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第百七十六話

「どうしたの、コウネさん」


 部屋にやって来たコウネさんが、ニコニコとそのままベッドに腰かける。


「いえね、先程は他の皆さんがいたのであまりはしゃげなかったので、存分にお話をしようかと。さぁ、どうぞこちらへ」

「マジでかーコウネさんそんなに俺に会えて嬉しかったかー」


 いつもの軽口に付き合い、ベッド脇の椅子に座る。

 少しだけ不満そうな顔をされるが、さすがにね?


「ふぅ。案外ユウキ君って紳士ですよね?」

「案外じゃないが、見た通りだが」

「ふふ、そうかもしれません。……ユウキ君、お疲れ様です」

「……今回ばかりは凄く疲れた。家族を人質にとられたような物だった事もそうだし、世界中を敵に回したっていうのもそうだし、何よりも……みんなに剣を向けた事が辛かった」

「……そうですよね。でもユウキ君は目標の為ならどんな苦難にも挑んでしまう。それがたとえ自分の身を切るような事だとしても。……損な性分ですよね?」

「まぁそうだよなぁ」


 これはたぶん、世界が変わったからだとか、家族の為だとか、そういうのじゃない。

 俺個人の性分なのだ。強欲だからこそ、優先すべきものと『後からでもどうにかなるもの』を明確に区別してしまう。だから両方、回り道をしてでも両方手に入れようとしてしまう。

 その結果が、クラスメイト達を裏切ると言う選択だ。

 その時だった、せっかくベッドではなく椅子に座った俺を、コウネさんが強く引っ張り出した。

 ベッドに倒れ込むコウネさんと俺。


「……信じていても、恐かった。不安だった。毎日私に入って来る情報が、貴方が世界樹を破壊して逃亡した事実と、何かの組織に関わっていたという事実だけ。だから、もう一度くらいこうさせてくださいな」

「……人に見られたら不味いんですが」

「鍵は閉めましたから」


 回される腕が、腰を強く抱きしめる。これはちょっと……心拍数が限界を越えそうだ。


「……本当に婚約者ならよかったのに。それなら、少なくともきっと、私はユウキ君に置いて行かれなかったはずです。一緒に裏切り者になって……いいえ違います。私があの時、ユウキ君と一緒に行く事を咄嗟に選べなかった。確かな繋がりを持っていなかったから」

「……ダメだよ、コウネさんの立場もある。それにあれは……俺の問題だった」

「それでもです。以前、私は『貴方への好きが、本当に家族と同質の好きなのか、それとも異なる好きなのか。今はまだ分かりません』と言いました。ですが……今なら分かります」


 ダメだ、コウネさん。その先はまだ話さないでほしい。俺は、まだ何も諦めていない。

 俺が大好きな人の事を、まだあきらめてはいないんだ。


「……言いませんよ、そんな顔をしたユウキ君には。ただ、知っていて欲しいだけなんです。少なくとも一人、貴方の為に世界を敵に回す事を良しとする人間がいる事を。……もし、ユウキ君が『原理回帰教シャンディ』の協力者だったら、通報した後に一緒に逃げるつもりだったんですからね? その時は私を人質にして動いてもらうつもりだったんですけど」

「……本当随分とアグレッシブになったよね、コウネさん」

「……恋をすると人は変わるって言うじゃないですか」


 いつまでもベッドで二人寝転がって話す訳にもいかないし、勢いを付けて起き上がる。

 見下ろせば、長い髪を広げ、ベッドに仰向けになるコウネさん。

 正直この光景は青少年にはよろしくない。本当に……このまま、もう一度ベッドに飛び込みたくなってしまう。

 が、コウネさんも起き上がり、こちらの理性がギリギリのところで耐えてくれた。


「ユウキ君成分をたっぷり補給出来たので、私はこれで失礼しますね? 明日、登城する事になるでしょうから、早めに休んでおいてくださいねー」

「りょーかい。じゃあまたね、コウネさん」

「はい、またです」


 コウネさんを見送り、どっと息を吐き出す。


「……やっば。このお屋敷じゃなかったら俺……」


 さすがに実家でね? 手なんて出さないです……いや、というかそんな無責任な事出来ないです! マジで誘惑が天然なのか狙っているのか分からないから恐いんだよなぁ。


「明日、公王様になんて説明したら良いのかね……」






 翌日、コウネさんとシェザード卿と共に王城へと向かう。

 何気に王城のある区画に来るのは初めてだ。

 やはり貴族街同様、格式高い建物が目立つ区画で、行き交う人の中に観光客らしき姿もなく、むしろ騎士らしい姿の人間や、今俺と共に魔車に乗っているシェザード卿のような恰好の貴族さんが目立っている。


