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第百八十八話

(´・ω・`)

 なんだろう、甘い香りがする。

 あれ? 俺今布団で寝てる?


「え!? 俺なんで寝てるんだ!? ……なんか夢を見ていたような……外暗い……いつ寝たんだ……? 今日何日だ?」


 なんだか今日は随分と記憶が飛ぶ日だな!?

 しかしこの甘い香り……さてはチョコレート!


「チョコ……うっ頭が」


 何か恐ろしい夢を見ていたような……。


 居間へ向かうと、イクシアさんがキッチンで料理をしているところだった。


「ユウキ、もう動いて大丈夫なんですか?」

「え、はい。俺、もしかして寝てました?」

「ええと……はい、眠っていました」

「いやーいつの間に寝たんだろ……イクシアさん何作ってるんです?」


 いや、もう分かっていますとも。この匂いはチョコレートだ!


「ユウキにあげるチョコレートを自主的に作っているところですよ。今日教わって来たチョコレートの作り方を早速家で再現しているところです」

「おおー!」


 あれか、教室で作った方はきっとみんなで試食してきたんだろう。


「よーく冷やしてから切り分けて、明日ラッピング用の包装紙など買ってきます。十四日を楽しみにしていてくださいね」

「はい! いやー嬉しいなー、楽しみだなー」


 手作りですよ皆さん! イクシアさんが手作り! しかも俺の為だけに作ってくれるんです!


「……あの、そんなに嬉しい物なのでしょうか? 私からのチョコレートというものは」

「当たり前じゃないですか! もう嬉しすぎて舞い上がってしまいそうです」

「そ、そんなに……。ユウキ、晩御飯はぶぅぶぅバリュで売っていた石窯ピザというものにしました。今日は『中食』というもので済ませましょう」

「分かりました」


 こうして、二日後に確実にやって来る幸せに、心を弾ませながら何事もなく平和な夜が過ぎていくのであった。

 ……なんか忘れてるような気がするんだよなぁ……。






 二日後、バレンタインデー当日。朝起きるとイクシアさんが居間で何やらテレビをいじくりまわしながら、見慣れない画面を表示させていた。


「あ、おはようございますユウキ」

「おはようございます。どうしたんです? TVの調子が悪いんですか?」

「いえ、この間コウネさんに教えて貰った……有料の見放題? という物を試そうと配線を……」

「俺がやりますよ。たぶん、難しい事はしなくて良いと思いますよ」


 なるほど、また一歩我が家が文明の利器に手を出すと言う事ですな。

 夏休みの映画特集とか好きだったし、きっと気に入ってくれるだろうな。


「そうだユウキ。ちょっと待っていてください」


 冷蔵庫から素早く小さな包みを持ってくるイクシアさん。

 おお……! これは間違いなく……!


「はい、チョコレートです」

「おおおおー!! 有り難うございます、イクシアさん! ホワイトデー絶対にお返ししますからね!」

「はて、ホワイトデーという物もあるのですか?」


 説明中。そもそもバレンタインデーの正しい知識も危うそうなので補足。

 まぁ元々は製菓会社やらお菓子会社の思惑たっぷりな風習らしいけど。


「なるほど……意中の相手や日頃お世話になっている人への感謝としてチョコレートを渡すのですか。ふむ……では私が渡しても何の問題もありませんね、そもそも」

「はい、問題なんてないんです。で、ホワイトデーはこっちからお返しをするんです」

「ふむふむ……プレゼント交換のような物ですか。なんだか楽しいですね」


 はい、楽しいです。

 そうして俺は、朝食もそこそこに、イクシアさんと二人で昔の映画を見ながら、手作りチョコレートと共にコーヒーを頂くのであった。


「おいしいですね……俺、クルミ好きなんですよ」

「これはサラミチョコレートという物だそうですよ。今回はナッツ類を刻んで混ぜ込んだのですが、他にも小さく切ったマシュマロやドライフルーツを混ぜる事もあるのだとか」

「へー、おいしそうですね」

「BBは確か『ドライフルーツ多めにして、ブランデーやウィスキーと一緒にじっくり味わうと言う食べ方もおすすめ』と言っていました。来年、試してみましょうね」


 おお……! 来年も貰えると申しますか!?

