第十六話
「あー疲れた。なんでこういう大学とかにありがちな教室って階段状の席になってるんだよ。後ろに座ると下の方向いていなきゃいけないから肩凝るんだけど」
「だったら前に座ればよかっただろ? 空いていたじゃないか」
「嫌だよ、前に陣取ってたのSクラスの連中じゃん。何故か目の敵にされてるんだよ俺達」
オリエンテーション二日目。取るべき単位、受けるべき講義を選ぶため興味のある教科の講義を体験して歩いていたのだが、やはりSSクラスという今年新たに生まれたこのクラスは、Sクラスとしてこの学園の最高峰に君臨していると思っている生徒には面白くない物のようだった。まぁ、たぶん何か問題が起きたら……あの総帥の事だ、Sクラスの肩を持つ、なんてこともせず容赦なく処断してくれそうではあるが。
「けど意外だったな、ユウキが戦闘に関係ない講義をこんなに受ける予定だなんて」
「ん、まぁね。後はグランディアの地理と歴史を学ぶ『グランディア神話史』を取るつもりだよ。すごいよな、神話なのに実際に起きた出来事だっていうんだぞ?」
「ふぅん、俺はあまり興味惹かれないかな……俺は今日、学食で飯食ったらサークルの見学に行くけど、ユウキは本当にいかないのか?」
「非常に心惹かれるが、実戦戦闘理論の研究室の見学に行きたいからね」
そもそも、サークル活動をする時間とかなさそうだし。主にニシダ主任の実験の手伝いとか、護衛でどこかに駆り出されるかもしれないのだし。
「残念だな。じゃあ学食行こうか。昨日は閉まっていたけど、ここの学食ってファミレス程度じゃ太刀打ちできないくらい美味しいって評判なんだ。しかも結構安いし」
「残念、俺は今日お弁当持参なのだ。まぁ付き合うよ、一緒に行くか」
そう、なんと今日はイクシアさんお手製のお弁当があるのです。しかも昨日サンドイッチを食べたからと、飽きないように他のサラダやスープまでつけてくれたのである。
『栄養のバランスというものを考えて、お野菜のスープもこのポッドに詰めましたからね』。
優しさで脳がとろける。休みの日になったら俺も何かお返しに作ってあげたいところだ。
まぁカレーと炒飯しか作れないけど。あと婆ちゃんに教えて貰ったイカと里芋の煮物。
「うお……この建物がまるまる食堂なのかよ」
「そうみたいだな……入ってみようぜ」
話しながら辿り着いたのは、今までいた第二校舎から渡り廊下を通った先にあるお洒落な建物。そのままレストランだと言われても『え? でもでかすぎね?』と返してしまう程の大きさと美しさを兼ね備えた場所だった。
……この学校私服登校じゃん? 俺も勿論今日は私服だけど、ここってドレスコードとかないのかね? ノーネクタイ禁止とか言われても信じてしまいそうなんですが。
「三年が三階を利用し、二年と一年が一階で食事を摂る規則……さて問題です、二階は誰の為でしょう」
「ユウキが知らないなら俺にも分からないよ。実はパンフレットとかまともに呼んでないんだ」
「正解は俺も知らない、でした。まぁとりあえず一年は一階って事だし行こうぜ」
ガラス張りの広い食堂。だが、建物の装飾やデザインに対して、メニューは食券形式だし、みんなも普段着で楽しそうに歓談しながら食事をとっている。
それにお値段の方も……流石都会。リーズナブルと言ってもラーメン一杯で一〇〇〇円か。ああ……総帥、一年間無料券本当に感謝します。
「……なぁ、ユウキ。本日のおすすめの『春野菜のケークサレ ~ロックフォールソースを添えて~』ってなんだと思う? 俺、これにしてみたいと思うんだが」
「なにその呪文。ていうかそんなメニューまであるのかよ。ラーメンと同じ場所で出る料理なのかよ」
ちなみに、優秀なスマート端末さんが俺達の会話の中の単語を読み取り、料理の情報を教えてくれました。なんかほら……そうざいパンみたいなものだと思います。
