剣士。

 歓声はない。ただ静かに、静謐の緊張感とも呼べる空間が二人の間に存在していた。

 敵愾心もない。対抗心もない。ただ穏やかに、それでも戦う為に存在する二人。


『では、これよりササハラユウキ対ユキの試合を取り行います。構え』


 互いに抜刀の構え。腰を低く落とし、鞘に手を回し、駆け出す寸前のような獰猛さを滲ませる。

 奇しくも、二人の構えは全く同じ。その事にユウキは内心驚くも、すぐに意識を切り替える。

『きっと、自分以上の動きをするはずだ』と。



『始め!』



 開始の合図と同時に二人が消える。

 貴賓席の人間には、蒼治郎以外には見えていないかもしれない。

 だが観客席にいるSSの生徒やイクシア、ヨシキやカズキには見えていた。

 二人の剣士がたがいの刀を打ち合わせた瞬間も――片方の剣士、ユウキだけが上空に弾き飛ばされる瞬間も。


「そんな!?」

「打ち負けた!? ユウキ君が!」

「ユウキ!」


 上空に飛ばされたユウキは、一瞬で風の操作で体勢を立て直し、上空から急襲するようにユキへと向かう。

 一瞬の攻防、傍目からはユウキが打ち負けた事実にすら気がつけない。

 そんな急襲も、ユキは悠然と受け止め、次の瞬間、手に持つ刀がぶれる。

 ぶれた刀が、まるでそれぞれ意思を持っているかのように、ユウキに殺到する。


「終わりです、ユウキ」

「ガッ……」


 躱す、弾く、流す、受ける。

 掠る、裂ける、崩れる。

 無数の、数百の、数千の斬撃が一瞬で襲う。

 剣撃の極地が、魔法もなにもないただの剣技が、ユウキを削り切ろうとしていた。

 それはあまりにも明確過ぎる、剣士としての差。剣技の冴えの差。試合を観戦していたSSクラスの生徒の中でも、剣士として生きているカイ、ミコト、コウネは特にその異常さを理解していた。


