第百八十一話
(´・ω・`)ユッキーの消失
「おはようございます。ユキさんをお迎えにあがりました」
朝八時。玄関から一之瀬さんの声がかかる。
既に身支度を整えておいた俺はイクシアさんに一言声をかけ、二人の元へ向かう。
なお、今回もイクシアさんが例の雑誌のコーデをしてくれました。コート暖かい。
「お待たせしました二人とも。ご足労をおかけします」
「いえ、こちらこそわざわざ道場まで来て頂けるとは」
「ふふ、噂に名高い一之瀬流の道場にお招きに与り光栄ですよ」
うむ、今日もしっかりユキをやれているな。ただ、気持ち的に『これで終わりだ』と決めている関係だろうか。いつもより少しだけ……心が軽く、肩の力が抜けてくれていた。
まぁそれはもしかしたら、完全にお出かけ用の私服だからなのかもしれないが。
やっぱり服って気分を変えてくれるよね。
「おはようございますユキさん」
「おはようございます。今日は案内、宜しくお願いしますね」
「はい! なんだか今日のユキさん、いつもと感じが違いますね」
「まぁ今日は別に戦士として動く訳ではありませんから」
山を下り、バスに乗り込み彼等の道場のある千葉へと向かう。
何気にバスでの長距離移動は久しぶりだな。しかも千葉ってこの間秋宮の本社ビルに寄っただけで、実質初めて行く場所だし。
バスに揺られながら、二人の会話に混ざる。
やたらとこちらの私服を褒めるカイと、いつもよりもずっと普通の女性に見える服装の俺に『やはり戦いの世界から抜けるのですね』と、どこか寂しそうな一之瀬さん。
なんだか一之瀬さんに申し訳ないな……いや、悪い事はしていないんだけど。
「そろそろ都市部を外れます。道場はもう少しですよ」
「分かりました。では降りる用意を」
「あ、荷物は俺が持ちますよ」
「いえ、これはお土産ですので、私が持つべきでしょう」
「そんなお土産なんて……気を使わせてしまい申し訳ない」
「いえいえ。そんな大した物ではありませんので」
はい、イクシアさんに持たされております。シンビョウ町にあるお菓子屋さんのサブレ詰め合わせギフトです。
俺も食べた事あるけど、これかなり美味しいですよ。気に入ってもらえるだろうか。
そのまま大きな建物の少ない、一般家屋が増えて来た通りでバスを降り、いわゆる下町といった風合いの道を三人で進む。
ああ……なんだかこういう雰囲気の道っていいな。TV番組とかで見た事ある感じだ。
……まぁ下町と言ってるけど、明らかに俺の実家付近よりは栄えているんだけど。
さすが天下の千葉県様やでぇ……。
「見えてきました。あちらです」
「ほう……やはり大きいですね。門下生は今どれくらいいるのでしょうか?」
「以前のカイのように下宿して鍛えている人間は八名。残りは外部から通っている人間が四三名です。一之瀬流派に連なる道場は他に幾つかありますが、そちらは厳密には一之瀬流の門下生としては数えていません」
なるほど……やっぱ凄いんだな一之瀬さんのところって。
「下宿で鍛えられるのは一定の腕前と任務に参加、その場で評価された人間だけなんですよ」
「なるほど、ではカイ君も余程優秀だったのですね?」
「い、いやぁ……それほどでもあります?」
「お前というヤツは……自分が優秀だと、仮にもユキさんの前でよく言えたものだな」
「うぐ……」
カイ……お前凄いぞ、完璧だ。まさにいじられる為に生まれて来たような男だ!
そのまま道場へ向かう。今の時間は門下生に稽古をつけているそうだ。
一之瀬流では、まずは身体強化も何もない、所謂俺が元いた世界と同じ感じで稽古を重ね、そこで一定の技量を身に着けてから、初めて魔力を使った訓練を始めるそうだ。
現に、この道場の敷地内にも、似つかわしくない近代的な施設、訓練施設が併設されているくらいだし。
「まずは稽古が終わるまで、少し見学でもしていましょうか」
「そうですね。では」
「声かけなくていいのかよ?」
「さすがに他の門下生の邪魔は出来ないだろう」
広い道場で、稽古に明け暮れる門下生達を道場の脇から眺める。
そうか……カイも一之瀬さんも剣の扱いが上手なのは、こういう基礎をとことん積み重ねているからなのか。
身体強化無しの俺はどこまで戦えるのだろうか? 実際、身体強化の副作用として、身体が鍛えられていくというのもあるが、それは本当に『戦う為の筋肉』しか鍛えられないそうだ。
それと同時に目も良くなる。少なくとも元いた世界の俺じゃあ辿り着けないような超人的スペックは素の状態で手に入れられているはずだ。
そう考えると……やっぱりこの世界って魔力の有無でかなり人生が左右されるな。
魔力を使った生活をしているだけで身体の基礎スペックが上がっていくのだから。
各国が魔力を求めて裏で動くのもよく分かる。
「師範代に……カイも来てるじゃないか」
「隣のあの人は誰だ……?」
「新しい門下生候補か?」
気がつくと、稽古が一段落ついた門下生が、汗を拭きながらこちらを観察していた。
それに合わせ、一之瀬さんが蒼治郎さんの元へと向かう。
「父様。ユキさんをお連れしました」
「む。おお……! すまない、気がつかなかった」
蒼治郎さんがすぐにこちらへと向かい、頭を下げる。
「ご足労おかけしてしまい申し訳ありません。すぐに身支度を整えて参ります。ミコト、カイ。彼女を応接間へとお通ししてくれ」
「分かりました」
「了解です」
門下生が見てる前でしょう! 空気変になったじゃん!