「あ、なるほど。そういう料理なんですね、助かりました。私もそれにします」
とその時、俺達の背後から女生徒らしき人間の声がかけられる。
「こっちの世界の料理の名前はまだわからないんです。有り難う御座います、ササハラ君」
「……待て待て、今思い出す。同じクラスだったはず。……コウネさんだ」
「ふふ、正解です。ミコトちゃんもおいでよ、おすすめ料理の正体が分かったよ!」
振り返った先にいたのは、一昨日の自己紹介で、グランディア出身と名乗っていた生徒のうちの一人“コウネ・シェザード”さんだった。
どこか日本人を思わせる顔つきながら、綺麗な水色の髪をしていたので印象的だった。
そしてそんな彼女が、少し離れたところにいる、カイの幼馴染と思しき一之瀬さんを呼び寄せる。……俺の姿を見て露骨に表情を固めないで下さい。俺は不良でもなんでもないんです。
「そうか。カイはまたこの……ササハラ君と一緒だったのか」
「ああ、そうだよ。ササハラは物知りだし頼りになるんだ」
「君がパンフ読んでないだけっすわ。はい、じゃあ俺達は避けるからどうぞその……今日のおすすめを買ってくださいませ」
俺氏、メニュー名言うのを諦める。舌噛みそう。ロック……なんだって?
「言われずとも買わせて頂く。コウネ、同じ物でいいか?」
「うん、でも二つ買ってね? 私沢山食べるから」
大食いキャラとな。見た目ほっそりしてるのに。いっぱい食べるのは良い事だ。
「んじゃ席取りいくか。カイは……一之瀬さん達と食べてもいいぞ? 何か用事でもあるんじゃないのか? 一之瀬さん」
「いや、そういう訳ではない。だが、一緒に食べるというのなら構わないぞ、カイ」
「え? だったら……ユウキも一緒に来いよ。四人で食べようぜ」
「そうしようそうしよう。なんかササハラ君大きなお弁当箱持ってるし!」
や、やらんぞ! 確かに大きめのバスケット持たせてもらったけど! これはイクシアさんが俺に作ってくれた大切なお弁当なんだからな! ……ぎっしり入っていたらどうしよう。たぶん食いきれねぇよ俺。
「な……分かった、いいだろう。では席の確保を任せた、カイ」
「あいよ。んじゃ……あそこのテーブル確保してくる」
気を利かせたつもりだったんだけどね。けどまぁ、これを機に誤解が解けるかもしれないか。よし、では食卓を共にし、親睦を深めようではありませんか。
「へぇ、これが……おすすめメニューか」
「お前今、名前忘れてごまかしただろカイ」
「はは、ばれたか。けど美味しそうだな、ケーキみたいだ」
「ほんとだねぇ。でもこのソースってチーズみたいだし、甘くはないよね」
「私はあまり洋食には詳しくないが、美味しそうではあるな。綺麗だ」
テーブルを囲み、俺以外の三人がなにやらオシャンティな料理を口に運ぶ。
そして俺はバスケットを開き、入っていた小さな水筒のようなポッドを取り出し、スープを注ぐ。
お、ピーマン入ってるじゃん。イクシアさん、俺の好物を入れてくれるなんて嬉しいな。
「ササハラ君、お弁当だということは、寮生活じゃないんですね?」
「そ、学園の裏の方に住んでるんだ」
「ふむ、意外だな。親の束縛を嫌うと思っていたのだが、君のようなタイプは」
「……俺問題児って訳じゃないからね? あれ先生の冗談だからね?」
「そうなのか? だって指導室に呼び出し喰らってたんだろ?」
「呼び出しを受けたのは前日だよ。事情があって俺は入学式に出せないって言われて。俺は元々何か功績とかコネで受験した人間じゃなくて、なおかつ……後ろ盾とかもないみたいな? そんな感じの理由で」
ダメだ、イクシアさんのように上手なバックストーリーを考えられない。
「ほら、一般人が紛れる事を嫌がる人間ってどこにでもいるじゃん?」
「……俺も、秋宮の人間と、その……ミコトの親父さんの推薦があったから受験出来たんだけど……そうか、ユウキも似た境遇だったんだな」