 そんな幸せな午前の一時。さて……いよいよユキとのエキシビションもあるし、頭切り替えていかないとな!

 ……でももうちょっとこの幸せに浸っていたいです。






 今日も今日とて学園のVR室に自主練に向かうと、今日も先客がいるようで、使用中のランプが光っていた。

 ミカちゃんかな?


「む、今日も来たのかササハラユウキ。今は先客がいる、少し待ってくれ」

「あれ? ミカちゃんじゃない……?」

「ああ、どうやら理事長の客らしくてな。暫く体を動かしていなかったから、ここで慣らさせてくれと頼まれたんだ」

「へー理事長の客……」


 もしかして、ヨシキさんだろうか?


「……しかし、中々の実力者のようだな。先程まで少しモニターをしていたが、基礎的なプログラムから研究室用の仮想敵まで全て問題なくこなしている」

「あ、俺も見てみたい」

「構わないだろう」


 制御室でモニターを確認。どれどれ……。


「あ、懐かしい。一年の頃に戦った対大型魔獣のプログラムだ」

「ああ。今はこれ相手に技の練習だろうか、同じ動きを反復練習しているようだ」


 映像の中で、小柄な男性が……剣? いや違う、あれは……!


「おお! 俺と同じで刀使い!」

「刀型のデバイスだ。が、どうやら汎用モデルのようだ」


 その小柄な男性は、見た感じ『高機動アタッカー』という印象の人だった。

 危なげなく、確実にモンスターの動きの隙をつき、あまり殺傷能力のないデバイスを確実にモンスターの急所に叩きこんでいる。


「……この人凄くない?」

「ああ、恐らく私同様、暗殺特化かそれに近いスタイルだろう。先程からモンスターの動きをいくら変化させても、必ず急所に当てている。これで長年のブランクがあるというから驚きだ」

「へー……理事長の知り合いって事は……秋宮の部隊の人、とかですかね」

「どうだろうな」


 その時、モニター内の人物から声がかかる。


『ミカミ教諭。訓練はこれで十分です。プログラムの終了を』

「分かりました。部屋のロックは解除しました、出て来て下さい。それと事後承諾になってしまうのですが、生徒が一人来ていたので、何かの参考になればと戦闘風景を見せしてしまいました。申し訳ありません」

『生徒さんが? 構いません』


 声の感じからして、そこまで俺達と年が離れていないように感じる。

 そうして出て来た人物は、俺が言うのもなんだが……こう……年齢不詳が過ぎる。なんというか童顔なのだ。

 でも絶対年上だよなぁ……? 背はカイより少し低い程度、カナメと同じくらいか。


「は、初めまして。つい、戦いの様子を見てしまいました」

「……そうか、君がササハラユウキ君か。参考になれたかい? 少しでも」

「はい、剣の狙いが正確でした。確実に急所を貫いて……」

「理事長がケチでね。威力の低いデバイスしか支給してくれなかった。工夫だよ工夫」


 なんか、話しやすい。好青年? いや年上だけど。


「では自分はこれで失礼します教諭。ササハラユウキ君、君もまた今度、だ」

「また今度……?」


 意味深な事言って、男性はVR室を後にする。一体何者だったのだろうか?


「初めて見る人、ですよね?」

「ああ。二時間程前に理事長が連れてきて、調整に付き合って欲しいと頼まれてな。名前は――」

『ミカミ先生、ミカミ先生。至急理事長室までお越しください』


 名前を聞く前に、ミカちゃんが呼び出されてしまった。

 残念、けどまぁまた会う機会があるってあちら側が言っているのだし、その時でいいか。






 一人VR室で訓練を繰り返していると、制御室から通信が入った。

 ミカちゃんが戻って来たのだろうか?


