第百七十八話
「ああ……嫌じゃ嫌じゃ……帰りとうない……」
「何を言っているんですかユウキ。無事にみんなで戻る為に今日まで頑張ってきたのではないですか」
「だけどイクシアさん……この飛行機乗っちゃったら……俺、また身長一五〇台の世界に戻っちゃうんですよ……?」
はい、空港で良い歳して駄々こねてるのはどこの誰か。
俺だよ! ついにこの日がやって来ましたよ! 地球に戻る日ですよ!
どうやらリョウカさんは本当に俺が地球に戻れる土台を、俺達がファストリア大陸に到着するまでに整えていてくれたんですよ。
それに少なくともファストリア大陸には俺を指名手配するような動きも見られないようだし。
というか空港とか普通に通して貰えたし。
「おーい、そろそろ搭乗の時間だぞユウキー! 急げ―」
「ほら、カイ君が呼んでいますよ? 行きましょう」
グッバイ、身長一九〇台の生活。こんなに長い時間一緒だったのは初めてだったよ。
寂しいよ、まるで心にぽっかり穴が空いたようだよ……身体が欠けるような思いだよ……。
「実際欠けるような物なんですけどね」
「何を言っているんです? さ、行きましょう」
そうして、飛行機に乗せられてゲートをくぐり、半年以上ぶりとなる地球に帰還を果たしたのであった。
はい。ちんちくりんです。自分の身体じゃないみたいです。視線低いです。
どうも、身長一五〇台でもうすぐ誕生日で成人するササハラユウキです。
ちなみに、俺はSSクラスの中で一番誕生日が遅いそうです。
俺以外皆成人したそうです。凄いね、外見共に大人じゃないですか。
「……とりあえず空港に理事長の迎えが来ているはずだから、行こうか」
「あ、ああ……ササハラ君、どうしたんだ一体……」
「気にしないで……ちょっとまだ警戒してるだけだから、うん。本当だよ」
いや、実際問題地球が今どんな感じなのかわからないんですけどね……?
俺達は迎えのバスで、そのまま学園ではなく本土の秋宮カンパニー本社ビルへと向かう事になった。
俺、何気に本社ビルに行くの初めてだ……! 確か千葉県にあるんだっけ。
「私は何度もありますわね。一時、あちらの会社に出向という形で出向いていましたから」
「右に同じくだ。キョウコと行動を共にしていた関係でな」
ふむ、キョウコさんと一之瀬さんは、確かオーストラリアにも行かなかったみたいだしな。
「私も研究所ではなく本社は初めてですね。ユウキもそうだったのですか?」
「ですね、基本的に研究所か学園でしたね、面会するのは」
大層立派な本社ビルに連れられ、そのまま真っ直ぐに総帥の部屋とも呼べる『会長室』へと通される。
「まずは長旅お疲れ様でした、SSクラスの皆さん」
「はい、ただいま戻りました」
「コウネさん、既にシェザード卿から連絡は頂いています。後程詳しいお話をしたいので、そのつもりでいてくださいね」
「はい、理事長」
会長室には、リョウカさんと恐らく秘書であろう女性が控えていた。
そっか、会長なんだし、秘書の一人や二人いてしかるべきなのか。
「さて、では先に現状、皆さんを取り巻く環境がどうなっているのか説明させて頂きます」
リョウカさんは、俺達がここに来るまで、地球でどんな動きがあり、各国がどういう対応をしてくれたのかを話してくれた。
まず、俺達SSクラスの人間が何か責任を負わされる事はないそうだ。
なんとそのSSクラスには俺も含まれている、という話だ。
「ユウキ君は、任務直前にUSMに潜入捜査する為に派遣された、という形で今は世界に伝わっています。無論、SSの皆さんには極秘で」
「……なるほど。あながち間違いではないですね」
「そうですね。そして私も、影武者を配置し、グランディアに腹心の人間と共に渡った、という事になっています。そうでないと、地球にいるはずの秋宮総帥がグランディアにいる事に説明がつきませんから」
細かい説明もされたが、一先ず俺が罪に問われる事はない、との事。
だが、いくら庇うようなシナリオが用意されても、ある程度の批判の声は覚悟しなければならないそうだ。
まぁ実際、あの植樹式でロウヒさんと六光は……軍人とはいえ、多くの人間を犠牲にしたのだから。