「ユウキ君、そこまで緊張する必要はない。あらかたディース殿から既に話は聞いているはず。いや、むしろあの映像で君と確信し『何故ユウリスと名乗っていたのか』考えてくれているはずだ」

「あの一件が私の狂言だった事くらいはディース様も察していたのだと思いますよ。無論、公王様も。ただそれでも、本当に単身で命を懸けて戦うユウキ君の姿に目を瞑ってくれたのではないかと」

「で、あろうな。今日日あのような環境で死力を尽くす人間など我が国にもいはしない。私や公王のような世代からすれば、古き良き騎士の姿を思い浮かべ、胸が熱くなる思いだったよ」


 そう言われてしまうと、どうにもこそばゆい。

 ともあれ、酷い事態にはならなさそうだという事で、ある程度は心の余裕を取り戻した。

 さて、じゃあいよいよ入城だ……!




 恐らく部門毎に分けられた建物が、渡り廊下で繋がっているといった具合の城。

 その中の、謁見やら会議やらをするであろうメインの建物に案内される。

 そこで、俺は謁見の間ではなく、さらに奥まった部屋にシェザード卿とコウネさんと共に通された。

 どうやら応接室……いや、サロンってヤツかな? くつろげそうなスペースだけれど。

 いや、面子的にくつろげるわけないけど。


「来たか。呼び立ててすまなかったな、ナリヤ」

「いえ。しかしまさか議題に上った日に我が国を訪れるとは思いませんでしたな」

「ふ、まったくだ。して、ユウリスあらためササハラユウキ君。君は何故偽名を使ったのか、その口から話してもらえるかね」


 別段不機嫌そうには見えない。けれども公王ともなれば腹芸の一つや二つ出来て当然だ。

 このままニコニコ顔で『じゃあ死刑』なんて言われるかもしれないじゃないか。

 いや、ありえないだろうけど。


「本名でコウネさんの恋人として名が知れると今後の地球での生活に支障が出るかと思い、偽名を使いました。この件はシェザード卿とも相談して決めた事です」

「そうか。では、君がコウネ嬢の恋人であるというのも嘘だったという話もあるが、それについては?」


 正直に言おう。


「恋人ではありません。ですが何かが違えば間違いなく恋人になるくらい私は人としてコウネさんが好きです。共に学び、共に学園を卒業したいと強く願う大切な仲間です。その彼女が窮地に立たされ私に相談をしてきたのなら、私は全身全霊を以ってそれに応えるまでです。結果、公王様を含め、多くの人間を欺いた事については深く陳謝致します」


 全て言う。コウネさんは、状況が違えば恋人にしたいと、俺から告白していてもおかしくはないくらい、大きな存在であると。

 仲間とはいえ、己の全てを賭して助けたいと願える大切な存在であると。


「……クク、そうかそうか。いやはや……コウネ嬢、精進すると良い。この者は本当に手放すには惜しい男だ。我が国としても、是非迎え入れたいと思うぞ」

「……お戯れを、公王陛下。ですが確かに彼は良き友として私を救ってくれました。彼の不義理とも言える『民や陛下を欺く行為』も、全て私が原因です。どうか平に御容赦を」

「……良い、許そう。あの件は婚約以上の効果を我が国にもたらしたとも言える。この度の事は不問とする。して、ササハラユウキよ」


 どうやら俺への処罰もコウネさんへの処罰もないようだ。

 一息つこうと思ったのだが、またしても名を呼ばれる。


「本題だ。此度の一件、貴殿が解決に立ち会い、その渦中に身を置いていたという。貴殿を一人の男、騎士、戦士と見込み、貴殿の目から見た『これからのセリュミエルアーチ』『これからの秋宮』『暗躍していたUSM』について話してもらいたい。これは、今後の我が国の指針にも関わる質問だ。嘘偽りなく語ってもらいたい」

