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第百六十九話

 闇に包まれる祭祀場。だがそれもつかの間、すぐにこの闇が微かに明るい、外の明るさを僅かに取り込んでいる事が分かる。


「これは……ドーム?」


 ユウキは、自分の武器を構え、セシリアを睨みつける。

 祭祀場は、半透明の黒い膜に覆われてしまっていたのだ。

 外へ逃れようとする人間も、その膜を突破する事が出来ず、ドームから逃れる事が出来ないでいた。


「まさに一網打尽。何かあると思っていたのだけど、想像以上に強力な武器を用意していたようね。まさか、こんな短期間で私を詰める作戦を用意していたなんて」


 衛兵に捉えられていたはずのセシリアが、祭祀場の一番高い場所にある席、即ち王の席に座る。

 国王は、その脇に崩れる様に倒れ伏していた。


「お父様! セシリア様、抵抗をおやめください。……ここから先は、文字通りの命のやり取りになります」

「まぁ恐い。そうね、さすがにササハラユウキの相手をするのは私では難しいものね。でも……『そうはならない』」


 次の瞬間、王だけでなく他の参加者達もまた、跪くように身をかがめ、苦しそうにし始める。


「ここ、とても魔力の通りが良い。最も私の影響下に置きやすい。ねぇノルン『私のしている事は本当に間違いなのかしら?』」

「なにを……」

「私は、我々エルフを始めとしたこの国の長い長い歴史を守りたいだけ。ひいては、このグランディア全てを、地球という毒に侵されるのを防ぎたいだけなの? それは本当に間違った事なのかしら?」

「それは……」


 まるで、甘い囁きのようにセシリアの言葉が耳に滑り込む。

 それはノルンだけでなく、祭祀場にいる全ての人間に起きている現象。

 まるで、それが正しいと、尊いと、そう導かれるように、思考が流れを変える。


「でも……俺はそれで……地球の未来が……俺の生活だって……」

「ササハラユウキ。アナタはここで暮らしなさい。戻すには惜しい。地球は、少しやり過ぎたのよ。滅ぼすのは今更難しいでしょうね。でも……関係を絶ち切るだけで、やがて地球は魔力の枯渇により自滅する。便利になり過ぎた自分達の技術の力で」


