第百八十三話
学園のスケジュールが今回の騒動でかなり前後した影響で、進級試験は二月頭、つまり今日にずれ込んでいた。
今日までにアラリエルと連絡がとれたらよかったのだけど、それも無理だったし、こりゃ暫く休学扱いになるな、アラリエル。
「……それで、どうして家で寝てるんですかコウネさん」
朝、学園から送信されるお知らせに目を通してからリビングへ向かうと、何故かコウネさんがソファでうつ伏せになって寝転がっていた。
え、朝の七時ですよ……? いくら俺達が新学期まで暇だからって……。
「あ、おはようございますユウキ君。ちょっとですね、イクシアさんに用事があったんです。見たい番組があったんですけど、今うちのテレビ壊れちゃってて、どうせなら一緒に見ようかと」
「なるほど……で、まだ寝足りなかったと」
そのイクシアさんはというと、キッチンで目玉焼きを焼いてくれていた。
コウネさんの分も当然。今日は洋食スタイルとして、目玉焼きにベーコン、サラダとトーストという構成だ。
「もう顔は洗って来ましたか? 一緒に食べましょう」
「あ、じゃあ牛乳とコーヒー用意しておきます」
「ユウキ君、私は砂糖多めのミルク多めでお願いします」
うむ、なんか凄い馴染んでる。
「食べながらですけど、ちょっとテレビの方設定しますねー」
「お願いします。まさか、BBがブゥチューブ以外でも活動していたなんて……」
「私も今回地球に戻ってから知って、すっごい驚いたんですよね。あ、じゃあとりあえず今回は私のアカウントでログインしますけど、ユウキ君も会員になるのおすすめですよ?」
「あー、なんか定額でいろいろ映画とか見られるんだっけ? そうだなぁ……最近レンタル屋に行く事も減ったし」
コウネさんが設定していたのは、どうやらテレビから動画配信サイトにログインする機能らしい。うちのテレビってネットに繋がってたのか……都会って凄い。
で、今は俺達がグランディアにいた間、地球で密かに話題になっていた『ブゥチューバーBBが海外の料理番組に出演』。その番組をイクシアさんと一緒に見る為に来たのだとか。
あの人……確か監視の為にアメリカに留まっていたんだよな……?
しかも今回は裏で結構協力してくれていたみたいだし。
謎だ。
「よし、準備完了です。じゃあ早速見始めましょうか」
そうして放送される料理番組。内容は『各国の料理人が腕を競い合う』というありふれた物だった。
で、どうやらBBは審査員らしい。てっきり選手だと思ったのに。
「あら、BBは審査員なんですね? やはりこういう場で腕を振るうのは主義に反するのでしょうか?」
「確かに『気軽に出来る料理』というコンセプトからは外れていますしね。たまに凄く凝った料理を紹介してくれますけど、さすがにこの番組のような物ではありませんし」
あまりにも二人が夢中になって見ていたので、朝食の後片付けは俺がやっておく事にした。
いやぁ……手広くやってるなあの人……。
番組の方は、どうやら順調に参加者がふるい落とされていき、やがて三人に絞られた。
結構長い番組というか、四部構成になっているらしく、俺も気がついたら台所で立ったままテレビを見つめていた。
……朝食食べたばかりなのにもうお腹空いて来たんだけど。
「おや、ユウキ君いつのまに」
「む、すみませんユウキ、後片付けをさせてしまいました」
「大丈夫ですよ。続き、見ましょう」
ソファに向かい、続きを見ていると――
「うーん……どうやらこの決勝に残った人、私が生まれる前にシェザード家から去った料理長さんですねー。きっとお父様ならこの人の作った料理を食べた事があるはずです。羨ましいですねぇ……」
「ふむ……家名がリーズロートですか……」
「確か、武門に秀でた家だそうですよ。どういう経緯で我が家に仕える事になったのかは分かりませんけど」
イクシアさんが反応しているのを見るに、もしかしたら生前から存在していた家なのかもしれないな。
そんな元シェザード家料理長さんだが、結局この人が優勝していた。
よし、キリも良いし、俺はちょっと学園に顔を出してこようかな?
実は昨日の夜、メールで今日も来るように言われていたのだ。
「すみません、俺学園に呼ばれているのでちょっと行ってきますね」
「はーい。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、ユウキ」
く……お見送りがテレビを見ながらだった! しかも振り返ってくれない!
おのれBB……!