「な……そんな大事な質問を……俺にですか」

「それが、今回不問にする条件と取ってもらっても良い。忌憚のない意見を頼むぞ」


 ……俺が見て来たこの三つの勢力か。そうだな……。


「セリュミエルアーチは恐らくここから大きな変革を迎えるかと思います。今回の研究院の暴走は長であるセシリアによるところが大きかったので。ですが、今は長として新たに王家の息のかかった人間が就任しました。異なる思想によるぶつかり合い、片方の暴走はなくなったと見て良いかもしれません」

「ふむ。しかしそうなると、今度は仮に王家が暴走を始めた時、それを抑える人間がいない」

「そこはシュヴァインリッターに任せるしかないと思います。どうやら王国騎士団とは完全に指揮系統も違うみたいですし、なんでしたら秋宮との関係も良好そうでした。少なくともあの国で暴走が起きる事はないと思います」


 それに……初代聖女様。あの人がどういう人でどういう力を持っているかは分からない。

 でも、どこか俺はあの人が『ジョーカーと同質』な存在に思えてならないのだ。

 もしも本格的に国が暴走を始めたのなら、きっとあの人はそれを諫めてくれる。

 今回の様に聖女の力を封じられる天才……いや、鬼才であるセシリアがもう存在していないのならば。

 ま、さすがにこの辺の事はおいそれと他国の指導者に言えないよな。


「……そうか。では、そのシュヴァインリッターの協力すら得られるであろう、秋宮の事はどう考えている。秋宮は……少々強すぎる力を持っているように思えるが?」

「あ、それは大丈夫です。あそこが暴走、暴利を貪るような事をしたら、たぶんジョーカーが問答無用で諫める……いえ、滅ぼすかと」

「……かの存在か。私は、どうにもその存在を計る事が出来ない。強力な力を持つことは知っている。だが……」

「あの存在は、均衡のとれた世界を望み、そして正しく両者がぶつかる分には干渉をしてきません。ですが、秋宮という『力を持ちすぎた存在』が事を起こすのなら、必ず動きます。それは公平でもなければ正しくもありませんから」


 これは、俺がヨシキさんの言葉を信じているからこその言葉。

 あの人は意見を変えない。恩義は返してくれる、感謝のしるしにある程度の助力もしてくれる。

 けどそれは『正しい道の範疇』に限られている。

 今回だってそうだ。飛行機も、刀も、時間さえかければ独自に解決出来る問題だ。

 飛行機は船で、刀はデバイスで。それをヨシキさんは早めてくれただけなんだ。


「そう確信しているのだな。ならばそれを信じよう。願わくは、かの力がこの世界に向かない事を祈る」

「ええ、それは俺も思います」

「……では最後に。貴公はUSMと協力していた。USMは、決して正義の味方でもなければ、義賊でもない。地球、グランディア、その両世界で数多の罪を犯して来た存在だ。我が国でも過去に貴族を手にかけられた事、国の機密を盗まれた事、数えればきりがない」

「USMは現状信用する必要はありません。俺は今回、母親とリョウカ理事長と合流する為だけに行動を共にしていました。確かに自分と縁のある人間も所属し、恩義も感じていますが――」


 悪いけど、恩義と信用は別問題なんだ。とくに……目的の為に手段を選ばないその在り方は。


「必要であれば敵対しても良いかと。その時は事と次第によっては自分も助力します。ですが同時に、何か共通の敵が現れた時は、必ずこちらと手を組む。そういう存在でもあります。融通は利くけど信用は出来ない。不干渉を決め込むのが一番かと」

「……君がそう断言するか。確かにあの組織は得体が知れない。だが、目下我が国で危険視しているのは『原理回帰教シャンディ』という組織だ。もし、それが共通の敵となるのならば……泳がせておいた方が得策か」

「あの……俺はその組織の事、殆ど知りません。具体的にどういう組織なのでしょうか?」


 コウネさんも危険視し、俺と逃げる覚悟までしていた程だ。

 それに、ロウヒさんも同じテロ組織ながらも常に警戒している様子だった。


「原理回帰教は、グランディアの壊滅を狙い、今も水面下で戦力を蓄え続けている。我が国のアーティファクト、古代の遺物の大半も奪われ、守護を任せられていた家が幾つも壊滅させられた。それは我が国に限った事ではない」