 ユウキまでもが、思考を乱される。


「……セシリア! 貴女は何をしたのですか! これは……この規模の思考誘導は……!」

「あら、さすがに貴女には効果が薄いみたいね? さすがは『神話時代の生き残り』かしら」

「……ならば、私を自由にする事がどれほど危険か分かるでしょう」


 その瞬間、どこからともなくリョウカが弓を取り出し、目にも止まらぬ速さで矢を放つ。

 威嚇でもなんでもない、ただ命を刈り取る一矢は、絶大な破壊力を以ってセシリアを亡き者としようと飛ぶ。

 だがそれでも――


「……そう、貴女にはソレしかないもの。魔法の才にも恵まれず、極まる弓の腕も時代の波に飲まれていく。こんな風に」


 矢が、何者かに掴み取られていた。セシリアに触れる寸前で、完全にその威力を殺され、攻撃を防がれていたのだ。


「貴女達が兵力を隠し持っているのだもの、私だって用意するわよ」


 研究院側の人間、ローブを纏う術者の中から、一人の人間がセシリアの前に立つ。

 まるで守護するように、一切の怯えもなく、堂々と。


「映像を外に配信させる訳にはいかない。あれを壊しなさい」


 セシリアの指示により、ローブの人物は配信機材に向け、手に持っていた『大きな斧』を振るう。

 外に配置した兵士達に、祭祀場を覆う膜、ドーム結界を越える事は不可能。

 ユウキも、既に精神を汚染され始め戦力にならず、かといってリョウカもまた『あくまで弓の技量が人外じみている』に過ぎない。少なくとも、この場面では。


「……私はやはり直接戦うのには向いていませんね」


 振り下ろされる斧が、配信機材へと向かう。

 だが、先程リョウカの放った矢を掴み取ったセシリアの護衛へと向かい、一筋の光の筋が伸びていた。

 その筋に導かれるように、引っ張られるように、ありえない速度で一人の人物が斧と機材の間に割り込む。

 轟音と衝撃と、膨大な熱量が一瞬にして祭祀場を満たす。

 大斧が、一振りの『青い炎の剣』に受け止められていた。


「私の得意な手でしてね。対象を移動させる技です。後はお任せします」


 巨大な戦斧を受け止めた人物――イクシアは、その攻撃の主の姿を間近で見て、思わず声を漏らす。


「貴女は……」


 強大な一撃をかろうじて弾き飛ばす。

 その衝撃に、ローブがずれ落ち、中の人物の姿が露になる。


「セリアさん! 一体何故!」

「あら? この子の知り合いなのかしら? ……まて、お前は何者だ」


 リョウカ以外の全員が精神を汚染されているはずが、平然と動き挑むこの相手は何者かと、セシリアは訝しむ。


「イクシアさん、この結界と精神汚染を先に! セリアさんも恐らく影響下にあるはずです!」

「分かりました。……この力、この子のだけの物とは思えませんね。……そうか、これは……」


 リョウカが再び弓を構え、イクシアに時間を与える為にセリア相手に戦闘を始める。

 その様子を、朦朧とした意識の中、ユウキはぼんやりと見つめていた。


(あれ……セリアさんとリョウカさんが戦ってる……へー……リョウカさん本当に強いんだ……あんな風に俺も動けるかなぁ)


 リョウカは弓を放ちながら空中へ跳び、柱を蹴り、幾度となく起動を変えながらも正確にセリアの手足めがけて矢を放つ。

 自分の学園の生徒である以上、殺す事は出来ない。だがそれ故、大技でなく小技、技術でセリアを足止めしようとしていたのだった。


(あれ……でもなんで……セリアさんあんなに強いんだろ……)


 おぼろげな意識でユウキはそんな事を考えていた。

 リョウカは強い。ロウヒですら認める程の強さを持つ存在だ。

 そして何よりも、最初に放った一矢は、イクシアを運ぶための攻撃ではあったが、『常人が受け止められる代物ではない』のだ。

 にも拘わらず、明らかに余裕をもって攻撃を凌ぎきっているのはどういう事なのか、と。




「祭祀場全体の紋章が活性化……これは紋章本来の効力ではない……。どうやら、強引に紋章の形に変換した他の魔術を流し込んでいるようですね」

「っ! 貴女、何者? 邪魔はさせない、ここまで来たのだもの、このままここで貴女達は真実に目を瞑り、世界が変革されていくのを――待ちなさい!」


 一方、セシリアは祭祀場の紋章に干渉しようとするイクシアを妨害しようと、漆黒の炎をイクシアめがけて放出する。


「……闇の魔法は制御が簡単に奪えるのですよ。このように」


 だが、イクシアに迫る途中で、それは赤黒い炎に変貌し、イクシアの物にされてしまう。

 そのまま、まるでイクシアを守る壁の様に展開、その隙に紋章に干渉するのだった。


「流石に本来の紋章機能を取り戻させるのは私には不可能ですね。ただ……なるほど、邪魔な魔術を紋章の中から押し流してしまえば良いみたいですね」


 そう一人ごちると、イクシアはおもむろに片足を上げ、まるで踏みつける様に祭祀場の床を蹴る。

 そのワンアクションだけで、空気が震え、何かが割れたような音と共に、セシリアの仕掛けが半壊する。


「……結界は壊せませんでしたか。これは……なるほど、こちらは祭祀場本来の仕掛け、紋章魔導でしたか。遠隔で壊す事は出来ないようですが――しかし強い人間はそろそろ自我を取り戻しますよ」


 その宣言通り、どこかフラついていたユウキの目が、正確にセシリアを射抜く。


「これは……イクシアさん、ありがとうございます!」

「な……馬鹿な、そんな、私の術がこんな……ふざけるな!」


 その時だった。イクシアにユウキが並び立ち、反撃に転じようとしていた矢先、目の前にリョウカが負傷した状態で転がり込んできた。

 即ち、セリアにリョウカが敗北したという事に他ならない。


「く……すでにこの場の思考誘導は効果を失ったはずなのに、どうして……」

「セリアさん! 憎いのは俺でしょう! 後でいくらでも戦うから、今は引いてくれ!」


 ユウキがそう提案するも、一言も発さずに、三人を潰そうと動き出す。

 ユウキがリョウカを抱えて跳び、イクシアがセリアを魔法で吹き飛ばし、同時に拘束しようとする。

 だが、それでも足りない。セリアの動きを止められない。


「リョウカさん、ユウキ。これはどうにかして祭祀場の結界を解く事に専念した方が良いかもしれません。私が、祭祀場の紋章起点を探ります、どうにか二人でセリアさんを凌いでください」