「あ、そうなんだ。っていうか一之瀬さんの親父さんってもしかして有名な人なの?」
「そうだぞ、ミコトの親父さんと言うか、道場はこれまで何人もプロのバトラーを輩出してるんだ。それにミコトのお兄さんは異界調査団の分隊長なんだぞ」
まじか、すっげぇエリートじゃん。そりゃ影響力も大きいわなぁ。
「とまぁ、本当僕は不良とかじゃないんで。まぁ真面目という訳でもないけど」
一之瀬さん、分かってプリーズ。あれは先生のお茶目だったんです。
「……そう、だったのか。私は、てっきり……いやそうだ、考えてみたらお前……君は初日に先生をかばい、アラリエルの暴挙を諫めようとしていた……見誤っていたようだ、君を」
「ま、彼にも彼なりの事情があるかもしれないし、ほどほどに」
なんか彼も彼で複雑な事情抱いていそうだし。舐められたら終わり的な。
「……ところでササハラ君、お弁当すっごく多いですよね。少し食べてあげましょうか、私」
「なにマジトーンな空気の中人のお弁当狙ってくれてるの貴女。というか自分の分食べるの早くない? 今の会話の流れで食べ続けるとか中々肝が据わってますな?」
コウネさん。そんなもの欲しそうな顔で見ないで。でも確かに量が多いのでどうぞ。
「これ、俺の保護者が作ってくれたんだ。残すのも悪いし、少し多いから手伝ってくれるなら歓迎。でも食べ過ぎ禁止な」
ロールサンドイッチ美味しいです。具がコンビニに売ってるサンドイッチじゃ見かけない物ばっかりで新鮮だし美味しい。なんだっけ? マスタードチキン?
巻きやすいように鶏ミンチで作ったマスタードチキンだそうです。非常に美味。
「ユウキって両親と一緒に暮らしてるのか? ってことは出身がこの海上都市って事か?」
「あ、そういや自己紹介すらさせて貰ってないんだったな。出身は東北の田舎だよ。で、俺の身元引け請け人というか、保護者さんと一緒にこっちに移り住んだんだ」
「身元引受人ですか? それはササハラ君の身の上話的には聞かない方がいい話でしょうか?」
「ズバリくるねシェザードさん。まぁ、そんな感じ。俗にいう天涯孤独っすわ」
「コウネでいいよですよー。なるほど、大変だったんですねササハラ君。けれどもこんなに美味しいお弁当作ってくれる人と一緒だなんて、本当に幸せ者だと思いますよー」
若干空気が重くなりそうな気配を感じたが、コウネさんが見事にそれをぶちこわしてくれました。いや本当そうなんです。俺は凄い幸せ者なんです。これマジ美味しい。
「ふふ、そうだな。では私も一つ頂いても良いだろうか?」
「あ、俺も」
「どうぞどうぞ。コウネさんみたいに遠慮なくどうぞ」
とりあえず全部の味は頂いたので、後は適当に皆でつまみましょう。
都合が良い事にスープカップも沢山入っていたし。どうぞどうぞ。
「あー食った食った……美味しかったなサンドイッチ」
「ああ。それに凄く可愛らしい形をしていた。一口大なのも嬉しいな」
「ついぱくぱく食べちゃったよ」
食後、午後のオリエンテーションまで時間があるからと、食堂で時間を潰す。
聞けば、コウネさんと一之瀬さんは旧知の仲だという。
そういえば一之瀬さんは一時グランディアで暮らしていたという話だったな。
「コウネの家は古くから続く騎士の家系でな。私の家の流派も、源流を辿ればコウネの家が発祥なんだ。その縁もあり、私も彼女の家で世話になっていたんだよ」
「へぇ、知らなかった。俺が道場に入門して一年もしない頃にはミコトはもういなかったから、高校に入ってから突然師範代っていうミコトが戻って来て驚いたよ」
「ミコトちゃんは私と違って剣の扱いが上手ですからねー、うちのおじいちゃんなどは是非将来は嫁いできてくれ、と。けれども私の弟はまだ一二歳なんですよねー」
「あの話は冗談のようなものだろう。だが、将来向こうの国で騎士になりたいという気持ちは確かにある。コウネもそうなんだろう?」