学園に到着すると、丁度生徒達、この場合は一年生達がスタジアムに移動しているところだった。
つまりこれから進級試験だ、と。
あれ? じゃあリョウカさんも行ってしまうのではないだろうか?
「良かった、丁度良い所に。今からスタジアムに向かいますよ、ユウキ君」
が、そこに丁度現れたリョウカさんに声をかけられた。
「え、あ、了解です。……もしかして今日呼ばれたのって……?」
「現在、戦闘部門の統括でもあるジェンが不在で審査員が足りませんからね。それにリョウコの力で講師の一部が学園を離れてしまいました。審査の目が足りない以上、代役が必要だったんですよ」
「なるほど……SSからは俺だけなんですか?」
「いえ、一之瀬親子とヨシキさんも参加していますよ。正直、例年よりもかなり審査の目が厳しいです」
「ええ……それじゃあ今年の一年生、かなり辛くないですか?」
「それくらいで良いのですよ。本来であれば今年度の内に私が退学にすべきだった生徒もかなり残っています。あまりリョウコは厳しく学園を取り締まっていなかったようですから。どんどん厳しい目で審査してください」
マジでか。つまりこれは『本来退学になるようなやんちゃな生徒がたくさん残ってるのでここでしっかりふるい落とさないと来年度は大変な事になるぞ』って事なのか。
責任重大じゃないか……。って、そういえばそもそも、生徒の中に結構な権力者の御子息が混じっているのが常なんだっけ……。
そういう生徒を取り締まる事が出来る、グランディアの大貴族であるジェン先生が更迭されていたのも、影響があったんだろうな……。
そうして俺は、去年と同じくスタジアムの貴賓席に通されたのであった。
「ササハラ君!? まさか君も審査員に選ばれたのか」
「や、どうも久しぶり、一之瀬さん。先日はユキがお世話になったそうで」
「あ、ああ。そうか、今日の審査はもしかしたらユキさんも来るかと思っていたが、最後の審査員はササハラ君だったのか」
貴賓席に入ると、すぐに一之瀬さんが話しかけて来てくれた。
それに続き、お父さんの蒼治郎氏もこちらにやって来る。
「久しぶりだね、ササハラユウキ君。今回の事件、本当にお疲れ様だった。是非とも君にも話を聞きたいのだが……まずは先日、君の姉弟子であるユキさんに、無理を言ってしまった事を先に謝罪させて欲しい」
「あ、お久しぶりです。いえ……別にいいと思いますよ。ユキにとっても良いケジメになったと思います」
「そうか、ならばよいのだが……」
「しかしササハラ君も案外近くにいたのだな。てっきり人目を避けて、実家の方に戻っているのだとばかり思っていたが……」
「ああ、都心部の方のセーフハウスにいたんだよ、俺。ユキがいると落ち着かないんで、半分避難していたようなものなんだけど」
「む……君はユキさんとはあまり親しくはないのか?」
「いやぁ……ちょっと落ち着かないってだけです」
さすがに、常に俺かユキどちらかしか現れない事に疑問を抱く人が出てもおかしくはないからな……そろそろ理由付けでもしておかないと。
「しかし、そうなると残念だな……近くにいるのなら一度、君とユキさんの同門対決も見てみたかったのだが……」
「いやぁははは……」
すみません、それは不可能です。
「よう、ユウキ少年。隣空いてるぞ」
すると、今度は席に着いていたヨシキさんから声をかけられた。
「君の解説も聞きたい。いいだろ?」
「はは……個人的には俺もヨシキさんの解説、聞きたいですね」
世界最強のジョーカーが、果たして学生の技にどんな判断をするのか。
非常に興味が引かれますな。
「む……あの人物はササハラ君の知り合いだったのか」
「え、まぁ……そうだよ」
「ふむ、私もササハラ君の解説が聞きたかったのだが……彼は何者だ? 審査員に選ばれるのなら、実力は確かなのだろうか」
その辺は突っ込まないでください。なんかあの人……突っつくと物凄く突っつき返してくる厄介な人だから。
だが、時すでに遅し。
「ほう! お兄さんに興味があるか一之瀬嬢。何を隠そうお兄さんは世界最高峰の剣士にして、かつて秋宮からのスカウトを全て断り、現在進行形でこの審査の仕事をすっぽかしたいと思っているダメ人間だ。ちなみに、一歩間違えば俺が君達の担任になっていたんだぞ」
げ。しかも驚愕の事実とこの場、少なくともリョウカさんのいる場所で言っちゃいけないようなことまで言いおった……!