『おーい、聞こえる? 暇だから僕と訓練しようよ』

「その声、カナメか?」

『うん。今日こっちに戻って来たんだけど』


 カナメだった。確かグランディアから戻ってすぐ、自分が所属している企業に向かったらしいけれど、用事が済んだのだろう。

 キョウコさんも実家の方に戻ってるっていうし……やはり企業勤めや未来の経営者ともなれば忙しいんだろうな。


「んじゃこっち入ってこいよー」

『おっけー』


 リミッター無しの状態だから、カナメにもリミッターなしの状態で戦って貰おうかな。

 幸い、VRならリミッター外してもお咎めはないし。まぁ俺もカナメも外した事ないけど。そもそも俺は自分の意思じゃ普段は外せないけど。


「久しぶりユウキ君」

「一月ぶりくらいかね。忙しかった?」

「ユウキ君ほどじゃないよ。ただ、ちょっと今回勝手にグランディアに行った事で会社から怒られちゃったよ。まぁ評価もされたんだけどね。これも『英雄ユウキ』のおかげだよ」

「なんか役に立ったなら幸いだよ。んじゃ、俺暫くリミッターが戻ってこないから、今日はカナメもリミッター無し、召喚した武器ありで頼む」

「いや、怒られちゃうんだけど?」

「VRなら大丈夫なんじゃないのか?」

「リミッターは外せるけど武器はダメかなー。召喚するだけで管理者の方にバレちゃうから。後でダメ元で理事長に申請しておくよ」


 ふぅむ、そういうものなのか?

 いまいちよく分からないんだよなぁ、召喚したならカナメの物って訳じゃないのか。


「それじゃ、やろうかユウキ君」

「おう!」


 ただ、結果だけ言うと『訓練にならなかった』んですよね。得物の差的な意味で。

 カナメすまん、デバイスダメにしちゃって。


「なるほど……だから神槍召喚させようとしていたんだね」

「悪い! 弁償する!」

「VRでも武器同士はぶつかっちゃうからねー対人だと。完全仮想だと訓練効果も薄いし、仕方ないのかな」

「そうなんだよな……せっかく生身の相手と戦えたのに」


 その後も、デバイスなしの組手の相手をしてもらう。

 苦戦はするが、正直もうタイマンでクラスメイトに負けるビジョンが浮かんでこないのが実情だ。

 まぁこれはリミッターがないから、ではあるのだけど。


「うーん……力だけなら互角だけど、やっぱり勝てないね」

「力だけっていうか、細かい体捌きも互角だったろ?」

「そうだね、正直あまり差は感じない。でも一度も勝てない。たぶん、自分じゃ気がついていないかもだけど、ユウキ君の動作は『完成されている』んだよ。繋ぎ、動き出し、技の出始めに無駄もなければ予備動作もない。まるで完璧なお手本通りに身体が動いてるみたいなのに柔軟に対応してくる」

「そういうものなのか?」


 ふぅむ……身体のスペック的にはそこまで差はない。知識も技術もあまり差はない。

 となると、やっぱり俺の強さの原因っていうのは……想像力なのだろうか?

『こうありたい』『こう戦いたい』『これを再現したい』いつもそんな事を考えて動いているが、それが影響しているのだろうか?


「けどユウキ君が訓練してるのってどうして? ミカミ先生に教えて貰って来たんだけど僕」

「そうだったのか? いやさ、ちょっと試合みたいな事する羽目になったから、調整中なんだよ。リミッターも調整の為に預けてるから、カンを取り戻したくて」

「なるほど。じゃあカイも呼んだら? 寮に戻ってるよね彼も」

「あー……そうしようかな?」

「二対一ならもっと訓練になると思うよ?」

「マジかよ、そういう事しちゃうのか」


 その後、本当にカイに連絡を入れるカナメ。

 暫く待っていると――




「来たぞ、ユウキ!」

「この時期に調整と言う事は……やはりそういうことか」

「気になったので来てしまいました」

「同じく。多い方が良いよね?」


 なんという事でしょう。訓練室にはカイと一之瀬さんとコウネさんとセリアさんが集まっているではありませんか!