やはり皆、明確な将来のビジョンをすでに持っている、のだろうか。
「さて、では私はそろそろお暇させて貰うよ。この後の実戦戦闘理論の研究室の見学があるからな」
「あ、それ俺も見に行く奴だ。一之瀬さんも行くのか」
「ん、そうか。ならカイも行くのか?」
「いや俺はいいかな。バトラー志望だし、この後はバトラーサークルの見学に行くよ」
「……そうか」
残念そうですな? ここはひとつ助け船でも――
「あ、私も行きますよバトラーサークル! 楽しそうですもん! それでは後でまた会いましょう、ミコトちゃん」
「ああ、分かった。ではまた後でな」
おうふ。絶妙にタイミングが悪いなコウネさん。空気が読めていないが如くである。
「では行こうかササハラ君。場所は第一VR演習場だったか」
「だね。場所的に……あっち側の出入り口から渡り廊下を通って、二階から専用通路を使うと早いかな」
「ふふ、本当に物知りなようだ。私もまだ詳しい施設の位置は覚えきれていないのに」
けどま、誤解も解けたみたいだし、もう少しだけ交流を深めておきましょう。
なにより、彼女は俺と同じように刀型の武器を使っていたはず。まだまだ剣士として未熟な身としては、彼女から学べる事も多いだろうさ。
「ふむ、やはり今年もそれなりに見学者が多いな」
演習場に集まった俺達新入生の前に現れた男性が、淡々とした様子でそう呟いた。
実戦戦闘理論の研究室の見学に訪れた人間の数は、彼の言う通り確かに多かった。
それだけ異界調査や、将来実戦、この場合は警備関係の仕事やグラディアでの騎士、その他にも戦いを生業とするつもりの人間が多い、という事なのだろう。
『効率よく相手を倒す、命を奪う、戦力を削ぐ』それに特化した理論を学ぶという関係か、今日実際に戦って見せてくれるであろう先輩方や講師の顔ぶれは、確かに他の場所の人間とはどこか身に纏う空気が違っているように思えた。
「最初に言っておくべきことがある。この研究室は腕の立つだけの人間はとるつもりはない。教育者として言うべき言葉ではないが、『非情であり殺すべき時に殺す覚悟のある者』だけを取る。さしあたって――あらかじめ試験の日程を決めて対策をとらせる、という考えは私には無い。つまり、今からここにいる人間全員にテストを行って貰い、ここで振るいにかけさせてもらう」
そして講師の男性が、突然そんな事を言った。オリエンテーションでまさかそんな事をするのか……これって今日出席出来なかった段階でもうアウトじゃないか。
……実戦は待ってはくれない、か。こういう方針なのだとしたら、俺も覚悟が必要か。
が、当然突然の提案に、集まった生徒から不満が漏れる。
「不満のある者は去ってくれ。この方針は理事長からも許可を得ている。使用する武器はこちらで用意した物を使ってもらう。なに、ここはVR訓練所だ、怪我をすることはない」
「……実戦なのに何故VR訓練所なのかと疑問に思っていたが、なるほど……こういう事か。ササハラ君、君は――聞くまでも無いか」
「勿論。確かに実戦を学ぶなら、これくらい厳しいくらいが丁度いいんじゃないかな」
既にこのやり口に不満を持ったり、覚悟がなく、ただ見に来ただけ、という生徒が去って行く。そして残されたのは、集まっていた生徒の半分にも満たない人数だった。
お、アラリエルもいるじゃん。やっぱり実戦的というか好戦的というか。
「では全員向こうに見える休憩室で待機。名前を呼ばれた者から順番にここへ戻り、説明を受けた後VR室へ入るように。また、終わった者は直ちにこの訓練所から立ち去り、他の人間に試験内容を一切漏らさないように。……いいか、本当にどこかに漏らそうものなら、直ちに厳罰が下されると思うように。例え誰であろうと、破った場合はこの学園を敵に回すと思え」