「……貴女でも、止める事が難しいのですか?」

「はい。おそらくセリアさんは……洗脳などではなく、別な何かに身体を使われている。明らかに、現代の術者では不可能な魔導、魔法の行使をしています」


 イクシアはそう断言すると、セシリアに向かい言葉を向ける。


「セリアさんの中に、何を入れたのです! 彼女を返しなさい!」


 さすがに、その指摘だけは見過ごせなかったのだろう。セシリアもまた、イクシア一人に狙いを絞るように視線を向ける。


「何者だ。いや、気配で分かる。お前は……誰だ? 王族なのは分かる、だが……」

「質問に答えなさい。セリアさんをどうしたのか、と。私は聞いているのです」


 まるで咎めるように、叱るように、言い聞かせるように、セシリアに強く問う。

 だがそれが気に食わなかったのか、セシリアは怒りに表情を歪め――


「私に……! 命令するか!」


 まるで祭祀場を破壊でもするかのように、爆炎を放つ。

 癇癪のようなその一撃は、爆風となり周囲を猛烈に吹き飛ばす。

 イクシアの纏うローブもまた、その風になびき、フードが外れてしまう。

 それが、いけなかった。それが、引き金となった。




「……まさか、そんな……姉様が……違う、レティシア姉様なんかじゃない……魔力が違う……でもそんな……!」


 一転、セシリアが狼狽え、呟きながら後ずさる。


「まさか……秋宮の……召喚実験……姐さんを……?」


 表情が憤怒に染まり行く。似てしまっているが故の勘違いで。


「地球は……死者の安寧さえも脅かすのか……!」

「他人の空似です。私は貴女の事は知りませんし、王族などでもありません」

「く! やれ、セリア! そいつら血祭りに上げろ!」


 再びセリアがイクシアに飛び掛かる。それを、ユウキがかろうじて防ぎ、そこにリョウカからの援護射撃が飛ぶ。


「ユウキ君、私は直接戦うよりこういう事が得意です」


 一瞬の生まれた隙にユウキが離脱すると、リョウカがおもむろに、ユウキの手に軽く矢を差し込む。


「え!? あれ、痛くない……」

「補助効果です。ユウキ君に次の攻撃の威力を倍化させる効果を付与しました。一度だけの効果ですが……私なら、断続的にユウキ君に矢を当て続けられます。それで、なんとかセリアさんを抑え込み続けてください。結界さえ解けてしまえば私達の勝利ですから」

「こんな魔法が……リョウカさん、お願いします。あの……俺、かなり速く動きますけど大丈夫ですか?」

「……ふふ、慣れていますから。人外じみた味方に補助を当てるのには」


 再び、ユウキがセリアに挑む。

 リョウカの力により、ユウキの攻撃一撃一撃が倍加する。

 ましてや、今ユウキが使っている刀は、あのジョーカーが預けていった物。

 その一撃一撃は絶大な威力を誇り、それを更に倍にして叩きこまれては、さすがのセリアも――


「く……まだ攻めきれない……!」

「おかしい……これは、さすがにありえません。一体何をしたんです、セシリアは」


 防いでいた。高速で振るわれる、馬鹿げた威力の一撃を何度も何度も、手足に纏った魔法、斧を覆う魔法、なんらかの補助魔法を纏う己の身一つで凌いで見せていたのだ。

 その圧倒的なまでの技量に疑念を抱くリョウカ。


「……結界を解いても無駄よ。ええ、そうよ。その子は絶対に倒せない! 我々エルフの歴史そのものが彼女なのだから!」

「どういう……事です」


 リョウカに勝ち誇るようにセシリアが語る。


「ハーミットの血族は、本質的には私達王族と同じ、最高純度のブライトエルフ! でもね、違うのよ! なにせ『原初の魔王』の血を直接引いているのだから! 長い年月で磨かれ、血統を高めて、聖地にも近い里で隔離されて育ってきたのよ! 我々エルフのもう一つの英知の結晶、それがハーミット、その最高傑作がセリアよ! ……まぁ、最も肉体は最高でも、中身が今一つなんだけれどね」


 それは、セリアの祖先に魔王の血統が存在しているのではなく、祖先に直接原初の魔王がいたという真実。

 原初の魔王の直系が、アラリエルの他にもう一人いた、という意味だ。


「……あの馬鹿魔王……」

「幸い、我々エルフの英知の結晶とも言える存在がもう一人いる。分かるわよね? 貴女なら誰よりも」

「……聖女、ですか」

「そう、あの歪な存在。肉体は神話時代の物なのに、中身が代々別の人格。今はナシア。その前はリリィ、その前はロータス。その前は……なんだったかしら。歴代の聖女の知識の積み重ねが、聖女をどんどん強く、賢くする。でもね、肉体を十全に生かす事が出来ないでいた。やはりあの肉体は初代様、初代聖女『ダリア』の物からかしら、全然、あの域には達しない」