 なんでクラスのグループチャットで呼びかけたカナメ。


「ササハラ君。もしや……先日、あの御仁が言っていた件で調整、だろうか?」

「あー……うん。実はそうなんだ」

「! それは凄い! ぜひ協力させてくれ」

「なんだなんだ? おいおい、ミコト何か知ってるのか?」

「ふむ……? 僕もなんの事か分からないんだけど」


 そういえばヨシキさんのあの発言の場にミコトさんもいたもんな。

 ……が、カイの前でユキに関する発言は――


「実は、ユキさんがグランディアに発つ前に、最後に同門対決として、本気でササハラ君と戦う事になるらしい。ある人がその決戦の場を整えてくれたんだ」

「え……ユキさん……が」

「へぇ、それは気になるかも。オーストラリアの一件以来僕は会っていないけど、一之瀬さんとカイは会ったの?」

「ああ、実は偶然学園でな。後日、うちの道場に招待して、オーストラリアでの一件を説明しに来てもらったんだ」


 ああ……一之瀬さん、カイの顔見てくれ!

 どんどん目が死んでる……。


「グランディアに発つって事は、また任務で向こうに行くのかな?」

「そういえば私、以前の任務で……ダーインスレイヴとしての彼女とは会った事がありますが、ユキさんとしてはお会いした事がありませんね。普段はグランディアにいらっしゃるんですか?」


 そんなカイが、皆の疑問に答える様に、ボソボソと語り出す。


「……ユキさんは、一線を退くんだ。もうエージェントとしての活動を止めて、秋宮を退社するんだよ。……グランディアに……婚約者がいるんだ」

「え、本当に!? あんなに強かった人でも奥さんになるんだね、僕ちょっと目からうろこだよ」

「まぁ! ではもしかして、ユウキ君も知っていたんですか?」


 ここはどう答えるべきだろうか? いや、知らないって言った方がいいよな。


「俺も初耳だよ。ただ、思えば心当たりもあったかも。グランディアに任務外で行く事も多かったみたいだし」


 そう答えると、カイがどこか悲し気に――


「なぁ……ユウキはその、結婚式とかに呼ばれていないのか……?」

「呼ばれてないな。まぁ事情もあるみたいだし、俺は喜んで送り出すよ。俺よりも過酷な人生だったんだ、ようやく自分の家族が持てるんだし、嬉しい限りだよ」

「く……そうか、そうだよな……」

「で! ユウキ君ユキさんと戦うんだよね? 勝算はありそう?」

「いやぁ、グランディアでの俺ならもしかして、とは思うけど……今回のユキ、最後だからって張り切ってるらしいからなー」


 理事長曰く、俺では勝てないような相手を代役に仕立てるらしいし。

 今のところ考えられる相手は……やっぱりR博士だよなぁ。

 ロウヒさん曰く『私が勝てない、どうしようもないと感じる人間』らしいし。

 でもたぶん術者、魔法メインだとは思うから、それだと『ユキらしさ』がないと思うんだよなぁ……そういえばあの人『聖騎士』なんだっけ? どういう戦いをする人なのかよくわからないけど。


「コウネさんコウネさん」

「どうしました?」

「公国って騎士の国なんだよね? 聖騎士ってどういう職業でどういう戦い方するのか知りたいんだけど」


 仮に、だ。もしもR博士が俺の相手なら……きっと勝てない。

 だが、勝てなくても善戦したい、苦戦させたい、あわよくば勝ちたいと思うのはゲーマーの性、いや男の性ではないだろうか?