「あんな……あんなの……どうすれば……」

「底が見えなさ『過ぎる』。ありえない……あんな技……」

「まだです、ユウキ君はまだ全てを出していません……!」


 コウネの呟きに反応するかのように、ユウキは再び剣技に敗れ弾き飛ばされる。

 が、それはわざとだったのか、ユウキは着地と同時に『分け身風』を発動させる。

 分身、攪乱ともとれるそれだが、これが前動作、下準備だとSSの人間は知っている。

 ユウキの分身がフィールドを一瞬で駆け抜ける。本来であればユウキ本人も共にフィールドを駆けるはずが、今はユキの相手をし、技の発動を完成させるために死力を尽くす。

 いつもより一瞬遅い発動。だがそれでも時間にして僅か三秒。

 そして――


「終わり、だ」

「……よく作り上げたね、こんな奥義」


 切り結んでいたユキが、上空に現れた風の牢獄からの引力に一瞬の隙を生む。

 そこを見逃さずに切り上げられ、その牢獄に飛ばされ、同時に無限とも呼べる風の斬撃がユキを襲う。

 最後にユウキが分身と共に風絶を風の檻の中に叩きこむ。

一瞬で終わる、甲高い音。完成した技『タイラントブレス』。

 ユウキは逆転の一手を見事に決め、乱れた息を正そうとする。


「これが……俺の全力だ……」


 風の檻からの異音の余韻が消える。

 目に見えるほどの魔力の風、その斬撃で埋め尽くされた檻の中が晴れる。

 ……その異常に気がついたのは、ユウキではなく観客席にいた人間だった。


「ユウキ! まだだ!」

「そんな……あの技を……」

「あれは氷……あの魔導に耐える氷なんて……!」


 檻の中に鎮座するように浮かぶのは、無数の傷が刻まれた、人と同じ大きさをした氷の塊だった。

 ふわりと地上に降りた氷が、まるで溶けるように、氷の粒子となり消える。

 中から現れたのは、無傷のユキだった。


「……本当に、この魔導を技として再現するお前の貪欲さ、向上心には恐れ入った」

「はは……人が耐えられる技じゃないんだけど、あれ」

「返礼だ。ユウキ、これに耐えてみせろ」


 次の瞬間、今度はユキの姿が消える。

 最初とは違い、SSの生徒達の目からも消える。

 視認出来たのは四人。客席のイクシア、ヨシキ、カズキ、そして貴賓席にいるリョウカ。

 それほどまでの速度なのか、それとも【本当に消えた】のか、その判別すら出来ない。

 気がつくと、フィールドに雪が降っていた。

 屋外故に、天候に左右される。だが、それだけではとどまらなかった。

 霧が、出ていた。氷霧と呼べるような、キラキラと粒が輝く霧が、フィールドを覆い隠していた。


「くっ……霧なら晴らす!」


 ユウキはすかさず風を纏わせた刀を振るい、そのまま刀身の風を炸裂させ霧を晴らそうとする。

 だがそれをあざ笑うかのように、ユキの声が静かに響く。


『“グルーミーダンス”』


 ユキが技の名を口にしたその瞬間、ユウキを襲うのは極大の冷気と、斬撃と錯覚するような鋭い凍傷。

 ダメージは精神に肩代わりされる仕組みであるはずなのに、それを無視するかのような寒さと痛みに、ユウキの足取りが急激におぼつかなくなる。

 霧の中から、刀が迫る。

 まるで揺れるようにかろうじてユウキはそれを躱すも、すぐに霧が斬撃となり足元を切り裂く。

 体温が下がる。眠気を誘う。それはまるで、陰鬱な踊りのように、ユウキはダメージを追いながら動きを鈍くし、フラフラとした足取りで動かなくなる。


「……くそ……一撃だけでも……」

「……諦めろユウキ。まだ、その域に達していない」


 それでも、と。

 薄れ行く意識の中、最後にとどめを刺しに来たユキに向かい、咄嗟にユウキは刀の鞘を投げつける。

 当然それすらも避けられる。そしてユウキはそれを見届け、歯噛みしながら意識を手放した。


「ふぅ、想像以上だった――!?」


 その瞬間、ユキの背後で鞘から風が炸裂する。

 ユウキが倒れた後、戦闘はもう終わったと意識を切り替えた瞬間に発動したそれは、確かにユキに一撃、たったの一撃だけ、ダメージを与える。


「っ! 驚いた……まさか読んでいたのか……?」


 それは、ダメージにしてみれば少し小突かれた程度の物。

 だが確かに、ユウキはこの試合において、ユキに明確な、誰が見ても分かるダメージを与える事に成功していたのだった。








「……やり過ぎだな。それともやらないともっと面倒な事になるって判断か」

「ヨシキさん。深くは聞きませんが……彼女は私の側の人間、ですよね?」

「ええ。イクシアさんと同じですよ」


 観客席にまで及ぶ寒気の中、試合を見届けたイクシアとヨシキはそう静かに言葉を交わす。


「既にユキが彼を治療中でしょう。俺は、このままユキを連れて移動します」

「ご挨拶に向かう事は……?」

「すみません、今回は少々急ぎですので」


 そう言い残し、ヨシキは一足先にユキとユウキの元へ向かう。

 そんな中、クラスメイト達はユウキの全力と、それすら歯牙にかけないユキの強さに、ただ言葉を失い呆然としていた。


「……今までとは次元が違う。あれがユキさんの全力なのか」

「魔法、いや魔導だよな、たぶん。ユキさん、本当に今まで一度も本気は出してこなかったって事なのか」


 剣の道を歩み、剣を交えた事もある二人はそう漏らす。


「氷の魔導と王伝剣術の複合技と見ました。私は生まれて初めて、自分以上に剣技と魔法を組み合わせる人間を見ましたよ」

「ううん、それだけじゃない。今降ってる雪、スタジアムの外にも降ってるけど……これも全部魔導だよ。この範囲で天候を引っ張る事が出来る魔導なんて、私でも準備に時間がかかるのに……」