「師範が頭を……」
「門下生候補じゃないのか……」
「カイと師範代の同級生って訳じゃないのか……」
天下の一之瀬流師範が頭を下げないで下さい……。
「頭を上げてください、蒼治郎さん。予定より早く到着したのはこちらの不手際ですから。ゆっくり汗をお流しください」
「分かりました。では、少々お待ちください」
ううむ……なんというか非常にやりにくい……。
応接間は、なんとも古風な和室だった。
飾られている刀についつい目が行ってしまうのは、男の子ならしょうがないと思うんです。
はー……同じ和室でも実家とは全然違うなぁ……風格っていうのが凄い。
「なんだか道場にユキさんがいるのって不思議な感じがするな、ミコト」
「ふふ、確かにな。我が家にユキさんがいるという状況がなんとも」
「そうかもしれませんね。私自身、誰かの家に来るという事はほぼありませんから」
「へー、ユウキの家だけって感じなんですね」
「そうだ……ユキさん、ササハラ君は今どうしているのですか? 先程家に向かった際も不在だったみたいですけれど」
「ユウキでしたら、今は下手に身動きが取れないからと、人目を避けて生活をしていますね」
「なるほど。確かに……今や彼は世界一有名と言っても過言ではありませんからね」
「ちょっと羨ましいですねー」
いや、実際困るぞ。常に変装しなきゃ大変だろうし今後。
ユキ以外の変装も用意しないとだなー。
そうして時間を潰していると、蒼治郎さんがやって来た。
「お待たせしました。では改めまして、本日はようこそお出でくださいました」
「いえ、こちらこそ本日はお招きいただき感謝致します。つまらない物ですが、どうぞお納めください」
サブレギフトどうぞ! たっくさん入ってるので後で皆さんで食べてください。
「これはご丁寧に……」
「そう畏まらないで下さい。さて……では、早速ですが本題に入りたいと思います」
挨拶もそこそこに、一先ず俺は現段階で分かっているグランディアでの勢力図、あのオーストラリアの事件での詳細を語る。
「あの事件は、ひとえに植樹地に埋め込まれた魔導具を奪取する為に起こした物でした。魔導具の解析により、ご存知の通りセリュミエルの研究院の陰謀が暴かれました」
「やはりそうでしたか。あの段階で、既に魔導具の工作に気がついておいでだったのですかな?」
「恐らく、苗の襲撃の段階である程度目ぼしはついていたのかと。私は植樹襲撃の段階ではまだUSMとは無関係でしたからね。ただ、苗の破壊と同時に魔導具の奪取も狙いだったそうです。しかし、あの段階での魔導具奪取は無理だと判断されたそうです」
「そのような段階から……最初からあの植樹に疑問を抱いていたのでしょうな」
「恐らくは。ユウキは、去年の段階で一度オーストラリアに出向いていました。そこで植樹の話が持ち上がっている事を始めて知ったそうです」
あの会合での一部始終を語る。
思えばあの一連の事件もセシリアの思惑の一部だったはずだ。それに……六光の襲撃もあらかじめ『六光を雇っていた組織』に会合の情報を漏らしていたはずだ。
恐らくあの襲撃グループは『シャンディ』だったんじゃないだろうか?