 打てる手は、全て打っておく。


「聖騎士ですか? 今では珍しい職種ですが、元々は神官や治癒術師、魔術型の方が後に騎士の修練を積み至る、名乗る事が許される職種ですよ。確か今代のエレクレア公国騎士団の団長が聖騎士ですね。お父様は魔法剣士として名が通っていましたが、少し似た感じです」

「へぇ……」


 そういえばコウネさんも魔法剣士だし、回復魔法も使える。じゃあコウネさんみたいなスタイルなのかな?


「ふむ……もしやユキさんは聖騎士なのか……? 魔法を使うような素振りはあまり見せなかったが」

「まぁ、基本的に俺が出来る事は全部ユキも出来ると思っていいよ。なんとなく、そんな予感がしてるだけ。もしかして聖騎士みたいな珍しい戦法も取り入れて来るかもって」

「なるほど……彼女ならあるいは……」

「聖騎士ならうちの国にもいたよ。一人で魔物の大群を押しとどめられるくらいの防護壁を単独で構築できるみたい。持久戦に優れてる感じかな?」

「ほほう、そんな感じか」


 なら、ネトゲで言うところのタンクなのだろうか? 自己回復可能な。

 ……それを、相当な強さの人間がやるってなると、俺じゃ攻めきれないのでは?

 まぁあくまで予想だけど。


「じゃあとりあえず、軽く一戦してみようか」

「そうだな、ならば私達は五人でかかろう。キョウコとアラリエルは不在だが、植樹式での一戦のリベンジ、という形になるな?」

「う……その節は本当に申し訳ありませんでした」

「ふふ、すまない。さぁみんな、構えろ。カナメ君もさっき申請したのだろう? 武器を召喚するんだ」

「あ、バレた? 隠し玉として使おうとしていたんだけど」


 うわぁ、軽い調整のつもりが、こりゃガチでやらないと無理な奴だ……!