「聖女は、力を蓄える為にそんな生き方をしている訳ではありません。貴女達を見守りたい、寄り添いたい、見届けたい、拠り所になりたい、そんな一心で永遠を生きる道を選んだんです!」


 リョウカは、セシリアの言葉に我慢が出来なかったのか、そう訴える。


「私は考えた。絶対的な力を持ち、エルフを始めとしたグランディアを統治する存在がいれば、地球との決別後、混乱するであろうグランディアを治められると。その役目は彼女にこそふさわしい、そう思わない? 聖女以上の肉体を持ち、歴代の聖女の人格を全て受け取った……今のセリアが」

「歴代の……人格?」

「魂、とても言い換えようかしら? 一つの身体に、次から次へと魂を生み出すのよ、聖女様は。その知識と人格、魂を一つにまとめてセリアに移し替えてあげたのよ。素晴らしいわ、神話時代の知識は。諦めなさい、貴女が神話の時代から生きながらえているとしても、所詮はどこの馬の骨とも分からないただの女。聖女に、我々の歴史に勝てるとでも思って?」


 ユウキが、セリアによりついに大きく弾かれ、その隙に祭祀場を探っていたイクシアへセリアが迎撃に向かう。

 セシリアの話が真実であれば、それはもはや『神話時代の英雄』と同等の力を持つ存在という事になる。

 ユウキでは、まだ到達できない領域。リョウカでも、残念ながら相性の関係で勝つことの出来ない相手。


「ユウキ君、交代です。イクシアさんと私でセリアさんを食い止めます。その間に……セシリア……いえ、どうにかセリアさん攻略の鍵を見つけてください」

「鍵って……分かりました、出来るだけやってみます」


 ユウキに代わり、セリアと対峙するイクシアの援護に向かうリョウカ。

 ユウキは一人、セシリアの視線を受け止めながら、言葉を投げかける。


「なんでだよ。なんでそんなに地球を憎むんだよアンタ」

「恐いからよ。我々とは根本的に違うのよ、アナタ達は。でも、そうね。ユウキと、イクシアというあの女性は別。とても、とても心地が良い気配がするわ。懐かしいような」

「……アンタの愛玩動物になるつもりはねぇよ。分かってるのか、こんな企み、成功する訳がないって。お前は……そんな野望を抱いた先に、誰が立ち塞がるか分かっているのか」

「ふん、彼の存在。ジョーカーね。彼は納得するわよ。これは、彼の言う『違う世界の人間同士が正しくすれ違った先の争い』に違いないもの。事実、ここまで私は直接あの存在に邪魔された事はなかった」


 ユウキも、この警告で止まるとは思ってはいない。ただ時間を稼ぐことだけが目的だった。

 セシリアもそれに気がついたのか、徐々にセリアが抑え込まれつつある状況にあると勘付く。


「ユウキ、そこで見ていなさい。機材の破壊は……ちょっと貴方相手に私が立ち向かうのは厳しそうだし」

「待て! そっちには行かせ――」

「……そこでじっとしているしかないのよ、貴方。機材、守るつもりなんでしょう?」


 その時、セシリアから何かが飛来する。

 それは一見するとガラス玉のような物。それが、まるでスライムのような物で機材に吸着する。

 効力は分からなくても、それが良くない物、機材をどうにかしてしまう物だと悟ったユウキは、セシリアを追いかける事よりも、機材の防衛に回らざるを得なくなる。


「そこで遊んでいなさい。……あのイクシアという人物が何者なのか、見極める必要もあるわね」

「クソ……! 待て!」








 迂闊だった。本当に予想しうる中で最悪のパターンだ。

 なんだよ、フラグビンビンだったじゃないかよ、油断しすぎだったんだよ俺達は。

 この祭祀場を研究院が提示した段階で、それを怪しむべきだったんだ。

 それとも……リョウカさんはこの場所が利用されるはずがない、とでも思っていたのだろうか。


「クソ……これまさか爆弾じゃないよな……強引に外したら機材にもダメージがいくし、ぜんっぜんはがれねぇ……」


 俺にも、イクシアさん並の魔法知識があれば、まだ対処出来たかもしれないのに。


「どうすれば……おれに打開策なんて……」


 俺は、今までなんだかんだでどんな困難だって乗り越えられてきた。

 でもそれは協力者がいたからこそ、だ。

 この状況、議会出席者の皆は全員まだ昏睡状態だ。かろうじてノルン様がうなされているけど……協力を頼める状態じゃない……。


「ん-、これほぼ効果のないダミーですね。恐らく祭祀場に入る際の手荷物チェックで物騒な物は持ち込めなかったんでしょうね、護衛の人間以外」

「な!? 誰だ!」


 その時、突然俺の目の前、というか機材に付着した謎の物体の目の前に、小さいローブ姿の人物が現れた。

 誰だ、外から入ったのか……?


