表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/315

第十八話

「現在、地球とのゲートが発生しているファストリア大陸は、元々『神話上の大陸』と呼ばれていたと言う。具体的な年代は不明だが、かつてこの場所は――」


 ある意味、本当の新生活の始まりとも言える最初の講義の日。

 グランディアの神話、歴史を学ぶというこの講義では、まず初めに一番有名な神話についての現代の解釈、その移り変わりについて学ぶのだそうだ。


「普通に面白いと思うんだけどなぁ……この講義」


 まるでファンタジー小説でも読み聞かせてもらっているような感覚なので、最初から楽しく聞いている俺なのだが、この講義はそこまで人気があるものではないらしい。

 空席も目立つし。


「そして現在、このゲートだけが取り残されている状態であり、元々発生していた“魔界”、現在では異界と名を改められている世界と繋がっているゲートの方だが、知っての通り変則的に移動しており、近年ではセリュミエルアーチ王国で知られている“サーディス大陸”の海上へと移動しているという訳だ。ここまでで何か質問がある人間はいるかね?」


 おっと、じゃあ質問しなければ。みんな手を上げていないし。


「ふむ、SSクラスのササハラ君か。質問をどうぞ」

「はい。昨年度からセリュミエルアーチのお姫様であったり、要人の方々が地球へ来訪しているのは、異界探査を地球と合同で行う関係で生じている現地人と地球人との衝突の対策である可能性はありますか?」


 個人的な疑問。交流があると言っても、グランディアへ地球人が気軽にいけるという訳でもなく、逆もまたしかり。けれども、技術や物品の交易は盛んという状態。

 絶妙に江戸時代の鎖国に近いような、行き来が制限されている状態で、たまに来訪してくる地球人がみんな軍事関係、異界調査の為の人員というのは問題なのではないだろうか?


「一般的にはそうではないかと言われているが、調査団に選ばれているのは、いずれも三年以上グランディアで生活している人間であり、そういった衝突はないと“言われている”。あまり政治的な発言を講義では口にしたくはないのだが……細心の注意を払い調査を行っている日本とは違い、少々強引な方法で介入する国があるのも事実だ。もしかしたらそれらへの対策も兼ね、来日してくる方もいるのかもしれないな」

「なるほど……質問は以上です。有り難う御座いました」


 やっぱり色々あるんだろうなぁ……半世紀ちょっとでそこまで深い信頼関係なんて築ける訳もないか、さすがに。そもそもセリュミエルアーチって、最初期にゲートが発生した地点から結構遠い大陸にあるみたいだし。

 その後も、グランディアの大陸ごとの文化や歴史のさわりの部分を語ってもらい、要点や気になった部分をノートにメモしつつ、講義が進んで行く。

 そして一コマにしてはやや短い、四〇分という時間の経過を告げるチャイムが鳴った。


「では、今日はこれまでとする。何か質問がある生徒は教員室まで来るように」


 質問はとくにないかな。俺も今日は他の講義もないからと、少し早いが実戦戦闘理論の研究室へ向かう事にした。さて……今日は一体何をするのだろうか? 一応今日からは自分のウェポンデバイスも持ってきてはいるのだが。

 あまり使う事のない自分達の教室に戻り、ウェポンデバイス入りのケースを回収する。

 なんだ、ロッカーとしては結構有能じゃないか。

 やや大げさなウェポンデバイスのケースを運び出そうとした時、教室の扉が開かれ、一人の女子生徒が入って来た。彼女は確か……グランディア出身のエルフの生徒だ。


「大きな荷物を持っているねユウキ君。私、持とうか?」


 向こうもこちらに気が付いたのか、こちらへと声をかけてくれる。

 や、優しい言葉だとは思うのだが……そんなに辛そうに見えたのだろうか。

 それともやはり身長か、この身長の所為で非力に見られるのか。


「大丈夫大丈夫。こう見えて力持ちだから」

「そっか。身体強化が得意なんだね、羨ましい」

「はは、まぁね。これから実戦戦闘理論の研究室に行くんだ」


 そう答えた瞬間、目に見えて目の前で彼女が元気をなくした。

 ……これはまさか?