それに、その後の事もそうだ。ユキがした事という事にはなるが、基地を襲撃し、多数の負傷者を出したのは紛れもない事実だ。
ただ、あの時命を奪ったのは……少なくとも原理回帰教と思われる二人の人間だけだ。
いや、数なんて問題ではないのだが。
「リョウカさん。大事な話が一つ抜けています」
「……はい」
その時、大人しく話を聞いていたイクシアさんが、一歩前に踏み出す。
思わず、前にいた俺や一之瀬さんが後ずさりしてしまう。それ程までの闘気をイクシアさんは纏っていた。
「……秋宮リョウコの処遇はどうなりましたか?」
「……彼女は、もうこの世界のどこにも存在していませんよ」
「それは、処断したという事ですか?」
「私が、直接彼女に罰を与えました」
それは、もう一人の元凶、いや、イクシアさんからすれば最も憎むべき人間の処遇だった。
いや、俺からしてもアイツは……殺害対象だ。
「リョウカさん、あの人を本当に殺したんですか?」
「殺しました。この世界のどこにも、秋宮本家にも、彼女が存在していた痕跡は微塵も残っていません。まさしく抹消、未来永劫その名がどこかに刻まれる事はありませんよ」
その言い方は、本当に忌むべき存在を消したかのような物だった。
けれども、イクシアさんは納得していないように見える。
「……何故、私を待たなかったのでしょうか」
「貴女は母親です。その手を自ら汚す必要はありませんよ」
「……そうですか」
冷静に見える。けれども、彼女の手が怒りに震えているのが確かに見えた。
「私からは以上です。失礼しました」
「いえ、こちらこそ先に報告するべきでしたね。では……次の報告、いえお知らせですね。現在、学園は短期の休暇に入っていますが、二月一日から三日間、進級テストが行われます。今年は学園も荒れに荒れましたからね、かなりスケジュールが乱れてしまっています」
あ……それですよそれ……どうなるんですか俺達。
「通常、二年の進級テストは対人戦によりその合否を決めます。外部から試験官としてバトラーを雇う事になっているのですが……皆さんSSクラスは試験が免除されます」
その瞬間、無意識に声が出てしまった。
「やった!」
「ササハラ君!」
「あ、すみません」
「ふふ、ですが実際心配していたのではないですか? 勿論、皆さんが試験を受けられる状態ではなかったという事も加味していますが、もともと純粋な戦闘力、実戦の強さを計るのを目的とした試験です。皆さんが入学する前までの通例ではありましたが、SSはそもそも実戦を想定して作られた新設クラスです。この試験が意味をなさない事は最初から分かっていましたし、なによりも皆さんの相手が務まる人間は早々見つかりませんからね」
あ、それもそうか。俺達実戦経験者なんだもんなそもそも。
「皆さんは来年度までそのまま休暇とします。それに地球でするべき事がそれぞれあるでしょう? キョウコさんはご実家に一度戻らねばならないでしょうし、カナメ君もあちらの会社に帰還報告が必要でしょう? それに……一之瀬さんとヤナセ君も蒼治郎さんに報告せねばならない事があるはずです」
そうか、みんなも強引にグランディアに来た以上、周囲に詳しい話をしていないんだよな、たぶん。
俺達はその配慮に感謝しながら、今日の所は一時解散という話になった。
が、俺とイクシアさん、コウネさんとセリアさんだけがここに残るようにと指示された。
先に帰る皆を見送ると、その足で居残り組はリョウカさんに連れられ、会長室ではなくどこかの撮影スタジオのような場所に案内された。
「ここは、当社所属のブゥチューバーの為に用意されたスタジオです。ここはセキュリティ面でも安全ですし、他の社員は近寄る事は出来ません。所属のタレント以外は決して来ませんので安心してお話が出来ます」
なるほど。会長室だと緊急の要件で人が来るかもしれない……と。
早速話を聞こうと身構えると、何故かコウネさんとイクシアさんがそわそわし始めていた。
「おお……ここが第一スタジオですか……公開収録の時の特設スタジオではない……いつものスタジオ……」
「ま、まさかこの場所に立ち入る日が来るとは思ってもみませんでした……」
あ、もしかして……?