「ユウキが事件を起こした後、私はすぐに彼の足取りを追い、USMとコンタクトを取りました。その場にいたリョウカ総帥の指揮下に入り、その後はユウキに代わりオーストラリアへ。海上都市に立ち寄ったのは、ユウキの家の様子を確認する事と、オーストラリアに正規の方法で潜入する為でした」
「……やはり、そう言う事でしたか。私やSSの生徒達の見立てでは、侵入者とユキさん達は別口の組織だとは見ていましたが、当たっていましたか?」
「ええ。彼等は魔導具の奪取の為だけではなく、基地の壊滅や、それ以上の何かを狙っていたのではないか、と我々は予測しました。被害を広げない為にも、早急に終わらせようとしたのですが……結果、多くの犠牲者を出してしまいました」
「やはり……して、その者達の危険性はユキさんの見立ててではどの程度でしょうか?」
「彼等と剣を交えましたが、私が殺害した若者二人は、間違いなくカイ君やミコトさんに匹敵する相手でした。正直、あちらの手札や層の厚さが恐ろしいですね」
あの時、俺は瞬殺してみせた。逆に言えば不意を突いて一息に殺す必要があったのだ。
まぁあれは借りていた刀の性能のおかげもあったかもしれないけど。
……あの時、襲撃犯のうちの一人、ベンチに座っていた班長と呼ばれていた男は、確かに俺の攻撃に反応して防いでいたんだよ。
まぁその防御ごとすっぱり両断しちゃったんだけど。まじあの刀恐い。
「そこまでの相手がグランディアに……ユキさんは本当にこの世界から足を洗うと言うのですか? 調査の為グランディアに向かうのではなく」
「半分はそういう理由ですが、元々私は期間限定で秋宮に仕えていましたから。今後はグランディアの貴族の子女向けの学園に通いますよ。そちらで向こうの風習や礼節を学び、最低限の教養を身に着ける予定なんです」
「ふむ……? それはつまり、どこかに潜入する為……ですかな?」
さぁ、ここだ。サラっと軽くフラグを折らなければ。
もうユキに憧れる時間は終わりだ、カイ。
「いえ、嫁ぎ先が中々に歴史ある家ですからね。妻が無作法者では主人が恥をかいてしまいますから」
……そう! ユキは嫁ぐのである! つまり人妻になるのである!
場を包む奇妙な沈黙。そりゃそうだろう……だってあのユキが突然結婚宣言するんだから。
「……今、なんと?」
「ですから嫁ぎ先の家に迷惑をかけない為、です。向こうの家の風習、目上の人間に対する作法は、地球のそれよりも面倒ですからね」
「では、ユキさんは結婚する……と?」
「ええ。ようやく、人並みの生活をする事が出来ますよ。幼少期よりずっとこちらの世界にいましたからね」
「な……なるほど。それは確かに……裏の世界から抜ける必要がありますな」
「ええ。これからは私に代わり、大々的にユウキが動いてくれます。元々、私はユウキが大成するまで秋宮で働くと約束をしていましたから。これでようやく私も嫁ぐ事が出来ますよ」
すまん、カイ。お前には失恋を経験させてしまった……!
カイの様子をチラ見すると、まるでこの世の終わりのような表情を浮かべ、真っ青な顔をしていた。
「なんと……! ユキさんはご結婚なさるのですか! 相手の方は一体……」
「ふふ、秘密ですよ。ですが、私を表の世界に連れ出してくれた恩人です」
「なるほど……では、本当にこれでもう……お会いする事がなくなる……のでしょうか?」
「そうなってしまいますね。何分身分違いの結婚ですから、大々的に発表する事も出来ません。しかしそれでも、私は一人の妻として生きていくつもりです。無論、グランディアの世情、情報は独自に調べては行くつもりですが」
「なるほど……おめでとうございます、ユキさん」
「……おめでとう……ございます……」
「ありがとうございます、お二人とも」
さぁ、これで今日の目的はほぼ達成だ。カイ、お前には悪いと思っているんだぞ本当に。
が、さすがに……ユキに入れ込みすぎなんだよ。オーストラリアの時とか、もう完全に忠犬状態になっていたじゃないか。
お前はもっと近くを見てくれ。一之瀬さんとか。
「これで、ユキさんの流派はユウキ君だけ、という事になるのですかな」
「ええ。私は剣を置くつもりですから」
「……非常に興味深い流派でした。変幻自在な動きに、引き出しの多さ。我が一之瀬流にも似た常在戦場の思想」
「あれは流派と呼ぶよりも、むしろ思想でしたね。戦いにおける理論の組み立てと、その実地方法。それだけを叩きこみ、ひたすら実戦を繰り返す。きっと私とユウキでは、辿り着く終着は異なる筈です」
「なるほど……思想である、と」
なんちゃってゲーム再現です。流派なんて大それたものじゃないのです。
「……ユキさんの剣を、その一端を最後に私に御教授願えませんか? 私は、軽い手合わせしか経験していません。互いの剣を交えた事はありませんでしたから」
「そうでしたね。あの時は……私は徒手でしたから」
「ええ。そして、私は油断と思い込みで、あっさり剣を奪われました」
懐かしいな、たしかカイとエキシビションマッチをした時のウォーミングアップだったか。
「む、ミコトはユキさんと戦った事があったのか」
「はい。今言ったように勝負にすらなりませんでしたが」
「ふむ……ユキさん。私からもお願いします。貴女が剣を置く前に、一度だけ我が娘に、いえ門下生に『ユキさんの思想』をお見せください。一之瀬流は他を取り込み、成長してきた流派。ユキさんは……我が流派の中に息づいていてもらいたいのです。我が弟子の道を正し、世に正義をもたらす為に陰ながら戦い抜いた貴女の剣を」
うわ! なんか変な事になった! 断りたい! でも……断れない……!