「……あれ本当はオリエンテーション二日目じゃなくて一日目にやる予定だったよね……日にちズレたせいで見学にいけなかったし、そもそも試験が即日行われたし……私も入りたかったのに……」


 おうふ。そうだよな、絶対こういう生徒も出てくるよな……こういう場合はどうなるのだろうか? 研究室に参加出来るのは二つまでなのだが、誰かが移籍した場合は……?


「元気出しなよ、ええと……“セリア”さん、だよね」

「あ、覚えてくれてたんだ。そっちは印象に残ってるからしっかり覚えているよ、ササハラユウキ君」

「……あれ誤解だからね? 僕は問題のある生徒なんかじゃあないからね?」

「分かってるよ。さっきの講義も真面目に受けていたし。質問までしていたよね」

「あ、いたんだ。グランディア出身なのにあの講義を受けるのは珍しいね」


 なんとか思い出せました。彼女の名前は“セリア・D・ハーミット”だったはず。

 なんでも、先程の講義で出てきた“サーディス大陸”からやって来たそうだ。


「私結構辺境の里出身でさ、自分の国の事以外はさっぱりなんだ。だからいろいろ勉強したいなー、と」

「なるほど。俺も似た理由だね、殆ど何も知らないから、勉強したかったんだ」

「そっか。ところでその荷物ってなに? なんだか鞄って感じでもないし」

「これは俺のウェポンデバイスのケースだよ。セリアさんはデバイスを使わないの?」


 グランディア出身のエルフとなると、恐らく術師タイプだろう。術式リンカーや杖型のデバイスを使う人が多いと聞くが、本来ならそんな物利用せずとも彼女達は自由に魔法が使えるはず。ただ、セーフティー機能や、負担軽減の為に利用する人も多いのだとか。


「あ、私はそういうの使わないんだ。召喚した物が武器だったから、それの殺傷力を抑えて使う事にしてるんだ」

「ほほう、それは便利だね。持ち運びしなくても瞬時に呼び出せるんだよね」

「そ。っていうかこのクラスの人ってみんなそうじゃないの?」

「例外でごめんなさい」

「あ、私こそごめん。やっぱりお詫びに運ぼうか? これ随分大きいし――」


 別に気にはしていないのだが、彼女が慌てるように謝り、ケースに手を伸ばす。

 だが――


「ぐえ! なにこれ重い!!! 嘘こんなの持ってたのユウキ君」

「ごめんごめん、それ結構重いんだ。ほら手を放して、パントマイムみたいになってるから」


 床から必死にケースを持ち上げようとしている彼女から取っ手を奪い持ち上げる。

 いやぁセリアさん……『ぐえ!』はないでしょう。そんな女の子が発する言葉じゃない。


「いいなぁ……身体強化適正高くて。私そこまで高くないから、代わりに筋トレしてるんだけど……来月くらいにもう一度それ持たせてよ。成果を見せてあげるから」

「俺のケースはダンベルじゃないんですが……」


 彼女はどうやら今日はもう寮に戻るそうだ。俺は研究室に行くからとそこで別れ、教室を後にしたのだが――後ろからセリアさんが駆けてきた。


「ユウキ君落とし物だよ、スマート端末! 危ないよこれ落としたら! 個人情報の漏洩は危ないって地球に来るときの研修でならったんだ――――あれ?」

「あ、マジありがとう!」


 端末片手に駆け寄って来たセリアさん。だが、そんな彼女が立ち止まり、俺の端末をじっと見つめながら――


「ロック画面、見ちゃったんだけどさ。これって……私の国のお姫様だよね?」


 あ、やべ。普通にロック中の壁紙にしてたわ。解除する度にニヤけてました。


「腕組んでる……ユウキ君って何者なの?」

「ええと……偶然落とし物を届けたら、持ち主がそのお姫様だったっていう」

「それで、なんで腕組んでるの?」

「知ってる? 拾った人間って落としたモノを届け出た場合、その一〇%を貰えるんだ。ただ、拾ったモノがちょっと口に出せない高価な物だったから、お礼になんでも言って欲しいって事で、記念撮影をしたんだ」