その徹底したやり方と釘の刺し方に、残った全員が喉を鳴らす。
……そこまで厳重となると、こりゃ相当覚悟を決めないといけないようだな。
現に今の言葉でさらに生徒の数が減ってしまった。
ともあれ、一度全員で休憩室へと向かい、そこでようやく一息ついた。
「一之瀬さんはさすがに落ち着いているね。周りはかなり緊張しているのに」
「私は既に実戦に出た事もあるうえ、ああいった上官と行動を共にした事もあるから慣れているだけさ。そういうササハラ君こそ落ち着いている様子ではないか」
「ん、まぁね。ただ危機感が足りないだけかもしれないけど」
実際問題、俺はどこか物事を他人事のように一歩引いて見るようでいて……その実楽観的に捉えている部分があるんだと思う。いい加減意識を変えないといけないというのに。
だが、少なくとも一度は訓練ではない、実戦を経験している。半年前の誘拐未遂の一件で。
相手に殺意がないと感じたが、もしかしたら殺意なく平気で殺せるもっとヤバイ相手だったかもしれないのに、案外俺は冷静に立ち回れたのではないだろうか。
『では最初の一人。Bクラスの――』
「お、早速一人目だ。ここにいる人間が一人一人試験だなんて、結構時間かかるかもだね」
「そうだな。恐らく入試の際のような対人試験だとは思うが……VRだからな、どんな内容になるやら」
「だねぇ。ここにいるのは今出て行った人含めて……三〇人ってとこかな。試験内容次第じゃ終わるのが夕方になってしまうか……家に連絡入れておかないと」
今日も夕方前には戻れるとイクシアさんに伝えているので、心配をかけてしまうかもしれない。少し前にちょっと遠出して帰りが遅れたら、イクシアさんが鬼のような勢いでメッセージを送ってきたから……。
『ユウキどこですか』『ユウキ迷子ですか』『助けが必要ですか』『大丈夫ですか』
……小さい子じゃないんですが、どうにもまだ分かってもらえていない気がする。
「ふふ、君はその保護者の方が大切なんだな。家族や親しい者を大切にするのは良い――」
『次、Bクラス所属の――』
「っ! 早くないか……一分も経っていないぞ」
再び部屋に届く、淡々とした男の声。もしかして時間差でどんどん受けさせていくのだろうか? なら案外早く終わるかもしれない。
だが、そうした俺の予想とは裏腹に、次の人間が呼ばれるのはその五分後だった。
そして次はまた一分、その次に至っては三〇秒にも満たない程の短時間。
かと思えば、一〇分ほどの時もある。これはもう間違いない……。
「……試験内容がそれほど過酷で、人によっては一分も持たない内容って事だ」
「っ! やはり……そうか。これはもう少し気合を入れて臨む必要があるな」
『次。SSクラス所属――ふむ、名簿の修正要請がされているな。アラリエル』
その時、部屋の隅で待機していたアラリエルの名前が呼ばれた。
そうか、苗字の取り消しの申請してたんだなお前。結構律儀と言うかなんというか。
「頑張れよアラリエル。なんか初見殺しでも仕組まれてそうだし」
「あ? ……ユウキつったか。いいぜ、俺が受かったらお前も受かれ。やり合う機会が増えそうだ」
「応援サンクス」
「……チッ」
アラリエル君。君案外こういうの慣れてないな? 間接的に俺の激励しちゃってるじゃん。だが実際、これで彼が早く試験を終えるかどうかで色々変わって来るな。
「……仮にも俺達はSSクラスなんだ。それで速攻試験が終了なんてなった日には、いよいよもって……何か仕掛けがあると踏んだほうがよさそうだ」
「ふむ、確かにそうだな。アラリエルというあの男も、素行はどうあれ特別な何かがあるからこそ私達と同じクラスに配属されたのだからな」
そして、次の生徒が呼ばれる。だがそれは一分後などではなく、五分程後の事だった。
これは……初見殺しを潜り抜け、残りを爆速でクリアしたが故のタイムだろうか?