「でも、ユウキ君だって本気だった。あの技だって使った。でも、耐えきった。正直、僕達じゃまだユウキ君の技に耐える事すら出来ないのに、それを打ち破るなんて、想像出来ない世界だよ」


 クラスメイトがそれぞれの感想を言い合い、戦闘の余韻に浸る。

 すると、寒さにイクシアがくしゃみをし、それを合図に一同も屋内へと、ユウキの元へと向かうのだった。

 その頃、観客席の対岸で一人観戦していたカズキは――




「ええ……噂には聞いていたけど本当にあそこまで動けるのか……ユウキ君大したものだなぁ……これも彼がイレギュラーだからなのか? 俺来期教える事なにもないよやっぱ」


 純粋に、驚いていた。


「……ただの引率だけって話だったんだがなぁ。俺に特別指導って何やらせるつもりだリョウカさん。俺が教えられる事なんてせいぜい……」


 スタジアムから去るSS生徒を見送りながら、一人呟く。


「不味い、何も思い浮かばない。これまでの生徒の成績やらデータやら報告書一式に目通さないとだよな……」


 案外、一般人気質のままである。

 果たして本当にこの人物にSSクラスを指導できるのであろうか?








「う……」

「気がついたか?」

「ユキ……」


 気がつくと、控室のベンチに横にされていた。

 気を失う前にも『ああ、負けたな』と自覚していたけれど、この状況はそれをさらに裏付けて来る。


「マジで強すぎ。魔導もそうだけど剣技でも全く歯が立たなかった。ミスティックアーツ? みたいなあれも……実際に食らわないと分からない『えげつなさ』があった。完敗だよ本当に」

「まぁ、それくらい圧倒的に君を負かさないといけなかったんだよ。それと同時に、そんな存在がグランディアの人間になった……と思わせる目的もあったのさ」


 思いのほかユキは裏の事情についても詳しく教えてくれた。

 たぶん、今回俺は持ち上げられ過ぎたのだ。強大な力を、グランディアに対しての抑止力になるかもしれない力を地球は手に入れたと思われたのだろう。

 きっと、今回俺は……。


「……利用されたんだな?」

「正解。地球への牽制とグランディアの国へのアピール。その為にどこかで事件を起こす必要があった。だからユキとユウキの対決という話は渡りに船だったんだ」

「ユキがグランディアに嫁ぐっていうのは、咄嗟の作り話だったんだけどなぁ」

「それも利用させて貰った。……本当に君は裏に生きる人間として成長したね」

「それはキャラ付けなのか、元々俺の事を知っていたのか」


 たぶん、この人の正体は……R博士なんだろうな。

 氷の魔導。確かヨシキさんが『妻が氷の使い手』みたいな事言ってたし。


「さて、じゃあ私は一足先に失礼するよ。ユウキ、さようならだ」

「……さようなら、ユキ。それと、R博士に会ったらお礼を言っておいて欲しいな。『一度命を救ってくれてありがとうございます』って」


 そう最後に話しかけると、ユキは少しはにかんだような笑みを浮かべて――


「どういたしまして」


 そう言い残して去って行ったのだった。




「あーあ……もう少し食い下がれると思ったけどなぁ……」


 控室で十分に休んだ俺は、ベンチに座り身体の調子を確かめる。

 ……なんで戦う前より身体の調子良いんですかね? あの人の回復魔法凄すぎでしょ。

 とその時、控室の扉がノックされる。


「どうぞー」


 入って来たのはクラスメイトの皆とイクシアさんだった。


「お、みんないらっしゃい。いやー負けた負けた」

「ユウキ……あれは正直仕方ないだろ……」

「ですよねー。ユキの強さ甘く見てたわ。あそこまで魔導が使えるのとか想定してなかったわ」

「……悔しいけどユキさん、私よりも魔導師としては数段上だと思う。地球人であそこまで使えるなんて……」


 カイとセリアさんがそう漏らす。いや、たぶん中身がグランディア人、それも神話時代の人っぽいから……。

 あれ? だとしたら……もしかしてイクシアさんもあれくらい強いのだろうか……?