「なるほど。お金とか貰えたかもしれないのに、謙虚だねユウキ君」


 ユウキの いいわけレベルが 一あがった!


「へー……こうして見るとお姫様って背が高いんだ……それともユウキ君が隣にいるから……」

「う、うるさいやい! この頃よりは二センチ伸びてるんだからな」

「あはは、ごめんごめん。じゃあ返すね。研究室、頑張ってね、また明日」


 そう言いながら、彼女は誰かに見られたら眉を顰められそうな速度で廊下を駆けて行った。そしてよく見ると、その足にはアンクルウェイトが。

 ……本当に筋トレしてるんだ、セリアさん。線の細いエルフさんには無縁の物だと思っていました、筋トレって。




「お、俺が一番乗りだと思ったのに、早いねカナメ君」

「やぁユウキ君。僕は今日講義がなかったからね、早めに来ていたんだ」


 研究室に向かうと、カナメが先に席に着き、何やら物騒な槍? 斧槍? を磨いていた。

 すげえカッコいいな。白銀? まさか彼の召喚した物だろうか?


「ん、これが気になるかい? 僕のデバイス代わりだよ。召喚したのがこれだったんだ」

「やっぱりみんなそういうの召喚してるのか……ちょっと羨ましい」

「でも、これは普段使わないんだ。けどこうやって手入れをしないといけなくてね。一瞬で呼び出せても、汚れは綺麗にならないからね」

「あれ? でもそういう武器も調整したらデバイスみたいに非殺傷で使えないっけ?」

「うん、そうなんだけどね。これはちょっと特殊みたいで、力を抑えられないんだ」


 なにそれ、設定までカッコいいんだが。


「ちなみにデバイスも同じ斧槍タイプだよ。ユウキ君が手に持っているのは……大きさから察するに剣、かな?」

「お、正解。正確には刀だけど。見る?」

「うん、見たいかな。君程の人間がどういう獲物を使うのか気になるよ」


 あ、昨日の映像の事言ってるんですね。あれはもう忘れてください。

 ケースから取り出し、自慢の刀型デバイスを披露する。


「へぇ……本物の刀みたいだね。持ち手の部分が違うだけで、刀身は普通の刀と同じみたいだけど……なるほど、魔力光が白なんだね」

「俺はみんなみたいに装備品を召喚した訳じゃないからね、これが俺の唯一の武器なんだ」


 ニシダ主任が前に俺が使った剣に何やら処理をしているそうなので、正確にはそのうち二本になりますが。


「それに……かなり重いね。打ち合ったら辛そうだ」

「しかも魔力の安定性もよくないと来た。繊細なコントロールを要求されるんでございます」

「……本当だ。魔力を流し過ぎると刃先がぶれるね。……これは鍛錬の為?」

「正解。カナメ君凄いな、もう慣れてきたじゃないか」

「いや、ただ持っているだけだから出来ているだけだよ。これを振り回すのは……もっと時間がかかりそう」


 時間さえあれば出来ると申すか、この天才め!