そうだよなぁ……これで最後なら、何か残せるなら残したいよなぁ……。
けど、そうなると全力って訳にはいかない。今日は戦闘用の装備がないのだから。
そうだ。道場だ。道場で剣をぶつけ合うくらいで、お願いしよう。
あの刀はさすがにここで振るえない。手加減してもかなり周囲に影響出ちゃうし。
「……では、道場で剣を交えるだけでお願いします。今日は手持ちもなければ、私も以前の様な力を振るえませんから」
「と、いいますと?」
「私は既に刀をユウキに譲りました。少々無理が祟ったのでしょう、以前のような技の冴えが失われています」
さて、身体強化なしでどこまで動けるだろうか? 一之瀬さん相手にどこまで通用するのだろうか?
互いにただの肉弾戦、魔力なしになったらどうなるのだろうか? 興味が尽きない。
「私は元来、人に教える事に向いていません。かつてと同じように、戦いの中で感じ取ってもらうしかありません。ミコトさん、それでも良いですか?」
「勿論です。貴女と剣を交える事が出来る。それが全てです」
早速、道場へ向かう。
俺も道着である袴に着替え、長めの木刀と短めの木刀を選ぶ。
術式も何もない。本当にただの生身。痛みも普通に感じるし、身体強化もなし。
だからといって無様な姿は見せられない。今の俺は、どこまで出来る。
「皆、自主稽古を一時中断、場所を空ける様に」
蒼治郎さんの声に、門下生の皆さんが場所を空け、脇に控える。
「皆、聞け。こちらのユキさんは、詳しい事は話せないが、この度剣を置く事を決めた。我が一之瀬流は、彼女の剣、思想の一部を取り込み、さらに発展、進化していく事を決めた。この一戦は非常に価値のある物として皆の目に焼き付けて貰いたい」
「師範! 彼女は何者なのですか。我ら一般の門下生とはいえ、学ぶ流派に取り込まれる人間の素性は知っておきたいのですが」
「詳しい話は出来ない」
いや、さすがに門下生さんの言う通りだ。
「蒼治郎さん。彼の言う事は正しいでしょう。私が流派に取り込まれるか否かは蒼治郎さんにこそ決定権があります。ですが学ぶ人間がそれを受け入れるかどうかは、学ぶ人間に決定権があります。せめて、私は私なりの誠意を示したいと考えています」
「……分かりました。ユキさん、話す事の出来る範囲で自己紹介をお願いできますか?」
「はい。では……」
話してはいけない事。それ以外を全て語る。
「初めまして。ユキと申します。現在、世間を騒がせているササハラユウキの姉弟子にあたります。現在は秋宮総帥の警護を担当し、時に猟犬として剣を振るっています。この度、剣を置く事を決めましたが、最後に一度ミコトさんと手合わせをする事を望まれましたので、要求に応じた次第です」
恐らく、ある程度裏社会、この場合は用心棒やら要人警護の任務に従事している一之瀬流派の人間なら、こちらの素性を聞いて思い当たる物もあるのではないだろうか。
一時期ユキは秋宮の懐刀として話題になっていたのだし。
「……まさか、貴女は」
「猟犬……ダーインスレイヴ殿だと」
「まさか……師範代やカイと同年代だったとは……」
やっぱり知っていたのか。
「私は、流派とは名ばかりの、特異な教えを受けてきました。常在戦場と呼べば聞こえは良いかもしれませんが、その実は『持てる全てを尽くして勝利する』という単純な思想の元、あらゆる戦法を自分の中にため込み、引き出しを増やし続けるというものです。今回、私は既に全盛期のような力は出せなくなっていますので、この場で木刀による試合を行いたいと思います」
俺の引き出し。それはフィクションの中での動き。
見たアニメ。プレイしたゲーム。漫画のシーン。
それら全てを、可能な限り再現し、研ぎ澄ませていく。
だから……今回は初めて見せる動きのみで、一之瀬さんと戦おう。
引き出しの多さは勝負を左右する重大なファクターなのだから。
「……では、まだ見せた事の無い戦法で挑ませて頂きます。カイ君、そこの木刀を取ってください」
「え、はい! 二刀流……ですか?」
「……ただの二刀流ではありませんよ」
さぁ……かつてとあるゲームで『バランスを壊した』戦法を再現しよう。
本当は『曲剣』でやる事なんだけど……木刀でもいけるか?
(´・ω・`)守り人の曲剣とかいう実質パリィ専用剣