このスタジオ、キッチンとか完備されてますし? もしかしなくても?
「そういえば、BBチャンネルのファンでしたね、お二人は」
「あ、失礼しました」
「申し訳ありません、少々取り乱してしまました」
セリアさんはポカーンである。
「さて……では改めまして。後日、帰還したユウキ君と今回の事件に深く関わったセリアさん、そしてグランディアの大貴族であるシェザード家の名代としてコウネさん、お三方には正式に世界に発信する為の中継に出演してもらう事になりました。このスタジオを改装し、ディスカッション形式で各国の代表者とお話してもらいます」
「え!?」
「……なるほど」
「私も……ですよね」
「あの、私は……?」
「イクシアさんは保護者ですからお呼びしました。出演の必要はありませんよ」
「なるほど、分かりました」
そうか……やっぱり必要か。
「恐らく、軍人の遺族の代表が参加する事となります。ですが、ユウキ君は誰も殺していません。確かにUSMに潜入した、という形で発表されていますが、それでも遺族は貴方を責める事しか出来ない。それを、ある程度は覚悟してもらいたいのです」
「なるほど。分かりました。俺はどう受け答えをすれば?」
「……襲撃を事前に阻止は出来なかった、と。苗を破壊する役割しか知らされていなかったと答えてください。実際、あの段階のUSMは紛れもないテロ組織でしたから。この批判は本来、各国の軍を派遣したそれぞれの首脳陣が受ける物ですからね」
いや、正直その程度で済むなら全然問題ない。軍人ってそういうものだろ。
遺族の方々は当然申し訳ないとは思うが……それは確かに俺に言う事じゃない。
むしろ、俺はSSのみんなの家族に謝りたいくらいだ。
「セリアさんは、事件の詳細、洗脳を受けた件について報告を。地球にいても異常な殺意を抱かされた件の報告をお願いします」
「……はい。それで、少しでもユウキへの矛先がぶれてくれると良いんですけれど」
「少なくとも、グランディアの持つ禁術がいかに危険なのかはアピール出来ますね」
確かに、地球にも『洗脳』って言葉自体は存在するが、そこまで明確な意思を他人に持たせるなんて聞いた事ないしなぁ……。
「コウネさんは、あくまでシェザード家名代としての立場から、これからの秋宮、地球との関係について発言して頂けると幸いです。ごくごく最近まで、エレクレア公国で政務の補助としてシェザード卿に付いていたお聞きしました」
「この件はお父様には?」
「はい、既に通信で両諾頂きました」
「ではその指示に従います。まぁ……今回の一件で信頼が増したと、それらしく発言しますね」
「助かります。収録の日程は決まり次第お知らせします。恐らく来月中には行いますので、それだけ心に留めておいてください」
なるほどなぁ……まぁこんな大きな事件になった以上、知らんぷり出来ない事はさすがに分かってはいたけれど。
ん? そういえばそれってブゥチューブで配信されるのか?
そう質問してみると――
「いえ、当日はネット中継だけではなく、各国の報道陣も参加します。日本からはMHKとニジTVも参加しますね」
「なんかとんでもなく緊張してきたんですけど」
「こればかりは仕方ありません。ディスカッション形式の質疑応答はありますが、この中継は各国の要望に答え、救世主であるユウキ君、貴方の生の言葉を聞かせる事が目的です。今回かなり世界相手に無茶を通しましたからね、ある程度はこちらも譲歩が必要なんです」
「世界同時生放送って事ですか……?」
「そうなりますね。ユウキ君、安心してください。ユウキ君ならば『正義の英雄の人格』を演じる事も可能でしょう?」
……それは、俺が別人になりきっている時の話じゃないですか。
俺として表に出てそんななりきるなんて……ちょっと自信ないなぁ……。
「お話は以上です。お引止めして申し訳ありませんでした」
「あ、あの! ちょっとだけスタジオの見物してもいいですか……?」
「あ、私もその……」
「ちょ、二人とも……」
「イクシアさんまで……」
いや熱狂的なファンなのは理解しているんですけどね?