 お互いのデバイスを見せあいながら時間を潰していると、今度は名前不明のエルフの生徒、そして続いてアラリエルがやってきた。


「お、二人も来たね。先輩方とかはまだ来ていないけど」

「……そうですか」

「お? なんだお前ら、獲物なんて出して。やり合うのかよ」


 そして意外な事に、最後に来たのは一之瀬さんだった。それもミカちゃんことミカミ先生と共に。


「皆、早いな。一之瀬にまだ早いと言っていたんだが……」

「先輩方から、ミカミ教官が遅刻の常習犯と聞きましたので」


 なるほど、迎えに行っていたのか一之瀬さんは。


「よし、じゃあとりあえず始めるか。皆席につくように。そこの二人はデバイスをしまうように」


 ミカミ先生が、盛大に伸びをしながら講義の説明に入る。


「この研究室は基本、一年間しか教えない。君達の先輩方は先週の試験の手伝いが最後だったって訳だ。まぁ取る人数限られているのに、三学年もいたら意味がないからな。濃密な教育、訓練をしたいという先生の方針だ」

「あ、そうだったんだ」

「無駄に幅利かせるパイセンがいないのはやりやすくていいな」

「そういう意味もある。君達には遠慮なしに戦闘訓練を積んでもらいたいからな。だから――必要以上に慣れ合う必要はない。自己紹介なんてやりたい人間だけやるといい。とはいえ、今年は五人中四人が同じクラスだったようだがな」


 そう言うと、唯一の別クラスの彼が、少々気まずそうな表情を浮かべる。


「では、今回は昨日とは違う、純粋な対人能力を見させてもらう。総当たりで戦ってもらうからVR訓練室……いや、術式フィールドへ向かおう。実際にダメージを負う危険もあるが、そこで戦ってもらう」


 あれだ、ダメージが体力の消費という形に変換される戦場。受験の時に使われていた場所だ。大掛かりな術式が必要な関係で、広い土地と膨大な予算が必要になる設備ではあるが、この学園にはそれが四つもあるのだ。恐るべし秋宮財閥。