「む……世界最高峰と冗談でも口にしますか。……理事長、今の発言は本当なんですか?」
「とりあえず外部に漏らしてはいけない事を平然と漏らす人間です。ヨシキさん、ちゃんと審査してくださいよ? ちなみにジェンに断られた場合は本当にこの男がSSの担当になっていました」
「ふむ。興味深い御仁がさらに潜んでいたようですな。後程お話を聞きたいところです」
「天下の一之瀬流師範に興味を持たれるとは。ユウキ君、早く隣に来い。お兄さん人見知りだから」
「……はいはい」
自由過ぎる……。
「あ、そうだ。君がユキに譲られた刀、今日回収に行くから予定あけておいてくれ」
「あ、了解です。じゃあ俺のデバイス、完成したんですか?」
「今こっちに向かってるそうだ。ユキと入れ替わりだな」
「はは……」
「しかしちょっと残念だな。あの刀を使うユキと一度くらい模擬戦をしたかったんだが。現状、彼女が全力を出せる武器なんてあれしかないだろ?」
えー、それはちょっと恐いので遠慮したいっす。
「少しは楽しめると思っていたんだけどなぁ……。ユウキ君でも良いから後でやらないか? たまには対人戦でがっつり汗を流さないと」
「謹んでお断りさせて頂きます……まだ死にたくないんで」
「しっかり手加減するから、な? 今ならサービスで一撃入れる度にうまい物食わせてやる。もうすぐ誕生日なんだろ? プレゼントだと思って」
あ、そういえばそうだった。俺もついに二十歳かー……。
すると、近くで話を聞いていたリョウカさんが、疲れた顔をしながらもヨシキさんの後頭部に一撃、チョップを入れる。
「馬鹿な事話していないで、そろそろ試験開始です。それと、あんまりユウキ君をいじめないでください」
「あいよ。……まぁ、最悪俺は誰にも評価点は入れない。それでいいならって理由で来たんだ。真面目に見るつもりなんて端からないんだけどな」
「……しっかり給料分は働いて貰いますからね」
審査対象は、今年もDクラスから順番に技が披露される自分達オリジナルの技。
正直、SやAよりもDの方がひたむきに努力している分、見ていて好印象だ。
最初の生徒は、去年見た生徒のように、基本的な剣術をひたすら練習したのか、中々の剣速で対象のロボットを一撃で沈めて見せていた。
「論外。ただ極めた一撃を技と言い張りたいならせめて一刀両断にしないと」
「厳しいですね……けどまぁ、工夫がなかったんで俺もこれは不合格に一票かな……」
そんなこんなで、ヨシキさんは次々と不合格判定。俺はその中でも目を引く者は合格判定を下していた。
そうして、Bクラスまで終わったところで、昼休憩が挟まれていた。
「……実際この目で見ると、シュヴァ学も大したことないな。去年の君達の技が最低ラインだよ、俺の基準だと。やっぱりカリキュラムと入学試験の見直しが必要なんじゃないかね」
「ええ……ちょっと厳しすぎじゃないですか? 今年はSSの一年生っていないんですよ?」
「だが、シュヴァ学は本来、異界の調査隊の候補生を育成するという側面もあるからこそ、国にここまで大きな土地を自由にして良いと言われているんだ。こんな生徒達が異界に行ったところで無駄死にだろ」
「……そこまで、過酷な場所なんですか?」
そういえば俺、異界については何も知らない。具体的にどういう場所でどんな危険があるのかも。
「それこそ今、そちらにいる一之瀬流の師範。その長年であるセイメイ君が異界でめざましい活躍を見せ、部隊長に就任した。が、それでも異界の調査が進んだという報告は絶無。精々拠点をさらに深部に進める事が出来ただけ。いいか、最強と呼ばれている彼ですら、拠点を進めるだけで手いっぱい。具体的な調査が出来ないくらい、戦いに従事し続けなければいけない程の過酷な環境なんだ」
「……それは説得力がありますね」
けどヨシキさん。この距離でそんなズケズケと人様の家の事を言うと……。
「いやはや、耳が痛いですな。しかし異界の状況を詳しく知るとなると……貴方も関係者でしたか」
「ええ、そうなりますね。ああ失礼、決してセイメイ君を悪く言うつもりはありません。異界はそれほど驚異であることを彼に教えていたんです」
「分かっていますとも。私も教導する立場として、門下生に似たような事を言っていますから」
「確かに一之瀬流出身や分派の教えを受けた調査員は多いですからね。……食事をしにいきませんか? 色々お話をしてみたいと思っていました。せっかくならご一緒しましょう」