それとも途中で脱落……いや、きっと前者だろうな。不満があったら、彼ならきっと注意を無視して暴れそうだし。
「気が付けば残りは俺と一之瀬さんと――」
「彼も同じクラスだぞ。覚えていないのか?」
もう一人、出入り口付近の席を陣取る男子生徒。同じクラス……実はグランディア出身の人間に気を取られていてあまり覚えていないのです。
「ふふ、覚えてもらえてなくて残念だよ。どうやら噂程恐い人ではないようだね? 同じクラスの“吉田カナメ”です。今度は覚えてくださいね、ササハラユウキ君」
「うお、そっちは覚えているだと……ごめん、今しっかり覚えたから。カナメ君だな、宜しく」
どこか線の細い、けれども俺より少しだけ背の高い男子生徒。
ふむ、物腰が柔らかい。なんだろう、ちょっと油断できないタイプと見た。
『次、SSクラス所属、吉田カナメ』
「おや? 僕が先だったね。じゃあ一之瀬さん、ユウキ君。また後で」
「おう、頑張ってくれ」
「ああ、武運を祈ろう」
が、とっつきやすくはありそうだ。ううむ、彼はどういう戦法を取るのだろうか?
ジェン先生ではないが……回復術とか得意そうなイメージだな。
「実際に話したのは初めてだが……彼がヨシダカナメか。意外な程に物腰が柔らかいのだな」
「意外って、カナメ君の事知ってたの? もしかして同じ高校だったとか?」
「いいや、違う。知らないのか? アマチュアバトラーの高校生以下の部における昨年度の優勝者だぞ彼は。鬼神の如き強さで他の人間を圧倒し、さもすればカイよりも強いかもしれないと私の父も話していた程だ」
「マジか……その功績をもって受験したクチなのかね……って、カイはそういう大会に出ていないのか?」
「私の道場ではアマチュアの大会に出場する事は禁じられているんだ」
なるほど。となるとさすがに回復術師って線はないか。
そして、やはり次のアナウンスが流れるのは、5分程後の事だった。
『次、SSクラス所属の一之瀬ミコト』
「どうやらトリは君のようだ。では、行ってくる」
「頑張って一之瀬さん。終わったらカイのとこにでも一緒に行こう」
「あ、ああ」
試験の難易度のお陰で、想像以上に早く終わりそうだ。こりゃ三時前には帰れるかな。
そして待つ事五分。最後となるはずのアナウンスが流れる。
『最後だ。ササハラユウキ、特例として入学したという君の力を見せてくれ。この放送は外には漏れていない、安心しろ』
「担任だけじゃなかったのか……理事長から信用されてるのかね、この先生も」
部屋を出ると、放送主である先生が静かに語り出した。
「あの赤い扉がVR試験会場の入り口だ。あの中は君以外全て敵だと思ってくれて良い。最後まで気を抜かないように。攻撃を受け体力の残りがゼロになったら試験終了だ」
「了解」
扉をくぐると、そこは真っ白な空間だった。すげえ、VRってワイヤーフレームだけじゃないのか……。
「ようこそ最後の受験者さん。ではこれより、試験の詳しいルールを説明します」
空間の中で一人立っていた制服姿の女の子が、何やら宙に浮かぶモニタを翳しながら出迎えてくれた。
「まずはこの中から好きな武器を一つ選んで――」
「剣で」
そしてそのまま、その剣を振るい制服の女の子を切る。