 早速かつて受験に使われたフィールドに移動し、そして先生から一人一人にカギが渡される。


「ロッカー室に個人個人に必要なコンバットスーツが用意されている。着用してくるんだ。大丈夫だとは思うが、サイズが合わないと感じたら申し出るように」

「あれ? なんでそんな物が用意されているんです?」

「なんでって、入学前に注文した教材に含まれているからだろう」


 なるほど。そういう注文って教科書含めて全部ニシダ主任にまかせっきりだった。

 更衣室に向かい、早速用意されていたスーツに袖を通す。

 青灰色の、フェイクレザーに似た質感のそれは、中々機能的な作りをしていた。

 ポーチも幾つか足や腰に備え付けられており、関節部分にもプロテクターが装着されている。恐らく、魔術的な仕組みでもほどこされているのだろう。


「……野蛮な。これではまるで軍人ではないか……」


 すると、エルフの男子生徒から不満が漏れる。ふむ? もしかして良い所の出なのだろうか。


「だったら出て行きゃいいじゃねぇか。お行儀よく魔法打ち合いたいならここにくるんじゃなかったな?」

「なんだと!」


 アラリエルの煽りに反応してしまうエルフの生徒。名前は……ロッカーには“リイク・ビゼハン”とある。なるほど、では心の中でリっくんと呼ばせてもらおう。


「どこの出だかはしらねぇが、実戦の訓練だぞ? これからおめーのこと殴り転がすのに、上品なお洋服のままじゃお前も困るだろうが。なぁ?」

「っ! 貴様……どこの魔族が知らんが、分からせてやる必要があるようだな」


 申し訳ないが今回はアラリエルの味方をしたい気持ちでございます。

 実践訓練だしねぇ、相応しい恰好だとは思うんだけど。


「騒いでいないで着替えたら外に向かおうよ。ユウキ君、僕は先に行くよ」

「あ、俺も。アラリエルもどうせ決着はつけるんだし外いこうぜ」

「へ、そうだな。早く来いよお坊ちゃん。お前の相手になってやるよ」

「ああ、逃げずに待っていることだな」




 フィールドに戻ると、一之瀬さんも着替えて戻ってきていた。

 なんとなく女子は違う色なのではないかと思ったのだが、そんな事なかった。

 なるほど……なるほど。割と身体にフィットするデザインなのは分かった。


「では早速訓練を開始したい。これはあくまで君達の現段階の力を見る為の物ではあるが、互いの実力を理解する意味もある。全力で戦うように」

「センセー、一番手は俺とコイツでやらせてもらえませんかね?」

「ん、アラリエルと……リイクか。お互い術者タイプだな。許可する。他の者はフィールドから出てベンチに移動しろ」


 こう言っては何だが、生徒同士の戦いをこんなに間近で、早々に見られるとは運がいい。

 俺には使えない魔術魔法の類だが、どのようにして決闘をするのか興味がある。

 二人はフィールドに立ち、開始の合図を待っている。


「何をしている。訓練とはいえ実を想定している。始まりの合図なんてないぞ」

「ああそうかい!」


 その瞬間、アラリエルの手から黒い棘が伸び、リッくんへと向かう。

 当然それを回避したリッくんが、切り返すように腕を振るい、そこから小さな電撃を纏った何かがアラリエルへと向かった。


「電撃を纏ったカマイタチのようだな。なるほど、二属性を扱えるのか彼は」

「知っているのかライ……一之瀬さん」

「ライ……? まぁ見れば分かるだろう。風の魔法は生身であれば高い切断力を発揮するが、スーツごしでは威力に乏しい。だが雷を纏わせ、筋肉の動きを阻害する事で威力を上げているんだろう」

「なるほど、悪手だね。ここはダメージが体力の消費に変換される。効果は薄いんじゃないかな?」

「いや、ダメージですらない筋肉への負荷なら、むしろこの仕組みを越えて効果を発揮するんじゃないか?」


へぇ、環境を無視して相手にデバフを与えるって感じなのか。中々賢い戦法だ。

 ただ、どうやら戦闘が拮抗したのは初撃の応酬だけだったようだ。

 アラリエルは、魔法だけではなかったのだ。あの黒いトゲは、トゲだけではなく、盾のように展開する事も出来、それでリッくんの魔法を防ぎ、近接戦闘に持ち込んだのだ。

 そういえば殴るのも得意、とか自己紹介で言っていた気がする。

 そして、そのまま相手が動かなくなるまで殴る蹴るの暴力の限りを尽くしたのだった。


「魔法しかないなら実戦なんてやめちまえよ雑魚が」

「クッ……ああ止めてやる! こんな野蛮な研究室、こちらから願い下げだ!」


 ……まぁ、口には出さないが、俺も彼には向いていないと思う。貴族の決闘よろしく、魔法を撃ちあうとでも思っていたのだろうか。俺は魔法も接近戦もこなせるアラリエルの方が好ましく映るんだ。というか羨ましい。


「ふむ。帰るのか? リイク。もしも研究室を本当に抜けるのなら手続きをすませておくが」

「そうしてもらいます! どうやら、ここは私の求めていた場所ではなかったようなので」

「そうか、残念だ。では他の研究室に移れるように手続きを行わせてもらう」


 あーあ、行ってしまった。まぁ詳細な説明もなくいきなり試験をした以上、こういう生徒が出てくるのも想定の範囲内って事になるのだろうか。


「今の戦いについて一之瀬さんから一言頂きたいと思います。どうでしたか」

「む……そうだな、言動はともかく、アラリエルの言う言葉にも一理ある。戦場での魔術師の役目は、広域展開可能な魔法による足止めが主となる。もしもあのように砲台としての役目をしたいのなら、最低限接近戦もこなせるようになるべきだろう。まぁ二属性持ちというのはそれだけで希少な存在だ。もっと他の分野でも生かせるのではないか?」

「案外ノリいいね一之瀬さん。俺も概ね同じ意見だよ。にしてもアラリエルの魔法ってなんなんだろう。魔法も防げていたし、結構な強度があるように見えるけど」


 こう、黒曜石のような輝きがあってカッコいいのだ。羨ましい。

 それに見た限りじゃ、魔法を使いつつしっかり身体強化もしているように見える。

 少なくとも、高校までの授業や地元の訓練施設で見てきた人間とは次元が違う。


「アラリエル。どうせ総当たりになる。連戦で構わないか?」

「上等。ならこっちから指名させてもらうぜ! ユウキ、出て来いよ!」

「えー! 俺もう少し実況解説して遊んでいたいんだけどー!」


 一之瀬さんの解説聞くの楽しいし!