「そうですな。失礼ですがお名前は……」
「ニシダヨシキです。こちらの学園の非常勤の講師を務めるニシダチセの兄です」
「おお、そうでしたか」
「ニシダ先生のお兄さんでしたか……」
ちょっと厄介ごとの匂いがしてくる中、俺達はそろって食堂、しかもその三階へと向かうのだった。
食堂は一階を一、二年が利用し、三階は三年生が利用する。
そして今日は進級試験である為、三年生は来ていない上に、来年から三年生になるのが決まっている俺と一之瀬さん、その関係者がここを利用するのには問題がない……とはヨシキさんの弁だ。
ちなみにリョウカさんは、試験会場のメンテナンス指揮を執る為にスタジアムに残っていた。
つまりヨシキさんのブレーキを踏める人がいないのである。
「しかし、案外シュヴァインリッターの生徒のレベルが低いですね。そう思いませんか蒼治郎さん」
「……しかし、彼等はまだ一回生でしょう。これからの躍進を踏まえて光る物を内から見つけ出さなくては」
「少なくとも磨いたところで売り物にならない宝石というものは実在します。下手に進級させるのは、互いの為にならない。少なくとも私は厳しい目で審査を続けますよ」
「はは、厳しいですね。……だが、そういう審査員が必要なのも事実。先程も言っておられましたが、異界調査についての現実、危険性をもっと生徒達に……国民に認知させる必要はあるでしょうな……」
「父様……」
ふむ。何故か、蒼治郎さんと一之瀬さんが急にトーンダウンしていた。
「ああそうだ。さっきそこの一之瀬嬢も言っていたが、ユキとの同門対決、実現できるかもしれないぞ、ユウキ君」
「は? いや、無理でしょう」
「なに、出国前の記念に一戦くらい出来るだろう。話は俺がつけておく」
そう言いながらヨシキさんは意味深に自分の首元を指で叩いてみせた。
……まさか! あのチョーカーを誰かに使わせるつもりなんじゃ……!
いや……でも俺とユキが同時に存在する瞬間っていうのが確認されれば、今後いろいろと掘り返されたとしてもユキ=俺とはならなくなる……か?
「な……! そんな事が可能なのですか! ヨシキさんはユキさんとも知り合いだったのですか……!」
「何を隠そう、ユキの前任者みたいな事もしていた時期があります」
前任者っていうかもっと上の存在というか。この人かなり大っぴらになんでも話すけど、その所為で逆に怪しさが薄れているんだよなぁ……計算してるのか?
「ちなみに、異界調査団が派遣される前の第一期調査隊にも参加していたりします。結構お兄さん凄い人なんだぞ」
「む、まさか……! では、現在の異界の情報も既に……?」
すると、蒼治郎さんが神妙な面持ちで話し始める。
それに応える様に、ヨシキさんも少しだけ声のトーンを落とす。
「ええ。現状は把握しています。今は詳しいお話をここでする訳にはいきませんが、時間が事態を良い方向に導くかと思いますよ、私個人の見解としては」
「そう……ですか。ええ、そう言って頂けると少しは気持ちも楽になります」
「ご安心ください。『過去に確認された事例』では、一年以内に事態は改善しましたから」
「そのような情報……良いのですか、ニシダさん」
「ええ。本来であればリョウカが話すべき事でしょう。しかしアイツはどうも人情というものに疎いので、必要はないと思ったのでしょうね」
なになに、なにか二人にだけ通じるなにかがあるんですかね?
が、どうやら今のやり取りの意味を一之瀬さんも理解したのか、とても晴れやかな表情に変わっていた。
……一之瀬親子って、もしかして異界に関する事で何か悩んでいたのだろうか……?
「午後の部は上位クラスだったか。ユウキ君、後輩に知り合いはいないのか?」
「ええと……」
正直後輩との関りはほとんどない。だが……Sクラスにいるホソハさんと……ナシアだけは、俺ともよく話をしていた。
だが、ナシアは深い眠りに。ホソハさんはグランディアに留学中だ。
「いないですね、特に知り合いは。一応二人いたんですけど、二人とも今はグランディアです」
「ん、そうか。これはあまり期待出来ないかもしれないな」
そうして午後の部が始まるも、やはり例にもれず、上位クラス程『慢心』している生徒が多い。
正直、ヨシキさんではないが俺も全員に不合格判定を下していた。
これ、進級出来る生徒五〇人切るんじゃないか……?