「そこだ!」

「残念、はずれ」


 カイの斬撃を一歩横に移動し、最小限の動きで躱す。


「読んでました」

「どわ!?」


 が、その一歩が想像以上に踏ん張りがきかなく、体勢を崩してしまう。

 そこに振り下ろされる、セリアさんの斧とカナメの斧槍。

 崩れた体勢のままそれを受け切るのは難しく、一気に身体を崩され、膝をついてしまう。

 それでもまだ防げているが、これはもう持ちそうにない。


「詰みだ」

「まだ!」


 刀一本でギリギリ耐えていた二人の攻撃。だがそこに、カイと一之瀬さんの攻撃が迫る。

 気がつくと、ついていた膝から刺すような冷たさが広がる。


「マジ……かよ……」


 コウネさんの氷に、膝を地面に縫い付けられる。セリアさんとカナメの攻撃を耐えきれずに鍔迫り合いに負ける。カイと一之瀬さんの攻撃が迫る。


「……ハァ!」


 瞬間、風の魔導を全身から炸裂させる。

 まるで、体表を覆っていたアーマーを脱ぎ捨てる様に、圧縮されていた風が吹き荒れる。

 新魔導です、新たな再現でございます。最近フ〇ム作品の再現を一之瀬さんの家でやったので、その繋がりです。

 所謂アサ〇トアーマーって奴です。

 身体は闘争を求めるからね、仕方ないね。


 目くらましは出来ないけど、周囲を吹き飛ばす事は出来る。

 暴風に全員の体勢が崩れ、その隙に強引に膝を地面から剥がす。

 VRでも痛みも傷も再現される。右ひざからダクダクと血が滴る。

 だがそれでも、まだ戦える。


「切り札使ってようやく仕切り直しかよ……いや、むしろこっちの方がダメージは深刻か」

「驚いた……そんな技まで用意していたのか、ササハラ君」

「取ったと思ったのに……やるな」


 一之瀬さんとカイが再び剣を構える。


「魔導の発動が少ないな、とは思っていたけど、それの準備をしていたんだね?」

「なるほど……同時展開は出来ないみたいだね。風を圧縮して纏う、か。面白い魔導だよユウキ」

「うーん……正直強引に捨て身で逃げられるとは思っていませんでした。もう少ししっかり固めた方がよかったですね」


 全員の連携が以前よりも遥かに上手になっている。

 いや、植樹式の時はみんなも混乱していたし、ある種の奇襲だったしな、こっちも。

 やっぱり同時に相手にするのはキツイか。


「ちょっと本気じゃんみんな! 軽い調整のつもりだったのに……じゃあこっちも出し惜しみ無しでいくからな……!」

「来い! ササハラ君!」


 なら、まずは対集団戦用に仕える風絶を多重発動。

 瞬間的にみんなの立ち位置に真空の斬撃空間を発生させる。

 無論、発動を感じて瞬時に飛び退るのも予定調和だ。


「っ! マジかコウネさん」

「座標指定の魔法はユウキ君だけの専売特許ではありませんから」


 回避狩りをしようと踏み出すと同時に、片足が動かない事に気がつく。

 一瞬出遅れてしまい、皆がもう態勢を立て直す。

 まだ。最高速度で駆け出し、まずはコウネさんを狙う。

 この速さについてこられるのはカイだけ。なら当然――


「甘い!」

「だよな」


 カイがコウネさんの前に立ちはだかる。

 知ってる、そう来るだろうと思ってた。

 瞬間、俺のデバイスから風がまき起こり、カイの剣を弾く。

 さっきの風を纏う魔導。あれを駆けだす前に剣に使っていたのだ。

 一瞬崩れたカイの身体を掴み取り、盾のようにしてそのままコウネさんに迫る。

 カイの身体越しにデバイスを突き出し、カイを戦闘不能に追い込みつつコウネさんも戦闘不能に追い込む。

 えげつない戦い方。だがこれはVRだ。ならこれくらい、出来る。

 オーストラリアじゃしなかったような、非道な戦法もとれる。


「ほら、巻き込まないように魔法じゃなくて前衛として出て来た!」

「っ! ユウキっ! やりすぎ!」

「どの口が言うのか!」


 叩きこまれる斧を、右足で蹴り上げて防ぐ。

 が、今ので右足が死んだ。左足もさっきの膝のダメージで動かない。

もう、こちらの機動力はゼロだ。

 そのまま足を止め、全力でセリアさんの攻撃を弾き、防ぐ。

 魔導は使えなくても、まだやれる。


「終わりだよ!」

「うお!?」


 突如上空から猛烈な風圧を感じ、同時にカナメの声が響く。

 間違いなく進級試験で見せた、上空からの一撃。

 咄嗟にセリアさんの斧をもぎ取り、上空に向けて叩きこむ。

 セリアさんすら巻き込む一撃。カナメ、俺と同じでVRの利点『終わったら無事だから何をしても良い』って事に気がついてるな!