「行ってくると良い。私も君の対人戦を見て見たい。それに――刀を使うのだろう? 私と同じで。実に興味深い」

「……元々直剣使いなのであんまり期待しないでください」

「ゴチャゴチャ言ってねーででてこいコラ!」


 よし分かった。それじゃあいかせてもらいましょうとも。

 ウェポンデバイスには、一応鞘も存在する。抜刀術なんて物が出来るような形状ではないが、とりあえず腰に取り付けフィールドへ。


「刀のデバイスか。てっきりナックルダスターかガントレットタイプだと思ったが、剣士だったなんてな」

「まぁそっちは武器がなくても出来るからね」


 瞬間、今現在出せる最高速度で背後を取ると、一瞬遅れてアラリエルが裏拳を放ってきた。

 見える、だが避けるのはギリギリになる。見えているのに、身体がそれについていけないもどかしさに一瞬イラっとするが……読みを交えれば反応できそうな速度だ。


「やっぱり甘くねぇ、いいぜお前!」

「だろ」


 躱した拳を顎で挟み込む。案外強いだろ、ここの力。抜けられると思うなよ。

 驚きの表情を見せるアラリエル。そして捕まえた腕を取り、大きく空中に投げ飛ばし、間髪入れずに刀を叩きこむ。

 すると、ガキンと何か硬い物が折れる音と共に、アラリエルの身体が弾き跳んだ。


「魔法で防いだのね、なるほど」

「……マジかよ、砕けやがった」


 面白い、凄いわ。対人でここまで面白いのは久しぶりだ。

 再び駆け出し、途中で方向を九〇度変え、さらにまた変え、攪乱するように駆け回る。

 いける、少し膝が痛いが、このくらいなら身体がついていける。

 フィールドに掠らせるように刀を振るい、削り取られた欠片を飛ばし、一瞬だけの目くらましを放ち、その隙に跳躍する。

 着地と同時に、再び駆け出し、鞘を振るい、アラリエルがこちらに放とうとしている黒いトゲに全力で投げつける。


「よし、砕けた」


 欠片を回収し、再び攪乱するように駆け回り、距離を詰め、再び目くらましで欠片を投げつけ、着実に翻弄する。

 じれったいだろう、どうだ、立ち回りだけででも結構相手を翻弄出来るのだ。

 そして、今度は一直線に向かい、刀を振り抜いた。

 気分は某青い色な兄貴の駆け抜け一閃。もしも決め台詞を入れるなら『ダァーイ!』。


「……ふぅ。成功」

「クソ……てめぇ途中まで手抜いてたな」

「正解。最大速度の一歩手前で攪乱してみました。よく見ようとあの速度に合わせて視線を動かしていたっしょ? 最後の一撃だけもう一段階上げたから、見失ったって事」


 最初から決めにかかったら、反応されていたかもしれないし。だったら全体を囮にしてこちらの速度を誤認させればいけると思いました。いやだって、初撃を裏拳で反応されたもん。警戒するわさすがに。