「驚かせてしまいましたか。すみません、外部からこの結界の解除は出来ないんです、というか……これはもう、私でも解除出来ないかもしれませんね、完全にセシリアの身体が紋章と連動しています。無理やり私一人が入り込むので精一杯でした」

「外から……誰です、貴女。まさか……ナシアか?」


 子供と見紛う身長に、その名を呼んでみたものの、違うよな……。


「惜しいですね。ナシアは今、歴代聖女の人格と共にセリアさんの身体に入っています。よく考えるものです、この身体が使えないのなら、別な優秀な素体に移し替えれば良いなどと……」


 そう言いながら、少女はローブのフードを脱ぐ。

 現れたのは、ナシアによく似た顔の、金色のショートヘアーの少女、つまり……。


「初代……聖女様? なんで……ここに」

「さすがに、肉体にそもそも根付いている元の人格ですから。……もう気がついているかもしれませんが、聖女を務める『花の一族』というのは、全て私です。代々、新たな人格、魂を生み出しこの身体を使わせていたんですよ。それもすべて奪われましたが、こうして私だけが残ったので、ここにやって来ました」

「……あの、じゃあ今は味方……という認識で良いのでしょうか」


 この人は……不干渉なのではないのか?

 ヨシキさんと同じで、この争いは正しい世界の在り方だと見ているんじゃないのか?


「ふむ……なるほど、貴方は『彼』から話を聞いている側の人間でしたか。私は、彼と全て同じ考え……という訳ではありませんよ。争いが起きれば、必ずこの国も乱れる。私はこの国が乱れるような事は許しません。安心してください、こんなダミーの魔導具なんて――ちょちょいのちょいですよ」


 そう言いながら、聖女様が軽く手を振ると、全てが一瞬で消えてしまった。

 すげぇ……味方として協力してくれるとなると、こんなに心強いのかよ……!


「あ、あの! だったら今リョウカさんとイクシアさん……俺の母親が、聖女の魂の入ったセリアさんと戦っているんです! セリアさんを一先ず戦闘不能に出来ませんか?」

「ふふ、良いですね、そうやって最高の戦力を最も困難な役目に躊躇なく割り振ろうとする心意気は。……ですが、残念ながら私の力の大半はあちらに持っていかれました。恐らく、戦ってもお二人の足を引っ張る事になるだけでしょうね」

「そんな……じゃあ、手立てはないんですか?」


 セシリアを殺せば、もしかしたら結界は解けるのだろうか。

 なら、セシリアを――


「……それは最終手段ですよ。私には、今回の一連の事件には原因があると考えています。そしてそれはセシリアではない。まぁ責任は負うべきでしょうが、殺すのはなしですよ」

「心、読めるんですか?」

「人を殺し慣れていても、経験が圧倒的に足りていません。目に心が映っているんですよ、貴方は。……大丈夫です、一応手立てはありますよ」


 聖女様が、何故聖女なのか。何百年も生きている人間の底知れなさを今、ひしひしと感じる。

 これが……国の為に不老不死の道を選んだ人の威圧感なのか。


「セリアさんは、無理やり魂を入れられている不安定な状態です。ならば……私が直接最後の魂、即ち私自身をぶつけてやれば、身体から人格は追い出せるでしょう。まぁ私が攻撃するチャンスを生み出せたら、の話ですけれど」

「……分かりました。イクシアさんとリョウカさんと俺、三人で隙を作ります。それならいけますか?」

「出来ますか? チャンスは一度です。しくじればセシリアも警戒するでしょう。ぎりぎりまで私は姿を隠しますが、私の存在が勘付かれては台無しですから」

「……了解です。じゃあ……俺も行ってきます。合図を待ってください」


 これが、本当に最終決戦なんだよな。

 聖女様の願いを受けて戦いに挑むなんて、こんなの一之瀬さんが知ったら絶対羨ましがるよな。

 外の皆は……きっと、この異常事態をどうにかしようと動いていてくれるはず。

 それでいい。危険な目に遭うのは、俺だけで良いんだ。


「……終わりにしよう、セシリア」


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