感触が、VRとは思えない程のリアルさを伝えてくる。
知ってるさ。VRには深度って物があるんだって。脳に感覚を錯覚させ、場合によっては精神や身体に影響が出る事もある、一般には使用されない軍事訓練用の物もあるって。
「……グロ耐性あってよかったわ。なるほどな、一分で終わるわけだわ」
流れる血も、断面も、全てがリアルで。これはある意味、元の世界で美麗すぎるグラフィックのゲームに親しんでいたお陰である程度耐性があったおかげかもしれない。
……一八才未満の頃からそういうのに手を出していたのは不問って事で。
「これで試験が終わりって訳じゃないか」
すると今度はどこかの被災地だろうか、道路も建物も崩れた場所に立たされていた。
すごいな、ここまで現実に近いなんて……体感型のゲームとか誰か作ってくれよマジで。
まぁこの訓練もある意味ゲームみたいな物なのかもしれないが。
「速い人間は五分で終わってたよな……ゴールがあるなら急ぐか」
その瓦礫の間を走り抜ける。そして、恐らく的として配置されていたであろう――人間を殺す。
肉を絶つ感触、絶叫、恐怖の表情。まざまざと見せつけられ、次第に気が滅入る。
実戦……そうだよな、人を殺すことだってあるんだ。ましてや俺は……それをする事になる可能性が高い場所にいるのだ。なら……この訓練は俺にとっては願ってもない物のはず。
反撃もしてこない相手を一方的に虐殺する事への忌避感もあるが、それが実戦に必要になるのなら、仕方のない事だ。
「……街の切れ目だ。あれがゴールかね」
再び白い空間が見えてくる。そして、最後の最後に配置されていた、あからさまな悪人風の人間と、人質の子供の両方を殺し、白い空間へと辿り着いた。
「悪趣味すぎでしょこれ……」
「ああ、悪趣味だろう。だが実戦ではもっと凄惨な状況に出くわす事だってあるだろう。おめでとう、ササハラユウキ。君は全てを殺し、最速でここま――」
「だからアンタも敵でしょ」
白い空間で待ち受けていた先生にも剣を突き立てる。そしてその瞬間、ようやくこの白い空間も消え去り、無機質な室内の光景が広がり、それと同時に扉が開いた。
そして気が付けば消えている剣。……そうだよな、全部VRだ。あの瓦礫の街だってこの部屋よりずっと広かったが、それすらもVR、そしてそう認識させられていただけ……。
「なんだか恐いな。悪用なんてされたら一大事だ」
部屋を出ると、今度こそ本物の先生が満足げな様子でこちらを待ち構えていた。
そういえば他にも先輩方が待機していたと思ったが……結局なんだったんだ?
「想像以上の結果だったな。君は合格だ。この施設の外、あの廊下から出た先に教室がある。他の合格者と一緒に待機していてくれ」
「了解。先生ひっかけ好き過ぎじゃないですか? 最初に先輩方揃えていた所為でてっきり対人訓練だと思ってましたよ」
「いいや、あれは生徒を運び出す為に待機してもらっていた。毎年気絶、失禁、嘔吐する生徒が絶えないからな。だが――躊躇なく全員を殺したのは君だけだよ」
なんかサイコパスって言われてる気がする。だって先生が『扉の先にいるのは全部敵』って言ったんだもん! もんもん! 俺はサイコパスじゃねぇ!