 しかし、今回で分かった。身体強化は身体の間接や筋肉の強度を増す働きもあるが、今の動きでは膝に負担がかかりすぎる。

 制限がなければそれすら防ぎきる強化が使えるが、これではそれも出来ない。

 つまり、俺の強化はごり押し、無駄が多いという事になる。

「ミカちゃん先生! ちょっと俺は連戦なしでお願いします。ちょっと足に違和感があって!」

「実戦ではそんな言い訳通じないぞササハラユウキ! だが、許可する! 生徒を負傷させるのは本意ではないからな。見事だったぞ、下がれ!」


 アラリエルを助け起こそうとすると、意外にも素直に手を取ってくれた。

 そして二人でベンチへと戻り、カナメと一之瀬さんに出迎えられたのだった。


「なるほど……君は足で攪乱するタイプの剣士だったか。見事だった」

「アラリエル君、君は随分と感覚的な部分が鋭いね。休憩したら僕とやろう。君の反応速度、僕も試してみたい」


 今の一戦、どうやら皆を失望させるような結果にはなら狩ったみたいだ。

 互いの戦闘の感想を言い合うのが、楽しい。改善点も自ずと見えてくる。リッくん、惜しいことをしたよ君は。でも……たぶん、彼はこういう時間を受け入れないんだろうな。


「素直に人の話を聞くのって難しいからなぁ……」


 しつけの厳しかったばあちゃんに感謝。『人の話は最後まで目を見て聞きなさい』って叱られたもんです。


「ユウキ、最後に見せた技だが、あれは得意な技なのか?」

「技って?」

「いや、だから最後に一瞬で切り伏せた一撃だ。ほぼ地面すれすれの低空の一撃、あれを防ぐのは私でも難しいと感じてな、どこの流派だ?」

「始めて使った技であります。本来は抜刀術なんだけど、俺の鞘じゃそれが出来ないから、ただの薙ぎ払いになったんだ」

「ふむ……ならばさらに剣速があがるのか。流派は? 師はいるのか?」


 口が裂けても『ゲームのキャラの技を真似しただけです』なんて言えねぇ。

 そもそもこの世界じゃそのゲームが生まれていなないっていう。


「師匠みたいな人はいたけどもういないね。そして流派とかはないです。本当見よう見まねってだけだから」

「そうか……さて、では次は私が戦うとしよう。アラリエル、行けるか?」

「あ? なんで俺なんだよ、三戦目になるぞ俺もう」

「ふ、そうか。無理なら仕方ない。吉田君、頼めるか?」

「あ? 待てこら。誰か無理つったよ! いいぜ、やってやるよ!」


 結構扱いやすいね君。そして、今度は一之瀬さんとアラリエルの戦いが始まった。

 さぁ、見稽古の時間だ! 刀の使い方を俺にももっと見せてくれ!




 そうして、残った人間の戦いを眺めていると、残りは俺と一之瀬さん、俺とカナメの二戦だけとなったのだが、今日のところは時間が押しているからと、フィールドを後にする事となったのだった。そうだよな、四つもフィールドがあるとはいえ、使う人間も多いからな。


「では、ササハラは次回、一之瀬と吉田と戦うように。今日のところは研究室に戻り、私から改善案を出して終わりとする。しかし……早々に一人抜けてしまったか、どうするべきか」

「あ、なら一人心当たりあるんでその子に試験受けさせてみてくれませんかね?」

「ふむ。本来なら掲示板で募集をかけるのだが……ササハラの推薦というのも気になるな。分かった許可しよう」


 やったぜ、喜べセリアさん。あの人ならやる気もありそうだったし、早々に抜けるなんて言い出しそうにないし安心だ。

 その後、研究室で先生の改善案、もといダメ出しを受けてひとしきり皆がへこんだところで解散となった。

『ササハラは身体の使い方が素人丸出しだから基礎からやり直すべきだ』は結構辛いっす。

 でも心当たりがありまくるんですよね。確かに今も身体強化によるごり押しが目立つし。

 だが、そういう部分を改善出来るのならば願ったりかなったりだ。


 帰り道。学園の裏手に広がる町へと向かう道は正面門から出てすぐのところにあるのだが、俺は山の中に住んでいるので、直接学園の敷地内から向かう事が出来る。

 聞いた話では、あの町にはこの学園に通う生徒の為の貸し家やアパートなども多いらしい。なるほど、そういうのでいいんだそういうので。なんでそういう物件の紹介をしてくれなかったのだろうかニシダ主任は。