試験が終わると、貴賓席にリョウカさんが戻って来た。
「本日はお疲れ様でした。明日以降は二年の進級試験になりますが、そちらは人手が足りていますので、審査は本日のみとなっています」
「了解しました。秋宮理事長、こうして若い世代の戦う姿を間近で見る機会を頂き、感謝致します」
「同じくこのような経験をさせていただき、有り難うございました。では私は寮に戻ります」
「私も道場に戻る事にします。また何かあればご連絡ください」
そうして一之瀬親子が貴賓席を去り、ヨシキさんと俺が残る。
「リョウカ。俺も今日はここで帰らせて貰うが、一つだけ提案だ」
「はい? 試験の見直しならお断りですよ?」
「いや、そうじゃない。今日一日、一之瀬蒼治郎の様子を観察していたが、あれはかなり善性の高い人物だ。だが同時に『素直に人を信じすぎる』きらいもある。あれを基準に物事を計るのは止めた方が良い。実際、彼と同等の立場の人間の中には、今回のお前の動き、ササハラユウキの活躍に懐疑的な人間も多い筈だ。だからこそ、可能性の芽は摘んでおくべきだろう」
……え? ヨシキさん……そんな目的の為に動いていたのか……?
「ユキの存在は正直、お前が思っているよりもウィークポイントになる。言動が行き過ぎている部分もあったはずだ。だからこそ、ユキの正体が万が一でも露呈するのは問題だ。だからこそ、もう一度だけエキシビションの開催を提案する」
「……一之瀬蒼治郎氏は以前、身内にセシリアの手の者が潜んでいたのを見落とし、結果としてカイ君の変質という事態に陥っています。確かに彼は人格者ですが、そうですね……彼の信用を得られたからと気を抜くのは早計でしたか。……そうですね、学園の他の理事の信用を得る為にも、しっかりとした形でユキには秋宮を去ってもらう必要がある、と」
「ああ。これで秋宮の手駒が一つ減ったと誤認させ、警戒度を下げるというわけだ。というわけでさっきのは冗談ではなく、英雄ササハラユウキとダーインスレイヴの正体ユキの一戦は必要な戦いだ。やってもらうぞ、ユウキ君」
「ええと……そうなると相手はどうなっちゃうんでしょうか……?」
ヨシキさんが言っている事も理解出来る。ユキに懐疑的な人間だって必ずいるはずだし、俺とユキの関係に疑問を抱く人間だって出て来ても不思議じゃない。
だが問題は、ユキに変装出来る背格好でかつ、実力のある人間で、更にこちらの事情を知る人物に心当たりがないという事だ。
「イクシアさん、ではどうでしょう? 背格好もあまり変わりませんし」
「彼女ではユウキ君相手に本気を出せないのではないか? ユウキ君、どう思う?」
「ええと……グランディアでの俺なら一応、戦ってくれますけど……」
認めたくはないが、地球での俺、つまり子供感が強いと……難しいだろうなぁ。
「その様子だと難しそうだな。……分かった、こちらで用意しておく」
「大丈夫なんですか?」
「問題ない。安心してくれ。ああそうだ、帰りに俺も同行しよう。恐らく家にチセがデバイスを届けに来るから、刀を持ってチセと一緒に帰る。一応、チセに一人で運ばせるには物騒な代物だからな」
「あ、了解です。もしかしたら今、家が来客中かもしれませんけど」
「ん、そうだったか。なら君の家の畑で作業でもしてるさ」
「はは、畑仕事も出来るんですね」
ふぅむ、色々気になるけれど、今日はひとまず解散……って事でいいのかね。
「ユウキ君、公開討論のスケジュールがもうすぐ決まりますので、今度打ち合わせにお呼びするかと思います。出来ればどこかに遠出をする事は避けておいてくださいね」
「了解です、じゃあ、行きましょうかヨシキさん」
「あいよ。じゃあな、リョウカ。それと来学期からの教員補充の件だが……悪いな、今回もパスだ。俺は誰かに教えるのには向いていないんでね」
「はぁ……やはりそうですか。いいんですよ、あまり期待はしていませんでしたから。ではイクシアさんによろしくお伝えください」
え? 今サラっと何か凄い事言ってなかった?
もしかしてまたしてもシュヴァ学の教員になる話蹴ったの?
給料結構良いと思うんだけどなぁ……でも正直、ヨシキさんに教わるのは恐いので断ってくれて助かりました。
そうして、ヨシキさんと二人で裏山へと向かう。
さーて……コウネさんとイクシアさんの鑑賞会は終わったかなー?