「……そこまで好戦的なんですか」

「現状、地球での大きな活動は見られていないそうだが……正直得体が知れない」

「……そうですね」


 もしも。もしもその組織が俺と同じで、あるべきだった地球から紛れ込んできた人間達で構成されているとしたら。

 俺と同等、同質の異常な力を持っていてもおかしくはない。

 それがどうしてグランディアの壊滅を狙っているのかは分からないけれど……。


「貴重な意見、感謝する。今日の必要な会話はこれで全て終わりだ。ここからは私的な話となるが、付き合って貰えるかね」

「はい、喜んで」


 どうやら、肩肘張る時間はもう少しだけ続くようだ。

 と、思ったその時だった。公王様が突然頭につけていたティアラ、恐らく身分を示していたであろうそれを外し、座っていた一人掛けの椅子から、大きめのソファに移り、ドサリと乗りかかり始めたのだ。


「公王、さすがに客人の前だぞ……」

「良いではないか、ここは謁見の間ではない。ナリヤ、お前もこっちに移れ。コウネ嬢もユウキ殿もこちらで話そう。もう肩肘張った話は終わりだ」

「え、ええと……お父様、どうすれば……」

「……まぁ、公王は公務以外ではこの有り様なのは、同期の人間には知られているからな」


 あ、もしかして旧知の仲なんですか。

 さすがに遠慮し続けるのも勇気がいるので、そちらに移動すると、コウネさんもそれに倣う。


「……ふむ。本当に恋人ではないのか二人は。コウネ嬢は彼が嫌いなのか」

「いえ、非情に好ましいと思っています。ですが、今はまだ恋人にはなれないと思いますので」

「ふむ。ではユウキ殿の方が拒んでいる、と。残念だ、我が国に連なってくれたらこれ以上ない程未来は安泰だというのに。ナリヤよ、お前の家でどうにか出来んのか」

「さすがに子の色恋に親がでしゃばるべきじゃないでしょう。そう思いませんかな?」

「……ふ、耳が痛いな。……実は、我が国には地球、それも日本人とおぼしき血が古くから混じっていると言われているのだ。そうであったな、ナリヤよ」

「は。かなり薄く、極々僅かではありますが、確かに遺伝子情報に存在すると地球での遺伝子調査により判明しております」


 え、マジで? いや、でも……うーん、確かにコウネさん、微妙に日本人の面影があるような……? でもシェザード卿にはあんまりないよなぁ。


「ユウキ殿の人気は我が国でも高い。今回、ユウリスとはユウキであると公式に発表すれば、その人気はさらに高まるだろう。惜しいぞ、つくづく」

「どうやらユウキ君には心に決めた人がいるようですので、それくらいにしてあげてください、公王様」

「ふむ、そうなのか。コウネ嬢がそう言うのなら……身を引くと言うのならこれ以上は言わんよ」


 なーんかだんだん親戚のおっちゃんじみて来たぞこの人達。


「コウネ嬢はまた地球に留学するのかね?」

「はい、この後ユウキ君やクラスメイトと共に地球に向かう予定です」

「そうか……わが国でも、もう少し地球や秋宮との繋がりを強める努力をすべきなのかもしれぬなぁ……」

「そうですな。婚約の一件や今回の件で国民の関心が高まっているのも事実。そろそろ貿易の面倒な手間、ファストリアを介した取引ではなく、直接地球とやりとりをした方が何かと益もありましょう」

「だがなぁ……ファストリアに我が国の商会の拠点を作るとなると、何かと面倒な人間が――」


 なんか軽いノリで国の運営の話題になってきたぞ。ちょっとこれ聞いていいのか俺。

 その後も、まるでどこかのお店でサラリーマンが雑談でもするようなノリで色んな話に花開かせる公爵と公王を眺めながら、コウネさんと二人でこれからの学園の話などをしながら時間を潰すのであった。






「すまなかったな、こんな時間まで付き合わせてしまって」

「いえ、大きな問題にならなくてよかったです」


 帰りの魔車の中、労いの言葉をかけてくれるシェザード卿。

 いやぁ公王様めっちゃ喋るんだもん……ストレス凄い溜まってそう。


「確かこの後はキャスティアに移動するのだったかね?」

「はい。そこに秋宮理事長が用意した船が既に待機している手筈です」

「そうか。コウネ、お前もそれに乗って地球に向かうと良い」

「良いのですか? かなり急なお話ですけれど」

「問題ない。恐らく近いうちに私もそちらに向かう、秋宮理事長に伝えておいてくれ」


 そうか、コウネさんも一緒に。良かった。

 さて、じゃあ後は地球に戻って……進級試験対策とかしないとだよなぁ……。


(´・ω・`)6月になったーよ

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