「っ! それ頑丈すぎでしょ!」

「だよな!」


 斧でカナメの一撃を防ぎ、もう片方の手で刀を振るい、隙だらけのカナメを切り伏せる。

 けれども、斧を持っていた左腕が肩から力なく崩れ落ちる。カナメの一撃に耐えきれなかった。

 でも利き腕が使える! 残りは一之瀬さ――

 そこで、猛烈な衝撃と共に頭を揺さぶられ、意識が暗転した。








「か……勝てたのか……」

「VR解除されたね、僕らの勝ちだ」


 ミコトが呟くと、戦闘不能にされていた面々がVR室で起きあがる。

 無論、負けたユウキも。


「あーーー負けた! 最後一之瀬さんでしょ! あと一人だって思った瞬間……もしかして俺、頭落とされた?」

「ああ、一瞬で終わらせるにはこれしかないと思った。カナメ君の攻撃を防いで少しだけ気を緩めただろう」

「うん、一之瀬さんの事意識した瞬間だったから、完全に思考速度で負けた。うわぁ……みんな強くなり過ぎでしょ……」


 事実、ユウキ以外の面々の実力も、着実に伸びていた。

 かつてユウキの離脱を受け、対ユウキ用の訓練を各々で詰んできている事に加え、グランディアでの経験、敗北の経験、それらのすべてが彼等を成長させていたのだ。

 たとえアラリエルとキョウコがいなくても、全力のユウキを倒す事を可能としていたのだ。

 無論、ある程度ユウキにも慢心や油断、何よりも殺意の有無により力加減の差はあるのだが。


「いやぁ……すっごい良い訓練になった……そうだよなぁ……ユキと戦うならこれくらい追い詰められるの、想定していた方いいよなぁ……」

「ああ。ユキさんはきっと、これまで以上に力を出してくるのだろう。……その、君とユキさんの戦いを私達も見たいと思うのだが……」

「ん-どうだろ? なんかクローズな催しらしいけど、関係者って事でみんなも見られないか聞いてみるよ」

「ああ、頼む。……しかし、私達も成長していたのだな。まさか本気の、全力の君に土を付けることが出来るとは」


 勝利の実感が湧いて来たのか、他のクラスメイトもどこか達成感のような物を感じていた。

 だが、それでもカイはどこか悔しそうに言う。


「また、俺が最初に落とされたけどな」

「だって、唯一俺に割って入れるのお前だけだもん。最初に来るってわかってたから、対策が出来るんだよ。カイの武器でもあり弱点かな。連携の起点かもしれないけど、もう少しバリエーションつけたほう良いかも」

「そうですねー……私が狙われるのも予定通りでしたけど、防ぎ方がいつもカイ頼みになっていたのは否めませんねー」

「なるほど……なんだかんだで、俺が一番ユウキと戦った経験多いし、もしかして癖とかある?」

「ある。でも今回は俺の魔導に対応出来なかったのが原因だし、仕方ないっしょ。初見殺しって奴だ」


 そんな感想戦をしながら、VR室を後にする。

 こうして、数日後に控えたユキとの戦いの最終調整を終えたのであった。








 そんな戦いの様子をモニターで観察していたのは、制御室ではなく、理事長室にいた二人の人物。


「どうですか、これが来季から受け持つ貴方の生徒です。まだ他に二名いるのですけど」

「……教えることはもうないんじゃないか、この学園で」

「そうですね、実戦での心得、戦闘技術。それに敗北の経験も十分に積めています。あとは座学に寄る知識の補填と、先人の知恵、そして対魔物の経験くらいでしょう。貴方には実務研修での彼等のバックアップをメインにお願いします」

「分かったよ。……本来の担当教官が戻るまでの間、でいいのかな?」

「ええ。……ふふ、なんだか不思議な感じです。初めて会ったのに、そんな感じがしません」

「……そりゃあまぁ、そうだろうさ。けど俺は正直今も緊張しているよ、天下の秋宮財閥の総帥の下に付くのは」


 それは、理事長であるリョウカと、先程学園に来たばかりだという客人。

 どうやら、彼がユウキ達の新たな、いや臨時の担任になる人間だったようだ。


「初めは貴方が誰だか気がつきませんでしたよ。突然ヨシキさんから紹介されて、どういう事かと思いましたが……今まで何を?」

「地元のスーパーの副店長。副業で訓練所のインストラクターも。平和にのんびり一般人ライフを謳歌していたよ」

「それは……すみません、私の所為で」

「いいさ。どうやら世界はまた激動の中にあるみたいだし。その渦中にみんながいるのなら……時代が動くなら、少しくらい手を貸すさ『昔のよしみ』で」


 そう語る男性。


「……それに、ササハラユウキ君には大きな借りが出来てしまったからな。それを返す程度にはしっかりやるさ」

「ふふ、貴方がどこかの誰かさんと違って『話の分かる王様』で助かります」

「ははは、そりゃヨシキと比べたらな。じゃ、デバイスの手配だけ頼むよ、リョウカさん」

「……なんだかむずかゆいですね、そう呼ばれるのは」

「妙齢の女性を呼び捨てにするのはちょっとな」

「分かりました。では、来期から宜しくお願いしますね『カズキ』さん」


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