「さて、ではもう行きなさい。私はもう少し室内の清掃をしてから向かおう」
「……お、お疲れ様です。では俺はこれで」
「ふむ、手伝ってくれても良いのだが? 安心しろ、殺菌消毒自体はその都度している。どうだね? 同じ学び舎の生徒が脱落し、その内に秘めた物をぶちまけたと思うと感慨深くはないかい?」
「さようなら、先生」
……先生の方こそ、ちょっと危ない人のように見えるんですが。そんな良い笑顔で誘わんでくだせぇ……。
好きな時間に、自分だけのお風呂に入り、のびのびとした時間を過ごす事が出来る。
身体を動かしてもどこも痛くなく、長湯で誰かに迷惑をかける事もない。
そしてなによりも――
「お湯を肌が弾きますね……傷もなにもない、綺麗な身体……」
自身の体が、本当に若い物になっている事を、入浴の度に強く実感するのだ。
決して、清い身ではなかった。子供達を守るという素晴らしい役目を与えられこそはしたが、それでも私は、時折感じていた。私なんかが、こんな役目についていいのかと。
そんな思いも、百年、二百年という月日を重ねるにつれ、薄れ、飲み込み、自分の一部として歩んできた。けれども――新たな生を、身体を得た今、私は――
「一人の女……ですか。そんな感覚、とうに失ったと思っていたのですけどね」
ユウキが照れを見せるのは、私が若い所為だろうか? これは慣れてもらうしかありませんが……難しいですね。
彼はまもなく大人となる。それは、私にも理解出来る。けれども、初めて私だけの子供が出来たのだ。ただ叱り、規則を守らせ、導き教えるという役目だけでなく、全て、そう全てを自分の手で与える事が出来る。それも、私にその機会を与えるきっかけ、この世界に呼び出してくれた彼に。
なにをすれば、彼は喜んでくれるのだろうか。
「やはり美味しい物でしょうか……それとももっと一緒にいるべきでしょうか」
手始めにもう一度同じ部屋で寝る事を提案しましょうかね。やはり人肌は恋しいものですから。主に私が。
身体を洗い終え、髪を乾かす便利な道具を使いながら、今日はどうしようかと考える。
今日は私の聖典『BBクッキング』の新しい動画が配信されます。それを見てから食材の買い出しに行きましょうか。ついでに、畑に植える苗や種を吟味にしにいきましょう。
「この世界は素晴らしい。種や苗が簡単に手に入りますから」
生前、子供達が保母の皆さんと一緒に畑仕事をしているのを、窓から眺めていた。
私も混ざりたいと思う反面、周囲を萎縮させてしまうのではないかという思いから手を出せないでいた。ふむ……お芋掘りという物もしてみたいですね。
『はい、じゃあ今日は皆さんお待ちかね、月に一度のガチレシピの時間です』
『本日のアシスタントは私、マザーが担当させて頂きます。Rお姉さんはお休みです』
『あの子は難しい料理は手伝えないからね。それじゃあ食材の紹介に入ります』
「おや、今日は難しいお料理の解説でしたか。私にはまだ早いですね、これは……」
この動画では、私のような料理初心者の為の動画の他にも、今日の様に難しい、本格的な料理も解説してくれます。いずれは、私も作れるようになり、特別な日の御馳走として振る舞いたいとは思っているのですけどね。
「仕方がありません、では少し前のまだ見ていない動画を……」
献立の参考になりそうな物を探していると、目を惹くタイトルが。
『気になるあの人を振り向かせよう! ガッツリ男のハートを掴むお手軽レシピ』。
なんでしょう? 気になる? ハートを掴む? どういう意味ですかね?
「夢中にさせる程美味しい料理ですか……男性が好む料理ならユウキも好きなのでしょうか? …………なるほど、ライスを使う料理ですか、いいですね」
料理の名前は『BB特製スタミナ焼き牛丼』という、ライスにお肉を乗せた物。
ユウキはライスを好んで食べますからね、今度はおにぎりを持たせてあげましょうか。
そうして私は、今日も分かりやすく料理を解説してくれる動画を頼りに、食材を買いに裏の町にある総合スーパー『ぶぅぶぅバリュー』へと向かうのでした。