 ちょっと畏怖の眼差しを彼女に向けると、イクシアさんは何かを察したのか――


「ふふ、慰めて欲しいのですね? 皆さんが見ている前では控えようと思ったのですが……よしよし、よく頑張りましたねユウキ」

「ちょ! そういう意味じゃないですって」


 何故か頭をなでられた。


「なるほど、ユウキ君は傷心なんですね? では私も……」

「コウネさんストップ、違うから! ちょっと心配させてしまったかなって思っただけだから!」

「そうでしたか? ……けれどもまぁ、正直アレは勝てなくて当然だと思います。彼女『王伝剣術』まで使っていましたよね? 恐らく、どこかの王家やそれに近しい家と付き合いがあるのでしょう」


 知らないワードが登場。解説のセリアさん、お願いします。


「え、私? 王伝剣術っていうのは……こっちの人達が『向こうの技』って呼んでる技の中でも最上級の技の事、かな? ミコトちゃんとかカイも一部を受け継いでいるよね?」

「ああ、そうだな。これは元々コウネの先祖が我が一之瀬家にもたらした物とされている。習得出来るか否かは完全に先天性の物、だな」

「俺とコウネしか受け継げなかったんだよな、同年代だと」


 ほほう? じゃあ俺も無理なのか。

 で、どれが王伝剣術に分類されていたんでしょ。


「“サウザンドスタッブ”剣術の中でも突きに分類される攻撃です。恐らく本来であればコウネさんのような剣で扱う技でしょうね」

「なるほど……イクシアさん物知りですね」

「正解です、我が家にも伝わっているのですが、資料によると使い手は何代も前に途絶えています。私の国にはもう使い手は残っていないと思いますけど、ユキさんはどこで覚えたのでしょうね……」

「たぶん私の国じゃないかなぁ……実はうちの国って魔導だけじゃなくて剣術も古くから盛んなんだよね。初代の国王様が剣の使い手だったらしいから」


 ほほう、セリュミエルアーチも剣術が盛んな場所があるのか。

 そういえばカイも前に闘技場に行ったとか言ってたしなぁ。


「ところで、ユキさんはもう帰ったのか?」

「ああ、さっき先に帰ったよ。なんでもかなりスケジュールを無理に調整していたらしくてさ。大急ぎでスタジアムを出て行ったよ」

「む……そうだったのか。悪い事をしてしまった……私が変な思い付きを口にした所為で」


 いや、一之瀬さんは悪くないと思います。今回の一件、たぶんリョウカさんとかヨシキさんとか、裏に関わる人達の思惑があったんでしょう。


「空港に見送りとかしなくていいのかい? ユウキ君もイクシアさんも」

「ああ……今更行くのもばつが悪いというかなんというか」


 たぶん、もう変装を解いてヨシキさんとどこかに移動しているだろうし。


「私はお話がしたかったのですが……そうも行かないみたいでしたからね。これから先、あの子が幸せになるのなら、これ以上は望むべきではないのでしょう」


 イクシアさんがそう言うと、微かにカイの表情が曇った気がした。


「んじゃ、そろそろ撤収しますかね。流石に今日は疲れちゃったし、家で寝る事にするよ」

「そうだな、ササハラ君はここ最近、何かと気疲れもあっただろうに。今回は本当にすまなかった。私や父の好奇心が君を疲れさせてしまった」

「いいよいいよ、きっと必要な事だっただろうし。んじゃ、みんな来学期にまた」


 そうして、俺とユキ(恐らくR博士)のエキシビションマッチは終わりを迎えた。

 たぶんこの後リョウカさんから話もあるのだろうけれど、ようやく何の憂いもなく休暇を堪能出来るようになった……のかな?


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