「ま、近いから良いけどさ――む、人だ」


 裏山に差し掛かると、前に学園指定のコンバットスーツ、先程俺達が着ていたのと同じ物を着用し、さらにリュックを背負い、手足に重りを付けて走り込みを行っている生徒を発見。

 あのショートヘアと赤みがかった金髪は……間違いない、セリアさんだ。


「おーいセリアさーん! ちょっと止まってー!」

「うん? あ、ユウキ君だ。どうしたのこんなところで」


 絶賛トレーニング中の彼女に、今日の出来事を伝える。

 実戦戦闘理論の研究室に空きが出来たので、追加の人員を募集するという話。そして、とりあえず推薦しておいたので、優先的に試験を受けられますよ、という話を。


「本当! ありがとうユウキ君!」

「うお!? 年頃の娘さんが抱き着かないで!」

「あははごめんごめん。そっかー……試験受けられるんだ……内容とか聞いちゃダメだよね?」

「ダメです」

「ですよねー……ところでさっきの質問。なんでこんなところに? テイクツー」

「俺んちこっち」

「なるほ。ちなみに私はこの坂道の往復が良い感じの鍛錬になるから毎朝走ってたり」

「なるほど。じゃあ伝えたから、明日にでもミカミ先生に話してきなよ。ユウキに言われてきましたって」


 たぶん、その場でいきなり試験になるとは思いますが、頑張ってください。

 大丈夫? グロ耐性ある? だまし討ちとかに弱そうな気がするけど。


「オーケイ! それじゃ引き続き走って来るからまたね、ユウキ君」


 そう言いながら、この坂道の傾斜を無視するかのような速度で走り去っていくセリアさん。すげぇなぁ……身体能力強化の適正が高くないって話なのにこの速さ……。

 そうして俺も坂道を途中で逸れ、細い道を通ってイクシアさんの待つ家に戻るのであった。




「おかえりなさいユウキ――む……他のエルフの香りがしますね」


 帰宅して最初に言われた言葉がこちらである。

 え、なに? エルフって独特の匂いでもするんですか。


「え、分かる物なんですか? 実はさっきクラスメイトにいるエルフの生徒とすぐそこで――」


 そういえば抱きしめられたっけ。スキンシップの激しい子であった。いや嬉しいのは分かるけど。なんだ、まさか俺は同級生にも子ども扱いされているとでもいうのか。

 まぁエルフって成長が遅いので、俺達で言う一八才ってエルフの実年齢だと三〇近いって話だけど。……中身がおばさんなのでは? と一瞬思ったが、そうでもないらしい。

 心の成長も身体と同じって話だ。うまいこと出来ているもんだなぁ……。


「まぁ、ちょっと話し込んでいましたね」

「なるほど。実はわかるものなのですよ。エルフは元々森の眷属と呼ばれており、その森と調和する香りを身に纏う存在なのです」

「なるほど……」


 まさしく森の人、って感じである。じゃあイクシアさんからたまに良い香りがするのは?

 いやさすがに聞けないか。普通に女性の体臭の話聞くとかありえないわ。


「さて、今日は昨日のカルビ丼の具が余っていますので、それを利用して炒め物を作りましたよ。お昼をすぎてしまいましたが、お腹が空いていれば昼食にしましょうか」

「あ、嬉しいです。昨日のあれ美味しかったからなぁ……」

「ふふ、やはりああいう味付けが好きなのですね、男の子というのは」


 勿論ですとも。焼肉風の味付けが嫌いな男なんて……少なくとも俺は知りません。

 こうして、ある意味本格的な学園生活の初日は無事に終わりを告げたのであった。

 ……今月はないけど、来月からは実務研修もあるって総帥が言っていたからな、どうなる事やら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