「……少しだけですよ? 道具の配置などは移動しないようにお願いします。BBはキッチン周りの事には厳しいので」
「勿論です! さあイクシアさん行きましょう!」
「ええ。ふふ、ちょっと童心に戻ってしまいそうです……!」
いやぁ……結構深刻な話してたと思うんですけどねぇ……?
もう凄い食いつくように包丁とか観察してるじゃないですか。
『凄いですイクシアさん、これ噂に聞く名工せき――』
『おお……これは以前動画で宣伝していたBBモデル……再販はいつなのでしょうか……』
……でもなんだか凄く嬉しそうなので、今日くらい良いんじゃないでしょうか?
「ここってそんなに凄い場所なんだね……?」
「た、たぶん。まぁ確かに動画で見た覚えはあるけど……」
「ここ、改装して中継される場所なんだよね……コウネよく無邪気にはしゃげるなー……」
「いやー……コウネさんはもうBBちゃんねるの熱狂的な信者だから」
セリアさんやめて、思い出させないで!
「はっはっは、そうかそうか。熱狂的な信者か。そりゃなんとも嬉しいな」
だがその時、第三者の声が俺達のすぐ背後から聞こえて来た。
慌てて振り返ると……そこにはフルフェイスヘルメットをかぶった、黒いクッキングコートを纏った人間が……! ってBBことヨシキさんじゃないですか……いたんですか。
「BB、今日収録なんですか? すみません、スタジオを借りていました」
「構わんよ。いや、珍しいお客さんだな」
そんな彼の登場に、キッチン周りではしゃいでいたイクシアさんとコウネさんの動きが止まる。
やがて再起動したかと思うと、まるで借りて来た猫のように、そろりそろりとどこか緊張した様子でこちらに戻って来た。
「あ……あの……すみません、勝手に水回りに近づいてしまい……」
「BB……! お久しぶりです……!」
「やぁやぁ久しぶりシェザードの御令嬢。それに……初めましてですな? ササハライクシアさん」
あ、しっかりそこはヨシキさんだって正体は隠していくんですね。
たしかにBBとしては初めまして……なんだよな?
「な、何故私の名前を……!」
「一応、秋宮所属の人間だからね? それにお兄さんの知り合いが、ユウキ君と知り合いなんだ。今回の事件もあるし、勿論ある程度は聞いているさ」
イクシアさん、なんだか見たことない表情です。なんていうかこう……舞い上がってると言うか、非情に腹立たしいのですが、こう……乙女な表情といいますか……!
「BBが私の名前を……! ユウキの事まで……! 感激です、BB! 貴方のお陰で私は母親として一つ成長出来たのです……!」
「そう言って貰えて何よりだ。……さて、じゃあそろそろ収録があるからキッチンには近づかないようにしてもらえるかな? 代わりに収録の様子は見て言ってくれて構わないぞ!」
ううむ、なんという人当たりの良さ。完全に配信者としての人格を演じ切っている……。
ヨシキさん、なんか割とこういう演技とか得意なんだな……。
「リョウカ! すまないがマザーに今日の収録は俺一人でやると連絡してくれないか」
「ご安心ください、既に通達しておきました」
「助かる」
おや? あの人、確かBBの中身であるヨシキさんの奥さんって話なのに、呼ばないのか。
「ふむ……でもせっかくだから……そうだな、数字稼ぎでもしようかね、宣伝もかねて。リョウカ、今日はゲストを収録に参加させるが構わないか?」
「まさか……仕方ないですね。ユウキ君、BBの御指名です。臨時のアシスタントをお願いします」
「そう言う事だ青年! さぁ、拒否権はないから是非ここで顔を売ってくれ」
「ちょ……マジですか」
「ユウキ君。これは先行して貴方の存在を宣伝、注目度を上げる目的もあります。お願いします」
ぐ……俺達の公開ディスカッションは出来るだけ多くの人間に見て貰う方が良いって事は理解出来る……けど!
出来ればその役目は横でめちゃくちゃ羨ましそうにしているコウネさんかイクシアさんにやってもらいたい……! 俺料理なんて出来ないぞ……!